朝の蝉(家事は自分でできるが女性は必要)
この農家の前は稲穂が実り前にもどった
元は養蚕の家でありそのまま住んで直した
この猫は大人しい性格である。なんか自分とにている
石に座るのもマッチしている
朝の蝉近くの女の今日も来る
養蚕の兜作りや木槿かな
実りそむ稲穂に芙蓉農家一軒元にもどりぬ
黒揚羽一羽とまりぬそのあとに木陰の石に猫の休みぬ
出水の流れの早し燕飛び雨に打たれて我も行くかな
台風の雨に打たれて風たたく我が家を一人継ぎて守りぬ
今は家事は一人でもできる、機械がやるし料理でも買いばでとる、野菜をとることには注意している、たいした料理もしていない、別にそれでも栄養はたりている
その証拠がこの暑いのに食欲なく胃が悪くしていたのに太っていたことである。
自分は相当にやせたと思っていたからである。
何か今は栄養をジュース類でもなんでもどこかでとっているのである。
家事は昔のように女中など雇う必要がない、みんな機械がしてくれるからである。
だから一人暮らしでも困らないのである。それで結婚しなくてもいいという若者も多くなる原因の一つである。
結婚するとなにかとめんどうになるし負担が増えるからである。まず結婚したら芸術活動とか知的作業と学問とかなんかそういうものを追求するのはむずかしくなる
それだけそこに時間がかかるからである。家族に妻に子供に気を使っていたら時間がとられできない、結局何度も言うが人生は時間の配分で決まる
何に時間を使ったが人生なのである。最後になればそれが馬鹿でもわかる
なんで馬鹿なことに時間を費やしたのかとなる、それを痛切に感じるのは老人になり時間がなくなるとわかるのだ。
若いときは時間がいくらでもあると思っていたのである。時間をつぶすのに苦労していたのである。その時間がたちまち過ぎてしまう。そして時間はもうないのである。
今や砂時計の砂がおちて残りわずかだということを日々意識する、砂が落ちてなくなったとき死なのである。
お前は旅ばかりして遊んでいただけではないかと外から見る人がいるだろう。
でもふりかえると自分は旅することは仕事だった。旅は自然でも歴史的なものでも見ることに集中しないとあとは何も残らない、つまり相当な集中力が必要なのである。
自転車旅行になるとこれも体力がいるし苦労だった
旅するだけでも人生はたちまち過ぎる、この旅だって会社勤めならできない
それで退職してからその鬱憤を晴らすために鹿児島から青森まで歩いて旅したとか
自転車で50日間も旅したとかそれもテントがないからホテル泊まりでそうした退職者もいる。旅する時間がないから自由になりそういう人が60代以降に増えてくるのである。
人間の時間は限られている、恋愛するにも結婚するにも家族をもつだけでそれだけで時間がとられてしまう。そうなると他の活動は本当に制限されてしまうのである。
何か芸術であれ学問であれ何であれ趣味さえ追求できないのである。
だから芸術家の80パーセントが独身だったというのがわかる、家族をもったら集中できないからである。
ともかく家事に費やされる時間ははぶかれた、でも家事をする女性の仕事がなくなったかというとなくならない、女性は必要なのである。
「愛妻を亡くした71歳は語っています。さらに「女の声を聞きたい、女と話したい。男友達はしょせん『友情』どまり。女の細やかな『情愛』に触れたかなあ。自分の気持ちをオナゴと分かち合いたい。…」
一人になればこういうことなのである。それを痛切に感じるのである。
夫婦で妻が死んだ結果、80くらいの夫が取り残されてその不満から祭りがうるさいと火炎瓶を投げて怪我させた、そういうことに男はなる。
だから自分も家事をしてもらうというより毎日女性が来るだけで慰めになるから金を払うとなる、家事は自分でできるからである。
ただ一人はいろいろと困ることがある。だからその苦労を書いてきた。
家を維持することが容易ではないのである。台風の雨に打たれ風に吹かれ家を維持する
この家も50年近くになるから歴史を刻んだ、介護の十年もこの家とともにあった。
病院や施設も利用したがやはり家が中心だったのである。
このように家はそれぞれの歴史を刻んでいるのである。
そこに家の重みがある、そもそも家であれ家族であれ地域であれ社会であれ一代では築けない、代々苦労して築かれたものなのである。そういうのが故郷でありそれが失われることは原発避難区域でも一から始めることになるから辛いとなる。
結局老人になれば過去を語り自分はここでこう生きてきた苦労したということを次の代に語りそれが受け継がれることがいいのである。
それがたたれると存在意義すらなくなる、東京辺りに避難した小高の人が施設で死んで小高に帰れずに死んだとかあり孫が墓参りしていた。
これは悲しいことだったとなる、補償金もらってもその穴埋めはできないことは確かである。