2016年08月18日

ログハウス風の仮設住宅で小高の人と話する



ログハウス風の仮設住宅で小高の人と話する

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広いように見えたけど中は狭かった


あそこではゴミをペットボトルとかガラスとアルミニウムの缶とかこまかく分別していたゴミ収集する場所も広い、この辺では道にごみ袋とともに置いておくから汚れる

「このログハウス風の仮設が壊されるのがもったいない、なんか利用できないのかな」
「中は狭いよ、一人用だと4畳半だしな、二人でも四畳半が二部屋だから」
「なんか広いように見えるけどそうでもないんだ、ずいぶんここにいるのも長いよな
あきたんじゃない」
「自分の家は二十畳あるよ」
「ええ、そんなに広いの、昔風の家だと自分の家もそうだけど座敷がある、襖で仕切っていてそこで法事なんかしていたから広い座敷が必要だった、今じゃ冠婚葬祭は会社に頼むからそんな広い座敷はいらない、なんか広すぎですきま風入ってきて困るんだよ」
そんな広い家にいたら仮設は狭いよな、狭いと圧迫されるんだよな」
「二年が五年になったよ」
「小高か、どの辺かな」
「金谷だよ、家に帰ると猿が50匹くらいいて我が物顔だよ、なんかこっちが怖いんだよ」「猿でもイノシシでもなんか人間が避難した所では人間を恐れなくなっている」
「あの辺は放射線量高いよな、だから帰る人も少ないだろう」
「まあ、二割くらいだよ」
「小屋木の人は家を新しく建てると言っていたがそれでもあそこも街から4キロ離れていて二割くらいしか帰らないと言っていた、やはり帰る人は二割くらいだろうな」

やっぱり広い家に住んでいた人は仮設に住んだら天井も低いし相当に狭く感じるだろう
この辺で右田の人だったか津波で家が流されて復興団地に住んだ人は狭くて嫌だと言っていたこともわかる
自分も狭い家というのは嫌である。6畳の天井が低い部屋にクーラーがあり寝ていたが何かやはり圧迫される、ゆうゆうとしない、眠る時も圧迫されるから窮屈である。
最初からそういうふうに見ていたけど女の人に聞いてみるとみんな長屋のようになり親しくなり良かったということも聞いて狭いから嫌だともなっていなのかと思った。
あういうふうに長屋風だと人間関係も親しくなることは確かである。

あのログハウス風の仮設住宅は外見がいいから何か壊すのがもったいない、住宅として使えると思うからだ。ただ土地を提供している人が売りたいとなるから壊すほかない
ただ小高でも二割が帰ったとしてその他の人はどうなるのか、小高には帰らず他に住むことになる
その二割も老人が多い、そしたら部落とか維持できるのかとなる、草とりだけでも共同でしいるし老人だけでは部落を維持できないということもある。
草取りというのが農家にとって田舎では重労働なのである。
絶えず草をむしっていないと畑も維持できない、その労力が大変なものになっているのだ
ログハウス風の仮設は他と違っていいなといつも見ていた。外見がいいからそうなる
中味は住んでみないとわからない、ただ四畳半となるとやはり生活するには狭い
6畳と4畳半でも違う、そういうところで5年間いたというのも窮屈な面はあった。
ただ市営住宅の狭い部屋に住んでいる人は狭い所に住んでみればわかるよと同情しない、また小高の人に補償金とかでももめたのでその女性はかかわっていない
自分は別に金のことでそれほど小高の人に対して不満というものでもない、でも相当に鹿島の人は不満なのである。そこで軋轢が生れた
そういうしこりが残ったことは確かなのである。

でも小高の人でも補償金はもらえなくなるとこれからの生活の不安がでてくる
小高で仕事ができるのかといろいろ不安が生れる
だからまだまだ避難解除しになってもスーパーもないのだから買い物もできないし帰らないと決めた人もいるし前途多難である。
それでもなんか他から何かしてくれるという感覚ができあがっているから自分たちでなんとかしようという気持ちがないと小高に住む人も少ないのではないか?
小高の中でもばらばらになり意志統一が家族でもないしばらばらになっている
そこが大きな問題なのである。いくら金があっても何かみんなで意志統一してここでやっていくんだという気持ちがないと復興はできないのではないか?
そういう気持ちがないといくら外から援助しても復興できない、そこが一番欠けているから問題なのである。

ともかくあのログハウス風の仮設を壊すのがもったいない、自分も欲しいくらいである。何か利用することがあってもいいのではないか?
そこにまだ住みたいという人もいるだろう。なかなか新しく家を建てることもできない人もいる、ログハウスになると夏は涼しくとか冬はあたたかいとかあるかもしれない、でもクーラーしているというからあそこは川の側でも今年は暑い、あのログハウスの仮設は頑丈に見えるから5年過ぎてもまだ使えるということがある。
他は相当に傷んでいるから壊す他ないがあれはもったないなといつも見ていたのである。まだあそこには二割くらいは住んでいるみたいだ。他は相当に空いてしまっている
住居だけは実際は外見だけではわからない、住んでみないとわからないのである。
住居はその建物だけでもいいかどうかわからない、回りの環境も影響してくる
あそこは川の側で場所もいいのである。スーバーも近いし便利なのである。
あれもあと半年くらいで壊されるのかとなるとなんかもったいないのである。



posted by 老鶯 at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連