2016年08月01日

真野川のダムの水は安全なのか? (環境省の人が水を検査していた)


真野川のダムの水は安全なのか?


(環境省の人が 水を検査していた)


真野川でまた水質検査していた、今回は環境省から来ていた。

「放射性物質は泥につくといいますが」
「そうですね、泥につくから泥とともに雨などふると流れやすいです」
「心配なのは真野川の大倉のダムです,あそこにの底にセシウムなどの放射性物質が泥に付着してたまっていると思うんですが・・・
「泥に付着してたまっていると沈殿していると水にまざらないですよ」
「真野川のダムの水を飲んでいるのですが大丈夫なのかな」
「水道水は濾過するし放射性物質はまざらないと思いますよ」
「この辺では自分もそうですが飲料水としては水道水は飲んでいないですよ」

飯館村があれだけ放射線量が高かったのだから真野ダムも高いはずである。なぜなら真野ダムには雨などで流れた放射性物質が蓄積されているからだ。
だから真野ダムの水を利用している人は不安なのである。泥に沈殿しているしてもやはりその泥の粒が水とまじるからである。
だから泥とともに下流に流されてくるのである。

真野川の河口でシジミとかアサリとって売っていると聞いたが本当に大丈夫なのだろうかつまり河口には雨などで泥とともにながされてきた放射性物質が一番たまりやすいのである、それで阿武隈川の河口が異常に放射線量が高くなっていたのである。
検査して売ってまでいるというのもどうなかなとも思う
ただ気にしない人は気にしない、老人はほとんど気にしない、松川浦では貝でもなんでもとって食べていたと老人が言っていたからだ。

いづれにしろその人は環境省の人でもそういう人は真実は教えない、何かこうして地元の人が聞いても前も県の人が来たがあなたは誰ですかとなり教えない、秘密にされているから国や県でも市ですら全面的に信じられないともなる
ただそうした行政と関係ない学者が調べたりすると真実がでてくる
これもまた御用学者が多いからどうしても真実がわからないのである。
科学の素人とかなると調べようもないのである。
そういうことはメデアが報道機関が発表する役目がある。
これもまた東電とかから金をもらっているからしないのである。
こうしてなかなか真実はわからないしそのことが秘密のベールにつつまれることが大きな事故のもとになるのである。
原発内部のことは常に隠蔽されてきたからである。

つまり民主主義は情報公開が必要だと言うときそうなる、東京都でも予算を透明化するというときそうである。政府とか東電とか会社の力が強いからメデアがなかなかそこに立ち入れないのである。
記者クラブは政府の御用クラブであり何の力もないという、ただ政府の言っていることを報道するだけの政府のスポークスマンになっているだけだという。
民主主義は報道の役割が大きいことは確かである。知らされなければ知り得ようがないからである。そうすれば判断もできないのである。
地元でも地元の報道機関が必要である。それは自分たちの郷土を自然を守るということでもある。土着的報道が必要なのである。
それが自分のプログの一つの役割でもあることにやっている内に思うようになった。
それはインターネットの報道が無料だからできたことなのである。
だからインターネットは民主主義を促進する

今回の都知事選挙はネットの方で情報公開して都議会の悪役をあぶりだした。
それはマスメデアではなかったのである。週刊誌も権力者の悪を暴いた。
新聞とかテレビには今回は権力をチェックすることができなかった。
ネットの方が時系列で追っていてわかりやすかったのである。
人間の仕事は何か果たす役割があって生れる、やはり地元のことは地元の人が一番影響受けるしここで生活するのだから真剣になる。
外から一時的に来た人とは違う、だからこそ放射能に汚染されたことは深刻だった。
水すら安全に飲めないということは最悪だったのである。
この辺では山では清水を利用していた、それが田舎に住んでいるメリットでもあった
そして今田舎の問題は人口減少になり人が減るとかえってインフラの負担があがる。
水道料金が人口が少ない所は負担がふえるのである。
二倍とかの料金の差が生れているのである。こうなると田舎に住んでいることは苦しくなる。収入も少ないのだから苦しくなる。
そうなると昔のように山の清水を利用したり井戸水を利用したりする方がいいともなる。ただトイレどうするかなどなかなか昔にはもどりにくいのである。
それでも田舎暮らしでかえって都会よりコストがかかるとなると住みずらなくなるとますます人が減ってしまう。

自分は都会向きではない、年とったら人ごみを歩くのも嫌になった。満員電車なども嫌である。でも矛盾しているのは文明的な贅沢な生活を田舎でもしている。
そのために原発も金を生むものとして地元では賛成だった。
インフラに金がかかるんだから田舎は田舎で昔のように自給自足のような生活をしろというときこれも相当に抵抗がありできない、実際に今もクラーをしてこの文章を書いているからである。ただそうはいっても何らかこういう状態になると人間の生活を見直すことは必要である。極端に昔の自給自足生活に帰れというのはではない、何かそこに工夫した生活があるはずなのである。
ただソーラパネルだ植物工場だと言ってもなかなかうまくいかない面がある。
技術というのは否定でとない、だから技術の進歩があってかえって自然と調和できる生活がありうるともなる。だから技術の進歩は否定できないが原発は危険すぎたのである。

タグ:真野ダム
posted by 老鶯 at 14:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

小池百合子の勝利が物語るもの (週刊誌とネットが今回は大きな影響があったー石原家も崩壊?)


小池百合子の勝利が物語るもの


(週刊誌とネットが今回は大きな影響があったー石原家も崩壊?)


【石原家崩壊 東京都地方公務員汚職疑惑】 


都議会自民党が(警視庁と組んで?)石原の側近に濡れ衣を着せようとした以上 
 石原は地検特捜部に告発して福祉関係「癒着議員」の一掃に乗り出すべきだった。 
が、石原はそうはせず、都議会自民党の恫喝に屈して浜渦副知事を辞任させると決めた。 
 理由は息子だ。石原の三男・宏高はみずほ銀行を退職して 
  

 石原は現在、80歳。高齢にもかかわらず、政治家としての賞味期限を維持できたのはひとえに、首都東京の知事に長く君臨したからにほかならない。ほぼ1年ごとに首相が代わるという国政の混乱、特に民主党政権になって以降の外交・防衛政策の迷走が、アジアから右派と警戒される石原の存在感をいっそう際立たせたといっていいだろう。

 石原伸晃がずいぶんネットで批判されている。親の七光でボンクラだったとかこきおろされている。今回の都知事選挙でも小池百合子を親の慎太郎が厚化粧・・・とかで批判してかえって反感をかった。
それより政治は特に東京都は巨大な国並みの利権が得られる所である。
その影響が大きいからこれほどの騒ぎになった。
石原慎太郎は知事が長いから権力は腐敗するというように腐敗した。
マスコミも石原一家を批判しないのは権力をもっていたからだとなる

そして石原慎太郎は四男の絵でも都庁に飾るとか三男のでも銀行員でその利便を計るとか石原一族の利権を拡大することに勤めた。
石原氏が優秀な人でもそうして一族の私的利益を計ることは権力を拡大することはまた腐敗することである。
マスコミは権力をもっている者は団体は批判しない、ただ落ち目になるとみんなが批判すると批判する、東電だって広告費をもらっているのだから批判していない
でも事故のあとは批判している、今回も都知事選挙で石原伸晃がミスを犯して小池百合子に負けたから負け組を批判する
ただ権力に追従するだけであり民主主義の権力をチェックする機能を果たしていない
石原氏が知事で全盛のときはとても批判できない、その時もやはり責めるべきものがあったのだが責めないのである。ただ今回はその権力がそがれると追従して批判するのがマスコミである

ネットでは絶えず石原伸晃と都連の幹事長の内田を盛んに批判していた。
このことはなかなかのみこめなかったがそれで興味をもった人は相当にいる
そんなことだったのかとネットで知ったのである。
そして選挙結果はネットで盛んに言っていたと同じだった、そして今やネットがテレビより影響が大きくなったという、ネットで騒いだことは現実社会では余り影響ないということがあったのが今度は違っていたのそれだけネットが普及したのかとなる

いづれにしろ中国並みに石原家が巨額の利権を得るものとっないたことは民主主義に反する、また内田とか裏で政治を操るというのも民主主義にはそぐわない
だから当選した小池百合子がまずは都議会であれ透明化することですと言っていた。
オリッピックの利権も巨大であり予算が増大したのは利権を得るためにそうなった。
石原一族なのか内田なのか森なのか・・・・そこに巨額の金が利権として回る
それで都民の税金が私的に流用されることが追求された

民主主義はそうした巨額の利権が一族とか一部の議員とかによって私的に流用されこととは反する、だから今回は選挙が投票でそうした利権を明らかにするとなり権力者が逆に追求される
それがまるでドラマのよな展開になっているからついついネットを読んでいたのである。リアルタイムのドラマになっていたのである。
昔から権力は一族郎党によって握られていた。それに近代社会は会社でも政治でも排除することにあった。
そうなると必ず権力は腐敗するからである。

石原伸晃が会見しないで逃げる・・・そこでまたネットで批判が延々とつづく

石原伸晃、内田は森は責任とれ

その声がネットでひびく、これはテレビより面白いとなりその都度読んでいた。
ただこれもネット内のことかと思ったがそうでもなかった。
今回だけはネットの世論と社会の世論がほぼ一致していたのである。
それは週刊誌の攻撃も大きな一翼をになった。週刊誌がなければ国民全部に都民にその利権のことは知らされなかったろう。
ということは新聞とかテレビはそういう点で役割がなくなっていた。
新聞とかテレビのメデアが何かありきたりのことを言うだけで政局を左右する力がなかった。
週刊誌とネットが今回は政局を左右したのかとなる。
なぜなら小池百合子が勝ったことで政変が起きる、自民党が二つに割れるとか小池新党が生まれとかいろいろ言われるからである

それほど東京都知事は大きな力をもっている、安倍首相は直接増田の応援演説をしないでうまく逃げたとほめている。
何か今回はそうして人物が悪役とかがはっきりしてわかりやすかったし地味な政策のこともあったがドラマのような展開に興味をもった。
それは架空のものでなく現実に起きたドラマだったのである。
ドラマッチックでありその構図がわかりやすかったのである。
ただネットしない人はわかりにくかったろう。今回は2chでも相当に力を発揮したのだろうか?
現実の選挙の票に政局に作用したのかとなる、結果的にはそうなっているがそれがネットの影響なのかどうかはわからない。
ただ今回は新聞とかテレビがさほど影響せず週刊誌とネットが選挙に影響したのかとなる民主主義が機能するにはやはり報道の影響が大きい、知らされなければ知り得ようがないからである。
ともかく権力が交代するときやはり時代が変わる、政治も変わる、石原一族の時代は終わったというのは確かだろ。

posted by 老鶯 at 00:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層