2016年08月17日

グローバル巨大化資本主義の限界 (次に来るものは小規模なもの地方文化の興隆)


グローバル巨大化資本主義の限界


(次に来るものは小規模なもの地方文化の興隆)


●資本主義はリスクがあってもうける


資本主義というのは何なのか?いろいな解釈があっても資本というとき資本がものいうものだということがわかりやすい、資本がなければ何もできないのが資本主義だとなる。
元手がないと何もできない、何をするにも最初元手が資本が必要になるからである。
その資本を金を提供するのか銀行である。銀行が金で世界を支配しているというときまさに銀行が資本主義の要にあるからそういわれる
自分の家でも戦後まもなく駄菓子屋を始めたときその始める金がなかったのである。
たいした設備が必要でないにしろその当時5万くらい必要だった、今なら50万くらいなのか?ともかくその金、資本がないので始めるのに苦労した。
銀行ではその時貸さない、あの時代ならみんな何をやっても成功した時代だから貸せばいいのに貸さなかった。資本がないので何か事業でも始められない人が多いのである。

資本主義はもともと始まりにはいろいろな説があるが大航海時代から始まった。
船でアメリカやアジアに進出した、そこで貿易で莫大な富を得たのである。
植民地化して富をアジアであれアメリカであれ南米であれ収奪したのである。
イギリスも海賊が貿易をしてもうけたとかスペインは本当に強盗団であり南米をインカやマヤでも制服して富を得たのである。
ただそこには大きなリスクがあった、大きな賭け、ギャンブルであり船で航海するにしても沈没したりするからそこに資本を金を出してもゼロになる危険があった。
資本主義はは今でもリスクをとらないと大儲けはできない、株でももうけるのはもリスクがある。事業するのにも20人一人しか成功していない、失敗したらどうなるのか?
借金で首が回らなくなったりどん底に陥ってしまう。
成功すれば破格の待遇がある、社長は月給高すぎるというときリスクをとっているからである
そういう人を親戚で三人も知っているから一家離散とか悲惨なの結果になっている
社会主義だと国営になるから国でリスクをとるとなる、でも中国の国営企業が損をしていてもつぶせないとか効率的ではないのである。

人間はリスクがつきものなのである。どんな人生だってリスクを経験している
自分のような平凡な人間でもたいしたことがない人生にしてもリスクがあった。
何回か死に目にあっている、何もしなくても人間は交通事故であれ津波とかの自然災害で死ぬとかリスクをかかえている、つまりリスクのない人生はないのである。
そしてそこには何らかの運が作用している、とてもその人にいくら力量があっても運がないとどうにもならないことがある。
だから大きなことには神すら関与していて成るとも思えるのである。
fortuneとは運であり財産なのである。

●資本主義はイノベーションがないと衰退する

資本主義がリスクをとることで発展するように、イノベーションがないと発展できない、消費が増えないというとき少子高齢化問題もあるが、イノベーションも関係している
イノベーションが起きると消費が喚起されて増える、電動自転車を三台も買っているのはそれだけ今までにない自転車だからである。
車でも自動運転ができるなら高くても買って乗ってみたいとなる
老人でもそういうものは買う、自動運転なら別に老人だから危ないということがないからである。

イノベーションはパソコンがそうだった、バソコンが社会をいかに変えたかこれからも変えるかは目に見えてわかる。
自分が経験したのは抽象画の分野である。ずいぶん多量の抽象画を出したがインターネット上に原画ありしやすいからである。そして変化というのは無限になる、いくらでも作れるということである。
まさにartは技術だというとき絵画の分野では技術が相当に影響している
レオナルドダビンチの遠近法とかで大きな改革があり印象派で改革がありと絵画もイノベーションがあり新しい芸術が開かれてきた。
ピカソになると抽象画になるが現代は抽象画の時代である。抽象画は具象画のように実際に目に見えるものにとらわれず自在にソフトで変化させるから自由度が高いから大量に生産できる。それは別に絵の才能がなくてもできる、自分は具象画だったら何も描けないけど抽象画ならパソコンのソフトで自在に変化して自分が作ったような気分になるのであるこれもイノベーションの結果であり新しい芸術の分野を開いたのである。

日本の問題はイノベーション力が世界的に劣っていることである。今までは故障しないとかテレビでも何でも高品質の製品を作って世界に売れていたがイノベーションは日本から起こるのが少ない、それで経済的にも世界から遅れをとって衰退してきている
発明とか発見はどうしても欧米が勝っているのである。

●グローバル資本主義も限界

大航海時代から産業革命からグローバル化は世界をおおった。しかしそれも限界に達してきている、株価の低迷は世界的である。まず大航海時代とか産業革命のような大規模な革命は起きない、これからは大きな変化は起きてこない、中国でもすでに発展するエネルギーは限界になっている。
そして資本主義は冒険とか植民地とかで富を収奪したがそれもできない、今は金融資本主義であれ株価は操作されてただマネーゲームでもうける人は莫大な富を得ている。
それは本来の資本主義、市場の原理が働かなくなっている
ただ金が株が世界のわずかの人によって操作され金が流れている
そして格差がどこでも拡大して不満が大きくなっている、それで社会がどこでも不安定になっているのだ。
金融資本主義とかの問題は規模が大きすぎてどう操作されているのかとても普通の人にはわかりにくいのである。株でもうけるのは一般人はできない、巨額なマネー操作するものだけに世界の数パーセントの人に金が流れてゆく仕組みが問題になる
そういうシステムはいづれは破綻してゆく、暴動すら起きてくるだろう。

世界的にナショナリズムが勃興するのもそういう時代の流れである、人、物が自由に行き来する時代はヨーロッパのテロなどで行き詰まっている
イギリスのEU離脱でもそうである。もはやイスラム教の人がロンドンの市長になるようにどこの国なのかわからなくなっているからこそ離脱問題が起きた
移民の受け入れを拒否するようになっているのだ。

現代の問題はグローバル化して企業でも世界的になり巨大なるが故に世界が支配される
そこに大きな闇が生れる、巨大な利益を得る、権力をもちすぎるがゆえにそこに闇が生れる、カルト宗教団体でも創価であれ他の団体でも巨大なるがゆえに闇も大きいのである。それが小さなサークルだったら闇にはならない、闇があったとしても見える規模だからその闇を指摘できて払うこともできる、もう巨大化したものは闇も見えないし払うこともできないのである。原発事故でも安全神話は作られたように規模が大きいから権力が巨大だからできたのである。規模が大きいこと自体が問題なのである。
これまでは同じ規格の大量生産で物を供給していれば良かった、これも巨大化した企業にとっては好都合だった。
でも3Dプリンターとかで個々にも対応する物を提供する時代になるとか巨大化がかえって小回りがきかないものとっなって滅びてゆくともなる、恐竜のようになる。
小規模でも物作りできる、そこにはアイディア勝負となるのであり同じ規格の大量生産の時代は終わる。

●江戸時代や中世への回帰へ

ルネサンスが起きたのは小規模な都市国家である。フィレンツとかも小さいのである。
それでもあれだけの芸術文化が華開いたのか?
文化が華開いたの小さな地方都市である。そういう小さい規模の地方都市が文化が耕すには向いていたのである。
相互の連関性とかそこに一つの世界観を作り安かったとなる

自分も相馬藩内でそういう一つの世界観を構築する作業を詩などからしてきたのである。規模が大きくなると東京のようになったらとてももう巨大なるがゆえに非人間的になり
像からイメージするもなにもない、人間は自然の中で像を形成するようにそれができない高層ビルを毎日見ていて像が形成できるか?人間は自然からその像が形成されるのである自然の陰影が人間の心に反映してその像が形成される
山があり森があり大地があり川があり海がありその像に顔に影響しているのである。

人間は家族関係でも昔の大家族にもどればいいというができない、人間は昔にはもどれないというのは本当である。
大家族はその時代的要請でありえた、自給自足の江戸時代の暮らしにももどれない、蝋燭で暮らそうとしてもできない、つまり何でも昔にはもどれない
形を変えて復古というのも起きてくる、小規模なものにもどるというとき江戸時代の地域地域で独自に暮らしていた時代への回帰でも同じとはならないのである。

いづれにしろグローバル化や大規模化の社会は合わなくなる、マスコミでもマスコミニーケーションでありマスを大勢を対象としたメデアである。
それがインターネットになり個々に対応したメデアとなりその過渡期にある。
マスメデアは巨大であり大衆を操作するためにあった。巨大カルト宗教教団でもそうである。マスメデアとか巨大なるものと一体となりさらに巨大化して闇をもつ、その巨大化したもの自体非人間的なものなのである。それは現代社会の危険な牽引力となる。
ナチスとかのファシズムにもなり再び混乱に陥れる
そうした巨大カルト宗教団体は創価でも他でも一つの世界観をもち得ないのである。
ただ人を増やして巨大化して大衆を操作して権力をもち支配することのみを目指しているからである。

不思議なのは国家国家と国家至上主義になっているのも疑問である。そもそも国家というのは日本だったら明治に生れたものでありその概念は新しいのである。
国民というのも江戸時代には存在していない、天皇も国民というものをどう扱っていいかわからないというとき靖国神社は庶民まで祭っているからである。
国家とか国民の前に江戸時代なら一つの地域的世界観の中に生きていた。
葉山信仰などがそうである。それは稲作と深く結びついた世界観である。死生観でもあり死んだら死者は山に眠り春になると山を神が下りてくるという信仰になった。
国家の前に一つの共同の世界観があり共同体があった。
それは中世ならキリスト教世界観でありエジプトも一つの文明の世界観に生きていたのである。イスラムでもそうである。国家というのは新しい概念なのである。
だから国家主義になることは実は歴史的に由来するものがないからそれが何なのか規定することがむずかしい、それで靖国問題がどう対処していいかわからないのである。
国家のために死んだ国家が祭らねばならないとしてその国家が天皇の国家なのかとなるとそれも否定されるとわからないという、国家には何か世界観とは関係ない、何か古いように見えて新しいから対処できないとなっている。

ともかくすでに巨大なものは悪でありスモールイズビュアティとなる。グローバル資本主義ももう誰もそれがどう動いているのか知るものなどいないのである。
だから株価暴落とかなんかの調子で極端な方向に向かい崩壊してゆくのが恐怖なのであるそれはあまりにも巨大なるがゆえにそうした恐怖を常に感じるのである。
例えば高層ビルをいつも見ていたら3・11のアメリカのビル崩壊のような不安を感じないだろうか?何か一挙に崩れてゆく不安が地震でもあるし不安定なのが現代社会なのであるそれは規模が何でも大きすぎるからである。誰もその全容など知るものはいないのである
原発でも小さければ不安を感じない、巨大なるがゆえに常に不安がつきまとっているのである。
原発などでもその内部を知るものは吉田所長すら肝心なことを知らなかったのである。
そういうふうに東電の所長すら原発のことなど全部しりえようがないんのである。
そのことから何が起きてくるか、事故が起きたらもう制御できない。その巨大な複雑なるがゆえに一挙に事故になり成す術もなくなっていたのである。
現代社会には文明にはそうしたある時制御できなくなり崩壊してゆく恐怖がつきまとっているのである。株価暴落でもそうである。巨大なるゆえにその崩壊もカタストロイフィになる。つまりバベルの塔のように崩壊する恐怖がつきまとっているのである。


カタストロフィ
かたすとろふぃ
catastrophe

「倒す」を意味するギリシア語のkatastrophに由来し、普通「悲劇的結末」とか「破局」と訳される。演劇用語としては、劇構成上の最終部分を示し、クライマックスで最高潮に達した主人公の運命がやがて逆転、下降線をたどり、残っていた運命挽回(ばんかい)の可能性も消えて破滅が決定的になることをいう。しかし、なにも悲劇にだけ適用されるものではなく、単に劇を結末づける部分をさすとも考えられ、「大団円」「大詰」と訳されることもある。[高師昭南]

posted by 老鶯 at 16:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

借金している人の心が悪魔になる怖さ


借金している人の心が悪魔に変身する怖さ

借金している人の怖さ


前のつづきだけど今日深層ニュースで芸能人のカンニング竹山という人が借金の体験を言っていた。
そのことで一番生々しく感じたのが借金していると強盗とかしているニュースあるけどあれもありかなあってもいいなとかなっている怖さである。
昼も夜も心が晴れない、借金の重さで心が晴れない、四六時中借金のことしか頭になく
夢の中まで借金のことを考えている
借金を返すまで青空を見ても心が晴れなかったが返してはじめて晴々とした青空を感じたという。

借金をしている人の心理がどうなっているのかわかる。
借金したことによりその心が悪魔に変身しているのだ。
これは自分が体験したから本当に怖い
その時自分は自分の病気から介護で苦しんでいたからである
そしてお前は身寄りがないからどうだこうだと責めてきたのである。
世話してやるからどうだとかなんとかそれも借金を返すために自分から借金するためだった。

相手は借金のために強盗とかのニュースを見てそれもありかなと思ったということが怖いのである。たいがい借金している人が犯罪の動機なのが多いのである。
借金に追い詰められて殺人までになる、それはドラマだけではない、現実の社会で常に起きていることだから怖い、自分が借金しなくても親戚であれ友達であれそういう人が来たら怖いとなるからだ。
自分が特に病気であり介護としなければならず助けがないときだったから怖かった。
借金をするために脅迫されていたのである。

つまり借金の怖さはその心が悪魔に変身する、相手のことなど同情するもなにもない
こいつが死ねばこいつには身寄りがないから金が入るなとかまで思っていたのである。
まさにこの人の心は借金に追い詰められて実際は犯罪者になっていたのである。
だから人間はつくづく恐ろしいと思った。
今でもその恐怖は消えないのである。その額が十万とかならいい、底辺層はそういう借金で苦しんでいるのである。
それが事業失敗したとなると百万など軽く要求するし10億あってもたりないだろう
なぜならそんな人に金貸していたらいくらでも要求されるからである。
お前をめんどうみてやるから金を貸せとか上から目線で恐喝していた
その人は別に若いときは悪い人ではない、頭がいい、いい人だと知っている人は言っていた。でも人間は変わるのだ。同級生でもまるで人間が変わってしまったという顔まで変わってしまということを言う人がいる

この世を生きるということは人間が悪魔にもなるということである。
そういうふうに金とがで追い詰められる、借金で追い詰められると悪魔に変身するのだ。
その時に火事場泥棒のようになり大金を失ったのもそうである。こんな人間が近くにいるのかというのも恐怖になった。
ただそういうことも今ふりかえると親が残したカルマだったということであきらめた。
金をめぐる問題も親が遺産の場合は深くかかわっているのである。
そのカルマを受けたのがいい面でも悪い面でも自分だったのである。
借金することの怖さはこのように人間の心が悪魔に変身するという怖さである。
心が借金のために晴れることがない、四六時中寝ても借金のことを考える
そして強盗した人のニュースを見てそれもありかなという怖さである。
人間がすでに心に思うことが実行に移される、誰かを殺したいと思えばそれが心で思った時、すでに実行しているのである。
だから宗教ではそうしたこと思っただけで罪になるのである。


津波でも原発事故でもその前に起きた自分の一身上のことでも信じられないことの連続だったのである。だからこれは一体何なのだろうと今でも思う
そんな人が自分の所に来たという因縁は何なのだろうとなる
それは親から受け継いだカルマだったのである。
親から必ずカルマを受け継ぐ、いい面と悪い面で受け継ぐのである。
ともかくこれだけの恐怖を与えたのだからその人も恐怖が与えられる
それもカルマなのである。恐怖を与えたものは恐怖が与えられるのである。
相手はどれだけ自分が恐怖したか借金しているから全く感じない
ただひたすら借金をして借金を返したいということしかない
だから自分が死ねば金が入るかもしれないとまで思うようになった
つまりそのときすでに殺意があり殺人者になっていたから怖いのである。
ただ相手は何にも感じていない、借金のことしか頭にないからである。
もう何も見えないのである。相手が人間であることも見えない
相手が金にしか見えなくなっている怖さなのである。

タグ:借金

2016年08月18日

ログハウス風の仮設住宅で小高の人と話する



ログハウス風の仮設住宅で小高の人と話する

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広いように見えたけど中は狭かった


あそこではゴミをペットボトルとかガラスとアルミニウムの缶とかこまかく分別していたゴミ収集する場所も広い、この辺では道にごみ袋とともに置いておくから汚れる

「このログハウス風の仮設が壊されるのがもったいない、なんか利用できないのかな」
「中は狭いよ、一人用だと4畳半だしな、二人でも四畳半が二部屋だから」
「なんか広いように見えるけどそうでもないんだ、ずいぶんここにいるのも長いよな
あきたんじゃない」
「自分の家は二十畳あるよ」
「ええ、そんなに広いの、昔風の家だと自分の家もそうだけど座敷がある、襖で仕切っていてそこで法事なんかしていたから広い座敷が必要だった、今じゃ冠婚葬祭は会社に頼むからそんな広い座敷はいらない、なんか広すぎですきま風入ってきて困るんだよ」
そんな広い家にいたら仮設は狭いよな、狭いと圧迫されるんだよな」
「二年が五年になったよ」
「小高か、どの辺かな」
「金谷だよ、家に帰ると猿が50匹くらいいて我が物顔だよ、なんかこっちが怖いんだよ」「猿でもイノシシでもなんか人間が避難した所では人間を恐れなくなっている」
「あの辺は放射線量高いよな、だから帰る人も少ないだろう」
「まあ、二割くらいだよ」
「小屋木の人は家を新しく建てると言っていたがそれでもあそこも街から4キロ離れていて二割くらいしか帰らないと言っていた、やはり帰る人は二割くらいだろうな」

やっぱり広い家に住んでいた人は仮設に住んだら天井も低いし相当に狭く感じるだろう
この辺で右田の人だったか津波で家が流されて復興団地に住んだ人は狭くて嫌だと言っていたこともわかる
自分も狭い家というのは嫌である。6畳の天井が低い部屋にクーラーがあり寝ていたが何かやはり圧迫される、ゆうゆうとしない、眠る時も圧迫されるから窮屈である。
最初からそういうふうに見ていたけど女の人に聞いてみるとみんな長屋のようになり親しくなり良かったということも聞いて狭いから嫌だともなっていなのかと思った。
あういうふうに長屋風だと人間関係も親しくなることは確かである。

あのログハウス風の仮設住宅は外見がいいから何か壊すのがもったいない、住宅として使えると思うからだ。ただ土地を提供している人が売りたいとなるから壊すほかない
ただ小高でも二割が帰ったとしてその他の人はどうなるのか、小高には帰らず他に住むことになる
その二割も老人が多い、そしたら部落とか維持できるのかとなる、草とりだけでも共同でしいるし老人だけでは部落を維持できないということもある。
草取りというのが農家にとって田舎では重労働なのである。
絶えず草をむしっていないと畑も維持できない、その労力が大変なものになっているのだ
ログハウス風の仮設は他と違っていいなといつも見ていた。外見がいいからそうなる
中味は住んでみないとわからない、ただ四畳半となるとやはり生活するには狭い
6畳と4畳半でも違う、そういうところで5年間いたというのも窮屈な面はあった。
ただ市営住宅の狭い部屋に住んでいる人は狭い所に住んでみればわかるよと同情しない、また小高の人に補償金とかでももめたのでその女性はかかわっていない
自分は別に金のことでそれほど小高の人に対して不満というものでもない、でも相当に鹿島の人は不満なのである。そこで軋轢が生れた
そういうしこりが残ったことは確かなのである。

でも小高の人でも補償金はもらえなくなるとこれからの生活の不安がでてくる
小高で仕事ができるのかといろいろ不安が生れる
だからまだまだ避難解除しになってもスーパーもないのだから買い物もできないし帰らないと決めた人もいるし前途多難である。
それでもなんか他から何かしてくれるという感覚ができあがっているから自分たちでなんとかしようという気持ちがないと小高に住む人も少ないのではないか?
小高の中でもばらばらになり意志統一が家族でもないしばらばらになっている
そこが大きな問題なのである。いくら金があっても何かみんなで意志統一してここでやっていくんだという気持ちがないと復興はできないのではないか?
そういう気持ちがないといくら外から援助しても復興できない、そこが一番欠けているから問題なのである。

ともかくあのログハウス風の仮設を壊すのがもったいない、自分も欲しいくらいである。何か利用することがあってもいいのではないか?
そこにまだ住みたいという人もいるだろう。なかなか新しく家を建てることもできない人もいる、ログハウスになると夏は涼しくとか冬はあたたかいとかあるかもしれない、でもクーラーしているというからあそこは川の側でも今年は暑い、あのログハウスの仮設は頑丈に見えるから5年過ぎてもまだ使えるということがある。
他は相当に傷んでいるから壊す他ないがあれはもったないなといつも見ていたのである。まだあそこには二割くらいは住んでいるみたいだ。他は相当に空いてしまっている
住居だけは実際は外見だけではわからない、住んでみないとわからないのである。
住居はその建物だけでもいいかどうかわからない、回りの環境も影響してくる
あそこは川の側で場所もいいのである。スーバーも近いし便利なのである。
あれもあと半年くらいで壊されるのかとなるとなんかもったいないのである。



posted by 老鶯 at 22:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2016年08月19日

認知症は記憶できない病気 (料理することが認知症の予防になる)


認知症は記憶できない病気


(料理することが認知症の予防になる)

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文字がどこにあるか一旦見せて隠すと認知症の人は記憶できないからわからない
普通の人でも一文字ならわかるがこれが二文字ABとかなるとわかりにくくなる
そしてABCはなるともう普通の人でも覚えることができない




認知症も本当に何なのかわからない謎である。一番驚いたのは銀行から金をおせなくなったことである。これほど衝撃的なことはなかった。
いつも頭がいいと自慢していたしそういう面はあった。
それが金が下ろせないとなれば完全に無力化したことになる
なぜなら金がどうのうこうのというが金はやはり力をもっている
金があれば人も動かせるのである。人は金に従うのである。すべてではないにしろ金をもっていれば老人になっても無力化はしない、その金をもっていても自由にできない
これほどショックなことがあるだろうか?
一億円もっていも銀行から金を下ろせない、みんな金にこだわり金、金、金で生きているのに金があっても自分で使えないということが一番のショックである。
それが認知症になると起こるのである。

だからこのことから見れば何なのだ、全く馬鹿になってしまったのかというふうに見るし外からも見られる
そして不思議なのはその金を下ろせないということで自分の頭をたたいてく悔しがっていたのである。とをしてもわかろうとしてもわからないからそうなって不満になり自分の頭をたたいていた。
これを考えると自分が銀行から金を下ろせないことを意識している
金を下ろせればいいと思っているができないので不満なのである。
それが怒りにもなる。ではこうなると認知症の人は全面的に馬鹿になったのだろうか?
そうとうもいえないのが不思議なのである。

図のように認知症は記憶できない病気である。
実験として図の中にAを見せる、次に隠してどこにあったか指摘させる、たいがい一つの文字ならわかるだろう。でも認知症の人はなかなかこういうことが相当に苦手になる
まず文字が二つAとBになったらほとんどどこにあったか記憶できない、直前の記憶ができないことが認知症の特徴なのである。
普通の正常の人でもまずもじがABCとなると図の中に配置したらわからなくなる
このことから料理することは認知症の予防になる
なぜなら料理することは十種類くらいのものを使うからそれを覚えていないとできない
特に冷蔵庫の中にどこに何があるかを知っていないとできない
料理は明らかに頭脳を働かせて整理する訓練に向いているのだ
種類が多いから冷蔵庫でも中にどこに入っているか自分は忘れるのである。
もし料理することだけを専門にしていればそういうことはない、いろいろやることがあるから必ず自分は忘れるのである。
人間は一つのことにAという文字には注意して覚えるがそれがABとなると覚えにくくなる
二つ三つとなると覚えにくくなるのである。

認知症が記憶できない病気というとき良く財布とか大事なものを隠すが隠したところが記憶から消えるのでパニックになる、それで泣いて訴えたり探せと狂気のようになるのである、何かその時感情が高ぶり狂気的になるのが認知症の特徴である。
だから側にいる人は常にその隠した場所を知っていてないというときここにあるよと安心させるのがいい、だから狭い部屋で管理しやすいのがいいのである。
なぜなら二階に自分の着るものを置いたりする余計に自分でかたつげていてもないとなりパニックになり狂気的になるからである。盗まれたとか異常に感情的になり激怒したりするからである。良く入れ歯をなくすので苦労したのである。
認知症はまた整理できない病気である。同じ種類のものとか同系統のものとかを区別して整理できないのである。

認知症の人がなぜ暴力的になるのか?それは今までできたことができなくなる不満が大きいためである。それから今までつきあっていた人ともつきあうことが断られたりいろいろな不満が大きくなる、するとその不満が一番身近な家族にぶつけられるのである。
施設だと介護士とかの暴力になる、そういう簡単なことができなくなっても以前としてプライドをもっている、自分はこの家で何々してきたとかやはり自慢している、自分は頭が良かったとかも言いプライドはなくならないのである。
確かに簡単なことができないわからないにしても人間としてその人は馬鹿になり人間でなくなったのかと思ったこともあった。
それが最初の驚愕だった。でも人間としてわかっていることもある、人生経験から何か諭すようなことも言うのである。

ともかく認知症の人を扱うのが大変なのは家族だったら自分の家族だったらこの家を作った人だとなると馬鹿として扱えない、自分はいろいろやってきたというときプライドをもつとき否定できない、施設だったらそういうことはないからそんなプライドをいちいち取り上げないだろう。頭から馬鹿にしたりするだろう、する不満になりそれが怒りとなり暴力ともなる、ここが一番やっかいなのである。
功罪はあるにしても功績があるからそのプライドを否定することはできないのである。

いづれにしろ認知症の予防というとき記憶できない病気だというとき料理などしていないと認知症になりやすいだろう。一人は全く料理もなにもしなくなっていた。
一人は93さいころまで料理していたのである。趣味もなにもないが料理していたので認知症にならなっかったのかもしれない、ただ95歳頃から寝たきりになり認知症になっていたこのころになるとみんな認知症になるからこれはとやかく言えないのである。

認知症の症状には脳のメカニズムが関係しているのだろう、直前のものが記憶できないということは海馬が障害を起こしている、でも昔のことは鮮明に覚えているので千回も話しつづけて聞いているのが嫌になる。
過去に生きているというとき自分は過去に何々をしたとそのしたことを認めてもらえたいのである。戦争で苦労したらその戦争で苦労したことを認めてもらいたいのである。
そこにプライドがあるからである。だからその人が迷惑ばかりかけていたりしたら認知症になったら介護するのもいやになるだろう。何もしてくれない何も残さなかったとか世話しなかったとかなればそうなる。
迷惑をかけつづけて最後にまた大迷惑をかけただけだとなってしまう。
自分の場合は特別良くしてもらったから介護したし今になると恩返しできて良かったなと思う、そうでないと何も恩返しができなくて後悔したからである。

介護というとき個々の家族の事情が深くかかわっている、兄弟でも良くされたものが介護しろとなるのはそのためである。ただ介護は家族だけでは負担になる。
自分も十年間して疲れたのである。何か相当に介護は精神的にも肉体的にも消耗するのである。ただ自分はやりたいことをやらせてもらったから不満はないのである。
親子関係でも家族でもいろいろだから介護の事情は違ってくるからいちがいに言えないのである。
ただつくづく人間は日頃の行いが大事だなと本当に思う
自分の所に来た親戚の人は事業に失敗していたのだから何も助けることはできない、多少はしてもただ頭が借金のことで一杯なのだから何もできないというより脅迫されたから怖い、これも日頃の行いが悪かったから肝心な時に何もできない、かえって苦しめる結果になったのである。

原発事故でも仮設で何もすることがなくギャンブル、パチンコばかりしている人もいたし何か会津で家具の修理の仕事とか他にも農業しているとか日頃していることをしていた人もいる。大工なども仕事としてどこでもできる
何かこうした緊急事態のときでも日頃していたことが役にたち復興になる
何かあったからといって人は何か特別なことができるわけでもない
日頃していたことしかできないと思う、そのことが役にたつのである。
だから日頃の生活が大事なのだけどそれがあまりもに平凡だから大事だとも思わない
人間の一生でも何か特別なことは人生に一回とか二回くらいしかない、あとは平凡なのである。青春時代は特別なことが起こるがあとは何か人間は平凡なのである。
家庭生活でもそうだし何か特別なことはないのである。

ともかく認知症の対処も家族で違ってくるが認知症特有の症状は共通しているところがある。直前のものが記憶できない病気ということで共通している
その他はいろいろあっても全部が異常をきたしているものでもないようにも見える
これも個々に違っているからわからない、でも馬鹿になっか、痴呆になった、もう人間として扱えないとまではならないと思う。
ただ症状があまりに悪化するとそうなるかもしれない、なんか最後に正常にもどるということを書いたけど時々認知症の人が正常にもどる正気にもどるというのもこれは経験しているから本当である。これも不思議なことだったなとつくづく思うのである。

2016年08月20日

秀岳館にも一人も熊本県出身はいなかった (高校野球の意義はスポーツは何のために?)


秀岳館にも一人も熊本県出身はいなかった


(高校野球の意義はスポーツは何のために?)


今の高校野球は地元代表ではない、秀岳館は熊本代表ではない、大阪から根こそぎひきぬいてチームを作った。地元とは全然関係ないチームなのである。

センバツ「秀岳館だけには優勝させるな」という雰囲気あった

東北の私立でも八戸光星とか青森山田とかは東北出身は一人もいないのである。
福島県の聖光学院は地元が二人くらいいるから違っているといってもそれが福島県の代表なのかとなる。
高校野球は地元の人が応援する、地元意識が強いことで成り立っていた。それで盛り上がっていた。
つまり福島県のチームが勝てば原発事故や震災の復興になるとか熊本だったら地震の被害からの復興になるとかなる

でも秀岳館は実際は地元出身ではない、第二の大阪代表だと言われる
地元の代表だったら地元の励ましになるが地元出身の生徒がいないということが変わってしまったのである。
福島県だったら聖光学院を応援するがでもあまり強く応援する気持ちにもなれない
なにかしらけた感じになるのである。
そもそも高校野球自体がこういうふうに地元出身の生徒が出て応援するとういものでもなくなっている、だから全国高校野球というのがどういう趣旨で行われているのか?
その趣旨に反したものである。野球好きな生徒がどこの県でも私立高校に入りそこで甲子園に出るために練習する、その地元とは別に関係ないのである。

今日秀岳館に勝った北海高校は二人くらい大阪出身だがほとんど北海道出身だった。
秀岳館はピッチャーが5人くらいいるのも強みである。北海高校はエース一人でがんばり勝った、秀岳館には勝ってもらいたくないという高校野球にかかわる人が言うのもわかる前に磐城高校が甲子園で決勝まで進出したときはほとんど磐城出身の高校生だった、もともとみんなそうだったが高校野球は甲子園に出たいという特別優れた生徒が全国から集まりチームを編成するのである。
別にスポーツはスボーツが好きな人がどこの県であれ世界であれば国であれ競うとなれば国にこだわることはない、現実に国がないからたまたたま近くにあった国とかから国籍をもらいオリンピックにでたとか国意識が希薄になっているのである。
スボーツはもともと身体能力だけを競うものでありあまり国籍とか県とか関係ないのである。

そして日本が400メートルリレーで銀メダルとったというとき100メートルの決勝に出た人がいないのに勝った、他は9秒台で決勝に出た人が多い、それでも日本が勝ったというとき世界で話題になった、それがなぜなのか?
それはバトンタッチのうまさである。そこを日本チームは相当に訓練していた。
そのバトンタッチが何か日本人的器用さが発揮されたのかもしれない
そのバトンタッチで差がついて勝敗にも影響するということが面白かった。
ただ速さだけではないバトンタッチが勝敗を分けるというときただ身体能力で競争していれば負けるがバトンタッチの技で勝つというのが面白かったのである。
ただ身体能力だけで勝負がつくとなると決まった人しか勝てないのである。
そこには一つの要素でしか勝てない、身体能力の強い人しか勝てないから勝つ人がたいがい黒人になっているのである。それはDNAでもともと優れているからいつも黒人が勝つとなる、それは国と関係なく陸上は黒人が強いのである。

何かすべて身体能力が強いものが勝つとなると面白くない、そうなら最初から競争しても勝敗がわかっているのだから無駄だとなる
柔道にしても小さい者が大きい者を投げたりすることができるものとして人気があった。また日本の武道は精神的要素が多い、精神の修行という要素が多い、だから日本ではスボーツでも道を究めるとなる、柔道、剣道とか道なのである。
ギリシャではじまったオリンピックの競技には何かそうしたものは精神的なものは欠けている、ただボリス同士が戦争ばかりしていたから休戦の意味でオリンピックが始まったというのに意義があった。それで平和の祭典になったのである。

柔道などにはそうした精神的なものがあり文化がある、ただ身体能力を競うものではないものがある。でも一般的にスポーツには文化的なものを感じない、スポーツという言葉が気晴らしだということでもそうである、ただスボーツで優れているということは身体能力で優れいてることは人間的に優れているということはある
特に昔だったらそういう身体能力で人間の優劣は決まる、機械がない時代だからそうなった。
ただ人間の身体能力の不思議は栄養豊かだからといって必ずしも備わるとは限らない
なぜ江戸時代の人とが粗食でも重労働にできたのか身体能力が高かったのか不思議である走るにしても人力車を引っ張るとか飛脚でもマラソンランナーのように走る能力がありそれは相当な重労働であり粗食でやれたのかとなる、でも実際は粗食である。
おにぎりとか沢庵とか味噌汁くらいがおかずで働いていたことの不思議である。

身体能力を考えると栄養をとらないから弱いともならない、今でもネパールなどでは素足で荷を背負い山を下り下りしている、その人たちは粗食なのである。あの高い山では栄養はとれないからである。
粗食というときローマ人も実際は普通の兵士は粗食だった、貴族化したとき贅沢になった日本兵は粗食であったがやはりそれでも戦争をする体力があった。
現代は栄養過多でありそれで身体能力が高まったというとそうはなっていない、とても昔のように歩いて旅するなどできない、今も車に乗っているとかデスクワークだから昔の人より体力がないのである。
つまり贅沢になれると人間は虚弱化して国自体も衰退してゆくという逆説がある。ローマがゲルマン人に滅ぼされたのもそのためである。
原発避難民なども贅沢であり文明人自体が贅沢になれているからあえてもう困難なこと、不便なことは嫌だとなり震災の災害地は復興できないともなっているのである。

なんか自分は今年の暑さでバテた、それで食欲もなく食べていないから相当にやせたと思ったら逆に太っていたのである。それがなぜかわからないがアイスを食べると太るとかジュースで太るとかなるとそういうものに相当な栄養があり太った
夏やせが普通なのだが夏に太る人が多いというときアイスでもジュース類でも相当に栄養があるためである。
そして糖尿病になる人が現代人に多いのは栄養の取りすぎの結果なのである。
なにか暑いと喉か乾き甘いものをとりすぎるのである。甘いものをとりすぎるとかえって疲れるというのもわかる、かえって水の方がいいとなる
自分はやせ型だから太るわけないのである。それが太ったということは甘いものをとりすぎたということなのか?それだけ今はいろいろなものを食べすぎるということなのだ
そしてかえって栄養をとりすぎて虚弱になっているというのも逆説である。
文明人はみんな共通して虚弱になっている、栄養とりすぎて虚弱になっているというのも逆説である。粗食で生活していたときがかえって身体能力があったというのも逆説なのである。

なぜ現代がスボーツの時代になっているかというとともかく文明人の生活が運動しないためである。だから運動することを求めてしないとできないからである。
別にスボーツジムに行かなくても日頃の生活が身体能力が必要ならそんなことをする必要ないのである。米俵でもかつぎあけるとか荷を運ぶにも日頃肉体労働していればそんなことをする必要はないからである。
オリンピックに出る人は超人的能力の持ち主であり普通の人とは関係ない世界である。
それは遊びと気晴らしの世界なのである。そんなものに金をかけるのは企業の宣伝とか国威高揚とかがありそれが世界で生活している人々とは直接的に何の関係もないのである。そういう気晴らしのスボーツに何兆円もかけること自体時代錯誤になっている
高校野球も勝つことだけが問題になり高校生野球のプロ集団同士の戦いとなり地元とか県の代表でもなくなっているのである。
だから福島県でも心から応援するという気になれない、ただ試合には勝たねばならないから勝つということに重点を置けば結果的には地元だけでは勝てないから全国から優秀な選手を抜擢して強いチームを作る他ない、でもそれは高校野球の趣旨には反しているから
秀岳館は負けてほしいとなったのである。



タグ:高校野球
posted by 老鶯 at 16:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2016年08月21日

過酷な人生は何のために 苦しめば相手の苦しみに同情する


過酷な人生は何のために


苦しめば相手の苦しみに同情する


人は誰しも母から生まれとき母の苦しみを通じて生れる
苦しみを通してすでにこの世に生れている
その後も親の生活の苦しみがあり子は育つ
戦争で苦しみ生き残りそして自分が育てられた
若いときすでに母は糸取りで十年働き苦労してた。
戦前はみんな貧乏であり苦しみ生きていた。
食べるものも粗末であった。沢庵と味噌汁が主でありあとは梅干しである。
そんなもので労働に耐えていた。
人の一生は結局苦しみなのだ。それから逃れることはできない

人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし 家康

子供の頃から苦労していたからこうなった。人間に苦労は尽きることはないのだ
なぜなら人間は苦の存在だというとき病気にならない人がいないからである。
死もまねがれないから死なない限り苦から逃れることができない
苦というとき貧乏も苦だが病気は誰にでもなる、金持ちでも病人になったらただ苦があるだけなのである。
億万長者でも寝たきりになったりしたらその金も何の力もない、ただ歩けたらどれだけ幸せだろうとなるだけである。

ただ人間は人の苦はわからないのである。貧乏を経験していない人は貧乏がどういうものかわからない、実際今の時代の貧乏は戦後まもなくとか戦前の貧乏から比べると貧乏とも言えない、時々貧乏を話題にするけどそれはみんな貧乏を知らないから珍しいものとして貧乏を話題にする、だから何か極端であり実際で学生の貧乏を話題にしたのがやらせだったのであ。実際はぜいたくしていたのである。
現代の貧乏は何かそういうことが多いからそのままに話題にしても特にマスコミで話題にしても信じられないとなる
今では生活保護者でも食べ物だけはぜいたくしている、自分よりぜいたくしている、サシミを生きのいい店で買っている、スーパーでは買わないのである。
自分の父親は明治生れで貧乏のままに終わった、最後の方で豊かになったが病気になりサシミを食えるようになったが食いたくないと言って死んだ
病気になったらどんなうまいものでも食欲がないのだから食べたくないとなる

自分は介護のとき病気でありその病気のとき借金だとなんだと犯罪にあったり苦しめられたの辛かった。でも病気でもやはり責められたり苦しめられたりすることがある

「病」としては、大別して「瘡(かさ=梅毒)」と「労咳(肺結核)」でしたが、働きが良かった(客を大勢取った)遊女は、その妓楼の別宅で養生させてもらえましたが、大部分の遊女は、微熱があろうと、喀血をしながらも、多くの客を取らされました。
そして、いよいよ「ダメだな」となると、妓楼内の日当たりも良くない、薄暗い納戸のようなところへ閉じ込められ、食事もほとんど与えられずに遊女の「死」を待つだけでした。
遊女が死ぬと、腰巻一枚の丸裸にして、菰(こも)に包んで銭200文を付けて「投げ込み寺」へ。
寺では、「総墓」と呼ばれる大きな穴に投げ込み、簡単なお経を読んで供養を済ませました。
従って、小石川養生所などはもとより、医者にかかることさえできませんでした。

遊女も借金のカタにとられてこんなに悲惨に死んだのかとなる、借金というのは江戸時代でも過酷であり江戸時代の暗黒面をここにみる。
今だったら自分でも病気ということが免罪符になる、生活保護も軽いものでも精神が病んだとでも受けられるし、身体の障害者でも特別かえって保護されて同情される
それが特権までなっている。それが現代の恵まれている点である。
自分も常に介護とか病気で思ったことが自分は病気なのになぜこんなに責められるのかということだった
それでこれは自分より悲惨だったなと同情した。結局苦しむことはそうした過去の人でも苦しんだ人に同情することになる、苦しむことで他者にを同情するということはある。

ある女性と話したら貧乏な人がいるんですよと話したらそんな話したくない、そんな人はいないよと言っていた、その人は貧乏な人と接しないから自分が貧乏を経験しないからそう言っているのだ。自分も前はそうだった。自分が苦しんだ結果そういう人の苦しみがわかり同情するようになった。
人間の苦しみはその人が苦しんでみないかぎりわからないのである。
なぜそういう遊女に同情がなかったのか?
当時はやはりみんなが貧乏であり同情しても借金も払えないからそうなった。
まだ逆にそういう過酷な非情な目にあいつづけると人間は非情になる
全く同情しない人間にもなる、心が歪んでしまうい冷酷になる
だから人間あまりにも過酷なことには苦しみには耐えられないのである。


ともかく喀血しながら客をとるというのは悲惨である。それも同情されないのである。
自分もこれよりは楽だったとなるが同情されないということでは同じだった。
だからどうしても比べるのもどうかと思うが津波ではない原発避難者は確かに部屋は狭いけど楽だなと見えるのである。
江戸時代と現代は比べようがないにしろこんな悲惨なことが借金のためにあった
だいたい今の借金している人は何か病気のためとかは少ないだろう
見栄をはる、贅沢をする、ギャンブルするそれがやめられなくて借金する人も多い
そして自分が苦しいとき借金で責めてくる、そんな人が何なのだとなる
原発避難者もギャンブルとパチンコ屋通いになったのそうである。
現代の苦しみは個々に事情があってもそれほどの苦しみとは言えない場合が多いのである
江戸時代は病気になってもまともに医者にかかれる人は少ない、そして医療も発達していないからまともな医療は受けられないから病気になったら死んでゆくのが多いとなる
一方逆に現代は医療過剰で胃ろうまでして胃に穴あけてまで栄養をやり活かしている
このことも実際は地獄的な苦痛なのである。苦しみを与えるために生かしているということにもなっている、これもまた成す術もなく苦しんで死んだ者が多い江戸時代と比べると奇妙だとなる。同じように苦しみを与えていることは間違いないからである。
現代の医療が作り出した苦しみなのである。

いづれにしろ他人の苦しみがわるというとき自分も苦しんでみないとわからない、貧乏な人の苦労をわかるのには自らも貧乏にならないとわからない
現代では本当の貧乏がないから装う貧乏になっているのである。
現代人はそれだけ贅沢なことが当たり前でありそれになれているからちょっとした不便でも貧乏でも耐えられないとなる、貧乏といっても昔からすると相当に贅沢しているからである。

自分はなぜ病気なのに責められたのか、その弱さにつけこまれたのか、そのことが憤りになっている、でも江戸時代の遊女はどんな気持ちで死んでいったのだろうか?
病気でも同情されない、ただ借金を払うために物ののように使われて死んでゆく
江戸時代は義理人情の世界というけどここに一番の暗黒があった。
ここには人情がなかったのかとなる、ただそれぞれの事情がありその当時だと白いご飯が食べられるといい着物が着られるとか当時の価値観ではあった。何かしらそうした地獄でもその当時にしたら人間的なものがあり救いはあったとなる
今は贅沢するために借金してそれで同情しろというのは無理である。ただ現代ではそういう人が多いのである。
これとにたことは現代でも貧乏な国で起きている
目をおおうようなことをdarkness duaのプログで話題にしている、だから昔あったことは今もやはりあることはある。ただその事情は違っている

「なぜこんなに苦しんで死ぬだけなのか」

その不条理に泣いて死んでいった。その人生の過酷さは何であったのかとなる。そこになんらかの慰めがあったのかとなる、その恨みは相当に深いと思うからだ。




タグ:過酷な人生

葛尾村から三春から田村市(都路村)へー秋の短歌 (地理は地図を見てもわからない)


葛尾村から三春から田村市(都路村)へー秋の短歌


(地理は地図を見てもわからない)

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葛尾村あわれ遠くも古き碑の並びて語る秋の夕暮

三春へと葛尾村より我が行くやその道遠く秋の日暮れぬ

この辺りいづれや遠く山の道月見草咲き夕暮れ迫る

三春への道のり遠し道の辺の花もあわれや旅人去りぬ

葛尾村我が父の暮らしはいかに丁稚奉公に新山に出る

葛尾村三春浪江も遠しかな生活もあわれ秋の日暮れぬ

高瀬川上りて遠く落合や秋深まりぬ葛尾村かな

双葉より都路遠し坂のぼり我が着きにしも何かありなむ

五万石三春の城跡我が立てば四方の山々かなた相馬かな

葛尾村古き屋ありぬ養蚕に暮らしをたつや代々の墓

行司滝相馬と三春の境かなその謂れ知り秋深まりぬ

山中に様々な碑の古りにけり昔の暮らし秋の日暮れぬ

隣村都路村やその名にそ華やぐも古道とあり秋深まりぬ

船引と昔の町の名の消えぬ田村市となる知らざりしかな

船引に一夜泊まれる電車行く音のひびきし秋の夕暮

飯館村芒なびきて誰か住むその土地広く知られざるかな




地図見ると実際の感覚とは違う、葛尾村は何か広い感じがしたのである。でも実際はかなり狭い領域だった。飯館村はもともと広い感じだった。
川俣村も意外と狭い、でも人口が多いのは絹織物の里として栄えたからである。
福島市から電車まで通っていた。
双葉とか大熊も土地としては狭い、でも町として維持できたのは原発があったからである浪江町は土地が山奥の津島まで伸びているから変則的なのである。
津島は開墾に入った地域であり戦後のことである、だからあそこで中国人の嫁が都会に出たいと鉈で夫を襲ったということがあった。今は避難してどうなったのか不思議だとなる海側は何か狭い感じである。南相馬市は広いのは原町市がもともと入っていたからであるここに雲雀が原がありもともと広い土地だったのである。
田村市は船引町まで合併していたのである。船引は鉄道も通っていて大きな街がある。
だからそこも合併したので4万くらいになっている
都路村には双葉から自転車で行ったが坂がありようやく越えてつく
ただ都路村は葛尾村の隣である。境を成しているのは高瀬川なのである。
行司滝というのはその境の謂れが伝えている
ただここには行ったことがない、かなり川でも奥になるのだろう。

葛尾村というとき広いと思っていた。父親の出身地は葛尾村の小出屋であり
あそこも相当不便な所であり場所としては広い場所がないので窮屈なのである。
その実家のような家は今はない、そこにも一つの物語となってしまった。
あそこはでも三春までバスが通っていたから浪江の街中に行くより三春の方が近かった
江戸時代でも三春が近かったので葛尾大尽と呼ばれた製鉄で財を成した人が三春藩の殿様を呼んだとか言うのはそのためだろう。
要するに葛尾村が狭いというとき平地も少ない、平地があれば田にしていたが他は山の暮らしであり馬を飼っていたり炭焼きしたり木材とかを売り生活していた。
相馬野馬追いでの騎馬武者の草鞋を作っていたというのもそのためである。

この草鞋作りは金を稼ぐには良かった、栃窪村の上萱(うえがや)でも草鞋作りしていたのである。靴がない時代は草鞋だから草鞋は一日くらいでも履き替えるから売れるとなる、その草鞋は必要なくても義理で生活の足しにと買っていた人もいる
福島市の草鞋祭りもそういうものに由来している。
上萱も意外と古い、明治時代から家があったとか古いのである。茅葺きの家が何軒が残っていたとき何回も行っている、つまり大原村から八木沢へは辺鄙な不便な場所だけど開墾して入植した人がいた。バラ坂とは何なのだろうと思ったらそこが原発事故で家が避難して茨の原になっていた。バラ坂とは茨(いばら)のことだったのである。
それからたいがい古い農家は戦前まで養蚕しているからそれは兜作りであり二階が独特の形をしている、通気孔をもうけていたりとわかる。山の中でも養蚕していればそれなりに暮らしが成り立ったということはある。

ともかくこの辺が原発事故の被害にあり避難区域になった。
この辺は何回も自転車で行った所だがそれでも地理はわかりにくい
実際の感覚とは相当に違うのである。だから地図見ただけでは地理はわからない
遠さの感覚とか地形とか広さの感覚でも実感しにくいのである。
相馬藩は大熊とか葛尾村までありつくづく狭いようで六万石でも広いのである。
だからわからない領域がまだある、行司滝などまだ行っていないのである。

行 司 ヶ 滝

このプログの説明だと都路村の古道村まで相馬藩であり境争いがあった。三春藩の侍が切腹までしていたのである。境になっている所は必ず何か争いがありそうした歴史が残されている、ここのプログは面白いようだ。

ともかく人間の暮らしというときこうした山の村でもそこに暮らしている重みが違う。
こういうところにも人が代々暮らしているということが感慨深いのである。
確かに不便なのだけど都会だったら一軒一軒の暮らしの重みがないのである。
つまり今になると良くこんな山の中で暮らして来たなと思うのである。
だから東京などの家とかと比べると一軒の家の重みは百倍もあるだろう
それで浪江の赤生木にはもう人が住まないと一軒一軒の家を記録に残そうとしているのである。ただあそこは開墾に入った人が多いようである。

自分にとってこういう村が失われることが今になると大損失である。そんな限界集落のようなものは金がかかるからいらないと都会の人が言う時、それはあまりにも偏った見方なのである。人間の暮らしが本来どういうものなのか都会の人は経済的なもの、効率として見ないからである。ただそれも一理ある、なぜならもともとそういう村は自給自足であり都会の人に頼っていなかったからである。そこに誇りがあった。
今は原発でわかるように便利な生活のためにインフラでも何でも税金でまかなっているからそうなる。
結局もし田舎だけで都会の人に頼らずに暮らしていたらもっと生活の重みがあったともなる、もちろんそうなると貧乏で嫌だとなっていて街に出てきた人もいるし自分の父親のように酒屋に丁稚奉公に出された人もいるからそこで暮らすことは厳しいのである。
ただ貧しい,厳しい生活ということがその生活にさらに重みを加えていたともなる
田舎でも街中より離れた農家などには生活の重みを感じるけど街中だと感じない
家が密集していると一軒一軒の家の重みかなくなる、まして都会となると余計にそうなる農家だとそこが旧家だったりする城のようにさえ見えるからである。

いづれにしろ地理の感覚は地図を見てもわからない、実地に歩いてみないとわからないのである。だから葛尾村が狭い領域だということが意外だったのである。葛尾村には古い碑がある。落合には明歴と元禄の碑があったことを紹介したが明暦となると相馬藩内では本当に少ないのである。
また秋になったら涼しいからロードで行ってみたい、ロードだと倍速になるからだ。
葛尾村も避難解除にはなっているがあそこは辺鄙だからもどるとなると他より苦しいとなる。
この辺が都会の人には感じないがそういう代々の生活が奪われたとかその被害は深刻だったのである。そういうふうには都会の人は見ない、この際限界集落は消えた方がいいとかみる、それは経済的効率だけから見るからである。

生活の重みとか人間の暮らしが本来どういうものかとか見ればその見方は違ってくるのである。ただそういうことはそこに住んでいる人も感じないということもある
かえって補償金もらって都会で便利な生活したいとなる、そういうふうに田舎でも暮らしていたら当然この際補償金で都会で暮らそうと若い人は特になってしまったのである。
要するにその人の生きる価値観の問題がある、でもそんなことより普通は便利な生活がしたいとなるのである。自分でもどうしても小さい町でも街中でしか暮らせないのが現実なのである。車がないから近くにスーパーがないと暮らせないからである。
自分はまだ一万くらいの町でも我慢できる、それでも贅沢は今でもできるのである。
通販とかインターネットが発達したから補えるということである。
それもまた矛盾であり便利だからこそ田舎に暮らせるともなる
とにかく原発事故ではいろいろなことが問われたのである。むずかしく言えば実存的問題というか哲学的問題としても問われたのである。

高瀬川から葛尾村まで春の短歌二十首

葛尾(かつろう)村から三春へ(秋の暮)
(残された一つの物語)








タグ:葛尾村

2016年08月22日

推理ドラマで写された昔の仙石線の陸前大塚駅 (春の日の思い出の短歌十首)


推理ドラマで写された昔の仙石線の陸前大塚駅


(春の日の思い出の短歌十首)


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堤防で島が見えにくくなった

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この辺の家は津波で流されないだろう

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消えた東名駅



奥松島湾の水面の穏やかに春の光にきらめきにけり

島一つ車窓に見えて奥松島春の日静か乗り合わす人

奥松島植田に湾や島一つなごみけるかな電車の行きぬ

我が一人陸前大塚おりたちて島一つ見え桐の花咲く

島一つ車窓に見えて落ち着きぬ奥松島や通う人かな

東名駅今はなしかも春の日に望みし海と遠き山かな

春の日の野蒜駅や松原をぬけ海広し鴎飛ぶかな

野蒜浜波音ひびく砂浜を歩めば貝あり心地良しかな

鳴瀬川電車わたりぬ春の日に海にそそぐや鴎飛び来る

奥松島海沿い走りひびく音心になおもひびきけるかな


仙石線の旅情は奥松島にある。湾になっていて島々が穏やかにある。
特に真ん中にある一つの比較的大きな島がポイントになる。
それが陸前大塚を通るとき車窓から見える
海沿いの低い所を行くから海が余計にまじかに見える
なかなか鉄道でも海をまじうかに見る所は少ない、ここの海は穏やかであり
湖のようにも見えるから春の光がまばゆく水面にはねかえる
そしてここから仙台に通う人が多い線である。

今日見た推理ドラマではここが舞台になっていたので興味深かった
最近昔の推理ドラマを見ていると昔の光景がでてくるのでなつかしい
すでに30年前とかの映像なのである。
その時の俳優は若いし死んだ人もいるから不思議だとなる
この年になると何か回顧すること記憶をたどることが仕事になる

それにしてもあまりにも変わってしまった。陸前大塚駅が残っているが次の東名駅はなくなり高い山陰になってしまった。あの辺の家はねこそぎ津波にやられた。
だからあんな高台に駅を作りその前にまた新しい街を作る
でも山陰で海が見えないから嫌だなと思った。

野蒜駅も駅をおりるとすぐに松原がありそこをぬけると広々と海が広がり砂浜がある。
あそこもいい場所だった。松原は根こそぎ流され今は山のような堤防を作り昔の面影はなにもない、駅も高台であり全く前の光景とは違う。あの辺は仙台の憩いの場所だった。
野蒜から鳴瀬川にでると川が海にそそぐ、瀬が鳴るというのは川の名としてあっている。外から見れば松島だけが注目しているが奥松島の方が何か情緒がある
松島は観光だが奥松島になると日々の生活の場としてもあり違ってる
仙台に仕事で通う人が多いからそうなる

自分は最初は鉄道の旅でありだから何か鉄道に愛着がある。鉄道マニアになると電車の音にも魅力を感じる、何か電車の音を聞くと記憶がよみがえりその場所を走っている気分になるのだ。車だと音にまで愛着を覚えるとはならない。
人間は生きるということはこうして最後は記憶となる、そこでそこを走っていた電車の音までなつかしいとなる、そこを通り生きた記憶がよみがえるからである。
だから昔のテレビドラマは特に推理ドラマは映像的に貴重になっているのだ。

奥松島から鳴瀬川、浜市、牛綱村(春から夏の短歌十首)






2016年08月23日

朝の蝉(家事は自分でできるが女性は必要)


朝の蝉(家事は自分でできるが女性は必要)

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この農家の前は稲穂が実り前にもどった
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元は養蚕の家でありそのまま住んで直した

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この猫は大人しい性格である。なんか自分とにている
石に座るのもマッチしている



朝の蝉近くの女の今日も来る

養蚕の兜作りや木槿かな



実りそむ稲穂に芙蓉農家一軒元にもどりぬ

黒揚羽一羽とまりぬそのあとに木陰の石に猫の休みぬ

出水の流れの早し燕飛び雨に打たれて我も行くかな

台風の雨に打たれて風たたく我が家を一人継ぎて守りぬ


今は家事は一人でもできる、機械がやるし料理でも買いばでとる、野菜をとることには注意している、たいした料理もしていない、別にそれでも栄養はたりている
その証拠がこの暑いのに食欲なく胃が悪くしていたのに太っていたことである。
自分は相当にやせたと思っていたからである。
何か今は栄養をジュース類でもなんでもどこかでとっているのである。
家事は昔のように女中など雇う必要がない、みんな機械がしてくれるからである。
だから一人暮らしでも困らないのである。それで結婚しなくてもいいという若者も多くなる原因の一つである。

結婚するとなにかとめんどうになるし負担が増えるからである。まず結婚したら芸術活動とか知的作業と学問とかなんかそういうものを追求するのはむずかしくなる
それだけそこに時間がかかるからである。家族に妻に子供に気を使っていたら時間がとられできない、結局何度も言うが人生は時間の配分で決まる
何に時間を使ったが人生なのである。最後になればそれが馬鹿でもわかる
なんで馬鹿なことに時間を費やしたのかとなる、それを痛切に感じるのは老人になり時間がなくなるとわかるのだ。
若いときは時間がいくらでもあると思っていたのである。時間をつぶすのに苦労していたのである。その時間がたちまち過ぎてしまう。そして時間はもうないのである。
今や砂時計の砂がおちて残りわずかだということを日々意識する、砂が落ちてなくなったとき死なのである。

お前は旅ばかりして遊んでいただけではないかと外から見る人がいるだろう。
でもふりかえると自分は旅することは仕事だった。旅は自然でも歴史的なものでも見ることに集中しないとあとは何も残らない、つまり相当な集中力が必要なのである。
自転車旅行になるとこれも体力がいるし苦労だった
旅するだけでも人生はたちまち過ぎる、この旅だって会社勤めならできない
それで退職してからその鬱憤を晴らすために鹿児島から青森まで歩いて旅したとか
自転車で50日間も旅したとかそれもテントがないからホテル泊まりでそうした退職者もいる。旅する時間がないから自由になりそういう人が60代以降に増えてくるのである。

人間の時間は限られている、恋愛するにも結婚するにも家族をもつだけでそれだけで時間がとられてしまう。そうなると他の活動は本当に制限されてしまうのである。
何か芸術であれ学問であれ何であれ趣味さえ追求できないのである。
だから芸術家の80パーセントが独身だったというのがわかる、家族をもったら集中できないからである。

ともかく家事に費やされる時間ははぶかれた、でも家事をする女性の仕事がなくなったかというとなくならない、女性は必要なのである。

「愛妻を亡くした71歳は語っています。さらに「女の声を聞きたい、女と話したい。男友達はしょせん『友情』どまり。女の細やかな『情愛』に触れたかなあ。自分の気持ちをオナゴと分かち合いたい。…」

一人になればこういうことなのである。それを痛切に感じるのである。
夫婦で妻が死んだ結果、80くらいの夫が取り残されてその不満から祭りがうるさいと火炎瓶を投げて怪我させた、そういうことに男はなる。

だから自分も家事をしてもらうというより毎日女性が来るだけで慰めになるから金を払うとなる、家事は自分でできるからである。
ただ一人はいろいろと困ることがある。だからその苦労を書いてきた。
家を維持することが容易ではないのである。台風の雨に打たれ風に吹かれ家を維持する
この家も50年近くになるから歴史を刻んだ、介護の十年もこの家とともにあった。
病院や施設も利用したがやはり家が中心だったのである。
このように家はそれぞれの歴史を刻んでいるのである。
そこに家の重みがある、そもそも家であれ家族であれ地域であれ社会であれ一代では築けない、代々苦労して築かれたものなのである。そういうのが故郷でありそれが失われることは原発避難区域でも一から始めることになるから辛いとなる。
結局老人になれば過去を語り自分はここでこう生きてきた苦労したということを次の代に語りそれが受け継がれることがいいのである。
それがたたれると存在意義すらなくなる、東京辺りに避難した小高の人が施設で死んで小高に帰れずに死んだとかあり孫が墓参りしていた。
これは悲しいことだったとなる、補償金もらってもその穴埋めはできないことは確かである。



タグ:一人暮らし

抽象画(無限の流れの変容) Abstract picture (transformation of an infinite flow)

抽象画(無限の流れの変容)

  • Abstract picture (transformation of an infinite flow)

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power of sea

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