2016年07月13日

抽象画(山-mountains) コンピュターが芸術を創作して鑑賞できるのか?


抽象画(山-mountains)


コンピュターが芸術を創作して鑑賞できるのか?

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密集する山々

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中国の山々(1)

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中国の山々(2)



NHKのクローズアップ現代で人工知能が芸術を作ることを放送していた。
レンブラントの絵の特徴を覚えさせて精巧なレンブラント風の肖像がを作り出したり小説まで作ったし音楽でもコンピューターが作ったものに感動していた
それほどコンピューターは人間の知能に近づいている
だから将来は芸術もコンピューターが作り出すという

抽象画はコンピューターとなじみやすい、紋様などを作り出すのか得意なのである。
パターン化するのがコンピューターは得意である。
自分は抽象画を作るときコンピューターのソフトが作ってる感じになる
ただ不思議なのは川の連作を相当作ったけどどうしてコンピューターは抽象画を川と見るかである。
いくらでも抽象画をコンピュターが作ってもコンピュターは抽象画を認識できるのか?
つまり絵画でも鑑賞できるのか?
つまり芸術は創作する方と鑑賞する方がいる
コンピュターが鑑賞できるなら評価できるなら人間と同じだとなる
芸術はそもそも鑑賞自体がむずかしい、


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somebody watches you


この絵は抽象画である。でもこれにコンピュターはタイトルをつけられるのか?
自分は「誰かがあなたを見ている」とか名付ける
明らかにこれは目だからである。でもコンピュターはどういうタイトルをつけるのか?
自分の作った抽象画をどう見ているのかとなる

それは今回出した山の抽象画でもそうである。山と認識できるのか?
山とか川とかを認識するのは抽象画でも常に具象画をイメージするのが人間である。
そういうふうに人間の認識にコンピュターは近づきできるのか?
いづれにしろすでにコンピュターとの合作化しているのは確かである。
小説すらコンピュターが作ったというとき膨大な情報がインフットされているからできる人間の情報ははコンピュターから比べると一万分の一とかなり少ないからである。

ただ俳句にしてもコンピュターは五七五と並べて創作できるのか?鑑賞できるのか?
コンピュターが膨大な情報から五七五なら数列のようにして組み合わせでできるはずである。それも膨大なものになる。
ただ季語を選べば膨大な俳句を選ぶことができるから創作する方では参考になる
そういうことはできてもコンピュターが創作して鑑賞できるのか?
それが疑問なのである。

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