2016年07月22日

東京都知事選挙も日本の政治の縮図 (小池は極右、増田は東電の役員の官僚、鳥越は典型的な左翼)


東京都知事選挙も日本の政治の縮図


(小池は極右、増田は東電の役員の官僚、鳥越は典型的な左翼)


これを発表した企業というのは、東京電力ホールディングス。増田氏は14年6月から東電の社外取締役に就任しており、公示日を前にこっそり退任したのだ。

しかも、増田氏は東電株を1902株も取得している。13日に開かれた記者会見でも「安全性が確認された原発を動かす政策は認めていくべきだ」と明言するなど、原発の再稼働を後押しする姿勢を見せていたが、もし現在も東電株を保有しているとなると、増田氏は立派な東電の利害関係者である。当然、増田氏には有権者に対して説明する責任があるかと思うが、まだそうした言葉は本人から聞けていない。

じつは、増田氏は以前、原発事故の損害賠償にかかる費用などを国費から支出する"東電援助"のために設立された原子力損害賠償支援機構(現在は「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」に改組)の委員長を務めていたが、東電社外取締役にスライドする直前に同機構の委員長を退任している。ちなみに、社外取締役の報酬は計6人に対して年間6200万円が支払われており、増田氏の場合は他の委員会の委員長を務めていたことから


この人は官僚の典型のような人だった。官僚という立場を利用し私欲しかない人である。人間を見るにはいろいろあるにしろこれはわかりやすい、はっきりと利害関係がわかりあまりにも露骨だからである。
日本の限界集落問題でも少子高齢化問題でも本を出して意見を述べていた。
それは実際は統計的なものからの見方でありそこには肝心な現実に生活している人間が見逃されているのだ。統計的数字からだけでは人間は見えないし社会も見えない。
一方でこれを批判した「地方消滅の罠」山下祐介の見方はそこに生きる人間を見ているのであり統計的数字ではないのである。だからその目にはあたたかさがある。
害一これほど明確に利害関係を東電と結んでいること自体がこの人を現しているのであるこれだけはごまかせない事実だから判断しやすい。
そしてこの人の実績は岩手県知事をしたとしても借金だけを残しただけだとかないのである。
東京都民ではないにしてもこういう人に投票できるのか?
原発事故の被害者から見たらできない、賠償に専念しろともなる。なぜなら取締役だったのだから完全に東電の内部の人であり権力をもっていた人だからである。
原発事故の責任者として罰せられるべき人だったのである。
東電など原発事故の責任は誰も問われていないというのもなぜなのだろうとなる
この人も重要な責任者の一人だったのである。
この人が自公推薦の人なのである。

東京都は別に東京都民でなくても関心がある。東京都知事は国の首相に継ぐ地位もあり権限もあるという。一国の規模の予算を采配するから利権の巣窟となっている。
都議会議員には大企業がゼネコンでも仕事を受注したくておしよせる。そこでどうしても賄賂とか不正が生れる
舛添前知事がごまかした金より巨額の金が動いている、それを采配しているのは内田とか猪瀬前知事が暴露した。何か深い恨みがあったからだとなる。
要するに巨額の利権が金が動く場だから腐敗してくる。そういう場所に公明もかかわってくる。公明は創価も利権団体であり利権で動くのであり宗教とは関係ないのである。
なぜ舛添前知事でも猪瀬知事でも葬られたのか解せない面がある。
それは大きな利権がかかわりその利権をほしいままにするために邪魔だから追い落とされた。その裏のボスが内田だとか今盛んに言われる。

そういう巨大な利権を増田氏が当選すれば自由にできるということで自公は推薦したのだろうか。ここにも大きな闇がある。
ではなぜ自公がこのような利害関係がはっきりしている増田氏を押しているのか
これも自公の正体だということを示している
限界集落、地方は切り捨てというのがその政策なのである。
だから地方からの視点はなくただ中央からの視点しかなく不効率なのは切り捨てるべきだとなる
そういうことは現実にそこで長年生活していた人には簡単にできないのである。
それは原発の避難区域になったところでもそうである。
ともかく官僚とか会社の幹部とか権力をもつものは罰せられないということがある。
検察も同じ仲間だから罰することがない、検察自体が東電が有力な天下り先になっていたからである。警察もそうである。
そもそも民主主義といっても日本では様々な面で機能していない。
アメリカでは大統領が変わると権力者も変わる、交代する、官僚自体も人が入れ代わるのである。それだけ大統領選挙で変わる、政策も大きく変わるから影響が大きいのである。日本はシステム的にも選挙でも変われないのはそういう根本的な権力の交代がないから民主主義が機能していないとなるのだ。


では他の候補がどうなのかとうとこれまたそれぞれがそのバックを見ると象徴していたのである。鳥越氏は左翼の典型的な人でありマスコミをテレビ受けする人だったのは舛添氏とにている。テレビで有名になる人はなにかいかがわしいと最近証明されている。
そこでは名前を売ることでありテレビであれその人の中味より外見なのである。
要するにテレビのタレント、芸能人を求めているのであり真摯に何かを追求している人は必要ないのである。第一マスコミ自体が視聴率優先であり会社の広告塔になっているのだら追求できない、左翼もまた本当に信用できない、それはさんざんネットで言われる
人間そのものは高潔な人などいないのである。
だからこそ今になってセクハラで責められたりしている
舛添氏も鳥越氏も同じだったのである。他者を責めるには厳しく自分には甘えなのである左翼は結局貧困ビジネスなのである。創価も貧困ビジネスである。
こうなると指示する政党もなくなる。政治家そのものが信用できないとなるからだ。

小池氏はどうかというとそのバックは日本会議の極右団体の議員団副会長だとかありとこれも抵抗がある。そうしたらまた選ぶ人がいないとなる。
ネットでは小池氏がいいだろとなっている。この女性だってバックをみると危険な匂いがする。優生思想の持ち主だというのもそうである。
結局政治とは個人があっても個人だけでは当選できないからバックに必ず団体が後押しする。そうしなければ票が集められないからである。
組織と組織の対立になるのか?ただ浮動票が東京では多いのだからそれが組織に関係しないとどう動くのかとなる。浮動票にしたってこうなると選ぶのがむずかしいだろう。
小池はどっちにも組みしないようで極右なのである。鳥越は左でありこれも嫌だろう。
増田は東電と利害関係が露骨だから論外だともなるが東京にとって中央からみて少子高齢化対策とかで地方を切り捨てるというのは賛成が多いかもしれない、東京と地方の見方は違うからである。
東京都民ではないけど自分だったら増田には入れない、これだけは確かである。
では小池が何か増田と変わっているのかというとそうでもない、女性というだけが変わっているとなる、それで女性票を集めるから有利だとなる。
東京は国政選挙でないから都民でないものは黙っていろとなるが東京は国政をも左右するから無関心で入らないし現実に地方にも影響する
なぜなら東京電力は東京に電力を供給する会社でありそれがフクシマに原発を造ったのだから密接な関係があったのである。そのために大被害を受けたからである。
増田のような人がなったら原発事故の責任もなにもない、東電と一体であり東電の言うなりになる。

やはり東京は日本の政治の縮図の場である。単なる一地方ではない、実際に福島県まで影響しているし埼玉県であれ神奈川県であれ関東圏全体に影響する。もちろん東京は日本全国に影響する、だから他の県の選挙とは違って政治的に重要なものとなる。
ただ東京は他から入ってきている人が多いから地元意識がないから有名人を選ぶというとき東京と自分たちの体躯のようには考えないのである。
地方だと自然と一体化して体躯のように全体を考えるのである。
まさに像をもって考える、東京はそういうことはない、また考えようがないのである。
地方とはその土地と深く結びついている。歴史とも結びついている。
東京にはそういうものがない、経済の効率性とかのみを志向する、土着性がないから知事でも有名人がいいとなる。
もちろん政治はそういうものであり何か歴史とか文化的なものをないがしろにして成り立つからどこでも同じだとはなる。
不思議なのは極右というときそれは日本人の文化と深く関連する、土着的なものである。神道が関係していても思想的に極右の人には土着的でもないのである。
日本文化を守るものとして極右がある、でも実際は核武装とか戦時体制を作るとか軍事力を優先する、ハードな面だけが強調されるのが抵抗を感じるのである。
ともかく東京都知事を選ぶことは国政選挙並になるがそれも投票率が低いからこれも民主主義が機能しないとはなる。
いづれにしろ誰を選ぶかのとなると増田は排除しても鳥越もだめで小池になるかとなるとまた迷うとなるだろう。阿部首相と一体化して軍靴の音が聞こえるとなるからである。

東京都議たちがいかに利権にまみれているかを大前研一氏指摘


bookttttttt11.jpg
参考にした本
posted by 老鶯 at 17:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2016年07月23日

相馬野馬追い (北郷(鹿島区)で総大将お迎え)


相馬野馬追い


(北郷(鹿島区)で総大将お迎え)


nomaooooikk1223344556677.jpg
北郷の本陣

槍が立って囲んでいる

nomaooooikk12233445566.jpg

nomaooooikk122334455667788.jpg
総大将相馬藩の殿様の到着(クリック拡大)

nomaooooikk122334455.jpg

nomaooooikk12233.jpg

nomaooooikk1.jpg

nomaooooikk1223344.jpg

この杉の木の紋様は只野氏のものである。



野馬追いやかぼちゃの花に郷士かな

野馬追いや土着の郷士藪甘草


海老原氏が福大将でありその家で一時宇多郷(相馬市)が待ち北郷と合流して
総大将をお迎えする、それが毎年決まりきった祭の手順である。
総大将が北郷の本陣に来たとき最高に盛り上がる。

相馬野馬追いは実際に歴史的あったことの忠実な再現なのである。
そして外からみて相馬野馬追いは誰でも参加できるようでできない祭である
野馬追いに出る家は代々決まっているからである。
先祖が相馬の郷士の出であることである。
その家に兜とか旗とか残されているからである。旗印もかってにつくることはできない。
郷士(ごうし)というのにもいろいろあった

薩摩藩では人口の4分の1を占めていたため、これら全てに武士としての扶持を与える事は不可能であった。これらの郷士は、藩に許可されていた大工や内職で生計を立て、中には武士身分のままで上級郷士の小作人になる者もいた。

これは郷士といえば普通は農業しているが職人していた人も郷士がいたのである。
侍というだけで食べていけた人はそんなに多くなかったということがある。
郷士(ごうし)という名前自体がその体を現しているのか、郷土に土着して生きる侍ともなるのか?相馬藩では郷士が多い、それは農業していた農民である。
だから例えば鹿島区の街内から出るのは一騎だけである。
野馬追いは農家からでるから相馬市の城のあった所でもほとんど野馬追いに出る家はないのである。
例えば原町となると街自体が大きいけど原町村となっていて一軒しか野馬追いにでていないのである。外から見るとそこが誤解しやすいだろう。ただ鹿島区に原発事故で移住して家を建てた人がいてその人は小高の農家の人なのだろう
旗が立っていたからわかった。もともと街内からは一騎しかでない、他にも移り住んだ人が小高の人がでているのだろう。
それが変化したことである。

野馬追いは戦国時代の再現だけどここでいかに総大将が中心であり総大将によって全体の指揮があがりもりがある。いかに総大将が藩主が君主が大きな役割を果たしていたか具体的にわかる。
こういう世界は民主主義とか平等の世界になると理解できなくなった。
ただ日本では天皇がいて一番偉いものとして日本の中心にありまさに政(まつりごと)を継続しているのである。天皇が総大将の役割を果たしているのである。

人間社会はなかなかそういう総大将とか上に立つものがいてそれをみんなで盛り上げなければまとまらないのである。
民主主義になればみんな上に立つ者をおとしめることしかない、なにあいつらは偉そうにしているけど俺たちの一票によって選ばれたものにすぎないと思っているからである。
ただ天皇だけはそうではないことが日本の長い歴史でそうなったのである。
天皇が問題にしてもそうして神輿としてもかつぎあげるものがないと民衆だってまとまらなくなるだころう。
ともかく総大将の殿様を中心にして行列がありお迎えすることがまさに祭りなのである。
posted by 老鶯 at 17:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)

2016年07月24日

野馬追いで雲雀が原に会津日新館の車が来ていた (会津武士道とは何であったのか?)


野馬追いで雲雀が原に会津日新館の車が来ていた


(会津武士道とは何であったのか?)

hiba1111_FotoSketcher.jpg

hiba111122233.jpg

hiba1111222334455.jpg

hiba11112223344.jpg
クリック拡大
hiba11112223344556677.jpg



hiba1111222.jpg

神社旗。天地五行(赤・青・黄・白・黒)の五色

クリック拡大すると鮮明に見えます



hiba111122233445566778899.jpg


hiba1111222334455667788.jpg

馬上より声荒ららげて侍の誇り蘇る野馬追いなるかも

日新館と車にあるから何かと思って聞いてみた。
これは劇場用というとき撮影用の馬を飼っている会社だった。
日新館というとき八重の桜だとか会津は常に時代劇に選ばれる場所だから撮影用の馬を飼っている。その馬が野馬追いで使われる、野馬追いの馬はみんなが飼っているわけではない、野馬追いの時だけ借りて使うものが多い、特に津波かとか原発事故で馬が不足したから借りる馬が多くなった。もともと競走馬なども借りていたし今も借りている。
野馬追いはやはり馬が主役になる祭りでもある。馬がこれだけ見れるのは壮観である。
あとは競馬場でしか見られないだろう。何かギャンブルしなくても馬券を買わなくても
馬が走る所を見たいと自分は思っている

やはり馬自体に魅力がある。馬は高いから野馬追いの行列だと見上げるようになる
馬にのっていると見下ろすようになるから偉くなったような気分になるのは確かである。
ただ馬と人間の物語が消失したから馬というのが実感としてわからなくなったのである。馬を扱う人は馬についていろいろ言う、それは生き物であり馬を扱うことは馬と通じあうことであり馬を知ることでもあるのだ。馬をてなづけるのには首筋を触るがいいというときみんなそうしていることでもわかる。
それは猫でも同じなのである。猫も飼うと結構飼い主を気づかっているなと思う、何か動作で通じ合わせようとしていることがわかる。動物はみんな同じだと思う。
特に犬,猫,馬は人間にとって通うじあえるものだった。ただ馬に関しては身近にいないからわかりにくいのである。
でも競馬では体の張りがいいから調子がいいとか馬券を買うから競馬やる人は馬のことを知るし知らないと勝てないから馬に詳しいとなる。

日新館の教えとして

■第四等(基本教育につき、家格に関係なく必須)
孝経、四書(大学、論語、孟子、中庸)、小学、五経(詩経、書経、禮記、易経、春秋)、童子訓

■第三等(三百石未満の長男、三百石以上の二、三男の定級)
四書(朱註を併読)、小学(本註を併読)、春秋左氏傳

■第二等(三百石以上五百石未満の長男の定級)
四書(朱註を併読)、小学(本註を併読)、禮記集註、蒙求、十八史略

■第一等(五百石以上の長男の定級)

四書(朱註を併読)、近思録、二程治教録、伊洛三子傳心録、玉山講義附録、詩経集註、書経集註、禮記集註、周易本義、春秋胡氏傳、春秋左氏傳、國語、史記、前漢書、後漢書


日新館で学ぶものがまず長男だった。。長男が跡継ぎとして特別だった。
それは明治以降も家を中心として長男が跡を継ぐので特別だったから継続されている。
年長者は特別配慮されて敬われている身分制社会である。
こういう社会は老人にとっては居心地良い社会だったのである。
白虎隊がなぜ生れたのか?それは日新館の教育の結果だったともなる。
そういう教育を受けていたからそうなった。それよりもやはり教育というよりそういう武家社会が厳然としてあるのだからそこに少年は子供は適合するからそうなった。
そういう社会があって教育もあったのである。
だから今いくら教育がどうしようかと言っても社会と別にあるわけではないのだから教育だけではどうにもならないのである。

年上の人を敬うということは江戸時代はそういうことができた社会である。
年上の人に習うということがそもそも基本的な社会のしつけである
それは年寄りは何かしら教えるものを年下のものにもっていたからである。
だからこそ師弟関係もあった。今社会で年寄りが敬われないかというと教えるものがないからである。
むしろ技術の進歩が早く変化するから年下のものから教えられたりする
そうなると年寄りの権威もなにもなくなる、敬うこともなくなるのである。
現代ほど教育がむずかしい社会はない
学ぶものも江戸時代の百倍もあり何を指針にしていいかもわからない
要するに何を指針にしていいわかわらないからカルト宗教団体とか共産党でも特定のイデオロギー団体に入るとかでしか教育がないのである。

江戸時代と現代の相違は人と人の直接な関係の中で学んできた。狭い生活圏の中でともに暮らし日々の生活で学んでいた。

道の真ん中は偉い人が通るところですから、子どもは道の端を歩きなさい。そして、門の敷居は踏んではいけないし、中央を通ってもいけません。ましてや、藩主や家老がお通りになる門はなおさらのことです。

道の真ん中をも歩けないというと厳しい、窮屈だろう。これが身分制社会だった。
野馬追いで行列の前を横切るなとか二階から見るなと同じである。
江戸時代が何でもいいわけではない、こんなに身分制社会だったら人間も窮屈になるだろう。それを批判する人もいる。上下のようにあまりにも余裕のない四角張った社会だとなる、自分が江戸時代を理想のように言っても実際は江戸時代にもどったらとても耐えられないとなる。
ただ過去は今の社会と比べといいようにイメージする美化されるのである。
今はこんなだけど江戸時代だったらこんなことはなかったろうなとかなる
それはあくまでもイメージの世界であり現実に生きたらそうはならないのである。

二、父母や目上の方へ食事の世話、それからお茶や煙草の準備をしてあげなさい。父母が揃って食事をする時は、両親が箸を取らないうちは子供が先に食事をしてはいけません

子供に給仕のようなことをさせるのは今でもさせているからめずらしくない、食事の世話となるとどういうことなのか?自分の子供のころはみんな家の家業の手伝いをしていた。
農家でもそうであり子供は働かせられていた、重要な労働力になっていた。
今はそれより学業に励めとなる、いい学校に入れとか受験競争になったのが団塊の世代からである。そこには仲間意識もなく上に上がり得するために仲間をおしのけ蹴落としてもいいとかになった。
社会が変われば価値観が全く変わってしまうのである。

ともかく会津藩というとき相馬藩の六万石とは比べようがない、歴史の厚みも広さも違う一つの国である。だから様々なものが残っているから歴史を勉強するには興味が尽きないとなる。そこには一つの世界観を形成できる。
相馬藩には藩校などないしどういう武士道なのかもわからない。ただ野馬追いがあるようにやはり侍なのだから武士道があった。それは日新館の武士道とにていた。
それは全国的武士道があり共通のものがあるからだ。

いづれにしろ現代は上に立つものが常におとしめられ否定される民主主義社会である。
こういう社会は常に不安定な社会になる。
確かに子供のときは窮屈でもやがて年長者になり年寄りになれば敬われるそれは精神的に安定した社会なのである。
老人か今敬われない、居場所がないとかならないからであてる。老人であるだけで敬われていたのである。これだけ大量の老人が社会に存在していて無用のものとされているのは悲劇である。老人は社会的に存在させられていないというときもそうである。
でも現実に老後は長いし社会に生きていかねばならないのである。
タグ:会津日新館
posted by 老鶯 at 17:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)

野馬追いの旗取りが終わり夕べ虹がかかった (南相馬市は合併して十年過ぎていた)



野馬追いの旗取りが終わり夕べ虹がかかった


(南相馬市は合併して十年過ぎていた)


mmmmrainbowwwsssss1.jpg
クリック拡大

trainrrrr1.jpg

帰り馬夕燕飛び虹かかる


雲雀が原旗とり終えて帰る馬そのあとかかる夕べの虹かも

南相馬市も合併して十年すぎにしや原町鹿島虹かかる夕べ

交わりて争いつつも過ぎにける時間にあるかな歴史を刻む


野馬追いの帰り馬というのは雲雀が原から神旗争奪戦で旗をとり帰る馬である。
それは三時ころだった

次ぎにこの虹を見たのは虹がかかると予想した
この辺では夕方にかかりやすい、東が曇っていて太陽が沈むころ虹がかかる
何回もそうして虹がかかるのを経験しているから予見した。

虹がかかるなと天候を見たら虹が最初はかかっていなかったがしばらくしてかかったのである。天候はやはり経験でわかるのである。
天候はある程度確かに予測できるのである。
ただ地震だけはできないのである。

今日一日は最初は雨がふっているので雲雀が原に行く気がしなかったけどフログにのせるために何か種になるものかないかとロードで急いで行った
行列は半分終わっていたが会津の日新館の車があったことは収穫だった

そのあとに虹をとった、こうしてフログというのはともかく今起きたことをのせる
すると一日追われるのである。
今日は特に野馬追いがあったので追われた
そうでなくてもプログが今あったことを即座にのせる、報告する
それが醍醐味なのである。
だから読む人もその日の内に読むと臨場感が伝わるのである。
つまり生放送に近いのである。
だからプログに出すということは結構時間であり手間なのである。
本当に読ませるものとなるとかかりきりになるのである。



2006年(平成18年)1月1日:原町市および相馬郡小高町・鹿島町が合併し、南相馬市が誕生

南相馬市が小高、原町と鹿島と合併して十年が過ぎていた。ある意味で記念すべき年だったのか?
それでもなんか津波、原発事故のあとは補償金問題とかでかえって逆にそれぞれの前の町に分断された、特に小高と鹿島の確執は補償金問題で仮設を出てもしこりを残した。
小高には小高の言い分があるし鹿島には鹿島の言い分があるが市長でもその間を取り持つことができなかった。
福祉関係でも良いから補償金を平等にすべきだったのである。
ただ小高の人も何が迷惑なのとか何で鹿島の人が文句言っているの、不満なのということがあるのも相当無神経なことである。
しかたがなかったにしろ福祉関係でも迷惑がかかわっていた人もいたのである。

小高の人だけの問題ではないが自分が病気で苦しんでいるとき
避難して仮設に入りあとはパチンコ屋に何もすることなくおしかけていたのである。
その時自分の所に来た親戚の人はパチンコ屋に働いていた。
それは遊びであり自分は苦しんでいたのである。
それは小高の人の問題とは言えないかもしれないが何でそんなことをしているのだ
どっちにも怒りがあった。でも弱い立場だから何も言えなかったのである。
小高の人に今でも不満をいだき怒っている人もいる。
その人は弱い立場に前からあったから余計にしゃくにさわったのである。
小高の人に馬鹿にされたとか怒っていたのである。
ともかく合併したのはいいが心は分断されてしまったのが残念だった

ただ今日は雲雀が原で神旗争奪戦があり夕べ真野川に原町から鹿島にかけて虹がかかったそして合併して十年過ぎたのかという感懐があった。十年一昔というからである。
なかなか合併して実質的に合塀するということは歳月がかかるのである。
自分も介護始めてから十年すぎた、これも長かったなとつくづく思う
ただ十年くらい介護している人はめずらしくない、それだけ介護は長いことが問題なのである。自分もそしてたちまち年とってしまった。
争うとしてもこれもまた融和するためにも必要だということもある。
良く村同士で綱引きなどがあるがあれも村同士で争っていたのである。
でも時間がたってそれが祭りとてし残ったのである。

人間は例え争っても長い時間を過ごすとそれが愛に変わったりする
争うことが憎むことが愛だったとまでなる。
人生とは最後にどんな感懐を抱くのか?
これも二人の家族が死んでつくづくわからない不思議だと思った。
家族は争っても長い時間を過ごすから例え憎み合ってもそれが愛だったということすらあるのである。
これを合併した南相馬市にあてはめることは別問題かもしれないがやはり何でも時間がかかりそれが歴史となってゆく
時間をかけなければ何でも融和してゆかないのである。

2016年07月25日

天候は昔から予測することが経験則でできていた (郷土史はその土地の風土の研究でもある)


天候は昔から予測することが経験則でできていた


(郷土史はその土地の風土の研究でもある)

mmmmrainbowwwsssss1.jpg

クリック拡大


昨日の虹が予見できたのはやはりその土地に長く住んでいて何回も経験しているからである。その土地土地のことはなかなか長く住んでいないとわからない
良く農家の人とか漁師の人が天候についての諺がある。

雨が降った後に虹がでると翌日晴れ。
夕虹は晴れる。
朝虹は雨

虹だとこれはだいたいあっている。虹は雨と関係している、英語ではrainbowだからである。雨と弓なりになるというのはまさに雨の時虹がかかるからだ。形としては弓である。日本語でも虹(にじ)はにじむだから雨ににじむとなる。雨と関係している

こういうことは経験則であり諺でも科学的でありあたっている

諺でもそれは長い人生経験の中で残された経験則から生れたのである。だからみんな今でも同じようなことを経験してその諺の重みをしる。「金の切れ目が縁の切れ目」とか「損して得しろ」「あわてる乞食はもらいが少ない」とか無数にあるけど最近世間的なことで苦しんだのでつくづく自分もそうだなと思って感心した。
時代が変わっても人間自体が変わらない、その欲も変わらないから経験則から生れた諺もすたれないのである。

虹ができることも今は科学的に説明される、天気予報がない時代はみんなこうした経験則から生れた諺とかに頼っていた。
するとそういう経験を積んだ年寄りがそういうことを経験しているから下のものに教えると尊敬されるとなる。
一方で科学時代はなんでも科学者が教えるから年寄りの知恵は尊重されないのである。
でもその地域地域にはその土地の風土がありそれはなかなか長く住んでいないとわからない。
この辺で海から東風(コチ)が吹くのは3月ころである。その時春になることを知るのである。そして原発事故では3月11日に爆発が起こり東風がちょうど吹いたのが不運であり飯館村から福島市とかまで放射性物質が運ばれたのである。
その頃は東風が吹いてもすぐにまた北風とか西風に変わる時期でもある
だから浜通りでは海側に放射性物質が北風などで流された放射線量は高くならなかったのである。

ともかく虹がたつということは予測できるのである。ただ前日にはむずかしいだろう。
雨が多少でもふり東に雲があり山に沈む太陽の光によって虹ができる。
昨日も太陽が山際に落ちてゆき雲の間から陽がさしたとき東側側も曇っていて多少雨がふったから虹がでると直感した。
それは何度も経験していたからである。ここの地域ではそうなるということはこの土地の経験則というのができあがる、それが風土だとなる。
天気は狭い範囲でも違っている。この辺だったらまず飯館村は標高が高いから海に面した地域とは相当に違っている。
その地域地域の風土がありそこから作られる歴史もある。

なぜあれほどマヤとかの文明でも天文学が発達したのか?それは天候を予測するということが文明の始まりになるからだろう。それは結局科学だったのである。
天候を予測することで支配者が力をもったとなる。ただその時は科学者というのではなくシャーマンとかになっていた。
なぜ僧侶がこれだけ歴史で力をもったかというとやはり科学が発達しないと頼るものがないと宗教に頼るほかなかった。

里山伏は、地域社会の人々から法印様・別当様・山伏様などと呼ばれ、民間信仰の中で指導的役割を果たしてきた。一派引導の例に見られる如く山伏自身の葬祭を執行する場合もあるが、一般に現世利益的領域においてその力を発揮し、治病や除災などは里山伏が一手に引き受けてきたと称しても過言ではない

何かこういう人たちも特に病気のための加持祈祷とかにかかわり医者代わりであった。
だから一部落に必ず一人はいるから多いと思う、それだけ需要があったからだとせなる。こういう人はまた農民にもかかわり天候のことなどでも教えていたのかもしれない
干ばつとか水不足のときなど雨乞いなどしたのだろう。

天候にしても今は百年くらいの膨大な蓄積がある。だから数値的に割り出して予測できる今年の天候は何年の年ににているからこうなると予測できるのである。
今年は梅雨のあとに暑くなるのはある年とにていると資料でわかったから言っている。

ただ郷土史という観点からするとその狭い範囲内で起きる天候でも自然現象がある。
風の吹き方が土地土地によって異なるから風土となった。土にしても同じ地域でも土が違っていてそれに見合った作物をとるというのがある。
そういう風土の相違から実際は文化が生れる、なぜならculture(文化)はcultivateでありその土地土地の適正を見いだして耕すということだからである。

郷土史というときこうした風土も関係しているから広範囲の探求となる。
今回の津波でも原発事故でも郷土史がクローズアップされた。
400年前にこの辺にも大きな津波があり被害があったことが取り上げられて探求した。
しかし400年前となると忘れられていて津波は来ないとこの辺ではなっていた。
400年となるととても虹を予測するような経験則があてはまらなくなったのである。
ただ自然のスケールは広さでも時間でも大きい、そのスケールの大きさに人間は合わせられずに津波のようなものを予測できなかったことが悲劇を生んだのである。

とにかく自分は風土と文明ということが一体であり興味がある。だから和辻哲郎の風土は興味をもった、というより旅をしたから地理に興味をもったとなる。地理を知ることが学問の基礎にあることは確かなのである。
福島県だとハマ、ナカ、アイヅで風土も天候も違うからである。まず会津と浜通りでは全く違っているからである。
要するに風土からして根本的に違っているということは福島県というとき一体性が文化的にももていないとういことなのである。
ただ奇妙なのは浜通りから東風が吹いて飯館村から福島市、郡山市などまで放射性物質の影響があったとき
福島県はやはり風土的に一体なのかと感じたのも不思議だったのである。
タグ:天気予報
posted by 老鶯 at 22:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)

2016年07月26日

認知症とは何なのか?その介護のむずかしさ (プライドが最後まで消えないのと人格は崩壊しない)


認知症とは何なのか?その介護のむずかしさ


(プライドが最後まで消えないのと人格は崩壊しない)


●自分のしてきたことについてプライドを持っている

●時々正気にもどる、最後は特に正気になる

●人格は崩壊しない


認知症は何かとなると謎である。医者がいろいろ判定しようとしているが何か実際はわからない。
本当にこの人は馬鹿になったのか?痴呆になったのか?何もわからないのか?
こう問うてゆくとそれが良くわからないのである。
確かに銀行で金もおろせないとなると知能指数は極端に低下して白痴化したのかと思ったでも奇妙なのは人間は計算などできなくても人間でありうる
そもそも人間であることはどういうことなのか?
これもまたわからないけど生まれつきの知的障害者と違っているのは老人の認知症は長い間正常に生きてきて実際に自分のしたことに誇りをもっている。
そこが根本的に生まれつきの知的障害者とは違っている
生まれつきのちて知的障害者はプライドをもっていないだろう。
だからこそ馬鹿にされると怒るのである。激情的な人だと暴力になる
計算できないとか忘れるとかあるのだけどそれを指摘して馬鹿になったとすると怒るのである。

それはどうしてかというとプライドは消えないからである。
自分が人生でしてきたことに対してプライドをもっている
だからこそ過去のことは覚えていて自分がこうしてきたんだよと何回も言うのである。
自分のしてきたことについて誇りをもっているから何回も言うのである。
姉の場合は従軍看護婦とてし四年間シンガポールで辛酸をなめたから死ぬ間際までそのことを語りつづけたのである。
そのことが人生で一番印象に残っていたからである。
そして家に尽くしてきたことも事実であるから語りつづける
それは自分ともかかわるからそのことを否定できないのである。
つまりそのことを自慢したら持ち上げるほかない、そうだと認める
そうすればプライドを満足させられ気分も良くなるのである。
これが施設だと家のことは関係なくなるからプライドももてない
家から離れると施設は家でしたこととは関係ないから
家のことを語ってもプライドを満足させられないのである。

要するに認知症の介護のむずかしさは人間として最後までプライドをもっている
それを家族の一員は本当だから否定できない、持ち上げることで同調するしかない
施設だとそれがないから症状が悪化するともなる
だから社長だったような人は嘘でも社長の部下のようにふるまうと気分が良くなるとなる家庭の場合は演技ではない、現実そうなのだからそれを認めねばならないのである。
自分はそうしてきたのは家にも尽くしてくれたからそうならざるをえないのである。
それは他でも母親として苦労して育ててもらったらそうなるのである。

最初は何かわからなくて人間でなくなったのか?そう思い恐怖した。
でもだんだん介護しているうちこれはそうでもないのかと思ったりした。
ただ実際はいろいろあって良く理解できなかった。
認知症になっても人格は崩壊しないし人間として生き続ける
ただ自分は一人しか見ていないから他はわからない
認知症の人は多様であり定型化できないからである。

そして認知症の人は時々なぜか正気にもどる
これも不思議な現象だと思う
二人介護して二人ともそうだった。
時々正気にもどったのでびっくりしたのである。
特に死ぬ間際にはたいがい正気にもどる
生まれつきの知的障害者は正気になることはないだろう
認知症は必ず正気にもどる時があるからこの人は馬鹿になったとはならない
最後まで正気の人として接することが要求される
これもいろいろあって家族ならある程度できるが施設などではむずかくなるだろう。
だからどうしても介護は家族がやるのが理想なのである。
認知症になるとどうしてもその人のことが理解できないからそうなる。

自分の場合は二年間くらいが認知症の介護であり次に寝たきりになった母の介護だった。だから認知症の介護は短いから救われたとなる、長くなったら疲れ果てて嫌になったろう正直早く死んでくれて助かった。なぜならそのあとまた介護がつづ0いたからである。
認知症の介護は放蕩にむずかしい、それは身体の介護というのでなく心の介護になっているかかもしれない、第一その人が人生で何をしたかなどと普通はかかわれないだろう。
家族だったらかかわれるけど他人はかかわれないだろう。
医者でも看護師でも体はみても心まで人生まではかかわれない
それは認知症とか終末ケアの大きな問題なのである。

結局なんであれ人間は最後に生きてきた自分のしてきたことを認めてもらいたいのであるそれもそうである、自分の一生がなんであれ無益だったとされたら耐えられないだろう
人間は貧乏なのは貧乏それ自体ではなく貧乏として金持ちに見下げられる、下等な人間とてしさげすまされることなのである。
別に貧乏でも誇りをプライドを持つものがあればそうはならない、俺は貧乏だけど画家としては一流だとか何かプライトをもっいれば貧乏でもプライドがもてるのである。
なぜイスラムのテロが起きるのか?それは差別されるとか何かさげすまされるとかプライドが傷つけられるからである。
人間は誰でもプライドを持つ、そのプライドの戦いが人類史だとも言う人がいる。
イスラムはもともとヨーロッパより先進国だった。科学や数学はイスラムからヨーロッパから学んだのである。それは中国に言える、中国は日本なんかより先進国だったし学んだ国だからそこで中国人はプライドがあり反日になる。
戦争でふみにじられたことがプライドを傷つけられて許せないとなるのである。

認知症の人も最後までプライドは消えないし人格が崩壊するわけでもなかった。
ただ数など計算できないから痴呆になったと思ったがそうでもなかった
ただ謎が多いことは未だにあり一人しか見ていないからわからない
認知症の介護のむずかしいのはプライドをもちつづけるからそれを否定しないようにすることである。
プライドを傷つけられると激情的な人は暴力になるから気をつけろとなるのだ。
そこが介護のツボとしてあるとなる。
ただ家族ならそれに答えられるが他人だとむずかしい、
体だけみているのとは違うかむずかしいのである。
若い人は身体を介護しても心までみるとなるとさらにむずかしいだろう。
そこに介護とかターミナルケアのむずかしさがあった。  

2016年07月27日

神奈川県の知的障害者大量殺害事件の謎 (奇々怪々な思想の乱れ、カルト的妄想に陥り安い若者)



神奈川県の知的障害者大量殺害事件の謎


(奇々怪々な思想の乱れ、カルト的妄想に陥り安い若者)


今回の事件はなんなのだろうと思う。この若者がなぜある時期から入れ墨したり金髪にしたり変化したというのも謎である。人間が変わってしまったということある。
この個人的変化が犯行に結びついていた。
それまでは普通の青年でありむしろ評判が良かった。
教師になれないなどから精神的挫折があってなったのか?
そういうことは若いと良くあることである。
青春とか若いということはある意味でエネルギーに満ちあふれるている時である。
それがどうしてもおかしな方向に向き安いのである。

なぜ学生とか若者がカルト宗教などにはまりやすいのか?
なにか若者はまだ現実を知らない、学生はただ理論だけである。
理論だけだということは妄想に陥りやすいのである。
創価などで運動していたときもそうである。
「世界平和」とか人類がどうだとか自分もこの人と同じことを思想で共感していた。
オウムでもそうだが何かそうした実現し得ないことでも妄想として持つ
それが実行するから怖いのである。
左の学生運動などもやはりカルト的な妄想があった。
それはイスラムのテロもそうであり宗教が妄想化して実行してテロになる。
本来の宗教とはなんら関係ないものである。
人類平和のためにとか言っていることはカルトそっくりなのである。

そして人間は日頃思っていることが現実化する、意外と甘くみているのが思いのエネルギーなのである。
誰かを殺したいとか恨む念があるとそれが伝わり別に本人ではなく他者がその念によって殺人まで起きるという思想家がいた。
人間の思いのエネルギーは意外と大きいしこれが盲点となっている
何を思うが自由であり行動に移さなければ何の害もないからいいではすまされないのである。

この人は相当にインターネットに特に2chの影響を受けていた。
ここでは毎日老人は死ねとか知的障害者には特に憎悪して死んだりすると
一人害獣がしまつできた、親も大喜びだと毎日のように言っている。
そして絶えずイルミナリティとかユダヤ人が裏で操っているとか陰謀論が語られる
それもこの人は影響されていたしはっきりと文章まで書いている
だから現代の社会を反映した犯罪だったのかとも思う。

ただこうなる前にすでになぜか人間が変化していた。
入れ墨して教員に採用されなかったとかありなぜそんなことをしたのかとなると謎である真面目な青年がヤクザのようになっているというのも謎である。
カルトに陥る人間は意外と真面目でありそんな入れ墨したりしないのである。
彼にはそうした真面目さは失われていた。だからカルト的妄想とはまた違っている
それでも知的障害者は死んだ方がいい、それは社会のためにも親のためにもいいんだという信念をもっていた。
それは別にこの人だけではない、いつもネットで言っていることだから異常なことではない、ネットではそれが常識になっていた。そこにネットとの怖さもあった。
そういう思想に毎日ふれていれば知的障害者は殺してもいいとなるからだ。

創価もカルトなのだが大人がいてまず得なことはするが損なことはしないというのがある意味で安全弁になっている。
この若者はそうした損得関係がないことがイスラムのテロとにている。
若者のいい点と悪い点があるがあまり損得を勘定しない正義感をもつことはいい面であるだからカルト宗教団体に利用されやすい。
人類平和のためにとか愛のためにとか誇大妄想思想にはまりやすいのである。

いづれにしろ今回の事件はこの人を英雄視する人も若者にででくる。
一人殺せば犯罪者でしかないが千人殺したら英雄だというのも感じる
こんなに殺したのかという驚きが先になる。
気持ちよく邪魔者を始末してくれたなと思う人さえでてくる
それが怖いのは毎日ネットで老人は死ねと言っている若者である。
それが怖いのは今回のように大量殺人につながる、現実化するからである。
すでにそういうことがあったのだが今度は二十人とか百人とかテロ的な殺害が起きてくるかもしれない。
だからあまりにもネットでは言い放題でありそういうことを言いたい放題なことが危険だということもある。
何かこの人はネットに影響された世代の人だったからである。
2chからみれば待望していた英雄とまでなるからである。

認知症でもこんな人は人ではないから死んだ方がいいとかいつも言っている。
でも家族にとってはそうはいかないしそのことは書いた。
自分は介護することに意義を見いだしていたことも書いた。
重度の知的障害者となるとこの人たちの介護に意義を見いだせるかとなるとこれはそうはいかないから深刻な問題であり軽々しくは語れないとなる。
これは社会問題でもあり若者のの問題でもあった。
若者は一歩誤ると道をはずれると奈落の底に転落する
自分も社会人から離れたアウトサイダーになったから危険であった。
でも奇妙なのはその後30年間とか隠者として田舎にいたというのもふりかえると不思議である。こんなことがありえたのも家族環境の結果だったのである。
この人は両親がいなくなり家に一人でいたということも危険なものになっていたのである

posted by 老鶯 at 09:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

工事のために土とるために破壊された景観 (私有地になっているから景観が破壊される)


工事のために土とるために破壊された景観


(私有地になっているから景観が破壊される)

tuchitoriii122.jpg

tuchitoriii1.jpg


これは南相馬市鹿島区だけど屋形の辺りが土をとるためにむきだしにされた場面である
六号線のローソンからも見えるが新しくできた復興住宅地からも遠くからも意外とこのむきだしの場面が見える

なぜこれが気になったのか?他でもこの辺では工事が多いから土が必要になり土がとられて山とかがけずりとられている所が多い
でもそれはこんなに目立たないから見逃される

ここは町に住んでいていつも目にするから何か嫌だなとなった
景観は普通は気にしないが一端森でも破壊されると気になる
この辺は回りは緑に囲まれている
それが当り前なのだけど一旦その一部が破壊されると凄く気になる
それは自分の衣服が汚されたような気分になる。

あそこが目だたない裏側の方であったなら気にしない、いつも買い物とかしている街内から目だつのである。
でもこれを気にしているのは自分一人かもしれない
なんか自分は景観を特に気にしている,情緒がそがれると詩にてりにくい。

ただあそこが一部森がけずりとられて土がむきだしになったことでこれほど自分も気になるとは思わなかった。
要するに景観は当り前にあるものだから気にしないのである。
ただ一旦それが破壊されると気になり景観とか自然の大事さを認識させられる

原発事故などで故郷に住めなくなった人がどれほどその失われたものを思っているか?
故郷は何も意識しなくても普通にあるものだったからである。
それと同じようにいつも見ている景観は当り前にあるものだから尊いものに思えないのである。ただこれがそこなわれたとき強く意識するのである。

ではなぜ簡単に景観が破壊され景観に無頓着なのかというとそこが私有地であり一人の持ち主が売るとなるとそれが通る、景観がそこなわれるから売るなと言っても私有地だからどうにもならない、そういうことが原発でも起きていた。
原発を建てる一部の土地の所有者と県で許可して原発でも建てられるということすらあった。それから漁業権でも組合が私的に所有して東電に売り渡して補償金を事故前も事故後ももらいつづけていたのである。
そして自分の家の前の海も権利があるとして補償金をもらおうとしていたのだから人間の欲が私有するととめられなくなる
広島の土砂災害があったところも無数に明治以降私有地化されていた。
入会権がなくなり私有地化してそれが宅地として売られていたのである。
入会権は土地の共有制であり一人が勝手にできないものである。
土地とか海がつながっているのだからそもそも共有的性質が大きいのである。
だから私有ということになじまないのである。

この土をとるために破壊された景観について気にしている人は自分だけかもしれないが
やはり一人でもそういう人がいるということは一人が感じていることは大事になる
みんなが何か利害が関係しないなら関心がないというのでは困る
美的な観点からもその土地のことを見る人があってもいいのである。
あれを見るといつも嫌な感じになっているからだ。
景観とか利害とかんけいしない場合、簡単に破壊されやすいのである。
その土地所有者にしてみれば利益になるのだから反対しても無駄である。
その権利も回りのものにもないのである。そこに土地の問題があった

自分は別に土をとることに反対してはいない、現実にこの変では工事で必要なのだから反対できない、ただ街内からいつも生活している所が見えるので嫌だなと見たのである。
やはりいつも生活している所が汚れていたりすると嫌だとなる。
通りすぎるだけならそうはならない、そこに生活する人の目は地方自治になるのである。
でも民主主義は多数決だから多数のものが関心がないものは取り上げられない
だから景観は利益にならないからどこでもはかいささ安いのである。
京都などでも町家の前に高いマンションが建ったりと破壊されやすい
都会には土地がないしそれを防ぎようがないのである。

結局あの土剥き出しの所は何かそのあとに緑にする、木なり花なりとか植えて土むきだしにしない、家が建てば土剥き出しなのも見えなくなる
あのままでは景観的には嫌だなとるなる、毎日見ているからそうなる。
タグ:景観破壊
posted by 老鶯 at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2016年07月28日

社会が二極化して若者でも底辺化して犯罪が増加する (若者の閉塞感が強くなり爆発する危険な時代に)


社会が二極化して若者でも底辺化して犯罪が増加する


(若者の閉塞感が強くなり爆発する危険な時代に)



社会の底辺化する介護業界、最低限生存の待遇…人手不足で覚せい剤常習者や犯罪者も就労 


格差社会は二極化する、中間層が消失してスキルのある゛または資産とかコネとかある階級と資産もない、コネもない、スキルもないとか底辺層に二極化する。
機械化して単純労働とかとは減ってゆく、車だって自動運転となると人がいらないとなるそこで豊になるのは誰か?そうした機械とかアプリとかを開発できるスキルのある人間である。それが人類の未来である。

高度成長時代は三流大学でも文系でも必ず会社に正社員として就職できた。そして事業を起こしても中小企業でも成功する人が多かったし月給は必ず上がりマイホームをもてた時代である。
そういうとき非正規労働者とかはいない、みんな正社員である。ただ金の卵として集団就職した人たちの労働環境は劣悪だった。労働も単純労働であり流れ作業などが多かった。ただ時代としては中卒でも何か仕事があり人不足でありそれなりに勤めていれば豊になるという希望があった。

その頃非正規とか派遣とかはいなかった、臨時雇いなどはいただろう。
自分は正規の路線からはずれたから若いとき労働したのは流れ作業しかない
その時から自分は労働に非常に嫌悪をもつようになった。
これはロボットとと同じじゃないかと思ったからである。
人間は自分の仕事に何か積極性がもてないと生きがいがないと生きる気力すらなくなるだろう。
でも実際にそういう仕事をしている人はもともと少なかったろう。
でも月給は良かったからそういう不満もカバーできた。

今は大学など半数が行っているのだからそれで価値があるわけではない、大学でても就職先がなく底辺労働になる人もふえている、非正規とか派遣もふえている。
だから知的障害者を殺した人は大学出でも教員に就職できなかったから底辺化した。
日本では最初の就職でその先が決められやすい、でもそれすら大企業に就職しても今は先は補償されていない、花形産業だった電器会社でも落ち目になっている。
銀行の若い人は株とかをすすめているけど銀行は何なのだと思う
銀行には何か未来がないように思う、銀行の仕事自体が本来の業務からは離れているからである。銀行は安定していて地方ではエリートになっていたがそれもこれからはわからない。

現代は上と下が二極化するというときitとか相当に高度なスキルをもった人たちはますます良くなる、でも一方でそういうスキルもない人たちは底辺化してゆく、三流の文系大学でても底辺化する。大学など名ばかりで何の役にもたたないということである。
理系は役に立っても文系は何の役にもたたない。
だから若者でも早い時期から二極化している、最初の就職で失敗して教員になれなかったとか公務員になれなかったとかまともに会社に入れなかったとかなると底辺化する

自分も底辺化したがその頃団塊の世代ではそうした正規の道からはずれる人はまれだったみんな正規の会社員になったし学生運動した人も企業戦士にみんななった。
それは学生時代の遊びにすぎなかったのである。その頃は高度成長時代だから必ず正社員として就職できた。中間層となった。
今は上と下とに二極化して中間層はアメリカでも消失した。
そこに今回のような若者の知的障害者を殺すような事件が起きた。
この本人自体の問題もあるが社会の底辺化してゆく若者の問題もある。
つまりそういう底辺化している若者の数が多いということである。
田舎でも何か仕事をしないでぶらぶらしているニートが必ずいる
団塊の世代ではそういう人はいない、それはよほどの変わり者でありアウトサイダーになっいる。
今はそうして社会からはずれた若者が普通にいてめずらしくないのである。
それだけの豊かさがあり食べていけるからそうなっている。
でなければ地方だったら金の卵として中卒で集団就職になったろう。
地方ではもともと資産がないと土地とか家がないとかえって暮らしにくい
そしてコネがないと公務員になれないとか暮らしにくいから都会に出る

今回の知的障害者の大量殺人事件は若者の底辺化してゆくことからはじまっている
正規の就職ができない、教員になれなかった、そこで職を転々とする、行きついたのが
知的障害者の介護職だとなる
そういう人たちと接して心が病んだとなる。なぜなら自分も認知症を介護して鬱病になったからである。なんらか人間はつきあう人間と必ず相互浸透するのである。
毎日知的障害者とつきあっていたら何かおかしくなってゆくだろう。
底辺化してゆくとそうした底辺の人たちとしかつきあえないということもある
底辺化するとまたブラックな会社にしか仕事がないとかなる
飲食業などはたいがいブラックだとか社会の底辺でさまようことになる

そもそも介護職が給料が安いときそこもブラックだからである。そこでもうけているのはそこの経営者であり安く働かせられている
近くでも障害者の施設があり働いている人があるがその給料は極端に安い、もうけているのは経営者だとなる。そういうことが今の社会にも多いのである。
ブラックな会社が多く安く働かせられている、そこで若者はまた不満を募らせる。
相当に今の高齢化社会でも若者のストレスが大きくなっている。
だからこうした爆発的な大量殺人ともなる、次の標的は増えるばかりの老人である。
自分も恐怖でありなんか自力で自分のことができなくなったら自死した方がいいとさえ思うようになった。施設に入ったとしてもそういう不満な若者しかいないから怖いとなる。また若者がそんな介護などしてもその仕事に希望を見いだせない、そういう絶望感から殺してしまった。

この事件は高齢者の問題でもあり高齢者が恐怖を感じる問題である。老人はただの金食い虫で俺たちの生活を圧迫させるだけだとなり毎日死ねと言っているからだ。
これから老人をねらった大量殺人が起きることを暗示しているのである。
近くで老人施設を作っても介護士が集まらないから開業することができないのである
社会が二極化して若者が老人でも底辺化するものと分かれたりとブラック会社しかないとか不安定化するから大きな犯罪が起きてくる
やはり犯罪は時代を象徴しているのである。これだけの大量殺人は日本ではありえないと思っていたからである。

posted by 老鶯 at 20:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2016年07月29日

精神病の妄想の謎ー植松聖は異常なのか病気なのか? (認知症の妄想とは違っている)


精神病の妄想の謎ー植松聖は異常なのか病気なのか?


(認知症の妄想とは違っている)


認知症は謎である、本当に不可解なのである。精神病の一種といえばそうなる。
同じ症状があるかだ。症状として最初に妄想があった
毎日夜になると「誰かがいる」と騒いでいた。
それが冗談ではなく真剣なのである。
「誰がいるのか言え」と毎日せまってきて困った
誰かがいると言っても答えようがないからだ
その妄想は本人は確実にいるという確信をもっている
だから他人にもいると言わせたいとなるのだろう。
「いない」と言っても無駄である。それを否定したらかえって危険になる
天井に虫がいるとかなんか認知症の人は妄想を見る
「いない」ということは相手を怒らせる、そして危険になる
だからその時は心静めるために水で飲ませるとかお茶でものませるかとなる
つまり心を静める作用が必要になる、その時興奮しているからそうなる
この妄想は精神病の特徴としてあるから認知症でもある
ただ普通の精神病と認知症はまた別なものだが何か共通性はある


これを知的障害者の大量殺人の植松聖にあてはめるとこの種の妄想なのだろうか?
ありえないことをあるとした妄想なのだろうか?
これも良くわからないがヒトラーが現れたとか殺人を指示したとかなると妄想だろう。
カルト宗教団体はたいだい誇大妄想の思想をもっているしそれが異常だとは見ない
オウムでもオウム王国を夢見てそのためにはそれに逆らうものは殺してもいいとなっていたからだ。この種の妄想はまた個人的な妄想とは違っている集団的な妄想となるとそれは社会で正常とみる、現実に創価などでも他の宗教団体でもそれをとがめられることはないからだ。むしろそうした集団によって批判すれば社会から排除されるのである。
マスコミでも何でもむしろ積極的に支持して金をもらっているからだ。
東電とか政府で原発の「安全神話」を作ったのも妄想であった。大東亜戦争も妄想の所産だったともなる。日本が神国だというの妄想だったとなる。
ヒットラーのナチス帝国も妄想である。
だから植松聖が何かカルトと同じような妄想に陥っているのは異常とも言えない
ただ個人的にそれを主張したから妄想だとされているだけである。
これが集団的に主張されれば妄想ではない、現実にヒットラーはナチス帝国となり実行したからである。
ニーチェが言っているように個人も狂っているが集団も狂っているとなる

正常なのか異常なのかの判別がしにくいのは普通の社会でもある。
ただ認知症の個人的妄想は明らかに病理現象としてわかりやすい
ではヒットラーがどうのこうのとか人類の平和のためになどと誇大妄想の思想が異常かというとそうでもない、カルト教団でも左翼でもそういうことは言っているからである。
だから植松聖が精神異常なのかどうかわかりにくいのである。
そして殺した相手は無差別ではない、特定の知的障害者である。
殺人の目的が明確なのである。

要するにこうした重度の知的障害者は安楽死させた方がいいとか老人でも延命治療などしないで安楽死させた方がいいとかの問題は常に言われてきたからである。
それゆえに医者で安楽死を実行した人もいたのである。
それは人間の命にかかわる重い問題だからアンタッチャブルになっている
知的障害者もそうである。
そもそも意思疎通ができないというとき人間ではないとなるのか?
実際に身内が死ぬ一カ月前に意識不明になったとき確かにその時は確実に死んでいた。
仮死状態になっていた、でもその前に正気に戻ったのである。
そのことで自分は救われた、わかってくれたんだなと介護した甲斐があったと思った。
だからやはり人間は意思疎通できることが大事なのかと思った
知的障害者とは意志疎通ができないということが致命的になるのか

何か植松聖の不思議は異常なのだけど正常だという面がある。全く支離滅裂ではない、
精神病ならそうなっているだろうか?そこが謎なのだけどまともな面がある。
でも5億円を要求するとか何か不可解な言動があり理解できない
自分はみんなのためにいいことをしたのだから報酬をくれとなるのか?
その辺が理解しにくい、「この人は人間なのか?」というとき何が人間なのかという問題提起でもある
認知症の介護でもそういう問題が起きている、一体どうなったのだろうと自分も悩んだ
ただ認知症は確かにそうした精神病的症状がでてもなんか不可解なのだけど時々正気にもどる、最後は特に正気にもどる、だから意思疎通できないとはならない
これは個人差があり家族の事情があり定型化できない。

つまり植松聖は意志疎通できないから人間ではないと言って殺した
何か意思疎通できれば人間だったのかとなる、でも他にも介護している人がいて意思疎通している人もいるだろう。すると植松だけが意志疎通できなかったのかとなる
認知症の介護でも意思疎通できない人とできる人がいるだろう。
ただ何か異常にしても正常として扱う面が大きいから単なる異常者の犯罪ともならないのだろう。
動機にしても突拍子がないものでもない、理解できないことはないしそう思っている人が常に言っている人がネットには多数いるからだ。それを代弁して実行しただけだともなるる、だから簡単に異常者の精神病としてかたづけられない複雑な問題となっている。
認知症にもこれと同じ問題があり老人問題についても延命治療でも無駄だとかあるから現代の課題であるからだ。

タグ:妄想
posted by 老鶯 at 11:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層