2016年07月01日

放射能汚染で死んだ人は福島医大で実験用に使われた


放射能汚染で死んだ人は福島医大で実験用に使われた


話の面白い小高の人はいろんな建築現場に行っていた。
それで何か道を舗装するときそこが粘土で水があがってきて困った
その人は経験から砂をまくといいことを知っていた。
そのことを酒の席で上司から呼ばれて提案したという
酒の席だから一労務者がそんなことを言った、普通は相手にされないだろう
しかし上の人はそのことを知らなかったという
その通りにしたら水があがらずうまくいったという。
でも何の報償もなかったと言っている
他にも工事現場で経験から提案してそれが成功したが何の報酬もなかったと言っている
たいだいそういうことは上の人が知っていてやるものだと思っていた。

あの人はフクシマの原発でも仕事していたからしきりにそのことを話す
何かいろいろ経験したことを上の人に言う、普通はあまり上の人とはつきあわないだろう良く言うのが仲間が原発の仕事でみんな死んだという,それが良く理解できない

福島医大では原発で放射能汚染で死んだ人がアルコール漬けにされて水槽に保管されていたという
何か放射能について研究するためにそうされたのだろう
医大とか患者でも実験の場なのである。
本人も文句言わないというとき金はもらいるしあとのことは墓までめんどうみてくれるからだという
確かに最近死んだら献体する人が普通の人でも増えてきたのは何か役に立ってほしいからだという、老人などなんの役にもたたないと常に言われているからである。
そしてあとのめんどうを死後までみてくれるのでいいと献体が増えているから献体に対しての考え方も変わった
仲間がみんな死んだというとき何か原発に関して秘密にされることが多いのである。

危険な所で働くのは何より金であり放射能のことは考えないというのもわかる
この辺でも原発の危険性より金だとなっていたからである。
だから原発は様々な利権の場所だった
政治家から検察からマスコミから地元でも危険をかえりみず金のために働いたのである。

最近原発のことが選挙の争点でもなくなった。この辺ではこの問題は延々とひきずる、30年後でもそうだろう。放射能は簡単には減らない、そしてどういう被害が出てくるのか癌になるのかなどわからない
室内では自分の部屋も減らない、0、2のままなのである。外は除染して減った所が増えた室内は変わりないのである。この辺で除染したのは樋だけである。0・23以下だったからである。
もう今でも他では忘れられる、だからこそ原発が再稼働されている
結局原発では人は死んでいない、もしシバタバタ死ぬようだったら恐怖であり即時に原発は停止されたのである。
その被害がわからないしこれからもわからない、体内被爆というのも怖いとしてもその症状がどのように現れるのかわからない、10年後でも20年後でも老人だったら癌になるのだから放射能が原因とされるとはならない。

一部燕とか木とか植物にも影響したみたいだが人間にはどれだけ影響するのかわからない動物か奇形などと生まれてもいない、そういう風に具体的なものが現れれば恐怖になるそれがないから恐怖を感じないのである。
その恐怖を感じないことも怖いのである。なんだ原発事故などたいしたことないじゃないか、誰も死しないじゅないか、それでまた再稼働するようになったのである。
公害では何か奇形化したとか具体的な被害が見えたが原発事故は見えないから恐怖にならない、20年後、30年後に影響があるといってもそれもわからない、そんな先を人間は考えられないからである。

いづれにしろこの辺は放射能の実験場にされたのである。どう影響するかわからないがそれでたいした影響がないとなると原発は促進されるだろう。
その期間が長いのである。

posted by 老鶯 at 10:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2016年07月02日

夏の日(相馬市の道の駅ー台前→鹿島区を行く)


夏の日(相馬市の道の駅ー台前→鹿島区を行く)


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白い帽子は女性である

蔵二つがあり前畑があり悠々としている

これが田舎の住まいである。

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この奥に一軒の家がある

その前は草茫々である





蔵二つ前畑に女菖蒲映ゆ

夏草や奥に一軒長き道

立葵映えて畑に仕事かな

大通り田舎の真昼立葵

夏日射しこの家の栄ゆ赤き石

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鹿島区の大通り

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相馬市の道の駅から山の方へ行った、台前という所である。
ゆきどまりの奥に一軒家があった。その前は草茫々だった。
そこは元は田んぼだが放置されたのだろう
相馬市は別に放射能汚染地域に指定されていないから前と同じであるがそこは草茫々だった、奥に一軒家があり廃屋などもあった。
ただ道が舗装されている、それは最近舗装されたものである。
その舗装された道が結構長いけど誰のために作ったのかとなると
その一軒の家のためになのかとなる、それも金が相当かかっているだろう
これがまさに限界集落とにている、一軒の家のたにもインフラを舗装した道を作ったのである。

ともかく田舎は前からいたる所を道にしていた。飯館村の神秘的な森に覆われた場所も道にされた。結局車社会だからそうなる
田舎では車なしでは生活できない、一人一台もっている、農作業でも軽トラが必需品だからである。
それで田舎はかえって金がかかるというのはそのこともある。
一方でなぜそうした不便な所に住めるのかとなる車があるからだともなる
ただ田舎暮らしというとき何か小さな町からでも離れた地域のことを言っている。
でも田舎というとき小さな町とか市がいくらでもある
そこにはスーパーはある、だから別に町内に住めば車なしでも住めるのである。
ただ田舎で普通は車をもっていない人は田舎の下層階級である。
生活保護とかなにか普通ではないと見られるのである。実際に自転車を使っている人はそういう人が多いのは確かである。
田舎暮らしというとき何か特別不便な所をさして言っている。
原町とか相馬市に住んだらそこが田舎暮らしにならないのかとなる。
その辺が田舎暮らしの変な点なのである。

南相馬市の鹿島区の大通りがあり広い、あそこだけなぜあんな広い道路を作ったのか前にフジコシとかのスーパーがありそのために広い道路にした。
鹿島区は原発事故では悪いことには必ずしもならなかった。
なぜなら今度シシドスーパーができる、なぜできたのかと考えると鹿島区は小高は避難区域になったがここはならないし新しい家がどれだけ建ったのか三つくらいの地域が新しい街になったほどである。すると人口は減らないから新しいスーパーができた。
それだけの人口があるから客が来るとして作られたのである。
鹿島区でもう一つスーパーができることは大きな出来事になる。
スーパー一軒だと競争がないから高くなるからだ。
自分は車がないから助かるとなる。

土手の道に立派な家がある、いろいろな石を並べてある。大きな石だからその石自体高価である。一軒見ただけで金持ちの家である。庭に金をかけている所も金持ちの家である。自分は石に興味があるからあの赤い石は女性の石であり女石(めいし)とかなる
貫祿ある石だと見る、毎日あそこを通っているからその石が心に沈着してくる
石というのはやはり長く見ていないとわからない、石というのは自然でも一時見ただけではわからない、長い年月そこにあるからやはり長く見ていないと石のこともわからない、長い時間をかけるとその石と人間が一体化するのである。
だから自然は田舎でも長く住んでいると自ずと自然と一体化するのである。
自然とアイディンティティ化してゆく、それで自分のテーマは石や樹になったのである。
タグ:台前

2016年07月03日

バングラデシュのテロの起きた高級レストランの危険 (地元の人と隔離されたような場所は危険)


バングラデシュのテロの起きた高級レストランの危険


(地元の人と隔離されたような場所は危険)



ジャージとかで汚い店で食べてたら殺されなかったろう。 
この店と客が地元民から嫌われてたんじゃないの 


外国人がおおく集まる店は危険。 屋台で食べてればまず平気。 
たとえ外人と気づかれても無視される。 タクシー・バスは現地の人と 
一緒に乗る事。 

バングラディッシュって日本より狭いのに人口1億5000万もいるんだな
しかも1日2ドル以下で生活してる超貧困層が1億2000万人くらい
そりゃ暴れたくもなるわ 

でも確かに昔は日本人だといえば助かったかもしれん 
身代金払うイメージがあったし 

今は無理だな 
何かあったときに中国人あるねと言うことにするわw 

42パーセントの子供が栄養失調


海外旅行の経験からなぜ自分がなぜ犯罪にあわなかったのか?
自分は50才で始めて海外旅行に行ったので慣れていない、だから異常に警戒していた。
金は腹巻に入れていたとか警戒していた。
その時はこんなにテロは起きていない、アラブ人は日本人に好意的であったのだ。
それが安倍首相になってから変わった、isにあからさまに敵対すると発言したからだ。
その時から日本人はテロの標的になったのである。

今回のテロがどこで起きたかを見ると外国人が集まる高級レストランなのである。
ダッカで一時待ち合わせで下りた、そしたら裸足の子供などが群がっていた。
ずいぶん貧乏な国だなとその時思った。その待合室も何かソファーでもいいものを使っていない、普通はそういう場所はいいものを使っている
空港自体が先進国とは違っているのである。

そういう国では貧乏な国では高級レストランに集まるような人たちは特別な人でありうらやましく見ていたろう。格差がはっきりするからである。
格差がはっきりする所では危険になる。日本では田舎だと高級レストランはない、ただそういう場所があり特別の金持ちだけが入る所となるとうらやましくなる
貧乏な国ではそれが目だつからテロの標的になるということがある。

海外旅行でもなぜ自分が犯罪にあわなかったのか?
それは自分は貧乏旅行者だったからバックパッカーだったからである。
中国でも危険だというが危険ではなかった。
なぜか、中国人のように見られていたことである。そして金があるように見えなかったのである。何か汚い感じでもあり中国人にまぎれてしまって中国人のようになっていたからねらわれなかったということがある。

ただヨーロッパとか中東になると中国のようにはいかない
イギリスの空港で日本人ににている人がいたので日本人かと言ったら韓国人だった。
そこで黒人がチョコレートなどを盗んでいた。
中国人と韓国人と日本人は一緒になる。そして日本人は中国人に見られることが多いのである。
チーナとかイタリアで子供に言われたのもそうである。それは軽蔑をこめて言われていた
海外旅行で犯罪にあわないためにその国の人のようになりまぎれてしまうことである。
特別目だつと高級レストランで外人だけが集まるとなる危険になる。
ヨーロッパでもレストランは一人で入りにくいのでマグドナルドのような所にしか入っていない、そこは地元の人も利用している。

今回の事件は外人が集まる高級レストランでありそれが地元の人からすると目だっていたのだろう。そういう所は貧乏な国では反感がもたれる
まず地元の人たちが一杯いたらテロの標的にはなっていないだろう。
バングラデッシュなどは相当にまだ貧しいからだ。
いづれにしろ格差社会は国内だって治安が悪くなり自分も田舎で犯罪にあった。
格差社会は底辺層が増えてそれが富裕層への恨みが露骨になるから危険になる
イスラム国などが生まれるのはやはり貧乏が原因でもある。

海外ではこれまでは日本人であることは安全であった。
アラブ人は日本人に好意的であり日本人もアラブ人が好きだったのである。
今は違う、テロの標的にされる、
いづれにしろこの格差を埋めない限り国内でも海外でも平和はない
グローバル社会でなければ別に他の国がどうであれ干渉しないし安全である。
日本が鎖国して貧乏でも他の国では関心がないのと同じである。
これだけ人が世界的に自由に交わるからそこで様々な問題が起きてくるのである。

posted by 老鶯 at 04:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

朝日テレビの「世界は今は」の医者の話が現代を象徴 (医療のグローバル化でも格差が世界的に生まれる)



朝日テレビの「世界は今は」の医者の話が現代を象徴


(医療のグローバル化でも格差が世界的に生まれる)


EU内でもルーマニアでは医者が給料が安いとかで外国に流出して国内で医者不足で困っている
イギリスの医者もドバイの馬鹿高い給料でそこに移った。給料だけではない、医療技術を学べるとかでも外国に流出している、最新の機械をそろえてもらってその人の技術が活かせると言っていた。イギリスでは国営なのでそれができなかったという。
ルーマニアでは若い医者がここでは最新の医療が学べないとして外国に出る、ルーマニアで月給が高いの共産主義時代の名残で軍人とか公務員だという。軍人が給料が高い国はいい国ではない、やはり医者とかが給料が高いのは先進国ではどこでもそうだからである。
でもここでの矛盾は何でもグローバル化すると金があるところに人材が集まり金のないところにはいい医者は集まらないとなる。これも矛盾である。
日本でも田舎には医者不足なのはこの事情とにている、ただ給料は高い
若い医者が田舎に来ないのは腕が磨けないからだという
南相馬市に新しくできる、建物はほとんどできた脳出血専門の病院はもともといた副医院長が手術がうまいとか評判だったし若い人がここで学びたいと前から来ていたのである。田舎でもそういう名医がいるところに若い医者が集まる

グローバル化というとき、EUの中で人や物が自由に行き来するというのでパスポートもなく出入り自由になった、そうなれば当然人間が医者なら金になる国に移るし労働者も移るそれで不満になったのがルーマニアであり東欧から労働者が移民が入ってきたイギリスであった。双方ともに不満なものが残った、イギリスだけではないそうした医者とかが流出するとなるとルーマニアではグローバル化で損害を受ける、医者は命にもかかわるから大事である。それがないがしろにされる
要するにグローバル化の問題は金の集まるところに富裕な国にまたは日本なら東京とかに人材が集まり地方は置き去りにされるのとにている
ここにも格差が世界的に起きているのである。

医者は金と情でどちらが大事とか問うていたけどグローバル化するというときはルーマニアのように給料が安い所にいたくないとなる、情として国に尽くしたいとしても現実問題としてはそうなる、地方の医療に尽くしたいと思っても若い人は医療を学べないとして行きたくない、医は仁術というとき医者は今ここで病気で苦しんでいる人がいればその人が金のあるなしにかかわらずまず助けるということが先になる
それで救急車が無料で呼べるシステムになっているのである
医者には給料が高いのはいいとしてそうしたまず命を救うということが仕事なのである

事業をしていた人は自分が病気であることを全く考慮していない、ただ借金を返すことしか頭にないから借金を要求する、弱っているから好都合なのである
もし瀕死の状態にあるのにこいつは金をもっていないから医療をほどこさないとしたらどうなるのか?
そこに医療が他の仕事とは違う問題がある。教育なら金のかかる教育は受けられないとしても生死にはかかわらない、何か別な方法もありうる
医療の場合は結局金がないとかで医療を受けられないとした寿命を縮めて死んでゆくほかないとなる、もちろん過剰な医療が必要ないがそうでない場合も医療が受けられず命を縮めるから問題なのである。
日本は国民保険制度で平等に医療が受けられるからいいがアメリカでは金持ちしかいい医療が受けられない,簡単な手術でも何百万かかるとなるから手術も受けられないで死ぬ人かいる。ただ日本のような国民保険で医療を維持するのも金がかかるからいつか限界がくる、医療費が高齢化で膨大になり維持できなくなる、だから過剰な医療はやめるべきだとなる。ただその線をどこに引くかは個々に事情が違うのでむずかしい

また最近医療のAI化が盛んに言われる、一部はすでにロボットで手術するとか現実であるこれもどんどんすすんでゆくと医者も失業するとか言う人もいる。
ある面ではどこでも今やコンピューターの方が優れているからだ。
コンピューターの得意な点は膨大な情報を処理できることである。
それはとても人間の比ではないのである。その膨大な情報から診断できるから医者より優れる面がでてくる。
ただ必ず人間の仕事がありそれはなくならないのだ。
コンピューター化が進むとき人間に残る仕事は何かというとコミニケーションする力だと思う。それは情の分野になる。
この人はかわいそうだなとかコンピューターがロボットが同情することはないのである。同情するのは人間にしかできない、また何かを共感するというのも人間にしかできない、例えば家事は機械化して今や主婦の仕事はなくなるくらいに減った。
でも女性には慰めるというか優しさをもって男性に仕えるというのはなくならない
それは他でも看護師だったら患者をなぐさめるというかコミニケーションする力が必要になる、ただ点滴するとか注射するとかだけではない、患者とコミニケーションする力が必要になる、これは若い人にはない、やはり経験をつまないとできない。

一見若い人がいいようでもコミニケーションする能力には欠けている
だから年寄りを馬鹿にして子供に対するような言葉使いをしているとか批判しているプログもある。人生を経験を積んだ年寄りを子供扱いしているのである
それは年配の人と経験を積んだ人とコミニケーションできないからである。
自分が相馬市の病院に入院したとき看護婦長が「介護しているので大変ですね」と言ったときこの人は自分の事情を察してくれたと思ってうれしかったのである。
若い看護婦は師はそういうことはみないのである。
だから若い人と年配の人との仕事を分けるということもありかなと思った。
若い人はハードなことはできるがコミニケーションのようなソフトなことはできない
年配の人は人によるがコミニケーションには向いているからソフトな仕事をする
それは介護の現場でもそうである。
人とコミニケーションをとるというときその人に共感することが大事である。
自分も自分の年上の人の話を聞いてそのことを書いた、それは年が10歳くらいしか離れいないからできた。同じような経験をしているから話を合わせることができた
その人の語ることに共感できた。そうでないと話を聞くにもできないのである。

グローバル化とかAI化とかコンピューター化とかは現代的なものとしてすすんでゆくがそこに問題も生まれる
インターネットとは知のグローバル化であるからだ。人や物だけではない、知識もグローバルに流通する。そして膨大な知識が本が最終的に無料で読まれるようにするのがグーグルの目的だという。そうなれば素人でも専門家になりやいだろう。
文章を書くには何かを必ず参考にしているからである。
そして作家になるには物書きになるにはこれまでどうしても書斎がそれなりの本がないとなれない、一つの図書館をもっていないと何か引用したりすることができないからであるでも図書館にゆくのはめんどうだから家でできないと文章が書けないのである。
それで田舎でも情報や知識の点では格差がなくなった。
本でも古本でもアマゾンでボタンを押せば次の日には配達されるから便利である。
電子本だったら即座に読めるのである。
いづれにしろグローバル化による弊害もあり利点もある。
ただその矛盾が最近格差問題などで噴出した。医療というのもやはりグローバル化して問題が起きる、常にグローバル化とは金がある人は得して金のない人は損することが極端化してしまうのである。
それが象徴しているのがドバイの高級医療をほどこす病院だったのである。

タグ:医者

2016年07月04日

民主主義は権力の平衡をは計る制度 (暴力ではない対話と話し合いが基本)


民主主義は権力の平衡をは計る制度


(暴力ではない対話と話し合いが基本)


コミニケーションというとき現代は複雑だからしにくい、コミニケーションというというとき対等であり平等でないとできない、それが民主主義の基本である。
これまでは暴力で解決してきたのがともかく暴力にならない話し合いで対話して解決しようとするのが民主主義である。
ただ民主主義にもいろいろ問題があっても暴力にならない、戦争しないということで民主主義が選ばれたのである。その点を抑えておくことが必要である。
そこには完全な平等とか公平さはない、そもそもこの世にそんな公平な世の中は実現しない、それは神にしかできないことである。
国と国の戦争になるとどちらに正義があるかなどわからないからである。
だから必ず損する人がいて不満な人が消えることはないのである。

でも話し合いとかなるとそれは時間をかけて解決する方法だともなる
暴力でもって一気に白黒をつけるというやり方ではないからだ。
共産党は最初暴力革命を是認していたのである。それで今も警戒している
創価ですら武力革命で権力奪取だとか意気込んでいた時代もあったが無血革命とか言って選挙で権力奪取を計ることに変換したのである。
民主主義政権下では暴力で武力で権力をとることは許されないからである。
ただ民主主義が万能かといったちそうではない、ナチスは民主主義の選挙の手続きで選ばれて政権を取ったからである。
第一多数だからすべて正しいとはならないし多数はかえって多数の暴力になり数が多ければなんでもいい、それで物事が決められるととなるとこれも恐ろしいのである。
ただ民主主義に代わるものがないからしているだけなのである。

コミニケーションの基本は対等であり平等でとないとできない、その対等が基本にあり日本のように敬語が多い、上下関係に気を使う国ではむずかしいものであった。
アメリカの成り立ちが王様はいない、一番偉いのが大統領であってもそれは一庶民であり特別偉いというものでもない、つまりIとYOUの対等性がある
英語自体がそうした平民的な言葉なのである。それがイギリスの英語と王が貴族が継続して成ったクェーンズイングリッシュとは違っているというのもそのためである。
ただ現代では民主主義というとき日々の生活でコミニケーションの基本が成り立たないのである。対等性、平等性がないのである。

専門家ー庶民

この間で一番コミニケーションがなりたたない、医者と患者とかでも例にするとそうである。
医者は専門家であり医者と患者は対等ではない、その知識も差があるからとても医者と対等にはなりえない、そして医者とか看護師とかは権力を持った存在なのである。
何か聞いてみるのも怖いとなる、なぜならこいつは生意気な奴だとして何されるかわからないという恐怖があるからだ。
だから医療ミスでも病院を訴えることはよほどのことでないとできない、それで膨大な医療ミスは見逃されることになる。それは権力の場所だからである。
権力がある場所はどこでも対話とか不可能である。
東電でもそうだった、何か対話しようにもお前は原子力のこと核のことがわかるのか?
自分もそういわれれば科学に弱いから何も言うこともできないのである
現代にはそういうことがいくらでもあり専門家が権力を持つ時代というイリイチの指摘がある。
何か訴えるにしても弁護士に頼らざるをえない、法律の専門家に頼らざるをえないのだから専門家の前に無力化されているのである。

それだけではない、権力をもつ団体にはもう対話もなにもできない、創価などと対話などできない、他のカルト宗教団体でもそうである。オウムがそれを証明していた。
何でも団体化するとそこは権力をもっているから対話などできない、ただ権力でもって押しつけられるだけなのである。つまり俺たちはすでに800万票をとっていてそれが信仰の証明であり力の証明なのだと数の権力でおしつけるのである。
宗教がこれほど世界的にでも広がったのは民衆が自主的に選んだものではない、権力によっておしつけられたものである。イスラム教などは特にそうである。
信じるか、信じないかしかなくノーと言えば殺される社会なのである。
キリスト教も歴史的にそういうことがあったが今ではしていない。宗教を強制していないのである。

権力関係というとき二人の人間の間でも権力をもつものと持たないものでは対話できない、権力を持つものに従う他ない、なぜ戦前とかは離婚が少なく戦後は離婚が増えたのか?それは女性が生活の面で自立してきたからである。
戦前は離婚したらもう自立できないから嫌でも夫に従う他なかったのである。
だからこれだけ離婚が増えたというのも当然だともなる、つまり二人の人間が男女でも仲良くするということはむずかしいことを証明しているのである。

人間の関係は庶民の間でも平等ではない、例えば雇う人と雇われる人がいたとするとそこにも権力が関係が生まれる、雇われる人はやめされるという恐怖があり対等にならない
ただ人間というのは権力を誰でももっていない人はいない、雇う方だって雇われる人がいなければやっていけないということがある。つまり弱みをもっているのである。
だから会社は共同で成り立つのだから社長だけで何でもできることはない
だから社員でも権力はもっているのである。ただどうしても雇う方に権力があるのが多く雇われる人はやめさせられる不安があり上の人に従うというのがある。
それでブラック会社が多いというとき雇う人の弱みにつけこんでそうしているのである。そういうことは民主主義的でないから弱者を保護する法律があり対抗手段を与えるのが民主主義なのである。

要するに民主主義が欠陥があるとしてもそうした権力の平衡を計る、それで独占禁止法などができた。ある会社が独占してしまえばその一社だけが突出した権力をもつことになりそれに誰も逆らうことができなくなる、それが東電のような会社だったのである。
完全に電気は独占企業になっていたからである。そうした権力をもった会社は自分たちの意のままになるとなり不都合なことも隠すことができた。それが大事故につながっていたのである。
民主主義とはどうしたらそうした突出した権力を抑えるかとか権力の平衡を計る仕組みである。それで三権分立ができたのである。
ただ権力ある団体に従うというときそれが今回の原発事故のような大事故にもなる。
また戦争にもなる、マスコミもこれまでは巨大な権力だった。
それに対抗するものとしてインターネットとか生まれたものそうである。
報道の自由といっても今まではマスコミだけがもっていたのである。
一個人など報道しようもないからだ。何か発言する力を持っていたのも権力をもっている人だけである。何かの代表者として発言している、創価の代弁者としてかもしれない、または左翼団体かもしれない、または仏教会かもしれないしまず何かの団体に属さない人は一個人は発言もできないのである。一見発言するように見えてもできなかったのである。常に権力の平衡を計るものとして民主主義はある。それが欠陥があり問題があってもそういう思想が民主主義にはある。
それで民主主義に反するものは批判されるのである。
タグ:民主主義
posted by 老鶯 at 15:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2016年07月05日

なぜバングラデシュやイスラム圏にテロが起きるのか? (明治維新のように近代化できなかったため)


なぜバングラデシュやイスラム圏にテロが起きるのか?


(明治維新のように近代化できなかったため)


なぜイスラムの国々がヨーロッパからみると遅れてしまったのか?
このテーマが文明史的テーマだから簡単な解答はないだろう。

原因として

●気候

●宗教

●遊牧民と農耕民

●海と陸の対立

中世まではイスラム圏が文明的に進んでいた。学問でも化学でも数学でもイスラム圏が優れていた。代数がイスラム圏から入ってきたのは宗教が影響していた。
なぜなら偶像崇拝を徹底して幾何学紋様とかしか芸術として許されなかったからである。数学は高度な抽象化だからイスラムではあっていたのである。
そうしたイスラム文化が入ってきて総合的なものとしてイタリアでルネサンスが起きたのである。

十字軍はヨーロッパが遅れていたために起こった。富める国への略奪だったのである。
宗教の名を借りて略奪のための戦争だったのである。十字軍でイスラム圏からの富と文化がもたらされた。
日本でも秀吉が韓国を攻めて陶工などを戦利品として日本に移住させたように戦争では文化も流入してくる。アレキサンダーがギリシャの文化を戦争でもたらした。
仏像はまさにギリシャの文化、彫刻をインドにもたらしたのである。

歴史的にふりかえればイスラムが遅れていたとはならないのだから気候とか宗教とか遊牧民とか農耕民とかの差が影響していたとも思われない
いかに砂漠でも人間社会には不利な条件でも文明が起きる
それはエジプトでもマヤとかインカでも自然条件が恵まれているとは言えなくても起きている。だからこの三つが原因ともならないかもしれない。
中世はヨーロッパは暗黒時代であり閉ざされた時代だった。その時はイスラム文化の方が栄えていたとなる。シロクロードとか一時はイスラム圏が経済的に文化的に興隆していたのである。

その中世の閉鎖された時代を宗教革命とか技術革命とか産業革命とか国民国家とか近代化するのがヨーロッパだった。
大航海時代がありヨーロッパはアジアへ北米南米大陸へ進出したのである。
一方その大航海時代にイスラム圏は中世のままであり停滞して取り残された。
それがなぜなのか?そこにもむずかしい問題がある。
政教分離がないというのも大きな原因だった。ヨーロッパはカトリックの宗教的政治的支配から脱出して国家形成をした。
ただそもそもがヨーロッパ文明がキリスト教文明でありキリスト教とイスラム教の相違が後の歴史の流れを変えたという見方もある。

カトリックとプロテスタントが分かれたときプロテスタントが産業革命の基になった。
資本主義が修道院から生まれたというときプロテスタントにはそういう信仰、思想があってできた。勤勉の思想であり神に仕える信仰である。
それがドイツとイギリスに起きたというときそこが寒い地帯ということも影響していた。なぜなら熱帯地域だと勤勉の思想は起こらない、暑いととにかく働く気になれない
それでカトリック地帯は比較的地中海気候であたたかいから勤勉ではない、今でもシスタとか昼間は寝ているのは暑いから働けないのである。
それは砂漠のイスラム圏でもにている、一日中日影で水パイプを吸っているのもそのためである。人間にとって気候の影響は大きいのである。
ただ暑いからといって文明が興らないとはならない、エジプトでもマヤでも暑い所であり文明が起こっているからである。
だから必ずしも気候だけが文明が起きたり衰退したりする条件とも思えないのである。

ともかくエジプトでもイギリスのポンドが紙幣になっていたりイスラム圏もイギリスが支配してアジアも植民地としたのである。
だから太平洋戦争は日本とイギリスの戦争でありシンガボールを日本軍が最初に陥落したことは世界史的に大きな事件だったのである。
自分の姉が従軍看護婦としてイギリスの赤十字社の病院にいたからである。
それはシンガポールではなくマレーシアのジョホールバルだった。
イギリスが世界を制覇したという時代があり英語が世界の共通語のようになったのである世界史からみればではなぜイスラム圏は近代化できないのか?
近代化というとき政治でも経済でも技術でも総合的なものとしての近代化がある
イスラム圏はそれを成し得なかった。
そして工業化できなかった、台湾とか中国とか朝鮮では工業化している、台湾とかも暑い国だしなぜそんな小さな国でできたのにイスラム圏ではできないのかとなる
台湾ではパソコンとかの部品関係だけどそれにしてもそういう工業化の能力があったとなる

今回のバングラデッシュのテロ事件でもイスラム国の信じられない野蛮性がなぜ生まれているのか?
これもイスラム圏が近代化できない、中世の延長でしかなく停滞したままだでありそれがただ暴力となってその捌け口を見いだしている。
日本だと明治維新で若い人はヨーロッパに習い近代化した。ヨーロッパとかアメリカは当時は遠いのである。飛行機もない時代だからである。
エジプトであれシリアであれ中東はヨーロッパと接近している。
シリアの難民が陸伝いでドイツまで逃れるように接近しているのである。
だから西欧文明を学ぶとしたら地理的に有利だったのに近代化していないのである。
そしてヨーロッパの文明お基はイスラムの文化であり自分たちは教えたものだとと言ってなぐさめているのである。

そういう歴史的に見るときイスラム圏が遅れてしまった、近代化できなかったのはなぜかとなる。近代化がこうしたヨーロッパの歴史から起きたとするとき別にイスラム教を基にした西欧文明に対抗する新しい文明は起こりうる、それは尊皇攘夷とかともにているのだ攘夷とは外国人とかの文化でも排斥することから起きていたからでてある。
ただ日本の近代化もヨーロッパとは違っていた。
天皇が一番上に置いた立憲君主制でありヨーロッパの近代化とは違っていたのである。
日本でもイスラム圏と共通した問題がありそれが太平洋戦争までつづいていたのである。つまりイスラム圏ではまだ江戸時代から明治維新の時代にありそれで外国人や欧米文化を排斥するのものがあり、裕福な学生でも知識人でもテロが起きたともなる。
日本でも明治維新のとき攘夷が起きたようにそういうことが若者の間で起きた。
それは日本でも侍のエリートに起きたのだから彼らもテロでもそうした思想に基づいているということもありうる。

ともかくなぜイスラム圏は子供が多く貧民も多い人口過多なのだろうか?
なぜか繁殖力だけは強くその繁殖力でヨーロッパに移民を送りやがてイスラム圏の文明を作り支配するということまで言っていることでもわかる。
そんなことで人口圧力だけでヨーロッパ文明を支配したとしてもそれは歴史の逆戻りでありやはり停滞したものとなる。
もし欧米文明に挑戦を受けて新しいイスラム文明を作るのなら別である。
それは日本では明治維新でそうしたことをある程度は成しているからである。
それが成し得ないからこそただ暴力となりテロとなり不満の捌け口となっているだけにしか見えないのである。
暴力だけでは武力だけでは文明を興すこともまた世界に通じるということはないのであるモンゴル帝国のようにそこには文明も文化もないからただ何も跡には残らなかったとなるただ領土を拡大化しただけでだったとなる。

確かに欧米文明とイスラム文明の衝突が起きているがそれが何かマヤやインカ文明との衝突のようにも見える、進んだ国と遅れた取り残された国とのトインビーの言うように文明の衝突である、
その証拠にイスラム圏からは宗教と石油だけであり何も産み出していない、イスラム圏から学ぶものが何もないということがそれを証明しているのではないか?
日本でもアジアでも学んできたのはヨーロッパであり欧米文化だったとことでもわかる。中世時代にはあったとしても今はなにもない、ただ人口が多くそこから移民が大量に流れてくる、それも単純労働者が多いのである。
そういうふうに文明的に遅れていることがテロとなり暴力として捌け口となっている。
だからエリートである学生がまた今回の残虐なテロを起こしたともなる














タグ:イスラム
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2016年07月06日

ベネチア-ベニス( abstract pictures-veneziaー(Venice)


ベネチア( abstract pictures-veneziaー(Venice)


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結局抽象画でも具象画から離れられない、抽象画でも何かをイメージするとき具象画になる。
ベネチアをイメージする抽象画として見るとより鑑賞しやすい
何かわからいままだと鑑賞もしにくいのである。

水の都のベネチアからイメージされるのは豊富だからである。
ベネチアングラスとかもありそこは栄華を誇った時代があったからだ。

自分が訪ねたのは春だった 穏やかな春の光がさしていた、そのイメージが表現されている

Even the abstract picture that it is not separated from a representational painting in the abstract picture either becomes the representational painting after all when I image something.
It is hard to still appreciate it now from any river which it is easy to appreciate more when I look as an abstract picture imaging Venice.

What is imaged from Venice of the capital of the water is because it is abundant.
There is it with Venetian glass, and there is because there were the times proud of prosperity.

The image that the calm spring light that it was spring that oneself visited pointed at is expressed

2016年07月07日

ヨーロッパの旅ー春の俳句二十句



ヨーロッパの旅ー春の俳句二十句

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(イギリス)

(ロンドン)

春寒し駅舎に飲みぬビールかな

春寒しイギリスの栄昔かな

テムズ河海に注ぐや春寒し

春寒しテムズ河の岸のベンチかな

鴨の列石橋わたり柳かな

夕日さし古城の紋章石に古る


(フランス)

絵を売りぬセーヌの岸辺春の暮

石造り宮殿古りぬ春のパリ

春のパリ石にもたれて思案かな

春の星同じホテルに客となる

泊まる宿セーヌの辺り春の星

(ニース)

老人に春の陽ざしやニースかな

春光や城跡に波のひびきよす

春光に新婚旅行やマルセイユ


(イタリア)

春の暮ローマの道をたどるかな

ローマの春廃墟の松やもの寂びぬ

春の日や廃墟の石にもたるかな

ベネチアや春光に舟波止場かな

浴場跡夕日のさして蝶舞いぬ

春光やフィレンツの塔美しき

春雨や南イタリアの古城かな

(ギリシャ)

雪の峰海に望みてギリシャかな

菜の花にドルフィの神殿埋もれけり

ドルフィや竜舌蘭や石古りぬ


(アレキサンドリア)


海の風アレキサンドリアや春鴎

街中に海の風吹き百合の花

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やっぱりヨーロッパは旅するのには一番いい場所だった。あれだけ歴史があることが違っている。ヨーロッパはいろいろあるけど芸術の都なのである。
その代表がパリなのだけどそこが違っている
中国などにはそういうものがあまり感じない、ヨーロッパは国が分かれているけど多様な個性を作り出した、それで芸術が華咲いたのである。
多様性があり国が分かれることで絶え間ない紛争があったのだが反面は多様な個性を作り出したのである。
この時はまだデジカメの時代ではないので写真があまり残っていないのが残念

それにしても時間がすぎるのは早い、自分がヨーロッパに行ったのはすでに十何年前とかなっている
その時は円高で旅行しやすかった。イスラムのテロもない時代だった。
ともかく時代は急速に変わる,中国だって20年前とかになるし急激に変わってしまった。中国の物価はあの時からすれば十倍にもなっているかもしれない、
世の中の変わりようは本当に早い

そして十年間介護に追われてたちまち過ぎた、今は思い出す旅である。
何か老年になると思い出すということが仕事になる
思い出すということはそこに確かにいたということを確認することなのである。
そこにいたということすらわからなくなる
そういう記憶の確認作業なのである。俳句にしてのもそういう記憶が残っているからできる

外国を俳句にするのは一つの文化交流である。最近はインターネットで外国の俳句が結構出ている、ともかく誰でも海外旅行できる時代だからである。
インターネットではなかなか批評しにくい、雑然とありすぎるのである。
やはり選ばれたものを見るのは楽だとなる

旅というのは何か記憶に残っていないと収穫がない
つまり全く記憶に残らないことがありうるからだ
特に外国ではそうである。どこにいたのかもわからなくなる
だから何か記憶にとどめる旅をしないと何も残らない。
辺りの風景を記憶する旅である。
それはいくら写真でもとどめることはできない
その時々の風とか光とか何でも写真にはすべてとどめることはできない
人間は五感で感じているからである。

認知症になると同じことを過去に経験したこと何百回という、それは記憶が生きた証拠になっているからそうなる。
だから一番人生で印象に残ったことを語り続けるのである。
姉の場合は戦争のことでありそれを死ぬ直前まで語って死んだのである。
それほど戦争というのはとても忘れられない記憶だったとなる



ベネチア-ベニス(abstract pictures-veneziaー(Venice)


ストラトフォード・アポン・エイボン


2016年07月08日

福島県の歴史の道の旅の回想 (棚倉→白河→会津ー(白河街道)


福島県の歴史の道の旅の回想


(棚倉→白河→会津ー(白河街道)


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青松浜には確かに森があった、ここでヅクが鳴いていた。

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人は道を通じてつながる、道は川が最初は道となった。

古代では川は道であった。アイヌでも川は道であり身体になぞらえて川口は頭であり川上は尻になる。その名づけ方は川を上流から下るのではなく下流から上ってゆくからそうなった。久慈川が長い川であり常陸からつづく道だった。この川沿いは黄金の道、鉄の道でもあった。

南相馬市の真野川でも源流に佐須の山津見神社がある。その神社は古代にさかのぼり古く伝説が残っている。川は道がないとき道になりやすかった。アイヌではまさに川が道だったのである。

久慈川は幸くあり待て潮船にま楫しじ貫き我は帰り来む

久慈川が棚倉まで上流になっている。久慈川は茨城県と福島県にまたがる長い川なのである。矢祭→棚倉→白河→泉崎は古代の東山道だった

茨城県の名の由来は

『常陸国風土記』の茨城郡条には、「穴に住み人をおびやかす土賊の佐伯を滅ぼすために、イバラを穴に仕掛け、追い込んでイバラに身をかけさせた」とある。また、『万葉集』にも「みちのへの茨(うまら)の末(うれ)に延(ほ)ほ豆のからまる君をはかれか行かむ」という歌があり、この故事にちなむ茨城(うばらき)という地名がみられる。

東山道には蝦夷が住んでいて大和朝廷の侵入を阻んだ。久慈川に沿って福島県に入ってきた。
ただ福島県に入る道は三つもあった。一つは白河関が有名だけどこの棚倉の道の方が古い、それから浜通りの勿来の関である。これも古代の道であり来る勿れであり蝦夷の抵抗にあった場所で来る勿れとなった。
つまり福島県とは古代から見ると大和朝廷にとっても侵入を阻んだ東北のみちのくの境界線だった。それは茨城県でも大和朝廷が侵入して土地の賊を無惨に殺した伝説が残っている、茨城県から棚倉辺りで強力な蝦夷が住んでいて抵抗した。

棚倉に残る伝説のこの地に8人の土蜘蛛がいた。黒鷲、神衣媛、草野灰(かやのはい)、保々吉灰 阿邪爾媛、梯猪、神石萱(かみいしかや)、狭礒名と具体的に述べている。ところが征伐に来た磐城の国造が敗れたので天皇は日本武尊を使わした。8人の土蜘蛛は津軽の蝦夷に援軍を依頼 徹底抗戦した。そこで彼は槻弓 槻矢で8本の矢を放ちたちどころに射殺した。そして土に刺さった其の矢はたちまちに芽吹いて槻木となった。そこでこの地を八槻の郷という 

これも大和朝廷とかと闘った生々しい記録なのである。カヤ族がいて真野の草原(カヤ族)がいてその名が地名化した。カヤは伽耶国のことである。

歴史はまず地理から地勢から解明してゆく、だから実地にその地を踏む必要がある。
それも久慈川沿いをたどり棚倉に到達すると実感が湧く、どういう訳か自分は自転車で会津からこの棚倉に来たのである。そしてこの棚倉で一夜のテントを張り泊まったのである
「入り野の種蔵」と呼ばれ種籾をツトコに入れて分けた。都々古別(ツツコワケ)神社があった、種というのは農業するものにとっては大事なものである。いい種をいかに手にいれるかで決まるのが農業である。もちろんその土地が肥沃かどうかとか他にも自然条件にさゆうされるのも農業である。

棚倉にテントを張りし一夜かな古代しのびて秋のともしび

都々古別(ツツコワケ)神社から一すじの道が水戸に通じる街道である。その道は東山道でる。ただ水戸は古代には知られていない、茨城県の由来となった地域ではない、それは江戸時代から水戸に通じる道となった。
水戸街道というとき東京からは今でも水戸街道と言っている、それは六号線になる。
江戸からは古代は東山道であり日光街道があった。
芭蕉は日光街道を通り白河の関所に出たのである。

この棚倉とか白河は江戸時代から明治維新の時もやはり境界線であり棚倉では薩摩長州軍と官軍と戦った。その中に相馬藩も入っていた。相馬藩は最初は官軍に抵抗していたのである。あとで天狗党に参加したりして官軍に組み入れられた。
だからここは福島県の地理的境界線だったのである。

旅をするとき鉄道の旅でも車の旅でも歴史を偲ぶことはむずかしい、新幹線などで来たら全く歴史を偲ぶこともできないだろう。
久慈川沿いを遡って棚倉につくとき歴史を感じるしまた都々古別(ツツコワケ)神社から水戸への道を見るとき歴史を感じる、自分はその時会津から棚倉に来ていたのである。
会津というと遠いのだけどやはり福島県ではないが白河藩とか関係していた。
蒲生氏郷の時代に白河藩を治めて会津町という名を残しているのである。
蒲生氏郷というときキリシタンでありそれで石垣に十字架が彫られいると土地の人が話していたのも興味深い。

白河から会津へは白河街道を行くのである

(札の辻) → 金堀 → 赤井 → 原 → 赤津 → 福良 → 三代 → 勢至堂 → 長沼・惣五郎内 → 江花 → 牧の内 → 上小屋 → 飯土用 → (白河)
 滝沢峠、沓掛峠、黒森峠、勢至堂峠と峠が多いため、宿駅間の距離は比較的短い。

 菜の花や街道行きて猪苗代湖

勢至堂はその面影が残っている。道幅が狭く両側に家があるが昔はみんな茅葺きの家だった。道が狭いということが昔の街道のままなのである。
勢至道から福良にでる。ここは町としては大きい、両側にやはり茅葺きの家が点在していた。今はもうない。街道の宿駅というとき大内宿のようにみんなってっていたのである。あそこの蔵の宿に泊まったのは奇しきことだった。



勢至道道幅狭く家並ぶ昔をしのぶ秋の夕ぐれ

磐梯山威を正しつつ湖(うみ)碧し松なおしく秋深むかも

猪苗代湖畔のあわれ虫の音のかすかにひびき稲の刈られぬ

街道の宿駅なれど忘れらる蔵の宿壁に菖蒲の映えて暮る

砂浜に波の静かに青松浜木菟(ズク)鳴く声や夏の夕暮

雨しとと田植えする人あわれかな昔の街道猪苗代湖畔

会津への道の遠しも行き暮れむ萱におおわる山間の道

街道に清水の湧きて野菊かな忘れられしや日も暮れむとす

東山へようやくいずる歴代の会津藩士の墓秋の日暮れぬ


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脇にそれた道が白河街道であり古屋敷とかの地名があるのもわかる

旧道は外からはわかりにくくなっている  


会津まで相当に遠かった。ここは春と秋にも行った。会津は別に電車でも行っている。
福島県を旅をするときたいがい今はこの道は通らない、鉄道の通る道で会津に入る、すると歴史が実感できない、棚倉の場合も今だと東北線とか新幹線からはずれているから何か本道からはずれたような忘れられた場所と錯覚する。水郡線はあまり乗らないけど一回乗ったけどこれは時間がかかる。水戸まではかなり遠さである。ここはあまりなじみがないのである。
白河の関だって白河から相当に離れた森を出た道なのである。
ただあの小暗い森をぬけた所に白河の関があり芭蕉の奥の細道を感じる場所である。
あとは奥の細道を感じる場所は福島県ではない、あまりにも繁華な通りとなってしまったからである。

草の花たどりてつきぬみちのくへ白河の関所の跡はここかな

とにかくどこをどう通ってきたのがふりかえると不思議である。
なぜ会津から棚倉に来ていたのか、その行程もわからなくなった。
その前には八溝山をぬけて福島県に出てきた。その行程がわからなくなった。
会津というときそこは一つの山国であり一つの世界観も形成される場でもあった。
そういう地理であり風土であり歴史的に厚みがある場所である。

会津嶺の 国をさ遠み 逢はなはば 偲ひにせもと 紐結ばさね

会津嶺のというときこの嶺は複数なのである、会津の特徴は山々が無数に重なっているのである。そして古代からそこは一つの大きな国として存在していたのである。
こうして古代から江戸時代の道をふりかえるとき確かに福島県はつながりがある地域だということはある。
福島県の特徴は古代の境界でありみちのくとして江戸時代までつづいていたのである。


この辺に松から磐梯山が見えた、舟津とか月形らしい

ここにも松が見えて磐梯山が見える
タグ:白河街道

2016年07月09日

原発事故で見直されたもの (万葉集の歌よりー純粋な水の貴重さ)


原発事故で見直されたもの


(万葉集の歌よりー純粋な水の貴重さ)



馬酔木あしびなす 栄えし君が 掘りし井の 石井の水は 飲めど飽かねかも

                      
咲き誇る馬酔木の花のように栄えたあのお方が掘られた井戸、その石で
組み上げた井戸の水は、いくら飲んでも飽きないことだ.

ある高貴な人にゆかりの井戸を誉め称えた歌.石を積んで頑丈に囲んだ
井戸は、その所有者の富裕と威勢を示したことでしょう



井戸をもっていることは自分の子供の頃でも水道もないから近くの井戸水をもらっていたのである。風呂に水を汲むときはバケツで自分も運んだからその苦労を知っている。
人間にとって水は一番大事である。
インド辺りは水を遠くから運ぶのが女性の仕事になっている。
石で囲まれた井戸となると当時では富裕な家だった。
農家ではたいがい井戸があり町内では井戸がない家があり水をもらうのに苦労していたのである。

現代では水の貴重さを感じない、水道の蛇口をひねれば水がでてくる。
ただその水は純粋な水ではない、当時の水は今の水とはまるで違ったものかもしれない

原発事故で感じたことは水もそうだが土でも森でも空気まで汚されたことである。
こうしたものは生物が生きるためのベースでありこれが汚染されたら生きていけないのである。
でも現代生活はそういうことを認識していなかった。そんなものに価値を置いていない。そういうものは意識しなくても当然あるものであり価値あるものではない
第一空気に価値があるなど感じないだろう。それは無料であるからだ。
しかしそうした人間生活のベースになるものが汚されたときどうなったのか?
人はその土地に住めなくなったのである。
この辺ではまだ山の方では井戸とか清水などをとりいれて暮らしていた家があった。
山からの清水をとりいれるのはまだ全国的にも山の方だとある。
なぜならそれだと水も無料になるからだ。水道のように金を払う必要がない、山村などでは現金収入が少ないのだからそういうことをしないと生活できないとういこともある。

原発事故ではいろいろ考えさせられた。でも以前として現代生活では電気なしではありえない。そうした自然のものより電気の方が大事になったのが現代である。
もう電気なしでも車なしでも生活できない、一時大熊の人がもう家族がバラバラになって暮らすより蝋燭で家族一緒に暮らした方がいいと言っていたがそれだけ原発事故の被害でそこまで極端化して考えるようになったのである。

現代は自然というより科学技術の方が人間の生活にとって大事になった時代である。
これまでは第一次産業に戦前でも80パーセントとか従事していたというとき農業は自然に密接にかかわるから自然のありがたさを肌で知っていた。
それが高度成長とかなり急速に失われたのである。
農業では生活できない、漁業では生活てきない、親は農業だけはやるなと子供に言ってその子供は原発で働くようになった。
そういう時代になったとき自分たちの生活を支えているベースとなるものをすでに価値を置かなかったのである。
その最も基本となる水についてもそうである。水に価値を置くことはない、ただ水でも水で有料になるから無駄使いはできないということはある。
でも昔の井戸水を飲むように水が貴重であり水なくしてはありえない生活というのは失われたのである。

最近どうも運動したとき様々なジュース類を飲む、そのジュースは甘い、相当に砂糖が入っている。その砂糖がかえって疲れさすのだとインターネットのサイトでで読んだ。
かえって水の方が体にいいという。何かジュースとか飲むと喉がかえって乾く
何かそれも良くない、お茶などは飲んだ後に喉は渇かない、だから今のジュース類にはいろいろな薬が入っていて良くないという。疲れをとろうとしてかえって疲れさすということもある。
栄養をとるというとき新鮮な生のままのものを野菜でも果物でもなんでもとればいいが今は何でも加工されることによって栄養が失われているのである。
また栄養をとりすぎて栄養過多にてり糖尿病とかになる人が増える
結局人間あきないのはそうした薬が入った砂糖で甘すぎるジュースなどではない、純粋な水が体にいいのである。
だからこそ・・・くめどあかぬかも・・・になっている

それは老子が2000年前に言ったように「無味を味わう」でありそれが純粋な水のことなのである。ともかくあまりにも加工ささたものが多すぎるのである。
文明とはそうして無駄なことに相当なエネルギーを費やされているのである。
だからこそ老子の思想が逆説的に現代への警告となっているのである。
そうして無駄なことにエネルギーが費やされることはそれだけ労働の量が増える
結果的に人間は文明化してもかえって労働の過剰に苦しんでいるのである。
働くといってもそれがすべて有効なもきとは言えない、膨大な無益な労働が文明から生まれている。

栄とは何か?

御民われ生ける験(しるし)あり天地の栄ゆる時に遭へらく思へば(万6-996)

天地と一体化して栄がある。今は文明という人工物と一体化して栄えるがある
極端化したのが原発が栄えだと双葉町では横断幕まであった。
そしてもうその故郷にも住めなくなった。栄どころではなくなったのである。
漁業者でも漁業権を東電に売り渡して栄があったが肝心の魚さえとることができなくなった。つまり第一次産業自体がこの辺でも全体の一割にもみたない生産になっていた。
原発と一体になり栄があるとなっていたのである。

それはここだけではない文明自体が自然と一体化して栄があるのではない、科学技術とか機械とか一体化して栄があるとなったのである。
そこでその生活のベースになる水とか土とか空気とか森林とかそうしたものの価値は認識されなかったのである。
万葉集時代となればそんな時代に何か豊さがあるのかとなる。
でもその時代にも万葉人は確かな豊かさを認識していたのである。
なぜなら今になると万葉集の歌のようなものが作れないことでもわかる。
その時代にしか作れないものがあるというときその時代の価値観がありそれが今とはかけ離れているからそうなる。
人間の生活の基本が何であるのかを原発事故は見直す結果とはなったのである。

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タグ:井戸
posted by 老鶯 at 08:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

末続村の新妻氏からのコメントがありました (興味深いのでここにものせておきます)


末続村の新妻氏からのコメントがありました


(興味深いのでここにものせておきます)


すみません、パソコンの整理に忙しくコメントを見逃していました
メールで知らせが来ると思っていたのでプログのコメントを見なかった


貴重な郷土史の発言ありがとうございます


末続の新妻氏のコメント

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原発の影響も隣町の広野までは避難区域でしたが、末続は原発の場所から25キロ地点でありながらもかろうじて避難区域からは外れました。

末続駅を境に山側は津波の影響は何もなく、海側は壊滅状態です。

母実家の新妻家は山側の一番奥に家屋敷を構えておりますが、原発の影響で若い世代は近隣の町に出て行ってしまい、久しぶりに墓参りなどで帰郷しても、子供達の姿なく何とも寂しい限りです。

将来的には消滅してしまうのかもしれないとの思いもあながち外れてはいない厳しい現実も感じます。

処で母実家の新妻家ですが、先のコメントに書いた先祖からの言い伝えですが、

1 仏壇にキキョウの花は捧げない。墓にも。
2 里芋は栽培しない。

というのがあり、理由は

昔、新妻家の先祖である殿様が、間者であるキキョウという名の腰元の手引きにより敵に矢を放たれ、倒れて亡くなった場所が里芋畑だったと。縁側から崩れ落ちたらしいとの。

代々言い伝えられて来た事により現在でもそれを継承しています。
他の新妻家ではそんな事は無いらしく、里芋は近隣の家の方がお裾分けしてくれるそうです。(食するのはいいみたいです。)

当主である叔父も祖父も代々ご先祖様から言い伝えられて守って来た事を自分の代で無くしたくない、と言っていました。
現在は原発の風評により作物は作らなくなってしまいましたが。


他にも色々聞いた話はあるのですが、末続という地名もこちらの記事記載にあるようにこんな由緒あるとは思っていませんでした。

あ、思い出した事が。末続は天領だったとも母から聞いてます。

色々と思い出しつらつら書き出してしまいました。

有り難うございました。

・・・・・・・・・・・・・・・・

コメントの自分の答え

末続とは天領だったのですか?とすると末続という地名は他から来た姓で末続というのは代官の話があるからそこから来たのか?
興味深い話です、なぜ末続なのかわからなかった

末続の由来をたどると末継であり島根県に神社があるからもともとは渡来人系である。
つまり須恵器というのがあり末は陶(すえ)陶器のことでしょう
陶器を作る人の末裔とか陶を継ぐから出た名前でしょう

末次と起源をともにする。はっきりとした出自は不明。近年、長崎県に多く、特に南高来郡口之津町に多数みられる。

現島根県である出雲国島根郡末次村が起源(ルーツ)である、宇多天皇の皇子敦実親王を祖とする源氏(宇多源氏)。現広島県西部である安芸国末次庄が起源(ルーツ)である、大江氏(土師の族で相撲の元祖の野見宿禰の子孫。平城天皇の子孫ともいわれる)などにもみられる。

長崎県に多いということはやはり島根県が基で移った人たちでしょう
末続、末継、末次などがあり末次が一番多くて一万人くらいいる
末続はやはり姓が地名化したものでしょう
でも新妻氏が末続の姓になったのは末続という姓は相当に古くそのあとに千葉氏系統の新妻氏が入って来たとなるのでしょうか


(昔、新妻家の先祖である殿様が、間者であるキキョウという名の腰元の手引きにより敵に矢を放たれ、倒れて亡くなった場所が里芋畑だったと。縁側から崩れ落ちたらしいとの)

そんな言い伝えが残っていたんですか?
まるで時代劇ですね、これは作り話ではないんですね
忍者とかでも女性が出てくるでしょう

落ち武者の伝説ではこういう禁止されている話がタブーが伝わっている、身を隠しているからそういうことがあった、・・・をしてはいけないということがあった。
それは山深く隠れていて交流があまりないからそうした伝説が伝えられ守られてきた
いろいろ外部と交わるとそういう一族意識もなくなってしまうでしょう

南相馬市の鹿島区では栃窪村は山の方の村ですが大谷一族というのがあり大谷(おおがい)という姓が多いです、そういうことが各地の村にあります
新妻一族というのがす末続村に墓地をみたら80パーセントくらいあったのには驚きました栃窪村にしても一割くらいか大谷(おおがい)ですから

末続村は何かそういう地形にあった。何か山と海の狭隘な地域でありだから余り外からの人の出入りが少なく新妻一族が代々継がれてきた。
栃木県の湯西川でも山の奥で落人伝説で有名である。

原発から25キロですか、微妙な地点ですね
鹿島区は30キロ地点です
30キロ内だと原発補償金がもらえる地点です
なかなか地理的にわかりにくいのですがやはり相馬藩の境だったようです
相馬藩の参勤交代で江戸に行くとき末続村の人が出迎えたということはどこかで書いてあったようです
つまり岩城藩から相馬藩に移った人も武士もいたからです


何か北海道の方が自分の先祖がいたということを書いてきたことてなどあった。
新妻という姓は結構多いですからルーツをたどる人がいるのでしょう。
末続で津波で七人死んだ、駅の前の所だった。
あとは山が多いから助かった、ただ末続でも一部しか見ていないからわからない所があった。末続が何か地形的に変わっているから印象に残っていた。
歴史的にも地形的にも印象に残る場所だった。

メールでコメントが来るのかと見ていたのですが来なかった

それでプログのコメント欄を見てなかったので遅れてしまいました。
また何か言い伝えなどあったら書いてみてください

末続村と新妻氏については全国的に興味をもっている人がいるみたいです
末続の姓の人は興味をもっています 

興味深い話ありがとうございました、また何かありましたら書いて下さい




今いろいろ書いたもの整理中です、メールの方でスバムがあったのでそれで追われていたのも見逃していた要因だった
量が多くて自分で書いたものがわからなくなり整理中です






タグ:末続村
posted by 老鶯 at 15:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)

2016年07月10日

どの党に誰に投票していいかわからない (アベノミックスは株をしている者にとってはいいものだった)


どの党に誰に投票していいかわからない


(アベノミックスは株をしている者にとってはいいものだった)


 ここのスレを見てると投資家の私としては安心だ。多くの有権者の皆さんが 
選挙で自民党を支持してくれるから私は株で儲かる。私自身は期日前投票で 
自民党は支持しなかったけど。今回の選挙は自民党が勝利しそうだから 
株価が上がると良いな。最も投資のできない庶民以下の有権者の皆さんで 
自民党を支持して負け組に転落しても自己責任で同情は一切しないけど

今回はどの党に誰に投票していいかわからないから棄権したかった
自民党も創価と組んでいるから嫌だし、野党も今度は盛んに右が批判しているからそれもそうだなと思う
民主党の失敗は大きかった、野党は野党の役割があるがそれを果たしていない
民主主義は野党も力がないと平衡が保てない、独裁になりやすい、今は自民公明の独裁である、その流をくいとめたいということはある

ただどうしてそれぞれの人が票を投じるのかは違っている
国政として防衛問題を安保などを主体に考える人がいる、それは中国とか在日韓国系であり国を売り渡すとか盛んに言うからそれせそうだと思う

経済を優先する層は一般的には底辺層は自民党に不満だから野党に確実に入れる
一方で経済的に見れば上の層は自民がいいのである。
民主党のときはあれだけ株が下がったからである。
何か自分も株というものを毎日その上げ下げを見ているから気になる
じかに懐具合にひびいてくるからだ。
なぜ日本だけが下げているのか、日本はなぜ経済が良くならないのか?
そしてなぜ円高なのかということがわからない
円高になり為替にも投資したから110円のとき買ったから相当に損している
これは試しに買ったものである。
自分の懐がいたむと人間は真剣に経済のこと株のことでも考える

アベノミックスがいいのか悪かったのか?
株とかに投資していると悪いとは言えない
素人的には円安になれば日本の製品が売れるし海外への投資も増える
為替差益が大きいのである。だから円安政策の方がいいのである。
一方で円高は外国から買うもの安くなり物価が下がる
すると金をもっていた方がいい、金の価値があがる
そしてまたデフレにもどる、投資は日本でも世界でもされない
円高は金が日本でも外国でも回らないのである。
経済政策でアベノミックスは批判されているが悪いと思えない
それは自分も株ではないにしろ外国とか日本でも為替とかに投資した結果なのである。
それにかかわらなければ円高が良かった。
なぜなら貯金していた方が金の価値が変わらないからである。
でもそれは金が回らないということで経済的には良くない

民主党はなぜ失敗したのか?
福祉に重点を置けば底辺層にはいいようでも全体の経済が悪化すれば福祉にも回らないのである。全体の経済のレベルを上げた方が経済的にはいいのである。
共産主義はみんなが貧乏になる社会なのである。
全体の経済のレベルが上がらなければ福祉にすら金は回らないのである。
経済的に見れば自民党の政策がアベノミックスは悪いとはならない
ただそれは自分が株ではないにしろ日本でも外国でも投資した結果考え方が変わったのである。株をしている人としない人は考え方が違うものになることがわかった

いづれにしろ自分は今回は棄権したかったがしかたないから小選挙区では自民にいれるのか?未だに迷っている、なぜ福島県で自民から二人もでているのか?
何か調べてもいないので事情もわからない、だから今回は親が相馬の出身の田中なおきがいいかのか?
でも田中なおきは田中真紀子の夫とするとき自民党だと思っていた。
民進党になっているのもわからなかった。
個人名でも比例区は票が入れられる、民進党も嫌だとなると入れる党も人もいない
田中なおきは76才というのも抵抗がある。そんな年で議員をやれるのか?
何か実行したことがあるのかも良くわからない

正直誰に入れていいのかわからないから本当は棄権したいとなる
今の政治は個人より党で政策が決められて個人は関係ないという人もいるからだ。
ただ政策的に自民党であり地元からすると田中なおきで民進党になってしまう。
でも地元としても新潟の方が深く関係しているみたいだ。
ともかく自民党に入れて民進党にも入れる人がいるしそうなると党派の選挙なのに変だとなる。そもそも今の政党は何か民主党が失敗してから健全な野党がないことが致命的なことなのだ。
だからこんなおかしなことになる、政党再編して真の二大政党がなければ民主主義もない選挙の当日でも自分は本当はわからないから棄権したいのである。
おそらく比例区で田中なおきと書けば民進党に入れたことにはなる
それもまた矛盾なのである。

原発事故の地元としては「新党改革」がとりあげている、地元出身者だからこれがいいのか?
ただマイナーな政党だから国政全体を左右はしない、でも比例は少数政党でも必要なのかどうしても自民党と民進党には抵抗を感じる
それで無難なのが新党改革になるのか?比例だとやはり前も二人とか当選はしている
全国で票を集めるからである。ただこれは死に票になるのか?
福島県の選挙区は自民が二人でているのは選ぶ人も困る、自民は不利である。
ともかく今日選挙なのに自分は決められないのである。

岩城 光英(いわき みつひで)

所属会派
自由民主党

財政金融委員会

 昭和24年福島県いわき市生まれ。県立磐城高校、上智大学法学部卒○いわき市議2期、県議2期、いわき市長2期○公務、自転車活用推進議連事務局長、日本サイクリング協会理事、福島県自転車競技連盟会長、

 自転車活用推進議連事務局長、日本サイクリング協会理事、福島県自転車競技連盟会長、

 これは好感がもてた。自転車が好きだし自転車道路をもっと整備して欲しいとかあるからだ。
 この人はでも今回は自民から二人出ているのだから一人しか当選しないとなると
 落選するのではないかと予想されている、自民党の票は分かれるからだ。
 ただ政策というか自転車に関係していた人だったというので好感はもてた。
 しかし以前として投票するかどうか迷っているしわからないのが今回である
タグ:参議院選挙
posted by 老鶯 at 09:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

選挙はもともと地元の利益優先だった 小選挙区制は民意を反映しにくい面もある


選挙はもともと地元の利益優先だった


小選挙区制は民意を反映しにくい面もある


選挙はもともと地元の利益優先だった。。地元に貢献する人をなんであれ選ぶ
中央で批判される人でも田中首相でも新幹線をもってくる、公共事業をもってくる
それで地方に仕事を与える、それが中央からみて批判されても地方にすればいいのである
防衛とか国策の問題もあるけど生活を考えると地方を考えてくれる人がいいとなる
つまり地方に実利をもたらす政治家がいいとなる
ただそれが悪く働いたのが原発だった。原発は実利をもたらすから地元では歓迎していたのである。
ほとんどこの辺では反対する人はいない、原発で働く人が意外に多かった
人間はともかく何であれ利によって動くものであるからどうにもならない
漁業者もそれで東電に漁業権を売り渡していたのである。
それで原発事故の前も後も津波があって港が壊滅しても船主は補償金をもらいつづけることができる。
津波の被害が甚大だったけど原発事故と重なってまた東電や政府からの補償金で潤いつづけているという矛盾がある。
そうでなければ補償を受けられないとしたら相当に苦しい立場になったろう。

田中首相はいろいろ批判されるけど新潟県の出身だった。そこでその娘の田中真紀子の地盤となった。
今回の原発事故で南相馬市では新潟に避難した人が多かったのである。
そこで新潟の人は良くしてくれたとみんな言っている。
新潟の人は情が篤いということがあったようである。
すると新潟出身の田中真紀子の婿の田中なおきは南相馬市とつながりあるのかともなる
もともと親が磯部の人でその実家は今回の津波で流されたとか言う人もいた。
なんかこんな地元志向で票を入れた

ただ複雑なのは田中真紀子は田中首相の娘でその婿も自民党だとばかり思っていたのである。なんかこの辺が民主党だ民進党だとなりわかりにくくなった。
田中なおきはてっきり自民党だと思っていた。
今回の選挙はねじれていて自民党にも入れるし民進党にも入れた人にも入れた人が多い

自分は福島県は民主党が多く民主党の渡部 恒三が原発を推進した張本人だったということに失望した。
民主党は経済政策でも失敗したのである。
だから民主党から民進党になったということがさらにわかりにくくしている。
本当は棄権したかったが田中なおきはやはり地元志向で入れたのであり民進党には入れたくなかった。76才というのも抵抗があった。
何かそもそも小選挙区は政党本位になり民意を反映しないものになったとも言われる
今回のねじれ現象でもそうである。与党に入れて野党に入れるなどありえないがそうしている人が結構多いみたいなのだ。
選ぶ方でどうしていいかわからないからそうなったのである。

自民党は防衛とかアベノミックスでは自分には株と関係しているから良かった。
経済政策は円安と株を上がるのがいいからだ。
まあ、どっちにしろ一票はさほど左右しないしもう決まっているのだろう。
新党改革が原発に反対ということで入れようとしたがマイナーなので大勢に影響しないから地元志向で入れたのである。

いづれにしろ今回の選挙が関心が薄いし投票率も伸びていないみたいだ
政党の再編が必要であり選ぶ方でわかりやすくして欲しいのである。
タグ:参議院選挙
posted by 老鶯 at 18:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

デモクラシーとは何であったのか? (デモスとは地域のことであり地域に根をもつ者の意味だった)



デモクラシーとは何であったのか?


(デモスとは地域のことであり地域に根をもつ者の意味だった)


参議院選挙で政党名を書くのと個人名を書くのはずいぶん違うと思った。
小選挙区制は政党名で決まる、比例区は特にそうである。
それで比例区で個人名を書いたのは政党名を書くのとは感覚的に相当に違うと思った
田中なおきというとき福島県の相馬市が親が出たところであり新潟県は田中真紀子が出たところであり田中首相の娘である。
そしてこの辺では原発事故で新潟の人に世話になったとみんな言っている。
新潟の人は親切だったとみんな言っている。
だから田中なおきと書いたとき、何か政党というよりそうした個人的なものその土地のつながりで入れたとなる。

民主主義のデモクラシーの語源は

 デモス(demos)というのは、長い歴史を持つ言葉です。それはもともと古代ギリシャのポリス(都市国家)に住む「部族」くらいの意味もっていました。紀元前六世紀末のクレイステネスの改革を通じて、血縁団体から地縁団体へと再編され、その結果「地域住民」を意味するように変化を遂げました。例えば、ギリシャ都市国家の中の代表的なポリスであるアテネでは、ポリスを十の地域にわけてそれぞれをデモスと称としたのですが、それがやがて「一般民衆」という意味を表すものへと変化したのです

 地域の利益に基づいていたのがデモクラシーの語源だった。
その地域に生活している人はやはりその地域で生きるのだから密着しているから当然そうなる
それは血縁よりも強い絆が生まれた。日本人の姓をたどると必ずその姓の村があり村の地域共同体が姓を作り出したのであり血縁ではなかったのである。
民主主義はデモスとデモスが地域と地域が争うのを投票で決着したとなる
そうでないと戦争になったし歴史では地域と地域と市同士が争って殺し合ってきたからである。

日本でもそうだが江戸時代は地域地域の封建制であり土地に根ざしてデモスに分かれていたのである。そのデモスを治めるために参勤交代が工夫された。
中央の幕府に帰属させたのである。
それでも地方の力はデモスは関が原の戦いの怨念などをひきづっていたのである。
薩摩藩も幕府に過酷な尾張の治水工事にたずわされた、毛利藩は長州は今の山口県の狭いところにおしこめられた。

長州は 減封で実収が10分の1になり 
あまりの財政難に当主・毛利輝元が藩の返上を訴えましたが 懲罰の意味もあるので却下され 藩財政と立て直すのに 相当の苦労をしてます

特に宝暦の治水工事(濃尾平野の河川工事・尾張藩だが御三家だったので天下普請として薩摩に命令した)では 
わざと何回も工事を やり直させたり、スパイにできた堤防を壊させ やり直させたりと ヒドイ妨害工作をしています
武士にあるまじき卑怯な手段に 幕府の役人が恥じて切腹(約二名)したほど 工事にあたった薩摩藩士を苛め抜きました

こういうことが幕府の恨みともなっていた。幕臣は薩摩長州のことを明治以降も今でもその子孫は恨んでいる。そういう生々しいものはいろいろなり理屈よりわかりやすいのである。だから最近明治維新を見直すことが堂々となされるようになったのである。
あんな若造らは志士とかいうけど狂気の沙汰だったとか堂々と言うようになったのであるそれもある程度は認められつつあるのも歴史である。あまりにも明治維新が美化されてきたからである。

要するにこれもデモス(地域)に生活していたものが恨みをもつということデモス(地域)同士が争うということは常にあったのである。
南相馬市でも補償金でもめたように利害で人は争うのである。
だから民主主義をたどればデモスの利害の調節からデモクラシーが生まれとなる。
ところがこのデモス(地域)が衰退したとき、コミニュティが衰退したとき会社中心になったとき人は会社に帰属するようになる
人は地域には所属していない、大手ゼネコンとか電気会社とかトヨタとか様々な会社に人は所属している、地域は農業とか漁業とか林業が主体だったけどそれも一割にも満たない生産力しかなくなった。
デモクラシーが発祥したのは地域のデモスとの利害調節をすることだった。
それが今は会社になりまた会社と対決しているようでも電事労連がやはり原発でも電気組合員を組織していて会社に所属しているから原発は賛成なのである。

デモスというときグローバルになればやはりデモスとデモスが国と国が争う、利害で衝突する。その利害調節ができないと戦争になるのである。
デモスが地域連合というものが衰退したとき、会社とか宗教団体とかが人々の所属するものとなり力をふるうようになったのである。
この世の中は何らかの団体に所属していないと生きにくい、それで必ず底辺層などは創価とか共産とかエホバだとか団体に所属している、会員となれば仲間だとなる、でも一方でそううい団体は会員でないものは何であれ排斥する傾向が強いのである。
会員にならないと罰あたるとか創価では呪うこともしていた。
他でも組織団体かすると会員にならないものは排斥する排他的なものとなる

明治以降はヨーロッパに追いつくために強力な中央集権体制を築いた。
そして太平洋戦争までそれは継続したものとしてあり敗戦で終わったのである。
デモクラシーというとき大衆主義であり何か根ざすアイディンティティがない、大衆とは何かと言えば群衆であり根のないものとして東京のようになる。
そして中央から地域はただ経済的効率が悪いから東京からは地方交付税を払わせられるだけだとか不満を言うのである。
地域とは狭隘なものでありそうした田舎者は相手にしにくい、それも言えることは確かである。田舎の人間は偏狭であり相手にできないともなる
それも言えるがそういうことではない、地方は故郷とかは会社とか何か分業で成り立つものではない、自然を含めた全体のことをトータルに生を追求している場なのである。

そういうアイディンティの場があってこそ人間の心はそこに養われ文化が華開くのである
それがドイツの文化にあった。ドイツは森の民でありゲルマンの強固な世界を作り出してきたのである。
中央集権化することは地域をデモスをかえりみなくなる、文化とはデモスから地域から起きてくる、一方で東京などはあれだけの人口があってもそこは文化の不毛地帯なのである情報でもマスメデア中心で中央中心になるのである。交通の発達によりますます一極集中になる。経済効率からみればその方がいいとなる。
でもそこでは文化は失われる、
デモスから会社になったときそこに社会を大きく歪めるものがあった。
会社は日本の大企業は多国籍企業となるし外国で安い労働力を求め後進国に進出するときもデモスは地域はないがしろにされるということもある。
多国籍企業は公害を作り出したりするしその土地の代々つづいたコミニュティ文化も破壊するのである。
現実この辺で起きたことは原発事故でそうした代々つづいた歴史と文化と自然が破壊されたことなのである。民主主義のデモスが地域に根ざしたものが破壊されたのである。
もう住めなくなったのだからデモスもなにもない、デモクラシーもななったということである。
posted by 老鶯 at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2016年07月11日

南相馬市の歌 (相馬野馬追い迫る)


南相馬市の歌


(相馬野馬追い迫る)

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太平洋から太陽が昇り飯館村の山の方に沈む
飯館村は月なのである。

月と太陽の旗印の一つの現代的意味になる

飯館村は山中郷であり野馬追いに出ていたからである。

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南相馬市の歌

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昇る朝日に広々と
太平洋の開けたり
勇ましく船はい出けり
松風鳴りて車輪梅咲きぬ


阿武隈の山脈つらね
陽は輝き没りて
月のあわれ傾きぬ
山よりの水は流れて


真野川の奥の深しも
新田川の瀬音や
水清くひびきつつ
田をうるおし実りかな

国見山望みて高く
小高、原町、鹿島
一望に見晴らして
南相馬市に栄あれ

たゆまず日々の勤め
代々継ぎし大地に
岩のごと誠の力
ここに養わむ

花は清楚に山中に
影深き森にしあれ
隠されし家のあり
ここに心静まりぬ

夏の日や雲雀が原に
昔郷士の旗印翻る
馬一心に駆けりつつ
戦国時代の絵巻かな

真夏の空に入道雲や
馳せ参ず各地の郷士
相馬藩の名だたる武者や
一同にここに奮い立つ

祭りにたぎる心意気
神社の神輿若者かつぎ
本陣目指し上るかな
その掛け声のひびきけり

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南相馬市というとき原町の国見山に上ると丁度視界に入る領域なのである。
まさに国見山なのである。浪江とか小高になると視界からはずれる
だから地理的一体感がある領域だとなる
野馬追いにしても相馬藩にしてももともと小高に最初に城があったから
小高を基点として相馬藩があった。
野馬追いで雲雀が原に終結するのは小高神社であり中の郷であり北郷であり相馬の宇多郷である
北郷は小高より北のことであり小高を基点にして北になった。
会津では会津の城があるところが基点であり喜多方(北方)となった
浪江は別な領域としてあったがあとで相馬藩に組み入れられた。
飯館村は鎌倉時代から岩松氏の領域としてあったから相馬藩に組み入れられた。
飯館村が南相馬市と合併しなかったのは地理的要因が大きかった。
歴史的には相馬藩の領域にあった。

南相馬市では新田川と真野川がある、新田川は短い川であり浅瀬である。
青葉城の唄の瀬音ゆかしきの瀬音がする川である。
真野川は長いから深い所があるからあまり瀬音はしないのである。
だから川というのも個性があると思った。
高瀬川は急流であり景勝の地であった。浪江には二つの川が流れていて川の町だった。

山としては高い山がないのでものたりない、でも山に森がありそこが深い影をなしているそういう場所に安らぐ、飯館村はまた別個の高原の村としてある、やはり森につつまれた村である。地域でもさらに地域に分かれ地形的に個性がある。
だから意外と地形的には平凡なのだが変化がある、特に海があるから山国とは違っている請戸でも烏崎でも松川浦でも港があることは漁港があることは山国とは相当に違う
松川浦からは貨物船とかが出ているから貿易にもなる

要するに相馬藩内でもその地形は複雑でありあきない、ましてや福島県内になると福島県は大きいからその地形は本当に多様である。自転車で旅をしてそれを書いた。
日本の地形は複雑であり狭いのだがあきないのである。
ヨーロッパとか中国でもアメリカでもどこまでも平坦な地がつづき大きな川が流れていて単調なのに比べると日本の地形はともかく山あり川あり海ありで複雑なのである。
だから旅してあきないのである。

松風鳴りぬ・・・この松原は消えた、右田の松原は消えた・・・それが残念

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2016年07月12日

選挙は民意を反映ししていない (50パーセントでは民意はわからない)


選挙は民意を反映ししていない


(50パーセントでは民意はわからない)


票を入れるとき個人名を書くのと政党名を書くのはかなり違う。
個人名を書くとき個人に対する思い入れが強くなる
人を選んでいるのでありその人にたくすということがある。
だからその人のことを良くしらないとできない
でも政党名だとか誰でもいいのかとなる、個人は人物は関係ないのかとなる

選挙は投票所にそれぞれが行くがそれが結構手間であり行かない人も多い
投票する側にすると一票は何か重く感じる
でも投票される側にすると百万分の一の重みしかないのもぞのギャップが大きすぎるのである。
投票する側は一票でも自分の思い入れが託すことがあっても立候補した人にとっては百万分の一にしかすぎないのである。

だからそもそも民主主義は成り立たない、限界に来ている。
ギリシャから発した民主主義、デモクラシーというけどその都市というのが一万くらいの規模であり直接投票だったのである。
だから一票の重みは今とはまるで違っていたのである。

民主主義とか選挙でも最善のものではない、これは時代的にもあわなくなっているのかもしれない、現実はみんな組織票で決まっているのだろう。
宗教団体の票であったり農協の票であったり労働組合とかそうした組織票が体制を決める第一50パーセントしか投票率がないということは民主主義がもう機能していないともなる民意は反映していないとなる

民意といっても何が民意なのかもわからないだろう。
創価とかの宗教団体が民意なのか?民意といっても何が民意なのかわからない
50パーセンが投票しないということはすでに民意は反映されていないで組織票によって体制は投票する前から決まってるとなる。
民主主義は民意を反映するのに機能しなくなっている、それが50パーセントしか投票しないということがそれを示しているのである。
だから棄権した方がいいという意見は何かもっと投票したいという制度でも工夫でも必要だとなる
要するに現代では様々な人の要求を満たすことはできない、それに政治家も答えることができない、政治家自体もただ自分の欲をみたせばいいとなる

第一百万の票をもらったからといってその百万人もの人を満足させることなどできない
だから政治家は選挙のときお願いしますと頭を下げてあとは知らないともなる
いくら投票する側が一票の重みを感じても投票される側は百万分の一なのだから感じないのである。
市町村の選挙だと少ないから直接選挙にもなる、400票くらいになると誰が市町村で自分に投票しているかもわかるだろう。その顔さえ浮かんでくるだろう。
そういう選挙と県知事選挙とか国政選挙は規模が大きすぎるから民主主義が成り立たない、機能しなくなっているのだ。自分が投票した人についても今回ほとんどわからなかったいつも政治に注目しているわけではないし何をしている人なのかもわからないからであるそのために創価のような宗教団体が幅をきかしている、その組織票に自民が頼っているというのももう民意は反映していない

創価が民意なのか?または労働組合が民意なのか、国民の中の何か大きな組織団体が民意なのか?その中に入らないものは民意として反映しない
数がこれだけ多くなればともかく個人が一票に書いたとしてもそんなものは百万分の一なのである。
とにかく数が集まらない限り民意としては反映されない
だから創価などのまとまった票に頼ることになる、それが民意だとなってしまうのである創価などは選挙の何年も前から選挙の準備をしている、創価は日々の選挙のための活動なのである。たから選挙には強いのである。選挙に勝つことが仏法の勝利なのだから信仰なのだから当然だとなる。

民主主義は数なのだからともかく票を集めない限りなんら国政には影響しないのである。だから投票する側でも無力を感じて棄権するようになる、要するに一票など入れても入れなくても同じだという感覚になる
大衆民主主義はともかく数を集めない限り何の力も発揮することができないのである。
民主主義で選挙でもナチスが生まれたというのもわかる
なぜなら数が力であり権力になるからである。それがどんな凶悪なものでも数を集めれば政権がとれるのである。
民主主義はそうして容易に独裁政権すら生み席巻されて甚大な被害をもたらしたのである
なんでも投票で決めていたら数で決めていたら数が正義となってしまう、赤信号みんなで渡れば怖くないとなりナチスのようなファシズムとなり大衆が暴走することになる
みんな数に恐れをなす、創価が750万か凄いな、怖いなとなる。
その数の前に恐れ逆らえないなとなる、それが独裁に向かい戦争にも向かう
安倍首相はすでにそれを実行しようとしている
現代の民主主義はかえって独裁になりやすいのである。愚民化してパンとサーカスになりやすい、テレビはサーカスを提供している、あとはパンだ、経済のことだとなる

すでに自民党一党独裁化していてもう政権交代はない、何でもやり放題となる
健全な野党もなくなりもうやり放題になる。
そして後で戦争のように泣きを見るのは国民なのである。
民主主義はもう機能しない、選挙をしても50パーセントが投票しないのだから機能していなのである。
本当はせめて60ハーセントととか投票率が越えないなら選挙は無効とかの法律があればいい、50パーセントは民意ではない、創価とか他の組織団体の主張が通るのであり民意ではないのである。一票入れれば成仏するまでとなっていれば投票する動機になる。
そんなことありうるのか?それがカルト宗教団体なのである。
幸福実現党も創価とにたようなことを言っている。
政教分離には反対しているのである。
一党独裁に向かっているとき戦前の体制に近づき戦争へ進む準備ができたとなる


様々な職業に組織に団体に地域に分化した現代で民意とは何なのか?
民意というとき国民全体なのだけどその国民というのはあまりにも多様なのである。
ただ数が多いから民意だとなるが50パーセントしか反映していなとしたら数で民意を計ることはできない、創価などが必ず投票するからそっちの方が組織団体の票が民意になる。投票する権利はあるのに投票しないやつが悪いんだともなる
あなたたちが民意を反映させたいなら投票しろ、しないから結果を受け入れろともなる
投票できる権利があるのにしない、それが自由な民主主義なのだともなる
タグ:選挙
posted by 老鶯 at 09:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

夏の月(震災後変化がつづく南相馬市)



夏の月(震災後変化がつづく南相馬市)

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豆トラに陽差しの強く藪甘草

十輪ほど鉄路の熱く藪甘草

家建てる働く人や暑さかな

夏燕高くも飛ぶや夕べかな

 a summer swallow 
 flying on the height
 in the evening

草深く茂りの厚く夏の星

新築の家建てつづく夏の月

密生す葉群に光る夏の月

新築の家百軒や夏の月

旅行かむ北斗仰ぐ北海道


この辺は震災以後変化の連続だった。こんなに変わるなど想像できなかった。
家はまだ建てつづけられている。新築の家も売り出されている。
前はそんな建て売りの家などほとんどみかけなかった。
土地も70坪で7百万で売り出していたけど買う人がいなかった。
それが新築の家でこの辺では五つくらい新しい住宅地がうまれた。
活気あるといえばある、今は夏だからその新住宅街に夏の月が輝く

そして新しいスーパーができるのも大きな変化である。
スーパー一つではたりなかった。自分も毎日買い物しているからだ
鹿島にはたりないものがかなりある、でも新しいスーパーができるのは大きな変化であり歓迎する、やはり街にはそれなりのものがないと暮らしにくいのである。
毎日シシドスーパーのできるのを見ていた、品物はすでに並べている。
だからまもなくはじまると思う、鹿島は人口は減らないしわずかでも増えているだろう
外部から入ってきているからだ。新築の家でも磯部の人が来たとかきている

今日は避難解除になり小高まで電車が通った。
これも大きな変化である。
ただ小高にはなにもないし行ってもしょうがないとなる
なんか廃墟の街という感じがするのである。
小高でもそうだが避難区域になったところは何かそうした不利な面を逆手にとるということもありうる、マイナスをプラスにする方法である。
それがなかなか見いだせない、人間は確かに自然があることも不可欠なのだけど街に活気があることも不可欠なのである。
買い物は通販でしいるから便利である。だから特別仙台とか東京にも行く必要もない、それでもう半年もまた仙台にも行っていない
毎日近くを回っているだけなのである。

昨日は晴れて夜の空に夏の星がかがやいていた、北斗七星が真上にはっきりと見えた。
夏に真上に見えだ、北斗七星は冬の星かと思ったが真上に見えた。
夏はいつも北海道に行っていたから北海道を北を目指す
北斗市というのもできたから北にふさわしいのが北斗七星だが夏に真上に見えた。

この暑い中でも働いている人がいる、家を建てている人がいる、それを見ると家を建ててくれる人の苦労を見るとありがたいとなる
でも何か今は家でもほとんど建て売りであり組み立てるだけであり本当に将来的には機械がすくようになるのだろう。
するとそこで働く人が見えないから何かありがたいとかならくなるかもしれない
人間が汗を流し苦労しているのを見ているとありがたいとなるが機械だと機械に感謝したりしないのである。
家事は今ではほとんど機械でてきる、すると主婦業はなくなり女性は外で働くようになった。家事に感謝するというのはなくなるのである。

今日は雲一つなく晴れあがっていて暑い、でもからっとはしている
夏燕が高い空に飛んでいるのを二階から見る
それが夏らしくて気持ちがいい、二階は夏には涼しいということはある
ただ自分の家は北側に窓が風通しが悪いし隣の屋根がトタンなので暑いのである。
クーラーの部屋もあるがクーラーは体に良くない、いつもいる場所が暑いので困る
タグ:夏の月

2016年07月13日

抽象画(山-mountains) コンピュターが芸術を創作して鑑賞できるのか?


抽象画(山-mountains)


コンピュターが芸術を創作して鑑賞できるのか?

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密集する山々

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中国の山々(1)

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中国の山々(2)



NHKのクローズアップ現代で人工知能が芸術を作ることを放送していた。
レンブラントの絵の特徴を覚えさせて精巧なレンブラント風の肖像がを作り出したり小説まで作ったし音楽でもコンピューターが作ったものに感動していた
それほどコンピューターは人間の知能に近づいている
だから将来は芸術もコンピューターが作り出すという

抽象画はコンピューターとなじみやすい、紋様などを作り出すのか得意なのである。
パターン化するのがコンピューターは得意である。
自分は抽象画を作るときコンピューターのソフトが作ってる感じになる
ただ不思議なのは川の連作を相当作ったけどどうしてコンピューターは抽象画を川と見るかである。
いくらでも抽象画をコンピュターが作ってもコンピュターは抽象画を認識できるのか?
つまり絵画でも鑑賞できるのか?
つまり芸術は創作する方と鑑賞する方がいる
コンピュターが鑑賞できるなら評価できるなら人間と同じだとなる
芸術はそもそも鑑賞自体がむずかしい、


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somebody watches you


この絵は抽象画である。でもこれにコンピュターはタイトルをつけられるのか?
自分は「誰かがあなたを見ている」とか名付ける
明らかにこれは目だからである。でもコンピュターはどういうタイトルをつけるのか?
自分の作った抽象画をどう見ているのかとなる

それは今回出した山の抽象画でもそうである。山と認識できるのか?
山とか川とかを認識するのは抽象画でも常に具象画をイメージするのが人間である。
そういうふうに人間の認識にコンピュターは近づきできるのか?
いづれにしろすでにコンピュターとの合作化しているのは確かである。
小説すらコンピュターが作ったというとき膨大な情報がインフットされているからできる人間の情報ははコンピュターから比べると一万分の一とかなり少ないからである。

ただ俳句にしてもコンピュターは五七五と並べて創作できるのか?鑑賞できるのか?
コンピュターが膨大な情報から五七五なら数列のようにして組み合わせでできるはずである。それも膨大なものになる。
ただ季語を選べば膨大な俳句を選ぶことができるから創作する方では参考になる
そういうことはできてもコンピュターが創作して鑑賞できるのか?
それが疑問なのである。

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2016年07月14日

老人の存在感 (九五才の戦争を経験した人がいつもいる)


老人の存在感


(九五才の戦争を経験した人がいつもいる)


いつもの木蔭の道を行くと車椅子に座っている老人がいる。
その人は大内の人で九五才である。
耳が聞こえにくいがまだ頭はしっかりしている
ただ立つことができないのである。
「立つことは大変なんだよ、体の重量が全部かかるから
私は毎日筋肉が弱らないようにここを車椅子で運動しているんだ」
確かに立つということはなんでもないようで体が弱ってくればできなくなる
筋肉が弱ることは歩けなくなったり立てなくなったりする
すると骨折したりして寝たきりになったりするはもう筋肉が弱り動けなくなる
そうなると世話する人も大変になる

自分の母親は一〇〇才で死んだけど最後まで立つことができたた。
ポータブルトイレで用をたすことができた。
それでオムツもしないから楽だった、オムツは本人も相当に嫌なものであり答えるのである。
だから小便を管でとるようになったとき病院で泣いていやがっていたのである。
オムツになったりすると人間の尊厳が著しくそこなわれるのである。
だから筋肉が弱るとまず歩けないということはトイレに行くにも補助するとなるとその世話する人はつききりになり大変になる。
オムツになると本人も世話する人も大変になる、筋肉が弱るということは致命傷になる
人間は立つということは方の動物を見ればわかるが体重が腰や脚にかかるるので楽ではない、動物は四つんばいだから体重がかからない、人間が立つということは特別なことだった。他の動物は立っていないからである。
立つということは上を見上げることであり星でも見上げることになる
動物は見ていると絶えず地面を探り顔を下に向いている。動物の関心は餌を見つけることなのである。人間は立つことによって精神的存在になった。
だから立てなくなることはまた歩けなくなることは人間の尊厳が著しくそこなわれるのである。

その老人は日立製作所で飛行機の整備をしていた。ゼロ線などの整備をしていた。
それで自分は技術者だったと自慢している。
そして今の人は戦争がないから楽だと常に言っている
それは戦争を経験した人はそう言う
つまり戦争という経験は経験した人しかわからないのである。
だからその言葉には重みがある。
それをいろいろ今は伝えるものがあるけどその人が今も九五才で生きていて言うことに重みがある。
なぜならすでにもう戦争を経験した人は九〇才以上でありまもなく戦争を経験した人はいなくなる
まだ戦争を経験した人がいるということは直接語るということは重みがある。

その老人は大内の人で津波で家が流された、それで着るものがないというとき礼服がないということらしい、みんな流されたからそうなる
仮設に入っている人でも津波の被害にあった人もいるし小高のように補償金をもらった人も多い、そういう人たちの間でも不満があり対立する
ともかく良く今でも墓に大きく軍隊の位を上等兵とかなんとか記されている
その当時はその位が大きな意味をもっていた。その位が社会にとって大きな意味をもっていて自慢できるものだった。今になるとそうした軍隊の位など注目しないのである。
なぜ墓にそうした軍隊の位が記したのかというとそれが国民として重要なものとして認められていたからである。それで敬意を払いとなり軍隊の位を墓に大きく記したのである。
人間は老人になると自分のしてきたことを語る、でも語るにしても自分がこうこう生きてきたと正直に語れる人はやはり自分の人生を自分なりに精一杯生きた人だとなる

小高の工事現場で働いた人もいろいろ語る、あの人は特別話好きだから聞いていて面白いとなる
第一工事現場でそうした下の人が上の人に工事について提案する人はまれだろう。
ここは粘土で水がしみてくるから砂をまけばいいとか上司に提案して採用されたとかその人は上の人に何かと言い提案しているのである。
その人はだから工事現場で下で働いていてもそのことを語るのである。
つまりただ上の人の命令のままに働いていたというのでもない
下で働いていてもそういう積極性があった。何か働くにしてもそういう積極性がないと人間はロボットのようになってしまうだろう。
つまり仕事には何であれ常に創意工夫が必要なのである、それはあるゆる分野でそうなのである。工事現場で下で働く人もそうだったとなる
もしそういうものがないと働くことに積極的になれないだろう。

ともかく老人は今まで生きたことを語ることに存在感がある。それは何であれそうである戦争の是非はともかく戦争を経験したということ自体が今や大きな存在感をもつことになる、戦争に比べれば今の人は楽だと見えるのである。
戦争は生きるか死ぬかだからそうなってしまう。
そして人間は誰でもプライドをもっている、それは認知症になってもそうなのである。
認知症とはなにか?実際これは病気なのか何なのかわからないのである。
明らかに病気としてあるがでは人間でなくなったのか?痴呆となって人間ではないのかとなるとこれも実際介護してわからないことだった。
つまり認知症になっても今までしたことに人生を生きて来たことにプライドをもっているだから数字のことなど金のことなどわからなくなってもプライドは消えないのである。
それで馬鹿にすると敏感に反応して怒るのである。
姉も従軍看護婦として四年間シンガポールで戦争を体験したから死ぬ直前まで戦争のことを話していた。それだけ戦争というのは特別のことであり忘れられない経験だったのである。

今の世の中老人は早く死ねとかそんなことばかりである。それは経済的負担が若い者にかかるからそうなる。介護でもその負担が大きいからそうなる。
実際介護となると十年もしたからこれも無益だとなと思った、人生が奪われると思った。自分の場合は特別良くしてもらったから納得してやったが他の人は五〇代で仕事に一番油がのっているときにその時間が奪われるのは大損失であり社会的にもそうである。
ただすべてがそうかというとそうでもてい、以前として老人の存在感は社会にある。
俺はこうこう生きて来たんだよということを聞くことは次代のものにも参考になるのである。そういうことも歴史としての連続性を維持することになる
人間は一代だけで生きるものではないからである。だから農家などでは代々土地を受け継ぐからそこに他の人より故郷に愛着をもつのである。
会社とかはそんなに持続しないから愛着をもてないともなるがやはりそこで働いていたもは愛着をもち、病気になった人がもう一度工場の現場に行き仲間と働きたいというのもわかる。何であれそこで人生を費やしたのだからそうなるのが人間なのである。

だからともかくなんであれ自分の生きたことに誇りをもつ、誇りをもつように生きることが大事だとなる、それは別に地位が高いとか技術があるとか何かそういうことではない、自分が生きたことを正直に語ることができることなのである。
ただ戦争で人を殺した人はそのことを語れないということがある。
そういう人がいて何かそこに戦争の大きな問題がある。
どんな戦争でも人を殺すということは誰でも罪悪感が残る。それは勝ち負けでなくそこに戦争の大きな問題がある。

老人の話を聞きぬ木蔭かな
タグ:戦争

家電量販店とインターネットの買い物の相違 (アマゾンのレビューは消費者(有権者)の声が反映されている)



家電量販店とインターネットの買い物の相違


(アマゾンのレビューは消費者(有権者)の声が反映されている)


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何かインターネットで向いているのは小物類である。パソコンの周辺機器とか五〇〇〇円以下の小物類がお得である。
IHヒーターを買ったが接続部分のコンセントが熱で焼けて使いなくなった。
何かそれは作りがおかしかったのか?危険でもあった。
IHヒーターでも熱がでるから危険になる
それは家電量販店で買った
今度買ったのは音声で案内したりと使いやすい、それを買ったのはカスタマレビュ-で評価が良かったからである。
たいがいカスタマレビューは評価に間違いがないみたいだ
なぜなら実際に買って使った人が評価しているからだ。

ところが家電量販店ではそろえてる品物もす少ない、どれがいいと聞いてもあなたが選びなさいとなる。そうなると買う方にすると不親切だとなる
使っている人に聞くのが一番いいのである。
実際に使っている人の言うことはまちがいないしまた別にコマーシャルのように金をもらって宣伝しているわけでもない、たいがい薬とか他のものを売るときテレビでは宣伝だから信用できないのである。
金もらって宣伝しているからである。

今家電などは特に通信とかitとかパソコン関係は何か買うのがめんどうになった。
第一家電量販店にそんなに品物をそろえられない、ところがパソコンなどはその種類もメーカーも多くなった、つまり店に並べているのはほんのわずかしかない
だからそこから選ぶと自分のあったものを選べないのである。
そこにも今の問題がある。それは家電だけではない、自転車だって種類が多いから何を買っていいかわからないのである。
それである自転車屋では自分が買いに行って実際に乗ってみてすすめている。
そうして一台は買った。ただこれも電動自転車のいいものだから選ぶ種類が少ないからできた。ロードなどは数が外国製も入ってきて多いから選ぶのが大変なのである。
八万で買ったロードは使いなかった。結局試乗できないから選ぶことにも失敗する

家伝量販店でレンジを三万で買ったときも失敗だった。
それは何でもできるものだと思ってしまった。料理までできると思った。
しかし実際は何もできないものだった。普通のを買っても同じだった。
それを買うとき家伝量販店の人は何も言わない、だから何でもできると思い買ったのである。要するに売る方にしたら高い方がいいとかで説明もしないのである。
そもそも家伝量販店で売る方にしても全部に通じるとは思えない、それほど種類か多くなったからである。
家伝量販店だと売りたいものもうけが多いものを売るとかあり消費者が買いたいものをすすめる訳ではない。そして品数が少ないからすでに選ぶのは限られているのである。


一方通販は品数が多く好みのものを選べる、レビューを見ればたいだいまちがいなくいいものが買える
ただアフターケアーとかないことや見た目とは違っていた、大きさが違っていたとかある衣服とか靴とかバッグとかは大きさがわからないので失敗する。
だから額が大きくなると通販は怖い面がある。つかいないとなると損になるからだ。
設置もできないことなどもあるから買うにしても不安はある。
でもだいたい通信関係をのぞいて家電はわかる、yi-fiとかwin10では簡単にできるようになっていた。
それもASUSとかの外国のメーカー品のノートパソコンでできた。これは三万くらいでありそれでも今は相当にいいものである。それだけハソコンは安くなっている
ただこの辺の家電量販店では置いていないから通販は便利なのである。

家電量販店と消費者の関係を考えると家電量販店の方が力関係では上である。
何を買いたいかと言ってもそこに限られたものしか置いていないし家電量販店ですすめるものとか自分で好きなものを選びなさいとしかない、でも知らないものを使ったことがないものを買う時は困る
それより使った人のレビューを読む方が参考になるのだ。
つまり家電量販店と消費者の間には何か案内するものが必要なのである。
家電量販店の店員が売りたいものがあり消費者が買いたいものがあるとして両者はあわないのである。
その中間に実際使った消費者の声が必要になる、それが一番信用できるのだ。
ものの評価はかたよることがないしまちががない、実際に使ってみてこうだったというのは使用できる、今まではこういう買い方ができなかったからだ。
近くの料理店でIHヒーター買った、それが古い型であり何かいいものに見えなかった。
その人は年寄りだからそもそも通販のことは全くわからない、売っていることさえわからないのである。その差はものを買うにして情報にしても大きい
テレビで放送されることは知っていてもインターネットで放送されていることは全く知らないからである。そういう情報格差も年代的に生まれている

このことを考えるとこれは民主的なことだと思った
つまり消費者の声とはまさに選挙なら有権者の声なのである。
選挙というのは政党とかある組織とか団体とか権力あるものの声が大きく一方的になる。そしてマスコミが政党と有権者の間に入るものだがこれも一方的なものとなる
でも生の消費者の有権者の声が入ればそれが民主的なものとなる
ものとかになると評価はまちがいないのである。
ここでは多数決原理が成り立つ、それは人ではないから評価が多数で良ければまちががないのである。

インターネットではじかに有権者の声がでてくる、それは匿名でも2chであってもそうである。そういうことが今まではできなかった。
インターネットでできるようになった。マスコミは政党と消費者の間に入っていてもマスコミの見方を消費者におしつけている、それは家電量販店とにたものがある。
実際は有権者でも多様な声があり品物も無数にあるときそれを選べるようにするのが民主的だとなる
だからこのレビューを参考にすることはテレビのコマーシャルとかにだつされないことになる。
ただこれも一〇万とか高くなると買うのが怖くなる。それでもカメラなど安いから買った不良品などないし簡単に日本のものは壊れないからである。
ただ通販で便利なのは一万から五〇〇〇円以下のものである。
それなら買っても失敗してもいいとなるからである。

いづれにしろ家電量販店でも商売としてインターネットと競争を強いられるとき売り方を変えねばならない、まず品数がそろえられないのだから通販より不利である。
何かサービスをが加えるから売り方を変えねばならない
一つの方法は使い方のサービスを提供することである。使い方がわからないのが多くなっているからだ。
年寄りは簡単な家電でもつかいないということがある。
それで街の家電屋がそうしたサービスをするとかで生き残るを計る
そういうものが家電量販店にはないのである。
だから何か不親切なものを感じてしまう。
でもまた地元に実際に家電量販店でもないと困るということもある
なぜならみんな通販でそろえるというのも問題であり困るということもある。
地元に商店もなにもなくなってしまうのではないかという不安もある。
だからすべてが通販になることは不便なことがあっても考えものだともなるも

ただ買い物にしてもインターネットの役割があり民主的なものが生まれたと感じた。
民主主義というとき別に政治だけではない、通信環境とかいろいろな技術が生まれないと成熟しないのである。
今まではマスコミが一方的に力をもっていた。でも必ずマスコミのとりあげることにケチつけるのがインターネットである。
そんな貧乏物語を特別取り上げるなとかそんなのが本当なのとなる。
実際にどういう事情でそうなったのかもわからないからそれを一方的にかわいそうだなともならないのである。
ともかくニュースは特別なものでない限り注目しない
だから極端に貧乏だとか困っているとかなるのが注目されやすいのである。
それを意図的にマスコミではとりあげるのである。
そして矛盾は弱者の味方のようでもマスコミは社員は高収入でありまた共産党であれ創価であれ幹部は金持ちだということもある、それは中国ではそうなっている。
貧困ビジネスだなと指摘するのもわかるのである。

考えてみるとなぜ創価とか共産でもなんかカルト的な宗教団体とか未だに強い力をもっているのはなぜなのか?それはやはり以前としてマスコミなどが力をもっていてその実体が知らされないからだろう。
自分はそこで運動していたからわかるのである。でも若い人はインターネットをしているし批判も読むはずだが以前として力をもっている不思議なのである。
全体主義的なものは民主主義とは一般的になじまないはずなのだけど以前として力をもっている、ただ創価の場合は与党にいるために得して力をもっているのと50パーセントの投票率では民意を反映していないこともある
ともかくカトリックの支配が終わったのはグーテンベルグの印刷機の発明で聖書を直接民衆が読めることになったからである。そうした技術革新の結果だったのである。
その時聖書という情報を独占していた牧師が失業することにもなったのである。
インターネットでもまたそうした技術革新の結果として民主主義的なものが促進されることはありうる。
それとともにやはりマイナスなことも起きてくる。
インターネットでは無数の意見が生まれ批評が生まれ数が多すぎててとても読めないということがある。そうなると貴重な知識でも埋もれてしまうのである。
人間はテレビを見て新聞をみてインターネットを見て・・・見てとなるともうそんなに情報をとりいれることができない、情報をとりいれるには人間の頭脳は限度がある。
そこにインターネットの大きな問題がある。
だからといってマスコミのように今までのように情報を独占されるのも今は拒否されるべきである。

要するに情報というとき一人一人が情報をもっている、自分が80以上の老人のことを聞いて語ったのも情報である。それはテレビとか見てではない、対面的に接して情報を得たとなる。過去には情報は体面的に人伝いで伝わった、今は通信の発達でマスコミとかインターネットでも対面的ではない、第一対面的にると接する人は限られてくる、数人とかなってしまう。そこで何かを判断することはできない。対面的になと表情などもにも現れるからよみとれる、猫は表情で仕草で何かァ伝えるし納得もしている、言葉を介さなくても何か通じている。
その人の言っていることは普通に聞いていることとは違っていた。
対面的だと驚くべき情報を得るとういことがある。
沖縄では外から来た人より内部の近くの人がレイプしたりするから怖かったという。
戦時中には異常事態だから何か起きたかわからないのである。
自分も外部の人より内部の人が本当に怖いと思った。
だから家の中に入ってくる人は本当に怖いのである。
そこで必ず何か問題が起きてくる、外部から確かに来る人も怖いのだが
戦国時代でも密偵としてとか内部に入って攪乱されるのが怖いのである。
こういうことは沖縄などでは外部からの被害ばかり言うから語られないのである。

民主主義というとき何か政治のことばかりにあるようになっているが日々の買い物とかの生活でも民主的なことがある。
マスコミはこれまで一方的にコマーシャルを出して消費者に買わせるという手法をとってきた。
テレビや新聞はそれで広告料をもらい成り立っていたのである。
でもレビューの評価になると何も金をもらっているわけでもないからその評価を信用できるのである。
ただこれもわざと評価をあげたり下げたりするものがいるとか問題になったその評価が直接売り上げに影響するからそうなったのである。
ただものの評価は多数がいいというものはいい、ただ薬などはわからない。ある人には効いてもあ人には効かないとかめんどうだからである。
でも食品とか物とか電器製品などの評価はまちがいない、実際に使った人の評価はまちがいないのが多いのである。

そしてパソコンでわからないことは対処方法はインターネットにでている、win10のイヤホンジャックからスピーカーにつないで音がでないというのはみんな書いている。
するとみんなが同じ問題に直面していることがわかり安心する。
そしてそのために中間につなぐものをアダプターをつけると音がでるともある
その製品もアマゾンですぐ買えるのである。
ここまで家電量販店では説明してくれないし品物を地方では売っていないのである。
大きなテレビとか冷蔵庫とかクーラーとかは家電量販店になるがパソコン関係などは今や通販でいなと売っていないのである。