原発事故に風土の影響
(風と地形の影響が大きかったーチェルノブエリとの比較)
放射線量の推移
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今回の原発事故は意外だったのは地形とか風とかの影響が大きかったのである。
そしてその時吹いた風の影響も大きかったのである。
この辺では浜通りでは3月11日頃になると東風が海から吹く、ただその頃は北風も吹いているし交互に吹いてくる
だからこの時期に原発事故が起きたことは時期的に不運だった
この天候の影響は戦争でも信長でも雨がふって桶狭間の戦いで勝ったとかあり勝敗を決する、人間の歴史は「天の時、地の利、人の和」この影響をまねがれない
どんなに科学が発達してもそうである。
この時東風が吹いたということが天の時が作用して悪い方に働いた。
もしもっと寒い時期だったら北風であり放射性物質は海に流れた。
すると山の方の飯館村とか福島市にそんなに影響がなかったかもしれない
山の方では浪江の赤生木とかは風の影響でその時雪がふったりして放射性物質がたまってしまった。
放射性物質を運んだ雲のようなブルームが山にあたり蓄積したのである。
それから東風は山の谷間に吸い込まれるようにして放射性物質を運んだのである。
それで飯館村は放射線量が高くなった。
そして意外だったのは福島市までも大きな影響を受けた、なぜなら事故後の放射線量を見ればわかるが一カ月くらい放射線量は低くならなかったのである。
それだけ連続的に放射性物質が流れ堆積したのである。
そして謎なのは郡山市とか白河市がそれなりに高くなっていたことである。
白河市と南相馬市の放射線量は同じである。郡山市はさらに高い
だからなぜ30キロ圏内で区切り補償金が支払われたかわからないし不満がある
別に30キロ圏内が一様に高くならなかった。
それを証明しているのが浪江の請戸(うけど)なのである。原発の煙突が見えるのに0.5
以下なのである。
そんなに低いのかとこれは驚くだろう。東風が吹いたとしても海側は半分以上が海に放射性物質は流れ低くなった。
チェルノブエリと比較するとおそらく30キロ圏内で線引きしたのだがフクシマの場合は地形が違ってるからあてはまらなかった。
チェルノブエリでは海がないから広範囲に回りに拡散したのである。ヨーロッパまで影響した。そして30キロから離れても80キロでも影響した。放射線量の高いホットスポットができたのである。
不思議なのは風の影響で一関まで放射性物質が流れたのである。一時女川の原発で高い放射線量が観察されたのはフクシマの原発の放射性物質だったのである。
それも風の影響だったのである。だから風もその時の条件でどう吹くかわからない、つまり天候とかの影響は予測不可能なのである。津波でもそうである。
それが作用するから未来は不確定なのである。
最大の勝因は「火攻め」という手段を選択し、赤壁から烏林への追い風となる東風が吹く日をじっと待ったということです。ここで諸葛亮が赤壁にある南屏山で、東南の風が吹くよう祈ったという話が三国志の中に出てきます
つくづく風の影響が大きいのである。風は実際はどう吹くか予測できないのである。
今回の原発事故では南相馬市でも山側は放射線が高かった、でも海側は低いのである。
それは極端でもあった。福島市とかは放射性物質がたまりやすい場所にあった。
つまり東風で福島市まで運ばれてその時北風も吹く時期だから今度は北風が吹いて郡山市や白河市に放射性物質が運ばれたのである。
まずなんでも風土の影響を受ける、歴史も文化も風土によって作られるというとき納得する、何か重大なことも天候とか地理に左右されるのである。
チェルノブエリとの相違はその地理にあり風土にもあった。チェルノブエリでは海藻とかからヨウソをとっていないので甲状腺ガンになりやすかったとかある。
元々日本ほど海藻類を食事に取り入れている国はなく、ヨウ素の摂取量だけをみると日本はヨウ素過剰の国と考えられています。前にヨウ素欠乏のために甲状腺ホルモンの欠乏が起こると病気になるということを書きましたが、チェルノブイリ周辺の旧ロシア地区は比較的ヨウ素の摂取が少なく、軽度ではありますがヨウ素欠乏があり、そのために事故で排出されたI-131が甲状腺に多く入ったために後遺症も多かったと推測しています。
チェルノブエリでは牛乳も飲んで内部被爆した。ヨウ素も日本とチェルノブエリでは影響が違っていた。それも風土の影響だったのである。
それにしても飯館村とか福島市は一カ月くらい放射線量がグラフで見るとわかるように高かったからヨウ素が一週間くらいしか影響しないとしても影響があった。
その時は高かったからである。
自分も何かわからず爆発したときも外に出ていたから被爆した。でも南相馬市とかは一日とか高かったがあとは低かった。海に流れたからである。
でも飯館村とかはなかなか避難しなかったことで村長が批判されている。
その時何が起きたか浪江でもわからなかったし適切な支持をそもそも国でも東電でも放射線のことを知っていても出さなかったのである。
事故を起きないとしているから事故を起きた場合の対策をしていなかった。
第一スピーディで放射性物質が流れるのをわかっていたのにそれもしなかった。
要するに国も東電も何もしなかったのである。そし浪江の人は最も放射線量が高い津島に避難したのである。これも馬鹿げたことだった。
つまり安全神話で事故は起きないのだという前提にしているから何の対策もとれなかったのである。
今になるといろいろな原発の不備が指摘されている、今の安倍首相が予備電源を確保しろという共産党の質問にもしなかった。
原発は自民党の責任が大きかった、なぜなら民主党は自民党の政策を継承していたからである。すぐには変えられないからである。
民主党の政権の時に起きたから民主党が責任を全部かぶったようになり自民党には好都合だったとなる。
「蒸気凝縮系機能という冷却システム」が備わっていたようなのであるが、それが、福島第1原発の2〜6号機では、約10億円かけて撤去されていたのである。(第10回原子力安全委員会資料 H15・2 申請者 勝俣恒久東電社長
安全が第一の原発でなぜこういうことが行われていたのか?やはりコストの関係なのか?
これも不可解でありなぜ業務上過失で東電の社長とか会長とかが逮捕されないのも解せないのである。これほどの重大事故なのに誰も責任をとらないのである。
もちろん地元を利益を得たのだか責任があったとかもなるが肝心のトップが責任をとっていないのである。
東電の幹部は外国の東電関係の会社で以前としてやめないでとどまっているというのも解せいなのである。舛添東京都知事の問題よりこっちの方が重大なのだけど問われないのが解せないのである。
でもこれもなぜ国で許可したのかという問題がある
許認可権は国にあるから国の責任も問われている
原発は国と東電が一体となってすすめられた事業である。
なぜ安全を守らねばならない国が東電のこの申し出を許可句したのか?
国の責任も大きかったとなる
つまり国の責任が当時の自民党の責任が問われるから東電の責任も問いないともなる
国が許可したことではないかと東電からは言われる,責任は国にあるとも言われるからである。
確かに最終的責任は国にあるとなる
東電より国の責任が原発では大きいとなるからだ。
そもそもこれはどういう経緯で国で許可したのか?官僚が勝手に決めたのか?、誰が許可する権限があったのかとまでなる
その責任の所在は一体どこにあるのだろうともなる
要するに権力をもつものが許認可権がありその権力を行使できる者はそれだけ責任が生じるのである。
舛添知事があれほど責任を問われるのはそうした権力を有する者だからである。
権力は常に監視していないと勝手にされて今回の事故のようなものがまた起きる
では一体誰が権力を監視するのか監視する力をもつのかというのが問題になる
それでマスコミとかも問われたのが今回の原発事故だったのである。
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