2016年06月05日

茨城県の太子町へイワヒバを買いに行く人のことなど


茨城県の太子町へイワヒバを買いに行く人のことなど


特にいわひばをよく見られる・育成が盛んなのが【栃木県】だと思います。
そして栃木に隣する群馬や埼玉でも多くの人がいわひばを育てています


近くの知人がイワヒバを買いに茨城県の太子町まで車で行った、朝五時に常磐高速道で行った。
その人は前にも書いたけど大きな岩を組んだ庭がある、あれだけの岩を用いた庭はなかなかない、それも若いとき三〇代くらいで作っているのである。
庭師は頼まず知っている人に協力してもらい作ったという
それは何か登山もできる山のような庭になっているのだ。

その人は津波が来る前はイワヒバが相当にあったがなくなった。あの庭にとイワヒバがにあうのである。
だからイワヒバを買いにわざわざ太子町で行く、イワヒバは野生のものだと断崖とか危険な場所にあるのでとるのも危険でありそれで値段が高くなる。
何か十万くらいもっていて買ってくるという。自分も欲しいので頼んだ

茨城県は山はあまりないけど栃木県とか群馬、埼玉にはある。とするとそこに太子町は隣接しているから集めて売っているのだろう。
宮城県以南にしか自生しない、福島県ではとれないものなのか?会津などは山が多いけどどうなのか?

イワヒバの特性はほとんど水をやらなくても肥料をやらなくても生きている力強さである水は最低限必要であるが肥料をやりすぎると死ぬというから高山植物ともにているのか?
イワヒバは岩に根付き岩から栄養をとっているとさえ見える
岩に何も栄養がないというが岩は土となる、土はもともと岩だとすると岩には栄養分がある、ミネラルもあり岩の多い所からとれる水はミネラルなどの栄養分が多い
それでヨーロッパの水にはミネラルが豊富である。

植物はやはり南系が多い、サカキなども宮城県が南限だとあり宮城県までが南方系なのだろう。シャリンバイ(車輪梅)この辺では南相馬市の海老浜が南限の地としてあった。
種類はマルハシャリンバイであり丸い葉が特徴である。
北方系だと北海道に自生している花である。尾瀬の至仏山頂に咲いていた檜扇菖蒲などが北海道の平地に咲いている、ハクサンチドリも宗谷岬を回ったとき雨にぬれて咲いていたのは意外だった。
相当自分は野生でも花を見てきた。その後介護で旅行しなくなってフラワーアレンジメントをするようになった。

最果ての宗谷岬へ雨しととハクサンチドリのここに見ゆかな

旅行の時はなかなか花をというものを見ても短い時間だから心に残らない、記憶されないのである。旅のときは何でもそうである。短い時間だから記憶に残りにくいのである。
それで最近気づいたことは活けた花はいつも見える食事するような場所に置くことであるそうするとその花が親しく何日か見ているから心に反映してくる。
一日くらいでは花は心に写らないのである。家でも離れているとじかにいつも見ないから心に写らないということがある。
何でもそうだが何か心に残るという時時間が必要なのである。

旅にはその時間かない、特に車などだと通りすぎるだけになる。自転車だってゆっくり見れないということがある。
人間だって親しくなるのには時間が必要である。
だから人間はつくづく時間が貴重なのである。旅でも実際は気が散りよからぬことに目が向いたりせっかくの貴重な時間を肝心のものに目を向けず終わる人も多い
旅は遊びであり気楽だというが相当に回りの風物に集中しないと何も残らないのである。自分の母親は旅行などしたことがなかった。たまたま団体旅行したがその行った場所すら覚えていなかったのである。
旅でも意外と忘れることが多い、時間をかけないから忘れやすいのである。

あなたが何に時間を費やしたが人生なのである。それが人生の終わりにはっきりと否が応でも自覚させられるのである。
そして最後は記憶をたどる旅になるし人生も回想するだけだとなる
だから人間ほど時間を無駄にするものはいないのである。
旅だとその場に一回しかいないということがある。そしたら二度とそこにいないとしたらその時間が貴重なのである。人との出会いですらそうなる
最後はみんな別れてしまうだけだとなり二度と会わないとなる。

久慈川は幸(さけ)くあり待て潮船(しほぶね)に真楫繁貫(まかぢしじぬ)き吾(わ)は帰り来(こ)む

[丸子部佐壮(まるこべのすけを)

久慈川は鮎で有名である。万葉集時代から久慈川は知られていた。大きな長い川である。そこで天然の串焼きの鮎を買ってきてもらったが一匹五〇〇円だけど価値がある
養殖の鮎はスーパで時々売っているけどうまくない、鮎は自分は好きだった
子供のとき父親が鮎をとってきて食べた、その時の鮎は大きかったのである。
今は小さいしうまくなくなった。久慈川でもきれいなようで水質は悪くなっているから鮎の質も落ちているという。
熊野川だったか鮎を焼いて観光客に売っていたけどあれも養殖の鮎だった。
数が多いからそんなにとれはずがないと思ったからだ。
記憶しているのは新潟県の魚野川の流れる小出の食堂で食べた塩焼きの鮎だった。
それは生きのいいもので身がしまり本当にうまかったのである。
それ以来すでに十年は鮎を食べていないのである。天然の鮎はそれほど貴重になってしまったということである。

幸(さけ)くあり待て・・・・今は天然の鮎が食べられる・・・その幸(さけ、さち)を待ち望むともなる、落ち鮎のシーズンだと磐城の山の川でもとれて簗場があり臨時で鮎料理を出していた。会津辺りなら天然の鮎が食べられるだろう。
でも会津にすら介護で十年以上は行っていないのである。だから旅というのも実際はできる時間が限られているものだと思った。
これだけ旅した自分でもそう思うのだから他の人はましてそうなる。自由な旅はそれだけしにくいものであったのだ。
タグ:イワヒバ