2016年05月25日

共同的世界観の喪失が現代の暗黒を産み原発事故も起きた (弱肉強食の資本主義的価値観の変革が必要)



共同的世界観の喪失が現代の暗黒を産み原発事故も起きた


(弱肉強食の資本主義的価値観の変革が必要)


近代がというとき近代以前が何だったんだろうとなる。近代が何のかを知るには近代の前は何だったのだろう、時代的にどういう世界だったのだろうとなる
それは日本史でも現代史があるが現代を知るには江戸時代と対比するとわかりやすくなる江戸時代はすべていいとかではなくその時代時代の共同的世界観がありそれと対比して現代をみるのである。
それは外国でも同じである。ヨーロッパだったら中世が一千年とかありローマ帝国もあり共同的世界観の中に生きていた時代が長いのである。それはエジプト文明までさかのぼるそれが暗黒時代というのは歴史的見方としては一概には言えない
近代の19世紀でも20世紀でも見ればわかる
これは一体何なのだろうとなる、なぜこれほどの世界大戦があり大量の殺戮が全世界で行われたのかとなる、それこそ近代の200百年は世界史では最大の暗黒時代だったとなる
こんなに世界大戦があり死ぬ必要があったのかとなる
一体その原因は何だったのかとなる、それは日本だけではない世界的に起きたから世界的問題なのである。

抑圧された国民は現実から目をそらし自分を見失う、そうしたむっつりとした空虚な国民の顔は機能障害社会に共通した不安と恐れを示している
 国民の顔に承認を見つけられない故に全体主義指導者は拡大を試みる以外に生き残る道はないと確信する、つまり、政治哲学の正しさを証明するには,他の国や民族ですらこれに従っているのたと国民に示す他なくなっているのである
 (地球の掟ーアル、ゴア)

だからこの指摘は重要である。近代とは大きく見れば原始時代の先住民族の世界観からはじまった共同的世界観の破壊と喪失にあった。
なぜなら共同的世界観に生きていた時代はそこに社会全体には一つの規範があり調和していたのである。先住民族でもそういう自然と密接に密着した生活していたからその土地土地で生きて世界観をもっていたのである。それは実際は貴重な人類の遺産だったが近代になりないがしろにされ見捨てられた。
そういう土地土地に根ざした世界観に生きていた先住民族というときそれを現代的に見れば地方に生きる人々のことでもある


「人々はやまをこよなく愛してをりその土地のために戦う決意をしいる、そういう人がいなくなれば山の守り手は全くいなくなる、聖書の教えは自然を愛し自然を大切にする人間と結びついている時に公害から守られ、安全な道徳的な存在であり続けられる」

乱暴な石炭の露天掘りをやめさようとした人のアメリカでの話である。

このことは原発事故で現実化したものとしてこの辺では現れたのである。
ただ違っているのはすでに近代化したとき世界では工業化したのであり土地に根ざす農業は大事にされなくなった。
例えば近代化とかグローバル化とか貨幣経済の過度の拡大が人間にどう影響したかとなるとともかくあらゆるものが金になったというときそれとう日々実感している

自分の苦しみのときも金だけを求めてきたのである。一人は強盗とさほど変わりなかった現代はそれだけ格差社会であり金に困窮している人が多いのである。
だから借金している人も本当に多い、どれだけの人が借金しているのか?
身近でもこの人も借金かとなることはわかるだろう。なんでこんなにみんな借金しているのか?それだけ金に追われる生活だからである。
そして江戸時代とかその後でも金だけがすべてではないことがあったろう
今はみんなが金さえあればまずいいと考えている、例えば農民でもそうだろう
農民だったらまず買うというより作物を自ら作って満たそうとするだろう
最初にそう考えるが現代では金があればいい、まず買うことができるからとなる
品物はいくらでもスーバーにある、金さえあればどんなものでも手に入るとなる
なにやかにやと言っても金だよとなるのが現実である。
自分も毎日買い物に追われているのである。いかに買うものを選ぶかを知ることが日々の生活で大事になる
何かを作ることではない、ただ買うことになるから金が重要になるのである。

それでこの辺では原発避難民は補償金を多くもらったからもらわない人と対立するようになったのである。実際に避難民の方が金をもらったから威張っているというのも奇妙である。金があるやつが何であれ偉いとまでなってしまうのが現実なのである。
くだらない、教養もない、あくどい人間でも金さえあれば資本主義社会では偉いとなっているのだ。
いくら地位があってももしその地位が金につながらなければ何も評価されないのである。すべてが金によってしか評価されない時代である。
金によってあらゆることが操作される、金の前にすべての人は屈伏する時代である。
それで世界で資本主義で金をにぎっているものが世界を支配しているとなりユダヤ人陰謀論とかでてくる、イルミナティがどうだフリーメーソンがどうだとかいろいろ陰謀論がでてくるのである。
資本主義社会、グローバル化社会を生きることは金の支配から脱せられなければどうにもならないからである。いくら否定しても現実に金が絶大な効力を発する社会である。

その人は事業に失敗した、事業というのは商売の世界でもある、その人は技術者ではあったが商売には事業の経営者には向いていなかった。
自分が病気になっときチャンスとなりあらゆることでこの人も金を要求してきた。最初から金をふんだくればいいとしか考えていなかったのである。
入院するときも保証人が必要でありそれで恩をきせて対価を要求する
それはあらゆることでそうだったのである。頭には多額の借金を返すことしかない
そうした病気とかも関係ない、相手が病気にあれば弱みにつけこんで金を要求する、借金を要求するのには最適だったのである。同情もなにもないのである。
まず借金した人はそもそも人間としてのモラルが崩壊する、借金が原因の犯罪が一番多いように思うからである。追い詰められているから何をするかわからないということであるそういう恐怖を自分は家族の介護で経験したのである。

資本主義は共同的世界観を追及するというより世界が弱肉強食の世界になっている
金があるものが勝者でありそれがなんであれそうであり金のないものは敗者である。
金のないものは資本主義社会では相手にされないということである。
そういうことが日々はグローバルに行われているのがグローバル資本主義だとなる
それこそ暗黒時代ではないか?中世もそうにしろ現代もさらなる暗黒時代ではないかともなる、何か共同の世界観などというより金が最大の価値になったことである。

この辺では先住民族のように住んでいる土地をこよなく愛しているということはなかったというより地方といってもかつての先住民とはかけ離れたものとなっているからだ。
地方に住んでもやはりグローバル社会資本主義に金が最大の力がある社会に住んでいるのである。
だから限界集落のようにな僻地でも宅配便がありバソンコで一発でボタンを押せば品物が届くということがある、それは金さえあれば僻地でも食糧さえ調達できてしまうのかとなる
だから先住民とかはもういない、それは縄文人とかと同じであり絶滅したのである。
この辺ではだから東電の原発を歓迎したのである。双葉町の「原子力とともにある未来」という看板がそうだった。
漁業組合でも漁業権が大きな権利であり原発前も原発後も補償金で潤っているのである。漁業権を東電に売り渡して多額の補償金を得ていたのである。
海を私物化したともいえる、海は別に漁業者だけのものではないからである。

キリスト教の一神教がイスラム教でも森を破壊したということなどないのである。
宗教はみんな自然との調和を説いているからである。
共同の世界観というとき自然との調和と価値の共同性が必ずあるからである。
そういう精神的なものとしての価値の共同性が失われた。
グローバル資本主義社会では精神的なもの価値の共同性がない
あくことなく金のみ追及する社会である。
科学技術というのは資本主義社会では密接地結びついていている
その象徴が原発だった、原発は金のなる木だったからである。
その結果として故郷の自然も空気も水も土も森も放射能汚染されて住めなくなったのである。
ただ原子力のことはなかなか理解できないこともあった。何か放射能というのは見えないからその危険性に敏感になれなかったということが災いになった。
ただその前にすでに金が唯一の価値となり金で何でも買えるという資本主義社会の中に生きているからこそ起きた事故でもあった。

つまり世界中が資本主義的価値観から逃れないように生きているからである。
共同的世界観というとむずかしいとなるが一つの価値観を共有することである。
価値観を変えない限り現代の資本主義的弱肉強食の世界から逃れられないのである。
そういう自分も外国に投資しているから矛盾している
そういう矛盾は必ず起きてくる、ただ価値観の変革なしで原発自体を廃止できないし
いくら金がどうだこうだと言っても金から資本主義的価値観からは逃れることはできないのである。
わかりやすくいえば本当の価値観を追及する生活のことである。
いろいろな職業ももうただ金さえもうけることになっているから荒廃する
すべてがただ利権であり金に支配されるときまさに現代の方が暗黒であるともなる
オリピックでも結局高邁な理想とはかけ離れて利権だけである。
電通が放映権でもうけゼネコンが建設でもうけエンブレムも利権でもうけとかすべて利権であり資本主義社会に組み込まれた偽りのショーなのである。
金になるから利権があり誘致したことが明らかになった。それより東北の震災の被害にもっと継続して予算をとるべきだとなる。他にも福祉関係とかいくらでも金の使い道はあるただこの世は暗黒でありサタンの支配下にあるとき絶望的なことは確かである。
この世から暗黒は消えることがない、どんな社会でもそうだろう。
それは外部的な原因ではなく暗黒は内部的なものにあり人間の内部の欲にあるからだ。
それが消えないから外部の悪も消えない、暗黒も消えないのである。
共同的世界観とは先住民族から歴史をたどり古代中世江戸時代とかにもどり価値観を変えることなのである。 

エジプト文明や江戸時代の稲作文明は安定した世界観をもっていた 
(現代文明は安定した世界観をもっていないからファシズムになりやすい)

posted by 老鶯 at 20:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連