2016年05月14日

五年過ぎて蛙の合唱に復興を感じた (田も増えて蛙も増えたが・・・・)


  
  五年過ぎて蛙の合唱に復興を感じた
    
  
  (田も増えて蛙も増えたが・・・・)

     
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ここは増えている、増えていない荒地も目だつ所もある

一かたまり紫菖蒲ここに咲く五年すぎて田んぼの増えぬ

夜に鳴く蛙の声の盛んなり田んぼの増えてひびきけるかな

夜に鳴く蛙の声の盛んなり社の木立にひびきけるかな

夜に鳴く蛙の声の盛んなり田んぼに写る夏の月かな
  
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原発事故から五年過ぎて田んぼが増えた、去年も増えたが今年は相当に増えた、それでも半分くらみたいだ、2015年ではそうだった、去年はまだまだ少ない感じがした。
今年は見ただけで3倍も4倍も増えた感じがする。


Aの内藤一組合長(67)は「このまま農業をやらなければ農家は生産意欲を失い、南相馬の農地は荒れてしまう」と作付け拡大方針の支持を訴えたが、農家代表らは「まだコメを作れる状況ではない」と反発。賠償の継続を求める意見が多数を占めた。   

確かに田んぼが元のように全部回復していない、以前として荒地になっているのも目だつただ自分が一番感じたのは夜コンビニに行ったら蛙の合唱を五年ぶりにきいた。
その声は辺りにひびきわたっていた。去年まで自分の近くでこんなに蛙が鳴いているのを聞かなかった。何匹か鳴いているなという感じだったのである。
やはり田んぼが増えると水が流れるから蛙が増える、それも田んぼが多くななればそれだけ蛙も増える、蛙の繁殖力はオタマジャクシが増えてたちたち増える、でも田んぼがなければ増えないのである。

ともかくその蛙の鳴き声に感じたのはこれが復興なのかと直感的に思った。
復興というとき田んぼのことを書いてきたがこの辺で田んぼがないということが信じられない光景だった、ここだけではないだろう、田んぼがなくなったらそれは田舎なのかとなる、田んぼがあって田舎だと暮らしていたのである。
田んぼは水が命である。水が山からめぐりめぐって米を実らす、その水と切り離せないのが蛙だったのである。その蛙の合唱を五年間も聞いていなかったのである。
その蛙の鳴く声が「復興だ、復興だ」と聞こえたともなる        

復興とは何かというときやはり田舎だと田んぼがないと復興にならない、一方で田んぼがなくなり湿地帯とか草原化した風景についても写真とかで紹介した。
それも自然の変化であり不思議だった。草原には雲雀が鳴くのがにあっていた。
それはモンゴルの風景だった。でも日本の田舎は田んぼがなくてはありえないのである。それは日本人の心の風景にもなっていたことを書いてきた。
それもそのはずである、一千年とかこの辺でも稲作はつづいている
そうなると単なる人工のものではない、自然でありそれは信仰にまでなっていた

だから田んぼの中に社がありそこにも蛙の鳴く声がひびいて社も活きることに気づいた。こうした田んぼの風景と一体となっているのが田んぼだったのである。
蛙は田んぼにとっても欠かせない一つの自然を形成していたのである。
こういう感覚は都会人にはわからない、そこに住んでいてわかるのである。
もちろん実際に田んぼで水を張り田植えして稲刈りをする農民はまた違った感覚をもつ
それもなかなか地元に住んでいてわからないことがある
農家の人にとって飼料米にしかならないというとき残念だろう。

でも半分くらいしか回復しないというが自分の感覚では蛙の声を聞いた限りではそう思えなかった。蛙の力強い声がひびいたからである。これが復興なのかとその時即座に思ったのである。田舎の自然と営みの回復が田んぼが増えたことにあったのだ
だから小高でも避難区域でも田植えしている農民の顔は輝いていたのである。
その時人間も復興していたのである。それは漁師にも通じている
復興とは何かというとき考えてきたけどやはり田んぼがあって復興なんだと蛙の合唱で即座に感じた
他にも菖蒲が咲いているというときそれは水辺にあうから田んぼにあうからこれも日本の夏の風景となっていたのである。

田んぼの風景がなくなったときこれは何なのだととまどいつづけてきたのである。
もしモンゴルのようにな草原ならそれでいい、でも日本ではそんなふうにはなりえない、田んぼはい千年もつづいた営みでありそれは心の風景でもあり文化でもありそれがなくなればここが日本なのかとなってしまうのである。
それだけ田んぼの風景は日本の心にもなっていたのである。
ただパンを食べて米を食べなくなったのも事実である。減反でもそうである。
米は重要な食べ物ではなくなっいる、でも不思議なのは自分の矛盾は気づいたのは
パンを食べていても田んぼの風景がなくなってほしくないということである。田んぼの風景があるためにやはり日本人は米を食べなくならないとかなる
農民が飼料米として米作りするとなるとこれもやる気がなくなるだろう。 
風景論とか文化論からだけでは農業は守れないことも確かである、現実は風景を残してほしいとしても経済の法則で崩壊してゆく、そのために原発が誘致された事実もある

ただ復興というとき何が復興なのかわからないとも書いてきた。その一つの解答が蛙の合唱を身近に聞いたことが復興だと感じた
五年間も身近で聞いていなかったからである。その蛙の声が人間ではない蛙が復興の声だったという不思議である。蛙はそれだけ人間だけではない田んぼと一体化したものだったのである。
posted by 老鶯 at 10:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連