2016年05月01日

山桜短歌十首(栃窪から佐須から霊山へ)


山桜短歌十首(栃窪から佐須から霊山へ)



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佐須の峠

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栃窪に老いゆく人やシャガの花

飯館村石に芽吹きや峠越ゆ

花の影休みて去るや峠かな


山桜風に吹きゆれけたたまし朝鳥鳴きぬ声のひびけり

山深みたずね分け入りいづくより朝に風吹きなお花散りぬ

人住まぬ佐須を去りゆく枝垂桜帰りを待ちて庭に咲くかな

八重桜夕日のさして赤しかないつ帰らむや村人を待つ

磐を打つ流れひびきて朝清し高みに朝映え山桜咲く

山桜山間深くなお咲きぬその清しさや風に散りなむ

山桜高みになおも残り咲き散りゆくものや流れ清しも

霊山に雲の乱れて流るかな山桜映え南朝滅ぶ

山桜なおも散りしも霊山を落ちのぶ方は我が里なりき

吾妻峰に残れる雪や山桜霊山に映え岩の黒しも



栃窪村では田んぼをつくっていたが飼料米にするという、栃窪は水がいいので米がうまいと前は自分の家でも栃窪から米を買っていた。
飼料米になるのもわびしいともなる、老人か杖をついて歩いていた
その土地で生れて育ち死ぬのも幸せだとなる
だから原発避難者は不幸だとなる

山桜はまだ咲いていた。飯館村には人は住んでいない、一軒一軒に枝垂桜が咲いていた
八重桜も咲いていた、山桜はもともと日本の山だったらどこにでもけ咲いていた
しかし万葉集時代は山桜は注目されていない、外来の中国から入った梅の方が人気があったのだ、桜の宴ではなく梅の宴だった、だから人間はつくづく人間は身近にあるいいものを理解していないのである。
それは今もつづいている、外来のものばかりいいものとするのか特に日本の風潮なのである。

それで本居宣長が大和心と唐心を区別して大和心を見直したのである。
とにかく明治維新以来外来のものに席巻されて何が日本の心かもわからなくなった
そして言葉だけがとびかっているだけである。
民主主義となれば自己中心の利益主義権利しか主張しない
外来のものがいいとしてももともとあった日本の良さがほとんど喪失した
それより大和心が何なのかわかなくなったのである。

ただ自然というのは自然の美は変わらないからそこから日本を意識する
山桜はいたるところに咲いている、それもあまり注目していなかった。
桜というとき染井吉野が主流になったからである。
山桜は山に咲くからより清しさがある、天然の美があるが染井吉野は何か艶なものなのである。

霊山というとき南北朝の争いの場でありはかなく炎上して終わった
そこから落ち延びたのが南相馬市の鹿島の真野である。
そこにお浜下りの祭りが残されている、それは落ち延びた時の姿が祭となった
でもあんな恰好していたというのも不思議である。そもそも途中にそんなに家もない時代である。
ともかく歴史的なものがあるとその歴史とともに心象風景がつくられる
今回は曇っていた、それで雲が霊山の上を乱れ流れていた
それは何か落ち延びてゆく人をイメージするのである。

タグ:山桜

2016年05月02日

和歌山県をイメージする (古代からふりかえれば・・・)


和歌山県をイメージする


(古代からふりかえれば・・・)



4月1日時点の和歌山県推計人口は、95万8018人(男性45万408人、女性50万7610人)で、1 
 997年以降、20年連続の減少となった。1年間の減少数は9347人。 
 減少幅は拡大傾向で、調査開始の1967年以降最多となった。 


紀伊半島の由来ともなった紀伊国の大半に当たる(一部は三重県となっている)。江戸時代は初期には浅野家、のちに御三家の紀州徳川家の領地(紀州藩)であった。附家老として田辺に安藤家、新宮に水野家を置いた。古くから「木の国」と謳われたほど山林が多く(中山間地域の比率が7割超)、紀伊水道や熊野灘を挟んで変化に富んだ海岸線が続く。また、このような深山幽谷の地形から高野山開基による仏教寺院や熊野三山などの神社信仰が発達しており、その一方で中世から近代にかけては紀ノ川沿岸を中心に全国から見ても大規模な都市が形成されていた。


水戸、尾張より格上だよ将軍を7人も出してるし。 
 最後の将軍も一橋慶喜じゃなく、 
そのまま紀伊家の徳川家達にしてりゃ 
 もう少し江戸幕府も存続してたかも知れない。 
 和歌山は多くの優秀な人材を輩出してる。弘法大師空海が 
最後の修行の場を和歌山の高野と決めたのには理由がある。 



根来衆など問題地域 
 大阪の監視 
 昔は船運メインで大都市 
 将軍輩出 
 鉄道に変わり徳島共々衰退 
 道路に変わっても変わらず衰退 

 和歌山は行き止まりだからな 
和歌山の向こうには海しかない 

親戚が新宮という所に住んでるが和歌山まで車で五時間以上かかる 
険しい峠もあるし全く地元という感じがしないといってた 
三重の県庁所在地の津の方が近いから三重県にしてほしいともいってた 

確かに和歌山は、和歌山市以外平地という感じのところがほとんどないな。 


 房総も先っぽは過疎だし、 
 三浦も絶賛減少中。 
 伊豆も言うまでもなく。 
 人口密集地の隣にあろうと、 
 半島はどこも大変。 


熊野古道
端くい岩
竜神温泉
十津川温泉と龍神間を結ぶ酷道(国道425号?)
那智の滝

1585年(天正13年) - 羽柴秀吉の命を受けた羽柴秀長による和歌山城築城開始。古代からの名勝地「和歌浦」に対して、秀吉が「和歌山」と命名したことに由来する。
近世[編集]


俗に「根来」と称される朱漆塗器物の一群は、繁栄を極めた中世の紀州根来寺で
一山内の旺盛な需要を賄うために製作された朱漆器が主流をなすが、江戸時代に
入ってからも庶民の間では「根来もの」「根来出来」と称されて喧伝・珍重された。

 それは中世根来一山内の組織立った工房が優れた木地師集団や塗師を擁し、彼らが
積極的に機能的で洗練された美しい形姿と微動だにしない頑健な素地づくりに励み、
さらには堅牢な塗り肌を持つ良質な漆器に仕上げられたからに他ならない。



和歌山市加太

旧休暇村・加太研修センター

藻刈り舟 沖漕ぎ来らし 妹が島

 形見の浦に 鶴翔るみゆ

巻7−1199


紀伊の国の 雑賀の浦に 出で見れば

 海人の燈火 波に間ゆ見ゆ

巻7−1194

和歌山市和歌浦中

玉津島神社・塩竈神社

若の浦に 潮満ち来れば 潟をなみ

 葦辺をさして 鶴鳴き渡る

巻6−919


海南市下津町大崎

大崎集落手前

大崎の 神の小浜は 狭けども

 百舟人も 過ぐと言はなくに

巻6−1023

日高郡由良町白崎

白崎海岸

白崎は 幸くあり待て 大船に

 真楫しじ貫き またかへり見む

巻9−1668




和歌は若であり若の浦だった、和歌山県の由来は浦と山の県だということで地形と一致している。 
ある県からどれだけのものをイメージできるか?イメージできるものが多ければその県のことに興味をもつ、和歌山県のことは結構イメージできるからふりかえると興味をもった隣の三重県についてはほとんどイメージできない。
和歌山県というといと古代から歴史があり万葉集の歌の数も多い、和歌山県という名自体が若の浦の万葉集からでている。
和歌山県というとき今は辺鄙な場所であり過疎地が多くなっている。地形的に平地がほとんどなく山と海しかないからである。
古代にさかのぼるとかえってそこは海があり漁業があり特に木の国と言われたごとく木材の供給する地として知られていた。

島隠り 我が漕ぎ来れば 羨しかも 大和へ上る ま熊野の船  山部赤人

このま熊野の船は有名であり船をつくる産地として熊野があった。熊野信仰も全国に広がった。特に東北にも広がり熊野系の神社が多いのである。そして和歌山県に鈴木姓が多いというとき相馬でもそうでありそれは熊野信仰をたずさえて移住した人が多いからである熊野信仰は山岳宗教のメッカであり高野山もあり熊野詣でがあり海と山との典型的な日本の地形の国としてもみれる、太地町のように鯨業が盛んだったのも海に活路を見いだすことがつづいていた。
今は辺鄙な地域であるが古代から船をつくる木の豊富な地域であり交通の要所としてあった。それから信仰も盛んであり江戸時代でも和歌山城でも立派であり徳川御三家であり吉宗将軍を出している。
この船をつくるということは重要なものでありそのことが見失われている。
外国でもレバノン杉が有名だけど船材として利用されて喪失した、つまり船というのが重要な役目をになっていたのでそうなった。船はやはりその後も大航海時代でも一時代を開いたように重要なものだったからそうなった。

 大阪の監視 
 昔は船運メインで大都市 
 将軍輩出 
 鉄道に変わり徳島共々衰退 
 道路に変わっても変わらず衰退 

これは古代からもつづいていた地理的宿命であった。船運があり確かに船は徳島にも出ていた。自分は日本の船だとたいがい乗っている。それだけ暇だったともなる。船は時間がかかるからである。沖縄には東京から5日間か7日間だったとかかけて行った。あれは客船というより貨物船だったのだろう。あれには一番長く船に乗っていた。あんな経験はなかなかできない、今はなくなっている
普通の船だと船はそれだけ時間がかかっていたのである。船旅と電車の旅は十分にした。自転車の旅もしたがこれはまだものたりないとなる、今になると疲れて自転車の旅はできない、やはり若い内にハードな旅はしていた方がいい。
 鉄道に変わり道路も変わっても衰退したというのは船運なら陸の孤島でも良かったからである。むしろ船材が供給されるから有利だったとなる。
江戸時代でも北前船があり船が重要な役割を果たしていたのである。 

新蕎麦やむぐらの宿の根来椀 蕪村

山深いということで木地師がいた。それが寺と結びついていた。寺は当時は文化の担い手だった。これなども歴史として興味深い、和歌山県はこうしていろいろとイメージできる県単位でイメージできる県が少ない、何々県とあってもそこをイメージできればその県に興味をもつのである。
その県をイメージするにはまず地理と地形を具体的にイメージできるかどうかなのであるそれには旅しなければわからないということである。
その点自分は全国を旅しているからある程度はイメージできる。

和歌山県というとき山と海の国であり今になると産業的には不利であるが観光としては面白い国かもしれない、

和歌山城石段長く我が上る登城するなれ秋の朝かな

和歌山城の石段は長く感じた、やはり吉宗の城であり55万石であり大きな城である。
山と海の国にしても木材の供給地でありそれだけの経済的基盤があったからそうなった。江戸時代でも地方には木材などは森林資源は大きな財源になっていたのである。
それが全国的になくなったとき地方は衰退したのである。
地方から供給するものがなくなり工業社会になればそうなる、石炭なども供給されないし結局地方は原発を作りそれは地方で供給されるものではない、そして森林も汚染されるだけとなったのである。

タグ:和歌山県

カルマは必ず清算することを要求される (人間の奢りには必ず罰が与えられる)


カルマは必ず清算することを要求される


(人間の奢りには必ず罰が与えられる)


その人間にメグリなくしてもメグリ負うことあるぞ。人類のメグリは人類の誰かが負わねばならん。一家のメグリは一家の誰かが負わねばならん。果たさねばならん。善人が苦しむ一つの原因であるぞ。神の大きな恵みであり、試練であるぞ。(ひふみ神示)

一家のメグリは一家の誰かが負わねばならん。

このメグリを負うのは家だったら長男、長女になりやすい、まさに自分がそうだった。
実際に自分の家の血縁関係で家族で残っているのは自分一人になったからである。
最後に供養しなければないなのは自分だけなのである。

それぞれの家が何らかのカルマを背負っている、良い面と悪い面のカルマを背負っているそしてカルマは悪い面に現れるときカルマを意識する、現れないとき意識しないのであるなぜこんなひどいことになったのかとかこんなに苦しむのかとカルマを意識するのである
ここ十年の間に起きたことは自分の家のカルマであり自分自身のカルマであり地域のカルマであり国のカルマであり天変地異が津波などもあったからこれもカルマでありあらゆるカルマが自分を襲った。
原発事故も起こるべくして起こったカルマなのである。
事故もカルマであり起こるべくして起こる、偶然ではないのである。

不思議なのはなぜある人が理不尽な犯罪にあうのかということである。なぜその人だけに犯罪にしうのか?これも不思議である。
強盗にあいわずかなの金で殺されたりする人もいる、これはなぜなのか不可解としか外から見ればなる、でもなんらかそこには必然性があるのかもしれない、なぜその人だけがそんなひどい目にあうのか納得がいかないからである。

例えば強欲な人が強盗に襲われて殺された、そこに働いていた家政婦は助かった。
それは外から見るとあまり同情されないかもしれない、極端になるとい気味たと見る人もでてくる。
その人は金をためすぎてそのカルマとして強盗にあい殺されたのかとなる
こういうことはかなり確率的に起きやすい、金持ちの家は危険なのである。
金がないこともカルマであり金があることもカルマなのである。
そしていつカルマの清算を強いられるのである。

はっきりカルマが目に見えてわかるのは必ず親のカルマを受ける、いいにしろ悪いにしろ受けることは逃れられないのである。
それは長男と長女が受けやすいのである。
なぜあの人は今になって夫の借金とかで苦しんでいるのか?その親は夫が身体障害者でさんざん苦しんだ、そしてやはりまた夫でその子供が苦しんでいる
何か親の苦しみをカルマをその長男長女が引き継ぐ、それは自分もそうだったのである。

その苦しみを書いてきたけどさんざんな目にあったのはなぜだったのか?
やはり自分の家の親のカルマを清算するために苦しんだのである。
金がないにしろあるにしろカルマを受ける、親が強欲で金を子供に残してもそのことがカルマになり子供がそのカルマを清算することになる
それは強盗のような目にあったことがそうだった、それは悪い面のカルマだったのであるだから金があるこからとすべていい方面に働くとは限らないのである。
もちろんないはないで大きな問題をかかえる、ないということもいいわけではない。

熊本地震でもなぜ東日本大震災とが原発事故でガレキを熊本県が受け入れなかった、そして東北や北海道は地震地帯であり自分の所は地震が起きないからと企業を誘致する宣伝を県単位でしていたことが批判された。そのカルマとして地震が起きたのかともなる。
地震とか巨大な津波とかはもう人知を越えたものだからそこに神というのでもなくても大自然の地球を調整する働きであるという人もいる。
そして必ず何かカルマを受けるとき罰のようなものを受けるとき人間の奢りと関係している、熊本県もそうだった、地震が来ないと奢っていたのである

それは個々人にも言える、人間が奢るとき非常に危険なものとなる
原発は事故が起こらないとか、自分は優秀だとか何かそうした奢りが危険であり必ずそういう奢りは打ち砕かれる、親戚の人も誰もとれない資格をもっていて優秀だと奢っていたでも事業して失敗した。何か奢る人は他者を馬鹿にしているのである。
それは自分の家族でもそうだった、死ぬまで自分は優秀だったと言って死ぬのも異常である。
実家の祖父にあたる人も警察署長とかして事業に失敗した。これも奢りだった。
ただ逆に働くことしかなく貯めることしかしないうかな親もどうなったのか?
それも盗まれたというのはカルマだったのかもしれない、ただためるだけで有効に使わなかっただけだったからである。
だから金というのは何かカルマとしてはわかりやすいのである。
そうした親のカルマを自分は引き継ぎ苦しんで清算したのである。

いづれにしろ個人単位でも地域単位でも国レベルでも奢りは身を国も滅ぼすのである。
日本は神国だから戦争に負けないというのも奢りだったのである。
神は高いものを低くするというときそうである。
それは国レベルでも起きてくる、大国が強国が必ずしも強いとはならないのである。
そこには神の采配が働くのである。
アメリカとか中国は大国だけどなんかの調子で弱体化することがある

聖書でも常に奢りは戒められてきた。そして人間の奢りに罰が与えられてきた
それは歴史的にも国レベルでもそういうことがある。
いくら強固でも大国でも小国を勝手にできないということもベトナム戦争であった。
あのような小国をどうしてアメリカが勝てないのかということかあった
ゴリアテはダビデの投げた小石の一撃で死んだ
イラク戦争でもアメリカが勝ったわけでもなかった、かえってイスラム国を産みシリア難民を産み混乱と苦しみを与えただけだとなる、その原因はアメリカにあったともなる
イラク戦争がその原因になっていたからである。
つまりアメリカというのは世界的にも相当なカルマを国として背負っている
日本に原爆を落としたのもそうだしアメリカのカルマもいつか清算を強いられるかもしれない、ハルマゲドンも人間のカルマの清算として起こるとされているのである。
人間がどれだけの罪をカルマを積んでいるからそれ歴史的にふりかえれば目がくらむだろう。
その清算にはハルマゲドンのようなことで清算するほかないとまでなっているのである。

自分にも自分の家にもカルマがあったが自分に対して非情にしたものたちもカルマを逆に受ける、別に自分は恨まないにしてもカルマを作ったからカルマを相乗して受ける、かえってゆくことになる
それがカルマの法則なのである。その法則から誰も逃れられないのである。
カルマはある時一定期間は受けざるををえないし逃れることができない、その苦しみが清算されると逆にカルマは関係したものに返ってゆく
だから良いカルマを積めばいいのだが悪いカルマをそこで積むとカルマは何倍にもなり清算することが容易でなくなるのである。
恩を仇で返したりしたらそうなる、そのカルマは過酷になることは確かである。

2016年05月03日

水の流れ(abstract-flows of water)



水の流れ(abstract-flows of water)


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銅鐸

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銅鐸

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縄文の紋様

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原初の海

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色を変える流れ

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水の流れという連作がつづいているのはpaintshopの波wave)利用したからである。
これが一番抽象画になりやすいのである。

今回は銅鐸が偶然にできた、銅鐸は日本の古代の祭りに利用された。
流水紋というのがあり何か流れと関係していたのである。

The bronze bell-shaped vessel that a bronze bell-shaped vessel was made accidentally this time was used for an ancient festival of Japan.
A running water crest was related with some flow that there wa

この流れは千変万化あることがわかる、流れにはそれだけの個性があるという発見である流れは一様ではない、水はそもそも一番変化しやすい、信じられないほど水は変化しているのである。
水は意外と動的なものであり静謐さもあるが恐ろしいほど動的であり怖いということもある。

レオナルドダビンチが水に魅了されたのもわかる、水は恐ろしいものでもある。
それは津波でこの辺は大被害になり実感した。
海の水というのは実際は恐ろしいものなのである。 

月と流れでは何か静謐な流れとなる、それは音楽にすれば旋律的に穏やかなもの繊細なものとなる
一方で激しい流れがあり音楽も激しいものとなる、流れも音楽的に表現できるのである。
タグ:銅鐸

2016年05月04日

西と東の境目が伊吹山であり関が原である (信長が天下を制覇したのは地の利があったから)


西と東の境目が伊吹山であり関が原である


(信長が天下を制覇したのは地の利があったから)


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地域をイメージするとき古代から考えねばならない、それが今でも今の県の名前の元になっていることもある。
地形的に一致しているのは和歌山県である。若の浦という浦と山を基にしているからである。日本はもともと海彦、山彦の世界であり漁労採集狩猟で生活していた。
縄文時代の一万年が日本人の骨格を形成した。それは地形からそうなった。
その典型的なものが和歌山県だったのである。
この辺では新地の手の長い神が貝を食べていた、そこに貝塚ができた。
そこに神社が建てられ祭られた。
これは他にもあるが新地の地形を見ればそれは嘘ではない、貝塚もあるし地形は変わらないからその伝説を証明しているのである。
新地は海と山が接近しているのである。相馬地方でもあとは海はかなり山から離れているだからその場所にそういう伝説があるのは事実を基にしているのである。

吉備  黍(五穀の一つ)の産地であったことに由来

吉備が黍(キビ)だというときキビ団子の鬼退治にも由来している。日本では米を最初から食べていたわけではない、キビを食べていたし五穀を食べていた。十五夜のお月さんに備えるものは団子であり芋などである。米ではないのである。
だからそれは相当に古い祭りの伝承だとなる

そして和歌山県とうとき紀伊の国であり木の国だと言われるのもわかる。そこは熊野の山があり森が深いから木材が船材として供給されたのである。
そして奈良というときそれは均(なら)すから来た言葉だというとき奈良は盆地でありそこは広大な湖だった。たいがい盆地の中は湿地帯であり湖であったことが多い
福島市も会津もそうだったと言われる、奈良は均すであり湿地帯を田にして米をとって発展したところだとなる
そこで山辺の道のように巨大な古墳は山際にあり平地の中にはないのである。
山を中心にした生活が基本にあったためである。ヤマトもやはり山なのである。
ヤマトとは山の戸口である。そういう場所に人が集中して住んだとなる

文明が起こるときは定期的に安定して食糧が得られるとき起こる、エジブト文明では麦である。ビールまですでに作っていたことでもわかる。インカとかはトウモロコシである。日本では米を作りはじたとき縄文文明から稲作文明に移行したのである。だから均すが奈良になり都になった。

地形をみるとき日本では山が多く平地が少ない、その平地はたいだい湿地帯になっているその湿地帯が田んぼになって米を作ってきたのである。
麦は乾燥地帯に向いている、エジフトでも砂漠になっているように乾燥地帯なのである。日本は湿潤であり大量の水を利用する稲作に向いていたのである。
古代国名では米を稲をイメージするものはない、日本の古代は縄文文明の時代だった。
その継続として国名があったからである。

旧国名の由来

吉備は黍ではなく地形説をここではとっている、旧国名はほとんど地形に由来している
地名はたいだい最初は地勢とか地形である。
歴史でもまず地形を知らなければ基本的なことが理解できない

父の景行天皇の命により、ヤマトタケルは西に行き、クマソを討って帰還するが、更に東方平定を命じられる。東国からの旅の帰途、尾張の国でミヤズヒメを娶るが、その折に、叔母のヤマトヒメから貰った大切な剣をそこに置き、素手で伊吹山の神の討伐に向かった。山道で大きな白い猪に出会うが、それを神の化身とは思わず、侮って帰りに討ち取ろう、と言ったために神の怒りを買い、大氷雨に遭って悩まされる。

伊吹山がどういう位置にあるかが最大の問題なのである。そこは古来から西と東の境目である。
東(あづま)とは伊吹山を境として東側のことなのである。そこを境目にして言葉を違っていた。それが万葉集にも残されている。
東(あづま)の領域は広大だった、そこで壬申の乱も起きた。ここで天皇が二つに分かれて西と東の勢力が衝突したのである。それは関が原の戦いでもそうだった
つまりここは西と東を分ける古来からの境界線だった、だからこそヤマトタケルの伝説が伊吹山に残っている、つまり歴史は塵と深く結びついてる証拠なのである。

そして尾張という国を見ると尾張自体が開墾した土地のことでありここで米をとるために開墾して尾張は経済力をつけた。そこが天下をとった信長が生れた地域なのである。
信長が天下をとったのは必ずしもその人が優れたからだともならない、地の利があったからだともなる、とても一個人で成されるものではない、その背景には必ず地の利がある。だから地形を見ないと歴史がどう動くか動いたかはわからないのである。
これは世界史でもそうである。地理を知らなくして歴史もわからないのである。
信長は最初小国だったけどやはり地の利が作用して強国になったのである。

アフリカの中央部は峡谷が多く大帝国ができにくい、部族同士が争っているのは地理的要因もあったのか?エジフトに大帝国ができたのはやはり平坦な地が広がっていたからである。平坦な地は交通が盛んになるから大帝国ができやすい、それも地理の成せる業である世界史の理解が容易ではないのは地理がわからないからである。
地震とか津波でも地球の地質学とかも知り得ようがないからである。
人間の歴史の興亡も地理とともに起こり地理に制限されているのである。

タグ:伊吹山

2016年05月05日

この世の中誰が犯罪者かわからない (刑務所の囚人が低賃金で多国籍企業に使われる矛盾)


この世の中誰が犯罪者かわからない


(刑務所の囚人が低賃金で多国籍企業に使われる矛盾)



刑務所をビジネス化=民営化して儲ける連中の話が出てきます。
「刑務所産業」は儲かるのです。なぜなら、600万人もいる受刑者を
最低時給17セント(約時給17円)で働かせることができるからです。
そのために、数々の法律を多国籍企業は作って来ました。
スリーストライク法は、「スリーストライク アンド ユー アー アウト」
という信じられない法律です。犯罪を3度犯せば終身刑。微罪でもそうなります。
終身刑になった受刑者は時給17円の労働者として民営化された刑務所で搾取されるわけです。


多国籍企業にとっては囚人を奴隷のように仕えるから効率的だなとる
一般の人だといろいろ文句を言うが囚人だったら言えない
まさに奴隷のように使える、これほど企業にとっていいものはないとなる
こういう所に現代の多国籍企業支配の資本主義の矛盾があからさまに現れている
これなども囚人が犯罪者なのか多国籍企業が犯罪者なのかわからない

「俺たちは確かに犯罪を犯した、でもそれをいいことに多国籍企業は俺たちを奴隷のように使う、つまり弱みにつけこんでこき使うんだよ、どっちが犯罪者なんだよ」

現代の多国籍企業の支配というのはこの囚人のように一般人もされているのかもしれない安い時給で働かせられているのがそうである。
そうなると労働倫理が崩壊してゆく、一体何のために働いているんだ、多国籍企業の幹部や株主のために働いている、その利益は労働者には回ってこない
要するに刑務所の囚人と変わりないんだとかなる、それでしきりに今は労働することが馬鹿らしいとなる、利益が多国籍企業に回り株主に回り労働者には回ってこない
それはアメリカでも起こっているし全世界で起きていることである。
グローバル経済というシステムの中に組み入れられているからそれを否定しては生きていけないのである。
だからどうしたら得するのかとなるとグローバル経済のシステムの中でもうける方法を考えざるを得ない、それが株であったり他の投資であったりする
ただそれも一億円とかの元金がないと参加できないのである。

多国籍企業にるすると囚人がもっと増えればいいとまでなる、低賃金で規則的に働かせることができるからである。
その時医療関係でも無駄な薬でも与えてまたはたいして病気でなくても病人が増えればもうかるとか悪魔的計算になる
つまり利益のために人は人は悪魔に魂を売る、良心を売るとなる
社会はきれいごとではすまないとかなる、社会にでればみんなそういうジレンマに悩む

弁護士でもそうである。正義感だけでは通用しない、食べていけないから利益になる方につく。弱者より強者の味方になった方がいいとなる

弁護士は善人相手じゃ食っていけない 
悪人側につかないと儲からない 
人間のクズがやる仕事。 

坂本弁護士一家殺されてかわいそうって思ってたけど 
大人になるにつれて 
少年事件などの弁護士がいかに被害者を叩きのめしているか 
悪徳企業が得をするように割る知恵を伝授しているか 
 そしてこのように法律知識をふりかざして頭弱一般人から金を搾り取ってるか 
知って 
 なんか同情心消えたわ。 

これは極端にしても弁護士の危険なのは遺産相続とかう大きな金の争いに首をつっこむからそうなる
その分け前をもらうのが弁護士だともなる、後見人などでもわずかな金でしたくないとなり財産をある老人からとるということも起きる


「心に青雲」で野球賭博のことを言っていたがそんなに悪いことではないという。
普通だったらみんな批判するだろう。なぜ逮捕されたのかというとそういうふうに自由にる賭博されると役人が困る、役人の利益にならないからだという
実際に政府役人公認の賭博がありそれはいいとされている、つまリ胴元が役人だったらいい、暴力団関係ならだめだとなる
ところがハチンコ屋でも警察関係が天下りしているとか警察の利権になっているのである世の中権力をもっていれも得する仕組みになっている
警察すら巨大な暴力組織だから暴力団とにていないこともない、警察は時の権力者につくのが普通である。

結局この世の中誰が悪人か善人かなどわからない、まず自分は善人だと思っている人は善人ではない、自分は悪人だと思っている人は実際は善人である。
たいがい多くの人は善人だと思っているからである。
善人悪人というとき犯罪を犯すとか犯さないとかではない、本当の宗教家は自分は悪人だと言っているからである。そういう自覚を普通もていないからである。

だから囚人を弱者を利用して金儲けしている多国籍企業は相当な悪人だとなるが社会的には糾弾もされないのである。
犯罪人をどうしようが文句は言わせないとなる、これほど好都合なことはないとなる
だからこの世の中はみんなブラックである。
カルト宗教団体なども何ら宗教などと関係ない、あくことなく権力を求めている
なぜそうなるのか?結局得する利益になることをみんな求めているからである。
権力を得れば得する側になるからみんなそうしている
マスコミであろうが何でも権力側につくのである。
だから常に反権力の立場を維持しないとフラックなものにとりこまれるのである。
原発事故でも権力によって「安全神話」が作られた。
そこには政府であれ官僚であれ検察であれマスコミであれカルト宗教団体であれ権力化していたのである。

結局この世の中は矛盾である、キリストが十字架の上で同じ十字架の犯罪者を天国にあるだろうと言ったのも矛盾である。
キリストに味方したのは犯罪者だけだったということである。
それが何かこの世を象徴的に示していたのである。
この世で本当の犯罪者などわからないしそれは捕まえることもできない
それがこの世だということである。




タグ:刑務所
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認知症になる人とならない人の相違 (社会的であれ家族であれ働いている人はならない)


認知症になる人とならない人の相違


(社会的であれ家族であれ働いている人はならない)


武田邦彦氏の今日の解説は前もしていたが納得する、赤ワインがいいのではなく認知症
にならない人活発に活動しいるからならないという。赤ワインが原因ではないと言っている、ボリフェノールがいいとなると自分も飲んでいる。
でもなぜ認知症にな人とならない人の相違は何なのかということでてある。
それは先天的なものもありいちがいには言えない

そして人間の寿命がどうして決まるのか?これは必ずしも健康によって決まらないという
人間は家族であれ社会であれ無用化するとき早く死んでしまうという。
女性の場合は家族が大事であり家族で料理であれ孫の世話であれ家族の中で役割があれば長寿になり認知症にもならないという。
この考え方は前にも書いたが納得する

というのは自分には特殊な事情で二人の母親がいたような状態だった
一人は役所に勤めていたがやりたくないとやめてから何もしていない
趣味をしていたがそれは何ら才能があるわけではなく付き合いでしていたのである。
もともと看護師とか保健婦をしていたのだからそういう方面の仕事にあっていた。
でももう嫌だといって55才くらいで早期退職してからは何もしなかったのである。

結局何もしなくてもいい状態にされていたのである。
母は毎日料理を出したりしていたし家事もしていた、92才頃まで本当に元気だったのである。
一人は姉になるが実際はもう一人の母親のような存在だった
姉は料理もしなければ掃除もしない家事もしない何もしないのである。
そのことに注意をしていなかったが認知症になったときなぜなったのかとふりかえったら姉は何もしない、怠け者になりいつしか社会からも忘れられて家族でも用なきものとなっていたのである。
家族でも何か用なきものとなっていた。それが認知症になった原因なことはまちがいない
この人間が家族であれ社会であれ用なきものとなることがいかに怖いか?
生きながらその人は社会からも忘れ去られる、姉は活発な女性であり活動的な女性だったけど退職してから何もしなくなり社会からも忘れ去られていたのである。
家族でも用なきものとなり社会でも何も用のないものとなり忘れられてしまっていたのである。
母は内向きだから家事をしていた、料理を94才頃までしていたのである。
掃除も異常にこだわりしていた。他の趣味はなにもないから花にも興味もないとか異常だった、つまり趣味がないとなると認知症になりやすいとか言うがそうでもない
それより家族のなかでも役割がないことが脳も働かなくなるから認知症にもなりやすいのである。

それで嫁に「何もしなくていいですよ、テレビを見ていてください」と嫁に言われた姑はボケやすいと言われるのである。
料理でもしてみると用意するものがいろいろあり整理するのが大変である。
でも料理は相当に頭を働かすから認知症お予防になるのである。
女性は家族の中で役割をもちつづけることが大事である。
でも現代では今の年寄りは家族でも社会でも無用のものとされやすいのである。
退職したりするともう用なきものとなる、社会的役割も終わる
奇妙だけど金持ちの奥さんがいてその人が家政婦になんてもしてもらっていたら奥さんが認知症になる
誰でも金持ちの奥さんで家事でもしてもらう人がいいとみるがうらやましとなるがのそうでもない
何でもしてもらうことは老人になると頭も働かないからボケやすくなるのである。
だから奴隷のようにこき使われていた女性がかわいそうだがと普通はみるがかえって何もしない人がボケたとなれば
見方が変わってくる、認知症になることはとにかく悲惨だからである。
だから人間は何がいいのか幸せなのかわからないということである。

人間は健康だから長生きするのではなく何か用かあれば長生きする
芸術家だったら傑作をものにしようと死ぬまで絵筆をふるうとかあるだろう。
何かそうした社会的役割をもっているとき人は死なないというのは納得する
要するに家族内で役割がないときその人はすでに死んでいるとなる
生きていても死んでいるとなる、そして認知症になり大迷惑をかける
奇妙だが認知症になったときいろいろかまう人がいるから世話されることで生きているともなる、それも世話する方からすると大変な苦労を強いられることになる


この認知症になるということは善人とか悪人とか関係ないのである。
かえって悪人でも社会的に活躍していると認知症にならないと奇妙なことになる
政治家であれそういう人はいる、70近くになってよくアメリカの大統領候補になれると思う。あういう人は認知症にならないのである。
その人がどうのこうのは関係ないのである。
ある人は口が悪い医者だったが90才まで現役だったが一週間くらいで死んだ
ある人は最後まで自転車屋をしていたがこの人も急に病気になり一週間くらいで死んだのである。
仕事しながら死んだともなる、こういう死に方が理想なのである。
だから現代の社会は会社中心だとするとき退職することは社会から消えることであり社会から用なきものとされることになるから認知症になるものも増える
そうなると社会の負担は莫大なものとなってゆくのである。

現代はみんな会社人間になっているというときその会社から離れたらその存在価値もなくなる
そういう社会は認知症を増やす社会かもしれない、人間はともかく長生きの時代になったときそれに対処する社会的条件が調っていないのである。
老人が会社にいつまでもいるからかえって若者が伸びられないというのは本当である。
人間の能力は誰もわからない、本人すらわからない、やってみてやらせてみてわかるのである。
今は長寿社会になると親から財産を引き継ぐのは60代ともなる
するとそこで財産を引き継いでも活かすことができなくなるという問題もある
高齢化社会の問題はいろいろあるけど若い人が老人が上にいて活躍できないということもある
一方で老人から見ると社会的に無用化されて老人は無駄だとされることも大問題なのである。それは若者にも認知症とか増えたら大負担になるからである。
高齢化社会はこうしていろいろな矛盾をかかえてしいるのはやはり人類がまだ経験していないものだからである。
ただ認知症になる原因は家族でも社会でも役割を失うことなことはまちがいない
それは社会的死あり家族内死出あり生きていて死んだ状態にされているのである。

康と寿命(武田邦彦)
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2016年05月06日

abstract ( green field )


abstract (  green field ) 

hatooooo1.jpg
これの流を変化させると下の絵になる

yamahatoooo1.jpg

fresh buds
in the beginning of spring 
one turtledove in peace

flowwwwws123.jpg

surface of water

cr0ssroad3333.jpg
garden

cr0ssroad33334455.jpg
cycling road



抽象画の技術が活きた、具象画と抽象画があるが流れを表現するときは抽象画の方が
変化が無限にある、そして現実に見た流れの感じがこの抽象画と同じだったのである。
絵画は何か技術的な要素がある
技術を習得すると才能がなくても絵が描けることがありうる


まず流れをこれほど具象画では表現できない、具象画にとらわれると表現できないのである、つまり具象画はイメージが固定化するためである。
抽象画は自由度が高いから無限の表現が可能になっている


There were a representational painting and the abstract picture that it gave life to the technique of the abstract picture, but the feeling of the flow that an abstract picture saw a change in in the infinity and reality was the same as this abstract picture when I expressed a flow.
When the picture learns the technique with some technical element, I may draw a picture without talent

  • I cannot express it when seized with the representational painting 
  • which cannot express a flow in the representational painting 
  • like this that is the representational painting is because
  •  an imageimmobilizes it.
    Because the abstract picture has high flexibilityi
  • nfinite expression is enabled


タグ:山鳩

2016年05月07日

全国市町村財政情況0・5以下の感想 (北海道の旅の回想の詩ー和寒(ワッサム)


全国市町村財政情況0・5以下の感想


(北海道の旅の回想の詩ー和寒(ワッサム)



矢吹町(福島県) 0・5 

矢吹町は福島県だ、ここも何かなじみないんだ、交通的に不便なんだよ、鉄道通らない所はなじみがなくなる、でも一回くらい通ったのかな

亘理町(宮城県)0・5

ここが財政悪い?仙台に近いしみんな通勤しているけどな

千葉県(いすみ市、旭市、白子町・・・)0・48

千葉県でも財政が悪いところあるんだな、東京圏だと思っていたが千葉県でもそういう所あるんだ

橋本市(和歌山県)0・49

和歌山県は山と海で平地がないから工業地帯になりにくい

中津川市(岐阜県)0・48

岐阜県は合掌作りの白川村とか山深い所の市町村あるからな
名古屋から自転車で行ったことあるよ、
鉄道が通っているけど終点で烏が待っているような所あったな

伊那市(長野県)0・48

中山道を出たところが恵那市だった、ここは岐阜県だった、伊那市は長野県だった、恵那市であそこでテント張ってとまったな
ここは間違いやすい、中山道をぬけたなと地形的には記憶している

三郷町(奈良県)

奈良県でも財政悪いところある、奈良県は大阪京都と違い鄙びた所あるんだよ

旭川(北海道)0・48

北海道は財政情況が悪いのわかるよ、旭川は結構大都会だけどそこでも悪いのか
北海道は札幌に人口が集中しているからな

石巻(宮城県)0・47

石巻は港で都会だけどな、今回の津波で大打撃でさらに悪化した

鳥羽市(三重県)0・46

ここも真珠とかとれる観光地だけど悪いのか、サミットが開かれる地になったけど

新庄市(山形県)0・46

山形県ならわかるな、米はとれるけど工業がないからな
ここは陸羽東線で最上温泉からトンネルをぬけると広い新庄にでる
これも地形的に記憶している

妙高市(新潟県)

妙高山は有名でありその麓で泊まったことあったな

白馬村(長野県)0・46

ここは有名だ、アルプスが見える、塩の道も歩いたことがある
男女の道祖神が有名

酒田市(山形県)0・45

北前船で栄えたことがあった港だけど今はわびしい市なのか

松島町(宮城県)0・45

松島と言ったら観光のメッカだけどな、観光だけではもうからないのかな

音更町(北海道)0・45

オトイネップとは違うのか?

利根町(茨城県)0・45

茨城県でも財政悪い、利根川から利根町

釧路町(北海道)0・45

釧路町は港町だけど釧路湿原が広がっている所だよ

常陸大宮市(茨城県)0・44

茨城県でも財政悪い市がまだあるのか、大宮といったら東京圏なのか?

上山市(山形県)0・44

小さな城、上山城があったな、ここには七ヶ宿街道を自転車で行って泊まったな
斎藤茂吉の故郷である。

蔵王町(宮城県)0・44

蔵王町は二つあるからな山形県と宮城県側だよ、ここが間違いやすい
宮城県側に自転車で行ったことがある

糸魚川市(新潟県)0・44

長野県の塩の道を松本からたどれば糸魚川町にでて日本海に出る
日本海から塩を延々と運んだ道だよ

長瀞町(埼玉県)0・44

埼玉県は東京圏だけど財政悪いところあるんだな
長瀞(ながとろ)というと名前から奥地なのか?

九九里町(千葉県)0・44

ここは九九里浜でイメージしやすいな、漁村だったからか
東京から離れているからだろう

那須烏山市(栃木県)0・44

那須というと広い平坦な土地だけど栃木県だったか?
福島県の会津から館岩村から那須の平野に自転車で出たな
栃木県とか群馬県はわかりにくいよ

角田市(宮城県)0・44

ここは仙台に近い通勤圏だろう、丸森となると森深いがここは平坦な土地だよ

桑折町(福島県)0・43

桑折町が福島市に近いけどな、桃を生産しているけどな、天皇に献上する桃を作っているとか自慢している農家いたな
桑折町というと桑折という姓がこの辺には古くからある
霊山の南北朝の争いで逃れて来たんだよ、落ち延びてきた、その時の祭りが残っている
桑折は郡であり郡役所があったところともなる

花巻市(岩手県)0・43

賢治の生れたところも悪いのか、岩手県は盛岡をのぞいて悪いことはわかるな

行方市(茨城県)0・43

ここも悪いのか、相馬では行方郡に古代になっていたけどな

高島市(滋賀県)0・43

高島市は湖西線であり比良の山をバックにした所、家型石棺の発掘など古代では有名だけどな、京都からも大津からも離れているからだろう

浪江町(福島県)0・42

浪江町も悪かったのか、原発で良かったと思っていたがそうでもなかったのか?

福島県自体の財政が0・41だからな

大館市(秋田県)

大館市では一晩駅前で泊まったな、ここは機関区になっていて線路が多い
朝に汽笛が鳴り米代川そいを通った

気仙沼市(宮城県)0・41

ここもそうだったの、津波で大打撃だからさらに苦しいな

御所市(奈良県)0・40

ここは奈良から離れているからな、途中下車したことあったな



なんか疲れた、この次にまたつづきを書いてみよう、0・4だとまだ下があるからいいのか? 

とにかく自分は全国を隈なく旅行しているからある場所がなんらかイメージできる
実際に行った所が多いからである。
あそこに行ったなあそこにも行ったなと市町村名でイメージできる
どんなところかイメージできる、それだけ旅行したということである

でも今回の財政事情を調べて九州はなじみがないなと思った
九州は二回くらいしか行っていないし地理的にもわかりにくい、なじみがない
熊本や阿蘇には行っているけどわかりにくい
北海道は十回も行っているからなじみがありだいたいわかる

だからなにか日本全国を市町村をみるときあそこにも行ったなとかイメージできるから全国をなじみがあるものとして見れる
でも九州はやはり東北からは遠いし二回しか行っていないのでなじみがない
何か浮かんでこない、イメージできない

財政情況が悪いところは辺鄙な所が多い、でも旅するならそういう所も魅力がある
都会は魅力がない、東京などただ人みるだけだからつまらないとなる

財政情況はともかくその場所がどういう地形なのかそれがなかなかイメージできない、日本だとたいがいその場を踏んでいるからイメージできる

全国の市長村から何を感じるのかというのも一回も行っていないならなかなかイメージできないだろう。
どんな場所でもみんななにかしら違っているからそこから個性が生れる
地形は変わらないからそこから個性が生れる
旅というのは地形を記憶することに意義がある。地図でみても実際は地形とかわかりにくいからである。電車だと坂とかトンネルがあり何か意識できない
自転車だといいのだがこれもそんなには行けない、今になると体力が落ちて自転車旅行はできなくなった゛これだけ旅行したのだから自分は満足だとなる

0・3以下の県は青森県、佐賀県、和歌山県、宮崎県、長崎県、岩手県、鹿児島県、徳島県、沖縄県、秋田県、鳥取県、高知県、島根県になる
なんとなくわかるな、岩手県がずいぶん下位だな、宮城県とか福島県は0・4だからましだ



otoinepppp1.JPG
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北海道の旅の回想


富良野に行った
雪の芦別岳が見えた
チューリップが赤かった
美瑛によってそこから
旭川に出た
この辺は冬は相当に寒いだろう
和寒(わっさむ)というのが
なぜか印象に残る名
宗谷本線で稚内を目指す
そのひびきが寒い感じ
そこから遠く音威子府(オトイネップ)
その変わった名で覚えている
それも遠い日のことか
北海道はほとんど回った
のんびりと牛がいた
お昼の鐘が鳴った
その淋しい音が町にひびいた
遠軽町の坂を越えてオホーツクにでた
夕日がオホーツクに沈む
冬にもオホーツクに行った
夕日のさして斜里岳が美しかった
そこは日本の果てであった
紋別という町は流氷で有名
北海道は一番なじみがある
燕が群れて飛んできた
みんな北海道の果てを目指した
若いときはみんな果てを目指す
ただ遠くに憧れ遠くを目指す
でもその日は遂に帰って来ない
やがては老いてとどまり
樹や石のようになり動けない
ただ駆けめぐった遠い地を
地名などから思いだすだけ
それでも旅したものはその地を
体感しているから親しい
何か地名からでも浮かんでくるものがある

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posted by 老鶯 at 00:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

福島県市町村財政指数を読む (やっはり原発あった所は高かった)


福島県市町村財政指数を読む


(やっはり原発あった所は高かった)


福島市0.74
会津若松市0.65
郡山市0.72
いわき市0.66
白河市0.52
須賀川市0.55
喜多方市0.36
相馬市0.50
二本松市0.42
田村市0.31
南相馬市0.67
伊達市0.40

桑折町0.50
国見町0.35
川俣町0.36
飯野町0.32
大玉村0.35
本宮町0.76
白沢村0.37
鏡石町0.54
天栄村0.30
下郷町0.45
檜枝岐村0.45
只見町0.32
南会津町0.23
北塩原村0.29
西会津町0.22
磐梯町0.39
猪苗代町0.45
会津坂下町0.36
湯川村0.23
柳津町0.23
三島町0.16 危険
金山町0.24
昭和村0.11 危険
会津美里町0.24
西郷村0.83
泉崎村0.61
中島村0.32
矢吹町0.49
棚倉町0.53
矢祭町0.28
塙町        0.27
鮫川村0.18 危険
石川町0.43
玉川村0.38
平田村0.27
浅川町0.36
古殿町0.24
三春町0.44
小野町0.36


広野町1.33
楢葉町1.19
富岡町0.94
川内村0.28
大熊町1.64
双葉町0.80
浪江町0.44
葛尾村0.14
新地町1.13?
飯舘村0.22


福島県は市でみると喜多方市が0・36で低い
二本松市も0・42では低い
市は0・5以上は普通にある

喜多方市は会津の城下町の北にあるということで喜多方(北方)になった
会津の城下町だと武士が多いから自由な商業ができなかったが喜多方ではできた、
それで発展した、それで蔵の街になった

田村氏は三春だからもともと市ではなかった、合併してできた市だからである。
伊達氏も合併してできた市0・4は妥当だろう

相馬市が0・5で南相馬市が0・67は妥当だろう
相馬市はぎりぎりで0・5だった、南相馬市はもともと相馬市より発展していた
なんらか原発の影響もあったかもしれない

それより明確なのは今回原発事故にあった避難地域である。
ここにはっきりと現れている、
川内村は例外として葛尾村もそうだがその他は高い
広野町の1・33とかは本当に高い、大熊町は1・64だからな
意外と浪江町は0・44では低かったな
浪江町の三分の一は原発に関係していたと思うがな・・・
新地町が意外と高いのはなぜか?
火力発電所とかあるからか?工業団地もあるからだろう
ここは一つの疑問だ、1・3は高すぎるからだ
飯館村は0・22なのはわかる、農業だけでは今は財政は苦しい

それにしても檜枝岐村は0・45は高いだろう
ここは尾瀬の観光地になっているからだろう
ここは江戸時代とか米など食べていない、蕎麦が主食の所だった
隔絶した村だったんだから
古殿も0・24とは低いな、ここも磐城からの街道あるけどずいぶん高い所で離れている
隔絶した村だった、延々とその坂を自転車で下りてきたのを覚えている

昭和村は0・11で最低だな、ここも自転車で通ったが食堂一軒とかあるくらいだったな
会津の奥の奥となる、ここはもう村を維持できるかできないかの瀬戸際なのだろう
0・11は厳しい、飯館村より低いからな、まず会津など市が遠いから不便だよ
鮫川村などもなじみがないな
なんか阿武隈高原を旅して山の中に万屋が残っていてご飯と味噌汁をご馳走になったのはここだったか?
そんな山の中だからそうなことをしてくれたのか?そんなことをしてくれるところはの今ないだろう
コンビニなんかもないだろう、コンビニないところはかなり過疎地だなん今では

三島町が0・16は低いな、ここに原発事故で郡山から避難した人が世話になったと
故郷納税で応援しているとか、ここは相当に苦しいし限界集落になりつつある
西会津町が0・22なのはわかる、会津の市の中心部から相当に遠い奥だよ
温泉はあるみたいだけど西ということで何か辺鄙に感じる
西は陽の没る場所だから淋しい感じな所が多くなる
西行はその西方浄土の西を目指した
つまり辺鄙な所を目指して旅したともなる 旅は繁華な所はつまらないことがあるんだよ

ともかく原発ある所は高い、女川町で2・1とか驚くよ
北海道でも泊村は0・8とか北海道では高いとなる
過疎地でも原発が建てば財政は一挙に改善され高くなる
その魅力が大きかった、これには住民も反対できないからな
南相馬市だって原発で働いていた人が多かったからな

posted by 老鶯 at 08:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連