2016年04月21日

熊本地震で話題になる中央構造線 (日本創造にも神の意志が働いているのか?)


熊本地震で話題になる中央構造線


(日本創造にも神の意志が働いているのか?)


地震と地理でも地形でも深い関係がある。ただこの地理と地形とかは一番理解しにくい
いくら旅しても日本全土を地理を地形を知ることは不可能である。
地理とか地形は人間の理解能力を越えたものなのである
福島県ならある程度地理を地形をイメージできるかもしれない、でもハマ、ナカ、アイヅと分かれていて広いからその地形を理解することは簡単にはできない
標高差もありその土地の高低も理解しにくい、飯館村は八木沢峠を上ればわかるように相当標高が高いから夏は涼しく冬は寒いとなる
それは浜通りからすると別個の世界になる
日本は山が多いから峠が多い、そして山にさえぎられて隣村でも遠くなり交流がはばれるたがいの理解がはばまれる、それで明治以降村が民情が違っているからと合併しなかった


日本の地形をみるとき今回話題になった熊本地震の中央構造線というのが素人でもわかりやすい、四国辺りでも目に見えて断層の線が走っている、そこに伊方原発があったから危険だと目に見えてわかった。
その中央構造線は静岡県から富士山へとつながっている、九州と四国は海でさえぎられているからつながっていないようで陸地としてはつながっていて断層がつづいている
その巨大な地形をイメージすること自体できないから地震は予測できない
中央構造線からイメージしていたら熊本に地震が起きないことなどありえなかった。
だから百年熊本に地震がないから地震がない安全地帯として企業の誘致をしていたのである。だからなぜここにも地震が起きると気象庁でも地震学者も警告していないのか不可解だとなる、誰もここに地震が起こると警告していた人がいないのである。
それは結局東日本大震災でも福島県とかの浜通りには津波は来ないと確信していた。
それと同じことが熊本で起きたのである。
常に警告されていたのは東南海地震であり津波だったのである。
それで避難訓練など何度も行われたがそれから30年はきていないのである。
地震はくるくるというところには来ない、常に意外な所で起きているのである。
だから予知はしない方がいいとなった、予知はできないとなった。

日本の地形とか地理でまぎらわしくしているのは海に囲まれていて四つの島に海で分断されていることである。
でも中央構造線とかプレートは陸地でありその陸地が動いて地震になっている
すると海になってい見えない陸地が動いて地震になるのだから余計にわかりにくいのである。日本列島というとき一つの陸地としてイメージしておく必要がある
中央構造線からすると九州も四国も本州も一帯なのである。
そしてその中央構造線の延長上に富士山がある、富士山は日本列島のヘソであり中央に造山されたのである。
富士山は日本の地形を見ればまさに日本の中央に現れた不思議がある
富士山は日本列島の地形からも日本の中央であり現れたという不思議がある
そこに神の創造の意志が働いていたのかとなる
つくづく学問の基本は「地の利、天の時、人の和」を知ることである。
日本を知るときもまず地の利である。地の理にも通じている、利益だけではない、天の時というのもまさに地の利が理があり次ぎに天の時があり災害が起きてくる
天の時というとき巨大地震とか津波には天体も関係していると言われるからである。



地下の神が人間をあざ笑う


地下深くなお知られざる所神は棲む
ここに地震が起きるここには起きない
その人間の浅知恵よ、傲慢よ
思わぬ所に地震は起きる
そして神は人間をあざ笑う
人間は地下のことも天体のことも知りえぬ
もの知り顔に予知してもはずれる
人間はそもそも理に則って地球を見ない
ただ利に則って利を求めて地をみる
政治家も科学者も大衆も利で動く
科学者すら理に則るべきを
利にのっとり原発を作る
その利と欲によって人は騒ぐ
冷静に理を追及するものは科学者にもいない
利に左右されて見誤るのである
小賢しい人間よ、奢るものよ
そは砕かれて全能の神によって卑くくされる
人間の知り得ざるものはなお広大なり
地の一片を知りて奢るなかれ
地下深く神は棲み人間の知恵をあざ笑う
汝は地を計るものにあらず
汝は計られるものにてその則に従うべし



人間は地上で求めているのは理ではない、もし理だったら原発など作らない
利を求めるから原発を作る、利になるから原発を作る
利で蠢いているのが人間なのである。
だから天災ではその人間の利とか欲が罰せられるのである。
地震が科学的法則で起こるといっても科学者自体がその理を本当に追及しているかというと利にかかわる、活断層の上に中央構造線の上に伊方原発とか川内原発を作ったのもそのためである。
いくら断層の上でなくても調べてもやはりどこかで日本は地震が起きる
地震は予知できないしさけようがないのである。
原発が日本に作られているのはアメリカの要求とか核武装のためとか別な利がありやめられないのである。政治的意向が働く、理が働くのではないのである。
それが天罰となって神の怒りをかうということはありうるのである。
日本列島は海でへだてられていても一連のものとしてつながっているのである。
そこを見誤るとまた同じことが起こる、カルマをくりかえすのである。


中央構造線のキーワードで画像で絵で解説しているからわかりやすい
タグ:中央構造線
posted by 老鶯 at 19:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係

熊本地震で話題になる中央構造線 (日本創造にも神の意志が働いているのか?)


熊本地震で話題になる中央構造線


(日本創造にも神の意志が働いているのか?)


地震と地理でも地形でも深い関係がある。ただこの地理と地形とかは一番理解しにくい
いくら旅しても日本全土を地理を地形を知ることは不可能である。
地理とか地形は人間の理解能力を越えたものなのである
福島県ならある程度地理を地形をイメージできるかもしれない、でもハマ、ナカ、アイヅと分かれていて広いからその地形を理解することは簡単にはできない
標高差もありその土地の高低も理解しにくい、飯館村は八木沢峠を上ればわかるように相当標高が高いから夏は涼しく冬は寒いとなる
それは浜通りからすると別個の世界になる
日本は山が多いから峠が多い、そして山にさえぎられて隣村でも遠くなり交流がはばれるたがいの理解がはばまれる、それで明治以降村が民情が違っているからと合併しなかった


日本の地形をみるとき今回話題になった熊本地震の中央構造線というのが素人でもわかりやすい、四国辺りでも目に見えて断層の線が走っている、そこに伊方原発があったから危険だと目に見えてわかった。
その中央構造線は静岡県から富士山へとつながっている、九州と四国は海でさえぎられているからつながっていないようで陸地としてはつながっていて断層がつづいている
その巨大な地形をイメージすること自体できないから地震は予測できない
中央構造線からイメージしていたら熊本に地震が起きないことなどありえなかった。
だから百年熊本に地震がないから地震がない安全地帯として企業の誘致をしていたのである。だからなぜここにも地震が起きると気象庁でも地震学者も警告していないのか不可解だとなる、誰もここに地震が起こると警告していた人がいないのである。
それは結局東日本大震災でも福島県とかの浜通りには津波は来ないと確信していた。
それと同じことが熊本で起きたのである。
常に警告されていたのは東南海地震であり津波だったのである。
それで避難訓練など何度も行われたがそれから30年はきていないのである。
地震はくるくるというところには来ない、常に意外な所で起きているのである。
だから予知はしない方がいいとなった、予知はできないとなった。

日本の地形とか地理でまぎらわしくしているのは海に囲まれていて四つの島に海で分断されていることである。
でも中央構造線とかプレートは陸地でありその陸地が動いて地震になっている
すると海になってい見えない陸地が動いて地震になるのだから余計にわかりにくいのである。日本列島というとき一つの陸地としてイメージしておく必要がある
中央構造線からすると九州も四国も本州も一帯なのである。
そしてその中央構造線の延長上に富士山がある、富士山は日本列島のヘソであり中央に造山されたのである。
富士山は日本の地形を見ればまさに日本の中央に現れた不思議がある
富士山は日本列島の地形からも日本の中央であり現れたという不思議がある
そこに神の創造の意志が働いていたのかとなる
つくづく学問の基本は「地の利、天の時、人の和」を知ることである。
日本を知るときもまず地の利である。地の理にも通じている、利益だけではない、天の時というのもまさに地の利が理があり次ぎに天の時があり災害が起きてくる
天の時というとき巨大地震とか津波には天体も関係していると言われるからである。



地下の神が人間をあざ笑う


地下深くなお知られざる所神は棲む
ここに地震が起きるここには起きない
その人間の浅知恵よ、傲慢よ
思わぬ所に地震は起きる
そして神は人間をあざ笑う
人間は地下のことも天体のことも知りえぬ
もの知り顔に予知してもはずれる
人間はそもそも理に則って地球を見ない
ただ利に則って利を求めて地をみる
政治家も科学者も大衆も利で動く
科学者すら理に則るべきを
利にのっとり原発を作る
その利と欲によって人は騒ぐ
冷静に理を追及するものは科学者にもいない
利に左右されて見誤るのである
小賢しい人間よ、奢るものよ
そは砕かれて全能の神によって卑くくされる
人間の知り得ざるものはなお広大なり
地の一片を知りて奢るなかれ
地下深く神は棲み人間の知恵をあざ笑う
汝は地を計るものにあらず
汝は計られるものにてその則に従うべし



人間は地上で求めているのは理ではない、もし理だったら原発など作らない
利を求めるから原発を作る、利になるから原発を作る
利で蠢いているのが人間なのである。
だから天災ではその人間の利とか欲が罰せられるのである。
地震が科学的法則で起こるといっても科学者自体がその理を本当に追及しているかというと利にかかわる、活断層の上に中央構造線の上に伊方原発とか川内原発を作ったのもそのためである。
いくら断層の上でなくても調べてもやはりどこかで日本は地震が起きる
地震は予知できないしさけようがないのである。
原発が日本に作られているのはアメリカの要求とか核武装のためとか別な利がありやめられないのである。政治的意向が働く、理が働くのではないのである。
それが天罰となって神の怒りをかうということはありうるのである。
日本列島は海でへだてられていても一連のものとしてつながっているのである。
そこを見誤るとまた同じことが起こる、カルマをくりかえすのである。


中央構造線のキーワードで画像で絵で解説しているからわかりやすい
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