2016年04月14日

グローバル経済と郷土学 (遠くの人は外国人は本当に困ったとき助けるか?)


グローバル経済と郷土学


(遠くの人は外国人は本当に困ったとき助けるか?)

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「地域を守る看護」ー地元の病院



グローバル経済というときこれを理解するのはむずかしい、実感できない世界である。
具体的に日々の生活でわかっていることは金がすべての価値基準になっていることであるそんなこと誰にも言われなくても庶民でも日々の生活で骨身に沁みて知っている
金なしではどうにもならないということを知っている
ではそもそもこうしたグローバル経済とか資本主義の金がすべての価値基準となった世界があったのかというとない、時代的に封建時代というときヨーロッパにもあり日本にもあった。
その価値基準は金ではない、江戸時代の価値基準は米であり貨幣ではない、だから石高によって侍の月給は計られていた。貨幣ではないのである。

封建時代は土地が最高の価値をもたらすものでありその土地の上に支配体制ができた。
米や野菜でも土地がなくては何もできないからである
ユダヤ人は土地をもてなかったから諸国をさまよい、金融で生活する他なかった
それが資本主義の元になったという人もいる。
だから土地を基にある国家とか否定する、世界が国というものなくなって金が支配されるのがいいことになる、それは多国籍企業でも同じである。
国が関税とか税金をとられるから自由に活動できない、国境もないほうがいいのである。

ではグローバル経済と郷土学というとき何が関係あるのかとなる
最近のこの辺で市が開かれる人が一個500円のトマトを売っている、前は200円くらいだった、そのトマトは普通のトマトより味がいいし大きいのである。
ハウス栽培のより味がいい、形が丸くなく楕円形で大きいのである。
だから確かに一個の丸いトマトより大きい分三個分くらいあるかもしれない
でも一個500円は高いと思った、そこまでして買うかとなる

そういうトマトは東京とかの金持ちに売ればいい、でも今度は輸送量がかかるからまた金がかかる、でも東京では大金持ちがいるから売れる、地元ではそうしたうまいトマトも食べられないとなる
そういうことは魚でもそうなっていた、新鮮なうまい魚は東京に売られていた。
確かに松川浦でとれた石鰈などを2000円とかで買っていたことがあった
それでも魚は新鮮だとうまい、それだけの価値はあった
でも金だけが価値基準になる経済は地元に住んでも地元のうまい魚が食べられないとなるのも損である
何もこういうことはグローバルに起きているのである。
世界の貧しい国ではうまいものを世界に売っている、それで生計をたてているが自分たちは食べられないということが普通にあったからめずらしいことでもない
金が基準となるグローバル経済ではどこでもそうなるのである。


でも問題は人間が困ったとき本当に遠くの人が助けに来てくれるだろうか?
「遠くの親戚より近くの他人」というときこの諺の意味は遠くというとき隣の村でも当時は歩くのだから遠かった゛では病気になったりして看病してくれとなっても隣の村から来るにも手間である、すると隣近所に助けてもらった方がいいとなるのだ。
そういうことを原町の親戚の人が車でくるのにも手間だと思った
隣だったら歩いてでも簡単に来ることができるが原町でも遠いということを知ったのである。まして東京になったら遠くてどうにもならないとなる
外国だったら来ることも何することもできないのである。

原発事故でも一時南相馬市は陸の孤島と化した、放射能を恐れて外部から物が入って来なくなったのである。ガソリンもなく車も使いなくなった
外部の人だって放射能が危険となれば自分の命が大事だからちらあえて来ないのである。グローバル経済をどうのこうの言っても現実に否定できないようになっている
世界がそういうシステム化されているからここから一国だけ一地域だけが別個になることはできないようになっている
これを郷土学の観点から考えると福祉などの分野から考えると病気になったり介護になったりするとき実際に助けてくれるのは働いていくれるの地元の人である。
こういう人に直接接する分野は遠くから物を運ぶのと違うからそうなる
ただ介護でも施設があっても人手がないとかでよその施設に入った人もいる。
だから必ずしも今は移動が容易だから地元にこだわる必要はない社会である。


郷土学というときそれは何か?これは人間を自然をふくめてトータルに生きることであり考えることである、自分はそれを追及してきたのである。
例えば人間が死ぬというとき山に葬られ先祖になったというときそれは自然と一体化したことなのである。
死というものもその土地の自然と結びついて死があり死んだあとも先祖が見まもってくれるという思想はトータルにその土地全体を視野にして生きていることなのである。
現代とは科学技術が過度に発達してトータルに生きられないことが一番の問題なのであるそれは死という問題でもそうである。何か人間は死ぬともう部品のようにかたづけられるのである。
「お前の役目は終わった、あとは何もない」となるのも淋しいだろう。
先祖として山に眠り子孫を見守るという思想は都会から文明から生れないのである。
一代だけの部品化した生なのである。生でも死でも意味がもてないのである。

エジプト文明でも死は終わりではなくあの世まで継続していた、あの世でも生前と同じような生活をしていたのである。生と死が断絶していなのである。
そこにはトータルな生き方が生前から実行されていたからである。
グローバル経済は世界をトータルに生きるというものではない、そんなことは不可能である。それより世界がかえって部品化されて物でも何でも供給するようになる
それは自動車が生産するとき自動車が一つの世界となり世界中で部品を調達しているのとにている、だから自動車文明になってしまう。
そこには自然とはかかわりないし外にもトータルにかかわらない世界である。
自動車の価値がすべてになってしまう社会なのである。


ともかくうまい500円のトマトを地元でも食べたいと思う、でも500円出さないと売らない、これはうまいから外でも売れる、外に売り出そうとなる
東京なら金持ちがいくらでもいるから出せばいいとなる、そして地元の人はそのうまいトマトを食べられない、それがグローバル経済の矛盾なのである。
全部がそうでなくてもグローバル経済は世界が金で計られるときそうなりやすいのであるそうなると500円のトマトを高くて食べられなかった、もっと地元で食べたいのに食べられなかった、あの人は地元に貢献しているのかとかなんとかなる
もし病院に入院したりしたとき、この人はあなたの作ったうまいトマトを食べさせてもらいましたから世話しますよとかならないのである。
そんなこと今はいちいち考えないというのもそうだが郷土学の観点からすればそうなる
郷土学は人間をトータルにみる生き方見方なのである。
江戸時代から戦後の十年くらいはそういう自給自足の世界だった。国自体貧乏なのだからそもそも地方交付金とか生活保護すらない社会だった。
それで自分の家の隣の人は餓死して死んだ、というより子供がいたのだから子供が悪かったのだかそういう貧乏な人がいたのである。
現実はそういうこともあり貧乏でないからこそ理想論が過去を美化するということはた常にある。

矛盾しているのは自分が一時外国の株とかでもうけてわずかの畑を作っている人を援助したりした。その人は畑をやれたのは趣味程度だがグローバル経済で自分が田舎でも金が入ったからだとなる、そんなことは自給自足経済のときはありえなかったのである。
趣味で農業をしている人などいなかったのである。そこで米でも野菜でもとれなかったら餓死するとかの切羽詰まったものとしてやっていたのである。
豊になったからこそ農業もゆとりでやれる、減反にまでなっている
だから過去をすべて美化するのは問題である、でも世界をトータルに生きるということは人間の生を充実させる、それは継続して死も充実して継続した生がその土地にありつづけるとなる、グローバル経済をすすめるとある地域はのトータルなものは失われ自動車の一部品をだけを生産する場となったりする
国自体が日本では車とカメラだけを作っていろとかなる。
食糧は牛肉でもなんでも広大なアメリカで提供してやるから作らなくてもいいとなる
そういう極端になるのがグローバル経済なのである。

トータルになるより国すら部品工場のようになってしまうのである。
国でも地方でもそういうふうになるのは人間にとっていいのかとなる
限界集落をなくせとか都会の人が言うとき、都会的価値観だけが価値観ではないことを知るべきである。
地方から田舎から産み出すものがありそれが何かを知るべきである。
都会的グローバル経済的価値観を一方的におしつけるのは問題なのである。
もちろん地元の人ですら田舎ですら現代の都会中心のグローバル経済の価値観になっている、それは現実にそうなっているからでもあるがそこに疑問ももたないとなると都会人と同じになる
原発事故の被害で一番思ったことは人間が生きる基本となる水とか土とか食糧の生産にかかわるものが放射能で汚染されたことである。
土が水が汚染されたもう人間はそこに住めないのである。それが原発事故の恐ろしさだったのである。


確かにボランティアの人には助けてもらった。現実に復興で働いているのはほとんど外部の人であるのも事実である。
これも広域社会のグローバル経済のいい面としてあった。
外からの外国からの援助も受けることができるということがある。
一方でボランティと言っても一時的に来るのは楽だと思う、でも継続的にかかわるとなるとむずかしくなる、女川辺りでここに住んでくれるんだな、ずっと住んでくれるんだな、なら最後まで世話してやるとか言っていた。
そういう困窮したところをあえて選んで住むというのは容易でなくなる
地元で南相馬市で補償金でもめたたしたのやはりここに生きて死ぬという場だからである一時的に旅人のようにきてボランティアして帰るのとは違うのである。
たがいの要求も厳しくなったりもする、それはやはりここで生きて死ぬという場だからである、ただもともと住んでいた人が放棄したりしているのだから津波の被害地であり原発事故の被害地でもそこに住むこと自体容易ではない
郵便局に長くいたら8割は老人だった。ここは避難区域でないにしろそれだけ老人が多くなっている。これは全国的にそうだがこの辺は老人が外よりも多くなったのである。
原発事故では故郷に生きる生の継続が破壊されたことも大きな被害だったのである。



posted by 老鶯 at 17:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題