2016年04月01日

自給自足経済と広域グローバル経済の相違 (飯館村のまでいな、もったいないの生活の崩壊)



 自給自足経済と広域グローバル経済の相違


 (飯館村のまでいな、もったいないの生活の崩壊)


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 人間の心とういうのは変化しない面もあるがやはり時代が変わり環境が変わると変化する、ここ百年くらいの変化はすさまじかった。
 もう千年くらいの変化を百年で経験したようなものである。

 情報量は江戸時代の一万倍
 移動流通は一千倍
 消費量は一千倍


 現在の日本は、エネルギーの78%、食糧(カロリーベース)の60%、木材の82%を海外からの輸入に頼っています

 その変化はすさまじいのである。江戸時代と比べるとなぜ神主とか僧侶がいるかとなるとそれはそもそも住民がほとんど農民であり移動しないからである。
そういう職業は移動しない農民がいて成り立っていたのである。
これだけ車であれ電車であれ飛行機であれ何であれモバイル社会になると定着する自給自足文明とはあまりにも違っている
そして価値観でも変わるし人間の心も変わる
金がこれほど力をもつということもそうである。それは江戸時代でもそうではないかというと貨幣経済があってもこんなに金が力を持つということはない
基本的には自給自足経済だからである。


自給自足経済とは何かというとそれは「もったない」という価値観になる
その地域だけで生活するとなると何でも稀少であり価値が全然違ったものとなる
金をだしたからといって何でも買えるわけではない、第一車もないのだから流通し得ないのである。
自給自足経済はその土地のもので生活するとなると一木一草まで大事になる。
農家では納豆まで作り味噌も作り自給自足なのである。
そうなると味噌でもなんでも貴重なものとなる
今のように全国から様々な種類の食品など入ってこないのである。
自分は味噌汁でもめんどうだからダシつきの味噌を買ったり白味噌がうまいとか買ったりする。全国の味噌があるとしたらそうしたものを選ぶ、それが広域経済だからできるのである。
そうなると必然的に金の力が大きくなるのである。そしてものがこれだけあり流通するともったないという心が消失してくる
飯館村でまでいな生活をしているというときそうした自給自足経済の心を取り戻そうとした試みであった。
でもそうした農村でも実際はグローバル経済になり金の力が大きくなる
そして移動しやすいというとき原発事故で放射能汚染されたときそうした自給自足経済にとっては致命的となったのである。

飯館村では山菜をとり料理するのが習慣としてあった。それができないということは村独自の生活ができなくなったのである。飯館村であり山村では山の水を利用しているところがまだ結構あった。それは無料なのである。それも自給自足経済の継続としてあった。そういうものが消失すると村に生きるメリットがなくなるしもったいないという心も消失する
そして多額の補償金をもらい外で福島市や都市で生活するときどうなったか?
金があれば何であれ勝ち組だ、ギャブルしようが家を建てようが金あるものが今の世の中は勝ちなんだ、回りがなんといおうとかまわないとか金の力が突出して猛威をふることになる、そこでは飯館村のまでいな、もったないとかつつましい生活などなくなる
もともと金はそれだけの力があったが飯館村は福島県でも収入は最低レベルだったのである。それが補償金で急激に変化してしまったのである。

自分にしても世界の株の動向をインターネットで毎日みている、石油の値段がこんなに世界系さいに影響していたことを肌で感じた。
一方で自給自足経済時代は狭い村単位の経済でありその価値観はまるで違ったものだったそのまわりにあるものは何でも貴重になる。
までいに使い、もったないとなりつつましい生活をするほかないのである。
山菜もありがたいとなるしその木材でも燃料にしてありがたいとなるし水さえありがたいとなるのである


そういう生活はまた村で自給自足しているから外に頼らないから外からとやかく言われる必要はない、そこは今なら限界集落なのである。
その時は別にインフラもいらない、電気は使っていたかもしれないがそれもおおがかりなものではない、何でもその狭い地域でまかなっていた。
大正時代までランプでありそのランプの油が貴重となる、油はもともと相当貴重なものであり蝋燭でも高価でありその蝋燭の燃えているときそれがだんだんなくなることを見まもっている、そこでもったないなと見ていたのである。
蝋燭の流れ買いなどもそうである。溶けた蝋を集めて再生していた。
今は物をなんでもそうはみない、電気というのは何か無駄が多すぎるのである。
そういう感覚が起きないのである。電気を節約しようとするがそれが具体的に見えないとういこともある。数値化しているのと蝋燭のように具体性がないこともある。


江戸時代のリサイクル職業

これをみてもいかに江戸時代が物を大事にしていたかわかる。そうしなければ生活できないのである。

前からも書いてきたけどなぜ原発事故で様々な問題が具体的にこの辺で提起されたのか、それは江戸時代からの急速の変化の歪みがこの辺に具体的に現象化したのである。
その象徴的なものが飯館村のようなまでいな、もったいない、生活を実践していたような所で起きたのである。
原発事故でそうなったとも言えるが一面、その前の社会のあり方が人間の生活が激変していて原発事故でその矛盾が極端なものとして現象化したとも見える
金さえあればどこに暮らしてもいいという社会であり移動性が高い社会である。
放射能問題があってしかたないとなればどんどん金があれば村から流出してゆく
それは津波の被害地でも同じである。
江戸時代は移動する移住することは基本的にできない社会であった。
それで相馬藩が飢饉の時、越中などから移民が来たがそれも命懸けだったことでもわかる

こういう社会では先祖代々とかもう十代とか長く暮らしている人が多かった。
職人すらそうである。代々親の仕事を受け継いでいたのである。
移動しないということは一面精神的にも安定していたのである。
江戸時代の人が外国人から見たらみんないい顔して平和に見えたというときそれは江戸時代は貧しくても移動しないから精神的に安定していたということがあったのだ。
変化が少ない社会だったのである。
そしてこうして安定しないと文明は生まれない、それは縄文文明が一万年とかエジプト文明が3000年とかマヤ文明が2600年とか継続したことでもわかる。
一方遊牧民は文明を作りだなかったことでもわかる。
定着して継続しないと長期的文明は生まれないである。
自分が石や岩をテーマにして詩を書いたりしているのもそうである。
人間は定着しないと精神的に安定しないし文化も生まれないのである。
文化がその土地を耕すというcutivate-cultureの意味であるときそれは実際の生活でもそうであるが精神的にもそうなのである。


現代は確かに様々な便利なものを作り出したけど何か精神的には軽薄であり荒廃しているのは重厚な定着文明でないからなのだ。
もちろんそうは言ってもグローバルになったときそこで精神の刺激を受けるから文化が興隆することはある、ただそのベースに定着文明がないと興隆しないと思う
なぜ江戸時代から明治になったときその時経済力もないのに人口は3000万くらいなのにあれだけの文化を作り出したのかという不思議がある。
それは江戸時代に培われていたものが花開いたのである。
それは奈良時代でもそうである。その頃の人口は二百万とか信じられない、そういう中であれだけの文化が興隆したということ万葉集のような庶民までそれに参画していたのだから文化と人口はあまり相関関係がないのである。
中国があれだけ人口が多くても経済としてみれば巨大だが唐時代のような文化は興隆していないのである。だから別に人口が少なくても文化の興隆とはそれぼと相関関係がないのである。


リンクで読むべきもの

清水清太郎 元治元年12・25 賜死 享年22 

長州藩家老

家老として急進派志士たちと国事に奔走。

幽閉中の詩

「世のことは絶えてをぐらき山里にこころつくしの夜半のともし火」

塀の街ー萩の不思議

ここを読んみれば蝋燭が貴重でありそれととも心もあったことがわかる




posted by 老鶯 at 08:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2016年04月02日

仮設商店街の変化 (鹿島区の双葉食堂は小高に移動)


仮設商店街の変化


(鹿島区の双葉食堂は小高に移動)

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サーモンのキノコバター

柚子ミソでんがく

ホーレンソウごまだれ

たまねぎトマト

マイタケ飯

これを見ると結構工夫している、あそこは前は弁当屋だったから料理は上手だった
サーモンのキノコバターなどもうまかった

柚子ミソでんがくというとき柚子ミソを使っていたのが違っていた

マイタケ飯というときここでは変わりご飯を出している

これだけのものを出しているし毎日メニューが変わるから定期的に行く人は便利である。
軽い食事になとやはりラーメンとかうとんになってしまう。



双葉食堂は連日満員というより十人くらいいつも外で並んでいるからなぜ繁盛しているのかと思ってみていた。
自分はいつも向かいのあつみ食堂で食事していた。
あつみ食堂はバイキング形式でいろいろ野菜などでも出すから便利だった。
というのは自分は一人暮らしで料理がめんどうなのである。
一人暮らしで一番問題になるのは料理なのである。
料理がめんどうなのはいろいろな種類をそろえねばならないからである。
だからいつも一品くらいたりないとか忘れるのである。


料理は意外と整理とか頭使うから認知症の予防にはいいなと自らしてみてわかった。
なぜなら自分の姉は役場を退職してから何もしなくなった。
料理をする人がいたので何もしない、それが頭を使わないので認知症になった原因の一つであることはまちがいない
認知症は整理とかできなくなる病気であることでもわかる

家事は結構いろいろあって手間なのである。今は介護していなくても手間なのは変わりない
だから一人暮らしの老人用に栄養のバランスを考えた料理を一日一回でも食べられるところがあると便利である。
それであつみ食堂に行くようになった。
あそこでは毎日料理のメニューが変わるからいいのである。
だからあそこがもっと繁盛してもいいと思っているがそれほどでもない
特に双葉食堂がやめた結果、人が急激に減った。
双葉食堂に来ていた人はとなりのラーメン屋に移った。
いかに双葉食堂には人が来ていたかわかる
仮設食堂にくる人の6割くらいは双葉食堂にきていたかもしれない
いつもそこは避難区域からきているからテレビの取材に来ていた
そのことを影響していたがやはり味がいいということの影響が大きかった。


それとなぜバイキング形式のあつみ食堂がそれほど集まらないかというと
何か今は外で工事で働いている人が結構多くても軽い食事ですましている
聞いているみるとうどんが食べたくてとかありラーメンを食べたいということで来ている人が多いのである。
外で働く人は肉体労働となるなと昔は土方弁当などと言っていたが今は軽い食事ですましている
それで食べ放題のバイキング形式は必要ないとなるのか?
別にあそこが料理が悪いわけではないし自分にとっては重宝なのである。
結局都会のようにそうした需要が少ないということが原因なのだろう。

鹿島ではまた一軒ラーメン屋ができる、鹿島スーバーにできる
ともかくラーメンが好きな人がいかに多いかわかる
自分は好きでないのであまり食べないしラーメンだけではたりない
でもスーパーでインスタントラーメンの北海道産の買ったらうまかった。
今はなんでもうまいものがある,そして種類が多くなったのだ。
自分が料理するというとき一人暮らしは何を買うかが先に問題になる
種類が多いからどういうものを買うかの方が問題になる

いづれにしろ小高は5月になるのか避難解除になる、これも一つの区切りである。
葛尾村も解除になる、あの辺はまだ放射線量が高いと思っていた。だから全部ではないだろう。
小高は本当は放射線量が低いのだから早い時期に解除した方が良かった。
というのはい意外と五年間も避難していた結果、子供の教育などで支障をきたした。
外の学校に移った結果、その五年間を故郷で過ごさないということで問題が生じた。
もし二三年とかなるとそんなに影響しなかったかもしれない
子供は故郷ではない外での生活になじんでしまったというのが問題だったのである。
だから5年という期間が子供にとっては長い時間だったのである。

鹿島区にとっては心療内科が新しくできたり小高の医者が絆診療所を開いたりと今度はシシドスーバーができるとか新しいものができるからいい、
小高は避難解除してどうなるのか?
やはり一割くらいしか帰れないと帰るのはは老人だけだとか嫌だろう
だから避難解除してもまた何かしら問題が生じる
もう住みたくないとか言う人も出るだろう、実際帰りたくないという人が多い
でも家があるとかでしかたなく帰る人も多いからだ。

そもそも一万の人口から千人になった街が成り立つのかとなる
まさに極端に限界集落化したのである。
ただ小高区は南相馬市でありそれで救われているのかもしれない
なぜなら南相馬市は以前として人口規模がまだ6万とかあるからだ
これもだんだんへって5万になるとか言われる
それもこの辺は高齢化が急速に進む場所なのである。
今は外から除染などで一万人くらい入っているので活気はある
てもその人たちが去ると活気もなくなってゆく
あと二三年とかでそうなるだろう。
そこがまた一つの区切りとなる
将来的にはいい展望はないとなる、でも飯館村などととは違い鉄道も開通したりすると
それなりに復興はしてゆく、だから南相馬市はなんとかもちこたえることできるきかもしれない。

食事のことを考えると原町の方がずっと便利である。
例えば高見食堂では日替わりランチを750円で出している、あつみ食堂と同じである。
この前は赤魚の大きいものを出していた。
材料自体が高いものを出している。この前はブリ大根がうまかった。
外に外食するところが多いから原町だと便利になる
原町は近くても自転車だとなかなか行けないのである
小高となるとまた遠いから双葉食堂までは行かないだろ
車がないとやはりこういう点では不便なのである。

タグ:仮設商店街
posted by 老鶯 at 08:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

abstract(渓谷の流れーcurrents in the valley) (抽象画は連作になりやすい)


    abstract(渓谷の流れーcurrents in the valley)
  
  
  (抽象画は連作になりやすい)
  
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current in the valley

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瀬戸の島々(春)

何をイメージするかというときそれはやはりその地球の多様な場所を知る必要がある
自分は旅しているからそういうイメージができる
これは瀬戸内海ににているなということがイメージできる
地球の多様性は無限である。日本は海あり山あり谷ありでり変化に富んでいる
ただ瀬戸内海でも一回は実地に見ないとイメージすることはできない
日本はたいがい自分は実際に行っているからイメージできるのである




  今回は流れ(current)
  
  (液体・気体などの,絶えず動いている)流れ,流動; 潮流,海流; 気流.)
  
  
  これがテーマとして見えた、花は前からテーマとして抽象画で追及してきた
  やはりテ-マとしてそれが相当な量になれば一つの芸術になる
  抽象画は一つでは終わらない、変化の芸術だからである。
  
  ソフトで変わる芸術である。そのソフトでもパタ-ン化する、利用できるものとできな   いものがある。
  だからみんな利用はできない、そのパターン化がわかると創作しやすくなるのである
  photshopでその創作の仕方がわかったものがあり作れた
  「波」というのが抽象画になりやすいことがわかった
  そこから連作ができてくる、自分のものも変化させるがいくらでもあるインターネット  の抽象画や写真も利用できるから無限に広がるのである
  
  何かコンピュターが小説まで創作したというときコンピュターには人間の知性と連携す  るものがあることは確かである。だからコンピュターは今世紀最大の発明だったのかも  しれない、スマホだってコンピュターから派生したものだからである。
  
  それて人間が失業するというときコンピュターが仕事して人間の仕事がなくなるという  ときそうである。
  でもコンピュターは万能ではない、この抽象画でもコンピュターは変化はさせるがそれ  を水の変化だとか谷間だと山だとか認識できないのである。
  抽象画はその絵が何を意味しているのかはわからない、その意味づけとか価値づけが人 間にしかできないのである。
 抽象画から何をイメージするかは人間にしかできないのである。
  

抽象画-波の多様な変化(abstract-waves) (一連のものとして成功した例) 抽象画-波の多様な変化(abstract-waves) (一連のものとして成功した例)



抽象画-波の多様な変化(abstract-waves) 


(一連のものとして成功した例)


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津波( tunami) 



これは一連のものとして連作にして成功した。
こういうふうにはなかなかならない、元が良かったからである
オリジナルのものが良いとこうなる場合があるがなかなか
こいふうにうまくいったことはない

これは元の絵は自分で作ったものでありそれは単純なものだった
ただphotshopの波で変化させたら次々にまさに波の変化になった

穏やかな波から荒い波への変化が順序良くできたのである

最後は津波かもしれない

津波では本当に渦巻きとか恐ろしい波が生まれたのだ


タグ:波(waves9

家事とか保育とか介護とか、、、大家族でしていた (家族が崩壊して非情化する社会の危機?)


家事とか保育とか介護とか、、、大家族でしていた


(家族が崩壊して非情化する社会の危機?)


人間社会は進歩すればするで問題が生まれる、保育士がたりない、介護士がたりない、子育とか介護とかはもともと家族してしていたものである。
家事そのものか今や外国人にしてもらい主婦には外で働いてもらうというのも歴史をふりかえり考えると対比して見えてくるものがある。
それは原発とかでもそうであり書いてきた。
江戸時代の対比で見えてくるものがある。江戸時代は戦前から戦後十年くらいまでの継続があったのだ。
大家族だったのは戦前でもうであり戦後の高度成長時代に核家族になった。
だから古い人は子供生んだら生んだ女性が育てるのが普通だと言うのもわかる
つまり家事とか保育とか介護はもともと家族の中でしていたのである。

ただ家事というのは戦前でも自分の母親が東京に女中に行ったように中産階級でも女中を雇っていた。それだけ家事自体が重労働だったのである。
洗濯機もないし洗濯だけでもゴシゴシで洗濯板で洗っていたら手間である。
近くの川で洗濯していたのを子供のときみている
家事のために女性はかかりきりになっていたから外で働くことはできない
ただ戦前でも養蚕とか仕事が家内工業というか家自体仕事場になっていたことで女性は家で働いていたのである。
戦後でも自営業が多かった。小さな店でも繁盛していたのである。
商店街が栄えていた時期があった。そういうときは家で働いているから会社で働くのと事情が違っていた。
農家でも養蚕とかの仕事は家と一体となった仕事だったのである。
家の作りまで兜作りの屋根とか養蚕向きに作られていたのである。

そもそも保育士とか介護士という職業などなかった。家事の仕事は女中としてあった。
看護師も看護婦も仕事としてあった。
家事とか保育とか看護とか介護でも家でしていたのでありそれをしていたのは女性だった、嫁だったのである。
女性が外で働くのは戦後でも高度成長期の時に専業主婦は三食昼寝つきで楽だと言われていたからそういう時代があった。

「専業主婦」が出現したのは1960年代高度経済成長時代

それまでの主婦は各地方で農・水産・林・商業のそれぞれの家業に従事していました。
また、今のような核家族ではなく、大抵が大家族であり、長男の家へ嫁いだ女性は家業に加え家事も今の時代以上に熟さなくてはなりませんでした。

要するに家族でしてきたものが外に分化して専門家に頼む、保育とか看護とか介護は家でしていたから病院に入院しても病院で死ぬより家族が看取って死んだ。
自分の父親もそうだったが近くにかかりつけの医者がいたり往診してくれたりしたが実際は家で看取ることはその時も大変な苦労だった。
でもみんな家で普通に死んでいたのである。葬式でも結婚式でも家でしていた。
だから葬儀でも専門家に頼むということもなっかたしそういう職業がなかったのである。葬式は隣組でしていたとかそれが会社に頼むことはなかった。
今はおふくろの味などなくなっているかもしれない、惣菜はスーパーで買うとかなる
第一自分で家事をやる料理をしてみると手間がかかりすぎるのである
料理するというより何か適したもを買うものを見つけるのが料理することなのである。

要するに家族がホテルのようになり寝るだけの場だかなっているというとき戦前とかの大家族とかの家族の重みがなくなってしまったのである。
外で働き男性も会社員であり女性も会社員であり外で働き保育は保育士にまかせる、それで保育士がたりないとか保育園がたりないと騒いでいる
それは介護でも同じである、介護士がたりないとか騒いでいる
その福祉にかかる金も膨大なのである。それで介護だと政府では在宅介護にしろとなる
つまり保育士とか介護士に金を払っていたらその建物でも用意するとなると金がかかるのである。
大家族の時代だったらそれらは家族でしていたから政府ではその金を負担していないのである。


そもそも保育まで子育てまで外部にまかせるとなるとそれが人間的なのかと疑問をもつ
でも主婦にも働いてもらわないと困るとなる
それで家事をしてもらうために外国人を入れるというのもまた何なのだろうとなる
様々な専門家が増えて家族さえ掃除する仕事の人がいてしてもらうとかそれはとりもなおさず家族というのは外部のもの頼りになりただホテルのように寝るだけの場所になるのだろうか?
家族は夫は外で遅くまで働き主婦はパートであれ何であれ外で働く、子供は保育園に保育士にあずけ介護は介護士にあずける、そのためには外で働いて金をためて保育士に介護士に支払う、家はホテルのように寝るだけの場所だとなる
戦前とかは家族が家が仕事の場でありそこが小さな社会にもなっていた。
そこで人は人間として育っていった。そこで基本的な人間の有り様を学んだとなる

それが家族の役割が減少して外部まかせ頼りになる、人間の社会は便利になり進歩してきたとか言われる、でも進歩したというとき退歩してもいるのではないか?
母親が自分の子供を育てられないから保育士にまかせるとか親を介護できないから介護士にまかせるとか何かそれが進歩なのだろうか?
それは人間的なことなのだろうか?基本的な人間的な営みが奪われているのではないか?
それは便利さを追及してかえって人間として肝心なものを営々とつづいてきた基本的な
営みすら奪われているのではないか?
それで子供が生まれたら虐待になるのは子供を育てるのが面倒になっているからである。だから子供が生まれたら保育園に保育士にまかせる、親が病気になったら入院させる
看護もしたくない、介護もしたくなんから施設に入れる、介護士にまかせるとかなる
そこに家族の愛情も受けられない、何でも金で頼むとなる
その金を稼ぐために女性も妻も外で働かなくてはならないとなる

何かこういうことが当たり前になっているけど本来の人間の生活なのだろうか?
日本人は子供大事にしてきたとか、家族を第一にしてきたとか言われるがこれまではそうだった。そういう家族自体が崩壊しているのだろうか?
それで子供はいらない、子供は邪魔だとか虐待する、子供を作らない方がいいとなる
江戸時代は日本人は子供を可愛がっているのに外国人が驚いたとか、みなん幸せそうな顔をしていたとか言われる
そうなると現代人はこれだけ豊かな便利な生活していても不幸せな顔をしている人が多い子供など育てるのがめんどうだとか虐待もする
これは家族が崩壊して人間的な生活が失われたからではないか?
そこで求められているのは金だけだとなる
「金をくれ」と家に来て実際に家捜しているような人がいるということも驚きである。
そこには理由があってももう人が求めているのは金しかない
事業に失敗していた人は成功を装い借金を病気の自分に要求してきて全く人間とみていない、同情もなにもない、こいつ死んだら金になるとかなくなっているのだ。
原発避難民でもみんなどれだけ補償金をもらうしか関心がない
故郷がどうのこうのとかそういう思いもなくなっているのではないか?


この文明は一見すると進歩してこんないい生活をできる時代はなかったという人もいる。しかし一面は人間的生活すらできない、退歩した社会だとも見れる。
昔はただ古いとか否定するけどそもそも家族を中心にしてある社会が古いからと否定してホテル化した家族が新しいから進歩しているのかともなる
例えどれだけ豊かな生活をしていても根本的に家族の愛情すらなくなる社会はもう人間ではない、野獣的な人間と化しているのではないか?
最後は金だけあればいいとなり愛情など必要ないから親でも金があれは施設にあづければいいとかなる,それもやむをえないとかあるけど何か根本的なことが見失っているのではないか?


異常と正常の区別すらつかなくなっているかもしれないのだ。「オメエ,,,何なのだ」と自分のプログに発言してきた人もいるが例えば普通の社会ではオメエはどうだなと初対面の人に言うだろうか?
これも異常なんだけどネットては前からそうだったのである。でもプログなどでは変わったのでありそういう発言は取り入れなくなった。前はインターネットでもニフティのパソコン通信ではそういう発言を拒否できなかったのである。
つまり異常なのか正常なのかわからなくなる世界は怖いことなのかもしれない
人間が人間でなくなるときその社会はどんなに文明的になり科学的技術として優れていてもそこに住みたいと思うだろうか?
例え原子力文明とかでふんだんに電気を使い放題の社会でも人間の情すら喪失した社会に住みたいだろうか?
日本人の義理人情など田舎でもどこでもなくなっている、馬鹿正直な女性のことを書いたけどそれは希少動物であり絶滅しているのである


江戸時代にもいろいろな矛盾があったし飢饉もあったしやはり苦しい生活でありそれと比べれば今は天国だという見方もある、一方でなぜ江戸時代に日本にきた外国人が日本人はみんな幸せそうな顔していたというのだろうか?
現代はこれだけ豊でも幸せそうな顔している人は少ないだろう。
だからこそ子供まで虐待しているのである、不満がある人は必ず誰かにやつあたりする
それが殺人までにもなるし強盗にもなるし家政婦が勤めた先の家々に火をつけて火事にしたとかやつあたりする、そういう経験を自分もしたから怖いのである
その原因が大家族の崩壊があった。今は姑よりも嫁の力が大きく姑は小さくなっていなければならないとかまず一緒に住まないとかなっている
そして一人暮らしの老人が増大しているのである。
何か今の社会は人間的な秩序すら、コワとなる核となる家族すら崩壊するとなるともう人間社会でなくなるかもしれない、家族より最後に頼りになるのは金だとなる
津波であれ原発事故であれそうした社会に対して大きな変わり目に起きた
つまり人間社会が大きく変わることを強いるものとして起きた
人間社会がそれだけ非情化しているということで自然も非情になったともとれる
だから天変地異とともに社会も大変革が迫られる時代になったともなる
さらなる大きな事件とか事故とか天変地異がこれからも起きてくるかもしれないのだ。
こういう時代は犯罪も増えてくる、それも凶悪犯罪が増えてくる、モラルが麻痺してくるからそうなる
だから人間は人間にとってオオカミだという怖い時代になってきている
保育問題でもそんな大きな問題と関係ないというけど社会はみんなつながっているのだからそうしたことも無関係ではないのである。






タグ:保育介護
posted by 老鶯 at 22:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 福祉医療-老人問題

2016年04月03日

桜咲く(今年の花見はどこに)


桜咲く(今年の花見はどこに)

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タンポポや種飛び咲きぬ玄関に

梅香り庭に山鳩飛び来る

十分に梅の匂いて散りにけり

前畑を老婦耕す力かな



みちのくの桜はなおも咲かざりき花見にうかる人をしみれど

故郷に桜の咲くをこの道を歩みて待ちぬ老いゆく我に

東風吹きて川面さざなむ真野川や岸辺の桜今日咲きそめぬ

春風に竹しなりゆれ雲雀なき家々新し街の生まれぬ

石一つ庭に隠され百歳を家支え生く母をし思いぬ


今日この辺は桜咲いた、今日はあたたかい、例年と同じかもしれない
この辺は新築の家がどれくらい建ったのか?
二百軒とかは建っているかもしれない、大東建託のアパートが十軒も建った。
まだ建て続けている
復興住宅も団地も建った
そしてこの辺は新しい街が生まれたのである

前畑を耕すというときそこに生活があり生きる力を感じる
ただまだ畑を作っている所はこの辺は少ない
でも春は一気にやってきたみたいだ

自分は以前として家事に追われかたづけに追われている
なかなか家のなかが整理できないのである。
これは時間がかかるし大仕事だった
放っておくとゴミ屋敷になることを理解した

今年は花見はどこかとなると母が死んでからまだ落ち着かない
だから遠くには行けない、近くになる
西になると東京の方が何か旅行しにくくなった
常磐道で一回バスで行きたい、直通のバスが通るようになったからだ。

玄関にタンポポの種が飛んできて咲いていたのも春らしい
玄関は大事だというと福を呼ぶというときこれは縁起いいとかなる
ともかく不運とか苦しみが十年つづいた。
その苦しみの原因が禄な人間しか来なかったことなのである。
それで犯罪にもあい苦しんできた

家の中に誰かくるか?家の中に入れる人間は要注意である。
一番の危険は家政婦とかお手伝いさんとかである。
これは家の中はみんなわかってしまうから最大の危険である。
時代劇でも最初に女中として商家に入り込ませ手引きさせる
人間の最大の敵と危険は内部に入ってきて攪乱されることである。
外から来る敵ではない、内部に入る敵こそ最大の危険である
避難区域でパトロールしているがそれより内部の人こ危険だといつも見ていた。
内部に家の中に入ると被害が大きくなる。
家の中を知りつくしているからそうなる

母は百歳生きて家を支えてきた、それは目だたない隠れた石だった
でも自分の家に嫁いできて60年の間家を支えたのである。
家を支えた重みが庭の石に残っている
ただこの石は6年前頃だったか新しく作った庭だった
もし旧家だったらそこに石が50年でも百年でもあるとしたらその重みも違っていた。
それがやはり歴史であり自分の家にはそういう歴史はない
せいぜい二代、三代の歴史しかないのである。
長く持続することで重みを増すものがある。
家もそうであり二代三代では重みが備わらないのである。





タグ:桜咲く

2016年04月04日

水の流れには色がある-abstract-many colouring flows


水の流れには色がある-abstract-many colouring flows



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水が青としているのがいつもみている水である。
でもこの抽象画でわかったことは水は必ずしも青でもない
水には色がある、水に光があたれば青ではない

つまり色とは心の反映として色がある
水が勢い良く流れているとき青でも白でもない
赤のように心では流れているともなる

自然そのままだと固定してイメージする
でも芸術は心の反映したものだから固定されないのである。
固定してイメージすると芸術にはならない
芸術とはそれだけ個々人の個性が反映されたりするから
自然そのものの多様な見方が反映されることになる

タグ:水の色

2016年04月05日

理解できないアメリカの銃社会 (資本主義は弱肉強食の世界、荒野のガンマン化するが否定できない)


理解できないアメリカの銃社会


(資本主義は弱肉強食の世界、荒野のガンマン化するが否定できない)


アメリカを日本人が理解するのはむずかしいだろう。その国の成り立ちから違っている
それは中国を理解するのがむずかしいのともにている
その国の歴史がみんな違っているからだ。
「荒野のガンマン」というけどアメリカは荒野を開いて移民が住むようになった。
テキサスでも西部はそうだろう。広大な土地を開いて住んだ
第一グランドキャニオンを見ればあそこが地球なのかと思う
スケールが日本の風土と国土と全然違うのである。それは中国にも言える
大陸的な風土は日本では肌で理解できない,この風土が理解できないと世界が理解できない
それは地形とか地理とかでもそうである。そして世界を知る基本はこの地勢とか地理なのである。学問の基本はここにあった。

この地形とか地理は本を読んでもテレビをいくら見てもわからない
その広さの感覚がわからないのだ。だからモンゴルとかを知るにはあの草原を車でもいい、どこまでも走ってみないとわからないだろう。
例えばそこに行っても意外とわからない、その距離感覚がわからないのだ。
日本にはそれだけの広い場所がないからだ。
自分はフフホトとかに行ったけどそこで感じたのずいぶん高地にあると思った。
車で行ったのでそれか感覚的にわかった。この土地の高低もわかりにくいのである。
相馬の海側からだと飯館村はかなり標高が高いのである。だから夏は涼しいのである。
それは車で八木沢峠を越えれば実感する


なぜ世界を外国が理解しにくいのか?それは地理が理解できないからである。
なぜシリアで紛争が起きているのか?それも地理がわからないから理解できない
例えばアジアだというときイスラエルまでアジアである。
アジアというときトルコは遊牧民だからアジアである。
西洋と東洋というけど宗教はアジアが発祥の地であるというときキリスト教もアジアなのである。なぜならイスラエルがアジアだからである。イスラム教ももともと一神教で同じ系統のものもである。
アジアとヨーロッパというのも区別がむずかしい、トルコがアジアだというときトルコかEUに参加したいというときアジアでは唯一ヨーロッパに属したい国だとなる

アメリカの国の成り立ちはそもそもよそ者の集まりであり移民の国であることはわかる。よそ者の集まりとなると互いに同じ国の人でも信用できないとなる
あらゆる国の人が混じり合う社会だからである。
だからそこで安全を守るためには法でありルールが厳しくなる
それで資本主義社会は競争が原理であり日本ではそれが徹底されていない
そのことがかえって日本は社会主義化して福祉社会になって衰退するということを言う人がいる。
それも一理あると思う。日本でも福祉の金が膨大になり医療費でも生活保護でもなんでも増えるばかりである。その金を誰が稼ぐのかとなると資本主義の競争社会で勝ち組にならない限りその金はででこない、社会主義的福祉社会は誰かが金を稼ぐことで成り立っている逆説があるのだ。
中国の共産主義社会でもグローバルな資本主義社会の中で発展したのである。
でも中国の官僚が経営するゾンビ企業を国で維持するとなると負担になるからつぶすと共産党幹部が言っている。資本主社会ではそうした福祉的なことをしていると全体に影響しして国自体が衰退してゆくのである。
それはいい悪いということではない、そういう仕組みとして資本主義がある

でもアメリカの銃社会では賛否両論がある。オープンキャリーとして銃を持ち歩くことを勧めている集団と銃をもてないようにすることを推奨する団体である。
そのオープンキャリーをすすめているのが牧師だというから日本では理解しがたくなる
剣をもつものは剣で滅びるというのがキリストの教えである。
その教えに全く反しているが理解できなくなる、牧師が率先して銃をもち説教壇でも銃をもちしている、それは境界でも銃の乱射事件があったからである。
これも日本では理解できない、日本では侍が刀をさしていたのは戦国時代の名残だけど
江戸時代になったら侍のシンボルとなり飾りとなっていてほとんど使われていない
刀で争い人を殺すということはまれになったのである。

この論争でどっちが正しいかとなるとその国の成り立ちもあり外国から見て判断するのもむずかしい、銃をもつことは権利だというのは国の成り立ちでそうなっていた権利だからである。
日本で銃を堂々と持ち歩いていたりすることはイメージすらできない、今ではアメリカくらいがそういうことをしている、するとアメリカが先進国なのかとも思う
でも国の成り立ちが暴力から武力をもったものによって成り立つのはにているだろう。
中国でも毛沢東が革命は銃口からはじまると言っていたから武力によって暴力によって権力を得たのが中国の共産党だからである。暴力なしでは武力なしでは国はまとめられない
資本主義は本当は相当に厳しい社会である。事業を起こして失敗した人は責任をとるべきだというときもそうである。
そして事業に失敗した人は本当に多い、20人一人しか成功しないの事業である。
資本主義社会では事業に成功すればその人は王侯にもなるが失敗すれば最低辺に没落するそれが資本主義社会の厳しさである。それは国にもあてはまるのだ。それが容赦がないのである。熾烈な競争に勝ち残らない限りそうなる
そして福祉とかも資本主義社会で競争に勝ち残ればできるのであり負ければ福祉すら崩壊する、日本は特に高度成長時代から衰退しているからもう福祉の負担すら政府ではできなくなる
何か日本では世界に売れるものを発明したりすれば別なのである。
資本主義は弱肉強食の世界なのである。それはいい面に働くこともあるし悪い面に働くこともある。
ただ格差社会のことを言うけどこれも格差をなくすにはどうするかとなる社会主義的平等の手法では簡単に解消できないだろう。
グローバル資本主義社会では競争に勝たない限り国全体が負けになり衰退するからだ。

いづれにしろ「荒野のガンマン」というときそれがアメリカ人のアイデンティティなのだろうか?日本だと村がアイデンティティであるのとは相当に違う。
ただ資本主義社会では日本でもアメリカとにてくる、金が唯一の価値となっているのもそうである。
「金くれ」と家に入ってきた人がいたがそれは強盗と同じだった。すぐ家捜しして大金を盗られた。田舎でそんなことがありうるのか?だからそういうアメリカのようになっているのも日本の現実である。
いくら金がないといってもそこまでするのかと驚きだった。そういう人は玄関で銃で殺さない限り安全は計れなかったのである。
そういうことも会津の夫婦がよそ者に無惨に殺されたことで起きた。
日本すらそういう危険な社会になっているのだ。格差社会になると金持ちはさらに危険になる。自分のみを守れなくなるのだ。そういう殺伐な社会が「荒野のガンマン」のアメリカ人の体質と同じになってゆく

事業に失敗した人もそうだった。自分が病気なことを弱者化したことをいいことに借金しているから脅迫してくる、これもまさに自分は弱肉強食の世界を身をもって体験したのである。もう相手は人間ではない、人間を金としかみていないのである。
そういうふうに事業に失敗したり借金に追い詰められた人はそうなる
世の中はそういうふうに厳しいものだということを知らなかったといえばそれまでであるでもすでに銃を持ち歩いていること自体その社会で相手を信用しないということである。誰も信用するものがいない「荒野のガンマン」なのである。
そんな社会が地獄だとアメリカ人の女性が言っているのはわかる。
現代の社会が日常社会でそうなっているとき世界的に戦争になってもおかしくない
弱肉強食の世界では最終的にはそうなる、殺すか殺される?食うか食われるか?の世界になるのが必然だからである。
アーリア人種、白人はそういう世界で侵略をしてきたという世界史観から資本主義が生まれたというのも一理ある。

かといって資本主義から共産主義になっても同じだった。なぜなら毛沢東が銃口から革命が生まれるというとき結局銃で権力を持ったものが王侯になったと同じだからである。
そして福祉に頼る人間は何も産み出さないという逆説もある。
平等だけを追及して格差社会を批判してもその人たちは何も産み出さないからみんな貧乏になるのである。
いづれにしろ人間は厳しい現実を認識してこそ世界を知る社会を知る
その厳しい現実にどう対処するかということで銃をもつ派と禁止する派に分かれたたのがアメリカである。
日本だってそういう社会になればそうなる、銃をもたないにしろ現実的には日本も資本主義だから負け組になれば最低辺に落ちる、そうなるとどうなるか?
銃で襲わないにしろ自分が経験したようなことがどこでも起きてくるし現実に起きているのである。アメリカでは銃をもって説教壇に牧師が立っているのだからその異常性ははっきりしている、そうしてキリストの教えを説いているのも矛盾なのである。
だから宗教家というのもどこでも宗教を実行している人などいないとなる
イスラムではテロになりカルト宗教団体は権力追及であり世俗と何も変わらないというより銃をもって殺さない限り安全が守れないとか食うか食われるかを実行しているのが現実だとなる



タグ:銃社会
posted by 老鶯 at 02:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

ノートパソコンでプログにアップする実験



ノートパソコンでプログにアップする実験

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飛ぶ鳥の花また花や真昼かな

菜の花や街中に住み暮らしかな

春なれど北斗七星は北を指す


鶯の二三羽ここに今日も鳴きなれにし道や暮れにけるかな


今日はアマゾンで持ち運び用の安いパソコンを買った、3万だから安いけどいいものだった
ASUSでありレビューを読んで買った、量販店とかではすすめるの買うと失敗する、売りたいものを買わせられる
レビューでみんながいいとするものはたいがい間違いなくいい

ただ電気店はyi-fiのことを一番わかりやすく説明してくれた、説明とともに品物も紹介してくれるのがよかった
要するに最近の製品は通信とかでもわかりにくくなっているのだ
それが電話で聞いてもよく呑み込めないのだ、YI=Fは設定できなかった

原町で直接パソコンを持って行って聞いてわかった
ものをじかにもっていって説明されて分かった
そういうことがパソコンとかの接続ではある

外で通信したかったのでそれをどうするか分かった、今日はその実験である




タグ:菜の花

2016年04月06日

良くも悪くもカルマはめぐる (恵み(めぐみ)はめぐるである


良くも悪くもカルマはめぐる


(恵み(めぐみ)はめぐるである


カルマというとき悪いものをイメージするけどそもそもカルマが災いだとするとき災い転じて福となるとかある。
原発事故でもこれもみんな損したわけではない、補償金もらって得したと思っている人もいる、ニートとか遊び人のような人は喜んでいたのである。
いつもなら見向きもされないがかわいそうでもないのにかわいそですねとか常に同情されているのも変だった、そういう人は病気でもなんでもないからである
一方普通の生活ではどんなに苦しんでいても同情されない人も多い、ただ放っておかれるのも普通なのである。
だから今回の原発事故ではかわいそうでない人もかわいそうだとされたから変な面があった
結果的にその人たちは同情されるべきだとなりそれを要求できるとなった。


つまり何か悪いことでもそれがすべてに悪いものとして働かない、カルマも悪いカルマだとしてもそのカルマに耐えていれば災いも良いものになってゆくかもしれない
確かに原発事故は最悪だったがその最悪を最善のものに変えるということもありうる。
そもそも何が幸福で何が不幸かも人間は最後まで見ないとわからないのである。
意外と最後に不幸に見舞われる人間がいる、自分の家族でもそうだった
病気もしないし頭もいいしと幸運に恵まれていた人が最後は最悪の認知症になってしまったからである。
人間は最後に不幸になる人が結構多いのである。それはどんな金持ちでもまねがれないのである。金持ちはか家族関係などで問題が多いことはありうる


カルマとは日本語だ恵みにもなる、恵みはめぐるなのであ。幸も不幸も回りめぐってゆく、金も天下の回りものだというのともにている。
幸福が幸福の基と必ずしもならない、不幸が幸福の基になることが普通にある。
病気から快癒したときなどは最高の幸福を味わうからである。
そういう不幸を経験していなければ本当の幸福は得られないともなる

だから金持ちで何でも恵まれていることも危険である。
それで金持ちの土地持ちの姉妹が餓死したというのもうそうである
いろいろと社会経験とか苦労していないからそうなる
お嬢さんとして育つ人もいつどうなるかわからないから危険なのである。
親がいつまでも生きていないし守ってくれないからである。
その幸福が恵まれた環境がかえって後の災いの元とともなっていたのである。
それは自分も経験したからわかる
恵まれすぎることも後の災いとなるのである。


カルマがめぐるというとき具体的な自分が経験したというかなぜ自分がその人に代償的役割をしているのかということもそうである
その人は70万くらいの働いた金をもらいなかったのである。
そのことを延々と自分にくどいていた。でもなぜかその分を自分が支払っていたのである自分が余裕があるからそうしている、その人に自分は払う義務もなにもなかったのだけど払っている、つまりその人に恩もなにもないのに払っている
70万という金が未払いになった分を自分が払っていたのである
カルマとは別にカルマを受けた災いをもたらした人自身が払うことでもない
全然関係ない人がカルマを負って償ってくれるということがある

運も不運も金もめぐりめぐってゆくのが人間社会である。だから何が幸福になるかはわからない、幸福だと思っていたものが不幸の因になるし不幸と思っていたものが幸福の因になっていたなど普通にあることなのだ。
例えは誰か死ぬということは不幸だけど何か人間が一人死ぬとその分幸福になる人がいる財産をもらったりして貧乏な人が一挙に金持ちになったりするのである。
いつまでも生きていて災いになる人も人間には多いということがある
そういう災いをもたらすものがいなくなったとき時代が変わるということもある
人間は生きている限り財産でも金でも地位でも放さない、それで老人が長生きすると社会に弊害が起きる
人間が死ぬというとき新陳代謝が社会全体に起きる
だから高齢化社会の問題は60代とかで親の財産をもらことなのだ。
もっと早くもらっていたら死んでいたらいい面としてはその金で自分のしたいことができるということである。
いつまでも高齢の親が財産をもっていたらまず何かしようにもできないのである。


めぐみ(恵み)はめぐるである。水は流れてめぐりめぐって潤して実りをもたらす、恵みはめぐることで起きてくる、金も一カ所にとどまらず巡り巡ってくときグローバルに恵みをもたらす、グローバル資本主義社会というのは悪い面も大きいがいい面としては富が世界をめぐれば幸福をもたらす、でも少数に金が独占さされば格差社会となり不幸になることが問題なのである。
めぐるは英語ではrollでありrollには役割という意味があり俳優の役の意味がある
人間も年によって役割が変わってくる、だから若いとき美人ではないとか不幸に思っている人が多い、ところが老人になれば美人だと関係ない、みんな皺が増えていくら装ってもどうにもならなくなり美が基準でなくなる
かえって美人でなくても話が面白いとか何か別な要素に価値が出てくるのである。
役回りが年とともに変わる、その役回りをうまくこなせないと今度は美人だったけど不幸だったとかなる
だから若いときは不幸でも老人になって幸福になっている人もいるのである。

いづれにしろカルマは逃れられない、不幸は逃れられない、カルト宗教団体に入っても逃れられない、誰かが代わってカルマを背負ってくれる人がいるかとなると逆にそういう場所には不幸な人が多いから悪いカルマを背負わされるのである。
そこが助け合う場所というより不幸な人たちがさらにブラックな所にゆき苦しむことになるのと同じである。
そういう場所でカルマを落とせるならみんな入るだろう、かえって悪いカルマを受けやすくなる場所なのである。


なぜ家系とかがカルマに影響するかというと結婚すればどうしても相手の家系の影響を受ける、いいカルマを受ければいいのだが悪いカルマもその家系内でめぐるから危険なのである。カルマを否が応でも結婚したりしたら相手の家系のカルマを受けるから怖いのである、それは結婚したりして長い時間が過ぎてはじめて問題が起きてわかったとかなる
その女性は実際はいい人と結婚した、金にも恵まれた人と結婚したのだけど最後になり
60代になり事業の失敗が明らかになったのである。
それがカルマなのかどうかわからないにしてもやはりカルマはいつかめぐりめぐってくる自分にしてもそうだったからだ。それは誰でもそうでありカルマからは逃れられない
カルマは死をもって消滅するとかある、死は一つの救いでもある
もし死ななかったら延々のカルマを背負い生きなければならないとなると地獄だからである、それはまさにシンジホスの神話のように重い岩を延々と持ち上げていなければならない、カルマがきれなかったらそうなる


タグ:カルマ