2016年03月18日

雲雀(五年すぎた右田浜ー植えられた松の苗)


雲雀(五年すぎた右田浜ー植えられた松の苗)

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松の苗またここに植え右田浜育つ日待ちぬ雲雀なくかな

松の苗育つを待ちぬ長きかな春の夕日の山に没るかな

一本松ここに残りぬ春の日の夕日のさして雲雀なくかな

一本松残り春の日昼の月平和もどらむ我がよりにけり

一本松春の日さして我がよりぬ津波の跡の形見なるかな

大きる根のみ残りて大木の今はなしかも春の日くれぬ

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右田浜も工事が進んでいた。この辺は一年くらい立つと変化する
これだけ変化することは経験していない
右田の松原がなくなりここにまた松の苗を植えていた。松だけではない、他もある
でもこれが育つのは時間がかかる、五〇年後くらいとしたらとても生きているうちは見れない、それよりも本当に育つのだろうかということもある
これを見れのは今二〇才くらいの人までは見れるかもしれない、でもあまりにも先が長いだから本当にその時ここが前のような松原か森になっているのかわからない


でも木蔭がないということが困る、自分は暑いとき松原の木蔭で休んでいた。
海の風がすずしいからである。天然のクーラーだった
それが根こそぎなくなった。
津波に残った一本松はなお生きるのか、これもわからない
やはり残ったら奇跡的だとなる

大木があったがそれをも切られて根だけが残っていた。
あそこには道をはさんで門のように大きな木が立っていたのだ。
三本の木は残るのか、何か名残を残してほしいということもある
ともかくこの辺の復興の先は長い、松を植えたとしても五〇年も育つのにかかるのであるおそらく五〇年後にこの辺は復興したとなるかもしれない
それだけの大災害だったのである。
その時はもう自分はこの世にない、でもあの世から成長した松原や森を見たいとはなる
その時のんびりと昼の月となっているのが自分かもしれない
昼の月のように平和な時が長くつづいたがこの辺は一変してしまったのである。

ただこの辺では津波の被害があった所には家はない、とするともうあのくらいの津波が来ても被害はないとなる
ということは津波の災害はこの辺ではない、でもあとどういう災害に見舞われるのか?
それより大きな津波がくるのか?やはり何か必ず災害はある、それは予測できないのである。

タグ:右田浜
posted by 老鶯 at 13:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係

復興とは全体の復興と個々の復興がある (シリアのように国が全体が崩壊すれば他国に逃れる他ない)


復興とは全体の復興と個々の復興がある


(シリアのように国が全体が崩壊すれば他国に逃れる他ない)


元に戻すことではない

個々人の復興と全体の復興がある


復興とはみんな元に戻すことを考えている、そうなればいいが津波の被害地でも原発事故の被害地でもそうはならない
放射能のない元の市町村にもどしてくれといってもできない
もしそれができれば元の市町村にしてくれるならば賠償は終わる
だからいくら元にもどしてくれと言っても無理である。
でも依然として元の町に村にもどしてくれとこだわる
そうなると復興は無理である。
それはどんなことしても江戸時代には戻れないと同じである。
時間を逆にもどすことはできない、それが現実の厳しさである。


それから復興というとき全体の復興、市町村単位の復興がある
全体が崩壊したとき個々の問題より全体が大事になる
でも普通は自分の土地とか家とか家族とかそういう個々人のことを利益を優先していて生活していたからまずそういうことから抜け出して考えることはむずかしい
人間は何かこういうふうに激変すると今までの常識が役に立たなくなる
でも旧来の考え方に固執するから復興できない
自分の土地を家を家族を権利を守るということで行政ではその権利を取得するのに二年間もかかりそれだけ新しい街を作るのに手間どったのである。

ともかく全体を意識して暮らしてきた人はまれだろう。
今は特にそうである。会社のためにとか生活していた人がいるが村のためとか町のためとかさらに広域的な市のためにとか働いていた人がいるのか?
公務員は公僕だからそううい意識が自ずとあったかもしれないが他は今はないだろう
つまり会社のためにという人は多い、だから企業戦士とかなってまるで会社のために命をささげるとまでなっていたのである。
市町村というのために生きるという意識がないのである。
戦前は国のために生きるということがあった
それは強制されたものでもあった。
だからこそ国のために命を捧げて三百万人も死んだのである。


全体が大事になるのはこうした全体が壊れたとき意識する、普通のときは意識しないのである。
シリアみればわかる、今日も家族でギリシャまで海をわたろうとして孫や息子が12人死んだ、帰らない、探しようもないという人が海を見ていた。
これも過酷な現実である。シリアの現実も信じられないとなる
親が殺されて子供は奴隷として売られレイプされ放題とか信じられない現実がある
それはなぜかというと国という全体が崩壊したからである。
国がないということは誰も守ってくれるものがいないということである。
そこはすでに無法地帯となり盗賊のようなものが自由に跋扈する
イスラム国なども盗賊の一種なのかもしれない、中国では盗賊の首領が皇帝になったのだからそうういこともありうるの人間社会である。


なぜ復興がむずかしいのか?それは全体を優先して全体への意識が欠落しているということもある
みんな復興というとき自分の復興を考える、全体の市町村の復興を考える人が少ない
賠償でも個々人の復興を考える人が多い、自分がいくらもらえるんだということに集中する
そして個々人に重きをおけば結局個々人が賠償金をもらえるだけもらって後は故郷のことはどうでもいい、それより自分のことが大事であり外に出て家を建てて新しい暮らしを始めた方がいいとなる、そして若い人は流出したのである。


そもそも現代社会はこうした全体意識をもつより個々に分解された社会である。
個々に利益を追求する社会であり全体が意識しにくい、意識できるのは会社であり故郷ではないだろう
農業主体だったら故郷を意識する、それは自然と密接に結びついた共同体だったからである。
田んぼがあるとするとそれは山から絶えず水が流れてこそ成り立つから山が神ともなる
先祖は神になり春には里に下りてくるという信仰にもなった。
自然と一体になって暮らしていたから自然とそうなったのである。
会社はそういう自然と一体化した全体を意識しにくい、会社はどんな大きな会社でもトヨタでも全体ではないのである。
故郷とはそうした自然と生活が一体化した全体だったのである。
その全体が壊れたから全体を意識するようになったのである。

いづれにしろ復興というとき元にもどるということだと思っているが違う。
それができないから新しい考え方が必要になる
元にもどってほしいとしてもできない、元にもどすことができない、ではどうするのかとなるときそれが内部から老人とかでは新しい街の発想ができない
それで外部に頼るほかないとなる
もし避難区域の広い土地を空家でも自由に使って新しい町を街を作っていいと言われたらどうなるのか?
それはともかく大きな実験になる、失敗もあるが意外なことにも直面するがやりがいはあるとなるかもしれない、それが元のままの状態に復興するということにこだわるとできないのである。


内部の人は被害者意識が強い、何かというと被害者でありこの被害をどうしてくれるんだ、もっと賠償金を払いとかそのこと自体すでに外部頼りなのである。
俺たちが被害者のだから政府でも東電でも国民でも俺たちのために尽くせとなっている
それは避難区域からはずれた人にも要求されているのである。
そしてちょっとでも賠償金のことなどで避難区域からはずれた人が批判すると怒る
お前はなにもしないから何も言うなとそれは恐ろしいほどである。
恐喝にさえなっているのだ。それは極端にしろ避難民の心情なことがわかった。
それにマスコミも加担して助長している
いつも避難民側につきかわいそうだかわいそうだとしてテレビで回りの人が冷たいと告発しているのである。
津波の被害者はあまりそういうふうに訴えることができない、天災だからどうにもならない、でも原発避難者は言える、そこに大きな差がある


南相馬市でも合併したのだから全体としてまとまる必要があった。
だから補償金問題でも南相馬市全体を考慮して配分すれば良かったのだかしない
例えば小高病院の配管を直すのに七億円かかるというときそうした補償金を全体のものとしてプールしてあとで予算を組み配分して直すとかする
小高は南相馬市だからここだけを考えて復興はできないだろう。
でも小高は小高,原町は原町、鹿島は鹿島と分断して最初から考えた
確かに放射能影響はあった。でも山側をのぞけば放射能の汚染はほとんど変わりない
小高の街内は0、1であり同じなのである。
だからそもそも30キロ圏内で線引きするのが間違いだったのである。
それは政府でそう決めたことが間違いだった。それが自治体を混乱させたのである。
政府には政府の事情があり科学的見地もあったがそれが市町村を一つにしないものとした原発被害地域は本当は広域的に一体化して抗議したり全体の復興を計るべきだったのかとなる
避難区域だけがあまりにも優遇されたことなどで分断されてしまったのである。
それはまた市町村単位とういのもにこだわれば広域的連帯をもつということもむずかしいとなる


いづれにしろ全体が破壊されるとシリアのようになる
みんなバラバラになり他国に逃れるほかないとなる
特にこの辺はそうして生きるか死ぬかではなく賠償金でかえって豊かな暮らしができるとなって流出している、それはシリアとは考えられないような避難民貴族と化している
シリアの人たちが見たらどれほどうらやましいかとなる
日本でも避難民になりたいという人がいることでもわかる
避難民様になればもう特権をえたのでありそれですべてが通るからである。
テレビで何で回りの人は避難民様に冷たい仕打ちをするのだと告発される
そういうふうに一方的に報道を編集することがテレビの問題だった。

相馬市のトマト栽培農家が飯館村の人より津波被害者を雇ったのはそれは冷たいことではない
その言い分だけを言わせてではその雇った人の気持ちを伝えないのは一方的になる
一瞬わからないがそういう意図がテレビからくみとれるのである。
つまり巧妙に一方的に誘導れされているのである。
何かテレビとか報道はその局の意図があって報道しているのである。
もちろん飯館村の人は最も同情されるべきであり自分はそういうことは言っているのではない
避難民になったときやはりそこに回りの事情があるのだからその事情を考慮して放送すべきだということである。
何でも避難民なら許されるとはならないのである
回りの人にも言い分がありそれをとりあげず一方的に避難民のことは何でもいいとしているのである。


結局これはNHKが在日勢力にしめられて一方的報道しかしないのと同じである。
報道は公正であるべきだがそうはならない、そこに民主主義はない
テレビだと避難民側の報道しかない、テレビで回りがどういう不満をもっているか報道していない、もしテレビでもそういう問題があることを報道すれば公正だとなる
つまりマスコミが特にテレビは裁判官になってるのだ。
そこが報道のマスコミの大問題なのである。
自分はどっちの味方より中立でありできるだけ公正な見方をしようとしている
いくら利害関係があっても自分では公平を追求していると思っている
それが報道にはマスコミには特にテレビにはない、NHKが問題なのは影響力が大きすぎるからである。
ただこれができたのも30キロからはずれていて補償金もたいしてもらえないとかあったからである。
利益をあまり受けていないので言えたともなる、お前も結構もらっているのではないかとなれば言えなかったのである。
つまり人間は自分の利益が逃れられない、そこで必ず公平ではなくなる
だから警察官でも公平になるならもう女性でもそれが美人だったりすると思い入れができ判断が狂う、他でもまず公平であること自体神でないとできないとかなるほどむずかしい第一国と国の争いとなるとどっちが悪いとかわからないから最後は神が審判者になって裁くとなる、つまり裁くということは神しかできないとういことである。

タグ:復興とは
posted by 老鶯 at 10:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連