2016年03月15日

発想の転換が必要な津波原発被害地 (労働やものや様々な価値観が変わる時代)



発想の転換が必要な津波原発被害地


(労働やものや様々な価値観が変わる時代)


労働というのが機械化で変わった。機械化した結果失業する人が増える
今度はコンピューター化で事務系統高度な事務系統とかすら失業する。
そして格差社会が極端になるからその対策としてベーシックインカムを導入することがヨーロッパではもう具体的に進めようとしている。
極端な格差社会になると社会の治安も悪くなったりするかからである。
格差社会がなぜ起きるかというと機械化も大きな要因としてある
コンピューターのソフトを作るよような人は高額な収入になるがその他の人の労働力は省かれる
それで失業した人にも働かなくても金を払うとなる。
そうなるとどうなるかという社会実践が現実にヨーロッパでは始まっている
ただ一方でなぜ日本などではこれほど人手が不足しているのかとなる
それも機械化でやがては補うことができるのだろうか?

そもそも理想社会などありえないが辛い労働から解放されることが人類の目指してきたことである。
流れ作業でも機械化できればそうした仕事をしないですむ
そしてそのような機械的仕事はしないで各人が好む仕事をする
各人が適した仕事をする、それは利益を産まなくてもいいとなる
あなたが農業が好きなら自由に野菜作りでも何でもしてくださいとなる
別にそれは利益を産まなくてもいいのです、とれたものは周りの人にただであげてくださいとかなる
他に商売したいなら店を出してしてください、別に特別利益をあげなくてもいいです
あなたの趣味でも商売にして街を活気づけてください
花が好きなら自由に花を飾ってください、店はもともと見せるからきているんですから
他にも趣味があるでしょうからそれで人が関心をもち通りを賑わえばいいことです

この世の中資本主義は金にならない限り利益を産まない限り価値ないものとされる
人間すらそうである。もし絵でも売れなければ価値ないとされその人間すら価値ないとされる
そういうことでなくて金を産まなくても各人の価値を追求する社会はある意味で理想社会かもしれない、それも結局意外な結果になるかもしれないがそうういことができる社会は進歩した社会だとなる
そういうことは一部インターネットで実現している
インターネットの情報とか知識は無料だからである。
無料だからたいしたものはないともいえなくなっているのがインターネットである。
今までは情報でも知識でも発信するとなるとコストがかかりすぎたからである。
だからマスコミしか発信することができないのでマスコミが異常なほど権力をもち第二の権力とまで言われたのである。
原発事故でも安全神話を作ってきたのはマスコミも加担していたからである。
要するに政府でも東電でもマスコミでも互いの利益で結びつき安全神話が作られたのである。


ともかく社会の価値観は常に変わってきた。そして価値観が変わることは発想の転換が求められる、それが柔軟にできない、特に老人はできないのである。
どうしても従来の路線で価値観で物事を見るからである。
例えは農業というものをそれは食べ物を提供するものだとばかりと見ている
でも価値観が変わると米余りになると減反になると農業とはなんなのだろうと考えてしまう。何のために農業があるのだろうかとなる
農業とは食べるものを提供するだけではない、それは自然の景観を維持するものであり
またそれは日本の文化だから文化を維持するものだとも見れるようになる
そんなもの何の価値があるのか、米がとれて米をいっぱい食べるために田んぼがある
これまでだったらそう考える、現実に満足に白い米すら食べられず戦争のとき、東北では白い米を食べたくて兵隊になったとかある
それは貧乏な時代ならそうなる。それが米が余り減反までなると価値観が変わる
田んぼなんであるんだとなる、田んぼは景観の維持のために日本文化の維持のためにあるとなるときどうなるか、それは米を売ることに米を利益として考えないからそうなる
現実に今も米を作らない減反政策をしているのはなぜかとなる
そんなことして無駄だとなるが別な価値観をもてばそうならないのである。


自分が追求してきたのはまさにそうした景観とか情緒がある世界である。
それで極端になったのが八沢浦が津波で入江になったとき波が朝の光にきらきら打ち寄せてきたとき自分の望んでいたものが現実化したことに驚いた。
その現実は想像を越えたものだったのである。きらきら波か光り打ち寄せることは奇跡のように思えた。
もちろんその時ここで津波で死んだ人がいたのだからそのことを指摘されてあまりに不謹慎だったことは言うまでもない、でもふりかえると自分はあそこが田んぼになっていることにあまり価値をおいていなかったのである。
いつもあそこが昔のような入江になったらどんなに美しいだろうなとイメージしていたのである。

そこに古歌も残っていて風光明媚な場所だったのである。この辺では入江とか浦がほとんどないからものたりなかったのである。
こういうふうに時代によって価値観が変わる、もちろん旧来から見れば八沢浦は先人が地のにじみ出るような努力して干拓した所であり、犠牲もあった。
でも時代が変わればまたその価値も変わるのである。
自分にとっては景観の方が価値があり外からくる人も田んぼをみたとしてもつまらない
八沢浦の入江を見たら本当に美しいと思うだろう。そしてそこが観光地になる。

つまり農業でもそうした発想の転換が必要なのである。「浦里の滴」という菜の花から作った油を小高の人が売り出した、それも自分にすると今の時代になると油などいくらでもある、もちろんその他の味噌であれ?油であれ何でもいくらでも種類がある
すると自分の場合だか一面の菜の花畑になったその景観に価値あるとなる
でもそれはやはり油として菜の花畑にするのとは違うからありえないともなる
でも油などいくらでもあるというときどうしても景観の方が価値があると自分は見る
だからソーラーバネルでも風車でも景観が壊されることが嫌なのである。


津波の被害地とか原発避難区域とかで今必要なのはこの発想の転換なのである。
旧来の発想では復興できない、全く変わってしまったからである。
街が何もない荒地になった、一体どうすればいいんだとなる
どんな新しい街にするのだとなる、そうなると旧来の考え方では復興できない
新しい復興のビジョンが必要になるのである。
こうなると旧来の考え方しかできない老人には向いていない
それで女川では若い世代に街作りをまかしたのである。老人は口を出さないと決めたのである。
もうそれくらいの覚悟をしないと復興できないからである。
津波や原発避難区域はみなそうである。



posted by 老鶯 at 23:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連