2016年03月11日

私のプログに対する批判に答えます (ギャンブルしている人たちや故郷を捨てた人たちをまず批判しろ)


私のプログに対する批判に答えます

(ギャンブルしている人たちや故郷を捨てた人たちをまず批判しろ)

自分に対するコメントの答えです

他人任せでもないし(している人もいる。ボランティアもいるし、ボランティアはボランティア。)お前は結局ネガティブキャンペーンをしたいだけだろ?お前はいたずらに絶望を煽るだけで何も生み出さないな。誰もしていないというのならお前がやって範を示せ。する気もないなら黙っていればいいだろなんて
傷口に塩を塗って楽しいか?放射能を語りたければ機械によって測定された数字を見ろ


こう言うのはどこの地域でありその出自か明らかではない
これだけ反応があったということで答える
自分はこれだけ書いてもほとんど反応がなかったからである
どいうふうに読んでいるのかもわからなかったです


放射能を語りたければ機械によって測定された数字を見ろ

今日テレビを見たら小高の整形の開業医が0、1だから始めると言っていた。

だからあなたがどこに住んでそういうことを言っているのかわからない


お前は結局ネガティブキャンペーンをしたいだけだろ?お前はいたずらに絶望を煽るだけで何も生み出さないな。


絶望をあおるというより現実を言っているだけだとも思いますが、、、、
現実を直視してどうするかを考えている
現実に老人だけ帰って復興できるのかというのは現実である。
ではどうするのかということを考えざるをえないでしょう


誰もしていないというのならお前がやって範を示せ。する気もないなら黙っていればいいだろなんて

それよりなぜ原発避難民は毎日ハチンコ屋やギャンブルをしているのか?
そういう人たちこそまず非難すべきでしょう
そういう人たちこそ率先してボランティアに頼むより復興に働くべきでしょう
そういう遊んでいる人たちがいるから地元の人も嫌がり助ける気もなくなるのでしょう


自分は原発事故で小高の人たちが避難してきたとき苦しい状態にあった
でも小高の人はその時どうしていたか?
大挙してパチンコ屋におしかけていたのです
その時自分の所にきた親戚とも言えないがパチンコ屋で掃除して働いていたのです
そこで人手たりないとか言っていたのです
自分が苦しい状態のときパチンコ屋にみんな通って遊んでいたのです
その手伝いをしていたのが親戚だったのです
その時そうして遊んでいる人たちに怒りを覚えたのです
それは小高の人に対してです

あなたが自分に怒りを覚えるのはそもそも何故なのか?
それはもっとお前は避難民に同情して助けるべきだということでしょうか?
その前に遊び暮らしていた人たちはどうなるのでしょうか?
そういう人たちがいれば誰も助ける気がなくなるでしょう

感情的になるともう会話できません
自分に対する憎しみが先行しているようです

まずお前ら避難民が藩を垂れろ、、、それから文句を言え

毎日ギャンブルで遊んでいる人も多い、まずそういう人たちこそネガティブキャンペ-ンを身をもってしている

まあ、それぞれの言い分かあり人が理解しあうことはそもそもむずかしい
でも何らか会話すれば相手のこともわかることはあります
ただ自分に対する何か憎しみがありあなたとはとても会話できないでしょう


津波原発事故に関しては様々な人たちがいます、
様々な意見をもっている人たちがいます
それをお前は何もしない、何もできないから何も言うなと言えますか
自分は南相馬市内だけでなく全国にむかって実情を言っているだけです
きれいごとだけではすまないのです
かわいそうだ、かわいそうだと言われていれば気分がいいでしょう
現実にそんなに原発避難民がかわいそうなのでしょうか?
もっとかわいそうな人は津波や原発被害者だけではないいます
宮城県でも岩手県でもいます
普通に暮らしている人でも苦しい人はいくらでもいいです
まずは自分たちこそが苦しいのであり同情しろという言い分は通るのでしょうか?

いつまでもだらだらギャンブルなどやっているな
小高に帰り放射能の泥をかきだせ
年のことを言っていられるか
まずお前たちが範を示せ!

できなければ外国人でも金だしていれてやらせろ
寄付してもいいけどお前ら何に使うんだ
(これは本気だよ)
ギャンブルに使うのか、補償金もらってうえに

小高の病院の七億円の配管を直したかったら自分たちの金をだせ
補償金もらっているのだから
それよりなぜ若い人はその場から逃げ出したのか、他で家を建てたのか?
そういう人たちこそまず批判すべきではないか?
まずそういうふうに故郷を見捨てた人が多いから復興できないのである。
それを全体が大事だとして自分は書いてきた
そういうふにう第一避難区域ては故郷を捨てた人が多いのである
それも若い人が多い、だからそういう人たちこそネガテブブキャンペーンを
身をもって示していないか?

介護でも自分でやらないで他人にまかせるなともにている
自分たちがまずやらないで他人まかせになっているからこそ批判される

もう故郷のことなど知らない、人ともかかわりない、家も建てたし関係ないことだ

そういうことを延々と書いてきたけどそこに一番の問題があるのてはないか?
その人たちこそネガティブキャンペ-ンを身をもって示している

地域の結束が強過ぎて身動き取れなくなってる様に感じる

「皆で一緒に元の町に戻るぞー!」とやってたら自分だけ「避難先に家買ってそこの住人になります」とは言えんわな

某帰宅困難地区からの避難民がこのパターン


地元の津波被災組の中には災害復興住宅への入居待ちもいる

防潮堤の建設を待って元の場所に戻るという人も居る 


こういう人もいるのか?みんな勝手に避難先で家を建てたりしていると思っていた。

つまり故郷を出てか帰らないことに気兼ねしている人もいる


ともかく感情的になると議論などできないてす
ただ口だけで何もできないというが何か考えることはこうしてプログに書くことも相当な労力なのです
それが自分は全然認められていません
あなたにとって無駄だとなるかもしれませんがそれなり読む人がいるのだから一応関心があり参考にしている人はいると思いますが、、、、、、

ところであなたは復興のために何を毎日していますか?
どのうような範を垂れていますか?
それを教えて下さい
みんなもそれを知れば全国の人も応援するでしょう
たいして自分のプログは読まれていないですが
全国の人にどうそ訴えてください



注意

自分が対象にしているのは重に南相馬市の小高区の人たちのことです

他はまた飯館村で放射線量が高いし浪江とか大熊、双葉はまた共通な面もありまずが事情が違ってきます
誤解のないように










タグ:原発避難民
posted by 老鶯 at 20:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

東日本震災からの復興をばばむ高齢化社会 (帰るのは残るのは老人)



東日本震災からの復興をばばむ高齢化社会


(帰るのは残るのは老人)


今日は東日本大震災のテレビ番組を見ていた。
そこで感じたのは高齢化して老人が多くて復興ができない
三陸の漁港でも跡を継ぐ若い人がいなと嘆いていた
それは前から言われていたことであり震災で顕著になった。

三陸の乾坤式場はビルが高いから三階より上に逃げて全員助かった。
その助かった300人くらいの人は老人だった。
老人の芸能発表会をそこでしていたからである。
それもなんか生き残ったのはいいが老人だからその人たちが復興の力になるとは思えないそれから水産加工場を再開しても人手がたりないとかで困っている
それで外国人の労働者が働いていた。
南相馬市でも外国人専用の宿泊所が作られたた。
ここも除染関係とかで人手不足なのである。
建築関係も人手不足でありこれは全国的にそうである。


奇妙なのは津波で死んだ人は老人が多い、その理由は津波など来ないと逃げろと言っても逃げない人が多かったのである。
津波など来たことがないから来ない言い張って逃げなかったのである。
それは老人だけではない、津波が川をさかのぼってみるみる水かさをましたのに逃げないで見ていた人がいた
この辺でも磯部辺りで津波を見に行きに海に行ったという人が結構多い
津波はチリ地震の津波しか知らないからそうなった。
津波の恐ろしさを肌で知っている人はいなかったのである。

ともかくいろいろ放送していたが高齢化社会というのが今回の復興するにしても大きな足かせとなっている
自分も老人だからわかる、津波の被害地に商店を再会するにしてもそれだけの金をかけて借金してまでしてやるとなると不安でありできない
ある人は学習塾をはじめるのに一千万の資金がかかるが用意するのが大変だけどここで自分は生きるから再会するとか言っていた。
そこでもそもそも少子高齢化で子供が減っているのだから子供相手の商売がしにくくくなっている
小高でカバン屋をしていた人も中学生とか高校生にカバンを春に売るからいいと言っていた。
それは定期的な収入になるから商売になる、やはり商売は定期的に収入にならないとつづかない、定着できないのである。

ともかく小高のことを批判してきたが整形の開業医が放射線量が0、1なので帰る決断をしたという、小高は街内とかは本当に低いから帰れる
でも問題はすでに各地に避難して生活も避難した場所ではじめている人もいる
帰るのは一割くらいしかいない、その一割が老人が多いのである。
そういうことでどうして復興できるのか、少子高齢化社会の矛盾が露骨にこの辺では現実化したのである。
そして街が暗くて防犯に良くないというのもわかる
一割帰っても街は相当に暗くなることでいやがっている

ただ原発避難者は他の津波の被害地域より恵まれている、母子家庭のことを言っていたが本当に賃金も10万に満たないとか安い、もう生活できるかできないかのギリギリである復興住宅に入っても金がかかるとか嘆いている
この辺でも老人が多いから国民年金で暮らしている人が多いからもっと補償金を継続してもらいたいという虫のいいことを要求している
それは別にみんな同じなのである。原発避難者だけがいくらでも補償金がもらえるということは今でも回りの人から反発を受けているから自重すべきだろう。


自分の考えでは地元の人たちだけでは原発避難区域などは復興するのは無理ではないか?
第一双葉とか大熊などはもう帰るということはない、他に家を補償金で建てた人が多いからである。
そこは今度は放射性廃棄物場として土地を売ることになる
それで神社だけを残してほしいというがそれも無理なみたいだ。
するとその地域の歴史は消失する、でも他で十分に老後を余裕をもって暮らせる補償がある
だからその人たちは余裕がある、かえってこれで老後も補償されたから良かったと思う人もいるだろう
一方で小高などは中途半端なのである。確かに補償金もらったがすでに打ち切られている今度は復興住宅に入っても家賃とかいろいろ金がかかる、帰っても不便であり嫌だいうのもわかる。

いづれにしろ少子高齢化社会で政府が移民を受け入れるとか盛んに言うがそれも無視できなくなっている
限界集落とか過疎地とか原発避難区域でも津波の被害地でも若い人がいなければどうにもならない、するとどうするかというと移民でもいれる、外国人をいれて労働力を確保するとか考える、何か他に方法がないからである。
例えば原発で放射線量があまり高くない所は住居と空いた土地を提供すれば住む人がいるかもしれない、なかなか家とか土地が提供されないので移住できない人も多いからだ。
田舎に住みたいという人はいる、そういう人も受け入れるとか何か復興させることを考える必要がある
こういうふうになるともう追い詰められているのだからやる他ないともなる
だから新しいものを取り入れるチャンスでもある

老人の心境とはどういうものかというと要するに人生は終わりである。
ただ昔を回顧することであり思い出を生きるのが老人である。
そして老後の時間は実は意外と貴重なのである。
なぜなら残り少ない時間をどう費やすかが大問題になるからだ。
例えは芸術家とかなると最後の作品の総仕上げであり時間が貴重になる
自分は介護に十年間費やしてその間旅ができなかった。
その時思ったことがもう一度富士山を見たいということだった
それもできないのではないかと真剣に思っていたのである。


とても新しく街を復興させるとかに時間を費やすことはできない
自分でも望むことは難儀な復興のことではない
これまでしたことをライワークを完成することである。
だから震災から5年すぎたけどまた帰って復興するのに五年かかるとかなると
もう死んでいるかもしれないとなる
つまり復興するにもも老人は復興できない、ただ昔を偲ぶだけだからである。
老人の時間感覚は時間が過ぎるのが早いことも影響する
5年すぎたけど後五年復興するのにかかるのか?そんなに金を費やしてももう年でできなくなる、借金だけ残ったらどうするのかなど言っていたこともわかるのである。
そのうち体も弱り動けなくなるとか心配する
このことが少子高齢化社会が津波の被災地でも原発避難者にも共通して復興をむずかしくしているのである。




タグ:高齢化社会
posted by 老鶯 at 19:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係

津波から五年過ぎてふりかえる (彷徨う津波の死者(詩)ー何故の犠牲だったのだろ)


津波から五年過ぎてふりかえる


(彷徨う津波の死者(詩)ー何故の犠牲だったのだろ)


彷徨う津波の死者

何故にその無垢なる子を
津波はのみこむ殺せしや
何故にこれぼと多くの人を
津波は飲み込み殺せしや
人は故に海をこの度は憎む
天地に情なし非情のみなりや
人の非情はあれば何故に
天地にかくも非情のありや
その非は人にありや
そを問えども海は語らず
天も地も語らずままなり
何故の仕打ちなるか知らじ
人は天地を憎み海を呪う
しかし天地は海は答えじ
戦争の死は人の非のゆえ
悲劇にも必ず人の非のあり
津波は何故なるか知らじ
死者の霊は未だに彷徨い
その所を得ずかつてありし
その場に執着して彷徨う
ああ 我はここにありにしと
家族とともにありにしと
また今生きる人もそこを離れがたし
死者もまた生者もこの突然の死を
いかにしても理解しえじ
かくして五年は過ぎにけるかな
歳月は過ぎゆくものなり
鎮魂はいかにしあれや
死者はなお彷徨いつつ消えじ
無念はそこにとどまり消えじ
一万数千の霊はいかに慰めむ
その残りし者の嘆きは消えじ
慰める術もなし
その悲しみは深くここにとどまり
その傷痕は癒えざりしかも
この津波は天地の海の怒りなりや
この世の乱れへの警告と罰や
何か人に対する戒めや
人の世の非情と乱れ故や
そもまたありうるべし
人が世が非情になるとき
自然もまた非情になるべしや
獣とて愛を注げば
その獣性は和らぎぬ
人の心が獣性帯びて乱れるとき
天地も海も怒りを現す
その犠牲となりしが津波の死者
また自然は人の世のことは知らじ
ただその自然の法則にして動く
その法則に逆らえば従わねば
自然は人を従わせるものや
故に人は自然の法則を究め知るべし
すでに大津波のありしをし忘る
その人の忘るることに非のあり
自然に非はなく人に非のありや
大災害を逃れる術はあるべし
ただ人はその対策をたてず
故に原発事故も起こりしなり
原発事故は天災にあらじ
人災にして自然に非はなしと
ただ人は天地を究めることならじ
故に自然に神に従うほかなし
人知を越える神の成す業を知り得じ
故にその文明も思わず崩壊する
人間の奢りは一瞬にして砕かれ無に帰する
津波はその恐怖を現実化せしもの
故に神を畏れよ,科学に自惚れるべからじ
神は一瞬にしてこの世を亡きものにする
その恐るべき力を津波が示す
恐るべき人にあらじ神にありしと
未だに人は津波に畏れおののくなりしを


今回の津波はいくら考えてもなぜかわからない、それは人知を越えたものだからそうなる津波で死んだ人は家族を失った人は海を憎むというのもわかる
何の非があってこんな仕打ちをするのかということがわからないからである。
戦争とか他に人間の悲劇はいろいろある、でも戦争になると戦争を引き起こしているのは人間なのである。神ではない、人間に非がありそうなっている
だから戦死者は何で死んだかとなると人間の罪とか人間の過ちの故に死んだとなる
恨むべきは神ではないだろう

津波は人間に非があってそうなったとのかというと不明であり不可解になる
ただこれはあくまでも自分の見解だが貞観津波のときは蝦夷征服とかの国家統一のための戦乱の時であり多くの犠牲者が出た、その鎮魂のために建てられたのが清水寺であり祇園祭りもそれに由来していると言う人もいる
そういう人間が多数死に犠牲になるとき自然もまた乱れる
慶長津波も戦国時代の時起こっていてその後収束したのである。
そして今回の津波もやはり世が乱れている、それは自分の一身上に起きたことを書いてきたが人間は利己主義が極端になり非情化している
自分が病気のとき火事場泥棒とか借金のために脅迫されたとか悲惨なことを経験してきた何か現代はモラル的に荒廃している、金だけが唯一の価値となって他者をかえりみない
自分だけがよければいいんだとなっている
それが自分の一身上に非情がそうだった、ただこれは自分が楽した結果として自分のカルマとして決算されたのである。
だからいちがいに今の世の世相からなったとも言えない

そうはいっても今の人間の価値は金だけになり非情化している、そういう自分もそうなのである。
なぜ外国に投資しているのか?それは自分だけが助かりたいという利己主義なのである。
外国に金をあづけいれば日本が困窮したときその金で助かるとか考えている
金持ちはグローバル化社会では日本にこだわらず日本が困窮したら外国に脱出しようとしている
中国人の大金持ちもそうであり国の支配者層自体が内乱とかなったら国をぬけだして外国に暮らす算段をしているのであ。
つまり自分だけは助かりたい、そんな困窮状態にならないように手を打っているとなる
それも利己的なものだけど金持ちはどこでもそうなる傾向がある
だから自分はそうして投資していることに疑問がある、たいした金でもないし今回かなり損しているはずでありもうかってもいないけどそういうふうに資本主義というのは利己心を助長する


そのことは原発避難民にもいえたのである。もう避難民は帰らない、荒廃した故郷に帰るより他で補償金で家を建てたり商売はじめたりとしている。
つまり故郷は捨てて補償金で自分たちがいい暮らしをすればいいとなる
これはまた事情が違うからいちがいに悪いとは言えない
でも何か本来の復興を目指すのとは違っている、自分だけが良ければいい、補償金で各自が自分でいいと思うことを実行すればいいとなると故郷には帰らないとなり故郷はもう荒廃して復興しないだろう。
ここにも利己的な自分だけがよければいいということが復興させないのである。
だから不思議なのは戦争を考えるとその善し悪しは別にして国という全体のために死んだ、犠牲になったということが今になると考えられないともなる
ともかく全体のために国の存亡をかけて300万人も死んだからである。


今なら故郷であれ何であれそうした全体のために死ぬとか犠牲になる気持がないからである。
自分だけが助かればいい、国でも何か困難があれば外国に脱出すればいい、そのために金を外国にあづけておくとかなっているからだ。
もう故郷というと狭い世界だけとそこにも全体のためにという思考がない
ただ自分だけが良ければ助かればいいとかないのである。
そういう社会が資本主義だからそれを否定しては生きられないというのも現実である。
でもそういう利己主義的資本主義がいづれ恐慌とかなり崩壊する
そういう兆候も世界的景気後退とかで出はじめている
つまり何かそういう大きな転換期にきている、だからこういうとき巨大な津波が襲った
それは貞観津波や慶長津波の時代とにているのである。末世だということである。


世界がそのために根本的に変わらねばならなくる、それほどのことが今回の津波や原発事故には空想ではなく現実問題としてこの辺で現れたのである。
こういう時は自分のことだけを考えて全体がだめになるとき自分だけが助かることはない国が滅亡してゆくようになればシリアのように難民化したりみんな助からない
自分だけが助かろうとしても避難先から追い出されたりもう逃げ場もない
そうなら国のために戦って死のおうとかなるかもしれない、それは戦争の時そうなったので経験ずみである。
日本はそういう危機のさい協力一致する文化がある、それが島国の歴史の強みでもある
ただ今回はどうなるかわからない、そうした心すらなく利己主義化しているから日本自体がたちまち崩壊してしまうかもしれない
ともかく時代の転換期にこの巨大な災害の津波に特に東北が襲われた
それも自分の住んでいる所が襲われたということはやはり何か意味あることだったのか?
それが自分に課せられたテーマともなったからである。

タグ:津波の死者
posted by 老鶯 at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係