2016年03月06日

復興も他人まかせ避難民は何もしない (ボランティアも来なくなり帰るのは老人だけ)


復興も他人まかせ避難民は何もしない


(ボランティアも来なくなり帰るのは老人だけ)



シリア難民をみれば原発難民は楽である。シリア難民は生きるか死ぬかの選択を強いられて難民になった。
住むところは荒れ放題になり家も壊れて食糧も不足していつ殺されるかわからないという状態からやむなく脱出した。
それでも日本人でもお前ら自分の国は自分の国を守れ、戦いとか言っている。
自分の国を自分で守らないとしたら誰が守るんだとか言われる
日本だったら戦争であれだけ死んだように国があんなふうになったらやはり命懸けで今でも戦うということがあるだろう。
なぜあなたたちはそうしないで他国にみんな避難してくるのかとなる


一方で原発避難民は確かに放射能で故郷に住めなくなった被害も大きい
でも多額の補償金で他に住んで贅沢し遊び暮らしているのとは大違いである。
相馬市辺りに補償金で避難民が家を建て金のかかる歯を治療したとかなんとかあり
その人は東電を恨んでいないという、ある意味で得したと思っている
シリア難民だったら避難してもテント暮らしであり悲惨である
避難するにもすでに大勢海で死んでいる
シリア難民と比べるのも問題だが原発難民はあまりにも差が大きすぎるのである。
そして毎日パチンコ通いギャンブルであり遊び暮らしていたのである。


東日本大震災からまもなく5年です。福島県では、県外からのボランティアが震災直後に比べてわずか1.5%に減っていることが分かりました。

 福島第一原発から20キロ圏内の南相馬市小高地区は、避難準備区域が来月にも解除される見通しです。しかし、家屋や畑は震災直後から荒れたままになっていて、住民の帰還に向けて片付けなどに人手が必要な状況です。また、市が帰還を見込む5000人の住民の多くは高齢者だということです。


一時この辺でボランティアと地元の住民が原発避難民と喧嘩となった。
仮設暮らしの原発避難民はパチンコとか毎日遊んでいるので仕事しろとボランティアが言って喧嘩になったのである。
そのボランティアも激減して今困っているという。
それで小高が避難解除になるがまだボランティアの援助が必要だというがもうボランティアは来ない、そして帰るのが老人だけだとなるから余計にそうなる

何か仮設暮らしというのはかえって楽しいものになっていたのだ。
老人にとっては隣り合い長屋のようになっていつも会えるから特に女性にとってはいいものだったのである。
小高の鳩原村の山の方の人もそう言っていたし飯館村の人もそう言っていた。
そこは街から遠いし家が離れている、特に飯館村は広いが孤立したように家々があったからである。ただ自分はそれを家々が森につつまれるように一軒一軒あったから住むにはいいなと外から見ていたのである。
でも実際そこに住んでいる人は離ればなれになっているら嫌だったということもあった。毎日長屋のようなところで隣り合って暮らせる方がいいという一面があったのだ。
これは何か高齢化社会がどうあるべきか示唆している
老人は老人で集まって暮らしてた方がいいということがあった
ただそれも補償金をもらえていたからできたことである。
だからもっとこういう暮らしがつづいて補償金をもらいつづけたいとなったのである。


そして何か常にかわいそうだ、かわいそうだと外部からも言われ自分たちはかわいそうなんだということが当たり前になったのである。
でもそう言われたのは南相馬市では避難区域になった小高区の人たちであり他も避難区域になった人たちだけである。
他はかわいそうだなどボランディアは助けない、普通の暮らしをしていたのである。
かわいそうだかわいそうだと補償金はもらえるし一面いいことづくめだったとなる
だから自分たちは同情されるべきでありそれで自分が鹿島区の人は不満だと言ったら
嫌な顔していた。自分たちはひどいめにあっていると言っていた。
自分がその知り合いの女性にそう言ったとき当然かわいそうで大変ですねとか言われると思っていたからそうなった。
その人は鹿島区の議員にも支援されていたから鹿島区の人も応援しているのだと思っていたのである。
それで小高区の人たちが買い物しているから鹿島区の人は助かっているんだと言っていたそんな認識しかなかったことも驚きである。すでに5年もいてそうだったのである。
このずれは本当に大きいと思う、それだけ甘やかされたといえばそうである。


そうして今度は避難解除になり補償金ももらえないとか街が暗いとかなんとか文句を言い帰りたくないとかなった。
でも今度は復興住宅に住むにも家賃がかかる、これも結構かかるとなると土地と家があれば帰らざるをえない、ただ小高はこの辺と同じくらい放射線量が低い所が多いのである。自分の家も除染するが0、23以下は除染しない、自分の家はほんのわずかしか除染する所がなかった、小高でも0、2くらいのところが街内である。
飯館村は誰が見ても高いから住めるのかという疑問がある
だから小高の人たちは帰るべきだとみんな言っているのである。
相馬市でも補償金は何にももらえないから不満が大きい
そういう相馬市で避難区域から来た人が家を建てて何かぜいたくしているのも変なのである。相馬市の人も原発避難民には相当な不満がある
他でもそうであり特に津波の被害者で補償金などもらえない人も多いからそうなる


ただ現代社会は自由が基本にある、故郷であれなんであれそこに住みたくなければ住まないという選択ができる
あなたは何であれそこに住み続けなさいという責任もないし強制もできない
それでいち早く見切りをつけて土地を買って家を建てた人は賢いと言われる
特に老人になればめんどうな不便な所に住みたくないからである。
小高では住めるようにいろいろ準備した、病院も準備した。
でもまだまだたりない、小高病院は配管を直すために7億円もかかるという
その金を誰が出すのか?そんなこと小高の人は関心もないのである。
市か県か国がやってくれるとしかない、自分たちは一銭も出さない
それが当然だと思っているのだろう。


自分たちは国民年金しかもらっていない人が多いのだからもっと補償金をもらいたいと言って抗議している
自分たちは被害者でありこれからも補償されて当然だと思っている
それで外部からボランティアがいないなら自分たちで金を出してやらせろとも言う人がいた
そんな考えすらないだろう、パチンコして遊んでいるだけである。
要するになにもかも人まかせなのである。自ら汗を流すという一部はあってもほとんどないのである。
そして老人が多いからまたそうなりやすいのである。
それより若い人が見捨てたということは致命的なのかもしれない
老人だけでは復興できないだろう。


だから補償金があまりに手厚いことがかえって避難区域だったら外で家を建てるとかなりまた仮設でも補償金で暮らせるのがいいとか楽な方に傾いてしまった
それが被害者だから当然だとなり復興するにもボランティアであれ誰かがやってくれ
となった。
それよりすでに避難区域になった人は若い人は見捨てたのである。
老人が帰ったら若い人も徐々に帰ってくるというが帰って来ない
その逆だったら別である。つまり若い人が帰り復興に働きその後に老人が帰るのが順序だったのである。
そうなっていれば別に仮設でもそこで老人が楽にしていても良かったのである。
若い人が見捨てたのだからもう老人だけでは復興できなくなったのである。
だからデンデラ野のように老人だけが最後は細々として畑でも耕して暮らし見捨てられて死んでゆくとかなる、うば捨て山になる。
それはそれでデンデラ野でも仲間がそれなりに助け合いしてたとなる、そこで仲間と死ぬというのも選択である。
そうなると老人すら帰りたくないとなっているのである。


ともかシリア難民よりはどれだけましかしれないけどそれと比べることはできない
原発難民は被害者として特権階級になりそれが当然だとなってしまったのである。
今になって金がなくて困っていいるから金貸してれと福祉に来ているとかもおかしい。
十分な補償金をもらっているはずでありそれもギャンブルで使ったのかとなる
それでまた遊ぶ金がないから金が欲しいのかとなもなったら誰も貸したくないだろう。
一体補償金は何のためなのか復興のために払われたのか?
相馬市とか他に家を建てるためだったらそもそもそれが復興であり村とか町の復興のために使われたのではない、でもその個人にとってはそれが復興だったのである。
だから別に東電も恨んでいないとなる,家が普通だったら建てられないの建てられて贅沢もできたとなる、そして怖いのは結果的に原発事故はいいものだったとさえなる
その人にはそうであっても周りの人は被害が受けていることもどうでもいいとなる
もしシリア難民のように被害を受けたら絶対にそんなことにはならない
東電で政府でも恨んでテロにすらなったろう、そうなると原発再稼働などできない
命をかけて反対する人がいればできない、補償金がそうして原発被害地域を分断して
事故の責任を厳しく問わせなくしてしまったのである。


タグ:原発避難民
posted by 老鶯 at 16:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連