2016年03月22日

春彼岸(この世の無情、津波、家族の死、金の非情の短歌十首)


春彼岸(この世の無情、津波、家族の死、金の非情の短歌十首)


この世への未練のなおもありにしや津波に死せる人をとむらふ

津波にて死す人あまた五年過ぎまことなれかしなお夢とも思ふ

かたわらにつねにありにし母と姉今はなしかも我が一人かな

人の世は会いて別れてみな消えぬ夢の間なれやこの世のことは

姉と母争う時ありそも終わりともに眠るや春の彼岸に

我が母の死してあの世に何思ふ我を見まもる人となれかし

涙すら今はいでじも十年の苦しみ思ふ無情なるかな

万寿菊我が家に咲き慰める女のここにあればよしかな

形見とて残る最後は墓なりし春の彼岸や実家の墓かな

ひたすらに金を求めて金に追わるこの世に生きるは無情なるかな

金求め金に追われてそのうちにたちまち死にぬ人ならじかな

人と人その契りしも短きをたちまち消えてこの世になしも

故郷の家のなきしもかたすみに墓の残りし人知れじかも


この十年間経験したことは人間の非情、無情の連続だった。そこには津波もありそれは自然の無情でもあった。津波はまだ何かまだ遠いものではない、以前として生々としてあるし死んだ人はまだ彷徨っている感じになる


織田信長と「敦盛」[編集]

直実が出家して世をはかなむ中段後半の一節に、
思へばこの世は常の住み家にあらず
草葉に置く白露、水に宿る月よりなほあやし
金谷に花を詠じ、榮花は先立つて無常の風に誘はるる
南楼の月を弄ぶ輩も 月に先立つて有為の雲にかくれり
人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり
一度生を享け、滅せぬもののあるべきか

前置きとしてこういうのがあった。全部を知っている人は少ないだろう。こういうときインターネットは便利である。
戦国時代は動乱の時代だから無常より感じたのである。無常を感じるということは平家物語でもそうだが人が大勢死ぬからそうなる。
それは津波でも自然災害でもつくづくあった。まさにこの辺はそうした無常に襲われた
未だに津波で死んだ人は生々しいしその霊は海辺を彷徨っている
こういう経験もなかなかできない、でも常にそうした無常は個人的にもあった、ただこうして多くの人が共有することはそんなにはない、それでも戦争のときがあったし二〇年もすぎたが神戸地震でもあった。この時は東北は遠いからそれほど身近に感じなかったのである。

この世が夢だというとき秀吉も難波の夢として一生を終わった。
本当に自分も家族を二人失ったとき六〇年も一緒にいたからそれが夢のように思える
そういうふうに長く一緒にいたものが消えるとそれがどうなるかとなると
存在していることが本当だったのかそれは幻だったのかとも思う
そして今度は自分が存在しているのは幻なのかとなる
津波のときも原発事故でも夢なのか現実なのがわからなくなるのだ。
そういうことを戦国時代に感じたのは当然だとなる
そこで人と人が殺し合うからさらに無情であり非情を経験したのである。

自分の一身上のことを語ってきたが本当に無情非情を一身にあびた。
姉が認知症になってからそうでありその後十年はこの世の非情無情無常を経験してきた。自分の周りもそういうこと無常の世界となった。
金を金に追われている人がいるのが普通でありそういう人が来て金の切れ目が縁の切れ目となり去った。
金を求め金に追われてそのうら人は人間的情をかわすことなく死んでゆく
特に現代はそれが人間の現実になっている
金を求め金に追われ人のことはただ金としか見えなくなっているのが現実である。
これも人間として悲しい現実である。そして人は虚しく死んでゆく、そして二度と会うこともないのである。
認知症の姉の最後は遂に金があっても銀行から金をおろせなくなって無常にも死んだ。
金を求め金をためても最後は自分の金すらままならなくなり死んだ
これもまた無常である。認知症は人間の無常を最も現実化したものでもあった。


そして最後に残るのは墓だけである。家がなくなっても墓だけが残っているのを知っている、墓こそがこの世の現実なのである。あとは夢幻にすらなる。
墓は最後に残るものだからである。その墓さえ遂には消えて何も残らない
自分がこの十年間に経験したことはまさに無常無情非情の連続だったのである。
それは回りでもそうであった、大量の死があり町が廃墟化してゆくなど無常がつづいたのである。

平家物語でもうそだがこういう時代は出家したくなるというのがわかる
自分もつくづくこの世が嫌になった。ただすでに老人だからこの世から去るから別に出家しなくてもまもなく死ぬだろうとなるからいい。
前から自分は人間が嫌いだった。それで三〇年間隠者のような生活ができたことは不思議だった。その時社会も平和だったのである。今になるとそれは特別恵まれた結果だったのである。それがあとで今になりまた苦労することになった因を作っていたのである。
楽しすぎることも危険なのである。苦難に対して弱くなるからだ。世間知らずも危険なのである。
ともかく自分はそういうことが重なって塗炭の苦しみをこの十年間経験したのである。

ともかく何にかこの世のことに金に追われ様々な俗世間のことに追われているうらたちまち人生は終わる、生を楽しむ時間をもつ人は少ない、社長になると金が入っても時間に追われているのである。


蟻の如くに集まりて、東西に急ぎ、南北に走る人、高きあり、賤しきあり。老いたるあり、若きあり。行く所あり、帰る家あり。夕に寝ねて、朝に起く。いとなむ所何事ぞや。生を貪り、利を求めて、止む時なし。
身を養ひて、何事をか待つ。期する処、たゞ、老と死とにあり。その来る事速かにして、念々の間に止まらず。これを待つ間、何の楽しびかあらん。惑へる者は、これを恐れず。名利に溺れて、先途の近き事を顧みねばなり。愚かなる人は、また、これを悲しぶ。常住ならんことを思ひて、変化の理を知らねばなり。(徒然草)


期する処、たゞ、老と死とにあり。その来る事速かにして、念々の間に止まらず。これを待つ間、何の楽しびかあらん

人は正に今もこれである。金を求め利を求め金に追われて休むことなく人の情も消え楽しみもなくたちまち老いと死がやってきて終わる
自分が接した人がそうだった。人間の情は借金に追われて消え無情と化してただ金を求める,それが犯罪までになる。

常住ならんことを思ひて、変化の理を知らねばなり。

常住できなくなったのが原発事故の避難者であり変化の理を知らなかったのが自分でもあり津波の被害者でもあった。
人間の世は常に変化なのでありそしてたちまち老いが来て死がくる、そのことは人間である限りどんなに科学が発達して便利になっても同じだったのである。


タグ:無常の短歌

春満月(津波より五年すぎて平和を感じるー松川浦へ)


春満月(津波より五年すぎて平和を感じるー松川浦へ)

harukammm1.jpg

新しき加工場でき蕗の薹

津波後松川浦に春の鴨

おおらかに春満月や姉の顔

ほほえむや春満月に星一つ

春満月我が家をのぞく平和かな

屋形にそ春満月や幸めぐる

春満月徐々に平和のもどるかな

人のあれ鬼越館に春満月


梅の花日々ににおいて散るころにさらに濃くして匂いけるかな

ゆくりかに春満月の昇りつつここに落ち着く五本松かな

東風吹きて松川浦のさざなみぬかなたに広く海を望みぬ


moooooon1.jpg

津波から五年は一つの区切りなのか?何か今日は春満月が出てさらに平和を感じた。
何か落ち着いてきたなという感じである。
去年とも違う、さらに平和な感じである。自然を感じるというときその人の人間の心境が大きく左右している。
自然は同じでも例えば月をみてもその人の感じはその心境によって変わってくる
津波から五年を過ぎてやはり悲しみもまだ深いが何か平和もまた前より満ちわたるような気がする
5年も過ぎたのだからかいつまでも悲しい悲しいと嘆くだけの時は終わった。
磯部には新しい水産加工場とかできたしこの辺はいろいろ新しい建物だたった
いつまでも過去を引きづっているわけにはいかない
原発事故の被害地域は復興が遅れている、放射能が足かせになり遅れている


それにしてもいい春満月である。それで姉のことを思い出した。
姉は性格がおおらかであり陽気な性格でありいつもにこにこしていた。
自分と母内向的であったが姉は正反対でありそれが良かった。
神経質な人はかえってこうしておおからな人と接していた方が安らぐのである。
ただそれがすべていい方向には働かないがみんな性格とかは良くも悪くも働く


春満月というとき人間は自然に人間を見ているのである。人間の心境で自然を見ているのである。今日の春満月は姉の顔にそっくりだとか見ている
そして微笑んでいるというとき一つ星が輝いていたがそれは子供なのである。
人間は家族の人間関係が大きく影響する、自分の場合特殊だったがそうだった。


相馬市の道の駅に鬼越館跡があるがあれも外から来た人は気づかない
でもそこにも人は住んでいたのである。
鬼越館というと何か怖い名前だが北風の意味でつけられた。
北風がふきつける館だったとなる
それに春満月が昇ったのも不思議な取り合わせだった。
ともかく歴史的なものは知っておく必要がある。


それからいつものように五本松を見て帰って来た。
五本松というときも人を見ているのである。五人の人としてみている
それから屋形に帰ると満月が光っている
屋形の人を知っているからあの人は不幸だったが幸運がめぐってきたのかなどと思う。
何か自然に人間その時その時の心境で見ているのである。




タグ:春満月

2016年03月23日

2016変化する相馬市南相馬市(写真)


2016変化する相馬市南相馬市(写真)

splerpanelll1.jpg
津波の跡の磯部のソーラーパネル

isobeeee111.jpg

磯部水産加工場

isobeeee111222333.jpg
美里 (南相馬市鹿島区)

isobeeee111222.jpg
絆診療所



相馬市松川浦に新しい水産加工場ができた。ただまだ放射能汚染でこれからどうなるのか、でも新しい建物が建つことがこの辺は多い
磯部は一面がソーラーパネルになった。あれだけの大規模なソーラーパネルは見たことがない、あそこの土地利用はソーラーパネルしかなかったのだろう
もう何にも使えなくなった。山の奥の方にもソーラーパネルがありそれが景観を乱しているので嫌なのである。

相馬市と南相馬市は違っている。相馬市は普通に田んぼもあり米も作っていたから変化がなかった。
ただ津波の被害は大きかったのでその変化は激しかった。
この辺には百軒くらい新しい家が建った、結構いい家である。
値段は土地付きでいくらくらいしたのか?5千万くらいはしただろう。
土地が高くなったからである。ここに家を建てられたのは裕福だったのだろう。
ただ津波の被害にあった人は借金して建てたとういうからみんながそうとはならないだろう。
ただ外部からも原発避難区域の人も入ってきているからいろいろだろう
ここは本当に新しい町となってしまったのである。
美里団地などというのもまさに東京とかとにているのである。


南相馬市の鹿島区では「絆診療所」/か新しくできた。これは小高の医者である。
前が日当たりが良くて広いからいい感じである。
ここでは開業医は二軒しかなかった。一人は年取っていた。
でも今度前に整形外科をしていた所が「心療内科」になるという
医院としてすぐに使えるからいい、雲雀が原の精神病院の医者がここで開業するという
心療内科というと何かこの辺ではめずらしい、原町にはあった。
家族が認知症になりみてもらった。心療内科というのは現代的なものなのだろう。
ただこういう専門医院が一万くらいの町にてきるのはめずらしいと思った。

この辺は変わり方がとにかく激しい、ただ人間の社会は常に変わっているから変わるのだけど津波とが原発事故はその辺かを加速したのである。


タグ:磯部
posted by 老鶯 at 14:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係

2016年03月24日

義援金が知らずに振り込まれていた (知らないから意識もしないし感謝もしない)


義援金が知らずに振り込まれていた


(知らないから意識もしないし感謝もしない)


gienkiinnn1.jpg

giennkinnnn111.JPG

giennnn333.JPG

給料日に現金を準備する手間がかかりますが、やはり現金だとありがたみが違います。会社に対してもそうですが、家に帰って女房に明細書の紙切れ1枚渡すのと、現金を渡すのとでは、重みが違うと思います。


義援金が最初の時一回ははっきり覚えている。みんな体育館に集められて支給された。
それは振り込まれた。5万だったことを覚えている。
この辺ではこうした義援金でも賠償金問題でも金がいろいろ支払われている。
その後も口座にふりこまれていたのだが所帯主の口座に振り込まれていたので知らなかった。
その所帯主が死んだので自分に連絡の書面が市役所から送られてきた。
それで今回が5回目だということに全くきづいていなかった。
東電の賠償金は申請して額が決まると東電で振り込みましたと連絡のハガキが来ていた。たいがい送金しても送ったとメールであれ電話で連絡する
それが全くなかったらもらったことさえわからなかった。


何か現代はそういうことが多い、金というものが数字としてやりとりされているから金がどういうふうに動いているのかも実感として自覚できないのである。
遺産でも受け継ぐとき様々な所に貯金してありわかりにくいのである。
それで死んでから二年とかすぎてから貯金があったと連絡がありわかったこともある。
親が死んだときこの財産の整理が一番の問題になるのである。
蔵の金庫にでも小判で残していればわかりやすいが今はみんな数字化しているからわかりにくいのである。

給料にしても現金で手渡しされていた時代がありそれだとありがたみがあるというのは数字としてふたこまれるとそういう感覚がなくなる
直接金を渡されればその金を実感するからありがとうとかなる
金が数字化すると例えば銀行員が不正して貯金を数字を操作してごまかしてもわからない時があるだろう。そんなに積んでいる人がチェックしていないからである。
だから銀行員はごまかしても罪の意識がもてないということがあるかもしれない。
それはただ盗んだというより数字を操作したという感覚しかないからである。
前にリンゴ一個盗むとなぜ罪悪感があれほど感じるのかということを書いた
その一個のリンゴからはいろいろいイメージするからである。
その作った人や運んだ人や売る人などその一個のリンゴからイメージする
物が金に変わり数字化するとそういうことがないのである。
小判でも盗めばそういうことはない、その金を意識する、紙幣でもそういう感覚はある。数字にはそういう具体的なものを通して実感できないから違っている

義援金というのは賠償金とか補償金とは違う。善意の金でありそれは税金とも違うだろう原発に対する国の補償金は税金である、義援金は善意の金が集まったものである。

国から出ている金、東電から出ている金、義援金に分かれる

今回一番金を出しているのは国である。東電の賠償金は国が肩代わりしている、ということはそれは国民の税金でまかなわれている
国の政策で原発を作ったのだから国民の責任にもなっているからである。
義援金はその税金とも違うが何か混同しやすいのである。
その内訳を見ると会社が集めた金が多いのである。今の社会は個人的には大きな金は集まらない、でも個人の善意の金は一番価値あるかもしれない
なぜなら自分のことを考えてみると個人になると寄付金を出したくないことでもわかる
千円でも大きい金になるからだ。
ところが税金とかなると国でも湯水のように使う、それで無駄が多いと批判される
税金は国に義務として国民が苦労して治めたものである、だからその使い道も厳しく監視されるものなのだがそれがうまくいかない、予算は何か無駄なものに使われる


原発の賠償金に関してはこれは当然であり権利であり何ら感謝するべきものでもない、国からであり東電からでありそう思っている。そこに遠慮はいらないのである。
たから賠償金をいくらでももらえるだけもらうべきでありそこに遠慮はないのである。
ただあまりにも高額なものを要求すると国民の税金から払うのだからそんなに払っていいのかと批判されるので注意すべきだと言った。
税金が国民の金だとしたらいくら被害があっても限りなく払うようなことには怒るだろうそれで福島県は全国からイメージ悪くなったのである。

ともかく義援金というのは津波の被害者にも支給されたがこれは原発の賠償金とは違う。国民の善意の金でありその金で被害した人々を助ける金であるから被害者からするとありがたい金となり感謝する金になる
何かその相違を大きいような気がするがこの区別がはっきりしていない面もある
原発事故での賠償金は義援金とは違うので余計にこの辺では混同する
義援金は権利としてもらっているのではない、人々の善意の金であり感謝すべき金なのである。
ただ今回最初は5万もらってもそさなりに意識して応援してくれる人がいるんだなと意識した。
他にも津波の被害でも原発でもボランティアが来て助けていたからそれは全国からの善意の援助である。だから被害者は感謝していた。
でも自分の場合は原発の被害はあったが避難したわけでもないし外から援助されていることを感じなかった。
ただボランティアも津波の瓦礫をとりさるとか自分自身には直接関係しなくてもこの土地に住む者にとってはありがたいものであったが自分はあまり意識しなかったのである。

人間は何か感謝すにしてもその人がどれだけ意識して感謝するかしなければいくら相手が助けたと思っても通じないとなってしまう。すると金を支援した人もその金を通して援助しても何もなっていないと不満が今は大きい
その援助した金がどこに行ったかと疑問に思っている人も多いので義援金が集まらない
実際にその金は私的に流用されていることも多いのが義援金などである。
いづれにしろ金が数字化したときこういうことが常に起きている
そもそも何か買うにしても買った物のことをいろいろイメージする人はいない
そして金はどんな金であれ不正な金であれ金なのである。
この金がいちいちどういう金なのかどうしてもたらされた金なのかなど知ることはもうできない
金とはそういうものである。だから義援金でもそれが振り込まれていても知らなかったので自覚しえようがなかったのである。そしたら善意で送られた金も意識しないのだからその送った人たちに対しても何のありがたみも感じないということになってしまったのである。
それは少ない金だからそうなったともなるがそれにしても現代ではどんな金でもそうなりやすいのである。






タグ:義援金
posted by 老鶯 at 17:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2016年03月25日

介護される方も介護されやすいように努力が必要 (介護は自力でトイレに行けるのと自力でご飯が食べられると楽)


介護される方も介護されやすいように努力が必要


(介護は自力でトイレに行けるのと自力でご飯が食べられると楽)


介護される老人の劣化がひどい様な気がする 
昔の老人は這ってでも便所に一人で行き 
這って戻って布団に入り死んで行ったもんだが。 

百歳の自分の母親がそうだった。トイレに這っても行っていたし入院して一カ月で死んだけど家にいたときは何も食べなくなっても自力でトイレに行っていた。
食べるのも自分で食べていて食べられなくなったので入院させたが一カ月で死んだ

つまり自分はオムツさせることもないしただご飯を出すだけだから他の人よりは楽なので介護できたし何か時間があってプログにも書くことができた。
自分が最も恐れていたのはオムツさせてとりかえることでありトイレに行けなくなることでありご飯を食べさせることだった。

テレビで脳出血などで三食食べさせるのを見ているしトイレでもいちいち補助して行かせているのを介護施設で見ている、そのことが介護するものにとって相当な労力であり何か自分のことは何もできなくなる
介護は自分で食べる、自分でトイレに行く、これができれば楽である。
これができるかできないかの差が大きいのである。
それでも自分は辛いと思った、拘束されるのが嫌だった。
第一自分のようなわがままな人間が家事から介護まですること自体大変だったのである。
でも一人は認知症になったけど二年半で死んだことも救われた。自分は介護する動機が十分にあった。家族に世話になったということ自覚していた。
特別自分は世話になったということで懸命に介護したのである。
だから苦しかったけどこれもカルマだということを自覚してやっていたのである。

介護するときはこうした家庭の事情がそれぞれにててくる、それは外部からはわかりにくいのである。お前は特別親に良くされたからお前がやれと兄弟でもいろいろ事情がでてくる。
介護はまた金だけではなかなかできない、施設ではそこで問題が起きてくる
なぜこの知らない老人を世話しなければならないかとなるからだ。
金持ち老人から金をもらえばいいが給料が安いとやりたくないとなる

ともかく介護される方にも問題がある、大正生まれとかはまず忍耐強いとか苦労しているから介護されるようになってもそういう性格が出るのかもしれない、ただこれには個人差がある。みんながそうとはならない
自分の母親は最後までトイレに自力で行っていたしオムツをしなっかた。ご飯も自力で食べていたのである。
オムツというのはその本人にとっても相当にショックであり嫌なのである。
入院して管を入れて小便をとることを凄く嫌がっていたことでもわかる
5年間くらい介護したけどそういうことがなかったので他の人に比べれば楽だったとなる
ただ認知症の介護は二年くらいしたけどこれは地獄だった。
でも二年間くらいですんだから救われたとなる

介護される人でも介護される人が介護する人に気を使っていた人がいた。
その人は介護されやすいようにリハビリでも懸命にしたという。
その人は介護する人に対して迷惑をかけるので楽に介護されやすいようにするために努力したのである。
だから介護する人に親切にされたという、介護はやはり介護される方もそうした配慮とか努力が必要なのだろう。
だから介護になるとわがままな人、我慢できない人などはめんどうになる。
それで贅沢になった団塊の世代などが大量に介護になると今よりひどい状態になる
もう嫌なことが我慢できないからである。

介護の問題はいろいろあるが介護される側にも相当な問題がある。
でも脳出血とかなるともう自力で食事できなくなったり寝たきりになる
自分の母親はそもそも百歳まで病気がなかったのである。
だから老衰で死んだから違っていたのである。
たいがい必ず病気で死んでいるからである。

介護するのに楽な人は介護する側からも親切にされる
自力でトイレに行ける、自力でご飯を食べる、この二つのことができれば介護もそんなに手間ではないのである。
この二つができなくなるとその手間は何倍にも増大するのが介護なのである。
這ってでもトイレに行くとかボータブルトイレでも自力でトイレに行くだけで介護する方は楽になるのである。その差が本当に大きいのである。








タグ:介護問題

2016年03月26日

嘘をつかないということがこの世で一番むずかしい (それができないから社会は変わらない)


嘘をつかないということがこの世で一番むずかしい


(それができないから社会は変わらない)



正直の木に
正直の実のなる
何事のなけれど
この世にまれなることなり

honesrrttt1.jpg

馬鹿正直な女性が眠る墓



人間で一番むずかしいのは実際は一番単純なことである。
「嘘をつくな」というけどこれが一番実行しにくい、なぜなら生涯で嘘つかなかった人がいるかとなるといなだろう。女性は弱者だから嘘で防衛しているんだから許される苫でなっている、嘘ついてもいいんだよとまでなっている
人間は複雑でありその悪徳もかぎりなくある、自然は単純であり嘘はつかないというより嘘をつけないようにできている
動物でも何でも嘘がつきようがない、ただありのままに生きているだけである。
自然によって癒されというときそこには嘘がないからである。真実しかないからである。自然からは何らか悪徳が生まれないし産まないようにできている
人間から限りなく悪徳が生まれてくる。


 ――巧言令色、鮮なし仁。(巧言令色鮮矣仁。)(「論語」学而篇・陽貨篇)

 というのは、孔子の言葉で、「口先が巧みで、角のない表情をするも
のに、誠実な人間はほとんどない」という意味である。

 これを裏返して、孔子はまた、

 ――剛毅木訥、仁に近し。(剛毅木訥近仁。)(「論語」子路篇)

 すなわち、「剛毅で飾らぬ人間は、(誠実なのだから)完成した徳をそ
なえたものに近い」とも言っている。利己的な打算がなければ《飾る》
必要がないのだから、当然《木訥》になるであろうし、みずから正しい
と信ずるものの前には、その生命さえ惜しまぬなら、当然《剛毅》にな
るであろう。

話がうまいというときその人は何か人をだますのもうまいとなる。だから話がうまい人に気をつけろともなる

そして嘘が多いというときこの社会自体が嘘が多いことなのである。例えばカルト宗教団体でも宗教を表看板にしていても実際は全く正反対のこの世の欲望を追及する世俗と全く同じでありむしろ俗社会より俗的になっている、
するとなぜ宗教を表看板にしているのか?それ自体が不可解だかそれを批判すると今度は宗教を批判するのか罰あたるなどと集団で脅してくる
それはカルト宗教団体だけではないあらゆる分野でそうした嘘がまかりとおっているのである。
東電だって科学者がいて日本の頭脳集団だったのかもしれないが嘘ついていたのである。科学者も嘘をつくから信用できなくなった。
嘘をつくというとき一番嘘をついてはならないのが政治家のはずだが政治家が一番嘘つく商売なのである。それは政治家自身が大衆にこびをうるために嘘もつく、おべっかも言うとか言っているからわかる、そうしないと票が集まらないからである。
こうして社会自体が嘘が多いというときどうして嘘をつかないでいられるのか?

社会はそもそもそうした嘘つかないことなど求めているのかというのも疑問である。
社会の反対は会社だけど会社が求めているのは嘘をつかないということではないだろう。それを奨励しないにしろ利益をあげることを第一として入社するとき面接でもお前は嘘つかないから選ぶなどありえないのである。
この人が将来会社にとって利益をあげる人物かどうかで判断するといっている。
会社というとき会社自体が嘘つくこともある。会社が人を選ぶというのは会社の利益をまずあげることができる人間だとなる
その選ぶ権利は権力は会社が絶対的にもっている、その人間が嘘をつくとか嘘をつかないとかを基準になどしていないのである。
これは学校でもそんなこと教えられたこともないのも不思議である。
ただ成績が良くなること試験が通ることなどしか教えられていない


そもそもおかしいと思うのは人間は会社のために生きるのかとなる、でも実際はそうなっている、大企業に入社するかできないかで人生が決まる、有名大学に入るかどうかで人生が決まるなどと常に言われているし実際に社会の価値観がそうなっているからみんなもそうなる
でも実際は会社のために人間があるのか?会社とは何のだろうとなると会社にそんなことが決められるのかとなる。
でも現実社会では会社がすべてだということにまでなってきたのが日本である。
世界的にそうなってんる。
戦前は国がすべてとなっていたのと同じである。
会社は直接生活と結びつくから会社を首にされたら食べれなくなるから会社に忠誠を誓うのである。
でも考えてみると人間が会社のためにあるのではなく会社が人間のためにあるべきなのである。
「私は会社に尽くすために働くことはしません、社会をよりよりくするために働くのです」会社も社会のためにあるのだから当然そうなるのである。
ある特定の会社のためにだけ働くのではない、社会全体のために働くというのが理屈になる、それは理屈だけで実際はある特定の会社のために働く、そもそも会社でも自分の会社のために尽くせというのはおかしいのである。
なぜなら個々の会社自体が社会に尽くすためにあるからである。
国のために尽くせというときは個々の会社を越えたものに尽くしていたのである。
だから多国籍企業が国の代わりになるときそこにも問題が生まれる
多国籍企業は利益しか求めていない、世界はその多国籍企業に支配されれば利益にならないものは排除される、そこで大規模な環境破壊も起きてくる。
国々の文化も破壊される、郷土愛とか愛国心も必要ないとなる
それは盛んにここで言っている。こういう価値観の世界も相当に危険である。
これは国々の文化と歴史を破壊してゆくからである。

多国籍企業が国家を破壊して資本主義の世界に君臨してゆく

社会のために尽くせというとき嘘をついたりしては社会のためにならないということがある
嘘をつくことは社会を害するものだからそう言われる、でも会社に入るときはまず利益をあげることが先決でありそういう人が選ぶのである。
嘘をつくような人は選ばないなどありえないのである。嘘をつかなてれば学歴も関係なくつきあうと言っても現実社会ではそういうこを最初から入社するときでも要求されないのである。利益をあげるには嘘ついてもしかたないとかということが会社にはある
政府とか官僚でも東電とかマスコミでも「安全神話」を作っていたがこれも嘘だったということがいかに嘘つかないというけど実行できないものか如実に示していたのである。
コストを優先して利益をあげるために嘘ついていたということがある
会社自体の最優先課題は利益を上げることだからである。


社会に尽くすとか社会をよりよくするためには「嘘をつかない」ことだなどと言ったら誰も聞かないだろう。利益をあげること豊になることだったら誰でも聞くのである。
社会を良くするには社会を正すには嘘をつかないことだなるが言っていることは簡単でも実行することが不可能になる、嘘をつかない世の中があったらそこは天国しかないしこの世にはないとなる、自然は嘘をつかないからまさに天国なのである。
会社ではとにかく有能な人を求める、嘘をつかない人ではない、そんなことを基準にしていない、社会自体もみんな有能な人を求めている、でも有能な人が嘘をつかないということはない、かえって無能と言われる人が嘘つかない場合もある
人間社会は嘘をつくなといってもそのことが特別な価値にはならない、いろいろな面で有能な人こそ求められているのである。でも有能な人でも嘘はつくのである。


その人は有能ではなかった、馬鹿正直だった、10万とか借りてもなんとか返そうとしていた。今はまず百万借りても返さない、借りたものはもらったものでありあとは盗んでも反省もしない、だからその人は例外であり馬鹿正直となる、つまりその人は馬鹿としか見られていなかったのである。
この世ではそうして馬鹿にならない限り正直にはなれないのである。
一方家族のことだからいいにくいけど如才なくふるまって嘘をつくことに平気な人もいる家族だから家と自分には尽くしてくれたから言いにくいけどそういうことが馬鹿正直なものに対して対比させられた。
つまり善とか悪はこうして対比するとき明確にわかるのである。
そのために善と悪がある、善だけの世界は天国にしかない、その時善に気づかないのである。悪があると対称的に善が強く意識されるのである。
ただ一般的にはこういう馬鹿正直な人はまれである。現代ではほとんどいないだろう。
大正生まれとかに稀少動物か植物のように残されているだけだとなる
あらゆる人が現代では功利的になり生きているからである。
大正生まれでもそういうことはまねがれなかったのである。それは田舎の人間が素朴だなどと言われた時があった。それと同じだが今は田舎も都会も人間に変わりない
資本主義社会が浸透すればどこでも人間は同じだとなる、金が大きな力をもつ社会だからである。牧歌的な時代はもうすでに世界でもほとんどないだろう。
アフリカの果てまで一ドルくれとか子供が言っている世界になっているからである。

この世に正直なることがまれでありその単純なことが実行されていない
正直の木に正直の実がなるということが実行されていないのである。



タグ:

2016年03月27日

北海道新幹線開業 (北海道には十回行ったー過去の記憶の街ー函館(詩)


北海道新幹線開業


(北海道には十回行ったー過去の記憶の街ー函館(詩)




hhhhhhhhhhhhhhhhh1.jpg

過去の記憶の街、函館


市電は過去の記憶を刻む
乗り場は駅でありその名に親しむ
老若男女が日々乗り合わせる
我は旅人なれば気楽なり
市電はゴトゴトコト街中を走る
その線路は刻まれた記憶の道
古い喫茶店が十字街にある
私はかつて函館の住人のようにあった
私は長く気ままにそこに滞在した
青函連絡船もその時あった
函館と本州は船で結ばれていた
白波が両側から打ち寄せる
立待岬に荒々しい波が打ち寄せる
エゾカンゾウが崖に咲き鴎が飛ぶ
ここに啄木の一族の墓がある
函館はその時青春の時代
榎本武揚が夢見た蝦夷共和国
日本の夜明けの熾烈な抗争の場
斬新な五稜郭に古風な見張りの屋根
ここに幕府軍は力を尽き船は沈みぬ
函館はその時開港して外国に開く先進地帯
今は秋から冬となり過去の記憶の街
ゴトゴトゴト市電は今も記憶の街を走る
私は冬の日もたずねた
入船町にロシア人などの異人が眠る墓
ハリスト正教会の屋根
カトリック教会の塔
トラピスト修道院も樅の木立ちて鎮まる
瞑想と祈りの日がこの北国にある
函館の市電の乗り場に凍てつく雪
その雪を踏みしめて歩みぬ
啄木の墓はここにありここに眠りぬ
そこはふさわしき奥津城なれや
明治の青春の日の形見なりしも


啄木の墓

立待岬の崖反りて暗し
荒波の大森浜に打ち寄せ
その波の音のひびき聞きにつ
啄木の墓の雪に埋もれありぬ
荒寥たるかなその一生
函館にその跡しばしとどめぬ
市電は路地を曲がり鈍き音
鴎とびきて冬にも旅人あり
坂を上り下りして暮らしあり
入船町に外人墓地や船は入りぬ
ハリスト教会や天主堂教会の塔
その鐘の音の海にそひびきわたり
ここに外国への門戸を開く
五稜郭に榎本武揚の蝦夷共和国
その夢は開陽丸の沈没とともに潰えぬ

hakkkkkk2222.jpg




北海道というと十回は行っている、それも一カ月くらい一回で行っていた。
それほど自分は暇だったのである。
何故そうなったかというと梅雨の時期に家にいるのが嫌だったから北海道に行った
仙台から苫小牧までのフェーリーが便利だったのである。
電車で行くと新幹線すらないときがあったから遠かった。
青函連絡船の時から北海道に行っていたからずいぶんそれから月日が流れたと思う

函館にも何回も行った。函館から入るのと苫小牧から入るのは相当に感覚的に違っている函館は明治を象徴した街であり苫小牧はじかに北海道の大地を感じる
苫小牧に下りた時から北海道の大地を感じる、ルピナスとか北海道にしかない花が咲いていたりするからである。空気まで違って感じるのである。
最初は電車だったがそのあとはものたりなくなって自転車になった。
本当は最初は自転車でそのあと電車になるのが良かったが逆になった。
旅というのは意外と遊びのようにでもエネルギーが必要である。
特に自転車になるとそうである。旅をするというとき今は便利だから楽になりそれがかえって記憶に残らない旅になる。
旅とは峠があればそれを徒歩であれ自転車であれ苦労して上るときそこが記憶される


人生でも苦しみや不幸を経験しないと幸福が何かわからない、自分もここ十年間介護から何から苦しみの連続だった。でも今なにかその苦しみから解放されたなと幸福感がある
幸福とは苦しみがなければ不幸がなければありえないのである。
幸福ばかりだったら幸福はありえないとなるのだ。
今はだから旅をするというとき保養であり旅人はいないのである。
旅人になるというときそれだけの時間もないし便利だから二三日保養になる
江戸時代あたりだと歩いて行くとなるとそれだけで苦労だし旅になってしまう。


北海道の魅力はやはりそこが明治を象徴したフロンティアだったことである。
日本にもまだ耕すべき広大な土地が広がっていたのである。
その頃農業中心だから常に土地が求められてきた。それは満州にも求められてきたのである。それが戦争の原因にもなったといわれる。
農業中心だと土地が必要になるからである。戦後もブラジルとかに移住したのも農業するためでありそのための土地を求めていたのである。


北海道新幹線はそれぼどインパクトはない、それより青森まで新幹線が通ったときインパクトがあった、弘前から津軽鉄道に乗って終点の中里駅から十三湖にタクシーで行ったときはずいぶん近いと感じたのである。二時間くらいになると本当に近い。
ただ函館までは別にたいした距離ではないから新幹線の効用はそれほとない、現実にすでに開業したばかりでも空席がでていることでもわかる。
つまり札幌まで伸びない限りインパクトと効用はない、だから別に新幹線で函館まで行ってみたいとも思わない、松前には行ってないから行きたいとはなるか新幹線に乗ってみたいとも思わないのである。

ここ十年間介護に追われたりして旅はしていない、そして旅もできなくなる
自転車だと疲れるしなんか億劫になってしまったことである。
だからつくづく旅すら人間はできなくなる、これほど旅してもこれだけで終わりかとなるのが人生である。それは何でもそうである。
みんな終わってみれば人生はこれだけなのかとなるのに驚くのである。
もっといろんなことができると思ったが本当にできない、読書すらできない、せいぜい本でも100冊読んだらいい方である。その知識で書いているのである。
第一インターネットがないとまともな本が地方では読めないということが大きな問題だった。まず詩などとなるとどういうものがあるのかとかそれすらわからない
今は通販で詩集を集めて読んでいるがあのころはまずできない
それで仙台まで行って買っていたのである。それでも詩集など買いなのである。
だから田舎は知的なものを探求するには相当に不利だった
時代的に損得は必ずあるかちらどうにもならないのである。

いづれにしろ自分にとって北海道は第二の故郷である。十回も行ったからそうなる
新幹線は自分は山陽新幹線も乗っていないし北陸新幹線も乗っていない、鉄道が好きでも新幹線は敬遠してゆっくり普通の電車でわざわざ乗っていたのである。
だからこれも時間があるからこそできたことなのである。旅は金より時間がないとできないのである。暇人しかできないのである。
今回の北海新幹線にはそれほど魅力を感じないのである。

2016年03月28日

原子力文明で人類は滅びる (これまでは農業文明で自然との調和を計る文明)


原子力文明で人類は滅びる

(これまでは農業文明で自然との調和を計る文明)

縄文文明 1万年
エジプト文明3000年
稲作文明 2000年
マヤ文明2600年
近代科学技術工業文明 200年?


文明というの歴史をふえかえりみると最古の文明がエジプト文明と言われる。
三千年もつづいたとなるといかに持続した文明であったか驚きである。
それはエジブト文明はナイルの賜物というときナイル川によって持続的に大地に養分が補給されて麦の実りがあった。ビールすらすでに作られていた。
ナイルの上流はエチオピアにもなっていてそこから岩が土となり栄養分を供給したというからそのスケールも時間的に空間的にも大きい、地球規模でありそれで3000年もエジプト文明がつづいた。
それは自然と調和する文明であったからこそである
ピラミッドも王の墓というのではなく大地と宇宙の星々とも関係して調和を計るものであり権力の象徴とも違っていた。


ともかく自然と調和する文明がこれまでの文明だったのである。それはほとんどの文明が農業をベースにしているからそうなったのである。
アンコールワットでもマヤでもインカ文明でもそうである。
そのベースとなっていたのは農業であるから自然と調和する文明を志向したのである。
稲作文明も弥生時代からはじまったがこれも基本的には自然と調和する文明である。
その前に縄文文明は稲作文明より自然と調和する文明である。
稲作文明になる海岸地帯の湿地帯を田にしたりしたのでそれは自然破壊だった。
そして塩害を防ぐために松原を作ったのである。
これが津波で根こそぎ破壊され時ほど驚いたことはない
そこはもともと稲作文明になったとき湿地帯だったところを田にした所である。
縄文時代はそういう場所には住んでいないから津波が来てもそれほど被害にあわずにすんでいる。
津波はもともと海だったところを海にしたのである。
稲作文明は自然と調和したもののようでも実際は自然と調和しない面がすでにあった。
でも基本的には自然と調和した文明である、なぜなら農業をベースにすれば自然と調和しなければありえないからである。
水が山から流れて田を潤して米ができる、それは自然と調和してできることである。
縄文文明が一万年もつづいたというときはそれは驚異的ではないか?
なぜならエジプト文明は3000年だとすると驚異的になる
それは自然と調和を計る文明だったからである。
森の文明だったというのもそうである。


そして人間は自然と調和を計っていた。ギリシャ文明でも神殿は自然と調和計るものとして建てられていた。石の神殿だけどあまり高い大きなものは作らない自然に調和するように作られていた。日本の社ともにていた。
それはエジプト文明でもピラミッドさえそうでありマヤ文明の神殿でも森に埋もれたがそうである。日本でも自然に調和するものとして社が作られた。
杜が森であることでもわかる。

近代文明になるとこれは世界的に共通している。機械化により自然を大規模に破壊して自然との調和を計らない巨大な人工文明を作り出したのである。
大都会を見ればもうそこに自然というのは全く人工的なものだけである。
現代の神殿というとき国会議事堂であり最高裁判所であり日本銀行でありそれから様々な大企業のビルがあり文明の中枢をになっている。
そこにはこれまでの文明のように自然とは何の関係もないのである。
奇妙なのは天皇はもともと大嘗祭とか稲作文明の司祭を担っていた、その継続として皇居内で養蚕をしていたり田植えをしたりているのである
これも奇妙な光景である、現代文明を作っているのはもう農業からかけはなれたものなのである。
そこには自然はない、ただ人工的なものにおおわれている。

エネルギーにしても石炭とか石油でもそれは地球の恵みという自然から生まれたという感覚がある
でも核になると原子力発電になるとこれが自然の恵みなのかという感覚はなくなるだろう核エネルギーが自然と調和するということはありえない、原子核を破壊するということはおそらく自然に反する行為なのだろう。
科学者もそんなことするべきではないとか畏れを言っていたのもそのことだろう。
今までの文明は自然から離れるということはない、ベースが農業だからそうなった。
農業は基本的に土であれ水であれ自然との調和を計らないとできないからそうなる
最近のソーラーバネルとか風車とかも自然破壊なのだけど一応自然エネルギーを利用して自然と調和を計るようには見える。これらは自然エネルギーを利用していると素人にもわかる。
核エネルギーはこういうエネルギーとも根本的に違っている。
自然と調和するという範囲からも逸脱しているからもう素人には理解できない
この核エネルギーを利用した原発が事故になったとき生命に直結するもの
空気でも土でも水でも海でも森でも食糧に直結するものが利用できなくなる恐怖がこの辺で体験したことである。


自然をベースにした農業文明だったらこんなことありえないわけである。
自然を破壊するというとき文明は稲作文明でもなんらか自然破壊になる。
最初焼畑農業でも肥料にするために森を焼いたのも自然破壊である。
でも核エネルギーはその土地の基本的な命に直結するものを汚染した。
そのためにその土地に住めなくなるという被害になった。
何であれその土地に住めなくなるということはない、水とか燃料となると木とか土があれば農業ができて最低限の食糧は確保できたろう。
それができなくなるということはもう復興もなにもない
何があっても最低限食糧が水でも飲めれば復興はありうる
その最低限からまた豊かな生活が志向できる、それができないということが原発事後が今までとは違う致命的なものとした、それはもう文明は維持できない
例えいくら工業製品があっても食糧が生産できなければどうにもならない
その土台が崩壊したら工業文明もありえないのである。

原子力文明はもう生きる土台を汚染して根こそぎ使えないものにして住むことさえできなくなることをこの辺で実際に現実化させたのである。
石油文明ならまだそうはならない、原子力文明は根こそぎ自然を汚染して使えないものにするからそのあとには誰も住めない世界となってしまう。
それほど恐ろしいものであるけど自覚されなかった。科学者は知っていても一般の人は知り得ないものだったのである。
だからなぜ未だに日本では原発を再稼働して利用しようとしているのか不可解になる
それは別な用途があり核兵器開発のためとか電気を作るためだけではない他の利用のために廃止できないのである。
技術者も廃炉にするのでも将来使われないとしたらモチベーションがなくなる
将来原発は利用できるということで廃炉作業しないとただ廃炉して原発を廃止するだけではやる気がなくなる、つまり原発の核の技術は維持したい
それは何のためなのか?核武装とかのために必要だから国策でそうしているとなる


要するに人間は文明を発展させて科学でも原子力にたどりついた。
でもその原子力とともに人類も滅びる、それが人類の終結なのかとなる
人間は自らの知力で作り出したものによって滅びる、その知力は神を超えるものとはなりえないからである。全能の神になりえないからである。
だから人類は高度な文明を作っても遂には最後はその文明とともに滅びる
その最終的なものとして核がありそれが核兵器、核戦争で滅びると言われたが平和利用でも滅びるのである。
核そのものがそれほど危険なものであったということを今回の事故は現実として示したのである。
バベルの塔も原子力も神の怒りをかって崩壊する、人間は科学者であれどんなにしても全能にはなりえない、ただ全能幻想に陥っている、原発の「安全神話」がそうだった。
神話となっているのだから絶対に事故は起きないとまでなっていたのである。
それがもろくも一挙に崩れ去ってしまったのである。
それは津波が来たからだとか何か特別のことではなくそういう運命にあったのである。
防ぎようがなく事故は起きたのである。これからも起きることは確実である。
それが致命的になり日本は滅び世界も滅びるとなりかねないのである。
世界ではどこでも原発がありまだ増えてゆく、原発に対して危機感がないのである。
原発は何か現実の恐怖として結びつかない、でもそれが架空のものではなく現実のものとしてこの辺で示されたのである。

近代機械工業文明の寿命は前の文明からすると異常に短い、それはなぜかとなれば農業文明でないから自然との調和を計る文明でないからである。
そしてグローバル的に共通な文明だからグローバルに影響して崩壊する
現代人の生活はどこもにたりよったりなのである。アメリカ人やヨーロッパ人でも今はアフリカ人ですら生活自体はそんなに変わらない、求めているのも同じである。
牧畜民と農耕民のような相違はない社会である。
だからこそグローバルに影響して全世界が人類が崩壊するということがありうる
江戸時代のような鎖国のようなこともありえないからそうなる
どこでも原発をもつ社会になったらそうである。
つまり電気がない社会がありえないように原発がない社会がありえないから危険なのである。
それぞれに国々で固有の生活をすることはない、すると世界的崩壊を同時に起きるともなる
もしあるところで原始的生活が可能だったらそういうことはない
そこでは自然環境が保護されてそこに人類が生き延びるという逆説が起きてくる
だから一様化された文明というのはかえって危険だともなるのである。

タグ:文明論
posted by 老鶯 at 08:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

写真から抽象画へ(photos change abstract pictures)



写真から抽象画へ(photos change abstract pictures) 


hhhhhhhhhhhhhhhhh1.jpg


hakkkkkk2222.jpg

hakkkkkk2222333.jpg

spacelines1.jpg
インターネットの写真が抽象画にできる
夜景は抽象画になたりやすい
函館の夜景がそうだった
二つは抽象画化したものである。
夜景を抽象画するとこんなふうになるのである。
ただ最初に函館をイメージしないと鑑賞できないかもしれない
写真でもいろいろあるが夜景は抽象画になりやすい

ただこれも前らか言っているようにソウトを操作する中でできるものであり
偶然なのである。
だからいくら操作してもそれらしいものにならないのもある
それで嫌になるのである
今回は函館をテーマにして詩を作ったのでついでに抽象画をためしてみたのである。
タグ:函館

2016年03月29日

贅沢な便利な時代の復興がむずかしい理由 (人間は敢えて苦労はしない、時代によって開墾など苦労が強いられてした)


贅沢な便利な時代の復興がむずかしい理由

(人間は敢えて苦労はしない、時代によって開墾など苦労が強いられてした)


● 人間が求めているのは快と楽

一度いい生活を覚えると 
 ちょっと生活水準が下がっただけで 
大げさな言い方をする 


何が復興をはばんでいるのか?現代は贅沢を豊かさを経験した人がほとんどである。
本当の貧乏を知らないのである。貧乏にもいろいろ差がある、最悪は飢饉とかなり食べられなくなることである。そういう生きるか死ぬかの貧乏は今はありえない
今は何か贅沢できない貧乏というものもある
戦後焼け野原のときは何もない、贅沢するものがないのだから今の貧乏とは全く違ったものである。
今はあらゆるものがあふれている、金さえあれば何でも買える、その差が大きい、何でもあるのに欲望を満たすものがいくらでもあるのに金がない、そういう貧乏はまた昔の貧乏とは違っているだろう。
人間の辛いのは裕福な人が没落することである。いろいろ豊かな生活ができたのにその生活の質を落とすことがなかなかできない、それで借金してまでいい生活をしているのが現代である。
ある人は事業して失敗しても成功したとして装い豊かな生活をつづけていた。
それは豊かな生活を落とせないし回りにも落ちぶれる姿をみせたくないからそうなる
それでアメリカでも中産階級とかが没落して貧乏人が増えて大統領でもそうした貧乏人の味方になるトランプであれサンダースであれ人気になる
アメリカは数バーセントが富を独占している格差社会である。
人間が辛いのはそうした豊かな生活から没落してゆくことなのである。


そもそも人間はみんな楽を求めている、あくことなく何であれ快楽を求めているのであるまず人間は求めて苦労したり貧乏な生活をしたりしない、山尾三省は例外だった。
パンまで贅沢としたら異常である。でも別にそういう貧乏な時代だったらそれが普通だから異常にはならないのである。
例えば戦後でも日本中で食べるために開墾に入った所が実に多い、それは戦後の歴史として大地に刻まれたとなる
この辺でも浪江でも赤生木(あこうぎ)でも津島でも開墾に入った人たちがいて結束が強いと言っていた。それは飯館村だろうが自分の住む街から近い所まで戦後引揚者が入ってきた所なのである。
何をして食べるかとなると戦後焼け野原になったときも農業だったのである。

まず食糧がないのだから当然だとなる、その時農家の方が食糧があるから贅沢していたのである。卵でも鶏肉でも食べていたとなる
そもそも開墾するということは相当な苦労である。何もないところを開くからである。
第一今だったらそんな苦労することなどしない、でもその時は明治でもそうだが北海道の開墾に入ったがこれも厳しいものでもそこしか働く場がないということがあった。
人間は別にその時求めて苦労をしたのではない、そういう場しか生きることができないからしかたなく強いられてそういう困難な場所に敢えて入っていったのである。
相馬藩で天明の飢饉で三分の一の人口が減った、その時越中などからの移民が来て労働力不足を補った。その時越中からの移民も貧乏であったし飢饉で荒廃したような所に来たのは何か理由があった。誰もそんな困難な場所に敢えて来ないのである。


人間はもともと楽を求めている、楽な方に流れる、何か苦労するとそれは強いられるからしかたなくしているのである。
自分も介護などしたくなかったが誰もするものがないからしかたなくしているほかなかったのである。
人間が執拗に求めているのは快であり楽なのである。苦労するとしたらそれは強いられているからである。
今や農業でもわずかの畑で野菜を作る女性がいるがその趣味の野菜作りでも肥料から種から労役にしてもかかる、でもその人は好きだからしている
そこから生産されるものはわずかであり分けてやるほどのものも作っていない、でも援助している、そういう農業と昔の農業はまるで違う、生きる死ぬかという追い詰められた労働である。それはそういうふうに強いられたからである。

なぜ津波であれ原発避難民であれ復興がむずかしいのかというとみんな豊かさを覚えた人たちである。
だからもともとの生活のレベルが高いのだからそういう生活が破壊されてできないとなると一から開墾とかに入ったようなことはしない、もうあきらめて他でもとのような豊かな生活をしたいとなるのが普通である。
回りでは以前として前のように豊かな生活をしているからである。
そして移動もしやすい時代だから余計にそうなる、昔だったら本当に貧乏な時代だったら回りもみんな貧乏な生活だとしたらどこに行っても同じだとなりあきらめるだろう。
でも今は回りが豊かな生活を以前としてしているとなるとそうはならない
もうここでは豊かな前のような生活ができないとなるとそこから流出してゆく


大内村の人が郡山市に避難して生活している内に補償金があり贅沢している内に帰りたくなくなった、何かそういうことが原発避難者でも他でも津波の被害者にも起きている
一旦贅沢を覚えると困難な不便な地域に帰りたくないとなる
だからかえって多額の補償金が帰らないようにさせたのである。
放射能汚染問題もがあるそれだけではない街自体が廃墟のようになったとき誰も帰りたくないとなる、そんなところで苦労したくない、不便な生活をしたくないとなる
若者だろうが今はそんな苦労をしたくない、いくら貧乏でも贅沢を覚えた世代だからである、老人なら特にそうである、もう苦労はできないのである。
そうしたらそんな不便になった廃墟のような町に帰りたくないとなる

●限界集落問題が極端なものとして現実化

そしてこの辺の状態は限界集落が極端化した地域となった。一万の人口が千人に一挙にへり老人が主な住人になったというときそうなのである。
「地方消滅の罠」山下祐介とかの本でもそれをとりあげているし全国的な問題である。

そしてこの棄民は自主的な逃散としても現れ負のスバイラルを引き起こす
棄てられる前に自ら逃げ始めるのだ、それは人々が自立しておらず、依存しているからそうなるのである。
そして残った者たちも「なんとかしなければ」とは考えずに早々に諦め「とりあえずなんとかしてくれるから大丈夫」という依存の内に逃散する人をとめることもなくむしろその意志を尊重してしまうのである

何かこれが原発避難民にもぴったりなのである。双葉の町長が自分たちは棄民だと言ったのを思い出した。この本では原発避難民のことも書いているからこれは限界集落などの日本の問題を極端に先取りして現実化した場所なのである。

原発避難民になるとこの依存は自分たちは放射能の被害者なのだということになりそれが社会的に認知されて特権化しているからやっかいである。

お前ら依存しないで自立しろとか言っても俺たちは原発事故の被害者だから国民であれ誰であれ同情されるべきでありそれが当然なのだとなり同じ南相馬市民でも小高区の人にそういうことを言うと怒る、それをマスコミも支持しているからそれが社会的コンセンサスだと信じているからやっかいである。


そして放射能というのは素人にはわからない、わからないものは恐怖が増大する
自分は科学は苦手だから理解できない、でも放射線にはいろいろありα線は透過しない、距離でも短いから細胞をかえって傷つけるという説明もあった。
その他の線はレントゲンとかの放射線は透過するからかえってつきぬけてゆくから細胞をきずつけないという説明も素人なり納得する
これもいろいろな説明があるから素人にわからなくなり怖がる人は怖がる、子供をもっている母親は特に怖がる
つまりこうしして原発避難者は区域は余計に帰らない人がいても別にそれで批判はできない、それも当然だとされるから帰らなくてもうしろめたいものは余り感じないだろう。
そこに明確な理由があるからである。


ともかく津波の被害地の事情はまた違っているが原発避難区域の復興はこういう事情で本当にむずかしいと思う
小高の病院の配管を直すのに7億円かかるとしてそれを少しで住民を出すとかの考えさえもない、ただ自分たちは被害者だから外部のものが市政でも優先してやるべきものであり自分たちは何もしなくてもいいとなっている
もちろん例外的に努力している人はいる、でも全体的にはそういうふうに依存してもそれが正当な権利とまでなっているからもう復興は無理に思える
だから補償金でも問題があるにしろ一億円とかで手をうって移住させる、それで他の地域で暮らせるようにしてやる、現実には避難区域ではそうなっているのである。
限界集落と違うのは原発避難民には多額の補償金が用意されるから消滅するにしても外に移れるから救われるとなる、そっちの方が復興になっているのである。

原発避難民と外部からかかわるのもやっかいなのである。依存することが当たり前であり権利であり何か自分でも補償金のことを言ったりすると怒りを露にする
それはもう被害者であり権利だから外部のものは何も言うなとなる。
でも南相馬市民としてあるのだから小高の場合は切り離して考えられないのである。

●人間は時代の子であり時代を越えることはできない

要するに人間は時代の影響から逃れることができない、時代の子である。
戦争のときはいくら理不尽でも戦地に行かざるをえない、そこで死んでも当然だとされる戦後の引揚者の開墾の時代は苦しくてもそれしか生きる術がない時代である。
そして時代は別に神が作る訳でもない、人間が作っているのである。
戦争だってそうでありそれは人間がやめさせればできた、自分は絶対に戦争には行かないとかして抵抗もできた、歴史はどうにもならない、変えられないということではなかった歴史は誰が作るのか?神が作るのか?人間が作っている
一人一人の人間が作っている、だから原発がない社会は作れるのである。人間が作るものだから人間の意志で否定できるのである。
それができないとしているのはやはりアメリカとかの圧力でありやはり人間がしているのである。
ただ百人が賛成することに一人が反対しても民主主義では成り立たないだけである。
でも反対する一人が意味ないのかというどそうでもない、そういう人がいて歴史に残っている人もいるからである。
復興でも一人が立ち上がりそれに賛同したら何か変わるかしれない、いくら放射能でもそれはわからないし人間が一人でもその意志があれば変わるということはある。


人間が歴史を作り出しているのでありこの辺の状態も津波は別として原発事故は人間が作りだしたものなのである。
地球は自然は神が作り出したものである。でも文明は人間が作り出したものなのである。原子力文明とともに人間が滅びるというときまさに人間が作り出したものと運命をともにすると最終的にはなる
でも神の作り出したものがそもそも宇宙であり地球であり人間すらそうである
それは人間の作り出したものと運命をともにしないのである。
人間が全能でないし神に作られたものだから神の手中にありそれを越えることはできないのである。
そして再び神の世界を作り出すのは神しかいないとなる、人間の作り出した文明は神が作り出したものではない、だからどんな文明も滅びてきたしこれからも滅びるのである。



タグ:復興
posted by 老鶯 at 09:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連