2016年03月12日

地方創生の切り札は「よそ者」「馬鹿者」そして「若者」 (原発避難区域でもそうである)


地方創生の切り札は「よそ者」「馬鹿者」そして「若者」


(原発避難区域でもそうである)


地方創生の切り札は「よそ者」「馬鹿者」そして「若者」――増田寛也氏インタビュー
PRESIDENT Online スペシャル

石川教授:

もうみんな好きなこと言う、自由に言う。そこでみんなが意見を出してしまえば、(全体を)見回してみるゆとりが出るわけですね、そうすると、物事の大事なもの、枝葉のもの、それは自ずとわかるんです。一番大事なエッセンス、それをみんなで拾い出して、それを大事に着地させる。(自由な話し合いは)そういうプロセスだと思ってます。

〜宮城・岩沼市玉浦の集団移転〜


自分をこきおろした原発避難民より「よそ者」「馬鹿者」そして「若者」の方がましだ
そこに何か復興の糸口がある、老人だけではもう町は復興しない
ではどうするのかというとそこに生まれて住んでいた人も老人だけが帰っては復興できない
ただ補償金だけをもらいギャンブルで遊び暮らしていればいいとか人の善意を踏みにじるような人はもういらない、勝手に外に住んだ方がいい、そこで何しようがかまわない
ただ補償金はいつまでももらえないことは覚悟するべき


もうそういう人が若者かもしれないがいたということは考えが変わった
そんな人はいらない、「よそ者」「馬鹿者」そして「若者」呼び込む、もう誰も住まない
土地が広大に広がり家も空家だらけなのだからそこをそういう外部の人が利用を考える
何か一からはじめるのにそういう場は向いている
老人は過去から考える、それも老人としてあっていいが今回はまず今までの状態をそのままにして復興などできない、
復興とういけど何を復興させるのか、今まであっものを復興させるのか?
それより全く新しいものを作り出すことになるのではないか?
それは「よそ者」「馬鹿者」そして「若者」さらに外国人も入れる
この辺では除染とかその他工事関係で人で不足で外人用の宿泊所が作られた。
老人ばかり帰ってももう何もできない、ただ補償金くれ世話してくれ介護してくれとしかならない
それは自分でもそうなのである。

そもそもが一体どうするのか?そこに住んでいた人たちも帰らないで家を建てた人もかなりいるし帰るという人でもどういう街にしたいのか岩沼のように話あってもいない
そして自分は南相馬市民だから小高のことを考えざるを得ないのである。
避難民がギャンブルしているだけだというのも事実である。
こんな状態だから憂さ晴らしも必要だといろいろ言う人はいる
でも周りの人がどう思っているか、それを自分は言ったのである。
そうしたらお前は何も言うなとか言う
では一体どうしようとしているのか?
そんなことお前には関係ないともなるが避難民は各地にいて補償金をもらっている、それは税金なのである。
そしたら回りの人が何も言うなと言えるのか?
特に南相馬市民だったら小高のことを身内のように考えざるを得ないのである。
そして飯館村でも浪江でも大地はつながっているから全体としてつながっているから
お前は関係ないと言えないのである。
放射性廃棄物の処理場にするにも影響するからである。


小高と楢葉とか大内が避難解除になることでまた問題が起きて住民は困っている
そもそも帰る住民はどういう街作りをしたいのか?
そういうことをみんなで話し合ったのか
それより帰らないと補償金で家を他に建てたり生活の拠点を移して帰らない人も多いのである。
お前は何もしないのだから関係ない、黙っていろというが大地はつながっているし関係をもたざるをえないのである。
そしてお前は何も言うなというときではそこに住んでいた住民はどうしようとしているのか?
そんなことお前に関係ないことだ、お前は何もしない、では自分もかかわらないですむのか?
南相馬市の財政負担も小高にかかるし小高だけでやれるわけがない
小高病院の配管に七億円必要だというとき誰がその金を出すのか、南相馬市や県や国でだしてくれのか?
そういうふうにかかわらざるをえない、つまり南相馬市民だったら必ず小高も住民として影響があるからだ。

NHKとかマスコミではきれいごとしか言わない、避難民が毎日ギャンブルだとか言わない
そこで内部の真実が曲げられて全国に放送されて原発避難民に全国で同情しろと強制すらされるのである。
同情するのもいい、でも具体的にどういうふうに復興するのか?
新しい街作りをするのか、将来像をどう描くのかなど何もない
コンパクトシティなどはあるが具体的にこのような街作りをするのだということをみんなで話し合ったりもしないだろう
それよりもう若い人は子供もっている人は帰らない決断をしている
では老人だけ残ってどうするのだとなる
そこはうば捨て山となりもう嫌だとして街を出る人もでてくる
そしたら街は成り立たずこれまでの復興のための事業も無駄になる


何かどうも復興事業がうまくいかないのは住民の意志がはっきりしない、官主導でもうまくいかない、岩沼は民主導でうまくいった。
原発避難区域では明確な将来像が描かれていない
放射能汚染のためだともなるがそれがあったとしても何かアイデアがないのか?
それが「よそ者」「馬鹿者」そして「若者」を都会から東京から呼び込む
それも一つの案であり他にも話しあいば出てくるかもしれない
ただ話し合いも拒否してお前は何もしないのだから何も言うなというときもう民主主義は成り立たない、そういう奴は去ってくれ
内部にそういう奴がいるより「よそ者」「馬鹿者」そして「若者」でも外国人でも多少はいいとなる
原発避難民はただ補償金をもらって楽したい、遊んでいればいいだけである。
ギャンブルで使ったから福祉に金貸してくれとか寄付金を集めてそれを何に使うのか?
ギャンブルにまた使うのかとも疑うようになる

補償金をもらっていたり国の税金を使っていると外部からいろいろ言われるのはふむをえない
それは別に悪いことではない、新しいエネルギーを外から入れて活性化することだから
それでもう日本はここだけではない、人手不足や少子高齢化で外国人でも入れるほかないのかとも思った。
それは内部にいる日本人でも今は何もしない、原発避難民のように何もしない、ただ補償金をもらいたいそれで遊んでいたいとか思っている人が多い
老人はやむをえない面があってもそれではもう街が成り立たない
名取の閖上では津波の被害が大きかったが外から若者を入れて活性化するべきだと言っていた。
そして名取の閖上では老人は補助金は十分にもらったからいらない
そうして外から入ってくる人にその補助金を与えて自由にやらせるべきだど言っていた
あそこでは原発の補償金ももらっていないのにそう言っているのである。


このことは日本全体の問題である。ただこの辺は極端なものとして先行して高齢化がすすんだ。
そして老人だけが取り残されるような事態になっているのである。
この辺でそうしたことを解決すればモデル地区になる
ただこれからは日本は経済的にも厳しい時代になる、すでに貧困化している
となるとニートとか働かない人は排除される、外国に行けとかなるかもしれない
つまり高度成長時代ならあぶれるものがいても良かった
そのときあぶれたものはほのわずかだから目立たなかった。
その時こそ本当は自分のことをしたい自由人がもっといて良かったのである。
なぜならそういう余裕が社会にあったからである。

いづれにしろこの辺の内部の人でも若者でも禄なのがいないとなると
外部から呼び込み新しい人で新しい街を作るのもいいしそうするほか方法がないともなる
何かいい方法があるならば言ってくれ、ただ自分は今回の発言で内部の人に原発避難民にさらに失望した。
それは怒りでもありそういう者はもう故郷にはいらない、日本にもいらないとまでなってしまうかもしれない、そういう時代になってきている
高度成長時代に生きた団塊とかは恵まれていたとなる
それもやはり時代でありどうにもならない、戦争で三〇〇万人死んだのも時代である。
今回の津波で死んだのもそうである。原発事故もそうである。
どんな時代に生きるかも宿命である。
まあ、自分たち団塊の世代はいい時代を生きたとはなる


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2016年03月13日

NHKスペシャル メルトダウン88時間〜 福島第一原発・同時多発事故の全貌〜を見て


NHKスペシャル メルトダウン88時間〜

福島第一原発・同時多発事故の全貌〜を見て


今回のNHKの福島原発の事故再現のドラマは興味深かった。
東京の東電からや官邸からの指示が遠くてできない
意志疎通ができない、これも一つの原因になっていた。
東電の司令室でも現場を知らないのだから指示するのもむずかしい

それで現場では現場をしらないのにと不満だった

こういう突然の事故とか緊急時になると遠く離れていると必ず誤解が生まれ意志疎通ができなくなる
そういうことを自分は家族が交通事故にあったことで経験している
静岡で突然事故で死んだ、その時いろいろなことがあり何がなんだかわからなかった。
いろいろなことでもめたのでありそれが自分も行ったのだが自分は車をもっていないから余計にわからなかった。
そのことを書くと長くなるから書かない、でも何か突然遠くで事故とか事件など起きたらその事情がのみこめない、静岡というと本当に遠いから余計にそうだった。
原発事故でもそういうことが起きていた。
それは戦争のときも満州で勝手に関東軍が中央の指示に従わないで暴走したことが間違いのもとだったともいわれる。
それも遠いからもう中央の指示は届かないし現場が暴走しようがとめることもできないのである。
緊急時は遠いということが致命的になる。すぐにかけつけることもできないからである。

これを見てつくづく原発は東京に作るべきだったと主張していた人がいかに正論だったかわかる。その人は東京に住んでいたからである。
東京に住んでいれば東電の人がじかに現場に行けるのだから意志疎通ができたのである。東京に作ったら安全を追及できた。なぜなら一千万の都民がいるのだから安全でないと許されないとなるからだ。
でも送電とかでコストがかかっても福島に作ったのは東京都民を納得させられる安全を計れないと思っていたからである。
東京都民も反対する、いくら「安全神話」を作っても東京都民は納得しないから福島に作った。
福島に作ったことが「安全」でないことの証明だったのである。
300キロ離れているから東京は安全だとして福島に作ったのである。
今になると東京の方が安全だった。東京湾は津波が来てもあのような大きな津波は来ないからである。
もちろん津波でなくても原発は安全でないからこそ離れた所に作ったのである。


そして吉田所長なども最後は2号機でも爆発すると東日本に人が住めなくなるという恐怖を感じていた。それほどの重大な事故だった。
また原発がそんなに危険なものだとは回りの人も知らなかった。
そして「安全神話」を政府も東電もマスコミでも作り出していたのである。
それで吉田所長なども最後は神に祈っていたというから皮肉である。
もう神に祈るほかないと現場にいた人たちもそうだった。
2号機は原子炉は破壊されすに爆発がなかったのは不思議なのことに原子炉のおおうところに隙間がありベントできなかったがそこから水素などがもれたためだったのである。
本当はそこを完璧に密閉していたらかえって爆発したのである。
これも運が良かったというのも不思議である。


人間の技術でも完璧にはならない、完全に安全などない、そこに奢りがあった。
だから科学者も神に祈るのかと奇妙だった。
確率的に一万年とか一回しか事故は怒らないとか言う人もあった。
人間の知力には限界があるのだ。
だから最後は神に祈る他ないとなっていたのも腹ただしいとなる

科学者も神に祈るようなものなら最初から人間で操作できないのだから原発は作るな

科学者などが安全神話を作ったのだから科学者は神ともなるからだ。
原発を作る前に神に祈る

「神様、原発を作ってもいいでしょうか」
「そんな危険なもの作るな、神は責任をもてない」
「そうでしょうか、でも作ります」

こうしてもはや東日本には住めないとかなったとき神に祈っているのだから勝手だとなる原発のように核の操作のように人知を越えたものに手をだしたこと自体過ちだったのである。
人間とは科学者とは神を畏れぬものなのだ。だからこそ事故が起きたのである。
科学者は今や神に近いのでありその科学者に従うから事故が起きた。
ただ科学者だけで原発や核は作られた訳ではない、政治とか経済的理由とかいろいろあるでも安全神話とか作ったのは人知を越えたものなのに神話というからにはまさに神になっていたのが人間だったのである。


もちろん自分は何か原発にはほとんど関心がなかった。それもやはり原発に対するマスコミとか教育もなされていない、まず原発の安全神話が作られているのだから危険なのもだと宣伝できない、教育もされないのである。
原発の周辺では何も危険も知らされていないから爆発したとき浪江では津島とか一番線量の高いところに逃げていたのである。
あとから相馬市の方に避難した人がいたが相馬市の方に避難すれば良かった。
スピーディも使用されなかったのである。

でも国会でも原発の危険性が全電源喪失なったらどうするとか指摘されていた。
つまり原発に詳しい人もいて質問されていたのである。
しかしその安全は追及されなかったのである。


要するに原発事故は神も畏れぬものの罰だったのである。
科学者も核を操ることは危険であると不安になっていた人もいた。
それでも原発は以前として稼働させようとしている
人間は最後はもう神頼みになる、それも人間は勝手だなと思う
神に祈るしかないようなものをそもそも作るべきではない
機械でもそれは人間の作ったものだから故障したら直せる
直せないとしたらそもそも作らない方がいいとなる
機械を作ったのは人間でありその人間が操作できないものを作るとなると
もう機械自体が暴走して危険だとなる
ロボットなどが危険だというときそれが暴走して操作できなくなる
それは原発とにているのである。

そもそも文明自体がもう巨大化して複雑化して人間の操作する範囲を越えている
するとどうなるのか、グローバル経済でも操作不可能となりメルトダウンして
恐慌とかなりどうしたらいいんだとなり最後は神に祈る他ないとなる
人間が作ったものが人間で操作できなくなっているのである。
結果的に人間は滅亡にいたる
それは神が作り出したものによって滅びるではなく人間によって作り出したものによって滅びるとなる
それもまた人間の運命なのかもしれない、人間のそうした傲慢さが神に呪われ滅ぼされるのであてる。

それにしても今回のNHKの放送ではなんとか爆発を防ぐことなど事故をくいとめる、軽くくいとめる方法はあった。それは今ふりかえればである。
消防車の水が半分もれていたというかこれもアクシデントであり必ず緊急時にはそういうことがある。
人間は戦争でも何でも事業でも人生でも失敗が必ずありそのあとにこうしていればとか後悔している、でも時間を戻すことができないのである。
今になってはもうとりかかしがつかない、だから人知を越えたものには手を出すなとなる炭でまにわあせろとは言わないが原発はあまりにも危険なものだったのである。



posted by 老鶯 at 23:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2016年03月14日

なぜ原発避難民は傲慢なのか嫌われるのか? (マスコミとかで同情していい気になった?NHKは中立ではない)


なぜ原発避難民は傲慢なのか嫌われるのか?


(マスコミとかで同情していい気になった?NHKは中立ではない)

なぜ原発避難民は嫌われのか?その原因はある。


マスコミが同情して一方的に原発避難民の側にたちすぎた


磐城の下神白団地のことをNHKで放送していた。そこに原発避難区域からのいろいろな人が混じり合っていた。
新しい家を建てられない人が入っていた。設備はバリアフリーで老人が住むにはいい感じに見えた。
そこでもまた避難民はもう金はいらない、もっと回りの人が親切にして受け入れてほしいということを言っていた。
新しく避難民が家を建てたらいやがらせとかいじめにあったとか言わせる。
それを一方的に聞くと外部の人が見るとなんだかわいそうな避難民に地元の回りの人は冷たいなと見る。
でもそこにテレビの危険性があったのだ。
そういうふうにしむけているのがNHKだったのである。
一方的な原発避難民の言い分を言わせて報道する

なんだ、なぜそんなひどいことを原発避難民にしているのだ

こういうふうに外部のみ人は見るのである。

それは相馬市でも飯館村の人がトマトを作る農家で働かせてくれないかと言ったら断られた、あなたたちは補償金をもらっているからいい、津波の被害者はもらっていないから雇うと言っていた。それは津波の被害者全般に言える、津波の被害者は家族を失ったのだから一番の被害者だけど補償金はもらえないのである

なんだ、このトマト農家は原発避難民に冷たいな

こうテレビでは見るのである。その効果は見る人が多いから大きいのである。
テレビは一方的洗脳メデアである、そこにテレビの危険性があった。
それはなかなか気づきにくいのである。
映像であるからさそまた宣伝効果が大きい、テレビは大衆向きだから余計にそうなる
トランプがそのテレビの特性を利用して宣伝するのがうまいというのもわかる
悪く言われてもそれも知名度があがるから容認しているというのもしたたかである。

テレビは何か人を考えさせないメデアなのである。一方的洗脳メデアなのである。
イラク戦争のとき、海鳥が石油まみれになった映像が世界に流された。
それもやらせだったのである。でもその映像が世界に与えた影響が大きいのである。
映像は活字と違ってわかりやすいからだまされるのである。
例えばトランプが演説する壇上に暴徒が襲ったがあれはやらせであり金を払いしくんだものだというのもそうかなと見た。
トランプはもともとテレビタレントだからテレビの特性を知ってしくんだと日本の外人タレントかそのことを言ったのは面白かった。
テレビて仕組まれたドラマを作っていたとなる。

そういうことはNHKでも常に行われていることをこの辺に話題になりテレビに放送されることでわかった。
結局注目されるのは原発避難民であり他は例えばイワキでも他でも地元でも原発避難民を良く思わない人たちが大勢いる、そのことについてはふれないのである。
原発避難民を批判することはもうマスコミでは許されないようになっている
ただ雑誌とか紙メデアではそれなりに地元の実情を書いている
NHKではそういうことは全くしていない、テレビの取材は取材する人の承認をえないとできない、すると取材される側にたった放送になる
ある記者が取材にきて嫌なことを聞かれたとか言っていた、するとその取材する人もひどい人だとなる
そしてNHKは影響力があるからテレビを見る人は原発避難民側につくのである。
NHKとか放送にはそもそも中立はない、NHKは在日が支配しているとか左よりである
放送でもどうしても中立はありえない、それはやむをえないことである。
ただNHKは影響力が大きいし公共的な側面があるからなるたけ中立であくべきなのだがなっていない、すると国民を間違った方向に導くから危険だとなる


そのことが原発避難民をつけあがせた原因の一つである。それから何かわからないが原発避難民が避難民になったからとそんなに変わるのかという疑問がある。
そうなったきはもともとそういう傲慢な人たちが多かったからなのかともなる。
それは原発の金でうるおって羽振りが良かったからかもしれない、それで会津辺りで俺たちはこんなまずいもの食わないとか言っていたのか?
ともかく何か横暴で傲慢になっている、それを助長したのがマスコミであり特にテレビでありその主なものがNHKだったのである。

傷口に塩を塗って楽しいか

こんなことを言うことが信じられないとなる、これは特殊なものでなく原発避難民の気持を代表しているのかもしれない、そもそも漁業組合があるがここに入っている人は原発事故前も多額の補償を受けていた、それで原発御殿がたっていたとか回りではうらやましく思いその羽振りの良さに対して不満があった。
漁港があってもみんな漁業組合に入っているわけではないからである。
何かそして原発避難民はもともと傲慢だったのかとなる
請戸の人は入院して特等室に入り家を建てると言っていたしまた相馬市に家を建てた人もいる、その人は高額の歯の治療して別に東電を恨んでいないという、つまり手厚い補償金がそうさせたのである。
回りではそういう人たちをどうみるか?相馬市などでは金は8万くらいもらって終わりなのである。
それは福島県でもそうであり補償金をもらったのは実際は避難区域でありあとはほとんど何ももらっていないのである。
だけど原発避難民は避難民様になり回りのことを無視して謙虚さがなかった。


この辺では小高区の人がそうである。
「俺たちは金はあるんだよ、お前らは金がねえな、俺たちはここで金を使って消費して助けてやっているんだ、ありがたく思へ」
こんなふうにまでなったとしたら回りの人がどう思うのか?
それほどに思い上がらせたのはそもそも前からそうだったのかと思う、なぜならそんなに人間そのものが何かあっても変わらないからである。
謙虚な人は謙虚だからである。人格が何かあったから一変に変わるわけがないのである。もちろんどこでも禄でもない人間はいるが何か原発避難民にはそういう傲慢な人が多いのである。
「お世話になります」とか回りに気を使う人も少ないのではないか?
そして毎日ギャンブルだとかなっているとこれは何なのだとなってしまうのが普通である
自分に対して卑語で責め来た奴はそうである。これほど傲慢なっているのか?
避難民様を何であれ批判するものは許せない、そうういうふにつけあがらせたのはマスコミ特にテレビでありNHKだったのである。
その影響力が大きいから問題なのである。

そしてなぜ沖縄とか在日とか韓国とか中国とかの日本に対する反日の運動を理解した。
そのことを具体的に自分は理解しなかった。東北に在日のことなどわからない
なぜ執拗にあれだけ「心の青雲」でとりあげ責めているのかその理由が具体的にわかった人間は一旦被害者意識をもつとそれが特権化して当然になり責めつづけるということである。
そうなるともう逆らえないのである。集団化しているから必ず今度は少しでも批判すると抗議が来るからテレビではタプー化して何も言えなくなる
そういうことが原発避難民にも同じようにあった。
俺たちかわいそうな避難民であり放射能の被害者でありその被害者をなぜ責めるのだ。
許せないとなりあの発言になった。
放射能の被害者は福島県でも他でもあり20キロ圏内とかだけではないのである。
でも俺たちは被害者なんだというとうことに凝りかたまっている


そういう強い被害者意識をもつともう復興も何もできない、なぜなら放射能のために米を作っても売れないとか必ず原発の被害のことをもちだして言うからである。
何かうまくいかなくても俺たちは放射能の被害者なのだとなるからである。
小高などは0、1だから帰れるのに帰らない人も多いのである。
そして俺たちは同情されるべきであり援助されるべきであり自分たちはなにもしなくてもいい、外部の人がやるべきであるとまでなる
なぜなら被害者だから外部の人が政府であれ東電であれ国民であれ支援するべきだとなるだからこういう人たちと対話もできない何するにもめんどうになる
だからもう復興はできない、延々と放射能のためにこうなったのだと訴えるからである。それは在日の俺たちは戦争で日本の被害者だった、だから特権があるんだというのと同じである。韓国と同じでありもうつきあいきれないともなる

自分も南相馬市だから南相馬市をテーマにして郷土史とか芸術の創作とか詩を主に書いてきた。それはこの辺の全体のことである。
だから自分は小高の病院の配管が壊れたことで七億円必要だというとき少ないにしろ寄付してもいい、でもそのためにまず補償金をもらっているのだから小高の人も出せとなる。そういうことを一切しないでただ外部の人頼みになっている
でもその配管を直す金がもし南相馬市で一部負担するにしろ南相馬市全体の問題なのである。合併したから余計にそうなったのである。
そういうことまでお前は何もしないのだから黙っていろと言えるのか?
つまりもう対話が成り立たないのである。
それよりすでに小高に帰らない人はもう小高を捨てたのである。
それも放射線量からすれば帰れるの帰らない、そういう人たちもどうなのかとなる
それはそれですっきりしていいのかもしれない、帰っても放射能の被害のことを延々と言われ被害者意識は消えない、そしてまた補償金などを要求してくるからである。
原発避難民様に逆らうことはできない、それを助長したのがテレビであり特にNHKだったのである

最近では鹿島の仮設の食堂に鹿児島の放送局が来ていたのは驚いた。その取材の中心は原発避難民である。他も被害者であるがその実情は伝えられないだろう。
つまり報道によって人間は必ず ゆがめられる、誤解してしまう。
ただ内部の人はその利害関係でも身をもって受けるから真実を話すのである。
ともかくこうして被害者意識にこりかたまった人たちはもうどうにもならない
それで外部から人を入れる

地方創生の切り札は「よそ者」「馬鹿者」そして「若者」

こういう外部の人は放射能の被害のことは言わないだろう。望んで入ってくるのだから
「馬鹿者」とはその土地の変わり者であり除け者のような人らしい
それは自分のようなものにあてはるだろう。
そういう人は何か変わったアイデアが出せるから地方創生につながるという。
要するにこういう事態になるとまさに発想を変えない限りできない
地元の被害意識に凝り固まって人たちや老人だけでは復興などできないのである。


原発で逃れて来た人の番組や特集は民放でも多く放送している。
NHKならではの視点で特集するのであれば、避難者を受け入れたいわきの人々がどう感じているか(避難して来た人との待遇や行政での違い)を取り上げ深く掘り下げることなのではないかと思います。是非その視点での特集も見てみたいです。

こういう意見がありもし大量に避難してきた人たちだけでなく
磐城の人たちがどう対処したかどう思ったか、その現実は放送されない
そこに津波被害者もいるからである。
だから一方的になりかたよってしまうのである
つまり今はニュースでもテレビ放送でも多角的な分析が必要な時代である。
ただそうなると相当暇でないとできない

自分のプログもリンクして読ませろとかなるが
インターネットのメデアは目立つことがむずかしいから影響力が弱いのである。


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2016年03月15日

発想の転換が必要な津波原発被害地 (労働やものや様々な価値観が変わる時代)



発想の転換が必要な津波原発被害地


(労働やものや様々な価値観が変わる時代)


労働というのが機械化で変わった。機械化した結果失業する人が増える
今度はコンピューター化で事務系統高度な事務系統とかすら失業する。
そして格差社会が極端になるからその対策としてベーシックインカムを導入することがヨーロッパではもう具体的に進めようとしている。
極端な格差社会になると社会の治安も悪くなったりするかからである。
格差社会がなぜ起きるかというと機械化も大きな要因としてある
コンピューターのソフトを作るよような人は高額な収入になるがその他の人の労働力は省かれる
それで失業した人にも働かなくても金を払うとなる。
そうなるとどうなるかという社会実践が現実にヨーロッパでは始まっている
ただ一方でなぜ日本などではこれほど人手が不足しているのかとなる
それも機械化でやがては補うことができるのだろうか?

そもそも理想社会などありえないが辛い労働から解放されることが人類の目指してきたことである。
流れ作業でも機械化できればそうした仕事をしないですむ
そしてそのような機械的仕事はしないで各人が好む仕事をする
各人が適した仕事をする、それは利益を産まなくてもいいとなる
あなたが農業が好きなら自由に野菜作りでも何でもしてくださいとなる
別にそれは利益を産まなくてもいいのです、とれたものは周りの人にただであげてくださいとかなる
他に商売したいなら店を出してしてください、別に特別利益をあげなくてもいいです
あなたの趣味でも商売にして街を活気づけてください
花が好きなら自由に花を飾ってください、店はもともと見せるからきているんですから
他にも趣味があるでしょうからそれで人が関心をもち通りを賑わえばいいことです

この世の中資本主義は金にならない限り利益を産まない限り価値ないものとされる
人間すらそうである。もし絵でも売れなければ価値ないとされその人間すら価値ないとされる
そういうことでなくて金を産まなくても各人の価値を追求する社会はある意味で理想社会かもしれない、それも結局意外な結果になるかもしれないがそうういことができる社会は進歩した社会だとなる
そういうことは一部インターネットで実現している
インターネットの情報とか知識は無料だからである。
無料だからたいしたものはないともいえなくなっているのがインターネットである。
今までは情報でも知識でも発信するとなるとコストがかかりすぎたからである。
だからマスコミしか発信することができないのでマスコミが異常なほど権力をもち第二の権力とまで言われたのである。
原発事故でも安全神話を作ってきたのはマスコミも加担していたからである。
要するに政府でも東電でもマスコミでも互いの利益で結びつき安全神話が作られたのである。


ともかく社会の価値観は常に変わってきた。そして価値観が変わることは発想の転換が求められる、それが柔軟にできない、特に老人はできないのである。
どうしても従来の路線で価値観で物事を見るからである。
例えは農業というものをそれは食べ物を提供するものだとばかりと見ている
でも価値観が変わると米余りになると減反になると農業とはなんなのだろうと考えてしまう。何のために農業があるのだろうかとなる
農業とは食べるものを提供するだけではない、それは自然の景観を維持するものであり
またそれは日本の文化だから文化を維持するものだとも見れるようになる
そんなもの何の価値があるのか、米がとれて米をいっぱい食べるために田んぼがある
これまでだったらそう考える、現実に満足に白い米すら食べられず戦争のとき、東北では白い米を食べたくて兵隊になったとかある
それは貧乏な時代ならそうなる。それが米が余り減反までなると価値観が変わる
田んぼなんであるんだとなる、田んぼは景観の維持のために日本文化の維持のためにあるとなるときどうなるか、それは米を売ることに米を利益として考えないからそうなる
現実に今も米を作らない減反政策をしているのはなぜかとなる
そんなことして無駄だとなるが別な価値観をもてばそうならないのである。


自分が追求してきたのはまさにそうした景観とか情緒がある世界である。
それで極端になったのが八沢浦が津波で入江になったとき波が朝の光にきらきら打ち寄せてきたとき自分の望んでいたものが現実化したことに驚いた。
その現実は想像を越えたものだったのである。きらきら波か光り打ち寄せることは奇跡のように思えた。
もちろんその時ここで津波で死んだ人がいたのだからそのことを指摘されてあまりに不謹慎だったことは言うまでもない、でもふりかえると自分はあそこが田んぼになっていることにあまり価値をおいていなかったのである。
いつもあそこが昔のような入江になったらどんなに美しいだろうなとイメージしていたのである。

そこに古歌も残っていて風光明媚な場所だったのである。この辺では入江とか浦がほとんどないからものたりなかったのである。
こういうふうに時代によって価値観が変わる、もちろん旧来から見れば八沢浦は先人が地のにじみ出るような努力して干拓した所であり、犠牲もあった。
でも時代が変わればまたその価値も変わるのである。
自分にとっては景観の方が価値があり外からくる人も田んぼをみたとしてもつまらない
八沢浦の入江を見たら本当に美しいと思うだろう。そしてそこが観光地になる。

つまり農業でもそうした発想の転換が必要なのである。「浦里の滴」という菜の花から作った油を小高の人が売り出した、それも自分にすると今の時代になると油などいくらでもある、もちろんその他の味噌であれ?油であれ何でもいくらでも種類がある
すると自分の場合だか一面の菜の花畑になったその景観に価値あるとなる
でもそれはやはり油として菜の花畑にするのとは違うからありえないともなる
でも油などいくらでもあるというときどうしても景観の方が価値があると自分は見る
だからソーラーバネルでも風車でも景観が壊されることが嫌なのである。


津波の被害地とか原発避難区域とかで今必要なのはこの発想の転換なのである。
旧来の発想では復興できない、全く変わってしまったからである。
街が何もない荒地になった、一体どうすればいいんだとなる
どんな新しい街にするのだとなる、そうなると旧来の考え方では復興できない
新しい復興のビジョンが必要になるのである。
こうなると旧来の考え方しかできない老人には向いていない
それで女川では若い世代に街作りをまかしたのである。老人は口を出さないと決めたのである。
もうそれくらいの覚悟をしないと復興できないからである。
津波や原発避難区域はみなそうである。



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2016年03月16日

原発避難区域を偲ぶ短歌十首(桜など) (それが現実だということの重みが違う)


原発避難区域を偲ぶ短歌十首(桜など)


(それが現実だということの重みが違う)


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白いのは砂であり川は曲がって流れて海に注いでいた

kkkkkma112.jpg


津波の後に砂場は消えた

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小良が浜はおらが浜であり相馬藩の境で争った地域である。
つまり熊川が境になっていたのである。



ふるさとに残せし墓のあわれかな春の彼岸に人の帰りぬ

その道を行く人なしも故郷の帰れぬ人や春の日くれぬ

高瀬川流れの早しさへづりの高くもひびきなお奥に入る

葛尾の落合に来てあわれかな草に埋もれし碑の古りかな

たずぬるも更地となりぬあわれかな老女一人の帰る秋かな

楢葉町よりしことあり海望み梅の香りて行く道偲ぶ

熊川を沿いて下りぬ桜咲き海の開けて船の行くかも

一軒の残されし家をしみじみと見ゆ人の帰れず枯野の中に

理容店蔦の這いにつ淋しかも人の帰れず秋の日くれぬ

竜田駅電車通りて金木犀においけるかな下りる人多し


原発避難区域はやはりこれまでの歴史でもあったのかという不思議である。
廃村とか小さな村にはある、その規模は小さいのである。
ここにはまた津波の跡もまだ生々しく村が消滅している
そういうものが重なって異様なものとなっている
だからこれが本当に最初は夢ではないかとか現実に思えなかった。
何なのか理解できなかった。今でもそういうことがある
自分は別に津波の被害にもあってないし普通に故郷に住んでいる
だから本当のところ避難した人の気持とかこのことを避難した人がどう感じているかはわからない

原発避難民のことを非難したのはそれはまた周りの事情もありそれを言っただけである。つまり原発避難区域の人たちのことはかわいそうだというときそれが必ず補償金と結びつくことが問題なのである。
そうしてかわいそうだというとききりがなくなってくる、そのことを言えば延々と補償金を要求できるからである
それとは別に一体この避難区域は何なのかと考えるときこれが5年過ぎてようやく現実としての重みをもってきたのではないか?
何か避難区域の人の住まない一軒を家を見ているとそう思った。
ここにも人が住んでいた、それも江戸時代とかから長く代々住んでいた家もある
そこで浪江までとか野馬追いに出る家が今でもある
そういう家の歴史でも重みがそこにあることを5年過ぎて意識するようになった。
普通だったら一軒一軒の家のことなどありふれていて当たり前だから考えないのである。5年すぎたら何かそれがまるで遺跡のようにすら見えてくるだろう。

この原発避難区域の不思議は最初は本当に映画の猿の惑星のように見えたのである。
こんなことがありうるのかという不思議である。
だからこれが現実だということを理解するのは5年もかかったのかもしれない
それは津波の被害地でもそうなっている、なかなか現実として受け入れられないのであるおそらく津波で家族を失った人もそうだろう。これが現実なのかということなのである。それはシリアとかでも起きている、27万人も死んだとかそれが信じられない、そんなに死んだのか、街は破壊され瓦礫の山になっている。
そして一人の少女が奴隷として売られレイプされるからガソリンをかけて死のとした。
その少女は15才である。これもこの世の現実なのかと思う。
その現実の重みは当事者でないとわからないだろう。

それと同じように原発避難区域もそうである。もちろんシリアとは違い原発貴族とも言われているから余りにも違う。
でもこれが現実だということその重みが違っているのだ。
現実とは映画の世界とは全く違う重みがある、人一人死ぬのでも重みがある。
自分が一身上体験した苦しみも現実だった。
みんなそうして厳しい現実に生きている、
こういうふうに当たり前ではない、異常化した世界が現実だということを理解することは本当にむずかしい,それは戦争でも起きたことである。
戦争の現実を理解することは今になれば不可能である。
バタバタ戦場では人が臣でく現実を理解できないからだ。
それを映画で見ても娯楽にさえなってしまうからである。
この辺ではそういう厳しい現実を体験した人が多い、ただそうは言っても原発避難民は恵まれていた。それは津波の被害者とかと比べるとである。

でも故郷を失うということがどういうことか?この現実をなかなか理解できないだろう。
それと補償金を結びつけないとき、一体それが何なのだろうとなる
何か残された一軒一軒の家がその重みを語っている
ただ飯館村とかで千軒の家が壊されるというときその時も家もなくなり思い出もなくなりそこにあったという重みも家がなくなって消えることがありうるだろう。
やはり家というのは何か一つのそこに存在した重みを残すのである。
家が消えるとあとは人の語りとかなり具体性がなくなってしまう。
墓も家と同じように何か現実にここに生きたという人が残したものであり重みをもっている

ただ原発避難民がどれだけ被害を受けたか、どれだけ貴重なものを失ったかとわかる
だからすべてが許されるとなるのか?それは周りの人のこともあるのだからそうはならない、これは別なものとしてまた考えねばならぬ
俺たちの失ったものを考えろというとき津波の被害者はそれ以上に失っているのである。ともかくこの辺の状態は以前として混乱しているし様々な思いが入り乱れているのであるそれは避難区域以外でもそうでありそこに葛藤があり様々な思いがありそれをみんな知ることは不可能である。


実朝の歌に何か原発避難民と同じ心境の短歌があった。


ふるさとは見しごともあらず荒れにける影ぞ昔の春の夜の月

散りめればとふ人もなし故郷は花ぞ昔の主なりけり

里あれぬ志賀の花園のそのかみの昔の春の恋しかるらむ


この短歌と心境的には通じている。この故郷というとき小さな村の規模だろう。
鎌倉時代となると人口は極端に少ないからだ
ただ「故郷は花ぞ昔の主なりけり」こうなっているのはにている。
庭に桜が咲いていても空家と化して人は住んでいないからだ。

志賀の花園というときそこは相当に古い由緒ある場所であった。だからこの短歌には深いものがある。

自分はなんか不思議だったのは避難区域の道である。そこも確かに人が歩いていた道である。でも誰も歩いていない、そこはかつて人が通っていた道だなとみるのも不思議なのである。
なぜ人は廃墟にひかれるのかというとそこはセットの映画の舞台ではない、現実にそこに人が住んでいたのでありその重みが違うからである。

ともかく自分は楢葉とかにもよったりした。ただ何かやはり双葉とか富岡とか越えるとなじみがない、でも双葉は姉から父が酒屋で丁稚していたことや葛尾村の出身であったことでなじみがある

さらに大熊でも楢葉でも良くわからない、地理的にもわからない、ただこの辺はいつも電車で通っていたしよったこともあり思い出して短歌を作った。
一番印象に残っていたのは熊川をそって下り海に出たときである。
そこにも家があり春の太平洋が開けて船が行く景色だった
ここも津波でもう家も桜もなくなったろう。ここは記憶に明確に残っていた。
思い出すとき記憶がつくづく大事だと何度も書いてきたけどここでもそうだった。
記憶として蘇るときそこに自分が確かにいたということを再確認するのである。
そして詩とか短歌にできるのである。


NHKの放送の原発近くの熊川の津波の被害の写真 
(ここを通った桜が咲いている写真があった)





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仮設のF食堂は小高に今月で帰り再開する



仮設のF食堂は小高に今月で帰り開業する


「あそこはなんであんなに客が来るんですかね、うまんですかね」
「味は小高にいるときと変わっているみたいです」
「そうですか、まずくなっているの」
「私は小高生まれでこっちに嫁いできたからわかるんですよ」
「そういうことですか」
「あそこのおばあちゃんがやっていて繁盛していました
今は孫がやっているようですがそれで味も変わったのでしょう」

そんなふうに話していたのは客と別な食堂の女性だった。

「なかなかその店の味を作ることはむずかしいですよね
それを受け継ぐないと店も繁盛しない
でも直接その味を作るにはそのおばあちゃんから習わないとできないでしょう」
「そういうことを一緒にしていないから味が変わったように思う」
「まあ,ラーメンなどはタレが勝負ですからね、それは秘伝のようなものでしょう
それを受け継げば二代目も繁盛できる、二代目が会社を引き継いでも繁盛するのはむずかしい、それだけ創業者の力が大きいということなんですね」

いづれにしろF食堂は小高に帰る、避難解除になり帰り営業する、小高では旅館とこの食堂ははじめる
、除染関係とかでこの二つはやっていける
その他は何か帰って再開するのは聞かない、それだけでは淋しいし復興するのはむずかしい、
第一帰らないと決めた人が避難区域では多い
ただ小高は放射線量は低いから帰れるのである。
鹿児島の放送局まで取材にきていたから驚く,それだけそのF食堂は有名であり外に並んで待っている人が多かった。
そんなに混むというのもなぜかわからないことがあったがやはり原発避難区域から来た人は外部でも注目されるのである。

いづれにしろ五年すぎたから一つの区切りなんだけど避難区域は復興することはむずかしい
津波の被害地でも復興ではなく全く新しいものを作り出すことだとも言っている
今まであったものを復興するのではなく全く新しいものを作り出すのである。
だから外部からの人の支援が必要になっている。
まずすでに避難区域では地元の人も帰らないし一割くらい帰っても老人だけが帰っても復興できるのかとなったらできない
その人たちは老人が多いから余計にそうである。
そしてここでも問題にしたようにとにかく被害者意識が強すぎるから地元の人はかえって復興しにくい、何でも放射能のためだとなりそれを何かといえば言うからである。
つまり自分たちは被害者であり同情されるべきであり何か支援されるべきでありそれをしないのは責められるべきだとまでなっている

そういうふうにマスコミでも避難者をもちあげたから余計にそうなったのである。
ギャンブルしていようが何しようが俺たちは被害者なのでありそれに逆らう奴は許せないとなる
ここで何か尽くせ、原発避難者様に尽くせ、俺たちは何をしようと非難するなとなっているからだ。それをマスコミも支持しているからしまつが悪い
それは在日とか韓国の心情と同じである。自分たちは被害者なのだ、みんな日本人が悪いんだ,俺たちのことを批判するな、日本人は謝罪して韓国のために尽くして罪滅ぼしをしろというのと同じである。
ただこの辺では全部がそうではない避難区域になった人たちだけでそうでありあとはそういうことが要求できないから違っている。
だからかえって外部から来る人が若者でもそうだし外国人すら呼びこむほかないともなるなんのかのと言ってもそもそも人がいないとなれば何をもって穴埋めするのかとなる
そうしてぎりぎりに追い詰められているのである。

宮城県とか岩手県では人が働かない流出する、そして商売するにも成り立たないとか借金してはじめられないとか生活が苦しいとか五年過ぎて相当に苦しい状態の人が多くなっているみたいだ。
それは原発避難民のように補償金が出ないからである。
そして事業でも資金がもう出してくれないとか嘆いていた。
やはりただ援助するとなると限界がある、その限界が五年で生じた、だから津波の被災地の方が苦しいとなる。
ただ原発事故周辺もだんだん苦しくなってくる、今はまだ外部から一万とか入ってきているかもしれない、プレハブの宿泊所は増えている、外国人用のもできたということはそれだけ除染関係でも人が入ってきている。

石巻の雄勝の被害が実際は大きかった。四〇〇〇人とかの人口で千人も減ったとかある。あそこは硯で有名でありその職人も津波の被害を受けて相当数死んだという。その伝統の業も消えるかもしれないと言っていた。
そこに子供の体験学習の場を作った人がいた。でも古い校舎を改造することなどに三億円かかったという、その金はカタールなどから出たりその人がかき集めたという
子供相手の事業していたからできた。でもそれだけの金を集めるとなると簡単にできないと思う。

タグ:仮設の食堂
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2016年03月17日

原発避難者の賠償金の請求はきりがなくなる (家族を殺された賠償ともにて償いきれない)


原発避難者の賠償金の請求はきりがなくなる


(家族を殺された賠償ともにて償いきれない)


津波や原発事故で起きたことは様々あり複雑である。それをどう考えるかとなるとまた複雑である。
原発事故自体その原因追求すると核のような危険なものに人間が手を出したからだと科学者の責任もなる、なぜそんな危険なものを発明したのだとかとかになる
それが今までは核兵器をだめだということで反対していたが原発は平和利用で肯定されてきたのである
原発自体に反対した政党はない、共産党も原発自体には反対していない、ただ安全に運転しろと追求していたのでありかそれが成されなかった。
だから原発事故の原因を追求すると原発を発明した人が悪いとかきりがなくなるだろう。交通事故でもそうである。交通事故で家族を失った人たちは車社会を恨むまでになる。
そうすると車を発明した人が悪いとかまでなり車社会を否定するようにまでなる
原発事故では原発を否定して核を否定するようになる


そして賠償というとき様々な被害者とにている、例えば殺人で家族が殺されたときその被害は大きいから家族は死刑にしろとなり実際になる人もいる
どうしてそうなるかというと死んだ人の命はかえってこないからである。
金を盗まれたなら金を返せばいいが死んだら命はもどってこないからである。
そうなると賠償しようがない、どうするんだとなり死んでわびろとなる
なにか原発事故の被害者もそうした被害者とにている
故郷を失ったとか家族がばらばらになったとかコミニュティを失ったとか、失ったものがきりなくある
それは自分は避難者ではないけどそういうことを意識していなかったけど5年すぎてそれが現実として迫ってきて理解する
一軒の農家が枯野の中に放置されて人が住まないというのを見てその農家の価値を存在を考える


それも不思議なことである。そんなことそこに住んだ人も考えたことがないだろう。
外から見ても普通にただ一軒の農家あるとしか見ていない
でもそこは代々故郷にあり農家として土地が受け継がれてきた、その農家でもそれは故郷という村とかのなかで営みがつづけられてきた。
そういう当たり前のことが価値が見直された問われたのも今回の原発事故である。
そういうことを自分は哲学的にも探求してきた。
そんなこと復興のためになにになるのだということで責める人もいる
でもそれは郷土の価値とかを探求してきたからこそ自分は言うのである。
でも故郷の価値とかそんなこと意識していた人などいない、人間は個々の利益は意識できるけど故郷という狭い範囲でも全体を意識すること全体の価値を意識することはない、この家の土地の値段はいくらだとかなんかそうした個々の利益にかかわることは関心がある
故郷全体のことを関心をもっていた人はほとんどないかもしれない、それは最近国の価値など考えない、愛国心などをもつことができない
戦後はみんなここの利益追求で生きていきたからである。
ところが原発事故でも津波でも故郷全体を喪失したときその全体を意識したのである。

賠償問題を考えるときそれだけ被害にあったのだから当然それに見合った補償金をもらうのが当然でありその賠償金をどう使うと勝手であり外部の人は何も言うなというその被害はあまりにも大きいのだからそれを肯定したら無限の賠償になるだろう
俺達の被害はいくら償っても満足することはない、だから賠償金だけではない、外部のものでも俺達に同情するのが当然であり俺達に何も言うなとなる
そういうことをマスコミでも特にテレビでも同調するから余計に思いあがり少しでも異議を唱えると怒るのである。

でも一方でそれは原発避難区域になった人だけが主張される、許されることなのである。福島県全体でも宮城県でも茨城県でも放射能の被害があった。
その人たちはわずかの金であとは要求できないのである。
それは南相馬市だったら小高区は特別でありそういう被害者の特権を得ている
でも原町区でも鹿島区でも賠償は終了している
もう補償金はもらえないのである。
そしてなぜ避難者だけがそんなにもちあげられて毎日ギャンブルして遊んでいてもいいのか、回りの人も不満が多いのである。
俺達は被害者だから何しようが何でも許される、ギャンブルがどうのこうのというけどしょうがないじゃないか、こうなったのも原発事故のせいなんだよとなる
原発事故で避難してその苦痛で死んだとかなるならそれも被害である。


だから変なのは原発避難者は何もしなくてもいい、遊んでいてもいい、何かするのは復興するのは外部の人であり避難者はあそんでいようがなにしようがいいとまでなる
そうなるともうすでに避難者は故郷に帰らないのだから外部の人にいっそう全部やって貰った方がいいとなる、老人は帰って土地のことを教えたり補助にまわる
若い人は流出したのだからもうそこに住むことを放棄したのだから何もできない
そしたら誰が復興するのだとなり外部の人しかないとなる
帰らない人がいつまでもその土地の権利ももちつづけるのか?それは不在地主のようになって権利もなくなるのではないか?
だって復興するにはその土地を利用しなければならないからである。
そういうことは津波の被害地でも起きている
土地の所有権が細分化してその権利を譲ってもらうのに二年とかかり復興が遅れたというのもそうである。
そして相馬市とかに避難者が家を建てて贅沢してかえって良かったと東電は恨んでいないという人もいる
もはやその人は不満がないのである。


いづれにしろ原発事故で失ったものの価値を言うことはいいしその価値を言うのはいい
それは必要なことであり自分も言ってきたのである。
つまり当たり前にあったものがそれだけ今になると失ってみると価値があったということを言うのは外部の人にとっても参考になるのである。
そんなこと普通は考えもしないからである。
でもそうだからといって犯罪で家族が失ってその賠償はどうするのだというとき命はかえってこない、すると金で賠償しろといってもそれにも限度がある
その命の価値がどれくらいのものか、それは限りないものだとなる、精神的賠償というけど実際に支給されたけどこれを言ったら家族を殺されたからその賠償はどうなるんだと同じであり償いきれない
原発避難民にもこれと同じ問題が起きている、俺達の被害はどれほどのものか、それはとても償いものである。人間の命のように俺達の失ったものは償いない
故郷とはそれほど価値あるものだとかなる、でもそこに住んでいたときそんなこと主張もしないし農業などやりたくないとか跡継ぎもいないとかそんなことばかりであり故郷であれその土地であれ農業に価値を認める人はまれだったのである。
だからこそ原発を誘致して豊かになりたいということで誘致したのである。

「俺達の失ったものがどれだけのものか他のものにはわかりえよがない」
この感覚は犯罪で家族と失った気持ちと同じである。
もういくら金を与えても賠償しても満足できない、第一死んだ人の命はかえってこないからである。
それと同じことを在日とか韓国は戦争のことで訴えつづけている。でも死んだ人とをどうして償いというのか、それはいつ終わるのか、それを要求されたら
きりがないのである。
要求をするなというのではなくそれには限度があるということである。
失われたものの価値を問い言うことはいいのである。改めてその失われたものの価値を見いだしたともなるからだ。
でもそれを賠償にすべて結びつけるときりがなくなり誰が賠償するのかとなる
それは税金であるから国民の反発もあるし避難区域以外との差はあまりにも大きすぎるのである。
つまりその被害を言うことと賠償金の請求が一体になっていることに問題がある。
これだけのものを失った、だからそれを全部取り返すためには賠償金の限度はないとなったら誰も許さないだろう。
福島県全体でもそう要求できるのは避難区域だけだからである。


一方で津波の被害者は家族を失っているからこっちの被害の方が原発避難民より大きいとなる。原発避難民は家族を失っていない、その命はとりもどせない
だけど津波の被災者は海を呪うとか言ってもなんにも海はしてくれないのである。
呪ったり恨んだりする相手がいないのである。
たがらあきらめろしかないとなるだけなのである。
その差もまた大きいのである。ともかく一体原発避難民は賠償される権利はあってもどれくらいあるのかとなる、それを許せば無限になる、その償いは原発避難民だけに許されるそれも10キロ圏内とかでありそこからはずれた人はもう何も賠償を言う権利は喪失している
同じ南相馬市なのに小高は避難区域になり特別である。
小高のために南相馬市はあらゆることをしなければない、それは当然であり反対することは許されないとなる


同じ原発の被害者でも避難区域になった人とこれだけ差があるのである。
そうしたら回りの人は不満になるのは当然である。
「俺達は何をしようが、何もしなくても、被害者だからいいんだよ、ギャンブルもいいじゃないか、それも原発事故のためにそうなっているんだ」
こうしてそれを肯定する人も外部にいるのである。
そう思わせたのはマスコミであり特にテレビはそうだった。そういうお墨付きを原発避難民に与えた、だからちょっとでも原発避難民を批判すると烈火のごとく怒りそれが正当化されるのである。
それは在日特権とかつくづくにているということを理解したのである。
沖縄ともにている、俺達は日本の戦争の犠牲者なのだ、だからその償いを受けるのは当然だとなる
ただ原発事故では利害が一致しないしそう言えるのが許されるのは原発避難民だけであるただそこに歯止めがかかり原発避難民も自粛する効果はあったとなる
それは政府とか東電の策謀だったのか、政府や東電には都合がいいものだったとはなる




タグ:原発賠償金
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2016年03月18日

復興とは全体の復興と個々の復興がある (シリアのように国が全体が崩壊すれば他国に逃れる他ない)


復興とは全体の復興と個々の復興がある


(シリアのように国が全体が崩壊すれば他国に逃れる他ない)


元に戻すことではない

個々人の復興と全体の復興がある


復興とはみんな元に戻すことを考えている、そうなればいいが津波の被害地でも原発事故の被害地でもそうはならない
放射能のない元の市町村にもどしてくれといってもできない
もしそれができれば元の市町村にしてくれるならば賠償は終わる
だからいくら元にもどしてくれと言っても無理である。
でも依然として元の町に村にもどしてくれとこだわる
そうなると復興は無理である。
それはどんなことしても江戸時代には戻れないと同じである。
時間を逆にもどすことはできない、それが現実の厳しさである。


それから復興というとき全体の復興、市町村単位の復興がある
全体が崩壊したとき個々の問題より全体が大事になる
でも普通は自分の土地とか家とか家族とかそういう個々人のことを利益を優先していて生活していたからまずそういうことから抜け出して考えることはむずかしい
人間は何かこういうふうに激変すると今までの常識が役に立たなくなる
でも旧来の考え方に固執するから復興できない
自分の土地を家を家族を権利を守るということで行政ではその権利を取得するのに二年間もかかりそれだけ新しい街を作るのに手間どったのである。

ともかく全体を意識して暮らしてきた人はまれだろう。
今は特にそうである。会社のためにとか生活していた人がいるが村のためとか町のためとかさらに広域的な市のためにとか働いていた人がいるのか?
公務員は公僕だからそううい意識が自ずとあったかもしれないが他は今はないだろう
つまり会社のためにという人は多い、だから企業戦士とかなってまるで会社のために命をささげるとまでなっていたのである。
市町村というのために生きるという意識がないのである。
戦前は国のために生きるということがあった
それは強制されたものでもあった。
だからこそ国のために命を捧げて三百万人も死んだのである。


全体が大事になるのはこうした全体が壊れたとき意識する、普通のときは意識しないのである。
シリアみればわかる、今日も家族でギリシャまで海をわたろうとして孫や息子が12人死んだ、帰らない、探しようもないという人が海を見ていた。
これも過酷な現実である。シリアの現実も信じられないとなる
親が殺されて子供は奴隷として売られレイプされ放題とか信じられない現実がある
それはなぜかというと国という全体が崩壊したからである。
国がないということは誰も守ってくれるものがいないということである。
そこはすでに無法地帯となり盗賊のようなものが自由に跋扈する
イスラム国なども盗賊の一種なのかもしれない、中国では盗賊の首領が皇帝になったのだからそうういこともありうるの人間社会である。


なぜ復興がむずかしいのか?それは全体を優先して全体への意識が欠落しているということもある
みんな復興というとき自分の復興を考える、全体の市町村の復興を考える人が少ない
賠償でも個々人の復興を考える人が多い、自分がいくらもらえるんだということに集中する
そして個々人に重きをおけば結局個々人が賠償金をもらえるだけもらって後は故郷のことはどうでもいい、それより自分のことが大事であり外に出て家を建てて新しい暮らしを始めた方がいいとなる、そして若い人は流出したのである。


そもそも現代社会はこうした全体意識をもつより個々に分解された社会である。
個々に利益を追求する社会であり全体が意識しにくい、意識できるのは会社であり故郷ではないだろう
農業主体だったら故郷を意識する、それは自然と密接に結びついた共同体だったからである。
田んぼがあるとするとそれは山から絶えず水が流れてこそ成り立つから山が神ともなる
先祖は神になり春には里に下りてくるという信仰にもなった。
自然と一体になって暮らしていたから自然とそうなったのである。
会社はそういう自然と一体化した全体を意識しにくい、会社はどんな大きな会社でもトヨタでも全体ではないのである。
故郷とはそうした自然と生活が一体化した全体だったのである。
その全体が壊れたから全体を意識するようになったのである。

いづれにしろ復興というとき元にもどるということだと思っているが違う。
それができないから新しい考え方が必要になる
元にもどってほしいとしてもできない、元にもどすことができない、ではどうするのかとなるときそれが内部から老人とかでは新しい街の発想ができない
それで外部に頼るほかないとなる
もし避難区域の広い土地を空家でも自由に使って新しい町を街を作っていいと言われたらどうなるのか?
それはともかく大きな実験になる、失敗もあるが意外なことにも直面するがやりがいはあるとなるかもしれない、それが元のままの状態に復興するということにこだわるとできないのである。


内部の人は被害者意識が強い、何かというと被害者でありこの被害をどうしてくれるんだ、もっと賠償金を払いとかそのこと自体すでに外部頼りなのである。
俺たちが被害者のだから政府でも東電でも国民でも俺たちのために尽くせとなっている
それは避難区域からはずれた人にも要求されているのである。
そしてちょっとでも賠償金のことなどで避難区域からはずれた人が批判すると怒る
お前はなにもしないから何も言うなとそれは恐ろしいほどである。
恐喝にさえなっているのだ。それは極端にしろ避難民の心情なことがわかった。
それにマスコミも加担して助長している
いつも避難民側につきかわいそうだかわいそうだとしてテレビで回りの人が冷たいと告発しているのである。
津波の被害者はあまりそういうふうに訴えることができない、天災だからどうにもならない、でも原発避難者は言える、そこに大きな差がある


南相馬市でも合併したのだから全体としてまとまる必要があった。
だから補償金問題でも南相馬市全体を考慮して配分すれば良かったのだかしない
例えば小高病院の配管を直すのに七億円かかるというときそうした補償金を全体のものとしてプールしてあとで予算を組み配分して直すとかする
小高は南相馬市だからここだけを考えて復興はできないだろう。
でも小高は小高,原町は原町、鹿島は鹿島と分断して最初から考えた
確かに放射能影響はあった。でも山側をのぞけば放射能の汚染はほとんど変わりない
小高の街内は0、1であり同じなのである。
だからそもそも30キロ圏内で線引きするのが間違いだったのである。
それは政府でそう決めたことが間違いだった。それが自治体を混乱させたのである。
政府には政府の事情があり科学的見地もあったがそれが市町村を一つにしないものとした原発被害地域は本当は広域的に一体化して抗議したり全体の復興を計るべきだったのかとなる
避難区域だけがあまりにも優遇されたことなどで分断されてしまったのである。
それはまた市町村単位とういのもにこだわれば広域的連帯をもつということもむずかしいとなる


いづれにしろ全体が破壊されるとシリアのようになる
みんなバラバラになり他国に逃れるほかないとなる
特にこの辺はそうして生きるか死ぬかではなく賠償金でかえって豊かな暮らしができるとなって流出している、それはシリアとは考えられないような避難民貴族と化している
シリアの人たちが見たらどれほどうらやましいかとなる
日本でも避難民になりたいという人がいることでもわかる
避難民様になればもう特権をえたのでありそれですべてが通るからである。
テレビで何で回りの人は避難民様に冷たい仕打ちをするのだと告発される
そういうふうに一方的に報道を編集することがテレビの問題だった。

相馬市のトマト栽培農家が飯館村の人より津波被害者を雇ったのはそれは冷たいことではない
その言い分だけを言わせてではその雇った人の気持ちを伝えないのは一方的になる
一瞬わからないがそういう意図がテレビからくみとれるのである。
つまり巧妙に一方的に誘導れされているのである。
何かテレビとか報道はその局の意図があって報道しているのである。
もちろん飯館村の人は最も同情されるべきであり自分はそういうことは言っているのではない
避難民になったときやはりそこに回りの事情があるのだからその事情を考慮して放送すべきだということである。
何でも避難民なら許されるとはならないのである
回りの人にも言い分がありそれをとりあげず一方的に避難民のことは何でもいいとしているのである。


結局これはNHKが在日勢力にしめられて一方的報道しかしないのと同じである。
報道は公正であるべきだがそうはならない、そこに民主主義はない
テレビだと避難民側の報道しかない、テレビで回りがどういう不満をもっているか報道していない、もしテレビでもそういう問題があることを報道すれば公正だとなる
つまりマスコミが特にテレビは裁判官になってるのだ。
そこが報道のマスコミの大問題なのである。
自分はどっちの味方より中立でありできるだけ公正な見方をしようとしている
いくら利害関係があっても自分では公平を追求していると思っている
それが報道にはマスコミには特にテレビにはない、NHKが問題なのは影響力が大きすぎるからである。
ただこれができたのも30キロからはずれていて補償金もたいしてもらえないとかあったからである。
利益をあまり受けていないので言えたともなる、お前も結構もらっているのではないかとなれば言えなかったのである。
つまり人間は自分の利益が逃れられない、そこで必ず公平ではなくなる
だから警察官でも公平になるならもう女性でもそれが美人だったりすると思い入れができ判断が狂う、他でもまず公平であること自体神でないとできないとかなるほどむずかしい第一国と国の争いとなるとどっちが悪いとかわからないから最後は神が審判者になって裁くとなる、つまり裁くということは神しかできないとういことである。

タグ:復興とは
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雲雀(五年すぎた右田浜ー植えられた松の苗)


雲雀(五年すぎた右田浜ー植えられた松の苗)

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松の苗またここに植え右田浜育つ日待ちぬ雲雀なくかな

松の苗育つを待ちぬ長きかな春の夕日の山に没るかな

一本松ここに残りぬ春の日の夕日のさして雲雀なくかな

一本松残り春の日昼の月平和もどらむ我がよりにけり

一本松春の日さして我がよりぬ津波の跡の形見なるかな

大きる根のみ残りて大木の今はなしかも春の日くれぬ

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右田浜も工事が進んでいた。この辺は一年くらい立つと変化する
これだけ変化することは経験していない
右田の松原がなくなりここにまた松の苗を植えていた。松だけではない、他もある
でもこれが育つのは時間がかかる、五〇年後くらいとしたらとても生きているうちは見れない、それよりも本当に育つのだろうかということもある
これを見れのは今二〇才くらいの人までは見れるかもしれない、でもあまりにも先が長いだから本当にその時ここが前のような松原か森になっているのかわからない


でも木蔭がないということが困る、自分は暑いとき松原の木蔭で休んでいた。
海の風がすずしいからである。天然のクーラーだった
それが根こそぎなくなった。
津波に残った一本松はなお生きるのか、これもわからない
やはり残ったら奇跡的だとなる

大木があったがそれをも切られて根だけが残っていた。
あそこには道をはさんで門のように大きな木が立っていたのだ。
三本の木は残るのか、何か名残を残してほしいということもある
ともかくこの辺の復興の先は長い、松を植えたとしても五〇年も育つのにかかるのであるおそらく五〇年後にこの辺は復興したとなるかもしれない
それだけの大災害だったのである。
その時はもう自分はこの世にない、でもあの世から成長した松原や森を見たいとはなる
その時のんびりと昼の月となっているのが自分かもしれない
昼の月のように平和な時が長くつづいたがこの辺は一変してしまったのである。

ただこの辺では津波の被害があった所には家はない、とするともうあのくらいの津波が来ても被害はないとなる
ということは津波の災害はこの辺ではない、でもあとどういう災害に見舞われるのか?
それより大きな津波がくるのか?やはり何か必ず災害はある、それは予測できないのである。

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2016年03月21日

南三陸町に定住する若者 (何億円の金よりも大事なものがここにある?)


南三陸に定住する若者


(何億円の金よりも大事なものがここにある?)


南三陸の被害が大きかった、街が壊滅状態に陥った
南三陸町は志津川町であり湾があり景色のいいところだった
それは陸前高田町も湾があり松原があり景色のいい落ち着いた場所だった
あそこも壊滅状態になった

でも南三陸町では外から定住している人を募集して百人とかするとかなると成果があったシェアハウスを用意してまず地元の人が積極的に外部の若い人を受け入れることに勤めたそして三カ月くらいをいてもらいどんなところか実地に知ってもらう
そして定住する人は定住する、そういう地元の人の配慮もあり成功した。

その一人は宝くじで何億円あたっても金で買えないものがある
ここで暮らすのはそれだけ価値があると言っていた。
その人は新潟の人だというとき東京のような大都会ではない
でも南三陸にきてそんな考えを23歳とかでもつものだろうか?
みんな金だという時代にそんな考えをもつものだろうか?

その人は水産加工場で働いているけど結構そこで働き定住するとなると
将来を考えると苦労すると思う
でもよくそういう考えになったのか理解しにくいとなる
そこに住むということにあの状態でも魅力を感じたからだとなる

それはあういう状態で地元の人も積極的に受け入れるということがあったからだろう
なかなか普通だったら田舎ではよそ者を受け入れないからだ
そういう人が住んでくれれば未来がある
津波で地元の人が20パーセントとか流出している、
それも若い人が流出している
でも一方で若い人が入ってくるということで交代して街作りができる

原発避難地域を考えるとここより問題は深刻である。
20パーセント流出したとあるが避難区域では一割しか帰らない、町に帰るのは一割でありそれもほとんど老人だとするときその差は大きい
原発避難区域の方が町の消滅の危機なのである。
そしてそこで訴えているのは補償金でありその補償金をもらって町を復興するとは限らない
みんな外に出てその金を利用して家を建てるなり新しい生活をはじめているからだ
そういう若い人たちももう帰らないのである。
三陸とかの方が深刻のように見えるが原発避難区域の方が町の消滅状態になっているのである。

そして原発避難区域とかその周辺は補償金でもめていたり心もばらばらになった。
それはかえって多額の補償金をもらったことでそうなったのである。
補償金をもらったらかえってもうこんな荒廃した町に住みたくないとなり若い人は流出した
他の津波の被害地と違って子供に放射能の影響があるというと通るからある。
そういわれると残れと強制できないのがこの辺なのである。

ともかくなぜ南三陸に来てここには金で買えないものがある
それだけの価値をあのような状態で若い人が見いだしたのか理解しにくい
ただそういう人かいれば未来がある
そしてもともと田舎でも田舎を嫌っている人はいくらでもいた
今でこそ故郷を返せとか言うけど原発で働き豊かになりたいというのが本音だった
まず農業などでも跡継ぎがないなど不満だらけであり漁業だってそうだった
だから原発を誘致したのである。

地元に住んでいる人が地元の価値を見いだしていない
それが外国人が日本人が当たり前だと思って注意しないものに魅力を感じるのとにているその若者はあのような状態でその土地に魅力を見いだしたのである。
復興が内部の人だけでできないというとき常に被害者になり自分たちはかわいそうで支援されるものであり何もしなくてもいい、外部の人がやるべきだともなっているからだ
かえって外部の人は別に被害者意識がないから新しい街作りにはいいとなる

津波の被害も海を呪っても恨んでもとをにもならない、それがかえっていい方向に働くことがある
一方で原発の被害地は延々と恨みを訴え補償金をもらうことを訴える
その補償金でかえって外に若い人が流出しているのである。
そして原発避難民はその人たちだけではない、回りの人にも影響している
なぜわからないけど南相馬市ナンバーの車が福島市で傷つけられたのか?
単なるうわさなのか?でもいわきでもめたように南相馬市でも小高区などが他でも補償金をもらったことでそれをねたみそうなったのか?
福島県内でもそうしてもめているのである。

何か犯罪の被害者ともにている、自分も犯罪にあってその人を恨みつづけた
そして激しく恨みつづけたら津波が来たのである。
それは自然にも影響したのかと思った。
犯罪の被害者は復讐もするのも普通である。復讐をせざるをえない気持ちがわかった。
でも復讐して心が晴れるかとなるとそうもならない
そして犯罪者がそれで更生するかとなるとならない
かえってその犯罪者が恨み悪い連鎖になる
犯罪者を罰せられるのは当然でもそれで更生するとは限らない
自分はあきらめて許した、そしたら気持ちが楽になった
復讐することもそれも相当な重荷なのである。
なぜ在日とか韓国とか沖縄でもその恨みを言うことは正当にしても
それを言われる方になると嫌なのである。
もうつきあいたくないという気持ちになる
それは原発避難者にも言えるのである。事情が違うにしてもにているところがある
だからそっちにもなんらか非があったのではないかと国民から言われる
何か気持ちきりかえる必要があるのかもしれない、外にでて新しい生活をするならもうこだわらいなからかえっていいともなる
現実はそうなってしまったということである。


だから別に補償金をもらっても訴えても当然だとなると思っているがそれが回りに影響している
それはここだけではない全国的に影響しているのである。
福島ナンバーの車が東京で傷つけられたとかも聞く
そうなると福島の外に出で福島県南相馬市と住所を書くことも怖くなるということがあるつまり避難区域の問題はお前は何もしないから何も言うなとは言えないのである。
そして自分たちは被害者だからかわいそうでり外部の人が何でもしてくれるするべきだとなりそれが当然であるとなる、その意識は在日とか沖縄の意識と同じなのである。
延々と被害を訴えそれを外部に向かって強制さえさせられる
それが当然であっても限度があるべきなのである。
それはその場所だけではない、全国的な問題だからである。
要するに補償金は国民の税金であり国民が何兆円もの金を払うようになるからうるさくなるのである。
そんなに払う必要があるのかと国民からも言われるのである。





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posted by 老鶯 at 09:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連