2016年02月22日

避難区域など小高などは老人だけの町になる? (デンデラ野のように老人が捨てられ場所になる?)


避難区域など小高などは老人だけの町になる?

(デンデラ野のように老人が捨てられ場所になる?)


小高で避難解除してやれるのは双葉食堂とか工事や除染関係の人を宿泊させることだろういつも並んでいる双葉食堂などは小高にもどって始めるがそこでも繁盛するだろう
それだけでも活気を与えることは確かである。
その他は何か補償金頼りになっている、避難解除を4月から5月までに伸ばすというのも補償金目当てだろうとなる
要するにずっと補償金をもらって暮らしたいというのが本音なのである。
みんな国民年金しかもらえないんだよ,もっと補償してくれとなる
そういえる人は恵まれているとなる、中通りでも風評被害があっても補償されない
南相馬市でも鹿島区は30キロからはずれて補償金はわずかだった
それより相馬市は何ももらっていないのである。


何かごねれば補償金がもらえるということになれたのかもしれない
それは何か沖縄とにているのである。
原発というのも何か基地とかとにている、いらないものだがそれにたかり補償金をもらう基地の土地所有者は西日本で長者番付にのっている。
そういう矛盾は原発地域にもあった。それは前からあった。漁業関係者は補償金が多額であり原発御殿が建ったというのは嘘ではない、ただそれは全部ではない、一部の漁業権者だけである。
だから回りではうらやましく見ていて不満だったのである。
それが今回の原発事故で表面化したのである。


小高に帰る人も13パーセントととかなると前よりは相当にさびれた限界集落のようになるかもしれない、それで帰りたくないという人が増える
老人が多いから老人だけの街というのが成り立つのかとなる
テレビで老人だけが住む特区を作ったがうまくいかない、若い人たちを住まわせたら老人と子供の交流ができて活気が生れたというから老人だけでは街は成り立たないだろう。
一つの考え方としては別にもうそこを死に場所としてそこで死ぬというのもありうる
ただそれまでに介護とかあると若い人の世話になったりすると迷惑になる
それで遠野にデンデラ野というのがあったというのも面白い

デンデラ野の説明板にはこのように書かれています。食い扶持を減らすために追いやられた老人たちは、亡くなるとこの場所へ埋められました。デンデラ野は墓場であり、ここへ来た老人は生きていても「墓に入った故人」として扱われたそうです。

まさにこんな町になる恐怖がある。貧乏な時代は老人の食い扶持を減らすことが生き延びることだった。
そこでは医者もいないし介護もない、病気になったら死ぬのである。
食い扶持はそこに捨てられた老人でまかなっていたのである。耕作していたのである。
そこではただ老人が助け合っていたというのが救いといえば救いである。
老人はやはり労働しないから当時はやっかいものとなり無駄なものとしてそうなった。
老人を養う余力がなかった。
今は若者が老人によってそのエネルギーを吸い取られているという異常な時代なのかもしれない、介護施設で三人の老人を世話するのがめんどうだから殺したという事件もやはり時代を象徴している


つまり小高は笑い事ではない、他でも津波の被害地域でも若者が流出しているから老人だけが取り残されてデンデラ野化してしまうかもしれない、それは別にここだけの問題ではない、全国の限界集落はそうなりつつある。
老人が仲間として生活して助け合っているが子供がいないのでいづれ介護になったら世話する人がいない、デンデラ野では老人が老人を世話していた。そうするほかないからそうなった。

いづれにしろそういう場所には帰りたくないという気持はわかる。
でも何かとゴネで補償金をもらうためにしているということが見え見えなので反発される鹿島区などではわずかにもらっても除外されたからである。
前から市長は小高区には力を入れていたのでありそれで鹿島では反発している
鹿島区選出の議員が仮設の小高の人を支援していたから何か鹿島の人も小高を支援していると思っていた知り合いの女性がいた。
常にかわいそうだと支援されてきたから自分たちはかわいそうなのでありこれからもずっと支援されるべきだとなってしまったのである。

沖縄は全国から嫌われている、補助金をいくら出してもたかるだけで以前として貧乏だとかいろいろ不満がある。その特殊な地域で防衛のために欠かせないとか基地があるから補償するとかありこの辺の原発とにていたのである。
ただ沖縄は遠いから工場など作るのがむずかしい、福島県はこの辺でも東京と近いから工場があり沖縄とは違っていたのである。
その近いということが原発が作られた原因だったのである。
浪江の人が小高の人がうらやましがっているの補償金がまだ長くもらえるからである。
補償金で遊び暮らすことになれてしまった。慣れは恐ろしいものではそれが当然だとなってしまうのである。
そして集団化すると批判するとあいつはなんだとかなり圧力をかけたりする
それは沖縄とにた地域となったのである。
こういう市町村はいづれは荒廃してしまうかもしれない、若者は流出して老人だけが残されデンデラ野に置き去りにされてそこで放置されて死ぬとなる
それもまた運命だとして残るものは残る、ただ医者も介護も金の援助も要求できない
そうなるとますます帰る人はなくなるだろう。


この辺は小高がなくなっても原町とか相馬市がありなんとかもちこたえるということはある。小高を捨ててもゆくゆくは南相馬市も相馬市と一体化して相馬市になるかもしれない人口減少すればそうなってゆく、それは全国で市町村が消滅してゆくとうことをこの辺は極端に先取りして具体的に現れた地域なのである。

タグ:デンデラ野
posted by 老鶯 at 19:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連