2016年02月04日

49日終わり母の遺骨を墓に納める (死なない限りこの世の欲から逃れられない)



49日終わり母の遺骨を墓に納める

(死なない限りこの世の欲から逃れられない)


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海よりそ今日東風吹きぬ早きかな


白菊と白百合の花遺影にそ向きて咲きにつ今日も暮れにき

墓の中姉の骨あり今はしも何も言わぬや母の骨も入る

人死せば争うことなし人の世はただ変わりゆきそを知らじかも


49日が終わり母の遺骨を墓に納めた。孫も来たのでその接待で疲れた。
お客さんを呼ぶのも疲れる、全部自分一人で用意しなければならないから疲れる
でもなんかホテルとか旅館で客を接待する苦労のようなものを経験で知る
今は何かされる方ではない、絶えず介護であれ何であれ自分がもてなす方になったのである。これもカルマだった。

花を買ったからもったいないからまだ遺影を置き飾っている
遺影に向いて咲いているのは白菊と白百合である
人間はつくづく死なない限りこの世から逃れられない
この世とは欲の世であり欲から逃れられない
死んだときはじめて汚れなき白菊と白百合が向いて咲くのふさわしいとなる

結局今はあまりにも金に翻弄される時代なのである。
もう人は人と見ていない、ただ金があれば人を見ないで金を見ている
だからとても介護など施設ではまともにできないだろう
ある人は家に金をくれときて本当に家捜して大金を失った。
そんなに露骨に金だけを求めるのがあるのかというとそういう時代なのである。
もう人間を人間とみていないのである。
ただ奇妙なのは金持ちが人を雇うとき手伝いさんでも気配りして親切にするのである。
でもそういうことを今は通じない、相手は金しか見ていないからである。


借金して商売した人もそうだった。自分を本当に金として見ていなかった。
何かしたらいくらとしか計算していないのである。
借金している人は相手は金をとるものでしかなくなる
殺してでも金をとるようになるから本当に怖い思いをした
これほどまでに金に支配されているのが現代だということを身をもって知ったのである。下流老人とか言われるが今は貧乏な人が増えて深刻になっているのだ。
もう殺伐とした世界でありただ金しか人間は見ていない
お前もそうかとなれば自分は金に余裕があったから相手を人間的に見て親切にしていたのである。
これも変なんだけど逆に金に余裕があれば相手人間的に接することができるとなる時代なのか?
金に余裕があれば金に左右されないとなるのも現実である。
ただ金のない人に接すると非常に危険になるのである。


ともかく墓には姉の骨は一杯残っていた。太っていて骨も太かったから7年くらいたっても残っていた、6年たって骨が土に帰ってわからなくなった人もいる
今は骨となりもう何も言わない、争ったこともあるがあるのは骨だけである。
それでも夫婦でも一緒に墓に入りたくないというのが結構ある
そんなことより骨は結局土になり何もなくなるのである。
生きているときだけ何かと争うが死んだらもう何もない
墓には骨があるが死者がいるとも思えない
生きている人が死者をいると思い墓参りしているのである。
生きている人がそう思わなければ死んだ人もいないのである。

明日が立春だからやはり今頃に海からの東風が吹く、早いとは思ったがすでに春はきざしているのである。
これからは北風と東風が交互に吹いてくる
今年は気候が変わりやすいから余計にそうなるかもしれない
ともかく納骨が終わりほっとした
何か人が死ぬときそのあとのことは一人で負担が大きかった。
一人というのは何かと老後になったら負担が大きい
病気になったときでも介護でも負担が大きかった。
ただ遺産は一人だと全部もらうから得だとはなるがその分また負担が大きすぎたのである。







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