2016年02月25日

南相馬市鹿島区八沢浦港部落の解散式 (その歴史をたどる)


南相馬市鹿島区八沢浦港部落の解散式

(その歴史をたどる)

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あそこに40軒くい家があり140人が住んでいた、そのうち三分の一が犠牲になった。その数は多い。逃げる場所も近くの海に面した高台だったから犠牲者が増えた。、家はもっと少ないと思っていた。10軒とかあったのかなと思っていた。
あそこは前も防潮堤を越えた波で水浸しになった。あの時移住していれば津波の被害からまねがれた。
海岸は常に浸水の危険にさらされている。それで磯部の鬼越館も浸水であそこに移ったのである。そして津波はその近くまで来ていたことに驚いた。
ある一人は息子を27才で亡くしていた。

27才の息子をなくし父悲し港部落は消えにけるかな

死んだ人は老人が多いが若い人が死ぬとあわれだとなる

そもそもなぜ海岸沿いに家が密集して建ったのかという疑問である。
それは港の機能があるから生活のために魚をとるとかのために漁村になり家が密集したと思うが普通である。三陸とかなると漁業のために危険な海岸地帯に大きな津波の被害の後にも住んだ。
それは漁業で生計が成り立っていたからである。
磯部とか松川浦とか烏崎とか請戸とかは漁業で生計をたてていたし鉄の素材を岩手県の宮古からも船で仕入れていたから港の機能があった。
八沢浦も結構港としては大きな役割を果たしていたのである。
小高も入江が深く入り込んでいて大きな港の機能があったことは学問的に考証されている津波が駅前まで来たことでもわかるように海が深く入り込んでいたから港として利用された。
それは鎌倉時代から江戸時代まであった。ただ小高の港の機能は消滅したのである。
それが慶長津波と関係していたのかということを前に書いた。

八沢浦 小魚を漁して浦舟20艘、13漁船、七荷運舟 浦辺に塩場、釜屋あり 村人塩を焼く 

倉庫海岸にあり、、、郷の税米を納め江戸に運船す(下海老村)

下海老村には江戸時代後半に税として納めた米を江戸まで船で運んでいた。
この一行を見落としていたがこれは重要な記録だった。
八沢浦はその前に七荷運舟とあるごとく港の機能があった


しかし八沢浦の港とあってもそもそも海だったのだからそこが港ではなかった。
江戸時代にはそこに人は住んでいなかった。八沢浦が干拓されて人が住むようになった。
岐阜県池辺村の揖斐川の出崎式排水機を使ったの排水を思いだし八沢浦の干拓をはじめたこの地方では木曽川、揖斐川、長良川の火口に三角州が形成されて川底が上がり洪水に見舞われやすい地形となっていた。
それで輪の中に住居や田畑を作り水害に悩まされながら生活していた。
ここはこれだけ大きな川が三つも交わるのだから広い所である。

港部落は江戸時代までは海だから人は住んでいない、でも港という地名は江戸時代に港の機能がすでにあったから港という地名はあったのか。地名は明治以降についたりしないからである。みんな江戸時代の前であり古いからである。
でも釜舟戸とか舟戸松原とか地名としてあるから港は新しい地名なのか?
釜とつくのが多いのは塩をとっていたためである。
八沢浦が干拓されたとき明治以降に人が住むようになった場所なのである。
それと明治以降に職を失った武士が開拓に入った、それで妙見が祀られている。
でもすぐ近くの山際には熊野神社が祀られている、この熊野神社はいつ祀られたのか?
そこは八沢浦が海だったときもあったのだろうか?
それは妙見の祠より古いからである。あの辺も海になっていたとすると住めたのかともなる


ともかく磯部でも元は砂州だったところでありそこに家が密集した。そこには港の機能が確かにあった。
でも一方で磯部でも開拓されたのであり米をとることで人口が増えた。
そして家は海岸沿いに密集したのである。開拓されて米がとれるようになって人口が増えて家が増えた。その家は開拓された田んぼの中には建てられず海岸沿いに建てられたのである。
それは前にも書いたように土地がないために条件の悪い海岸沿いに家が密集した。
漁業するだけではない、開拓された結果として人口が増えて海岸沿いに家が密集したのである。それが三陸とこの辺の事情は違っていたのである。
特に八沢浦の港部落は漁業とは関係していない、開拓して米がとれることで人家が増えたのである。
ただ八沢浦では鰻がとれたということがありそれを川俣まで天秤棒で担いで売りに行ったという話を屋形の人から聞いた。そんなことがあるのかと疑ったが八沢浦には鰻が結構とれたのだろう。だからそれを川俣まで売りに行った。川俣は織物の町で繁栄していたのでそこまで売りに行った。
そういうことはあっても開拓してから米がとれるようになって海岸沿いに人家が増えた。それが津波の被害を大きくしたことに結果的になった。


日本は国土が狭い、江戸時代からそれで開拓,開墾が延々とつづいていた。米をとるためにそうなった。それは戦後もつづいていたのである。
何をして生活をするかとなると米を作ることでありそのために海側でも山の中でも田んぼが作られてきた。遂には戦争のときは満州で米作りしたのが日本人である。
そこは寒冷地だから稲作に適していないのにしていた。
そして現代になると米あまりになり減反になってきた。
米が余るなど考えられないことだった。
だから自分が八沢浦で注目していたのがそこが干拓されて水田になったことではない、そこが入江だったらどれだけ美しかったろうとイメージしていたのである。
それがそこが本当に一時入江になったときほど驚いたことはなかった。
浦波が朝日に光り打ち寄せていた、それは信じられない奇跡のように思えたのである。
その時ここでは人が死んだのにお前は喜んでいるのかととがめられた。
そこで港部落でも40人以上死んだのだからそれは当然だとなる
でも自分は正直それよりそこが本当に入江になったときほど驚いたことはなかったのである。
ということは現代を繁栄して田んぼというものを米余りや減反で重要なものと見ていなかったからかもしれない、それより風光明媚な古歌にも残っている八沢浦が入江となった再現したことに驚いたのである。







タグ:八沢浦港
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2016年02月26日

なぜ農業が軽視されるようになったのか? (米余りなどで農家の価値は低下した)


なぜ農業が軽視されるようになったのか?


(米余りなどで農家の価値は低下した)


不思議なのは田舎にいても自分は農業をしていない、回りは田んぼでも野菜畑があっても自分は何もしていない、そしてなぜ八沢浦が津波で入江になったときそこで田んぼが消失して人も死んだのにその江戸時代の入江の景観がもどったことに驚嘆した。
そのことで批判されたのもわかる。
そもそも自分は田舎に住んでいても農業をしているわけではない、田舎の人がみんな農業している時代ではない、戦前は8割が農家だったのである。農民だったのである。
そういう社会と今の社会はあまりにも違っている。
田舎と都会が違っているようでも食料に対しての感覚はさほど変わっていないのである。米があまっている、減反しているというとき米の価値は相当に低下したものとしてみている。
米がなくなってもパンを食べればいいとか米が経済の中心になっていた時代とはあまりにも違うのである。


れは田舎でもみんな農家ではない、一割くらいし農家ではないし専業農家はさらに少ない、ただ土地を貸しているだけの農家も多い、あの女性は農家に嫁いだから大変だなと思っていたが全然違っていた。
会社員になっていて土をいじることもなけれ花すら作っていないから興味がないというのも変だなと思った。その女性はやせていてまるでモデルのような女性だった。
だから農家に嫁いだから農業やるのは大変だなとか見ていたが確かに旧家であっても旦那さんは会社員であり土地はあっても貸しているだけである。
それが農家なのかとなると疑問になる。そこに姑もいないから楽だなとみる
今では専業の農家とか純粋な農家は田舎でも少ないのである。
ただ趣味で畑で野菜を作っている人を知っているけどその苦労を聞いていると大変だとということがわかる、種が高くなった肥料が必要だ、虫に食われるからとか今度はモグラに野菜をかじられたとか盗まれたとか様々な障害が小さな畑を作るにしてもある。
草むしりは暇なししていなければならないから趣味の畑ですら苦労なのである。


東京のような大都会になると回りに田んぼも畑もないのだから農業を全く意識できない
だからたいがいはTPPに賛成になる、それより日本の経済は電気とか自動車にありそれで世界に売れなければ食料すら入ってこないという意識になる
経団連の考え方になる、グローバル経済ではそうなる、ベネゼエラで石油が安くなって食料品が高騰して入らないというのもグローバルに経済が動いているからである。
グローバル経済がいい悪いという前にそういうシステムに世界がなっているから日本だけが鎖国のようにはなれないのである。
否応なくグローバル経済のシステムに組み入れられているからである。
だから食料は日本国内と自給するべきだというときそれより工業製品を売れるようにするべきだとなる、そのことは農業の価値の低下なのである。
それはとりもなおさず農民の価値の低下なのである。
農業は農民は現代の経済では価値が低いものとしてみられる
米などありあまっているではとないか、何を心配するのだとかなる
たりなくなったら食料などいくらでも外国から入ってくるではないか、それより工業製品を売れるようにしなければならないとなる
それは石油が売れなくなったら食料すら入らないベネゼエラと同じになるというのが日本でもそうなのである。
日本では工業製品が売れなければ石油も食料も入らなくなり終わりだとなる
食料は日本の農家からだけ供給されるものとは都会では考えていないのである。


人間社会は常に価値の変化が起きている、食料が最大の価値だったのはそれだけ貧乏であり一日食べていければいいという社会だったからそうなる
日本酒でも今や酒を飲んで酔っぱらうというのではなく少量飲んで味わうというようになる、それで様々な酒が開発されるようになった。
食料でも原を満たすだけではない、味わうということであり質の高いものが求められる
自分も旅行しても家にいても何かうまいものを味わうとういことはなかった
でもなんか最近食を楽しみたいということがある、新鮮な野菜とか何かそういうものにこだわり味わいたいとなる
つまり老人はなにかをじっくり味わうということに向いている、それは映画でも小説でも詩でも文学でも深く味わうということに向いている。
文化的なものを味わうことに向いている。青年は行動の時期であるが老人は何か過去をふりかえり深く味わうことに向いている


ともかくなぜ自分が八沢浦が元の入江にもどったとき感嘆してそこで田んぼが全滅して家が消失して人も死んでいるのにその景観の方に関心をもったのか?
それは常日頃からそこに田んぼがあるということ米がとれるということに関心がなかったのである。そこが元の入江のようになっていたらどれほど美しかったろうといつも思っていたのである。
そこで米がとれて生活できるということをイメージしないのである。
これはすでに田舎に住んでいて都会人の感覚になっていた
ただ自分は田んぼでも畑でも景観として見ているだけだった。
ビルに囲まれた都会は嫌でありでも田舎が食料を供給する場というより景観として見ていたのである。
そして自然は安らぎの場所とてしみていた。そこでもし狩猟とか採集をする、食料を調達する場はしても見ていない、昔なら自然は森でも木の実をとっていたし野生の動物、鹿も狩りしていた、そうなるとまた自然は景観だけではないものとしてみる。
より深く自然とかかわることになる


いづれにしろ今は田舎にいても感覚的に都会的になっているのが普通なのである。
第一農家といってもその割合は一割にも満たない、みんなほとんどが会社員の時代なのである。だからこそ原発が金になると誘致されたのである。
米など作っても金にならないということで漁民でも農民でもその金になるということで原発が誘致された。
工業社会になったとき農業の価値が低くなったからそれは田舎でもそうであり原発が誘致されたのである。そして漁業も農業も放射能汚染で破壊されたとなる


それはグローバル経済の結果であり日本だけで起きたことではないのである。
ローバル経済になるとこうした食料生産する地方自体の価値も減少する。米でもオートラリアでアメリカでもとれるし安くてうまいとなると別に都会では地方に頼る必要はないとなり地方は軽んじられるようになった。
でもそれもTPPでもいいにしろ工業製品が売れなくなったときどうなるのか?
現実にこれまでのように電器製品は売れない、車だっていつまで売れるかもわからない
常に競争にさらされているからそうなる。
そして日本で売るものがなくなるときどうなのか?
その兆候はすで現実化している、観光立国として外国人を呼ぶのも金を稼ぐのもそのためである。売るものがなくなれば観光で売る、それはギリシャとかエジプトとかと同じになる。
それから食料さえ高くてて買えないとかなる、ベネゼエラのようになる
その時日本国内で食料だけでも自給した方がいいとなり地方が見直される
そして原発事故があって食料すら作れないとなることは日本が滅びる、飢饉がくるとかなりそれも反対するようになるかもしれない、つまり時代の変化によって常に価値は変わっているからである。
そしてグローバル経済は何か一国でも全体に影響を及ぼす、ギリシャなど観光国であり小さい規模の国でも世界的に影響を及ぼす、それが恐慌とかなり世界戦争にもなるから不安定なのである。


橡のみ.JPG



  秋深くして 橡子熟し
 散落す 榛蕪(しんぶ)の崗
 傴傴たり 黄髪の媼
 之れを拾いて 晨霜を践む
 時を移して 始めて掬に盈ち
 日を尽くして 方に筐に満つ
 幾たびか曝し 復た幾たびか蒸し
 用って 三冬の糧と作す

つづきはここで

この漢詩のように橡(とち)の実を拾ってそれを蒸ししてアクとりして食べるとなると手間がかかり容易でないから食料は貴重だとなる、その貴重な食料も税金としてとられるというのが中国は古来からそうだった。
農民に対して常に税金がかかりその苦しみがあった。
要するにこういう生活をしていれば食料の価値は高い、一つ一つの橡の実を拾うから一つ一つが貴重だとなる、それは会津の方で橡(栃)の実の餅が売られている、それはうまいけどこれを作るのには手間なのである。その橡の実は会津とか山の村になると日常の米のようなものになるから貴重である。
今はそういう感覚ない、米でも昔だったら一粒でも大事にしていた。それは米というのものが余り減反するなどありえなかったからである、その米をまた税金として納めなければならないから余計に貴重になったのは同じである。
だから人間は今食料をありがたいという思う感覚、感謝の気持がなくなっているのだ。
米ならあまるほどある、家畜の餌にするほかないとかなると米を大事に思う気持もなくなるのだ。
そのことがまた自然からでも復讐されるときがくるかもしれない、原発事故などでも自然に基としたものが放射能汚染で使えなくなった。
肝心な水さえ飲めない、土も利用できない、木も利用できないととなったら人間はいくら工業製品を作っても生きていけないとなる
外国に売ればいいといっても日本の電器製品のようにそれが売れなくなるということがあるから危険なのである。

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2016年02月27日

グローバル経済は数字化してリアリティが得られない) (恒産なくして恒心無しーモラルが形成されない)


グローバル経済は数字化してリアリティが得られない)


(恒産なくして恒心無しーモラルが形成されない)


【読み】こうさんなくしてこうしんなし
【意味】恒産なくして恒心なしとは、一定の職業や財産を持たなければ、しっかりとした道義心や良識を持つことはできないということ。
【恒産無くして恒心無しの解説】
【注釈】「恒産」とは、一定の職業や財産のこと。
「恒心」とは、正しさを失わない心。

諺でも格言でも時代的に必ず解釈が違ってくる、変わらないものもあるが解釈が違ってくるものが必ずある。
恒産とは常に産み出すものである。恒に(常に)産み出すものとはなにか?
それは大地が自然が産み出すものでありそもそもが人間では産み出せないものが恒産なのである。
恒産なくして恒心なしとは石油とかに頼っていればサウジアラビアとかベネゼエラのように世界経済のを影響をもろに受けて食料すら入らなくなり危機的状態になる
石油がとれれば安泰だと今までは外からでみていた自分も石油がとれる国が安全だと投資して失敗した。常に世界は変わりやすいからそうなる
アフリカとかでコーヒーだけを栽培していたらコーヒーが安くなり飢饉になっとかもあるつまり畑でいろいろな作物を作らずにコーヒーだけを作っていた結果コーヒーだけとっていてもそれは食料とならなかった。
単一商品化した農業のためである。それは江戸時代にの日本でも起きていた。
東北が飢饉になったのは米が商品化していて米だけを作っていたためだという。
五穀を作っていれば飢饉からまねがれたという、米を商品として売るためにだけ作っていた結果飢饉になったとき米もだめになったら他の作物を作っていればしのげたができなかった。


一国でバランスある農業をしていればそうはならなかった。東北という地域でもそうである。何か一地域でも工業でも農業でもバランス良くあればいいのだがかたよると危険になる、石油だけに頼っていた国はそれだけ危険だったのである。
つまり世界経済が危機になれば食糧すら手に入らなくなる,世界の国がそういうとき援助してくれるかというとできない、日本で米があまっていてもその米を援助するにも輸送費が高くなるから援助できなかったと同じである。
米が余っているからといってもさらに輸送するとなると金がかかるからその金を一体誰が出すのかとなるからだ。

工業製品が恒産になるのかというと疑問である。現実にシャープが債務で台湾の会社に売られるように電器製品も今では日本だけではない、中国でも台湾でも韓国でも優れたものを作るようになれば当然そうなる
今は車がなんとか売れているから日本経済はもちこたえている。それすら将来はどうなるか不明である。
技術競争に敗れたときたちまち零落するのが工業の世界である。
農業はそれと違って自然に根ざすから息が長い、森林業でも一つの木が育つのに50年かかるとすれば一代だけの思考ではできない、だからその栃に何代も根ざして継がれてきたのである。
世界でもエジプト文明が三千年もつづいたというときそれは農業中心の社会だったからである。江戸時代が3百年つづいたのもそうである。
現代の文明は約100年くらいで世界の資源を使い果たして消耗してゆく、百年で世界の資源を使い果たすようなすさまじい文明である。


TPPとは何か、それは貿易の自由度を拡大させる、そうなるとますます単一商品にエネルギーが注ぎ込まれる。日本は車だけ作っていろとかなる、あとの農産物はアメリカから輸入すべきだとなる。価格的にも安いのだからそうなるべきだとなる
これはアメリカ自体も反対している面がある。アメリカにとっても自国のバランスを欠くことになるから反対する、アメリカは農業大国でもあるだ。
グローバル経済の矛盾が一気に限界に来て噴き出してくるかもしれない
グローバル経済化しているからその時どの国でもその影響を受ける
原発事故は農業をできなくしたから都合よく農産物はアメリカから輸入しろとなる
アメリカが古い型のマーク1の原子炉を日本に売り込んだのはそうした陰謀があったのかとまでなる


東京のような大都会となる食糧は外部に依存しているしあれだけ密集ししているから地震で壊滅的打撃を受けるかもしれない、災害には弱い構造である。
そうした一極集中とか様々な脆弱さが大地震を契機に一気に現れる
それは天の理にも反しているし矛盾が何かを契機に一気に表面化して終始がつかなくなるそしてその時大都会がいかに異常なものだったか身をもって津波のように知ることになる無理して原発を作ったこともまた再稼働したことも事故になり日本の国土は汚染されてもう住めなくなるかもしれない、そういう危険を犯してまで原発は造るべきではない
日本にはそもそも原発は向いていなかったのである。
原発は恒産ではせない、工業も恒産ではない、それは一時的なものである。
だからシャープのような大会社でも売り渡すことになる
工業は消長と興亡が激しい世界である。恒産ではない、終身雇用ではない、自然に根ざしたものこそ終身雇用なのである。
それも一代では終わらない代々つづくものとして恒産があり恒心が作られるのである。
そして百年とか二百年しか現代の文明はグローバル経済はもうつづかない、つづけられないのである。自ずと破綻してゆく運命にある。
これほどに短期的に栄えてたちまち消失してゆく文明はなかった。
500年とかマヤ文明もつづいている、マヤ文明も自然に根ざしていたからである。
その根っこは大地にあったが故に時間的に長い文明が形成されたのである。


現代は恒産を作り出すものが何か問い直す必要があるのだ。グローバル経済というのは常に不安定であり株でも常に変動している。そういう世界では恒心をもつことはできない、モラルをもつことはできない、百カ国があってその一つ一つが関連していて世界経済をパソコンで見ていたら目が回ってしまう。恒心などありえないのだ。
そして突然どこかの一国が崩壊して世界中ガタガタとなりもう操作もできない、収拾できなくなる。
モラルというとき何か一つの食べ物でもスーパーであれ盗むとすごく罪悪感をいだく、でも株式市場とか世界市場とかなるとその金はもう金ではない、物でもない、金融のゲームのようになりそれで桁外れの収入になっている
市場がギャンブル化しているのである。
資本主義がプロテスタンの基というときそれは修道院からはじまったからてある。
勤勉にして蓄積して他者を助けるということにはじまっていた。
そこにはモラルが育まれた、もう現代の資本主義がそんなモラルもなにもない


莫大な金が世界をめぐりそしてゲームでギャンブルで桁外れの金が入る、それはまさに盗んでいても罪の意識もてない、一個のリンゴを盗むだけですごい罪悪感をいだく
でも百億を株でもうけたとかなると何の罪悪感もいだかない不思議がある。
それだけ世界経済は株の世界でも現実世界から遊離しているのである。
そういう世界はパーチャルな世界となりそれがリアリティともなり世界を動かすことにもなる
世界の真実などわかりえようがないからだ。それはメデアによっても操作されるからわからない、金融もバーチャル化しているし戦争だってイラク戦争のようにバーチャル化したでもシリアでも空爆で人間は無惨に多数死んでいるのである。
ここでも空爆なら罪悪感を感じない、戦争がゲームのようになる。
でも人一人を目前で子供でも殺したら余計に罪悪感をいだく、それがさらにロボットが戦争するとき罪悪感をいだかないようになることがまた恐怖なのである。
それはすでに一部で現実化しているからだ。
なぜこれほどに陰謀論になるかというとそれは今のグローバル世界がとても一人の人間にもうわかりえようがないものとなっているから陰謀論になる
誰かが裏で操っているのだととなる。それは株でも何でもそうなる。
経済でもだから百億円くすねられても何の罪悪感もいだかない、でも一個のリンゴを盗むとすごい罪悪感をいだく、この相違に現代のモラルが恒心が得られないことが端的に現れていたのである。

posted by 老鶯 at 14:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2016年02月28日

東電の勝俣元会長ら旧経営陣3人、強制起訴へ (巨悪は見えないがいづれ暴かれる)


東電の勝俣元会長ら旧経営陣3人、強制起訴へ

(巨悪は見えないがいづれ暴かれる)


再処理の事業化が進まなくて放置されてたプルサーマル利権を掘り起こして、自治体に60億円ばら撒き。 
 国内で再処理できないプルサーマル燃料をも全国にばら撒いた。 
 渡部恒三の甥である福島県知事の佐藤雄平 ( 元ミンス参議院議員 ) は、 
 2010年8月プルサーマル導入について、福島第1での受け入れを決定。 
 60億円の 「 核燃料サイクル交付金 」 が交付された。 
そして、福島第一原子力発電所3号機は 2010年10月26日よりプルサーマル燃料での運用を開始した。 

◆プルサーマル受け入れ自治体へ、交付金復活(2010年1月31日 読売新聞) 

 資源エネルギー庁は31日、使用済み核燃料を再処理して使うプルサーマル計画に関し、 
 計画を受け入れた自治体に対する交付金を復活する方針を明らかにした。 
 原子力発電所の地元で同計画を受け入れた自治体への交付金は、 
 国が2006年度に「核燃料サイクル交付金」を新設し、 
 1原発あたり60億円を限度に交付していたが、08年度末に打ち切られた。 


勝俣の娘婿で傀儡とはいえ、清水はコストカッターという謳い文句で 
東電の運営コストを削減しまくった(という触れ込み)で個人的な手柄と利益を享受し得えたのだから 
十分に責任をとる理由にはなると思うけどね    


 渡部恒三の甥である福島県知事の佐藤雄平 ( 元ミンス参議院議員 )


 勝俣の娘婿で傀儡とはいえ、清水はコストカッターという謳い文句で 
東電の運営コストを削減しまくった(という触れ込み)で個人的な手柄と利益を享受し得えたのだから 
十分に責任をとる理由にはなると思うけどね    


縁故が権力が作るというのはもうさけられずあった。その弊害が今回の原発事故にもあった。
渡部恒三の責任も相当に重いものではないか?福島県の政界を牛耳っていたのであり福島のマスコミも支配できるような大きな権力をもっていた。
ただ原発事故前はそれがわからないから福島県にとって渡辺恒三は英雄のような存在ではなかったか?
この人の責任も相当に重いと思うけどあまり取り上げられないのな何故なのだろう。
まずマスコミなどは二つの雑誌が福島県から出ているけど「福島財界」「東北政経」でもそうしたことはとりあげていないということはやはり渡辺恒三は福島県では隠然たる大きな権力をもっていたのである。
だから自分の甥を知事にすることもできたのである。
それは勝俣でも同じである。清水とは縁戚関係でありそこで権力をもつという人事が事故を生む原因でもあった。
いろいろな原因があったが縁故というのも何か民主主義をゆがめる。それが大事故になったとき明るみにでる。
何もないときは権力者は威張っているし逆らえないのである。そこに権力の怖さがある。
どうして権力が作られてゆくのか?
世襲もあるし縁故もある、だから巨大集団でも宗教団体でも会長の息子が会長になるというとき権力を継承するというとき問題になる
その息子が別に実力があるわけではないからだ。
この世の中は何か常に権力によって操作されている、それはカルト宗教団体でもそうでありいかに権力を操作して力をもつかということを考えて行動している
権力にかかわる人間は政治家でも何でも悪役に見えないか?宗教団体でもそのトップは悪役である。ただそういう人を崇めるのはなぜなのか?
それは御利益を得られるからだとなる、いろいろ得なことがあるからそうなる
「俺についてくれば、地位も金もやるぞ」となるからそうなる、それはカルト宗教団体でも同じなのである。宗教の教えではなくその権力にひかれてそうなっている。
「お前を教えてやる、お前は俺のようにすべてを捨てて乞食になって修行しろ」
こういったとき誰がついてくるだろうか?みんな去ってしまうだろう。


だから今の宗教団体はほとんどカルトであり信じられない危険な存在なのである。
人事でも地位を抜擢されたりとそういうことは常に昔からあった。
そうした権力者に人はすりよる、マスコミでもそうである。反権力のポーズはしても東電から宣伝費をもらっていたから同じだったのである。
だから常に反権力の立場に立つことが報道でもそうであり正義を追及すればそうなる
権力の圧力の下で作られるものは常に警戒が必要だし権力者は常に民衆によって監視されねばならない存在なのが民主主義なのである。
そうした権力が無害ならいい、今回のような巨大な害悪をもたらすから監視が必要だった福島県でもすでに渡辺恒三派によって政界は牛耳られていたしマスコミもそうである。
政治家は悪役になりやすいのである。それは大きな利害と関係するからである。
その大きな利害のために安全はないがしろにされるていた。
そして地元の人もその大きな利害のために原発は安全だと信じさせられたのである。


ただ自分もそうだったが人間というのは自分の身近なことには敏感である。
小高の人は補償金をもらっていいとか批判してきたのでもそうである。
他でも避難区域にされて故郷に住めなくなって仮設に住んでいる人を回りの人がうらやむのは身近な毎日見ている存在だからである。
一方で巨悪は見えにくい、巨悪はかえって善のように見えるのである。
リンゴ一つ盗むと罪悪感に悩まされるが巨悪はその本人がたずさわっていても意識できないことがある。
最初に原発を誘致しようとした読売の正力松太郎でも首相の中曽根でも渡辺恒三でも英雄視されていたことでもわかる。大きな功績ある人としてされていたのである。
今でも原発の前に誘致した人の銅像が立っている所があることでもわかる。
事故が起きない限りそうなっていたのである。


でも巨悪は事故であれなんであれ時間がたてば暴かれる運命にある。
創価であれカルト宗教団体もいづれは必ず断罪される、その前に会長が死んで分裂したりする、幸福の科学などでも夫婦が離婚して遺産争いになるのとにている。
残された権力を我が物にしようとして争いが起きる。
だからそもそも宗教なら権力を残さないとなるのがいい、何も残らない無一物として消えるのが理想なのである。粗末な庵くらいを残して死ぬのが理想だとなる
そんなものを誰も得ようともしないからである。
自分もこういうことを実際は知らなかった。人間は金や遺産であれ財産であれ死に物狂いになる。借金で首が回らない人が自分の財産をねらってきたし現実に犯罪にもあり大損害を受けた。自分がその標的になったのである。金のために殺すのは普通にある。
動機が借金なのが多いのも金のためである。そういう人が来たことが最大の危険だったのである。
自分がどんな状態なのかなど関係ない、病気も何も関係ない、金をとればいしかなくなっていたからである。追い詰められた人間はみんなそうなるのである。


誰か善人か悪人かなどその時代を生きている本人には常にわからない、一時代がすぎて善人が悪人になり悪人が善人になったり評価が変わるのである。
それは権力が変わり権力を喪失すると批判されやすくなるからである。
権力をもっているときマスコミでも何でも従うのが得策である。一旦権力を喪失したら今度は叩くのである。それが人間社会である。
原発事故はそうした権力者を低くしたのである。高きものが卑くくされるというときそこにはやはり神の力が働いたともなる
とても人間の力ではそんな巨悪を暴くことができないからである。
でもいづれは巨悪も暴かれるということである。
posted by 老鶯 at 11:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2016年02月29日

抽象画(春の街、春の流れ)


抽象画(春の街、春の流れ)


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waves and streams
タグ:春の街

東北新幹線ー春の俳句十句


東北新幹線ー春の俳句十句


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春光の窓にまぶしや新幹線

タンポポや新しき駅に新幹線

みちのくの春の大地新幹線

新幹線北上川の芽吹きかな

北上の春の流れや新幹線

雪の残るみちのくの奥や新幹線

春の街新幹線の通るかな

新幹線結ぶ速さや春の来る

新幹線きらめきあいぬ春の星

新幹線青森近く花見かな


北上の川の岸辺に風そよぎぎ柳青みて芽吹きけるかな

北上の流れはつづきその岸に柳青める新幹線行く

北上の流れの長く広きかな春の日さして新幹線行く




自分は日本の鉄道はほとんど乗った。乗っていないのは関西の私鉄と新幹線である。
新幹線は乗れたけどわがわざ乗らずに普通車で旅した。
新幹線の速さだと景色もゆっくり見ていられないし旅にならない
でもビジネスとか勤め人にとっては遠くに行くのは新幹線が便利である
でも途中がほとんど省かれるから旅として記憶には残りにくい。
駅でもとまるのがわずかだから駅の名を覚えて記憶に残る旅はしにくい
意外と今になると旅は記憶される旅が大事だった。
記憶に残らない旅は失敗だったからだ

それで「駅一つ名を覚えすぐ春の雲」とかなる、駅にとまることによりそこに旅情が生れるのが鉄道の旅だった。ただその旅には時間がかかった、何か今になると10年間も旅はしていないのでそういう旅をした自分が不思議に思う
自分の人生は駅を電車で待っていたのが人生だとなってしまう。
それは相当に恵まれたことだった。


結局ふりかえれば人生は何に時間を費やすかで決まる、それぞれの時間は限られているし何でもできない、何であれ時間を費やしたものが人生である。
金を費やすのではなく時間を費やすことが人生だということがあとでわかる
いくら金があっても費やす時間は限られているからである。
だからいくら金を費やしたかではなく何にどれだけの時間を費やしたかが人生だということがわかる

東北新幹線で見えるのは北上川である、これは長い川だから新幹線でもその一部が見える連続しては見えないが部分的に見える、こういう長い川だったら新幹線が早くても見える春に乗ったときその岸辺が見えて柳が青くなり芽吹きの季節で風にゆれていた
北上川は長いからその長さを認識しにくい、でも新幹線から早いから北上川をみるにはいいとなる
でも早すぎるから俳句でも短歌でも旅情がない、でも技術が進歩すると人間もそれと同時に感覚も変わる、自転車からみる景色と歩いて見る景色が違っているし電車から見る景色も違っている。電車でも普通車と急行とか特急とか新幹線ではまた違ってくる
自動車からは見る景色は自分にはわからない、車も景色を見るには適していないだろう。

新幹線も函館まで通じるから函館が相当に近くなる、距離の感覚は変わってくる
青森も二時間以内となる東京より近いなとか函館も東京くらいの距離かと変わってしまうでも青函連絡船とかの時代とはまた随分違ったものとなる
結局ヘ便利になりすぎると旅情は喪失する、一番記憶に残った旅は自転車の旅だったからである。
それが記憶に残っていることが宝となる、なぜなら自分が今自転車で北海道を旅しようにもできない、体力は落ちているしできないだろう。
人間はこのように何でもできると思っても時間が限られているし体力もなくなり病気になったりしてできなくなる、だからしたいことを早めにしないと後は一生できない
海外旅行にも今になるときつい、50代が限界だった。
その時しなければできないものとなった。人生の時間の過ぎるのは早い
遊んでいても何もしなくても時間はたちまち過ぎるのである


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