2016年01月30日

雪ふる城下町(雪のふるなかに相馬市へ行くー蠟梅に雪)



雪ふる城下町(雪のふるなかに相馬市へ行く)

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宇多川の橋を渡るや小雪ふる

小雪ふり大雪ふりて夜となる

水仙に小雪のふるや土手の道

軒低く雪ふり暮れぬ城下町

鴨数羽城跡の堀今日も暮る

細雪夕暮れ静か五本松

道の駅雪のふり暮れ五本松


我が庭に石のありつつ小雪ふり母亡き後や蠟梅の咲く

我が家に母を介護すその部屋に蠟梅の咲き母は死ににき

百歳を生きにし母や今朝見れば雪の積もりて蠟梅の咲く

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昨日は歯医者もあり用事があって相馬市へ自転車で行った。最初は小雪だった、次ぎにだんだん大雪になっていった。
雪にもいろいろ種類があるが浜通りは雪はほとんどふらないから雪のことはわからない
ただ昨日は最初は小雪だったのである。
だから小雪だと春雨にぬれて帰ろうとか小雪にふられて宇多川の橋をわたるというのも風流だとなる
その小雪がたちまち大雪になっていった。

相馬市がなぜ原町市などと違うのか?それは何度も書いてきたが高いビルがないくこじんまりとしているからである。
ただそれだけのことで情緒が生れていることの不思議である。
そうなると昔はみんなそんな状態だからどこも情緒があったとなる
橋でも木の橋であり大きな橋はめったにない、宇多川は細い川だから橋も短いから情緒がある
日本画では良く橋がでてくるのは今の橋とはまるで違っていたからである。

浜街道の五本松の写真は絵になっていた、ちょうど雪が大雪になりはじめたころでその時がシャッターチャンスとして良かった。
これは写真そのものが絵になっている、そういう写真は今はいくらでもある
写真と絵の見境がつかないのが多くなったのだ。
細雪(ささめゆき)というとき何か日本的繊細な感じでいい、最初は小雪であり細雪だったのである。
今は鉄道の駅ではなく車の道の駅になり時代が変わった。


庭には蠟梅が咲いていた。この花は春の先駆けとして咲く、冬の内にも咲く、雪の中に咲くのがふさわしい、庭には石が一つあり母を介護した部屋に向いている。
何か人間は死んでも継続がある、ここに母がいてとかなり何か死んでも人間はそれで全部が無とはならない、何かが継続されてゆく、家でも跡を継いで住むものがあれば継続されているのだ。
だから空家とかなると生が継続されないからそこは本当に死んでしまうのである。
そのことは原発の避難地域にもそういえる
人間の生は代々継がれることに意味がある、それが人間が人間たる所以なのである。
動物はそういうことがない、人間は面々と生が受け継がれてきたことに意味がある。

明日は49日であり遺骨を墓に入れる、なんかこれも大きな一つの区切りとなった。
東京から母の唯一の孫がくる、新幹線は普通に運行しているが仙台から相馬までの高速バスがちょっと遅れていることが心配である。
でも一応運行しているから良かった。