2016年01月16日

枯木の影(狭い場所で生きるのが老人に向いている)


枯木の影(狭い場所で生きるのが老人に向いている)


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海老村にここ我が家と枯野かな

海望み海老千軒は枯野かな

十数羽ヒヨドリ群れて鳴き騒ぐ

十数本寒木ここに変わらざり

壁写す枯木の影の一日かな

田舎なり時ゆるやかに枯木の影

縁切れてその人遠く氷張る

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良く見れば枝のくねりて伸ばす影根付く枯木や我も老いにき

黒々と枯木の影やこの道の親しや今日も通りけるかな

家ありて誰住むと知らじ一本の松の残りて冬の日さしぬ

一本の松の残りて何語る冬の日暮れぬ庭の跡かな


海老千軒は枯野となってしまった。津波ではそういう場所が普通にある、だんだん時間がたつにつれ忘れられてゆく、海老村は70軒くらいがあったという
磯部村は大きな村でありその跡は広い、あそこは一番悲惨だったともなる

厚生病院の前の寒木は寒木らしい、あそこに実がなっているのを写真をとってわかった。なぜ十数羽のヒヨドリが集まって鳴き騒いでいたのかもわかった
そこに実が写っていたからである。あんな何もない木に実があるとわからなかった
いつも冬は鳥は何を食べているのだろうと思うときそれなりに食べ物は用意されている不思議である。
普通は虫を食べている鳥が多い、野良猫でも結構生きているから不思議である。

寒木というときそこに変わらないというときそれはその栄養を土からとっている
その土地からとっている、だから変わらないのである。
これは当たり前だとなるがでは人間はなぜこれほど変わるのか?
それはその土地から栄養をとっているわけではない、グローバル化社会なら世界の裏側からも食料が現実に入ってきて食べている。
そういう社会は変わりやすい、移動しやすいということである。
もしその土地からの栄養分をとっているならその土地の材料で生きているなら社会は変わらなかったのである。
実際に江戸時代から戦後十年は自給自足だったのである。燃料は炭だったからである。
それが石炭になり石油になり原子力になり変動が激しかったことでもわかる
世界にも会社が移動するから人間も移動するのである
それで津波や原発事故では若い人が流出するというのもそのためなのである。


一本の枯木が通りの家の壁に影を写している、それは何でもない、まさに写生である。
でもその写す影にやはり人間をみる、何でも自然でも人間をみる
枯木はやはり一人の老人なのである。
良く見れば確かに一本の枯木でも何か枝分かれして趣がある
ただ影を写しているだけだがそれでも心にしみるものがある
つまり芸術の基本は写生なのである。
庭の跡だったところはもう誰が住んだかもわからない、人間は遂にそうなってしまうのか?やがて自分の家もそうなってしまうのか、無常だとなる
なんかこの辺は避難区域でもそういう場所が多いのである。
村や町ごと無人化しているからそうなる、それも不思議なことなのである。


年取るとなんか人間は特に自分は都会にはゆきたくない、騒々しいから嫌なのだ。
そして人間は確かに年取ると認知症気味になることは確かなのである。
狭い範囲で生活していると安心になる、つまり何か複雑な所を認識できなくなるのかもしれない、都会は複雑だからもう認識できないから困惑するから嫌だとなる
これは性格もあるだろう、自分は騒々しい所が嫌いであり一時はそれが高じて異常にもなった。
一万の町くらいでもいい、この辺はとなりに都市があるからいいとなる
孤立していたら限界集落のようになるから今の時代は住みにくくなる
飯館村はそういう場所だった、そこにまた価値があったのである。


今日も寒い、人間の縁も切れやすい、親戚でも一代こんな簡単に縁が切れる思わなかった結婚したりすると前の縁は切れてしまう、これも無常だった
ただ新しい縁もできるし人間関係もこんなに変わるとは思わなかった。
縁を大事にしろというときあまりにも簡単に縁が切れやすいからだろう
最後はあれあの人とあったなあの人誰だったのかとかすれ違っただけだとなり別れて永遠にあわなくなる、ただすれ違っただけだとなる
家族すらだんだん死んで時間がたつと忘れやすいのである。だからこの世は無常だとなる







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