2016年01月13日

認知症の介護をふりかえる (苦しみと悲しみをともにせざるをえない介護)


認知症の介護をふりかえる

(苦しみと悲しみをともにせざるをえない介護)


姉が死んで7年くらいすでにすぎた、随分早いものだと思う。
それで何かこの頃姉の認知症の介護のことを思い出す
そもそも認知症とは何なのかわからない、何の病気なのか?
その正体が不可解なのである。それは老いによるボケだという見方もあり病気ではないという人もいる、そして認知症は人によって症状が違ってくるから一様ではないからどういう病気なのかも決められない、体の病気だと診断して病名がつきやすい
ところが認知症はどういう病気なのか脳とか精神が影響してわからない
それとにたものは痴呆とか精神病となるからそれなのかと思うとまた違っているとか
どういう病気なのか医療界でも決められないのである。


それは老化から来ているとしてもやはり病気である。老化は病気なのかという問題もあるが認知症は一つの病気でありアルツハイマーという病気なのだろう。
あいつはボケたとかなると笑い物になる、あんなに優秀だった姉も笑い物になったから信じられないのである。実際それを家族だった自分は差別とかを感じていきどおりも感じたそれは精神障害者を持っているものと共通したものとして差別されたのである。
ただもともと優秀であり功績があったものとして生きてきたのだからそこは生まれつきの障害者とは違う。いろいろしてくれた人だから自分は恩返ししなければならないと思って介護していたのである。


ともかく家族にそうして病人をかかえると自分も病人と同じように苦しみ悲しまざるをえなくなるのである。
認知症の場合は特殊なんだけどその度合いは他の肉体的な病気より強くなる
そして認知症になれば家族も嫌う、最大のやっかいものになる
だから殺したくなるということが殺意まで生れるのが認知症の介護であり過酷なのである認知症になった本人も相当な苦しみと悲しみを負うのである
暴力になるときそれは自分をどうにもできない無能化したことへの怒りでありその不満を他者にぶつける
特に優秀だったとか激情的な人はそうなりやすいのである


認知症になるのは本人が悪いのだという見方もある。そんな病気になるのは何か呪われているんだという見方もでるのはそれほど悲惨だからである。
姉は性格的に奢ったところがあり自分は優秀だと見下した所が在りそういう面があったことは否定できない、その奢りが罰せられたのかとも見た
認知症とは何かというのが解せないからそうなる
その本人が悪くてそういう病気になったのか、そんな過酷な病気がなぜ人間に与えられるのかというのもなぞである。
神もヨブに過酷な苦しみを与えたことも試練としてそうさせた。
では認知症とはそういう苦しみを神がなぜ与えたのだろうとなる
これも不可解なのものであるし津波の被害などで死んだ人たちもそうである。
なぜそんな過酷なことを神を人間にするのかということがそもそもわからないのである。

認知症だと何か悪魔にもてあそばれているような感じになる、覚えることができなくなり二階に自分でかたづけた着物がないと泣いていたり財布を隠して見つけられず泣いていたりと本当に悪魔にもてあそばれている感じだった。
どうして神はこんな病気にしたのかという疑問が最初からあった。
もしそういう病気に最愛の人がなったらどうなるのか?
その病気と同じ苦しみ悲しみをともにせざるをえなくなるのである。

「財布がない、財布がない」
「財布はあるよ,安心しろ、大丈夫あるよ、ここにあったよ」

何かこうしてよりそって安心させる、すると精神が狂気になるのをおさえられのである
忘れるということから狂気になるのが認知症だからである。
認知症はともかくいろいろ症状があっても安心させることが一番大事なのである。
忘れるということで感情的になりそこから狂気になる
だからともかく安心させる、心を落ち着かせることが肝要なのである。


認知症が何なのかというとき、不可解だとなるがそれは病気なのだろう
老いでもあるが単なる老いからくるのではなく病気なのだろう
病気だとすると直すことかできると医者が言う
例えは自分の母は100才になり死ぬ間際になるまで病気がないという、軽い認知症はそれでもなっていたのである。でもそれは体の病気とはならなかったから病気がないと医者に言われたのである。それもだから不思議なのことだった。
ところが認知症は病気とされない場合がある
精神の病はそれだけむずかしいからそうなる


今ふりかえると認知症は悲惨な病気であり介護する方も同じように苦しみ悲しむ、それを自分は経験してきた。
人間はつくづく悲しみものと苦しむものとともに悲しみ苦しむことが愛である。
楽しむものと快楽をともにするものとが本当の愛にはならない
悲しむ苦しむものとともにするときそれが本当の愛である。
でもそんなこと誰もしたくない、自分の場合はそう強いられただけなのである。
誰もそんな苦しみとか悲しみをともにしたくないのである。
そういうことは口で言うのは簡単なのである。
実際に自分がそういう身になったときしかわからないのである。


「悲しむ者は幸いである」このことは何を意味しているのか本当に不可解である。
ただ人間が悲しむものと苦しむ者と共感するときが本当の愛である
たがいに楽しむばかりならそこに愛はない、楽しくなくなったら離れるのは愛ではない、悲しいときも苦しいときもともにあるのが愛だからである。
神はなぜ人間にこうして過酷な悲しみとか苦しみを与えるのかとなる
でも逆に悲しみも苦しみもない楽しいだけの人生というのはまたそれだけでいいのかともなる
つまり人間は苦しみや悲しみをともにしてのりこえるとき真に愛で結ばれることがありうる、自分はなんとか姉に対してそうしてきたから最後はわかってくれたと思う。
そういうことで自分はふりかえると満足している
自分も何かしてやることができたという満足である。
何もしてやれなかったら自分は家族とすらなれなかった。自分が苦しみと悲しみをともにしたことで本当に家族になったのである。


ただなぜこんな酷いことは人間に対して神はするのか?それはヨブ記のように不可解なのである。人間は悪魔のようにもてあそばれるだけの存在なのか?
神などないというとき津波の被害者はそう思った。それもあまりにも過酷な現実だったからである。
何か世界でもそうした過酷なことがありどうしてそんな苦しみが与えられの不可解なのである。ただそういう過酷なことにも何か意味がありその解決を望んでいる

汝の悲しみの涙は真珠となる
汝の悲しみ苦しみは無為には終わらない
それは一つの神の試練なれや
汝はふりかえり今幸いを感じる
悲しむ者は幸いとはそのことや
今ふりかえればそれはあるにしても
思い出すとやはり悲しくなる
ただ汝はその時懸命に家族を支えていた
そして今も支えているのかもしれない
死んでも家族を支えている
介護になってからは自分が支える身
私自身が家族を支える
私が愛する故に家族はありつづける
その家族は永遠に消えざれ
我が愛のあるかぎりはこの地に゛゛゛

要するに家族とは何なのかともなる、今までは自分はただ良くされるだけであり愛されるだけだった。でも介護になってからこちらが愛する方になった。
その時ふりかえると自分は真の家族の一員となるべく奮闘していたのである。
これも家族から故郷とか大きな共有の世界に拡大するとき故郷のために何かするというとき故郷の一員となる、何もできないなら故郷の一員ともならないとなる
この辺は津波や原発事故で混乱した。その中で若い人が故郷から放射能を恐れて去って行った、そして老人だけが取り残されたのである。
でも老人でも親であり祖父母であった、家族であったはずである。
するとそこには家族の愛すらなかったのかとも疑問になる
補償金もらってそれで外に出て新しくはじめた方がいいとなった。金がかえって復興をさせなくさせてしまった皮肉がある
金によって家族がかえって分離した、補償金で市町村が分断されたということもそうである。家族であれ故郷であれそんなに愛着あるものではなかったともなる
それが時代を反映したものでありしかたないとなっているがそれでいいのかという疑問と通じていたのである。


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