2016年01月01日

新年(2016)にふさわしい短歌


新年にふさわしい短歌(2016)

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新年の未明になおも月光り母は死にしも陽は昇りけり


「東の野に炎の立つ見えて
     かへり見すれば月かたぶきぬ」   万葉集 48

今日3月18日は『人麿忌』だそうです。
なぜか、あの万葉歌人の柿本人麿の亡くなった日だそうです。


今年の日の出を海老浜で見た、あそこは津波で村が壊滅した。
ただ見晴らしが良くなり日の出の太陽が見やすくなった。

今年は新年を祝いないけどただ新しい年がはじまった。
それでぴったりの歌が柿本人麻呂の歌だった。
人間は太陽と日の出と月のくりかえしである。
それは歴史でもそうだが常に世代間でも日の出があり傾く月がある
若い人は日の出であり老人は傾く月なのである。
でも母は去年の12月に死んだからまだ月の輝きがある。
だからこの歌は何かぴったりなのである。


今年は自分にとって相当な変わり目の年になるかもしれない
まず介護の重圧から解放されたことである。
介護している限りもう自由はない
軽くても三食を出す、いるだけでも重圧になる
そして介護の問題は長いことなのである。医療が発達すればますます長くなる
すると介護するものの負担がまた増えるのである。
ふりかえると十年間は長かった
介護に費やされる労力は相当なものであった。それから解放されたことは大きい


この短歌の奥深さとか大きさはやはり歴史も暗示するからである
必ずこうして世界でも国でも興亡が繰り返されてきたからである
イギリス帝国は今では傾く月となったしやがてアメリカすらそうなる
人間はこの繰り返しなのである。
アジアとヨーロッパもそうである。ヨーロッパはゆきづまり今度は再びアジアの陽が昇って輝きヨーロッパは月となって傾いてゆくのか世界の歴史なのである。
アジアの興隆の時代が今世紀からさらに一世紀とかかけてはじまる、欧米は衰退してゆくのである。それは歴史の法則でもあるからとめることができないのである。

タグ:2016新年

2016年01月02日

2016 abstract (波紋)


2016 abstract (波紋)


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複雑な交わり

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水中の波紋



今年も抽象画はじまったけどこれは無限の変化である。
photshopでその世界が飛躍的に拡大した
抽象画は具象画より自由だから制限されないからかえって無限の変化になっている
これをどう見るかは各自の自由である
つまりどういうふうにも各自のイメージで見えるのが抽象画なのである。
ソフトによって変化できるものであり創造というよりは変化の芸術だとなる
タグ:波紋

自分に起きた2015年までの恐怖の体験 (それはこれからの未来の問題)


自分に起きた2015年までの恐怖の体験

(それはこれからの未来の問題)


● 認知症の恐怖(人間崩壊の恐怖)

●介護が延々とつづく恐怖(重度になる恐怖)

● 病気の恐怖

●病院の恐怖

●身寄りのない人の恐怖

●凶悪犯罪の恐怖(老後貧乏の問題)

●借金の恐怖(モラルの崩壊)

●津波(天変地異の恐怖)

●原発事故(文明崩壊の恐怖)


この十年間で自分が体験したことは今ふりかえると恐怖の連続だった。最初に起きたことは家族が認知症になったことである。
それは突然起きたことであり何が起こったのかわからないので本当に恐怖だった。
最初から異様な妄想となり暴力になったから怖かった
60年も親しくしていた家族がそれも優秀だった人が痴呆化するというか狂気にもなったから怖かった
それは認知症とは何か全くわからないということであり狂気としか思えず対処しようがなく怖かった、激情的な人だから暴力になったとき怖かった
そして自分の家族は分離して家庭崩壊になった
ただ助かったのは二年半くらいで死んだことだった、だから意外と早く死んだなと今ではふりかえる
そして認知症は必ずしもすべてが崩壊するものではなくやはり人間的なことが残されていて人間崩壊というものでもないと最後は理解した


この認知症の恐怖は問題は高齢化の最大の問題になるしなっている
介護もまたこの問題と一緒にあった
一人は早く死んだがもう一人が介護になり約5年間つづいた
楽な方だったが最低でも5年間つづくことはやはり長いと思った。
そしてそれがなお延々とつづくのではないかという恐怖だった。
実際に十年とか二十年介護している人が現実にいるからだ。
自分の場合はすでに95才くらいになっていたから5年ですんだのである。
90才からでもいまなら相当に長くなる
そして脳出血とかなると三食食べさせなければならなくなるから手間である。
それも恐怖だったしオムツをするようになるのも恐怖だった。
母は最後まで水しか飲まなくなってもボータブルトイレに行っていたから助かった
それでも介護が長いということは心身が疲労してくる
介護にも様々な恐怖がある

●病気の恐怖、身寄りのない恐怖

これは誰にでもある、自分も癌の検査をしたときはショックだった。幸い癌でないし軽い病気だったので助かった。それでも自分は二年間くらい身体障害者であり苦しかった。
その時誰にも助けられることがなかった。
確かに親戚というものでもないが助けることを装う人は来た
その人は借金で追い詰められていたから自分からなんとか借金しようとすることしかなかった
これも本当に恐怖だった。病気のときだったから恐怖した。
人間は相手が弱者になったときそうした借金で簡単に断れない、弱者になったときの恐怖を体験した

その時同時に身寄りがないということがいかに怖いことが体験した。
病院にでも何でも手術するのにも保証人が必要になる、身寄りのない人は保証人がいないから老人ホームにすら入れないとかいろいろな問題が生じる
これが意外とやっかいな問題である。就職するのにも保証人が必要になる
でもこれも何かうまくきりぬける方法はあった
なぜなら保証人でも病院の場合はそんなに追及しないからである。
ただ身寄りがないということは何かこうした緊急の場合に困る
これも自ら体験したから結婚しないことはそうした助けが全くないともなる
だから今結婚しないフリーターとか派遣とかニートが自分と同じような恐怖を体験する
自分は金があったからまだいいがないならさらに困窮して苦しむことは目に見えている

●病院の恐怖

病院というのも恐怖の場所だった、身寄りがないとしたらさらに恐怖である。
研修生とかの実験台とか他にも何かされても抵抗できない
病人はまるで医者とか看護師の奴隷になる、一切抵抗できない
病院は牢獄のように思えた、現実に点滴は鎖につながれたようであり
身動きとれなければさらに人体実験のようにされてしまう
つまり医者とか看護師はそういう病人を冷静にみている
なんにも抵抗できないものとして自分の思いのままになるものとして見ている
だから医者が三百人殺したとか看護師でも世界でそういうことが起きている
病院は人を最も殺しやすい場所でもあるのだ


それが犯罪になりにくい、そして虐待も起きている
自分も虐待のようなことをされた、それは家族もいないような人はそうされやすい
家族がいても見ていないところでは何をするかわからない
手袋をかけられてベッドにつながれているのはまるで囚人なのである
今になると一時的ならせめて一二週間ならいいがそれ以上いると恐怖になる
直すというよりだんだん死につかせるという気分になるのだ
だから看取りとか最後の場所としてはあまりにも無機質であり情がなさすぎるとなる
死んだら物のようにあとがありますから早くかたづけてくださいと言われるだけなのである。
つまり死んだ人に対する情が全くない無機質な空間なのである。
だから病院では死にたくないが90パーセント以上はもうみんな病院で死ぬ時代である。
でも病院で最後の一二週間くらいで死ぬならこれもいいかもしれないが長くなることが問題なのである。延命治療などされたら詰問であり地獄になってしまうのだ。



●老人犯罪の恐怖

これもまた現代の世相が反映している、老人が犯罪を犯すのは今は老人が置かれている立場が厳しい、数も多いから老人を尊敬する社会ではない、金のない老人は何の価値もないとされる、そして下流老人が増えているから当然追い詰められて犯罪を犯す
それが自分の身にふりかかってきたのである。
別に犯罪を犯さなくてもそういう老人が増えているから社会不安になる
そういう人が多いこと自体社会不安をもたらしているのだ。
金持ちでもそういう格差社会になると不安が増大する
兵を鉄条網で囲って身を守らないと生活できなくなる
現実都会ではそうしているらしい、そういう社会も窮屈である。
高齢化社会の問題は深刻なのである。

●津波の恐怖

これも最大の恐怖だった。ノアの方舟のようにな恐怖を味わった。
天変地異の恐ろしさである。今でも津波の跡は生々しく荒寥としている
津波の恐ろしさは何もなくなる、村すら街すらなくなるという恐怖である。
一軒二軒くらいなくなるなら恐怖ではない、村全体が街全体が消滅する恐怖である。
これで自然の恐ろしさを知った。人間の計り知れないものが自然にはある
自分は津波の被害にはあっていないし家族も死んでいない、津波で家が流されて家族が死んだ人の恐怖も大きかった。
これほどの恐怖はそう簡単に忘れられるものではないと思う
十年たってもそうだろう、津波は一切を流して無にする恐怖であった

●原発事故の恐怖

これもまた恐怖だった、放射能というのがわからないし目に見えないから恐怖として認識できない、今でもそうである。
目に見えないということが恐怖させないということがあるがいろいろ言われると恐怖である。
放射性物質で体内被爆することが恐怖だった、食べ物からでも空気を吸っても体内被爆する
前立腺ガンの治療では放射性物質をカプセルとして埋め込んでその放射線でガンを徐々に消滅させる治療方法がある、すると放射性物質というのはそれだけの威力がある
放射線治療もあるが放射性物質のカプセルを埋め込んで癌細胞を消滅させてゆくというのもある、毒は薬にもなる、するとそんなに放射性物質が威力があるとすればまたこの辺で被爆した人たちはやはり癌になりやすいのかともなる
だから恐れる人は恐れて子供をもっている若い人は帰らない、それで看護師不足でこの辺では悩んでいるのである

原発事故は何だったのか、それは空気とか水とか土とか森とか海とか人間の基本的な生活になるものは汚染したことである。
第一次産業を破壊した。これも恐怖だった。それは大きく見れば文明崩壊である。
認知症の恐怖は人間崩壊の恐怖だったが原発事故は文明崩壊の恐怖でもあった
そのことをいろいろ書いてきた。
だからそもそも第一次産業を農業でも漁業でも林業でももう一割にもみたない生産しかない、後継ぎもいないとかすでに崩壊状態だった
でも現実に第一次産業が壊滅すれば人が住めなくなる、人が故郷に住めなくなるということが現実化して故郷は何かなと当たり前にあるものの尊さを考えるようになった
この辺では当たり前にあることが喪失してしまったからである。
水さえ飲めなくなるということはもうその土地では生活できなくなるということである。

この原発事故はやはり文明崩壊の現象として現れたとも言える、その土地に故郷に住めなくなるということはもう最大の被害でありそんなら貧乏でも故郷に住めるだけでもいいとかになる、価値観を変えてしまう問題だった。
これまでは別に江戸時代からそうした生活がつづいてきたのでありこれほど贅沢になったのはここ50年間くらいなのである。
だから原発事故周辺では文明そのものの疑問が起きた、それは現実的な問題としてこれからどうするのかという問題である。
それは人間があまりにも贅沢になり贅沢を追及しすぎたということにも原因があった
みんなが強欲になり金をあくことなく求めている、それは自分でもそういうことがある
そういうシステムの中で生きているからだ
でもそうした金だけを追及していることの矛盾がこの辺では具体的に起きた
補償金問題で南相馬市は三つに分断された。
補償金問題で遺産問題のようにもめることになった。
そこに絆を言われたがそんなものはなくなっていた。ただ金をだけを求める社会の問題も今までもあったがここでより具体的に現れたのである。
だから今の文明自体が問われることになったのである。


つまりこの辺で起きたこと自分に起きたことは何か現代の問題を集約したように起きた
それは現代文明自体の問題でありそれが自分の一身上でも起きたし回りでも起きた。
だからこの辺はそうしてこれからどうするのかという未来をどうするのかということを具体的に考える場所になったのである。
科学技術文明や資本主義社会であれグローバル社会であれ金融グローバル化でありそうした社会というのは本当にこのまま継続されるていいのか疑問が生れた
もちろん自分もそうしたシステムに入っているし否定した生活はしていない
そういうお前が何か言えるのかと言うことはありうる、実際に恩恵を受けているからである。
でもこの辺で起きたことはそういうシステム自体文明自体を全部肯定していいのかという未来への問題が具体的にこの辺で起きたのである。
自分の一身上であれ回りでも何か集約的にこの辺で起きた、それを追及して約十年がすぎたのである。
そして母が死んで介護からも解放された、今年はどうなるのか?


それは猿年が災いが去る(猿)となるといいとは確かである。
これだけ災いがあったらもう当然災いは去ってほしいとなるからだ







タグ:恐怖の体験
posted by 老鶯 at 10:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2016年01月03日

危機感をもたないことが滅びに通じる (平和はつづかない、必ず危機がやってくる)


危機感をもたないことが滅びに通じる

(平和はつづかない、必ず危機がやってくる)


人間、このままでいいと思えば、改革の必要性は感じない、このままではいけない、危ないという危機意識を持つから、改革への重い腰を上げるのである。

優れたビジョンの条件の筆頭に「将来のイメージが明確であること」を挙げている


人間は安きに流れる、甘い見通しをするのが常である。それは個人的にもそうであり組織でもそうである。
事業を起こすにしても失敗した人は相当に甘い見通しをしていた。根拠なくして事業を起こしたのではないにしろ見通しが甘かった
失敗してからも借金していても自分に甘いので変わらなかった。
誰かから借金すればいいとしてその生活すら改めていないし前と同じような贅沢な暮らしをしようとしている。
要するに相当な借金があっても危機感がないのである。だから節約もしない、また借金すればいいとかなり自分がその標的になったのである。


人間は危機意識がもつようになるのは厳しい現実をつきつけられないともていない
つまり借金で家も土地も売るようになるとか何かそうした現実をつきつけられないかぎり以前として甘い見通しでいる
どこからか金が入ってくるという感覚なのかもしれない。
人間は何も起こらなければ平和ならその平和がずっとつづくと思う
それは国単位でも個人単位でもそうである。
「災害は忘れたころにてくる」というのはまさにそのことだったのである。
今回の津波でもそうだった。こんな津波が400年すぎて忘れたころにやってきた。
それは三陸では100年前にあったのに忘れていたのである。
人間の特徴は忘れやすいことにある。それで老人になると何か覚えられない、記憶するのが苦手になる、そしてそれが極端化したのが認知症なのである。
子供の名前とか顔すら忘れてしまうように極端化するのである。
自分の書いたものでも忘れているのが多いから記録として何か書いていた方がいいとなる

危機意識の欠如から何が起きてくるのか?今回の天変地異の津波とか原発事故とか大きくは国が滅亡することもある
日本は海で囲まれているから海が防壁になっているから他国から侵略されないという危機をもてない国である。
外国では陸続きだから絶えず国が侵略して興亡しているから他国が責めてくるという危機感をもっている。
そして民族が滅ぼされることもありうる恐怖を危機感をもっている。
日本の国にはそうした危機感に欠けている、神風が吹いてモンゴルの船が沈没したとか危機感に欠けるのである。


そういう自分も危機感に欠けていた。何か平和だったから甘い見通ししかしていない、自分は実際は今回の十年間の苦しい体験は将来をイメージすれば賢い人だったら予想できたただどんなに賢い人でも将来がどうなるか予想はできない
つまり将来は想定外になるのが多いのである。実際津波でも自分の個人体験でもそうだった。想定外のものに対処することになったから苦しかった。
まず認知症が何なのかなど理解しようがない全く想定外のことだったからである。
もちろん原発事故もそうだった。
原発事故もこれも危機感に欠けていた、その証拠が「安全神話」を政府と東電とマスコミとか県とか地元住民でも一体となり作り上げられていたのである。
原発は安全でないというと地元では非国民のようにされたということもある
なぜなら原発で働き利益を得ているからそうなった。
人間は根本的には利益利権で動いているからである。


危機感というときアメリカの危機感と日本の危機感は違っている
アメリカの自然への危機感は竜巻とかにあった。それで電源を地下に置いた。
日本では地震とか津波があり自然への危機感は違っていた。
自然でも国によって場所によって危機感は違ってくる
国となると歴史とか風土が違うから技術でもそれに適合するように作らねばならない
だからアメリカの押しつけに言う通りになったことも危険だった
アメリカでは日本の風土を考慮していないからである。
ただアメリカでも西海岸には原発を作らず東の方に原発をほとんど作っていた。
西海岸は地震を考慮して作らなかったのである。
いづれにしろ「安全神話」を作り上げたときすでに危機感は喪失していた。
安全神話が危機感を喪失させていたのである。
安全、安全と唱えていれば安全だとさえ錯覚していたのである。
それは何事かあれ題目を唱えている日蓮宗とか真宗系統の信仰と同じである。
科学技術者がそうした安全信仰に安全神話のために点検を怠り危機感が喪失していた。
事故の前にも安全の不備が指摘されても軽くあしらうだけであり本気になっていない
それは「安全神話」を権力で作り出していたからである。


ただ危機感をもていないというときそれは人間の弱点であり心理的なものとしてそうなりやすい、人間は常時危機をもって暮らせない、そんなことしていたら生きるのも嫌になるだろう。だから人間は突然の危機に弱い、奇襲に弱い、突然無防備の所に攻められるのが弱いから相手の意表を突くことが成功しやすいのである。
そして危機意識は常に一時的にもっていてもすぐに忘れる
何かすでに自分は十年間そうして苦しみ危機意識をもたされて過ごしてきた。
何かいつも緊張状態にあった。それが母が死んで介護も終わり気がぬけたようになった
危機感というのがそれと同時にまた元のように何か弛緩したような状態になった
でも危機感をもたない国でも会社でも家族でも地域でもそれが大被害に通じる
原発に対して危機感をもっていないから地域が崩壊したのもそうである。
東芝でも大会社でも人事で内部で権力争いしていて会社自体が危機にさらされる
リストラされる人が膨大になるのだから危機感がないことで社員も犠牲になる


原発事故でも避難した人たちが仮設にすでに小高など5年もすぎようとしている
しかしその一人の女性ではあるがほとんど何の危機感ももっていなかった。
補償金で鹿島区の人が不満なことも知らない、鹿島の人は小高の人が金を使ってくれているんだから良かったのよとかのんきなことを言っていた。
そしてこれから小高に帰るのは嫌だ、どこかで働く所がないかとか聞いてきた。
これも補償金て仮設暮らしでのんびりすごしていた結果危機感もなもるなくなっていたのである。
ただ5年間は補償されて何でもかわいそうだと支援されたきたから支援されるものだとなってしまった。
そこに将来の危機感は全く喪失してしまっていたのである。
将来を危機感をもってイメージすればそんなことでいいはずがなかったのである
つまり人間はどうしても安きに流れるのである。
困難のことを敢えてしたくない、望まない、実際はそうなのはしかたがない
人間は強いられない限り困難なことは苦しいことをしたくない、それを否定できない
でもそのことがのちの災いとなるのである。


例えば求道にしても若い内しなければもうできない、年取ってから信心するのは別であるもう死が近づいたとき死という最大の危機を乗り越える信仰をもつことはできない
それは若いときするべきものでありその時危機感をもって求道して行動しなければあとはできない、年取ってからでは時すでに遅しなのである。
人は若いときは遊んでいればいいとか危機感をもたない、そして享楽の内に青春は浪費されるのでてある。
人間はそもそも常に人が死んでいるのだからそのことに対して危機感をもつ
でも死について危機感をもたないから求道もしない、そしてカルト宗教団体などに時間を浪費して終わる、そこは宗教とは何ら関係ない政治団体なのである。
カルト宗教団体はパンの危機感であり死とか精神的な危機感はゼロである。
いかにこの世のパンを得るかの危機感なのである。パンをもっとよこせというパンの配分の問題である。
そんなことより人間は死ぬ、消滅してしまうということの方が怖いことでもある
でもそういうことより日々の生活のパンのことの方を追及しているのが現実である。


ともかくあらゆる場面で危機感の欠如があり弛緩がありそれが致命的になってゆく
時間がいつまでもあるとか若いときは思っているがたちまち老人になっている
それも危機感がないからそういうふうに考える
時間などあっというまに喪失する、時間に対しても危機感をもっていないのである。
人間は極限られた時間しか与えられていないのである。
とすればその限られた時間の中で何をするかというのが問題になる
享楽的遊んでばかりいていいのかと自問する
時間が無限に与えられていれば緊張感もないし危機感ももていなのである。
そして営業でもビジネスチャンスは生涯で一回しかないと本に書いてあった。
その一回のチャンスをものにしないとあとはビジネスチャンスが巡ってこないというのも本当だろう
人生においてなにごとビジネスでも何でもチャンスは一回しかない
それが人生だった、一回のチャンスに賭けた人が成功してあとはしない
一回失敗したからまたあとがあるというのは危機感がないからそうなる
もしこれ一回切りだとしたら何でも危機感を持ち対処する
そういうふうに危機感をもたないことがかえって危険なものになってゆく
危機感をもたないために国も会社も地域でも滅んでゆくということがある
だからふりかえると危機感をもたないということ自体がそういう生活自体が危機をまねいていたと自分でもふりかえるのである。

タグ:危機感

2016年01月04日

何のために誰のために働いているのかわからない (見えない不特定多数の人のために働く矛盾)


何のために誰のために働いているのかわからないグローバル社会


(見えない不特定多数の人のために働く矛盾)


この社会は働くことを至上の価値としている。だからこの社会で働かないものは最も批判されるべきものであり無職は人間でもないから殺処分すべきだと盛んに言う。
働かないニートなどは最も忌むべきものとして社会のゴミだとしてそう言われる
つまり働くことが至上の社会では当然そうなるのである。
「働かざるもの食うべからじ」なのである。
要するに誰かが働いているからこそ働かないでも生活できる人がいるとなるからだ
俺たちが働いているのにお前はは働いていない、俺たちはお前の奴隷なのかともなる
所が現代社会はグローバル社会であり自分たちは誰々の奴隷だなどと意識できない
ローマ帝国とか何か貴族がいて下級階層がいてとはっきりしていればそういう不満は成り立つ、あいつは贅沢して俺たち毎日あくせく働いてやっと食べているだけだとか目に見えてわかるからである。そういうことでマルクスがその俺たちを奴隷にして働かせているのは資本家だとして攻撃の対象として革命して労働者階級主体の社会を作るべきだとして共産主義社会を理想の社会としたのである。


でも結局今度は中国などのように共産主義革命が達成しても今度は働くのは誰のためだとなると高級官僚とか共産党の幹部のためだとかなる、そうして革命で特権化した階級が生れそれは資本家と同じではないか?
労働者が平等に働いて豊になるということはなかったのである。
そもそも働くということは現代は何のために誰のために働くということが具体的にイメージできないのである。
それはあらゆる働く場所でそうである。一体コンビニでもスーバーでもそこで働くことは誰のために働いているかなど意識しないだろう。
確かに客として来るけどその人を意識して働いているというのではない、小さな町でもどこでも大勢の人のために働いているからである。
だから誰のために働いているということが意識できないのである。
そして何のために働いているのだろう?それも意識できない、わからない、なぜならグローバル化した社会では品物はあなたの身につけている着るものでも外国で作られているし地球規模で労働しているものが提供しているからである。
そういう人たちは誰のために作るなど意識できない、ただ金銭のために働いている
それが何のためか誰のためなのかなど関係ないのである。

だから現代の労働は矛盾している、労働すること自体に生きがいを見いだすことはむずかしい社会である。その成果はすべて金に換算されることによってあるのであり
誰かのために働いたとか私はこうして働くことに生きがいをもつということはまれなのである。労働は金に換算されてしかありえない、どんな辛い労働をしようがすべての労働の価値は金に換算されて計れるだけである。それはマルクスが言って社会の変革をうながしたのだがそもそもグローバル社会になればどっちにしろ誰のために働いているかなどわからない

誰かのために働いているというのが明確なのは子育てとかである。母親は明確に自分の子供のために骨身を惜しまず働いている。食事を出したりいろいろと子供の世話をする
それは親の愛でありその労働する対象が明確なのである。
そういう労働は明確であり子供はたいがいは親に感謝する、それは子供でもともかくわかりやすいからそうなる、自分は特に60までそうしてくれたから特に感謝しているから介護もしたのである。介護は恩返しだったのである。
でも自分のために働いていくれる人にそうして親のように感謝したりしない
それはすべて金で換算される、金を与えてそれで終わりである。感謝などしないのであるもちろん働いている人もある特定の人を意識して働いている訳ではない、その報酬はただ金で換算されて金が労働の報いなのである。
だからすべて労働の価値は金で換算されるしそれ意外はないのである。
もらう金が少なければ価値がない労働だというだけである。
でも子育てとかの労働は特定の人のための労働だから金には換算できない労働である。
そして苦労して貧乏で子供を育てたというときかえってその労働の価値は高くなる
子供は親の背を見て育つというから親に感謝する度合いが高くなる
自分の母親は霜焼けで苦しんでいた。そのことで今になると感謝している
それははっきりと誰のためかということがその時はわからなくても後でわかるからである


現代の労働の矛盾は自分でも今回の津波や原発事故でも体験した。
自分が病気になり苦しい身体障害者になったとき誰も同情しない、誰も自分のために働いてくれなかったのである。
その時家に来た人は借金に追われてパチンコ屋で働いていて自分の家に来て一切なにもしない、皿一つ洗ってくれなかった。
そして二三分で帰ってゆくだけだった。その時バチンコ屋では懸命に働いていたのであるそういう事情があったからしかたないとういう面はあった。
そして一方で原発で避難民化した人が何千人と来てその人たちは暇になりパチンコ屋におしかけたのである。
自分が病気であり身体障害者となったことに全く考慮されない、その人が働くのはパチンコ屋であり避難民はパチンコ屋で遊んでいたのである。
つまり肝心の自分という病気であり身体障害者であるものは無視されてパチンコ屋で遊ぶ人のために働いていたとなる。
だからこの時そのパチンコ屋で働く人にもパチンコをしている人にも腹がたった
それは一体誰のために働くのかということが矛盾として具体的に現れたからである。
だから自分はその時思った。

バチンコする人のために働いているのだからパチンコをしている人にたすけてもらへ

このことはまた東京の親戚の人にも言えた。自分はあまりかかわらないからその人も全く自分がどういう状態にあるのかもわからない
ただ金だけが欲しい人である。それも権利はわずかでもあったので払うことはいい。
しかし自分がその時どんな状態にあったのかを全く無視しているのである。
そんなことを聞きもしないで金だけをくれとなっていたのである。
そして私はエステで働いているからそこは厳しいからすぐ帰らねばならないとその女性も話す暇もなく帰ってゆく、そんならこちらも

あなたはエステのためにそんなに働いているのだからそのエステをしてやる人に助けてもらへ

つくづくそういう労働の矛盾が自分に具体的に現れたのである。
要するに金になればいい、金に換算される労働しか今はないということである。
不思議なのは一方で医者とか看護師とか介護士とかは具体的に人間とじかに接して働くのだから感謝されやすい、特に看護師は一番感謝されやすい職業なのである。
看護師は重労働だからしたくないというけど一番感謝される職業なのである。
そういう職業はグローバル社会ではまれなのである。
昔の狭い地域社会だったら何か労働の対象が狭い範囲だから誰のためにとか何のために働くか意識された
自給自足社会ではそうである。そしてその土地のもので暮らしているからその土地の自然に感謝していたのである。それが信仰にまでなっていたのである。
それが広域化グローバル社会なると米すら外国から入るとなるとそういうこともなくなる自分の家ではまだ木材でもこの土地でとれたもので作ったからそれを自慢していた。
損なことも今はない、建て売りだと家を造る人も土地の大工ではない、みんなよそから来た会社の人たちなのである。
だから故郷という意識もなくなって故郷に未練がなくなり原発事故を契機として若い人たちは流出した。それは故郷に愛着がなくなっていたこともある。単に放射能が怖いからだけではないのである。


いづれにしろ「働かざるもの食うべからず」となるけどなぜ働くのか?誰のために働くのか?何か労働がただ金に換算されるだけの社会はマルクスの疑問のように大きな問題なのである。なぜなら毎日人は働いているからである。その働くことに意義が見いだせないのである。すべての労働は金で換算されるだけであり金を多く得るものが価値があり金が多くえられないものは人間的にも価値がないとされるのである。
だから無職は現代社会ではあってならないものと批判される
それは誰かが働くことによってお前が働くなくていいからだとなる、ところがその誰かとは誰なのだとなると不特定多数でありわからないのである。
一番自分が働いてもらいたいときに誰も働いてくれない、こういう矛盾を自分は体験したそれは生死にもかかわるということもあった。しかしそれでも金のために他で懸命に働いていたのである
別に自分は金はあったから与えることができた。現実に与えていたのである。
広域化グローバル社会の経済の矛盾はいろいろある。いい面もあるしまた悪い面もありそれがこの辺で自分の一身上で具体的に矛盾として現れて自分が苦しんだのである。
グローバル社会とはもしいい面があるとしたらアフリカとか飢えている子供などがいればその人たちを助けることなどがあるだろう。そういう遠い世界でも金が有効に働くということがある。そういう利点はあるが一方ですぐ近くでも助けられず放置されているという矛盾もグローバル社会にはある。
ともかくこの辺では様々な矛盾が露骨に具体的に現れた所なのである。



posted by 老鶯 at 22:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2016年01月05日

人間の最後に伝える言葉は重い (遺言は書面でなくても実行しないと怖いー認知症でも正気になることがある)


人間の最後に伝える言葉は重い

(遺言は書面でなくても実行しないと怖いー認知症でも正気になることがある)


『なくなる前にあなたにあげると言われた財産・・・』

『口頭で伝えられた場合、有効になるのだろうか・・・』

『これは私が受け取ることができるのだろうか?・・・』

遺産相続の場面でよく問題になるのがこの口頭での遺言です。遺言は書面で残すことが原則とされ、「口約束」での遺言は遺言とは認めらません。しかし、まったくの無効ではありません。


この世の中すべて法律では問題は解決しない、確かに「口約束」とか破られやすい、だから絶えず文書で証書として残すことが必要になる。
ただ人間は証書だけではない、何か人間は最後に死が近づくと何か言い残してしてもらいたいことを言う、盛んに言うことがある。
認知症の人でもそういうことがある。認知症でも死ぬ間際とか正気になるし一時的にも正気になることがある
それがまた認知症の不思議である。
人間は死に近づくときは認知症になって何もわからないから無視していいともならない
そして遺言は法律的に有効かどうかの問題だけではない、法律は別にモラルを実施するわけではない、つまりモラル的に見れば別に口約束とかでも一旦約束したことは実行しなければならない、それを証明するものがないにしろモラルはそうである。
またモラルは強制はされない、罪を犯すなといってもそれを強制はできない、良心が問題になるのであり良心にはじることはするなとなる
別に良心にはじることをしても法律的に罰せられることもないことは多い
だから法律で罰せられない人は非常に多いのである。


遺言というとき何か書面ばかりだと思っているが人間が死に近くなると何か言い残したいことがある。それが母にあった。
死が近づいたとき入院する前に大声で「いくらいくら金は孫にやれ」と言ったことに驚いたのである。
それは最後に力をふりしぼって言ったのである。
それはただ口伝いだから守らなくてもいい、正式な遺言でもない、でもその大声で言ったことに恐怖した。その最後に言い残したことは死が近づいたときに言い残したことには重みがあると思った。
そのことを言ってあと一カ月くらいで死んだからである。
その額は少ないからそのことを孫に伝えて了承してもらった。
それは別に書面ではないし法律的にも権利があるわけではない、でもその最後に言い残したことは重い、恐怖も感じた。
それを守らなかったら死者になっても恨まれるという恐怖を感じたのである。
その額は少ないしそれで孫にも了承してもらったから良かった。
自分は孫には払うつもりがなかったが払うことにした。それは孫にも事情があり払いにくいことがあったからである。

母が死んでからもその最後に言い残したことは無視することができない、つまり死を間際にしての人間の言葉は重いということである。
それが書面でどうだこうだとかではない、それを裏切ることは怖いことだなと理屈ではないものとして感じた
ただ自分としてはその額が少ないから了解したともなる
その額が大きいとやはり人間は欲があるから実行できないとなる
額が大きいものになればそれは法律的な処置が必要なのである。
いくら死ぬ間際でもそれは実行されないことがあるから書面にして残せとなる


とにかく死後の整理はめんどうである、それは金にかかわるものである。
自分の場合は兄弟とかいろいろ係累がほとんどないからむずかしいことにはならなかったこれが兄弟が一人でもあればめんどうになる
一人兄弟はいてもすでに事故で20年前に死んだ、その孫が生きているので母は最後にそのことを伝えたのである。
ただ自分には死ぬ間際にその最後の力をふりしぼって伝えたことは無視できない、それを実行しないと恨まれるから怖いと思った。
金にまつわることで何か恨まれることがあると人間は怖いと思う
だから何か良からぬことで金を得てもそれが怖いと思う、その金で誰かの恨みをかうとなることは怖いことである。


最後に自分に死ぬ間際に「ひどい娘だ」と言い残して死んだ女性がいた。
それは親戚の女性だけど家で交際していない、その女性とも交際していないから子供のときあってからもう40年とか会わなかった。そしたらその女性はまるで変わった人になっていたのである。
その「ひどい娘だ」と自分に言い残して死んだ女性は母であり別にいじめたわけでもない、良くした人だった。血のつながりはないにしろその娘には尽くしたのである。
そしてその娘が自分の家に来て叔母にあたる母に信じられないことを言って狂気のように去って行った
そのことで「ひどい娘だ」ということを自分も認識した。
でもその女性は全くいい娘だと世間に装っているし誰もそんなことを思わない
でも何か人間が最後に言い残す言葉は重いなと思った。
いくら装っても偽っても人間が最後に言い残すことは忘れられない、重くしのかかる。
だから介護でも恨まれるようなことがあると困るから苦しくても耐えねばならないということはある。でもこれも限度があるが何か人間の最後はやはり重いものとなることは確かである。

タグ:遺言
posted by 老鶯 at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 福祉医療-老人問題

2016年01月06日

抽象画(春のイメージーimaging spring)



抽象画(春のイメージーimaging spring)

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明るい街

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日本の複雑な地形

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複雑な流れ

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花の波紋


春といえば春になるのか?最初の日本の複雑な地形は何か具象画と通じている。
抽象画は要するに自由なイメージの世界なのである。
これが複雑な地形といえばそうなる、日本の地形は一番複雑であり多様だと思う
そこに日本の面白さがある
日本は狭い国だけどあきないのはそのためである。


とにかく抽象画は変化の芸術だからその種が尽きない
前に作った自分の抽象画を変化させると新しいものになる
photshopでさらに変化させることができるようになったから増えるのである。


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何かを負債を負っていたら人を助けることはできない (借金している人が保証人になれのか?)



何かを負債を負っていたら人を助けることはできない


(借金している人が保証人になれのか?)


その人は事業に失敗して相当な借金をしていた。十万とか借りるのではない軽く何百万とか要求する、そういう人とつきあうとどうなるのか?
そのこと自体本当に怖いことだった。
病院の入院とか手術の保証人になってもらったがそれをふりかえると不思議である。
一千万借金がある人が何であれその人の保証人になるとどうなるのか?
そもそもそんなことができるのか?
私はあなたの保証人になったのだからその私の一千万の借金の保証人になってくれとというのと同じではないか?
一体そもそもそも借金している人が何かの保証人になれるだろうか?
何か負債を負っている人がそもそも人を助けることができるだろうか?
キリスト教で負債を負ってはならないというのはそのことだろう
何か借金でも負債負っている人は人を助けることができるだろうか?
すでに借金している人は人を助けることなどできないし何の保証人にもなれないかもしれない


ただこの世の中は法律でも何でも抜け道があり別に借金していようがなにしようがそんなこと知られなければ保証人になっている人はいるしいい加減な所がある
その人は多額の借金をしているのだから何か人の保証人とか何か人を助けることなどてきない
それで借金のために遊女にされたりすることかあった
その人はそれと同じような状態になった、自分が弱り苦しいときがチャンスとやってきていろいろ言って何かしたら特に保証人になったとき借金を要求してきたのである。
それは断りにくい、その人は自分に助けてもらいたい方なのだから助けようがないのである。
だから何か負債を負っている人は借金している人は人を助けることなどそもそもできない多くの犯罪は借金から起きていることもわかる

借金している人とつきあうことは犯罪者とつきあうと同じである

でも借金している人はわからないのである。あの人がいくら借金しているなどわからないのである。
少ない額だったらいいが事業で失敗したような人は額が二桁も違うから怖いのである。
聖書で借金した人を王が許したというが一体どうしてその人が借金したのかを知るべきである。
ギャンブルで借金している人もいるしいい加減なことで贅沢するために借金している人も多いのである。
そんな人の借金を許したならどうなるのか?
その人は一時的にでも奴隷にされてもしかたないことなのである。
そういう人はその人の負債なのに他者に負債をおしつけるのである。
それが自分が弱っている時押しつけてきたのである。
お前の入院保証人になったから一千万の保証人になってくれとまでなっていた
最初はそんな人だとは思わないからそんなことを思わなかったのである。
だから借金の多寡もあるが借金している人は犯罪者になりやすいし犯罪者なのである。
そんな人がどうして人を助けることができるのか?
他者の保証人になれのか?でも現実になっているのも世の中である。
要するにこの世の中は法律でも悪用されるようにいろいろめけ道がある
だから保証人というのも別にそういう人でもなっているのである
弁護士がかえって法律を楯にして利権を得るのもそのためである
会社などに雇われれば第一に会社の利益を優先しなければならない
そこには会社の利益追及しかない、法律を楯にした用心棒みたいにもなってしまうのである。


事業に失敗した人はもともとは悪い人ではなかった、若いときはいい人だったというから本当だった、それが事業に失敗して借金したときモラルが崩壊したのである。
ただそのことを悪いとか犯罪者などと思っていない
もちろん罪だとも思っていない、自分を苦しめたとも思っていない
その人は自分の借金をなんとかしたいということしか頭にない
だからまず人がどういう状態になるなど関係ない
相手が困っている弱っているというとき借金するチャンスになる
その人の問題は借金の額が大きいことなのである。
普通底辺層は十万とかの貸し借りであり百万となると大金になる
でも事業している人は百万とかは小金になってしまうから怖いのである
十万ならくれてもいいよとかなるが百万一千万となると簡単にはいかない
自分もそんな財産家でないからである。
だからそういう人とかかわることは怖いことになる
現実に自分の全財産を奪いとろうともしていたからである。


いづれにしろ極力借金だけはするべきではない、安易に借金することが問題なのである。もちろん事情を聞けば借金もすべてが悪いものではない、病気になったから借金したとかあり事情による。
ある人は底辺層だけどいろいろどうしても貸してくれというとき額が小さいしいちいちその訳を言うので貸さざるをえなくなった。結局くれてもいい額なので返されないこと前提に貸したのである。
ただ額が少額なので許すことができたのである。
でも金の貸し借りはめんどうなことだなとつくづく思った。
そんなことにかかわらなかったから自分は良かったのである。


とにかくその人が思っていることは自分に対しては金があるのに貸してくれない冷たい奴だとしか思っていない、自分が恐怖したことなど何の関係もない
そんなデリケートな心があったらそんなことしない、まずその人には人に対して何か横柄なのである。
そういう人の心を無視するような人がどうして事業が成功するのかともなる
ただ自分がもうければいい、他人の心などどうでもいい、自分が金をもうければいい、それしかないのである。相手は金儲けの道具でしかない
事業の理念といえばそれしかないのである。他人は金をえるためのものでしかない、
もちろんそういえは今の世の中みんなそうだとなるが全然知らない人間でもない
前の代から関係がつづいていたのである。
人間は結局金の貸し借りなど金をめぐってありそれで人間関係も破綻する
最後は「金の切れ目が縁の切れ目」だということをつくづく体験したのである。
人間の関係はそんなものだということが昔からそうだったともなる



借金と嘘は必ずと言っていいほどセットになってるようです。

借金する人の金銭感覚はどうなっているのでしょうか? (1/2) - 恋愛相談 - 教えて!go
お金も無いのに見栄を張る→借金して自分の嘘(見栄)を隠す

→自分の体面が保てたことに満足する→更に見栄を張る


借金する人の金銭感覚はどうなっているのでしょうか? (1/2) - 恋愛相談 - 教えて!go
こんなどうでもいいようなことで、何でそんな小さい嘘をつくの?
って感じの嘘が多いのも借金癖のある人間の特徴なんですよ。

借金する人の金銭感覚はどうなっているのでしょうか? (1/2) - 恋愛相談 - 教えて!goo

借金癖がある人間は、■まず嘘つきで■見栄っ張りで■何かあると
人のせいにします。

借金する人の特徴



これがあたっていた。
その人は頭がよくても技術をもっていてもそういう人だったのか?
嘘をつくことと借金がセットになっていることは確かである。
頭がいいとか技術をもっているとかでも人は判断できないのである




タグ:借金
posted by 老鶯 at 15:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 福祉医療-老人問題

2016年01月07日

山眠る(この辺は住んでちょうどいい規模の街)



山眠る(この辺は住んでちょうどいい規模の街)

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我が町は灯のともしきや眠る山

母死して今安らかに眠る山

駅淋し二両の電車や眠る山

我が町は枯野の広く暮れにけり

樹数本津波の跡は枯野かな


眠る山というとき今は都会でもどこでも眠らずに活動している。自分は都会には住めない人ごみとビルの谷間では暮らしたくない、あういうところで良く暮らせるものである。
若いときはいいにしろ年取ればいやになるだろう。
もちろん都会に都会の良さがある、でもそこに安らぎはない
この辺では相馬市というと何か淋しい、原町はもともと繁華な感じになっていた。
その中間の鹿島とかはずれた小高とかは淋しい枯野が広がる地域だった。
何か自分にとっては枯野が広がっているような風景があるのがいい
原町ですら嫌な感覚になるのだ。

自分にとってはちょうどこれくらいの規模の街が住みやすいのである。
飯館村とかなると住むとなるとかなり不便になる、第一車がないともうそこは住めない
買い物もできないからである。飯館村などは千軒家を壊したから一体そこに新しい家を建てる人がいるのかとなる
現代は便利な社会だから飯館村とか限界集落のような所は消滅しやすいのである。
この辺はまだ常磐線があり六号線があり東京と通じていて市もあるからそれなりに便利であり住みやすい場所である。

そして今は外部から一万人くらい工事とか除染関係で人が入っている、それでダンプがひっきりなしに通るので危険なのである。一方でそのために活気があるというのも矛盾である。
こんな状態がまだ何年つづくのだろうとなる、工事とか除染が終わったら相当にさびれてゆくのも困るともなる
自分にとってはこのくらいの規模なのが住みやすい、都会化すると嫌なのである。
この辺では飯館村があるということも何か安らぎの空間を形成していたのである。
その飯館村の空間がなくなったわけではない、だが人が住まなくなるということはやはり今まではとは違ったものとなる、飯館村といってもそこに人が住んでいて価値があった
人が住まない村となると何なのだろうとなる


二両の電車が往き来しているがこれも人間的なのである。
やはり機械でも小さいと人間的になることがわかる
二両の電車は何か人間のように見えるようになっている
十両とか新幹線とかなると人間からはずれたものになる
巨大化すると何でも親和性がなくなってくる
いづれにしろ冬は山眠るではあり本当は休息の時期である。
自然のリズムで生きればそうなる、今はそうした自然のリズムがない
絶え間なく活動しているから精神的にも疲れるのである。


母が死んで今は苦痛もなく安らかに山は眠っているとなる
生きている限りなんらか人間は苦をもって生きることになるのだ。
死んでやっとその苦から解放されたのである。

タグ:山眠る

原発利権が国家的損失を生んだ 「日本の聖域」ー選択を読む



原発利権が国家的損失を生んだ


「日本の聖域」ー選択を読む


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 原子力村→利権化→原発事故

 原発→アメリカのGEの利権化→原発事故

 原発→地元の利権化→原発事故

 放射能汚染調査→被爆村→利権化→徒労、無駄

 除染→原子力機構→ゼネコンの利権化→効果なし


 なぜ原発事故が起きたのか、そのことを追及してきた。この本にもそれがまとめられている。これは雑誌「選択」で追及されてきたものである。
要点がわかりやすくまとめられている。
要するにあらゆるものが利権化するとき事の本質がゆがめられそれが災いを生む、原発事故もそうした様々な巨大な利権化がもたらしたことはいなめない
利益になればいいとしていろいろな不都合なことが見逃されてきた。


原子力村は原子力利権の巣窟でありそこに大学や学者や官僚や政治家が集まり利権化して政府の金が、国民の税金が湯水のように使われるのである。
安全神話」を作ったのもそういう人たちである。科学者の良心などもない
利権を得ればいいというだけになる。肝心の原発の安全は追及されないのである。

それは原発の原子炉でもアメリカのGEが作ったものでありこれもアメリカのGEの利権と化していた。GEでは外国のことだから安全をあまり計らない、古いものでも売ればいい、利益になればいいとなっていた。
そして製造者責任が追及されない法律が日本で作られていたのである。
それはアメリカの圧力でそうなっていたのだから日本は未だにアメリカの植民地であり属国から脱していないということでそうなった。

地元の利権化もまたそうである。漁業権をもっているだけで補償されていた、その額は大きなものだった。漁師が海を独占してその利権で海を東電と政府に売り渡していたのである。この辺の漁業は零細であり漁業だけでは生活できない、農業もそうなっていた。
でも農業にはそんな利権はなかったのである。
今も漁業者には海の汚染で交渉する度に補償金が増額される
それは海を守るというものではなく海を我が物として利権を得る構造になっていたのである。
「海を汚染するな」と交渉して利権を補償金をゆするようなものである。
そして海が汚染されて魚も食べられなくなったのである。
一番新鮮な魚を食べていたのは地元の漁師である。二三日すぎた魚は食べないと言っていたからである。
そして魚をとらなければ俺たちは何なのだとも言っていた。
でも別に補償金が出るのだから生活には困らないのである。
それも何か今になると勝手だなとつくづく思う
原発の利権が巨大だから地元でも漁業者だけではなく利益にあづかりその利益のために安全神話を地元の人たちも作り出していたのである。
原発に勤める人たちは金になる、すると安全のことより利益が大事になるからだ。
それでそういう人たちは「原発は安全だ」と言うから回りの人たちは何も言えなくなるのだ。
人間は別に原発だけではなく利益なればどんなことでもする。それで殺人にもなっているからそれは今でも利権で利益で人間は動いている。
毎日金を得るために血眼になっているから別に特殊なことでもないのである。
でもその利権とか利益を追及するだけだと社会をゆがめ回り回って自分たちも被害が及ぶということである。

放射能汚染調査でも実際は効果ないことが税金の無駄だというときそうである。
健康調査が福島県全域で成されたがその回答率20パーセントでありいい加減な答えであり何ら科学的調査に値しない、自分も記入していない、回答していない、あれも相当に金かかっていたのである。
それも何のためにしているかもわからないのだ。なぜならそんなことで放射能汚染されたことなどわからないからである。
そして除染自体は壮大な無駄でもあるとされる、除染の効果がないし、いい加減な除染しかしていないという、専門家ししているのでもなく普通の土木作業員がいい加減にしているだけであると書いてある。
それで利するのはゼネコンでありその利権にあづかる人たちだけなのである。
肝心の放射能汚染は何ら解決していない、ただ除染しているふりをしているのかともなる一応毎日何か作業しているとは見ていてもそれがただ除染しているふりにすぎないかともなる
それほど原発事故の後の処理でも膨大な金が何兆円とかの金がかかって前金の無駄だともなる、そんなことが何十年もつづくのだから原発は膨大な国家的損失でしかないとなる


現実に南相馬市立病院での体内被爆の検査も有効であっても機械の問題でできない、機械をそれほど高くもさせないというのも理不尽なのである。
被爆村の学者や団体がその検査をはばんでいる、研究者は実際の体内被爆の検査をしようとしないという、これでは体内被爆を恐れている子供をもつ若い母親が地元に帰らないというのもわかるという。
チェルノブエリでは十年後に甲状腺ガンが増えたから十年後には増加するというのも子供をもつ母親にとっては怖いから帰らないのである。
ともかく膨大な利権のための税金の無駄が原発であり実質的効果はあまりにも少ないのである。


この利権化の構造は原発だけではないこの本では他にもいろいろ追及している。
この利権化構造が社会を国をゆがめそれが国民に害悪もたらすから怖いのである。
この辺で「飯館村」とかが喪失したことは都会を失うより貴重なものが失ったとも思う
都会はむしろなくなってもいいがそうした自然と調和した村の方が自分は貴重だと思っていたからである。
そういう村を消失させた責任は相当に重いはずである。もちろん現代は原発事故がなくても限界集落化してそういう村は消滅してゆく
それが日本にとっていいことなのだろうかということの疑問がある
そもそも東京という大都会を維持するために東電がフクシマに原発を作ってその結果としてフクシマが被害にあったのである。
東京という巨大都市の犠牲になったのがフクシマであり飯館村のような自然と調和した村だったともなる
大内村は原発に近くやはり三分の一が原発で働いていたけど飯館村は遠いからそういうことなかったからである。






タグ:原発利権
posted by 老鶯 at 16:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2016年01月08日

雪の花(西村計雄の絵は抽象画的に変化させやすい)


雪の花(西村計雄の絵は抽象画的に変化させやすい)

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北国の冬の窓




これはこの人の絵を変化させたものだから何かしら著作権として問題がある。
ただこんなふうにパソコンで変化させられるというのも意外である。
つまり抽象画には意外性がある。
どんなものが生れるのか自分ですらわからない
変化させてこれが面白いとなるアートである。

この人は北国の人、北海道の人だから寒々とした風景を描いているから今の時期にはあっている
まずこんなふうに変化するということは想像つかないのである。

元の絵は教会だったからである。でもなにか元の絵を見ると著作権の問題がある。
ただ月を省いて雪の花にしたときはもう元の絵はわからないから著作権は問題にならない月がでていると元の絵のことがわかるから問題なのである。







タグ:雪の花

2016年01月09日

卒塔婆峠についてコメントありましたので答えておきます



卒塔婆峠についてコメントありましたので答えておきます


卒塔婆峠は前は道として確かにあったけどその後道が埋もれてわからなくなった
江戸時代もありこの道は飯館村と玉野村を結ぶ道だった。
それは南北朝時代からつづいていた古い道である。

逃げ延びてきた十三名の落ち武者を村人が殺めるという事件があったそうで
その後、供養のため峠に卒塔婆を立てた事からその名が付いたとか??

その根拠はどこにあるのでしょうか?

南北朝の争いで霊山城が炎上したとき落ち延びた桑折氏は山王権現を信仰していた。
約十三人は宝財踊りと名付けて姿を変ずること左のごとし

柄杓廻  顔を染め短衣をつけ
子供懐抱  芋屑頭巾を冠り顔を隠し女衣つけ子を抱く
山伏  顔を染め
獅子
笊下冠
道心坊  顔隠し
座頭    顔を隠し
笛吹

このように変装したのは落ち延びるためにそうなった。襲われることを恐れて変装した。
十三名というのは落ち延びた武者のおよその数だった。だから卒塔婆峠で殺されたというのはそういう数が伝えられていたからである。
十三名が殺されたわけではないだろう。
山王権現は玉野村から山上村にも祀られている。山王権現は野馬追いの旗印にもある。
玉野村から二手に別れて落ち延びたのである。

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この旗印の武士は日下(くさか)となっている。山王権現を受け継いできた姓なのか?
日下石(にっけし)は別である。


落武者伝説は各地にあるけどこれは明確な歴史として残されている、宝財踊りで顔隠しということがあるからやはり武士としての身分を隠すものだったのだろう。
要するにそれほど襲われることを恐れていたからこういう変装をした
それで落武者が殺されたという伝説にもなる、落武者狩りなどもあったのかもしれない

その時郡山の多田野村から移った武士がいてその末裔が同級生だったことに驚いた。
南相馬市の鹿島区には只野、但野という姓の家が本当に多いのである。
その人はお浜下りのおつづら馬を担当してきたという。
つづらをのせた馬のことであり重要な役割である。
これも不思議な縁起だと思った。鹿島区の街内も古い場所であり古くから人が住み着いた場所である。自分の近くの神社に天明の碑があったことでもわかるからだ。
鹿島神社の脇の墓地には安永の碑もある。

落ち延びてきた武士を村人が殺すということがあったのか?それは戦国時代ではあった。
明智光秀などが村人に殺されたのは村人が手柄としてその首をもって報償にあづかるたである。ただ南北朝の争いは複雑であり誰が敵なのか味方なのかもわかりにくい
そういう中で村人が襲うということがあったのか?
それでもそれだけ恐れていたからこれほどの変装して霊山城を逃れてきたのである
それが祭りとして残ったのもその落ち延びる時が恐怖として残り記念として祭りとなったのである。

ここのサイトでは樅の木に注目していた。自分も隠れたように重厚な樅の木を発見した。
やはり相当な樹齢の樅の木であり貫祿があったので詩にしたりしたのである。
道のマニアとか廃線のマニアとか廃墟のマニアとかいるようです
こういうところには何かかえって魅力を感じるのも現代である。

お浜下り

参照したプログ

タグ:卒塔婆峠
posted by 老鶯 at 11:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)

武田信玄はなぜ天下をとれなかったか? (天の時は地の利に如かず 地の利は人の和に如かず)


武田信玄はなぜ天下をとれなかったか?

(天の時は地の利に如かず 地の利は人の和に如かず)

武田信玄が人は石垣、人は城としたときこの原理に従って言った。人の和が一番大事だから城はいらないとした。
そして滅亡したのは肝心の人の和が家臣団の和が崩れたためだとなる。
次の代の勝頼は家臣団をまとめることができなかったためだという。
人の和というとき中国は巨大だから必ず分裂して三国志が生れた。大きすぎて一つになる、和を作れない国である。それが弱体化する原因である。
日本は一億総なにかとか一眼となってまとまるから小さい国でも強いとなる。
和の力が働きやすい国である。


でも国の興亡でも人でも家でも何でも一つの原因で決められない、様々な要因があり一つではないのである。
武田信玄には何かそれがみんなあてはまる。地の利というときこれも山国であり外の情勢にうとくなる。山に囲まれているから閉鎖的になる。それは会津ともにている。
だから直江津の港から海に出たいということで謙信と戦ったということもうなづける。
今でも直江津は船がでているし自分もその船に乗ろうとしたが乗れなかった記憶がある。戦国時代地の利というとき一番信長もっていたのである。京都に一番近い距離にあったこともそうだし海に面していたのもそうである。
京都に近いから近江にその居城、安土城を作ったのもそのためである。
歴史的人物が生れるにしても地の利というのは影響している
どんなに傑出した人間もその人の力だけではなりえない、地の利の制約を受けるのであるだから政治は地政学であり地の利を基にして考えねばならない


ロシアは武田信玄のように海にでるための港を求めた。それでロシアはシリアに固執するのは地中海の港がありそこを海に出る拠点にしようとしているからである。
その前にはだかるのがトルコになっているからEUは地政学的にトルコと組みトルコを重視すべきだったというのもわかる。
世界でも世界史でも地の利がわからなくして理解できないのである。
そして日本国内でも地の利というのが一番わかりにくいのだ。福島県自体も広いからわかりにくい、この地の利で何か必ず誤解が生れてくるのである。
一つの県から地の利がわからないのである。東北はなんとかわかるがそれだって岩手県なども広いからわかりにくい、他でも一つの県から地形を具体的にイメージできないのである。
イメージしやすいのは奈良とか近江はイメージしやすい、奈良は平地を山が囲む広い盆地であり

やまとはくにの まほろば たたなづく 青がき 山ごもれる 大和しうるはし


近江も中心に琵琶湖があって山が囲んでいるからである。そして近江は東と西の境目である。
関が原を境にそうなっている。関が原を越えると近江であり景色も何か穏やかな感覚になる。そして関が原が天下分け目の戦いの場であるというのも地の利のためだった。
必ず春にゆくと関が原は雪が残っている地帯である。
そこが西と東の境目としてふさわしいのである。東(あづま)は関が原からはじまる地域だった。ここで西の文化と東の文化が別れる地域だった。
それで伊吹山でヤマトタケルが死んだ山でありここを境にして壬申の乱があり西と東の勢力がぶつかる地点だったことでもわかるのだ。


いづれにしろ武田信玄は天の時、地の利、人の和からみるとそれを象徴している人物なのである。
人の和があっても人の和が崩れ地の利が京都から離れて山国で天下を見るには不利であった。そして天の時も逃したのである。
天下をとるにしては謙信との戦いで時間を消耗した、結果的に天下とりに出たのが遅くすでに50をすぎて病気にもなり天の時を逃して挫折した。
人間は今でも個々人でも組織でもそうだろう。天の時、その人の人生でチャンスがくるのは一回しかない、それを逃すともうチャンスは永遠に来ない
ビジネスでも営業でも一回のチャンスをものにしないとあとは契約がとれないともある。それはどんな分野でもそうである。チャンスは何度も来ないのである。
恋愛でもチャンスは一回でありその時しないとあとはできない、つまり十代とか二十代の前半くらいまでしかできない、求道でも若い内しなければ年取ってからできない
若いとき放蕩したりすると老人になってもひびく、真善美を求められなくなる


結局ここの人間であれ平凡な人間であれ一つの教訓を残してみんな死んでゆく、武田信玄も英雄にしてそうだった。
死んでからこの人はこうだったああだっとかいろいろ批評する、そこには必ず教訓を残しているからである。それは平凡な一生でもそうである。
なぜその人はもっと何かをしていればよかったとかなぜもっと遊ぶということもしなかったのかとかなる。
それは時代を反映していたのだけど戦前生れだと働くばかりだったのはそういう時代だったからである。
でも戦後の団塊の世代になると遊び上手になる、近くの人が58才頃からスキーをはじめたというから驚きである。ピアノもしているとか趣味をもつようになった。
でもすでに65才くらいになっていて良くできるなと感心した。こういう人が戦後生まれには結構多いのである。そこが戦前生れと違うところである。


人間はただ長生きしただけで天の時を得ることがてきる場合がある。徳川家康は長生きしたから天下が自ずとれたともなる、武田信玄も長生きすれば違っていたのである。
才能がなくても長生きすればそれなりのことがてきる、才能があっても早く死んでしまうとできない、そういうことは個々人の人生でも家族の中でもある
母は百才まで生きたがそれが家族の中では意味ある価値あることだった。
もちろん長生きして意味がなく価値がなくなる人も多いし現代ではその方が多いから問題なのである。
でも才能を伸ばすのには長生きしていた方がいいとなる、凡庸な人間でも長生きして積み重ねるものがあればそれなりのものになりうるからである。
一方で天才的人物は別に長生きでなくても成果を残す、天才が短距離走だというとき短距離は努力してもなれない、生まれつきのものであるからだ。
マラソンはそうではないというとき平凡な人にも向いているというときスポーツでも生まれつきだけでは決められないものもある
大器晩成というけど平凡な人が長く時間をかけてやればそれなりのものになるということであり別に大器だからではないのである。
だから高齢化社会は平凡な人の才能が華開く時代だともなる
多様な才能が華開く時代だともなる、それが高齢化社会のプラスの点でもある


タグ:武田信玄
posted by 老鶯 at 17:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題

2016年01月10日

『百年の計、我にあり〜知られざる明治産業維新リーダー伝〜』 (別子銅山の改革に邁進した明治の偉人がいま蘇る! を見て)


『百年の計、我にあり〜知られざる明治産業維新リーダー伝〜』

(別子銅山の改革に邁進した明治の偉人がいま蘇る! を見て)

広瀬宰平と伊庭貞剛。2人は一企業のみならず、国家百年の計を見据えた改革を次々と実現、それは明治日本の産業維新とも言えるものであった--。


このドラマで広瀬が主張したのは一企業のためではない、国家のためにということがモチベーションとなっていた。
それは明治はみんなそうだった。異常なほどに国家を意識せざるをえない時代だった。
政治のみならずあらゆのる分野で国家を意識して国家をになって生きていた。
エリートは特にそういう責任感をもっていた。だから留学した人たちもそうであり英語ができなくて自殺した人もいたというときそれは国家によって派遣されていて国家意識が強いからそうなった。
明治はなににしろ国家を意識せざるをえない時代だったのである。
内村鑑三が二つのJのためにというときJAPAMが入っていたのである。この時も愛国心が大きなモチベーションになっていた。
国家が意識されるから愛国心ももっている。それは一企業でも国をになっているという意識がありみんなそうだった。まず国家の一員でありそのあとに付属していろいろなものがあった。国家が最優先であり結果として天皇が重きを成したともなる
それは明治だけではない日本は大正から太平洋戦争の敗北まで国家が最優先である社会だったのである。


産業でも絹織物が輸出産業となり全国で生糸の生産が農家で行われていた。
養蚕は農業でもあるから日本の主要産業となった。今でもいたるところに兜屋根とか二階で養蚕をした家が残っているのはそのためである。
そして戦争に負けた結果、今ではその絹織物産業で働かせられたのは国家のためでありそれは戦争のために武器を輸入するためだったとか批判されている。
絹織物産業も国家の指導のもとに行われていたのである。
その是非はともかく企業でもそもそも明治から国家なくしてはありえなかったのである。自分の母親も原町紡績で十年間働いていた。原紡としてこの辺では有名だった。その工場の門に引き込み線の写真があり鉄道で運ばれていた、原町駅は平駅と同じく機関区になっていて木材とか石とか物資が東京に運ばれていて栄えた。それは全国でそうなっていたのである。

そこで興味深かったのはフランスの技術者を呼んでいたのだがその人には設計図だけを作らせて広瀬宰平は日本で自力で作るべきだとフランスの技術を呼ばずになしとげる。そして鉱山技術を学ばせるために塩野門之助(浅利陽介)を留学生として派遣した
あとで外国の石炭を輸入すべきだというときも日本の自力で行うべきだと反対してさせなかった。それで塩野はやめたのである。
これも当時は国家を意識して日本人だけでやりとげるのだという自立心は結局明治維新を成し遂げた独立心に通じていたのである。
日本人はそれだけ西欧列強に対しても軍事面だけではない独立心をもっていた
だから明治は常に偉大な時代であり偉人の時代だったと言われるのである。
今になると敗戦の結果、国家意識は常に否定されてきた。国家という言葉さえタブーになってしまった。国家というだけで嫌悪を感じる人が多いのである。
そこに左翼系がさらに国家を忌むものとして国旗まで否定するようになった。


その変化があまりにも敗戦の結果極端なものとしてあり日本には国家はない、国家がないというときとても大きな責任感も生れない、百年の計というのも生れようがない
国家の歴史は二千年とか長いのだから百年の計がありうる、でも戦後は国家がアメリカによって否定され従属国家、植民地国家になったとき日本人は国家意識もなくなりただ目前の利を追うだけの民主主義ー民利主義になった。
国家百年の計に犠牲になるようなことは否定される
教育でも個々人の立身出世主義しかない、受験戦争は上の階級につき官僚になればただ得して楽な生活をするということしか教育にもない、他者を蹴落としてでもそうなれというのが戦後の教育だったのである。
要するに戦後は戦前からの歴史継続が断絶してしまったのである。
だから今や日本人とはなにかとなると日本人はいないアメリカ人になったともさえなる
日本人であるならやはり日本には長い歴史がありその歴史に育まれたものがあり文化がありそれに基づいて形成されるのが日本人だとなるからである。
だから盛んに無国籍人だとかが恰好いいとかなる、ハロウィンなども明らかに日本から祭りすら消失しているから新しい祭りを求めて若者が大騒ぎしているのである。
あらゆる面で国家を意識していた時代からあらゆる面で国家が否定されてきたのが戦後なのである。
ナショナリズムはファシズムと同義にもなっていたのである。


奇妙なのだけど国家意識がなくなり愛郷心もなくなった、その一つの原因が愛郷心も田舎で独立していた生活をしていたとき愛郷心もあった。
自給自足の生活していたとき、炭焼きをして都会の人に頼らずに生活していたとき田舎の人にもと独立心があり俺たちは別に都会の人に頼らずに自分達だけで生活できるという独立心と自負があった。
今は限界集落とかなるとインフラのために180倍の金がかかるとかそれは税金の無駄だと都会の人に言われる、もし炭が燃料だったらそんなことは言われないのである。
自分の家が故郷の木材を利用して建てたというとき故郷に土着するということで愛郷心が生れる、愛国心と愛郷心は何か共通したものがある。
広瀬宰平が盛んに日本は日本にあるもので外国に頼らないで資源でも技術でもなしとげるという自負が愛国心に通じていた。そしてそれあ成し遂げたのである。
そこには公害問題が生じたから今と同じ状況が生れたがこれも煙害を防ぎ補償金だけですまそうとしなかったのである。


これを今の原発と比べるとその相違が明確になる。原発も実は国家の事業であり一企業の東電の事業ではない、これは住友ではない一企業ではない国家の事業としてはじまったのである。国家の事業となれば百年の計のもとに成せねばならないものだった。
でももし百年の計となれば原発というのは放射性物質の処理を考えねばならないがそれも考えないから百年の計だったら原発を日本に作ることは危険だった。
そもそも日本の原発はアメリカ主導で成されたものであり別子銅山のように国家が自力で独立心が愛国心があって成したものでもない
アメリカの主導で成されたのが別子銅山とは根本的に違っていた。
別子銅山には国の援助はなかった。原発は国が予算をだして作ったのだから国家事業でありそうだったらこれこそ百年の計がなければ作れないものだったのである。
だから明治人と戦前の日本人はそもそも人間そのものがあらゆる分野で別人になっていたのである。
企業でもそうである。まずグローバル社会になれば国家を意識する、国家がない方がいいのである。それはアメリカでもそうなっている。だから世界を支配しているのはアメリカという国家ではなくロックフェラーやロスチャイルドとか武器を作る軍需産業会社だとか言われる、グローバル社会では大企業が国家であり大企業が世界を支配する
国家は大企業に従属したものとなる、会社の利益がすべてだとなる。
そしてその会社の利益にあづかるのがその幹部達でありその人たちこそ世界の富をにぎり世界を支配する人たちだとなる。
東電でも実質の富を産み出すのは東電でありそこに政治家や検察や警察の官僚が天下りしていたのだから東電を批判できなかったし今でもそうである。


ともかく戦後70年そして明治維新からすでに140年とかなるとあらゆるものを見直す時代になった。根本となる国家というのもそうである。国家というのがあちらゆる面で戦後否定されてきたのである。それは左翼により過剰に否定されてきたのである。
そのことからすでに日本にはモラルもなにもない、ただ個々人の利益の追及しかない、
自分が得する自分がもうけるためには他者を蹴落としてもいいしかない弱肉強食の社会になった。そこに日本人の義理人情もなにもなくなってしまった。
自分が弱者になったときのことを書いてきたが何の同情もない
ただ弱者になったことをいいことに攻められるだけだったから地獄だった
相手もまた金で追い詰められていた弱者だからそうなった。
日本人のモラルもなく世界が金を求めるだけしかなくなったのである。
それを否定しようにもそういう資本主義であれシステムの中に組み入れられているから否定できないのである。
別子銅山の一企業でも国家を意識して経営していた。そのためには日本の資源で日本の技術で独立心で成し遂げるという意気込みがあったからこそできた。
経済的自立、技術的自立の精神があって愛国心もあり愛郷心もあったがグローバル経済はそれを破壊したのだからそれは日本だけの問題ではないとなる。
その結果としてなぜこの辺で原発事故で住民が離散して帰らないのかという問題とも通じている。


そもそも自給自足の生活からはあまりにも離れてしまった。あらゆるものが家でも建て売りでは材料でも大工さんも地元の人でない、会社の社員が組み立てるのてあり地元の人が地元の材料で建てているのではない、それは食料でも今ではそうである。
あらゆるものが全国から外国から常時は入ってくる、だから金さえあればどこに住もうが困らないとなる。自給自足の生活だったら地元のもので何でもまかなわなけれはならないから愛郷心を自ずともつようにな。
それがないからみんな散り散りばらばらになった、故郷と言っても愛郷心が育まれような社会になっていなかった。それは国家でも同じであり愛国心はかえって戦争を奨励するものとして否定されてきたのである。
いづれにし国家百年の計などありえないというときそもそも国家意識が喪失しているのだからそうなる
国家とは地域のエゴとか個々人のエゴとかを越えた大きなものとしてあるそれが公共の概念である。それが喪失したとき社会自体がばらばらに分離離散して崩壊する
ただ弱肉強食の社会でありそれはまさにモラルもなにもない動物的社会に堕落してしまうそれはまさに地獄ではなかろうか?
確かに国家が戦争で何百万人が犠牲になった地獄を作り出したがまた逆に国家無き社会も地獄を作り出す、つまり国家を愛国心が愛郷心がない社会はまさにそうなってしまうことを原発事故でも今の社会がそれを示しているのである。



タグ:別子銅山

2016年01月11日

認知症の介護をふりかえる (脳の病気が人間にとって一番悲惨)


認知症の介護をふりかえる

(脳の病気が人間にとって一番悲惨)


認知症というのはその人によって性格などによって症状が違う。
母は95になり介護状態になり認知症になったけど別に普通の人とほとんど変わらなかったただ入れ歯をなくすとき何かあわてていたが怒ったりもしない
すぐに探して安心させたからである。そのことは前も姉のことで経験していたからである寝ていたから狭い部屋が生活範囲だから何かなくしてもすぐに見つかるからあわてる必要がなかった。
そして性格がおとなしいから介護しやすかったのである。


一方姉は激情的な人であったから症状も極端なものとなり本人も苦しんだけど介護する人も自分も苦しんだのである。
姉はいつも自分は優秀だったと言っていた。それが学生のときから優秀だった。
学校も一番であり体力的にも優れていたのである。
だから従軍看護婦となりシンガポールに四年間耐えることができた
当時は看護婦になること自体が簡単にはなれない、優秀な選ばれた女性たちだった。
それで戦争のことと自分が優秀だったことを言いつづけて死んだ。


その優秀なことが認知症では裏目に出たのである。なぜならその優秀であっても認知症になったら一転して痴呆になったという信じられない状態になったからである。
認知症になったことに気づいたのは最初暴力になったことである。
その時自分はショックでありどうなったのだろうとものすごく不安になった。
病気は急激に発症したと思った。その前はからそういう兆候があったが自分にはわからなかった。
それも衝撃だったが銀行に行ったのだが金をおろせなかった。それも驚きだった。
そんなことがありうるのかという驚きである。通帳とハンコをもっていけばおろせる、その自分の金をおろせないのだから驚く、そこで笑われたとか言ってその後銀行には行かなくなった。銀行に自分の金があることはわかっていても自分の金をおろせないのだから信じられなとなる
認知症になっらもう自分の金も自分の金でなくなる、金の管理はできなくなる
これも認知症の症状だった。自分の住所も書けなくなっていたから姉は最初から重症だった。
母は不思議なのは住所とか書いていたしまだわかることがあるのが不思議だった。
おそらく認知症特有の物忘れはあってもその他はある程度正常だったとなる
つまり極端なもの忘れがあってもその他は正常にある程度機能していたのである。
だからあまり悲惨な感じにはならなかったのである。

一方姉は自分は優秀だとプライドが特別高いから認知症になった結果悲惨になった。
つくづく人間は何が災いして何が幸いするかわからないものである。
優秀なことはいいことであるがそれが災いにもなる
プライドが高いということはそうして認知症になったときショックが大きいのである。
だから通帳をみて頭をたたいてわかろとしていたが理解できなくなっていた。
それが悔しいということがあり激情的な人だから他者にその不満をぶつけて暴力になったのである。
暴力的になるのは自分の頭が正常に働かせようにもできないからである。


そしてこれも悲惨だったのは例えば二階に着るものがあり自分でかたづけていてまた二階にゆくと自分の着るものがないと泣いて訴えていた。
財布なども隠してわからなくなり泣いて訴えていた。
それも悲惨なものだった。自分はそこから怒り暴力になることを恐れていたので財布がここにあるとか安心させるよう勤めた。
でも忘れるということでそれが感情的になり激情的な人は暴力になるから怖い
その時目の色とか顔まで変わることがあり一種の精神病のような状態になる
その精神病的状態になることが一番怖いことでもある
なぜなら60年も親しくしていた人が突然そうなったら本当に怖いことだからである。
いくらそうなっても60年も親しくしていたのだから態度を変えることはできない
家族として姉として自分は接してきた。それは自分の家族の特殊な事情も反映していた。自分は特別姉には良くされていたからである。
だから認知症になったときも別に姉として変わらず接していたのである。
そうしているうち症状も落ち着いてきたのである。

今ふりかえると自分は懸命に認知症の姉を介護して良かったと思う
なにかしらそれで恩返しできたとして満足している。
それだけ自分は姉には良くされていたからである。
何もしなかったら自分はなにも恩返しできないということで後悔することかあった
自分も何か姉のためにできたという満足感が今になるとある。
それは母も同じだった。つまり介護というのはやはりその人の家族の状態とかいろいろ事情が違うから介護は一様にはならないのである。


今になるとあの時懸命に認知症になっても正常のときと同じように接して介護して良かったと思う。
でもそれも短かったから助かったのである。長くなると二人介護になったからもたなかったからである。
ともかくこの十年間の介護の経験はやはりそれなりに得るものがあった。
弱者とか病人とか自分もなり弱者になるとはどういうことか身をもって知った。
実際は自分の場合は弱者化したとき何の助けもなく攻められるだけだった。
ただ自分は家族に対しては介護して尽くしたなとそれが満足感になっているのも不思議である。
弱者というとき老人はみんな弱者になる、体も弱り脳も弱りみんな弱者化するのである。つまり姉のように優秀だとか言っても認知症にな人が本当に多くなる
もう90才以上になると半分もなるとかそれが高齢化社会の恐ろしさなのである。
老人になればどんなに優秀であってもまた金をもっていたとしても認知症になったらその金も何の力にもならないのである。
金だ金だと金を第一にしていたがそれも何の役にもたたない、介護は金が必要でも金だけでは解決しない、やはり介護には愛が必要になるからである。
自分は特別世話になったということ良くしてもらったということがあり介護したからである。
それが赤の他人だったらそういうことができるかとなるとむずかしいのである。


我は助けぬ、認知症になるとて
変わらずに、家族としてありつづけ
弱りしものを、脳の病気とて
人はみな老い弱り悲しきものを
奢れるものも老い弱りゆく
悲しむものは幸いである
悲しまざる者は人間を知らぬ
我は弱りし家族を助け
我が心は今ふりかえり満足す
我も尽くすことのありと、、、
死者に心から供養するかな

介護は供養とも連続している。介護してやれば相手も満足して死にそのあと介護した人も供養できる、そうでないとなにか供養するにもうしろめたいものが残る
そういう人を知っているからいくら偽っても死者に対しては偽れない
外に装っても自分の心の中では偽れないものとなるから問題なのである。


いづれにしろ人間とは愛というとき常に与えられる愛を思っている
でも与えられる愛ばかり望んでいると不安定になる
常に愛されるのではないかということで不安になる
でももし愛する方になれば別に相手から愛されなくてもいい、そういう愛だったら愛は消えることがないのである。
なぜ離婚が多いかというと与えられる愛を望んでいて自ら愛するのではないからである。まずこの世の中で無償の愛というのは親子でもほとんどないのである
なんらかの見返りを望んでいる愛なのである。
それでおばあちゃんがいいというのは見返りを望まないからである。
自分の場合は一人はそうだったから認知症になっても尽くしたのである。
愛されるより愛する喜びの方が大きいということもある
それがキリストの教えだけどこれを実践するとなるとむずかしいからこそただ人は愛されることを求めているのである。
自分は多少介護で愛する方になり愛することにも心に満足感を覚えるものを今になり感じたのである。
そうはいってもそれも今になると介護が終わったから言えることなのである。


タグ:認知症
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2016年01月12日

葬式も出せない貧乏な時代? (栄える家にはやはり何かの理由があるし逆もそうである) 葬式も出せない貧乏な時代? (栄える家にはやはり何かの理由があるし逆もそうである)


葬式も出せない貧乏な時代?

(栄える家にはやはり何かの理由があるし逆もそうである)

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金がなくて葬式が出せないと福島県でこれだけ事件があった
やはり葬式も出せないほどの貧乏人が増えているのかとなる
全国的にもこういう事件が多いからである。

どうしていいかわからなかったというとき近所つきあいなどがなくなったからだとニュースでは言っていた。
それもある、本当にどうしていいかわからなっかたのだろう
自分は一回経験しているからなんとかできたが葬式というのは何回も経験できないからわからないのである。
人間ははじめて経験することに弱いのである。
今回の母の葬式は納棺から火葬からと時間的余裕があってしたから葬式とは埋葬するとはこういうものかとわかった。
納棺→火葬→お骨(47日)→納骨となる



 静岡県警熱海署は15日、妻(60)の遺体を空き地に埋めようとしたとして、死体遺棄容疑で同市内に住むアクセサリー販売業の夫(59)を現行犯逮捕した。「葬式を出す金がなかった」と供述しているという。自力で“埋葬”することになった経緯を同署に聞いた。

 

なんかこういう事件がよく報道される、葬式を出せないほどの貧乏なのか?
それとも安く葬式を出せることを知らないのだろうか
それとも親の年金をもらいつづけるために親の死を隠しているのか?

本当に貧乏で葬式を出せないというのも結構ある
とすると今はそれほど貧乏な人が増えた時代なのか
それにしても葬式は20万あればできるからそんなに貧乏なのかとなる
20万の金がない、融通できないとなると相当な貧乏ではないか?
こういうことに現代の世相があり貧乏な人が増えた

親の年金で生活していたような人も多いから親が死んだらその年金をもらいつづけるために死んだことを隠す、それも貧乏のためである。
だからこういう事件がこれからも介護殺人と同じように増えてくる
事件は必ず世相を反映しているからだ。


親に頼るというとき今の老人は金を持っている人はもっている、若い人はもっていない、貯金のほとんどは老人がもっている、それで若い人が貧乏になり親に頼る
それで親が裕福な人とと貧乏な人でまた経済格差が生れる
そしてもう一つ親の遺産でも差がつく、親の遺産をもらわないとどうしても貧乏になる

やはり裕福になるは一代で築き上げることはむずかしい
豊になるのは先祖の力が功績があってなる場合も多い
自分の家系を例にすれば実家には墓しか残っていない、そこには墓しかない
だからその家系に連なるものが来ても何の恩恵もないのである。
墓に来て墓参りするだけでありあとは何もない
一方で母が嫁いだ自分の家は大きな家が残っていてそこに泊まれるし金も多少やるから恩恵がある
誰もなにも恩恵がないところには普通は来ないのである
実家は祖父が事業を失敗して一家離散になったから家もなくなり墓だけが残ったのである

家もいろいろあり謎だがその家が栄えるということは何か原因がある、



積善の家には必ず余慶あり
(せきぜんのいえにはかならずよけいあり)

「易経」より

善行を積み重ねた家は
その子孫が幸福になるであろう


積不善の家には必ず余殃有り。 
(せきふぜんのいえにはかならずよおうあり)

余殃とは、
祖先の悪事の報いとして、子孫に災難が及ぶこと。



これはあてはまる,なぜ自分の実家は墓だけしか残らないのか、一家離散になったのか?
それはそういう原因がやはりあったとなる、それは複雑だから簡単には言えない
一方自分の家はなおまだ家があり財産が多少あるのか?
それはやはり「積善の家には必ず余慶あり」があり自分の父親が善行を積んだためだとなる
ただ一方で全部が善行とはなっていないが一面そういうことがありそれが家が栄えた理由なことは確かである。


ともかく実家の墓は何か悲惨なのである。若くて肺病で25才で死んだとかもう一人兄は40才で交通事故で死んだ、そして一家離散になっているから不幸な家系だとなる
ただどこの家系でもたどれば不幸な人がいる、何かそうした不幸な人がいて幸福な人がでてくる。
だから家系も実際は不可解なものであり何なのだろうとなる
ただ良い家系につかないかぎり恩恵はない、実家の墓だけであり何の恩恵もないのである

今回の母の葬式は納棺から火葬からと時間的余裕があってしたから葬式とは埋葬するとはこういうものかとわかった。
納棺→火葬→お骨(47日)→納骨となる
死者を葬るのも儀式なのである。一番のショックは火葬なのである。何もなくなってしまうことは本当にショックである。
今日実家の墓の中をみたら兄の骨壺がなく他の骨と一緒になり土になっていた
木の骨壺だったのでそうなったのか?これも娘に返すことができなくなり困ったことだった
葬式とかこうした埋葬とかやはり文化がありそれは仏教がになってきた。
ただ戒名とか死者というわけのわからないものにまた死者の恐れをいいことにそこで金儲けするのはこれも何か重い罪のように思う
カルト宗教団体が政治のために宗教を利用するのもそうである。
そうした俗世のために利用したり死者という恐れをいいことに金をとるやりかたは相当にあくどいと思う
供養だったらその人の心しだいであり心から手をあわせればいいことである。
金など必要ないからである。花くらいはどうしても必要だが他は心から供養することであり何もいらないのである。
ただ死者を葬ることは昔は村の共同体がありしていた、それがなくなり個人個人ですることは難儀である
今は葬儀屋がするのだがそれもまた違和感があり納棺師とかが話題になった
それは死者に対してどうして対処していいかわからないからそうしてこまた専門家が生れたのである。

ともかく母の死後の処理に追われている、人が死ぬとそうした因縁がいろいろとでてくる47日過ぎて納骨すれば一段落である。それまではまだ落ち着かないのである。

タグ:葬式
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2016年01月13日

認知症の介護をふりかえる (苦しみと悲しみをともにせざるをえない介護)


認知症の介護をふりかえる

(苦しみと悲しみをともにせざるをえない介護)


姉が死んで7年くらいすでにすぎた、随分早いものだと思う。
それで何かこの頃姉の認知症の介護のことを思い出す
そもそも認知症とは何なのかわからない、何の病気なのか?
その正体が不可解なのである。それは老いによるボケだという見方もあり病気ではないという人もいる、そして認知症は人によって症状が違ってくるから一様ではないからどういう病気なのかも決められない、体の病気だと診断して病名がつきやすい
ところが認知症はどういう病気なのか脳とか精神が影響してわからない
それとにたものは痴呆とか精神病となるからそれなのかと思うとまた違っているとか
どういう病気なのか医療界でも決められないのである。


それは老化から来ているとしてもやはり病気である。老化は病気なのかという問題もあるが認知症は一つの病気でありアルツハイマーという病気なのだろう。
あいつはボケたとかなると笑い物になる、あんなに優秀だった姉も笑い物になったから信じられないのである。実際それを家族だった自分は差別とかを感じていきどおりも感じたそれは精神障害者を持っているものと共通したものとして差別されたのである。
ただもともと優秀であり功績があったものとして生きてきたのだからそこは生まれつきの障害者とは違う。いろいろしてくれた人だから自分は恩返ししなければならないと思って介護していたのである。


ともかく家族にそうして病人をかかえると自分も病人と同じように苦しみ悲しまざるをえなくなるのである。
認知症の場合は特殊なんだけどその度合いは他の肉体的な病気より強くなる
そして認知症になれば家族も嫌う、最大のやっかいものになる
だから殺したくなるということが殺意まで生れるのが認知症の介護であり過酷なのである認知症になった本人も相当な苦しみと悲しみを負うのである
暴力になるときそれは自分をどうにもできない無能化したことへの怒りでありその不満を他者にぶつける
特に優秀だったとか激情的な人はそうなりやすいのである


認知症になるのは本人が悪いのだという見方もある。そんな病気になるのは何か呪われているんだという見方もでるのはそれほど悲惨だからである。
姉は性格的に奢ったところがあり自分は優秀だと見下した所が在りそういう面があったことは否定できない、その奢りが罰せられたのかとも見た
認知症とは何かというのが解せないからそうなる
その本人が悪くてそういう病気になったのか、そんな過酷な病気がなぜ人間に与えられるのかというのもなぞである。
神もヨブに過酷な苦しみを与えたことも試練としてそうさせた。
では認知症とはそういう苦しみを神がなぜ与えたのだろうとなる
これも不可解なのものであるし津波の被害などで死んだ人たちもそうである。
なぜそんな過酷なことを神を人間にするのかということがそもそもわからないのである。

認知症だと何か悪魔にもてあそばれているような感じになる、覚えることができなくなり二階に自分でかたづけた着物がないと泣いていたり財布を隠して見つけられず泣いていたりと本当に悪魔にもてあそばれている感じだった。
どうして神はこんな病気にしたのかという疑問が最初からあった。
もしそういう病気に最愛の人がなったらどうなるのか?
その病気と同じ苦しみ悲しみをともにせざるをえなくなるのである。

「財布がない、財布がない」
「財布はあるよ,安心しろ、大丈夫あるよ、ここにあったよ」

何かこうしてよりそって安心させる、すると精神が狂気になるのをおさえられのである
忘れるということから狂気になるのが認知症だからである。
認知症はともかくいろいろ症状があっても安心させることが一番大事なのである。
忘れるということで感情的になりそこから狂気になる
だからともかく安心させる、心を落ち着かせることが肝要なのである。


認知症が何なのかというとき、不可解だとなるがそれは病気なのだろう
老いでもあるが単なる老いからくるのではなく病気なのだろう
病気だとすると直すことかできると医者が言う
例えは自分の母は100才になり死ぬ間際になるまで病気がないという、軽い認知症はそれでもなっていたのである。でもそれは体の病気とはならなかったから病気がないと医者に言われたのである。それもだから不思議なのことだった。
ところが認知症は病気とされない場合がある
精神の病はそれだけむずかしいからそうなる


今ふりかえると認知症は悲惨な病気であり介護する方も同じように苦しみ悲しむ、それを自分は経験してきた。
人間はつくづく悲しみものと苦しむものとともに悲しみ苦しむことが愛である。
楽しむものと快楽をともにするものとが本当の愛にはならない
悲しむ苦しむものとともにするときそれが本当の愛である。
でもそんなこと誰もしたくない、自分の場合はそう強いられただけなのである。
誰もそんな苦しみとか悲しみをともにしたくないのである。
そういうことは口で言うのは簡単なのである。
実際に自分がそういう身になったときしかわからないのである。


「悲しむ者は幸いである」このことは何を意味しているのか本当に不可解である。
ただ人間が悲しむものと苦しむ者と共感するときが本当の愛である
たがいに楽しむばかりならそこに愛はない、楽しくなくなったら離れるのは愛ではない、悲しいときも苦しいときもともにあるのが愛だからである。
神はなぜ人間にこうして過酷な悲しみとか苦しみを与えるのかとなる
でも逆に悲しみも苦しみもない楽しいだけの人生というのはまたそれだけでいいのかともなる
つまり人間は苦しみや悲しみをともにしてのりこえるとき真に愛で結ばれることがありうる、自分はなんとか姉に対してそうしてきたから最後はわかってくれたと思う。
そういうことで自分はふりかえると満足している
自分も何かしてやることができたという満足である。
何もしてやれなかったら自分は家族とすらなれなかった。自分が苦しみと悲しみをともにしたことで本当に家族になったのである。


ただなぜこんな酷いことは人間に対して神はするのか?それはヨブ記のように不可解なのである。人間は悪魔のようにもてあそばれるだけの存在なのか?
神などないというとき津波の被害者はそう思った。それもあまりにも過酷な現実だったからである。
何か世界でもそうした過酷なことがありどうしてそんな苦しみが与えられの不可解なのである。ただそういう過酷なことにも何か意味がありその解決を望んでいる

汝の悲しみの涙は真珠となる
汝の悲しみ苦しみは無為には終わらない
それは一つの神の試練なれや
汝はふりかえり今幸いを感じる
悲しむ者は幸いとはそのことや
今ふりかえればそれはあるにしても
思い出すとやはり悲しくなる
ただ汝はその時懸命に家族を支えていた
そして今も支えているのかもしれない
死んでも家族を支えている
介護になってからは自分が支える身
私自身が家族を支える
私が愛する故に家族はありつづける
その家族は永遠に消えざれ
我が愛のあるかぎりはこの地に゛゛゛

要するに家族とは何なのかともなる、今までは自分はただ良くされるだけであり愛されるだけだった。でも介護になってからこちらが愛する方になった。
その時ふりかえると自分は真の家族の一員となるべく奮闘していたのである。
これも家族から故郷とか大きな共有の世界に拡大するとき故郷のために何かするというとき故郷の一員となる、何もできないなら故郷の一員ともならないとなる
この辺は津波や原発事故で混乱した。その中で若い人が故郷から放射能を恐れて去って行った、そして老人だけが取り残されたのである。
でも老人でも親であり祖父母であった、家族であったはずである。
するとそこには家族の愛すらなかったのかとも疑問になる
補償金もらってそれで外に出て新しくはじめた方がいいとなった。金がかえって復興をさせなくさせてしまった皮肉がある
金によって家族がかえって分離した、補償金で市町村が分断されたということもそうである。家族であれ故郷であれそんなに愛着あるものではなかったともなる
それが時代を反映したものでありしかたないとなっているがそれでいいのかという疑問と通じていたのである。


タグ:家族とは
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2016年01月14日

抽象画(海辺の街-seaside towns)



抽象画(海辺の街-seaside towns) 


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海辺の街


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海からの風(春)


seasideeee1222333333377.jpg

海からの風(夏)


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春の山々を走る高速道路



やはり抽象画も名前からタイトルからイメージする場合がある。
これはなんだろうという何か抽象画は困惑する
でもこれは海辺の街だとタイトルがあるとそうかなと見る
自分自身がタイトルを海辺の街だとして納得した
青い色は海の色だからである。
青だったら必ず海とか水とかイメージするからである。


タグ:海辺の街

2016年01月15日

人間の奢りにはなんらかの罰が課せられる (個々人でも原発事故も認知症もそういう面があった)


人間の奢りにはなんらかの罰が課せられる

(個々人でも原発事故も認知症もそういう面があった)

「高い者は低くされ、低い者は高くされる」エゼキル

「貧しきは高められ、富む者は低められる」(ヤコブ1章9−11節)

そもそも人間が堕落したのはエデンの園から追放されたのはなぜなのか?
知恵の実なるリンゴを食べたからだとある。
それで善悪を知るものとなったと聖書にある。
神が全能で知恵を司るものだったが人間が神をしのいで自分で知恵あるものとなったことが奢りでありそれでエデンの園から追放されたのである。

人間が神をしのいで知恵あるものとなったというときそれが文明を作り出したのである。それは最初から神しか全能でないのに人間が全能を目指しているのが文明なのである。
その一つが科学技術なのである。科学技術は万能であるということが信仰にまでなっている、科学技術がすべてを解決するというふうに現実に信仰までなっているからである。
癌が直らないとしても新薬が発明されて直るようになるというとみんな信じるだろう。
そんなことを宗教では今はできないから科学技術が万能として宗教になっているのが現代である。

つまりそれこそが人間の奢りでありその奢りが神によって打ち砕かれる
原発事故もそうだった。原子力はまさに人間の知恵が科学技術が作り出したものであり
原子力文明となるものだったのである。それが事故になり打ち砕かれてそこに住めなくなったというのもそうである。それは明らかに人間に対する罰だったのである。
人間の奢りに対する罰だったのである。
ギリシャ神話のプロメテウスが火をゼウスから盗んだというのもそうであり何かしら人間は人間が生れ時から罰がある、その罰からは逃れられない、仏教で言えばカルマになる。人間は生きている限りカルマを積んでいる、カルマを積まないで生きられるものはいないのである。日々食べることでも肉食すれば動物を犠牲にしているのだからカルマを積んでいる。
何かしらカルマを積まない人間などいないのである。


そして大きく人類史的にもそうなのだが身近な個々人でも奢りは罰せられる
姉はいつも自分は優秀だと最後まで死ぬ間際まで言っていた。
そのことにこだわったのはやはり自分が認知症になり馬鹿になったということがあり自分が優秀だったということにこだわったからそういいつづけたのかもしれない
でも優秀だったということが全く認知症になってもろくも崩れ去った驚きである。
銀行からは金をおろせない、財布を隠してわからなくなり泣いている。
今ふりかえると本当に悲惨でありこんなことをなぜ神がするのかと自分はいきどおりを感じた
それは津波の犠牲にも感じた、神も仏もあるものかと呪う人もいたがそれもわかる。
なぜこんな酷いことを神はするのだろうかということが解せなかったのである。
それはやはり人間の奢りに対する厳しい罰だったのである。

ただ認知症とは何なのか未だわからない、それは病気であり罰とは関係ないということもある
ただ姉の場合は一面そうした奢りがあったことは確かなのである。
だからといって姉は自分に一番良くしたのだから必死になって介護したのである。
それはプログでその経過を書いてきた。自分は姉を愛していたからそうしたのである。
人間は必ずいい面と悪い面があるから姉を奢りがあったとしても責められないのである。

第一優秀なことが悪いことがないのである。誰でも優秀な人に頼るだろう、医者でも大工さんでも看護師でも何でも優秀な人に仕事をまかせる、だから優秀なことが悪いはずはない、みんな必死になって優秀な人になるために勉強もしているし努力をもしているのである。
だから優秀な人がいなかったらこの社会は成り立たないのである。
ただ優秀な人は普通の人でも大工さんでも看護師でも他でもいる。それは特別な人ではないのである。
そういう優秀な人は奢りに陥りやすいのである。
事業に失敗した人も一級の免許をもっていて常にみんなに優秀だと言われてきた。
そして事業に失敗しても自分は成功していると装っていたのである。
その人も相当に奢りがあったのである。
でも実際にそういう優秀な人には何か奢りが生れる、そして優秀でない人を見下すのである。
自分はそういう人たちをみて常にうらやましく思っていたのである。
自分には優秀なものがないと思っていたからである。

優秀な人は何か冷たい人多い、自分は優秀なんだというとき他者を見下してしまうからだでもその優秀なことが悪いわけではないのだ。
どうしてもそこに奢りが生れるから危険になる。だから何か優秀でないというか平凡でも愛のある正直な人間はいる。
そういう人は優秀な人ではない、姉の場合は優秀なのだけど見下していたことそのことが罰せられたのかもしれない、ただ認知症にな人は多いのだからみんながそうとはいえない自分にとってはどうあれ姉は家に尽くした人だから懸命に認知症でも介護したのである。

人間でいましむべきは奢りと偶像崇拝である。だから若いとき裕福で何も苦労をしらないとか地位があるとかなると危険である。
自分も一時はそうだった。それが打ち砕かれたから謙遜になった。
ただその後30才以降は楽していたのである。
若いとき頭がいいとかなんとかほめられるばかりだった人はどうしても奢りになる。
若いときから社会でほめられる人間は危険である。
有名になることも金持ちになることも地位があったりしたら余計危険である。
その気になっていると神が罰を与えることになる


ネブカドネザル大王が王がエホバの言によって「人から離れて牛のように草を食い、 髪の毛が鷲のように、爪は馬のようになって」はじめて神を認めたという。 

これとなにか認知症とがにている、本当にこれは神の刑罰だった。認知症は多くの人がなるからこれとも違っているだろう。でも王として傲慢になった結果の刑罰だったのである聖書では人間の力で成したというとき何でも危険なことになる、すべては神が成したのであり人間ではない、人間が成した誇るとき厳しい罰が課せられているのだ。
奇跡でもそれは人間が成すことではなく神が成したことなのである。
文明の危険性は原発でもそうだが人間が人間の力で成したことを栄光としているからである。だから今回の原発事故のように明らかにこれは神からの罰だったのである。

いづれにしろ強い者が強いとは限らない、アメリカだって今は強いとしてもいつまでもそうではない、強いものも神の前にもろくもくずれさるときがくる
高いものは必ず卑くくされる、だから高い地位にあるもの、強いものは、権力をもち奢るものは危険なのである。
そして逆に卑(ひく)いものが高くされる、それで天国には平凡でも愛のある正直な人たちがいるというのはそのことなのだろう。

聖書の言葉でもこれは誰でも言うことは簡単なのである。では実行するとなると本当にむずかしい、高い地位をもとめ金持ちになることを求めて日々懸命に働いているのが現実である。
だから「悲しむ者は幸いなり」と大金持ちが貧乏や低い地位のものに語るほど矛盾したことはない、あなたたちが貧しいのは幸いなのだ、あなたたちが悲しむのは幸いなのだと言っていたらこれほど矛盾したことはない
あなたたちは貧乏でいい、苦しんでいなさい、それが神に従うことだ、そんなことを金持ちが地位ある人が言っていたらこれほどのブラックユーモアはないのである。
現実にそういうことをアメリカでは黒人奴隷にたいしてしてきたのである。
またそういうことがこの社会では普通にあるから矛盾なのである。
ともかくこの世の中で何か人に教えようとするときその人自身が矛盾してこない人はいない、悔い改めなさいとか牧師が言ったとしてその牧師が罪がないとはいえないからであるそういう人が罪を問うこと自体矛盾である。だから牧師ではなく神に直接対して懺悔せよとしたのがプロテスタントだったのである。
そしてまた自分が悪いことをしていないと威張って言う人も多い、おそらく悪いことをしてきたからそれを認めたくないからそう言っている。
継母だった女性が最後に目が見えなくなりそのことを反省した。
目が見えなくなることも罰だったのである。
人間には必ずカルマがあり罰がある、それは悪いことではない、その罰がなければ神があることも知ることがない、ネブカドネザル大王は罰を受けて神を認めたとあるからである。



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posted by 老鶯 at 14:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 聖書の言葉と詩など

海老千軒と津波に家を流された人が言う (海老の発掘された跡は800年前のもの?)


海老千軒と津波に家を流された人が言う

(海老の発掘された跡は800年前のもの?)

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字山地やまちの稲荷神社は、楢崎千軒なの鎮守神であったが山津波で一夜にして流され、現在の阿弥陀堂の地に移した。しかし再び水害にあい現在地に移建されたという。楢崎千軒の消滅について、旅の行者の制止を無視して大道おおみち沢で毒もみ漁を決行したからとの伝承がある。


琵琶湖岸を南北に走る賤しずヶ岳たけ山系の西野山丘陵に立地。西野山西麓湖岸阿曾津あそづに、往古阿曾津千軒とよばれた大集落があったが地震によって一村全滅し、逃れた村人は当村、松尾まつお(松野)・熊野くまの・東柳野ひがしやないの・柳野中やないのなか・西柳野・磯野いそのの七ヵ村(七野)に分住。


広島県福山市の市街西方を流れる芦田あしだ川。草戸千軒町くさどせんげんちょう遺跡は、その芦田川河口付近にあります。「草戸千軒」の名は江戸時代中期に福山藩士が著した地誌「備陽六郡志」に「草戸千軒と云町有りける」と記されていたことに由来します。同書によれば、寛文13年(1673)の洪水で中州(中島)にあった草戸千軒は町ごと流失、その後、中州に民家が再建されなかったため、中洲は廃墟になったといいます。


福島県会津若松市の「千軒道せんげんみち」です。「日本歴史地名大系」は次のように記します。

滝沢町妙法寺前たきざわまちみようほうじまえ通より西の方紫雲寺前しうんじまえ通に至る、長さ一町五六間・幅二間。昔はこの辺りに家数一千軒があったのでこの名がついたというが、化政期には寺院のみで他の居宅はないという(新編会津風土記)。


過ぎし日の繁栄を物語る「千軒」地名

昔、八幡の町は「上千軒、下千軒」と呼ばれ、大いに繁昌していたが、そのころの事である。1軒の酒屋があり、こさじという下女がいた。この酒屋へ顔が赤く全身に毛が生えた猩々(しょうじょう)が来て、酒を飲ませよと仕草をし、酒を出すと飲みほし、盃に血を残して立ち去った。猩々の血は高価なものであった(または、残した血が銭になった)。強欲な酒屋の主は猩々を殺して血を採り大金を得ようとたくらみをした。それを知ったこさじは、猩々を憐み、次に訪れたときその事を告げた。猩々はそれでも酒が欲しい、もし殺されたらその3日も経たないうちに大津波がおしよせるから、そのときは末の松山に登って難を避けよという。猩々が酒屋を訪れると、主夫婦は大酒をすすめ、酔いつぶれた猩々を殺し、全身の血を抜き採り、屍を町の東にある池の中に投げ棄てた。その翌日、空は黒雲に覆われてただならぬ様子となったので、こさじは猩々が語ったことに従い、末の松山に登って難を避けた。この津波で繁昌していた八幡の町は、家も人もすべて流されてしまった。猩々の屍を棄てた池はのち「猩々ヶ池」と呼ばれるようになった。

多賀城ー末の松山ー伝説



海老村の人で津波に家を流された人とあった。ちょうど海に面した角の家だった。
その人は船に乗って魚をとっていた。烏崎の港で船に乗っていた。
右田とか海老村でも烏崎の港で船に乗っていた人がいた。
海老村でもいたのである。ここは前は港であり帆掛け舟が出ていた
ここで津波の跡に発掘をしていた、その跡は広く古くからここには家が建ち栄えていたとなる
その場所は右田より高い場所にあり住むには適地だった。海老村の方が右田より古いことがわかる。
海老という地名が蝦夷(えみし)蝦夷に由来しているということを書いた
海老はエヒであり古い地名なのである。だから800年前というのも本当なのか?
文化財課に問い合わせたらまだ調査中であり3月に概略がわかるという。
海老村については自分も津波のことでいろいろ調べた。
海老村の大工が津波の後に中村城の天守閣の建築にたずさわった伝説が鹿島町誌に記されている
その伝説と本当に不思議なのである。何らか津波があったことを示唆しているような文である。これを解明すれば400年前の慶長津波のことを知る唯一の手がかりになるかと思った。
なぜなら時代が一致するからである。慶長津波のすぐあとに中村城の天守閣の造営がはじまったからである。それはなぜかとりやめになった。

その人が海老千軒だとか言うときそれもこうした遺跡があることは根拠がないととんいえない、千軒という地名は各地にあり何かしらで栄えた町が災害などで消失したためにそういう地名が残っている。
つまり津波だけではない、洪水もあるし、鉱山で栄えていた地域もあり家が繁華に建ちかつて栄えていた。それが消失したというとき今回の津波と共通しているのである。
草戸千軒は遺物が発見されているから確かである。それも最近発掘されたのである。
だからあそこの遺跡も津波の手がかりになるのかもしれないと思った。
何も津波の手がかりになるものがないから時代がわかればもしかしたら慶長時代の津波とかでやはり千軒が消失して海老も海老千軒とか言われたのかもしれないとかなる
津波で消失してまたそこに家が建つようになったのだろうか?
そういうこともありうるだろう。時代は全部の遺跡で同じではないということは時代的に継続して住んでいたのだろう。海老は高いから津波が来ないと思っていたからである。

千軒で有名なのは多賀城である。ここには明確に津波の伝説が残っているし末の松山はあまりにも有名である。
だからコサジの伝説があるけどこれは何を意味しているのだろうか?
猩々(しょうじょう)とは架空の動物のことである。
何かそれは神の使いのようなものかもしれない、その神の使いをだましたことで津波が襲った。そういう縁起を語っているのかもしれない、津波のことを明確に語っているのは珍しいのである。
自分も津波がくる半年前に犯罪にあいそのことで半年くらい激しくその人を呪った。
そしてあの津波が襲ったのであり不思議なのことだった。ただその前に原町で女子高生の殺人があった。それは津波のすぐ前だったのである。
その女子高生の死体は発見された。津波のような災害はやはり何か特別でありそれが何かと縁起が語られるたのだろう。他にもそういう人をだますとか何か悪いことをして津波がきたということは語られている
人は何かむごいをことをしたということでそれが縁起となり語られることが伝説にはある

この津波で繁昌していた八幡の町は、家も人もすべて流されてしまった。猩々の屍を棄てた池はのち「猩々ヶ池」と呼ばれるようになった。

これも何か悪いことをした罰として津波が襲ったことを生々しく語られている。
とにかく人間には明らかに罰が与えられるのである。原発事故は人間の奢りの結果であることはまちがいないからだ。
末の松山とはそれだけ津波を伝えた伝説が歌になって残っていたのである。
末の松山波こさじかも、、、というのが今回の津波で思い知らされたのである。
こさじという名前はこさじから来ていたのか?
海老村に残された天守閣造営にたづさわった大工の伝説の意味がわかれば何か大きな手がかりとなる
発掘された遺跡のことで何か津波のことでもわかったりしたら凄いと思うがなかなかむずかしいだろう。時代特定はできれば海老村の歴史をさらに掘り下げることができる

その海老村で家を流された老人はこの辺まで防災林になる、右田で木を植えた。
松は津波には弱かった、だから混生林にするといい、でも木が育つには50年とかかかるからもう見れないなと言った、子供は見れるだろうと言ったら子供はいないよ

「ここまで防災林にする」
「そうか、でも木が育つには50年はかかるからな」
「まあ、俺たちはみれないな」
「そういうことになるな」
「松原がなくなって木陰なくて夏は困る、あの松原はいい松原だった,松が太く古い松だった」
「家もなにもなくなった」
「子供はその防災林が成長したのを見れるだろう」
「子供はここにはいないよ、みんなここから出て行ったよ、帰らないよ
もう親が帰らないし子供も他の土地でなじんでしまうから」
「そうか、他の土地に移る人が増えたのはここも同じか」
「そういうことだな」

津波とか原発事故周辺では人口の流出、それも若い人の流出が最大の問題なのである。
移動が容易な時代はどうしても便利な所に移ってしまう、一旦移ると子供もそこが故郷になってしまうのである。そして親も帰らない、子供も帰らない、老人だけが取り残されるそれは原発の避難区域でもそうでありそのことが一番の打撃だったのである。




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posted by 老鶯 at 23:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係