2015年12月27日

弱者が特権化して強者になる (原発避難民もそうであり危機意識に欠けるのが人間)


 弱者が特権化して強者になる

 (原発避難民もそうであり危機意識に欠けるのが人間)


知り合いの小高の女性が鹿島区の人がどう思っているか全然知らなかったというのは意外だった。
おかしいのは鹿島区の議員を応援してくれと来た、すると鹿島区の議員と親しくして支援してもらっていたのかとなる
そうすれば鹿島区の人は議員が支援してくれるくらいだから鹿島区の人も応援しているのかと思ったのかもしれない
ともかく原発避難民は最初からかわいつそうだかわいそうだと言われボランティアが来て応援していた。だから自分たちは被害者だから親切にされる応援されるのが当然だという特権意識をもつようになったのかもしれない
それで自分が鹿島区の人は小高の人を良く思っていないと言ったら自分たちは住む場所もなく被害者だということを主張した。
そういう反応は自分にも意外だった。もう少し何か控えめに言うのかと思った。
そう言っただけで相当に気にさわった。
つまり自分達は被害者がということそれは五年すぎても変わりないのである。


ところが南相馬市だけではない、相馬市でも避難民に反発している人が多いし他でもそうである。そのことで気を使っている人もいる。
津波の被害者が相馬市でもいてその人たちには援助がない、するとそういう人も仮設に住んでいるから何かその待遇で不満をもつ人がいるのだ。
それで相馬市では飯館村の人をトマト栽培するのに農家の人は雇わないというとき飯館村の人も補償金をもらっているからそうなった。
別に鹿島区だけのも問題ではないのである。
だから成せそんなことも回りの状況も知らないで五年間過ごしていたのか不思議だとなる何かそういうことが耳に入ってくるはずだからである。知っている大工さんは自分は働いていると言って本当に働いていたからそういう回りの状況を知っていたからそうして働いていたのである


ともかく被害者意識が高じて特権化しているのが現代の特徴だと言われる、それは沖縄がそうであり戦争で被害にあい米軍基地で犠牲になったと延々と被害者意識でこりかたまっている、それは中国でも韓国でもそうである。日本では在日がそうでありその特権化を利用して待遇を良くしろと金を要求する
そのことで批判するとものすごい反発がありそれで差別語などを使うことができなくなった。
それとまた原発避難民もにているのである。自分は当たり前のことを言ったつもりだがこの人はなぜ苦しんでいる自分たちに対してそんなことを言えるのかという態度になった
おれたちはかわいそうな原発事故の被害者なんだということになる
でも原発事故の被害者は福島県全般にわたっているけど手厚い補償金もらった人は少ないのである。三〇キロ圏内でほぼ終わっているのである。


困っている苦しんでいるというとき何か原発避難者だけが津波の被害者だけが特別苦しんでいる、だから同情されるべきだとなった。それは当初はそうだったろう。
でもその時でもやはり苦しんでいた人が回りにいたが同情などされないのである。
自分も介護で十年苦しんできたけど自分が病気になったとき全く同情はされないし責められるだけだったのである。
それでその人も一見助けに来たようだが何もしない、家に二三分来て帰るだけだった
借金していたからパチンコ屋で掃除などで働きただ疲れたと言って帰っていった。
そのパチンコ屋におしかけたのが原発避難民だったのである。
今でもそうでありイオンの近くに新しいパチンコ屋ができたのはまだそれだけ金があり暇な人が増えたからできたのだろう。
なんかその時その親戚の人にも腹正しかったし避難民にも腹がたった
こっちが苦しいのにパチンコ屋で遊びそこで働いている親戚の人にも腹がたった
しかし何も言うことはできなかった。弱者化するとそうなるからである。
弱者となっても全く応援されないものは応援されない、個々別々では応援されない
介護で苦しんで一家心中した人がいても回りではもう限界だったのよねとか冷静にみているだけなのである。
他から来たボランティアもみんなパチンコだギャンブルだとか遊んでいるのに怒って喧嘩になったというのもわかる
何のためにボランティアして働いているのかわからないとなるからだ。

結局小高などの避難民は何も苦労しないしのんびりしたものだったかもしれない
確かに部屋は瀬意にしても働くこともなく遊んでいてもそれが避難民ということで強制はできない
そして絶えずかわいそうな人たちだと見られて支援されてきたのである。
そしてそれが特権化して自分たちは支援されるのが当然の権利だとまでなってしまった
それがまさに現代的である、戦争でも日本ばかり責めるけどでは中国とか韓国に問題がなかったかと言えばそうでもない、中国は欧米によって支配されていたのでありそれは中国の責任であり韓国でもそうである。
そういうことはバランス良くみるべきなのだけど一方的に主張されるのである。


そうしして遊んだ分のつけが今度は補償金も打ち切られて起きてくる。
働く場所がないかとか何かそういうことを言ってきたのはそのためだろう。
でも今までの態度をみているから何か勝手な人たちだとして拒否反応がでてくる
自分たちで何か復興しようという気持はなく誰かがしてくれる、支援してくれるということが身についてしまった
働くのも農地は三年放置するともう回復がむずかしいとか働くのもむずかしいし老人が多いことでももう補償金がもっと長くもらえればいいとなった
だからそのあとは生活保護だという人も多いのである。
でもこれからは避難解除になると相当厳しいことになるのではないか?
帰ってみてもこんな所にもう住みたくないと思う人もでてくるかもしれない
それでも住むほかないとなったり金がなくなり働くこと場がないとか現実問題となる
何かそこで厳しい現実に直面する、その時もう支援はないからである。
補償金はないから今までのように遊んでいられるのかとなる


ともかく人間は安きに流れる、そして危機意識がもていないのである。それは個々人でもそうである。、自分もそうだった、こんなひどいことになるとは思わなかった。
でもそれはある程度予測できたのである。その備えができていなかった。
津波であれ原発事故であれ何が問題かというと危機意識の欠如だったのである。
原発だって安全神話で危機意識が喪失していた。実際は安全を計るなら原発自体の入念な点検をすることだった。今でもいろいろな不備が明らかにされている。
事故は津波だけで起きたものではなかったのである。
原発避難民だってやはり将来に対して危機意識をもてば遊んでばかりいられないとなるはずだった。おれ達は被害者だからなんとかしてくれるという他力本願になっていたのである。
自分でも三〇年間平和で楽だったから危機意識が欠如した。
何の備えもないから悲惨な結果になったのである。
それで今の結婚しないニートとかフリーターとか親に依存している人は悲惨な結果になることは見えている、親に頼れなくなり年金もない、もう年取って働くこともできない、
まず収入のことなら意外とはっきり将来が見える
その他不測の事態が必ず人間には起きてくる。事故や災害や病気や老いもそうである。
突然体が弱るのも苦しいことになる、その時助ける人がいるのかとなると今からすると恐怖になった。
自分も経験から危機意識をもつようになったのである。
人間は実際にひどいめに会わないと危機意識がもちにくいのである。

タグ:弱者
posted by 老鶯 at 20:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

寒椿(北風にきしむ古い家)


寒椿(北風にきしむ古い家)

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百輪の寒椿散る赤さかな

古き家北風にまたきしむかな

母死して我も老いゆく時雨かな

病院に死者また一人師走かな

年の瀬や死者また一人はやすぎぬ

大輪の白菊十輪霊前に


急に冷え込んだ、自分の家は築五年ほどだけど古民家というものではない、ただ古い造りだから座敷とか広いし家も大きいのである。
それを女二人で建てたから自慢だったことは確かである。それせ借金もしないで建てた。家を建てることは一大事業なのである。その時はまた運がよかった
大工の手間賃とか安いし木材も地元のものでできた。そのあと大工の手間賃がおそらく五倍くらいになったかもしれない、そのことで相当に得した。


この家は古い家だから隙間が多いからすきま風か入り困る、家が密閉されていないから風遠しがいいから寒いのである。
今また北風が吹きつけて家がきしむ、家を人間に見ればこの家もまた歳月を経てきしむ
風に耐え雨に耐え地震に耐えたとなる
家がきしむというときその内部もきしんだ。一人が認知症になったときから二人介護になり自分は苦しんだ。
そしてまた北風に今きしんでいる、家の歴史もまた人間の歴史である。


俳句が写生だというとき短い簡潔な表現しかできないからである。
だから写生俳句は鑑賞する方が優れていないと鑑賞できない芸術である。
寒椿の赤さがこの寒さと北風が吹いて映えている
ただ写真では散った椿の赤さが見たように表現されていなかった。
見た目と写真は違うことがありその時は何か失敗しているのだ。
一方で見た目より写真の方がいいとなる場合もある
それは細部を記録して写すのが写真の方が得意だからである。


ともかく母は死んだ、自分も老いてゆく、昨日は時雨れだった、まさに時雨が老いなのである。やっぱり霊前には白菊があっている
四七日で骨納めだけど結構長い、今年はこのまま年を越す
納棺→火葬→四七日→骨納め、、、一応これで終わる
こういう過程を経るというのも死者との別れとして必要だった。すぐに骨納めだと何か簡単にかたづけるという感覚になるからだ。今はそういうのが多い、死者を惜しむということもめんどうになった時代である
実際に自分は家から死者を送り出したの始めてだった。
葬式など家で経験することはまれである。


ともかく人一人死ぬということは大変なことである。
でも他の人が死ぬときはそんなことはない、また一人死んだのかで終わっている
それが家族となると介護でも葬式でも何でも負担が大きいのである。

タグ:寒椿