2015年12月22日

故郷とは何かー聖書の言葉から追及 (なぜうまし国が苦し国になったのか?)


故郷とは何かー聖書の言葉から追及

(なぜうまし国が苦し国になったのか?)


わたしの生命のすべての日々に、エホバの家に座し
エホバのうましさを凝視め、その宮で尋ねきわめることを
(詩篇 27)


聖書でも何でもそうだが本でもそうである。自分なりに解釈することなのである。
いくら読んでも自分なりに解釈できない限り読んだとはならない
それで自分は本を買っていたが自分は読んだが理解できないのが多かった。
何か自分はあらゆることで理解するのが遅かった。
それは世間的なことでも社会的なことでも遅かった。
社会性がないということもそうだった。やはり社会人として勤め結婚して子供をもって家族をもてば人間として基本的なものは自ずと身につく、それがないから何か欠けていたのである。結果とし両親なるものが病気になり介護になったとき塗炭の苦しみを味わったのである。自分は世間と交わらず生きてきたからである。


でも自分でも追及してきたものがあった。自分はとにかく70年近く故郷に住んでいたのである、旅に費やした時間も多いが故郷に70年近く住んでいた。放浪者とも違うのである。故郷で仕事をしていないかやはり故郷に住んでいた。ただ何も仕事もしないということは故郷に住んだともならないかもしれない、最近故郷で趣味で畑で野菜を作る人を知って農業は故郷と密着した仕事だと自分はしなくても理解した
そもそもこの辺で故郷は何かということが問題になった。
それは津波や原発事故で故郷を離れ故郷が消失するという信じられないことが起きたからである。
第一故郷は何かなど考えることすらできない、故郷は当たり前にあるものだからである。空気のようにあるものだからである。それがなくなるということ住めないということが信じられないのである。


では故郷と聖書の言葉が何か関係あるのかとなる、聖書の解釈は人によっても違うし別に信仰していなくてもそれぞれの解釈はある
なぜみな聖書だけではないあらゆるものに別々な解釈となるのか?
それはその人の住んでいる場所とか人生経験とか個性とかでものの見方が違ってくるからである。
海側に住んでいる人と山側に住んでいる人ではもともと感覚的に見方が変わってくる
太平洋側と日本海側とかでも相当に陽が上るのでも感覚的に違ってくる
だからどうしても太平洋側に住んでいる人は海から陽を昇るから山から陽が昇る感覚がわからないのである。
世界の住む場所がこれほど多様なときそれだけで人間はいろいろな解釈が生れる


だからこの詩篇の解釈も人によって異なったものとなる

わたしの生命のすべての日々に、エホバの家に座し

わたしの生命のすべての日々に、故郷の家に座し

エホバのうましさを凝視め、その宮で尋ねきわめることを

ふるさとのうましさを凝視め、その宮で尋ね究めることを


こんなふうに自分は解釈した。それは勝手な解釈ではないかとなるがそうでもない
エホバの家はどこかと言えば特別な場所ではない、今ではイスラエルでもないのである。外国を旅行してみればわかるけと日本では自然でも水が無料で飲めるとか恵まれた場所であることを知る、外国はみないいとは限らないのである。
それぞれの国にはそれぞれの良さがある。悪しき点もある。
故郷でもそうであり県単位でもそうであり国でもそうである。


ともかく普通はわたしの生命のすべての日々に、故郷の家に座し、、、となるのが普通である。そしてふるさとのうましを見つめ、その宮を尋ね究めることを、、、となる。
それが自分の相馬郷土史研究でしたことである。宮とは自然のことである。
相馬藩内を尋ね究めることだけでも容易ではない、そこにはうましさがある
自然でもそうだが産物でもそうだし歴史でもそうである。
故郷はアイディンティティを築く場所である。自然の意味も知る場所である。
これが都会だともうできない、東京だともうビルの谷間に埋もれて自然の意味は見いだせない、一体何とアイディンティティ化するのかわからなくなる

わたしの生命のすべての日々に、故郷の家に座し
わたしは動かざる磐の上に座して
日々その意味を尋ね究める
その流れをさかのぼり その上の村を尋ねる
故郷のうましを味わい、我はこの地を愛して老いゆく
うましを知るには苦みを知ることも必要
いづこの地にもうましと苦みがある
苦労して開拓に入りしもの、その苦しみの歴史
やがて実りとなりうましがある
うましのみを味わうことはできない
そのうまし故郷は失われた
何故なるか常にそのことが問われている

その故郷のうましがなぜ失われたのか?原発事故で住めなくなったのか?津波の惨状は何なのか?この辺ではこれも問われつづけいてるし自分もそのことを書いてきた。
このうまし故郷とかうまし国というときそれは小さな故郷だけではない、日本国自体がうまし国なのである。それはうまし国として歴史を作ってきたのである。
日本だけでもうまいものがそれなりにとれる、漁業資源があり果物もとれる
そういう日本としての恵まれたうまし国が一転して苦し国になることもありうる
それが津波とか原発事故とかその他戦争があり工業による環境破壊がある
その他思わぬことで予想し得ぬことで苦し国になってしまう。
それは自分が追及してきたが人間の限りない欲、エゴがありそれが原発事故を起こしてきた。原発はこの辺では金の成る木だったかである。それは今苦みとなった。
その他グローバル化でうましを限りなく追及するとき苦みに変わるかもしれない
世界中にそんなに食べ物を求めて食べる必要があるのかとなる。
日本だけでたりるものがありたりて良しとすればそういう災いが起きないかもしれない
日本でミカンがとれて余っているのだからオレンジなどいらないともなる
それぞれの国にはそれぞれのうましが与えられていている、それを過度に越えてうましを求めると苦みとなってゆく、故郷でもそうである。


わたしは動かざる磐の上に座して
故郷に日々その意味を尋ね究める

自分の仕事はこれだった。その全貌はまだ明らかにしていない、そして津波や原発事故でその故郷が消失したということは何だったのか?
それを探求していたがうまし国がなぜ苦し国になったのかということである。





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posted by 老鶯 at 11:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連