2015年12月17日

冬紅葉(忌中)


冬紅葉(忌中)


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ここで寝起きしていたからふさわしい


我が家の忌中になりぬ冬薔薇

冬紅葉散りて我が家や忌中かな

白菊や忌中に咲きて籠もるかな

母死ぬや曇り硝子に冬紅葉

塔古りぬ奈良を思ふや冬紅葉


七〇十年我が家のここに寝起きして働きければ祭壇のあれ

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忌中とかいろいろな死後のことは仏教に由来する、ただ仏教でもすでに日本流の葬儀の仕方がある、神道が先にありそのあとに新道が入ってきたからである。
第一仏(ほとけ)は日本語、大和言葉なのである。ホトケはホトキだったとか言われる
何らかの死者を祀るものだったのだろう。
いづれにしろ葬儀にはいろいろあるがキリスト教のこともわからない、そもそも死者は何かわからない、いろいろなことをいってもわからない
ただ死ぬときは平凡な人でも厳粛になってくるのも不思議である。
死とはそれだけ人間にとって重大なことなのである

それでも母は働くだけであり多少最後の方で花がきれいだなとか言ったがほとんど関心がなかった。もし金だけを毎日数えているような人間だったら悲しいとなる
冬紅葉の季節に死んだのは母にふさわしかった。
人間は生れる日と誕生日と命日は一番大事である。
そして西行が桜の咲く季節に死んだのはふさわしかった、そもそも西行は桜を愛した歌人だったからである。
別に自分の母はそんな文学も何も関係ない、ただ働きつめの一生であり第一俳句も短歌も関心がないしわからない、自分が母の一生とか性格をみて俳句とか短歌にしているだけである。


冬紅葉というとき何か奈良にふさわしいのかも、もちろん京都にもふさわしい
奈良と京都は何か違っている、もちろん歴史的にもそうだが奈良は田舎的な所がある
自然もあるし田んぼも回りにある、それが何かひなびた感じになる
もちろん奈良は歴史もあるが京都とはまた違っている
奈良と京都の相違がやはり関西ではいろいろ文化があるから歴史がある
万葉集でも以前として奈良だったら偲べるが京都とか大阪になると偲べない
日本の純なる自然がすでに消失しているからである。




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老人は昔を語ることに存在意義がある (郷土史でも歴史も語ることから発している)


老人は昔を語ることに存在意義がある

(郷土史でも歴史も語ることから発している)


今日焼香に来た人は自分が知らない自分の家の昔のことを知っていたのに驚いた。
実際はその人は姉とは親しかったが母のことではかかわらなかった。
だから近くにいても6年くらいすでに家に来ていないのである。
どういうわけか困ったときは来ないで死んだときは来る人がいる
話を聞いて一番不思議だったのは自分の兄のことを知っていたことである。
兄は事情あって自分の家に5年間いたがそれが自分が0才から5才までであり自分にはさほど記憶がないのである
それで「、、ちゃん」と兄の名前を言った、それがなんとも不思議だったのである。
なぜならもう兄のことを覚えている人はほとんどいない、交通事故で40才で死んだ、それも集団就職で静岡の方に行って死んだのである。
母の実家の墓に骨は納まっているがこれまた不思議なのは実家で五年間暮らした姪子が一緒にいたことを知らないという、その人は前にも書いたが異常な性格になっていて自分の母に信じられないことを言って縁が切れた。

そして思ったことは人間は一緒に住んでもその人の記憶がなければその人は存在しないと同じになることである。存在しないということはこの世にいなかったと同じなのである。時間がたってゆくと特に死んでしまうとどんどん人間は忘れられてゆくのである。
この人が存在したのかということさえわからないのがいくらでもあるし存在したということを知ってそれが大発見になったりする
もう存在を確かめること自体が一つの発見になってしまう。
だから「、、、ちゃん」と兄の名前までその人が覚えていたことで自分も兄の存在を確認したのである。
なぜなら自分は幼児でありその辺は記憶があまりないからである。


そうなるとそういううに昔を覚えている人は貴重である。
その人は自分より何才年上かはわからない、でも自分の家のことについては一番詳しい人だった。その人は自分の家と深くかかわっていたからである。
そして死んだ姉のことなどを語ったとき何か昔を共有することで連帯感を生れた
やはり昔を共有することは歴史を共有することであり郷土史とか歴史になる
historyだといういうときストリーは物語だからもともと昔を語ることにあった
その昔を語ることが老人の勤めのようになる、そこに老人の意義があるからだ。
人間は死んだら骨になり形も何もなくなる、でもその人を語ることによってその人生きることになる、人だけではないその土地のことでも家のことでも語ることによって生きる
それは郷土史とか歴史になったのである。


ともかく老人になれば次ぎ次ぎに死んでゆく、それよりもう自分が死ぬ番だとなっているだから死というのはもう親が死んでも自分がまもなく死ぬ番であるという意識になるから若いとき親が死ぬのとは全然違う感覚なのである。
自分の同世代のものが膨大に死んでゆく時代になる、だから有名人だろうがなんだろうがそんなに多くの人を記憶できなくなる、身近なものの記憶が大事にもなる
そこに郷土史の意義もあった。
話してみるとその人の親戚も小高の機織り工場を経営して失敗してひどい目にあったと言っていた。自分の母の実家の父も同じだった。
その頃機織りが盛んな時代だからそうなったのである。機織り工場を経営して成功した人もいるが失敗した人もいる、それは当時のブームでもあったことがわかる。
もう一人は自分より三歳くらい年下だが土葬の経験があり野辺送りで焼いた場所も知っていた。それは最後に自分の父親が野辺送りで焼いたことでそのことは鮮明に覚えている
その場所を知っていて気味悪かったといっていた。


とにかく時間がたつのは早い、死ぬとたちたまち忘れられる、そして昔を語ることはその人の存在を確認する作業なのである。そこで何か共有するものが生れる
それが郷土史ともなり歴史ともなる、なぜなら死んだ人は骨となり土となり何も残っていないからである。
そのあとは語ることによって存在を確認するのである。
津波で死んだ人たちもあのとき写真のアルバムを探して大事にしたのは何もなくなってしまったからである。記憶になるものがなくなってしまったから写真を探していたのである
老人は昔のことを延々と語るので若い人はうざいとなるがなぜそうなるのか?
つまりそれが自分の生きたことの証になるからである。
それで自分の姉は死ぬまで従軍看護婦じシンガポールに四年いたことを語りつづけた
認知症になってからは千回も聞いた、同じことをしゃべりつづけたのである。
それは自分の存在を確認するためだった、昔を語らなければ存在意義もなくなってしまうからである