2015年12月09日

フランス人の一人旅の女性とあった (コメリの放射能汚染物質の廃棄場を写真でとったいた)


フランス人の一人旅の女性とあった


(コメリの放射能汚染物質の廃棄場を写真でとっていた)


最近できたコメリの脇の大きな放射性廃棄物の一時保管場所の前に年配のフランス人にあった。
何才かわからないけど60まではいかなくても50くらいの女性である。
不思議に思ったのはその放射性廃棄物処理場の写真をとっていたことである。
写真をとりに来たといっていた。新聞記者なのかとも思ったが普通の旅行者である。
あんなところでばったりあったので驚いた。


その女性はそこは放射性廃棄物であることを知っていた。英語がしゃべれるからわかったそれからここからすぐに海で津波の被害があったことも知っていた。
つまりこの場所がどういう場所が知っていたのである。
何らかの関心がありここに一人で来た
この辺は世界でも有名になったこともあり来てみたのかもしれない
ただ女性の一人旅というのはめずらしい、でも今や世界は一人旅は女性でもめずらしくない
インドまで日本人の女性が一人旅していたしなぜかいたるところに日本人がいた
日本人宿もどこにでもあるから日本人に合わないことはなかった
なんでここに日本人がいるのかと不思議に思った。
その時は円高で日本人の海外旅行者が特別多かったこともあった


今は日本に相当数の外人が旅行に来ているから都会に行けば珍しくないだろう
ただこの田舎で一人写真をとっていることはめずらしかった。
一日は泊まると言っていた。何かその女性はあまり話したくない
逃げる感じだった、まず日本は女性の一人旅でも安全である。
何か事件に巻き込まれることはない、女性の一人旅でも安全だから旅しやすいとなる
これたらは田舎の方にもそうした一人旅の人などが来るかもしれない
フクシマは世界的に有名になったから来るということもある


世界はグローバル化していて人の交わりでもそうなっている
仕事でグローバルに活躍している人と旅だけでグローバルするのはかなり違う。
旅だとどうしても表面的であり深くコンタクトすることはむずかしい
海外旅行で自分は何か外人と表面的でもものおじせず話せるようになった。
別に英語ができなくてもいいのである。
中学英語くらいで表面的なことは通じる
なぜ日本人が英語できないかというしゃべれないかというと欧米人にものおじするからだというのわかる
欧米人と話す前にものおじするから話せない、英語ができないというのもそうである。


自分が中国で犯罪にあわなかったのは汚い恰好して中国人に見えたからである。
日本人と中国人の区別がつかない、韓国人でもそうである。
だから金あるように見えないから犯罪にあわなかったのである
中国人は団体で買い物などに爆買しているがやかで一人旅とかでも来るようになるかもしれない、その時田舎に来るが中国人だとやはり日本に来たとき日本人に見えて見分けがつかないのである。
東京辺りでも中国人と日本人の見分けがつかない、中国語をしゃべっていたのであれ中国人だったのかとなる


フランス人でもフランスに行ってもも英語をしゃべらない、みんなが英語をしゃべれるとは限らないのである。
いづれにしろ田舎でばったりとフランス人の女性の一人旅の人にあったことは一つの事件ともなる
ただこの辺はそういう外人が結構来ているかもしれない、世界的に有名になっているからである。
ツバメの放射能汚染を調べる人がアメリカのサースカロナイナ大学が来ていたりいろいろな人が世界から来ているということはある
ただあの女性は新聞記者かと思った。でも普通の旅人である
しかし何かそれ意外はわからないからつまらないとなる



posted by 老鶯 at 17:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

保証人問題は江戸時代からあった (江戸時代から継続している人間の問題)


保証人問題は江戸時代からあった


(江戸時代から継続している人間の問題)



学校を卒業してからの就職は雇用契約、結婚も契約、離婚も多くは契約、病気治療も契約、はかなく死亡した場合の葬儀、墓地埋葬も契約である。
 このように、生まれてから死ぬまで、人間は無数の契約を締結しており、ある一面では人間の一生は「契約で始まり、契約で終る」ということができる。


興味深いのが「埒明ける(らちあける)」という言葉です。奉公に出たもの(就職する人)が雇用期間中に、問題を起こしたり、行方をくらました場合は身元を保証した名主や親類が「必ず埒明けます(必ず解決します)」と約束しています。

人格の信用を第一としていた時代だったので、一度、奉公先を逃げ出し、埒が明かずに奉公を辞めた人間は二度と正業にはつけなかったようです。


借家人の身元保証人、家請人の事

この数年、借家人の家賃が滞り、借家明け渡しに関しての訴えが多い。
そのほかけしからぬ振る舞いなどもあるので、この度大坂の町で、家請人が判代金を徴収して、借家人の身元保証人になることを、別紙五十三人の者どもの願いにより申し付けた。身元保証の方法は別紙の通りで、この旨三郷の南組・北組・天満組の町役人は承承知した。もっとも、借家人の身元保証人になる家請人の営業をする者はこの五十三人のほかは、営業してはならない旨、町役人へ申し渡した。


このような人宿のなかには悪質な者も混じっており,奉公人と
共謀して,奉公契約を結んで給金を受け取っておきながら奉公先から欠落
させ,自分も姿をくらまして給金をだまし取る等のことにより,雇主であ
る武士の被害が無視できない状態になってきた。そのため,幕府は宝永7
年(1710)8月,当時390名余いた人宿を30名ずつに分け,13 の組合を作
ることを命じた。
この組合は,奉公人が欠落・取逃したら,組合としてその雇主に給金を
支払うか代人を出すこと,盗品がある場合はその代金を返済すること,欠
落した奉公人を組合として捜査することなどを責務とした。



奉公人争奪
がせり売り状態になって給金が高騰する, 手数料等の奉公人宿への支
払いが多くなって同様に給金が高くなる,という理由を挙げて,今後雇用
契約は相対にさせて欲しいとの願書を提出している。



江戸時代は何か現代とは隔絶した時代のように見える、でも人間社会は実際は継続している、歴史は継続して積み重ねて作られてきた。
だから何でも歴史的に考える必要がある。現代の問題は現代だけの問題のように見えてそうではない、必ず歴史的継続の問題として考察する必要がある。
保証人問題の根本は人をいかにしして信用するかにある。
これはまず人類が生れてからの最大の問題である。そもそも人間が信用できない、人間が罪を犯す、人間を性悪説を前提として法律ができたのである。
十戒でもそうである。殺すな、盗むな、姦淫するなとかはどこの国であろうがするなとなる、ただ十戒で偽証するなというのは何かすでに裁判制度があった証拠なのかもしれないそもそも人間とは罪を犯すものであり信用できないものだからこそ法律が生れた


なぜ保証人が必要なのかというとその人を信用できないからである。
人を雇うにしてもどうしてその人を信用できるのか?
私は信用できる人間ですといっても誰がそれを認めるのか?
雇う方でもどうして信用するのか?
それで就職するときも保証人を求める
なぜなら会社の金を横領されたら困るからである。
そういうことは常に起きて損害を与える、すると誰がその責任をとるのか?
責任問題が生じる、それで雇う方でも責任が問われるから保証人を求める
損害を与えたとき保証してくれる責任をとってくれる保証人を求める


雇う方でも責任が問われるから保証人を求める、雇われる方でも実は雇う方が保証してくれるのかという問題もある。
現実に江戸時代から賃金未払いはあり途中で雇われる方がやめて困ったとかすでにあり
雇われる方にも問題があり雇う方が損失をこうむる。
雇う方でも雇われる方でも双方に責任が生じている。
雇われる方が今だとフリーターとか派遣とかで正社員よりは気楽だとなるがそれなりに必ず責任問題が生じているのである。
本当は雇う方も雇われる方も双方の責任であり共同責任にもなる
会社だったら社長であれ社員であれ共同責任として会社を運営している
そして民主主義国家では個々人が自由だとしてもその自由には必ず責任を課せられているだから常に自己責任論が言われる、海外に行くのは自由だけど危険な場所に行ってはならないのに行ったから殺されたとなりそれは自己責任だとされる


民主主義国家は自己責任論社会である。政治家を批判してもその政治家を選んだのはお前ら一人一人でありその一人一人が悪いのだとなる
また健康でもお前の生活が不健康だから年取ってから病気になったのだ、健康も自己責任論になり不健康な生活をして60代以降病気になった人は自己責任であり国で医療費をめんどうみるのは問題として政治家がいた。
それも一理ある、毎日タバコをすい、酒を飲み、健康を害するのは自己責任でありそのめんどうを国の金で税金で面倒みれないとなる
それは税金だからそうなる、税金とかはみんなか払うものでありそんな不摂生な生活をしている人はその人の責任でありみんなで面倒みれないとなる
周りの人に迷惑をかけるからである。
そうはいってもいくら健康に気をつけても必ず60代になると必ず病気が出てくるのであるそれを自己責任されるのも辛いとなる。


どうしたら人を信用できるのか、保証されるのか、それはもう人間が生れてからの問題だったのである。
人間はそもそも信用できない、罪を犯すしその言うことも嘘が必ずあり信用できない、まず嘘を言わなかった人はいないしその人は異例であり馬鹿しかいないとなる、だから馬鹿正直だとなる、利口な人は必ず嘘ついているのである。
だからこそ保証人を求めている、その個人を信用できないからである。
そしてその個人を信用できないとき、保証をどうするかという問題になる。
それは家政婦だったら家の中に入るから非常に危険である。
それでフィリンピン人は家政婦として出稼ぎ者が多い、それは信用システムが作られているからだという、借金を調べて借金ある人は雇わないとか国でも信用システムを作っている


また家政婦を雇う時はそうした信用システムがない、個人で勝手に雇うと非常に危険になる、被害あった場合もう責任も問うこともできない
それが家政婦団体としてあればそこで共同責任になるから保証されるということもある
つまり共同責任体制の方が責任を問い安いし安心だとなる
五人組制度というのもそうである。
江戸時代は地域的な連帯で保証されることがあった。地域のつながりが濃密だったからである。だから村に住んでいれば村の人は信用できるとなった
でも一端村から出ると出稼ぎ者になると信用が別な問題となる、そこでいろいろ問題が起きてくる
法律が生れたのはヨーロッバで生れたのはそれは異民族が交わることで公平な法律が自ずと要求されて文書化された。口約束とかでは必ず破られる信用できないからである。
そういう経験を自分の家でもしている。口約束は破られてわずかだが土地は近くの人にとられた。近くの人でも信用できないのである。
人間がいかに信用できないかということでそもそも法律が生れたのである。
絶えず人間には裏切りがありそれで命を落とす人もいる、口約束は常に破られるのはそこに信用システムが構築されていないからである。


五人組などが何か封建的で古いものとしてあったと思うが今になると何かそれは共同責任体制であり信用システムだったのである。
江戸時代の問題は現代に継続している。例えば口入れ屋とかは今の派遣業者とにているしそういうものが必ず必要になり江戸時代も今も同じ問題が生じていた。
なぜなら江戸時代は終身雇用などない、年季奉公というとき期限がありあとは日銭稼ぎがほとんどであるから今の派遣とかフリーターとかの労働とにているから現代はかえって江戸時代にもどったのかとなる
現代の問題でも常に歴史的継続してと考える習慣が必要になる
江戸時代だから人と人が信頼し合っていたということでもない
ともかく人は信用できないということから保証人問題が生じていた。
だからどうして人を信用できるのか?常にそういうことが問題になる
履歴書でも偽って書いてわからなかったとか言う人もいるしそういうことは文書化して何をしても防ぐことはできないし犯罪はなくならないのが人間社会である。
ただ被害を最小限にとどめるとか何かしらの保証を人は信用できないから求める
それで保証人問題が江戸時代でも今も継続されているのである。






タグ:保証人
posted by 老鶯 at 10:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題