2015年12月29日

抽象画(炎と水ーflame and water)


抽象画(炎と水ーflame and water) 

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抽象画は最近葬式とかでしていなかった。これは暇つぶしにいいんだ、多少は創作的なものがある、創作的に楽しめるというのがいい、ただテレビとか見てていても創作になりにくい
つまりテレビでも本でも何かしら自分なりに解釈して創作するとき有効な時間を過ごせる
介護も終わって何か暇にはなった、前は暇で暇でしょうがなく時間を無駄にしていた。
人間は本当は無駄にする時間はなかった。
それが今度は介護で十年間追われて自由な時間を奪われ時間の貴重さを知った。
もう自分の時間は限られている、自分も死が近づいている
だから無駄な時間を過ごしたくない


ただこの十年の介護の重圧から解放された、これから自分はどうするのか?
これまた一つの問題だけどそれより自分には残された時間がそんなにないことは確かである。
また自由な旅もできたとしてもそうである。
ともかく重荷から解放されたことは確かである。

つまりdischrgeされたのである。

タグ:.炎と水゛

呉歴 「秋景山水図巻」の鑑賞ー自作の詩を添える


呉歴 「秋景山水図巻」の鑑賞ー自作の詩を添える



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呉歴 「秋景山水図巻」 (部分) 清・康熙32年(1693) 重要美術品


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これは秋ではない、あくまでも絵は参考であり自分の作ったのは
また別であり、冬をテーマにしている




冬日奇岩

深山幽谷
奇岩一徹
冬日陰濃
隠棲茅屋


絶えず清涼の水の尽きず
不動の岩間を流れ響きて
奇岩反りて茅屋一軒在り
誰か今日尋ねや隠さる径
今日亦岩に対し冬日暮る


この絵をインターネットで発見した。岩を追及している自分だからこの絵は鑑賞できた。芸術は写生でもこれは構図として作られたものである。
自然の写生ではなく石の配置でも構図的に作られている。重厚な岩がありそそり立つ岩があり岩を見事に現している
並ぶ岩は相黙す岩でありその間に人がいる。そういう風景が自分の好みだったのである
岩とか石を見るときそれは深く沈黙する石や岩として見なければならない

中国となると政治的なことが話題になるが何か文化的なことは表面にでてこない
漢詩はやはり中国と日本の歴史的な文化交流の精華として残された
そして明治維新後中国は政治の面のみが取り上げられ文化的なことはないがしろにされてきた。
中国には山水画とか漢詩とか奥深い文化があるが何かそういう文化的交流はなく政治的な対立ばかりが取り上げられた不幸がある
そういうことは江戸時代まではなかったのである。
日本と中国は確かに古代に韓国で争ってもその後は争っていないのである。

ただ明治に一番漢詩が興隆したのは江戸時代までそういう蓄積があったためである。
欧米化した結果、日本は漢詩とか中国文化は遅れたものとみなして断絶してしまったのである。
日本人が漢字を使っているかぎりやはり中国文化の下にある、韓国はハングル語にしたときそういう文化を失ったのである。
漢字には漢字の奥深さがあり漢字一字でもそうであり中国と日本では違って解釈されているのである。


中国とは政治経済科学技術分野では交流したが文化面では何か見逃され、それは現代が科学技術の世界、グローバル化経済の世界だからそうなった。
政治経済だと争うが文化面だったら争うことはなかった。
東洋というときアジアというときイスラエルまでアジアであった。
そのアジアが欧米化に席巻されたのが二〇世紀だったのである。
今度はアジアが興隆する、その先達が日本文明がになったのである。
アジアとは何か今はわからないがアジアの新しい文明が起こる時が来た
欧米文明は行き詰まっている、それがアジア的文明に変わる過渡期が現在である。
欧米文明は暴力的であり強欲であり征服的であった。
これほど世界大戦の犠牲者が出たというのもやはり欧米文明、アーリア人とかの暴力的な侵略文明が世界を席巻して日本もアジアも巻き込まれたためだった。
アジア文明だったらこんなに戦争にならずにすんだかもしれない、だから欧米文明は今見直される時期に入っているし崩壊する危機にさらされているともなる



2015年12月31日

今年も終わり(奇岩のことなど)


今年も終わり(奇岩のことなど)

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雪舟

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冬の日や奇岩の影を濃くしたり

茶室あり枯木の古木影濃くす

世を離れ奇岩の影や冬籠もる

閑亭に石をあしらふ冬の月

三軒ほど一人暮らしや冬灯かな


宇多川の橋をわたりぬ枯芒城跡あわれ暮れにけるかな

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宇多川の橋は大きくないから人間的になり情緒がある




今年も終わりになった。ともかく自分の場合、この十年間は何だったのかと思う
人生にはやはりこんな動乱がある、平和でも必ず病気とか事故とか老いとかがある
天変地異もある、そういうのがこの十年間に一度に起きたのである
他の人も避難生活になり津波では家族も死んでいるからそれはそれで苦しいものとなったただ何でも原発でも津波でもそうだが自分たちだけが苦しんでいると思って
何か同情しないと諫めるようなことになったけど
自分でも他の人でも苦しんでいた人はいたのである。
別にそういう人はどこでもいるが同情もされないのである。
ただ放置されているだけである。
そして介護疲れで殺人になったとかニュースででるが回りの人も同情などしていないのである。
まず原発事故の避難民はかえって楽だったということがあった。
補償金で遊んで暮らせたということである。
ただ津波の被害で家族を失った人たちはそれなりに苦しいとなった


人間は一生の間にそれぞれ何か追及している、芸術でもそうである。
自分の場合は石とか岩をテーマにしてきた。
奇岩というとき世から離れた奇岩なのである。
世を離れるというけどこれもむずかしい
そもそも今の生活から人間は離れられない
電気なしで暮らせるとか車なしで暮らせるとかなる
そういうシステムになっていて人間はその時代の子であり
その時代を否定しては生きていけないようにできている
ただ世にどっぷりと交わるのではなく世を離れた奇岩を貫き通す意志をもつ
それが奇岩の意味なのである。


この辺で組で一二軒とかあっても四軒は一人暮らしとかになると一人暮らしが増えている一人はまだ六〇代の女性である。
一人暮らしはこれからも田舎でも増えてゆく、そういう時代なのである。
自分も本当に一人暮らしとなった。そして介護もしないからまた前のように自由になったその自由も身寄りもない自由だから不安だとなる
でも介護はもう限界だった、十年もすればもう嫌だとなる
だからこれからも前のように自由に旅もできる、ではそうなるのかというとわからない
どうも今は外国人の旅行者が増えて旅しづらくなった。
ホテルも泊まれるのか、高くなったとか何か不安なのである。
まず日本人が日本を余裕をもって旅できないということは日本が貧しくなったということである。日本人優先ではなく外国人優先となってしまったからである。


まだ四七日はすぎてはない、これも結構長いと思った。でも来年は確かに旅に出ることはまちがいない、前のように長い旅もできる、それも何か自分には不思議に思うのである。


タグ:奇岩