2015年12月01日

人間の最期は大事 (意志疎通できていればまだ生きている)


人間の最期は大事

(意志疎通できていればまだ生きている)


我が顔みてなお微笑む母なりき余命いくばく別れを惜しむ


人間はやはり死ぬときは大事になるのか、姉の最後は悲惨だった。ただ最後にわかったのかうなづいてくれた、それだけで救われた。
何もわからなくなっていたと思っていたからだ
人間は最後まで意志を通じ合わせようとする、自分の家は複雑な事情があり外からわかりえない
長い間憎しみあった関係でもあった、でも60年とか一緒にいればもう憎むこと自体愛していたともなる、憎むというときそれが意外と愛に通じていることもあるのだ
愛の反対はむしろ無関心なのである。人間はたいがい他人にはこれだけ数がいても近くでも無関心だからである。


自分の母との関係も普通の母との関係とは違っていた。でもやはり最後は介護して尽くしたので喜んでいた。
そして最後もまだ顔がわかっていて微笑んでいる、だから冷たい関係でなくて最後を迎えるので良かった。双方にとって良かった。
親戚の人はこれも母親が三人とか変わったが交際しないからわからないが最後は恨みを残して死んでいった。それを自分は最後に聞いたのである。
「ひどい人だ」と娘を恨んで死んだ。でも介護はせずにすんだから良かった。
急速に死んでしまったのである。その二人の事情はわからないにしても本当に病気でも何かいたわりの言葉もなかったのだろう。
だから最後に自分の家とは交際がなくてもそう言って死んだのである。
つまり自分の家に恨みを自分に恨みを伝えて死んだのである。
その女性は本当に異常な性格になっていたのである。ただなぜそうなったのかは交際がないからわからない、ても恨んで死んだことは間違いないのである。


ここに人間の最後の問題の複雑さがある。介護でも冷たくされたとかなり親子でもうまくいかない場合もある、特に認知症になった場合はそうなりやすい
介護する方でも何がなんだかわからなくなるからだ。
認知症のむずかしさは全部が正気でなくなったとはいえない、時々正気にもどったり何かわかっている。だからその対応が非常にむずかしくなる
認知症でも何もわからなくなった人として対処できない、そこで感情的に何か恨まれたりすると困るのである。
それは死ぬときもそうであり死んでからも墓参りしたり供養するから問題になる
介護はその後最後を看取るとか墓参りと各様まで通じているからむずかしくなる
だから自分は何度も死んだら墓参りして供養するからと伝えている


ともかく人間の最期はみんなどうなるのか、良くカルト宗教団体では創価などでも異常に死に際を気にしている、成仏するのかどうか気にしている、それが信仰の目的とさえなっている、成仏するかしないかで決まるようなことを言っているしまたそれが信仰の目的とさえなっている
でも死に際がどうなるのかは別に信仰とは関係ないと思う
確かにいい死に方もあるがみんな違っていることもあるだろう。
第一考えてみれば数が多ければまずそこにはいろんな状態が生れる
実際に交通事故で学生のとき死んだ人もいるし様々な死に方がある
ただ認知症で死ぬのは最悪だとしてもこれも何百万も認知症時代だからこれまたどうにもならない、カルト宗教団体に入って何か信仰して認知症にならないということはないのである。
数に比例してなるからそうなる


結局人間はどう生きたのか、その方が大事である。老人になって病気になりその病気のことばかりが関心事になっているのが普通である。
その人がどう生きたかなど関係ない、今はただ病気を生きているようになっている
それも変なのである。人間はそもそも病気を生きることではない、健康に生きることが生きることである。
病気とか老人になり体が弱るとかそれは余祿としてあるべきでありそれが主体となっていたらおかしなことになるのである。
介護されるために病気のために生きているように最期になるのはおかしなことなのであるだから病気社会介護社会というのが何か変な社会なのである。そのために費やされる労力が莫大なものとなっているからである。


ただ家族にはそれぞれ事情があり家族の中でどういう価値があるかは外からわからない
百歳になっても大事にされる人もあるしない人もある
それはそれぞれの家族で違ってくる
ともかく介護も大変なのだけど最期に恨まれたりするとあとの墓参りと供養とかが問題になる。死後まで何か介護とかは関係しているからむずかしい
そして介護はたいだい最低でも5年はかかるしまだ長くなるから途中でいやになるきが普通であり負担が大きいのである。
それでも最期に何か微笑んで笑ってくれて死んでくれたとなると救われるのである。


ともかくまだ顔をみてほほえんでいることは意志疎通ができている
やがて昏睡状態になりわからなくなる場合もある
自分の母の不思議は未だに病気がないという、人間はたいがい病気で死ぬ
ちょっとした風邪でもバイ菌で老人は死ぬ、それが病気がないということは本当の老衰で死ぬということになる
だからそれほど苦しまなくて死ぬのだろう。
病気がなく老衰で死ぬということはなかなかできない、必ず老衰の前に人は病気になって死ぬ、病気がなくて死ぬのが老衰なのである。
一見これだけ長生きの時代でも老衰で死ぬ人はかなた少ないと思う
90代でも必ず病気になって死ぬのが多いだろう、そうでないともっと長生きする
だから老衰で死ぬのはかなりまれなことだと思う

タグ:人間の最期
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2015年12月02日

宗教の危険性は心を支配されこと (師すら従うことは心が奴隷化される)


宗教の危険性は心を支配されこと


(師すら従うことは心が奴隷化される)


あなたの救の喜びをわたしに返し、自由の霊をもって、わたしをささえてください。(詩篇51篇)

 あなたがたは再び恐れをいだかせる奴隷の霊を受けたのではなく、子たる身分を授ける霊を受けたのである。(ローマの信徒への手紙)


現代の宗教ではこれを守ることが大事になっている、宗教の最大の危険は必ず奴隷の霊を受けることになっているからだ。
人間は経済的に困窮すれば借金などすると奴隷のように働かされる、昔だったら借金のカタとして遊女にされたとかなる
もうその時有意義に働くなど考えることもできない、身は奴隷にされる
もちろんそうでなくても今は金の力で俺たちは奴隷なんだよと働いている人が多数になった。それは望んでいない働き方だからである。


そして意外と軽く考えているのが霊的に奴隷になることである。霊的だとかあまり重大に普通は考えない、日々の生活では日々のパンを得ることの方が大事でありそうして毎日働いているのが現実である
だから人間は容易に霊的な奴隷になってゆく、例えばなぜこれほどカルト宗教団体に入る人が多いのかということである。
それは何か利得があり利益があるということで入る、でもそこは宗教が関係しているから精神まで奴隷化されるのである。
宗教になるとあらゆることに宗教をあてはめる、お前が貧乏なのは信心がたりないだとかお前が病気なのも信心がたりないのだとか、相手に対しても罰が当たるだとかなんだとか宗教を利用する、それがカルトである。
カルトが怖いのは精神が支配されるからである。
オウムが最もその宗教の怖さを現実化した、殺人することも宗教で肯定された、イスラム教でも殺人も神のために肯定されてテロになる
宗教の怖さは殺人でも肯定されて正しいことをしているとなるから怖い
そういうふうに心が支配されることが怖いのである。
そして心が支配されるからたえずおびえるようになるのだ。
罰あたるとか地獄に落ちるとかそういうことを頻繁に言うようになりおびえるようになるそれは心が支配されるからである。


そういうことを別にカルト団体だけではない、個人でもあったのである。
自分が病気で苦しんでいる時、借金している人が脅迫してきたりそうした不安状態につけこんで支配しようとしてきた。
つまり弱者化すると容易にそうされやすいのである。様々な困難に直面して苦しんでいるときカルト宗教団体の餌食になりやすいのである。
そういうことはまた団体だけではない、個々人にもあるのだ
四国の遍路で出会った人はホームレス化して遍路している人だった。
その人に金が余っていたので一万とかくれることにした。
そしたら簡単には受け取らない、何か人間はくれるとなると素直に受け取れない心理がある、貸してくれというときは返すから貸してくれと言っているのである。
でも実際は貸してくれと言ってまともに返す人はほとんどいないのである。
でも自分は返すから貸してくれと言っている。金をくれろとは言えないのである。
でも借りることは金をくれろとほとんど同じなのである。


そのホームレス遍路はそうなってからまもない人だった、そしてその金をもらうと言う
そしてお経のようなものを唱えたのである。
それはお返しのためであり、それは一つの御布施のようにしてもらったとなる
となるとただもらったのではない、御布施として与えられたとなるからである
それもその人は何かでホームレスになったのであり宗教など何の関係もないのである。
ただ切羽詰まって宗教を遍路している内覚えて唱えるようになった
これも実際危険なことである。その人はそうして信仰など関係ないのに何か与えられたらもらい信仰もないのに相手にお経を唱える
その相手はかえってそのために感謝までしてければならなくなってしまうだろう
そして何よりそうしたなら心がお経を唱えられることによって支配されることになのである。
何か昔から僧となり行脚する人にはそういう人たちが相当いたことは確かである。
修行僧とか禅宗にはそうして全国を歩き回る人たちがいた。


でも別にその家々で個々人でもそんな信仰もないとしたらお経を勝手にあげられることも迷惑だとなる
そういう人は宗教とは何ら関係なく日々の糧を得るためにそうして乞食ではない、自分は尊敬される僧であり布施をもらうのが当然だとなっていたのである。
そして何か布施しないものの家は悪いことが起こるとか呪うようなこともしていたのである。
とにかく何か宗教というのは何が真の宗教なのかわかりにくい、何かうさん臭いの宗教である宗教者になる
戒名などでもうける檀家宗教もそうである。それもそれなりに有効なのは宗教は来世でも何かわからないからおびえるからそうなる、その不安につけ込んで商売している
そういうことは先祖の霊が悪さしているとか先祖供養しろとか除霊だとかいうのも心を支配して商売にならかである
人間は弱いものだし様々な不安をかかえるから心まで支配される


そして宗教というとき必ず師についてまず学ぶ、これもまた現代では危険になる
師が絶対化して服従するだけになる、師弟不二とか言うことになりそれは師のためなら命までささげることになるから怖いのである。
池田大作とかオウムの浅原のような異形の妖怪のような人間を仏とか神とかまで祭り上げる、つまり偶像崇拝になることが宗教では一番危険なのである。
イスラムで絶えず偶像を否定しているのはそれなりに宗教の本筋をついているのである。師というとき師と同じになることではない、師はあくまでも今は一つの指標であり越えてゆくべきものである。
師に学ぶべきものがあってもそれは一つの一時的な過程にあるものであり絶対化はできない、師はむしろ弟子によって否定されて弟子が新たなものを作りだすことである
それは教会とかの牧師でもそうでありそういうふうに何であれ師にすることは危険なのである。
奴隷の霊を受けることになるからだ。だから教会にもゆくべきではないとなる
だから自分は一回も教会に行ったこともないし説教を聞いたこともないし聖書すらまともに読んでいないのである
何かの団体の会員になること自体が奴隷化しているのだ。会員だということはもうそこには個はない、同じユニホームを来た団体化したロボット化した会員である
そういうものにはもう誇りもなにもないだろう。ただ右向けといえば右むくだけであり
それがボアしろとか言われて殺人までになるから怖いのである。


一方で現代はもう師など求めない時代でもある。水平化の時代でありみんな同等だ同じだという社会でありそれが民主主義だとなる、それはキケルゴールが言ったことである。
しかし大衆とか優れていない普通の人が師なくして自立することは相当にむずかしい
どうしても何かに人でも頼らざるを得ないから結局カルト宗教団体がなくならないのである。
宗教の怖さは何であれ間違っているにしろそれが人間の心を支配するからである。
ホームレス遍路でも食いつなぐためにお経を唱えて糊口をしのぐことをしている
そんなものでも唱えられることによって心が支配される
だから宗教は金をとることによって成り立つこと自体が邪道だともなる
それで平民宗教を内村鑑三などが唱えた、牧師とかではない僧侶ではない、普通に社会で働いて信仰することが推奨されたのである。


ともかく人間は切羽詰まってくると危険なものとなる、たいがい推理小説のドラマで借金に追い詰められて犯罪になっている。
借金に追われた人間は何でもするようになる、モラルも何も喪失してしまうから怖いのである。
追い詰められて信仰心もなにもないのに他人にお経を唱えること時代相当な宗教的罪だろう。この罪も相当に大きいかもしれないがあまり問題にされない
宗教が悪とか犯罪にかかわると何かややこしくなる、それは戦争でも宗教戦争になるとややこしくなると同じである。
日本の戦争にしても天皇を神とする宗教的なものがあった、御国のために死ぬものは英霊になる、神になるといういのも信仰である。
成仏するとか創価がこだわるのもそうである。アラーアクバルとなかて自爆するものそうである。
宗教の誤謬が謝った信仰が看過できないのは非常に危険な要素をはらんでいるからであるつまり誤ったものでもそれが大きな力ももつことができるから怖いのである。

だからフランスの革命は宗教色を払拭しようとした、「博愛、自由、平等」には宗教色がないのである。
それは二千年のヨーロッバの歴史がカトリックの政治化で宗教支配にこりたしその悪弊があまりにも大きかったからである。
本当は間違った宗教は禁止されなければならないのかもしれない、そうなると信教の自由の弾圧だとなるがそれもまた逆にカルト宗教団体は相手の信教の自由など認めない
思想的宗教的にもかえって弾圧する方になっている、第一何百万の会員の圧力がすでにそうなっているのである。
それが政治的圧力ならいい、宗教的圧力となっているから心まで支配しようとしているから近代の社会に適合しないのである。
宗教と政治と経済でも分離すべきものなのだろう。
政治的権力を得て経済的権力を得てカルト教団に入れとか就職斡旋するから入れとかそうした強要は信教の自由に反している
信教の自由が保証されているというときなぜかるとカルト教団が信教の自由の故に公認されているかを知るべきである。
本当はそうした政治的権力や経済的権力を行使できるものは信教の自由に反するのである。
民主主義だからといって何でも自由ということではないのである。
それがなぜ言うかとなると必ず後の災いとなるから守らねばならないのである。



タグ:宗教の危険
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2015年12月03日

介護は愛情がないとできない (看護師はただ体の処理を機械的にするだけ)


介護は愛情がないとできない

(看護師はただ体の処理を機械的にするだけ)


三姉妹会うと、「お父さんはいつ逝くんだろうね」
そこに愛情はありません。トラブル・借金のことで恨む気持ちもなく、ただ無関心。もう二人とも見舞いには来ないかなと思ってます。

でも正直な話、介護生活が長くなるとだんだん愛情も薄くなってくるのではないでしょうか?
実親、義親の介護をしているすべての人に愛情が冷めないうちに終焉が来ることを願ってやみません。


今日病院に行って同室の人を見ていた。介護されるばあさんは眠っている、何かわからないみたいだ。
でもその女性は誰なのかわからないが顔をふいたり何か唇をぬらしたり手をさすり足をやさしくさすっている
その女性は何かやさしい感じなのである。体全体に何かやさしさがあふれている
あれを見ていたら介護はやはり女性が向いているなとつくづく思った。
無骨な男性の手ではあういうことはできないだろう。
女性でもいろいろいるからみんなあういうふうにはできない、そのしぐさがやさしさにあふれている
それは見た感じでわかる、だからその女性との関係はどうなのだろうかと気になった。
嫁ぎ先の義理の母なのか?それとも娘なのだろうか?
娘だったら理解できる、あんなふうにやさしくするのがわかる
体は細いがその手でさすることがとてもやさしく見えたのである。
そのことを寝ているばあんさんは意識しているかどうかわからない
やはりかなり症状としては重いからである。


介護というときまず医者や看護師は愛情をもって接することがない、人間を機械のように見て接しているのである。
医者だったら人間は機械であり管でも水道管のようにつまっているからそのつまりをとることだとなる。何かそういう感覚であり医者には別に愛情など必要ないのである。
看護師もまた病気をみるのであり体をみている、その体も機械のようにみていることはにているのだ。ただ看護師になると何かしらいたわりの言葉をかけたりはする
看護師はだから何か愛情とかいたわりとかを求めるが実質は病気をみるのであり体にふれるにしても何するにしても何か処理するという感覚になる、それは忙しいということもあるし家族のように特定の人にかかりきりになることはできないからである。


でも介護というときなぜ愛情とかが問題になるのか?それは体に直接ふれるという仕事だからである。
もちろん医者でも看護師でも体に直接触れる仕事だからそして相手が人間だということで機械のように扱えないのである。
微妙に医者にも看護師にも心を感じてしまう仕事だから特殊なのである。
でも実際は体を洗う、便を処理する、点滴をする、リハビリをするとかそういうことを何か機械的にしているのがほとんどである。
愛情をもってしてはいないしできないのである。
医者ー看護師ー介護士という順序で愛情が必要になってゆく、介護士は一番愛情が必要な仕事になる、もともと医者や看護師は病気の体をみるのであり愛情は二の次になっていた介護士は高齢化社会で新たに生れた仕事なのである。
医者や介護士は体の欠陥を機械のようにみる仕事だった。
介護士は愛情を持っていたわる仕事でありそのいたわることが最も介護士らしい仕事なのである。
それはもともと家族がしていたことである。家族の延長上にある仕事である。
それは仕事ではない家族が無償でするものであった
それが仕事となったのは高齢化という時代の変化で生れた仕事なのである。
それは家族で特に女性がしていたことなのである。


ともかく比較的若い40代くらいなのか?その人の仕草が何か女性的に繊細でありやさしさにあふれている、それをみて介護は女性がつくづく向いていると思った。
gentle loving touchesとかなる、女性的なものが介護で発揮される
ただ問題は介護する側と介護する側の問題が必ずある、あのように介護しているとなるとその関係がいいのだろう。まずそういういい関係の人は少ないだろう。
親戚で「ひどい娘だ」と最後に自分に恨みを残して死んだ人がいた。
そこにはいろいろ事情があってもやはりその女性はその娘を一番かわいがり世話したのだからそんなに冷たい人間になっていることが理解できない、ほとんど異常性格者になっていたのである。
そういう人はもう介護もなにもできない、その女性は病気になりすぐ死んだから良かった介護になっていたら虐待されたり放置されたりひどいことになったろう


まずそんな人は介護などできようがないのである。全く愛情がないからである。
そういう人もこの世には親子でも多いから介護は愛情だなどと言ってもそれを実行できる人は少ない、いくらそう思ってもできない人もいる
だから今の世の中、高齢化であるが介護してくれる人がいない場合はとにかく自ら死ぬのような選択も考えねばならなくなるかもしれない、自殺というのではない、介護されないような状態を作り出すことが必要かもしれない
それで孤独死というのは介護されないで死ぬのだから悪いともいえないのである。
介護される人もいないのに生き延びた方が悲惨である。
介護する人がいても長生きするとかえって苦しむからだ
母も百歳生きてまた病院で生きているけど何かかえって苦しむようにもなったからである前から水だけしか飲めなくなりそのまま家で死んだら良かったのかと思う


人間はまず機械ではない、直接体にふれるのでも愛情をもってふれるるのと愛情もなくただ機械的にふれるのでは相当な相違がある、それは人間がロボットではない、人間だからである。
そしてどうしても病気でも介護でも体に直接ふれるということがそういう問題を起こすのである。
普通でも体にふれるということはやはり相当親密でないとできない、それが親密でなくても病気とか介護になると体に直接ふれるしふれられることになる
でも一般的には体にふれるにしても機械的にふれて処理するという感じなのである。

脈をとる看護婦の手の、
あたたかき日あり、
つめたく堅かたき日もあり。

これだけ繊細に感じる、普通は自分などでもそこまで感じない、ただ手がふれて握られたとしか感じないのである。
ただ人間が体に触れるということはこういうことがあるのだ。
あたたかくふれるときと冷たくふれるときは違って体で感じるのである。
でも実際は看護師は冷たく堅いというのが普通である。
ただ啄木は看護婦の手にあたたかいものを望んだのである。
それは誰しもそうである。でも今や病院や看護師や介護士でもそういうふうにあたたかい手で接する人は少ないだろう
みんな金であり仕事であり機械的にしているだけである。
でもこの仕事の問題はそういう愛情とかしたたかい手をもとめている、それがむずかしいのである。
自分はそんなことより病院で虐待されたから恐怖を覚えるようになった。
まず介護する人がいないのだから病院に入ることは本当に恐怖である。
あたたかい手はない、冷たい手でふれられ虐待までされるから恐怖である。
そんなところにゆくよりその前に死にたいとなってしまったのである。

看護師の仕事でも介護士でも前も書いたけど極めて人間的な仕事である。人間にしかできない仕事である。それは直接人間の体にふれるということがそうしている面があった。

今までエリートとされていた人が職を失い、 
 介護など人間相手の仕事だけが生き残って 
尊敬されるような世の中になる 

いろいろなものが機械化されるとかえってこうした人間的な仕事が重要な仕事となることもありうる、就職する場所がなくなったらそうなる、体をもちあげたり運ぶのは介護ロボットがするにしても愛情をもってやさしくふれるということは機械にできないのである。機械には愛情をもたせることはできないのである。
だからあらゆるものが機械化してもそうした人間的な仕事は残る
家政婦などでも家事は料理でも洗い物でも何でも機械化されるから今は別に一人暮らしでも困らない、でも女性はそういう一人暮らしを慰める仕事として必要になる
それは何か別な能力が必要になる、話がうまいとか何かなごみが感じるとか老人に優しいとかといったことが価値になる。
そういう能力は若い人にはない、容姿は良くてもそういうことは何かいろいろ経験をつまないとそういうものが備わらないからである。
それは人によっても違っている、それもまた女性の一つの能力として老人になってから評価されることもありうる
だから人間社会はすべてが機械化されて仕事が失うということはない
何か常に機械化されても別な価値が新しく見いだされる、それは機械ではできないものが最も人間らしいものが評価されるようになる、それが介護とかの仕事になるかもしれないのである。今はそういう途上にあり評価されないのである。


いづれにしろ介護はあまりに長くなるとどんなに愛情かあっても嫌になる、それが手当てするからどうしてもそうなる
それは本人も苦しむし介護する人も苦しむ,金もかかるから苦しむ、そして介護殺人が鰻登りに増えてゆく恐怖である。
介護が長くなればなるほどそうなってゆくのである。


でも正直な話、介護生活が長くなるとだんだん愛情も薄くなってくるのではないでしょうか?
実親、義親の介護をしているすべての人に愛情が冷めないうちに終焉が来ることを願ってやみません。

つまりこういう意見が出るのも介護が長くなるからも限界だとなってしまうのである。
最低で一人5年はかかるし両親がいればあわせて十年になるしそれよりも長くなることが問題なのである。
タグ:介護は愛情
posted by 老鶯 at 19:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 福祉医療-老人問題

2015年12月04日

抽象画(火球 水球)



抽象画(火球 水球)

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火球

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水球

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虹の惑星

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healthy body

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女性の波動



これも変化させたものだから著作権的には間すい、原画を示せば変化させたことがわかるそうしやすいのがまた抽象画なのである。

heathy bodyは何か抽象画らしい、これは自分でもなにかわからないが色に感じるものがある

抽象画はどうししても芸術的には劣る、そもそもこれが創作なのかどうかわからない
ただパソコンのソフトで変化させているだけだともなる

タグ:火球水球

飯館村が寄付金募集の疑問 (なぜまず自腹で出さないのか?ー避難民はただ補償金をもらうことしか関心かない)


飯館村が寄付金募集の疑問

(なぜまず自腹で出さないのか?ー避難民はただ補償金もらことしか関心がない)


飯館村の村長が寄付金募集とかテレビに出ていた。これもなんか地元からすると今はおかしい、飯館村も相当な補償金をもらっている、千軒の家が壊された
そして一体どれくらいの人が帰ってくるのか?
実際は帰らないという人が多数である。そもそも寄付金は何に使うのだろう
寄付金がなにかどこに流れてどこに使われているのかわからないから無駄という人もいるまず村長が自腹を切って何々のために金を出すというのならわかる。
なぜなら今回の避難区域になったところにはみんな相当な金をもらっているのである。
南相馬市の小高区の人が鹿島区に仮設に住んでいてその内容を知っている。

あらゆることが補償の対象になっている。仏壇にも補償されるし私道だったところにも補償されたとか一時帰ればその金もでる、引っ越しにも金がでる、福祉も医療も無料であり高速も無料でありありとあらゆることが補償の対象になっているのである。
それは飯館村でも同じでありさらに期間が長いから補償も手厚くなる
それで毎日避難した人はギャンブルざんまいであり高級車を買ったりと遊んでいる
小高の人も何もしないでも金がたまってほくほくだと言っている
何にもかわいそうだなどということはないし金がないということもない
だからもっと長く避難者でいたい、そして小高区の人は来年の四月に避難解除になるので浪江の人たちも相当いるので浪江や飯館村はもっと長くもらえるからうらやましがっている、何か復興したいとかないのである。
ずっと補償金で暮らしたいというのが本音であり老人が多いから特にそうなっている
あとは生活保護だとか言っている


だから寄付金募集というのは何なのだろうか、何に金を使うのか?みんなありあまるほど金をもっていてギャンブルに毎日使っているのだ。
それで何をまた寄付金を募集して何に使うのかという疑問がある。
第一金をもらったらかえって復興できないという皮肉があるのだ。
てぜなら金をもらったらもうもどらないで他に住むとなったからである
補償金で余所の土地を買い家を建てて住んだ方がいいとなったのである。
それでイワキには二万人以上が避難して家を建てて高級車を乗り回してギャンブルだとか飲み屋で金をばらまいているとか批判された。
そもそも避難区域の人たちは何を復興させようとしているのか?
何が復興なのか、それが外から見てもわからない、復興とは補償金をもらって外で新しい家を建てて住むことなのかとなる
実際はそうなっているし補償金をだからもっとくれとなる
補償金はそもそも避難区域を復興させるためのものであり外に出て新しい家を建てるために出したのではないのである。
補償金の額が多いからかえってもう故郷を出て外で新しい生活をした方がいいとなった


小高でも小高病院の配管を修理するのに7億円かかるという、でも一体それを誰が出すのか?そんなことを知らない人もいるし全く避難している人は関心もないのである。
補償金をもらえばいいとしかならない、それは誰かが政府か東電か県なのか出して修理してくれると思っている。自分たちがその金を出そうなどと思うことすらないし何も関心もないのである。
でも病院がないと帰って一番困るのは小高の人たちなのである。
まず鹿島区で老人が医者に通う人がいるからなぜ小高の人は何でも無料なのかという不満をいつも言っている、ありとあらゆることが補償される
30キロからはずれた南相馬市でも補償は一人十万で7カ月分しかなかった
あとは一切医療費も福祉関係もなんにもないのである。
となりの相馬市でもそうだし仮設の人たちに対して大きな不満がある
相馬市になると何万とかしかもらえなかったからである。
その差はあまりにも大きかったのである。
飯館村の人にさえ不満がある、浪江の人も来ているから不満がある
相馬総合病院の特等室に入って相馬市に家を建てる豪邸を建てるとか言っていた。
そしたらやはりなんなのだろうと地元では不満になる
相馬市でも津波の被害を受けた人は何ももらえない、そしたらその人たちの不満も大きいのである。


ともかく何か前から書いてきたけど「絆」だとか言って一時は協力しようという気運があった。今になると全くない、なんで避難民だけがいたりつくせりで補償されて金をもらい他の人はなにももらえない、してくれないという不満が大きいのである。
その原因はやはりあまりにも金の力が大きくなった結果としてその歪みが原発事故周辺に出たということもある
そういうもともと社会がそうした歪みが出やすいものとてなっていたからこの辺は極端な現象として現れた。
だからそれは現代の社会の問題でもあったと自分は指摘して書いてきたのである。
「金さえあれば、金になれば」何でもいいということから原発もはじまっていた。
原発事故もまたその補償金で金をもらえばいいとなった

でもその補償金は漁業組合でも原発事故前も後も手厚く補償されていた。
原発御殿が建っていたとか明らかにされた。
そういうことも原発事故を起こした要因になっていたのである。
漁業権を傘にして補償金をがっぽりもらっていたのである。
別に漁業で稼ぐならそんなこと言わないし問題にもならない
原発で稼いでいたことが大きな不満と今ではなっている
事故にならないならまた問題にはならなっかたし第一気づかなかったのである。
何か漁業も大変だなと同情していたのである。
こんな原発事故の被害にあったのは誰の責任だということになった
それは地元の人にもあったのである。


ただみんな個々人でも金さえもらえばいいしかない、では何か復興のためにしようとすることかあるのか?一部にはあってもほとんどの人にはない
若い人は帰らない、補償金で外で新しい生活をした方がいいとなって帰らないのである。補償金によって故郷は捨てられ家族は分離して残ったのは老人だけになる
その老人を世話するのは誰かとなる、もう若い人いない、うば捨て山になる
飯館村の人でも毎日補償金でギャンブルしているという時また寄付金を募集してその金を何に使うのかとなる
だから帰る人と帰らない人とに分けて補償金を出した方が良かった。
みんな一律だから金をもらえれば外に出た方がいいとなった
そもそも復興とは何かなになのかさえ今になるとわからない
故郷を出て新しく再出発することが復興なのかとなる、若い人にとってはそうなっている故郷を復興させることではない、外にでて新しい生活をすることが復興なのである。

何か心一つにして復興するという気持もない、南相馬市でも補償金で心は分断されてしまった。
それで外部の人は知らないからまだ何か援助しなけれはならないと思う人もいる
でも内部でそもそも復興が何かわからなくなっている
何か自分たちは関係なく余所の人がやってくれる、除染でも何でもそうである。
家すら今は建て売りであり地元の大工が作っていないということもある
みんな外からくる人たちが復興しているともなる
地元の人は毎日ギャンブル三昧だというのも変なのである。
そんな人たちを応援してどうなるのかともなる、地元でも心は分断されて絆などないのである。
だから仮設の居酒屋で外から来たボランティアなのか遊んでばかりいる地元の人たちと喧嘩になったというのもわかる。
こんな状態を見たら応援するのも馬鹿らしくなるからだ。


原発事故で失われたもの(飯館村の場合)

タグ:原発補償金
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冬の虹(我が街の路地裏の道)


冬の虹(我が街の路地裏の道)

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百歳の母を介護し冬の虹

故郷に住みて長しも冬の虹

我が街の大銀杏に冬の虹

故郷に老いて交わる冬の虹

我が町の路地裏歩み冬の虹

冬の虹消えし余韻や老いにけり


今日は夕方に雨がふり冬の虹が街の上にかかった、大銀杏の樹がありそこに虹がかかったそれは束の間だった、冬の虹は何か消えやすい、カメラをもっていなかたっのが失敗だった、毎日同じ道を行っても変化がある、この前は白い山茶花が雨に散って白く映えていた日常的なものにも詩が絵がある、四季の変化がある
結局詩でも絵でも遠くにあるとは限らない、意外と身近な所にも詩や絵になるものがあるこの路地裏の道を毎日行ったり来たりしていしても詩や絵になるものがあった


人間はやはり長く住んでいるとその街でも里でも一体化してゆく、それは別に京都とか住まなくても同じなのである。ただそこに詩とか美を発見しないだけである。
京都に特別なものが必ずしもあるとは限らない、日々の平凡な生活にもある


なかなか冬の虹は見れない、冬の虹も趣き深いと思った。冬の虹は田舎にふさわしい
老いにもふさわしい、介護も自分はなんとかしたということで冬の虹がかかった
これがやはり介護でもうまくしないとあとで恨まれるから冬の虹として映えないともなる美もまた人間の生活と一体となって映えるからである。


ともかくカメラをもっていなかったのがまずかった、いつも通っている道だからカメラにとるようなものがないと思っていたからだ
しかし自然は意外なとき所に美を作り出すのである。それは思いがけないものだからカメラは常時持ち歩く必要がある。でないと二度とその場面がとれないからである。


なんとか合成写真で冬の虹を再現した。これも現代的である。ソフトに精通すれば本当に現場にいたような写真を作ることもできるだろう。
それは一つの創作にもなっているのである。



タグ:冬の虹

2015年12月05日

抽象画(始原の地球ー続編)



抽象画(始原の地球ー続編)

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オワシス





これも原画を変えてそれらしいものにした、これは連作で前からしてきた。
あとで同類のものをまとめる作業がある
抽象画も連作として見応えがあるものとなる
一連の作品として見ると一つ一つ見るより見応えがあるものになる
それが抽象画ではしやすいのである。
絶えず変化するものとして完成品としてないからである。
タグ:地球

抽象画(春の色ー続編) (photshopを使いこなせれば抽象画の範囲は拡大する)


抽象画(春の色ー続編)

(photshopを使いこなせれば抽象画の範囲は拡大する)


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春の山々

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春の窓

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春の灯

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春の街

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photshopは相当に優れたものである。これを使いこなせば抽象画の範囲はいくらでも増大する。
ただソフトは使いこなすことがまず問題である
これだけのものだとまず説明書読んでも簡単には使えない
結局時間をかけて自分なりになれて使いこなすほかない
今回はその一つを使うことができたのでいい抽象画ができた

この色が自分でも気にいったのである。
何か春らしい気分になった。
これも偶然の作用だったが結局ソフトの一部分を使いこなすだけでその範囲が拡大してゆく
photshopはもう全部は使いこなせないだろう
それほど様々な機能があるのに驚くのである。
タグ:春の色

2015年12月06日

飯館村でも回りの市町村と関係して一体だった (自然は土地はつながっているから一体として考えるべき)


飯館村でも回りの市町村と関係して一体だった

(自然 は土地はつながっているから一体として考えるべき)

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今度の津波原発事故では様々なことが問われた。この辺は何かあらゆるものが問題となった場所である。
だから未だにこれはなんなのだろうという混乱がつづいている。
そもそも事故がなかったら故郷は何なのかなどということを問うことすらなかっただろう考えてみると故郷は何かという答えは意外とむずかしくこれという解答がない
故郷に住んでいる故郷を意識しない、家族と住んでいると家族を意識しない
家族を失ってみて家族を意識する、人間は何か当たり前にあることを意識しないのである例えば体でも病気になると異常にその病気になった部分を意識する
健康であれば意識しない、もし手足がなくなったたしたら手足を異常に意識する。
普通は手足があるものだから意識しないのである。


今回の原発事故で問題になったのは土地の問題である。明治以降私有権が強力なものとなり村で共有するという観念が実質的になくなった。
だから入会権が一軒一軒の私有になったのである。一つの山が無数に私有されて分割されたのである。
極端なのは自分の家の前の海にも私有権があると補償を要求している人もいた。
でも土地は誰ものかとなると土地というのは大地というのは自然は私有権で分割されるようなものではない、土地はつながっているし自然は広域的に一つのものとして機能している
だから飯館村は飯館村で何をしても自由だとはならない
なぜなら飯館村が千軒を家が壊されて人が住まなくなる、すると他からその土地が買われているという、それが問題なのは放射性物質の廃棄場などにされる
国で買い上げればもう人が住んでないとなると国のものになるのだから反対する人もいなくなるのだから好都合になる
でもその土地が飯館村だけとして孤立してあるわけではない
飯館村にふった雨は流れて真野川のダムにたまり南相馬市に流れてくるのである
それで一時袋に入れた放射性物質が雨で流れだして騒ぎになったことでもわかる
それは南相馬市まで流れてくるということがある
だから飯館村に住んでいる人は自分の土地だから売るのも自由だとなると迷惑になる
農地が自由に売買できないのは農地は大地としてつながっていて個々に別々のものとしてありえないからである。
水を流すにしても共同の管理が必要になり大地はつながっているから一軒の家だけで管理できないから自由に売買できないのである。

土地というのは公共財ということがあり古代から国のものとなっていた
私有できないものとして土地があった。
なぜなら土地というとき都市計画でも土地が無数に私有されていると公共的な計画がたてられない、街作りでも支障をきたすからである。
日本では一時土地バブルが起きたのは土地があまりにも私有権で保護されて高くなりすぎたのである。
原発を建てるにしても一区画の土地を所有しているものが許可して県で許可されればできるとかなっていたとすると恐ろしいことだった
原発事故は広範囲に影響したことでそれがわかった。

土地は一所有者の私権的なものではない、実際は公共財である。
だからプライベートビーチとかあるのも疑問なのである。海岸は砂浜も公共財であり私有できるものではない、猪苗代湖の一部の砂浜がプライベートビーチになっていて立ち入り禁止になっていたのも納得がいかなかった。
何か明治以降は共有の観念がなくなった。ということは共同体としてのつながりも希薄化した。
そのことが今回のように故郷にこだわり住むということがなくなり補償金をもらったら他で家を建てて新しい生活をはじめればいいとなった
たいだい農民とか漁民とか山民とかは一割にも満たない、田舎でもほとんど会社員なのである。
だから浪江の人が二本松に会社が移って南相馬市から一時通っていた人がいた。
会社が移れば人も移る、でも農民とか漁民とか山民だったら移りようがなかったのであるその土地を糧にして生活していたからである。
そういう時代の大きな変化の中で故郷はそもそも価値と意味がなくなっていたのである。だから津波や原発事故を景気として外に流出した。
そのことで一番復興をむずかしくさせたのでてある。


原発事故以降はかえって福島県でも中通りでも被害があったから被害者として連帯したというのも不思議なのことだった。
地理的に福島県は広大であり浜通りと中通りは阿武隈高原に阻まれて一体感がなかったからである。
だから白河まで放射能の影響があったことに驚いたのである。
もし原発事故がなかったら離れていて事故になったらこんなに他のことも考えないのである。
一地域のものとして終わっていたかもしれないのである。
自分も30キロ離れているから原発のことをあまり意識していなかったのである。
もちろん飯館村でも福島市でも二本松市でも郡山市でも白河市でもそうだった。
それで原発に無関心だったということがあった


いづれにしろ故郷は何かというとき故郷に愛着する人は昔のようにはない
ただ老人は長年住んでいるからなれ親しんだ所に住みたいということがあり帰りたいとなる
他の人は現実問題として補償金をもらえればかえって便利な所に住みたいとなり流出したのである。それは津波の被害地でもそうでありそれが一番の問題になっていたのだ。
例えば三陸なとでは宮城県の海岸とか岩手県でも水産業が福島県よりは盛んであり十倍の生産量があった。
それで三陸津波とか百年前にあり今回と同じような大被害になったがほとんどが水産業で生活していたからまた便利な港近くに住むようになった。
それは生活が水産業に頼っていたからそうなった。
確かに今でも水産業は大きな産業であるがすべてではない、そして他に移り安い時代であるからもうあれだけ荒廃すれば住みたくないとなり流出したのである。


でもそうして故郷を捨てた人たちは故郷に住む権利を放棄した。
それは何を意味しているのか?それは故郷を愛していないということである
だから故郷は誰か他の人が移り住んだらその人たちのものとなる
または国のものとなり自然に還るから元の自然にもどるともなる
そうなっても故郷を捨てたのだから何も言えないのである。
でもまたその回りの市町村でも放射性廃棄物の処理場となることは影響している
大地はつながっているからである。
結局もう30年50年とかはもう回復は復興は無理である。
50年くらいすぎてまた住む人が出てくるだろう
その時またそこに住む人が故郷ととなる


要するに時間が解決するのでありもういろいろ言ってもどうにもならない
ただ公務員は職を失うから困ることはあるだろう。
住民がいなければ公務員は必要ないし職業として成り立たないからである。
放射性廃棄物の管理とか何か事後処理の仕事があっても町や村はないのだから
仕事が成り立たないということである。
それで住民が帰ってくれと言ってももうどうにもなないだろう。
それは南相馬市でも回りの市町村でも影響しても困るのだけどどうにもならない
自分としては飯館村は一つの精神的世界のアイディンティティを作る世界であり
一つのミクロコスモスを形成するものとして詩などを書いてきた。
だからそこの村がなくなることは残念である。
かといって土地自体はなくならない、放射能に汚染されても土地自体は以前として残っているのである。
そこに石や岩が残り以前としてその石や岩をイメージして心の安らぎを得るとなる
ただ村がないということは人が住まないということは何なのだろうとなる
そのことは何か未だ理解しがたいことなのである。゛


ともかく最初に述べたように明治以降私的所有が強固なものとして認められた。
結果として共同的に考えることが失われた。
個々の利益を追及するのが資本主義でありさらに戦後の民主主義でも極端なものとして
現実化した。
だから故郷という共同意識も希薄して何か共同で何かする、共同の意識がないから
ただ原発事故では個々の補償金のみを追及して共同で何かをする志向そのものがないのである。
個々の利益の追及であり個々が利益になればいいという社会になった。
そういう社会が今回の原発事故にも影響して分離分散して故郷の共同性は失われた
そして政治的配慮にも欠けていた。
故郷に住んで残るものと外に出て家を建てて帰ってこない人たちはに分けて補償金を払えば良かった
同じように補償金を与えればそれなら故郷に見切りをつけ出てゆくことが促進されたのである。もし外に出る人は半分の補償金だとなれば残る人ももっと増えたかもしれないのだ十津川村では十津川村に寄付金が与えられたのでありそれで北海道で一致団結して新しい村を作ったのである。
ここで個々人に多額な補償金が与えられたから個々に分散して町や村が成り立たなくなったのである。

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タグ:原発補償金
posted by 老鶯 at 19:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2015年12月07日

年の暮(ここ約十年の苦しみをふりかえる)


年の暮(ここ約十年の苦しみをふりかえる)


朝空にノスリの鳴きて冬樹立つ

我が家を一人にないて年の暮

原町へ買い物忙し年の暮

路地裏の道に目をとむ冬の菊


ノスリは鳶とにているけど違う、鳶が輪をかいて回るような飛び方をしない、グライダーのように水平飛行する、飛び方としてはこっちの方が恰好良くみえる
ノスリが増えたのは荒地化してネズミが増えたからである。
以前としてこの辺は荒地が広がっているからである、それで餌になるネズミが増えた
ノスリの鳴き声は鋭い、ピーと鳴いて水平飛行である。
そのノスリの声がひびき冬樹が農家に立っているのも冬らしいとなる
今年はまだ暖冬であるが冬は冬らしい方がいい、日本から四季がなくなったら俳句も文化もなくなる、そしたら日本に生きる魅力もなくなるのである。


自分は姉が認知症になってから介護に追われた、
2005年11月29日開始からプログを開始して2006年に姉が認知症になった
その年は南相馬市が合併した年だった。その合併のことが話題としていた。
ほぼ介護を始めてから十年がたつとなると一昔ともなる
その間はプログに書いてきたようにさんざんな目にあってきた。
自分自身の病気でも辛かったし助けてくれるものはなくかえってその弱さにつけいれられて借金とか犯罪とかにあった、病院では虐待のようなこともされた。
何しろこうして弱さにつけこまれて責められるのは一番辛い
弱点を責められるのが人間は一番弱いのである。
ところが人間の悪質さはそうした弱さにつけこむのである。
そういうとき一番カルト宗教団体でも効果を発するのである。
それは個人でもそうである、相手を奴隷のように従わせることができる
ただ自分を責めてきた人たちも追い詰められていたのである。
借金とか貧乏で追い詰められていた、まず人を雇うとき借金していないかどうか調べるというのは当然である。借金が一番犯罪のとを気になっているからだ。

ただなぜ自分がこんなひどいめにあったかというとこれもカルマだった、自業自得だったのである。結局自分は20代はそれなりに苦しんできた
そんなもの苦しみではないというかもしれないが自分にとっては苦しかったのである。
その証拠にもともと体力がないにしろ体が非常に消耗していたのである。
それですでに20代で60代に年寄りに見えたのである。
それだけ20代ですでに体を消耗していたのはやはり苦労していたのである。
30代からは故郷に帰り楽していたから体力を回復したことでもわかる
その後30年間は平和がつづき旅などに費やされて苦労していない
それは家族に恵まれたからであった。
自分は何もすることがない、三食は用意されているし家事などしていないのである
それが一転して家事から介護から自分の病気でも誰一人みる人もいなくなったのである。結局これも自分が30年間楽した結果だったのである。
人間も楽することもあとで辛いことに直面したら耐えられなくなる
お嬢さん育ちとかなる苦難に直面したら耐えられない
美人であっても苦難になると弱い女性がいて夫を支えられなくなる
苦難に強い女性がいるがそれは美人でない場合が多いかもしれないからだ。
だから人間はつくづく何がいいのかわからないのである。


人間は例えば生れが良くても金持ちに生れたからといってすべてがいいとはならない
恵まれすぎるとあとで苦難をのりこえられなくなる、だから人間はどんな境遇の人でもカルマをもつ、それは必ず60代以降とかに現象としてそのカルマが現実化する
結婚するとかもそうである。結婚の意味が自分にはわからなかった。
結婚しないと妻がなかったり家族がないとどれだけ辛いことになるか身をもってしった。だからこれもカルマである。もちろん結婚していても離婚している人が三分の一もいるのだからやはりカルマをつむ、
ともかく人間は必ずカルマを一生の間にもたない人はいないのである。
ただそのカルマを自覚しえないだけである。それが60代以降必ず自覚させられる
それは自分が身をもって体験したことを書いてきた
一生の間で恵まれつづけるということ楽しつづけるということはありえないのである。
それで苦労してきた人は60代以降は楽になる傾向がある
大正生れとかは苦労した人が多いから今は手厚く介護されているとかある
でも団塊の世代とかなると恵まれていたからもう手厚く介護されないとかカルマを受ける人間は楽したいと思ってもその楽が苦労につながる、どこかでその楽したことがカルマとなり苦労することになる、それが自分でも身をもって体験したのである。


今日は原町に買い物に行き病院に行き疲れた。自転車だとやはり疲れる、そして家事というのは仕事があるものだと思った。
震災以後以前として家をかたづけられない、それでゴミ屋敷が話題になるが一人暮らしとかはそうなりやすいのである。
いくらかたづけてもかたづけてもゴミがでてくるしかたづけられないのである。
母が死ねばかなりかたづけられる、自分のものだけでもかたづけることが容易ではない
だから震災以後家事に追われ介護に追われてきたのである。
その間病気になったから余計に追われことになった。
病気が直っても今度は母の介護があったからかたづけられなかった
要するに感じたことは家を受け継ぐことは一大事だったのである。
財産でも何でもそうだった。その残されたものを維持することがこれほど労力を費やすものかとつくづく思った。
事業しても二代目がつづかないのはそれだけの能力も必要だし一人ではできない
自分の場合は全部一人でになうことになったから大変な重荷となったのである。
ともかく今年も終わりに近づく、結局母がどうるなのかわからないし以前として何か追われつづけているのが自分なのである。