2015年11月28日

犬に引っ張られて津波から助かった人 (動物は危険な場所からすぐに離れる)



犬に引っ張られて津波から助かった人


(動物は危険な場所からすぐに離れる)


病院で患者が話していた。一人の女性は烏崎の人であり実際に津波の被害にあった人である。孫の父親が35才くらいでなくなったとか言っていた。
もう一人は男性であり津波の被害にはあっていない
津波ではよく津波はどんなものかと見に行って津波にのまれたということを聞く
そこで津波のときは海の水がひくということがあった
地震が来て津波が来るとき犬は危険を察して海から離れようとした
人のように海を見に行ったり動物はしない
動物は本能的に危険を察すれば逃げる
人間のように津波がどんなものかなど見に行かない
それで犬に連れられて引っ張られて津波からその人は助かったという


その人がしきりに言うのは老人が多く死んだのは逃げなかったのは
何か家とか物に執着するから逃げなかったという
老人は確かに何か家とか物でもそれを全部捨てて逃げるということに抵抗があった
すくにみんな捨てて逃げることがとっさにできなかった
ただこれは老人だけではないだろう
老人にはなにか家とか物に執着することが強いことは確かである。
それは老人の習性かもしれない、要するに老人はまた動きが鈍いということもある
それで老人の被害が大きかったのか、それよりも老人が現実に多いので割合的に被害が大きくなったとも言える
でもやはり老人が津波など来ないと言って死んだ人が多いことは確かである。
そういう話を結構聞くことは老人が逃げないで死んだ人が多い証拠である

結局動物は危険を察したら一目散に逃げる、何も家ももっていないし何も身につけるものもない、動物は毎日食べるものがあれば満足である。
危険なときに何かもってゆくものもない、ただ身一つで逃げればいい
そういうことで動物は危険をいち早く察して助かるということはあるだろう
津波ではいろいろな教訓を残したことは言える


烏崎村の被害はひどかった、何も残っていない、50人死んだという
その女性の死体に身につけていたもの高価な指輪とかがとられていたという
他にも身につけていたものがとられたと言っていた
まだ金が紙幣が入っている袋などを中学生か高校生が盗ったとして警察に取り上げられたとか何かあったらしい
他にもあのとき混乱していて金目のものを探していた人がいたのかもしれない
大金を拾った人もいたらしい、それは本当だろう
烏の人は漁業もしていたしもともと火力発電所が建ったときも補償があったから金はある人はいた。
だからタンス預金をした人がいた、その女性が言うには香典をもらったばかりのを家に置いていたときそれをなくなっていた、盗まれたと言っていた。
また流されたのもある。磐城の豊間では近くに銀行などなくタンス預金した700万円の金をもって逃げようとして津波にあい流されたとか聞いた。
こういう話は本当なのだろう。


自衛隊がそうした死体を最後まで探していた、それで自衛隊員がそうした金を盗んだことがわかりやめさせられたということも実際にあった。
自衛隊員は泥の中から最後まで死体を探していて苦痛で自殺した人が三人くらいいた。
あのような異常な状態では人間の心理もおかしくなる
ただ人間はどこまでもどんな状態でも欲深い、欲がからんでくる
かわいそうだなと言う人もいるがそこで金目のもの金を探していた人がいたのも事実なのである。
そういことは一身上で自分も経験している
あれほどの被害でもそもそも人間は自分もそうだが自分が被害がなければ無関心になる
人間は相手が苦しんでいても何か自分が被害に合わない限り無関心になる
そししてかえって相手が弱ったとき苦しんでいるときその弱みにつけこみ欲を満たそうとする、それが人間の怖さだった。
そんな状態でも人間の欲が働く、それは死人から髪の毛をぬいた「羅生門」の物語とにている。


このことは別に人間に普通にあることでめずらしくない
そもそも人間が死んだらあとは子供でも遺産争いしかないとかその人について思っていることは財産だけだというのが普通である。
あいつが死んだら金をたんりまりもっているようにだからあの金は誰がもらうのかということが関心の第一になるのが普通である。
人間の欲がそういうふうに無情にさせているのである。
現実に自分が病気になり介護になりそういう時実際に自分もこれと同じことを経験したからである。
相手がどうであれただ金だけが求めてきたからである。
借金している人もそうである。まず借金している人は犯罪の動機になっていることが実に多い、それは別に推理小説だからそうなっているのではない、現実に多いから現実を反映してそうなっているだけである。


まず死人から金目のものはぎとるということは人間の深い欲望の現れであり醜さである。それを生々しく表現したから「羅生門」が名作になったのである。
芥川龍之介は「蜘蛛の糸」でもそういう人間の欲の深さを表現した。
人間は生きている限り欲から離れられないのである。
そして借金のように追い詰められた人間は何でもする、殺人までするようになる
それもまた人間である。だからそうした追い詰められた人間に出会うと犯罪にあうから怖いのである。
余裕のある人間はそんなことはしない、津波で泥の中を金や金目のものを探しには行かない、つくづく人間は余裕がなければみんなそうなる
その人が悪気がなくてもそうなってしまうのが人間なのである。


いづれにしろ津波や原発事故などにまつわる話は尽きない、5年たってもまだ語られないことがあるだろう。そんなに一人一人に聞けないからである。
ただそこで同じようなことを聞けばそういうことは人間の共通した心理だということもわかる。火事場泥棒も常にあり人間の醜さも同時に現れる、ただそういうことはまだ明らかにされていないのである。
タグ:火事場泥棒
posted by 老鶯 at 21:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係