2015年11月03日

墓も無常をまねがれない (永代供養は無理である)


墓も無常をまねがれない(永代供養は無理である)



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海老村ー村は津波で消失して墓地だけが高台に残った



墓が何かというとき墓もやはりこの世の変化とともに変わるということである。
人間の世界は常に変わっている、だから墓も変わるのである。
墓は変わらないと永代供養とかの考え自体が間違っていたのである。
永代供養などできるのかとなるとできない、それは寺でそう言っていてもできない
それも一つの金儲けとなっている。
やがて経営が苦しくなりもしかしたら寺もつぶれて売られるかもしれない、寺は今すでにそうなっている。何のために寺があるのかもわからない。
死者の供養など永代にできないのである。


親くらいだったらできるがだんだん時間がたてば親すら遠い存在となってゆく
それをましてや他人が何のゆかりもない人が供養などてきないのである。
だから墓も無常をまねがれない、墓も人間の無常を前提にして作るべきなのである。
大きな立派な墓はいらない、卒塔婆や十字架で十分だとなる、それなり簡単にとりはらわれてまた利用できるのである。
墓参りでもだいだい普通は祖父母まででありそれ以上は知らない人が多くなるから墓参りなどしないのである。
ただ代々つづく家は立派な墓でもいいがではそうした家でもどうなるかわからないから無常の世だから永代に供養できない、そもそも永代供養という考え方自体間違っているのだ

まずこの世の中がどれほど変わるものがこの辺は津波と原発事故で見せつけられた。
津波では村自体が消失してなにもない、これも信じられないことである。
海老村では高台の墓地だけが残り村は消失してしまった。
あれをみていると何か奇妙なのである。
そこで思うことは墓は津波で流されてもいいが村は残るべきだったとなとつくづく思う
墓地が残っていて肝心の村がなくなったら何にもならないのである。
それと同じように墓は永続するものではないしやはり無常だからいつまでもあるものではない
何か墓はいつまでもあるという幻想にとらわれているのである。
家だったら40年くらいで古くなりもうリホームしたり壊さないと住めなくなる。
墓だってやはりいつまでもつづくものではないのだ。
つまり立て替えが必要だし人も変わるのである。
そういう前提にして墓も作っておく必要がある

草の戸も住替る代ぞひなの家 芭蕉

家もそうなら墓だってそうである。常に変わるのがこの世である。何一つ同じままになっていない、街自体も変わるし街や村まで消失するのだから墓も変わる
この世に永続するものはないのである。
例えは古い碑などは何か歴史の記念であるが個々人の墓はみんなそうではない
墓に対してみんな先入観があり墓は何代もつづいて当たり前という考え方が間違っているその考え方を改めれば墓をどうするかという答えもでる
墓がなくてもいいとか自然葬でもいいとかいろいろでてくる。
それは墓も長くつづかないし供養しつづけることはできないということである。
「墓を守ってくれ」と頼んでも哀願してもこの無常の世界では守ってくれないのである。母方の実家の墓は後継ぎがいないし一家離散のようになったからそのために長男だった人は墓だけ手も残したいと思ったのかもしれない。
そんなことを言ったてとてもこの無常の世では墓も無常なのである。
だから大量の墓が捨てられるというのは時代なのである。
ただ元禄の墓とかなると東北辺りではめずらしいから捨てないだろう。
西では歴史が古いからめずらしいものではないのだろう。


墓は結局明治以降から高度成長と核家族になり増えすぎたのである。
そんなに墓などいらないのである。墓で金儲けしようとしているのはカルト宗教団体でも寺でも同じである。葬式とかもそうでありそういうものは簡素な方がいいのである。
そんなところに金かけるより別な方に金をかけた方がいい
先祖が喜ぶというときではそんなに頻繁に墓参りしている人がいるのかと言ったらいない一年にせいぜい彼岸とかお盆にするだけである。
だから葬式とか墓に金をかけるのは無駄である。昔と今は違う。昔は火葬場がなくて野原で焼いていたから葬式は大仕事になったから村八分でも葬式はそうではないというのはそのためだった。自分の父親も野原で薪を積んで焼いていたからすさまじかった。
そういう時代とは今は違う、もう簡単に火葬場で5分くらいで灰と骨になるのである。


とにかくこの世にあるものは無常をまねがれない、今日あるものが明日あるとは限らない、その無常をこの辺の津波や原発事故でまざまざと見た。
津波を経験した人は金はもたないとか言っていた。家も何も流されて家族までなくなったらそんな考え方に変わってしまったのである。
何ももっていても金をもっていても流されてなくなる、金をためてもしょうがないとなってしまったのである。
江戸時代に江戸では火事が多かったから長屋住まいの人は物をもっていないから身一つで逃げた、何も持ち出すものもないから気軽であり燃えた跡にはまた家が建ち景気よくなったと言われる、何かありすぎるこまるのである。
墓もそうだがの始末なども困る、後継ぎがないとなる息子でも娘でも別所帯になるのが多いから余計にそうなる。


空家800万軒というのも今やあるものが重荷となっているのである。
これは老人になるとあるものが重荷になることが多いのである。
そして捨てられなくてゴミ屋敷になって死んでいた人もいた。
老人になると何でもシンプルだといいのである。
認知症の介護だと狭い部屋だと管理しやすくなる、忘れてもすぐ見つけられるかである。自分の家は二階があり広いから家族が認知症になったとき苦しんでいたのである。
二階に着るものを自分が置いて忘れていてどこにいったのとか盗まれたとか騒いでいた。そして泣いていたのである。これも家が広くて管理できなくなったのである。
こういうことは普通の老人にも起きてくるのだ。
家が広いと管理できなくなる、掃除でもかたづけても大変になるからだ。
狭いところだと整理しやすいが広いと整理とか掃除しにくいのである。


ともかく永代供養など無理である。それも寺の金儲けであり永代に供養などできない
この世が無常であるときその無常に誰もさからうことはできない、人は次ぎ次ぎに死んでは変わりあらゆるものが変わってゆく、だから変わること無常を前提にして墓でも作るべきだとなる
結局家でも最後は簡単に取り壊される鴨長明のようにな方丈の家の方がいいとかなる
その家は何か持ち運べる、移動できる家だったらしい。組立式の家の方がいいとかなる
ゆうすれば壊す手間もなにもいらないからである。
まさに草の家であり昔はそういう暮らし方が多かったから気楽だったともなる





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