2015年10月26日

みちのくと十三夜の月と金色堂


みちのくと十三夜の月と金色堂

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月雲に隠れてあわれ秋薔薇

みちのくに十三夜の月眠るかな

みちのくに十三夜の月金色堂

十三夜の月光照らす金色堂


津波の後荒寥と秋の日の没りて枯木のなお立ちにけり

津波より五年も過ぎむ庭の樹のなお立ちにつつ秋のくれかな

一三夜の月の静かな田舎かな遠くに行けず籠もる我かな

十三夜の月こそあわれ夜はふけぬ百歳の母の介護のつづきぬ

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津波の跡にまだ残っている家の庭の樹、枯れているけど倒れることもない
何か離れがたく以前として残っている




昨日が十三夜の月とネットに出ていたけど今日も満月でありきれいである。
何か十三夜の月は神秘的である。
一段と宇宙の静寂の中に美しく輝いている


今は遠くに行けない自分だから籠もる自分になったからこれもにあっているともなる。
一五夜と一三夜の感じが相当に違っている。十三夜の月は何か奥深くものを感じる
だからみちのくにあっているかもしれない、みちのくというときやはり現代でもその感覚は歴史とともにある。
みちのくというとき芭蕉によって一詩人によって印象化された面がある。
もちろん古代からみちのくというのはすでに歴史的に独特の位置づけがあった
京都から離れた遠い辺境の地としての位置づけがあった。
だから「五月雨の降り残してや金色堂」があった


この句にみちのくが印象づけられる、みちのくというときなかなかそれが一つの地域としても一体感をもちにくい、みちのくといっても広いからである。
青森とかなるとみちのくでもさらなる辺境である。秋田といっても何かなじみがない
実際は平泉までがみちのくとしてありその奥となるとまた違っていた。
平泉が栄えたということがみちのくの栄華なのである。ただそれも三代で終わったはかない栄華だったのである。
ただみちのくの魅力は西のように華やかではないのだけど何かそこに魅力がある。
辺境の地として魅力である。それはスコットランドとかにている。
ローマの辺境としてスコットランドがあり薊がその国の紋章となっていることでもわかる

ただ常陸とみちのくの感覚はやはり違うだろう。それは古代からそうなっていたのである白河の関から勿来の関からそうなっていた。その歴史はそれだけ古いのである。
みちのくはだから京都から見たとき遠い辺境の国として江戸時代までもあったのである。今は何か外国人とかの観光で騒々しくなった。
京都でもそうである、どこでもそうである。そうなるとやはり日本的風情もある程度はそこなわれる。経済的には落ち目になり観光の国となりやがて日本人女性が売り物になる時代になってきているのかもしれない、それもカルマだった
日本人もさんざん外国でそういうことをしてきたからである。


今になると日本国内すら旅しにくい、ホテルもとれないとかさらに騒々しくなっている。自分はみちのくが好きである。静寂を追及してきた者としてみちのくが好きである。
西になると騒々しくなるから嫌なのである。そもそも都会が嫌なのである。
そういう性格だったということもある。
まず月を鑑賞するとき騒々しい所ではできない、都会の月は書き割りの月である。
自然の静寂から離れているからだ。都会には自然は映えないのである。
月は一段と闇のなかでこそ輝くものなのである。神秘性を増すのである。
現代は電気の光で闇が消えてしまった。それで本来の自然の神秘性が失われた。
京都には確かに自然があるが観光客が多くなりすぎたことは日本の残した文化でも鑑賞できないものとする
庭などは一回見たくらいではわからない、四季折々何回も見れば鑑賞できる


ともかく月は不思議である。月と蟹は関係しているのか?満月になると産卵するというのも月と関係している、天体は人間にも影響を及ぼす、蟹座生まれなことも月に魅力を感じるのか?
性格的にも自分は陰だからそうなる、十三夜の月がだから何か神秘的でありみちのくにふさわしいともなる
俳句は写生でないといいものはできないが金色堂というとやはりみちのくでありそこをイメージする距離にはある。
今金色堂に平泉にこの十三夜の月が照らしているのをイメージして作った。

後の月

こことあわせて読むとみちのくの月として連続したものとなる

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