2015年09月19日

秋の彼岸が姉の命日で7年すぎた (家と土地に記憶を残す死者)


秋の彼岸が姉の命日で7年すぎた

(家と土地に記憶を残す死者)


姉死してはや七年の過ぎにしや秋の彼岸が命日なるかも

日々通る我が家の墓花なしを見れば淋しも花さしにけり


昭和20年9月21日が姉の命日だった。数えてみればすでに今年は昭和27年だから7年もすぎたのである。
これも早いと思った。6年だと思ったが7年だった。プログをかきはじめたときちょうど認知症を発病した。それまでは良くわからなかったし穏やかだった。
認知症が発病したというのがわかったのはもともと気性が激しい人だから暴力になったからである。
認知症は人によって症状が違う、激情的な人は認知症になると暴れたりする介護する方の負担は大きくなり苦しくなる。
その認知症の介護のことで二年半とかプログにかきつづけた。
ただ二年半すぎたところで死んだので長くは介護しなかった。

その点は救われたのである。あれ以上長くなると自分も母もとも倒れなり家は維持できなくなっていた。
それからまた母の介護でありもうすでに10年にもなるのである。
その間に自分も病気になり犯罪にあいとか借金で攻められとかさんざんな目にあった。
なぜならその間に病院に一カ月入院して二週間は手術のために入院したからである。
これも苦しかった。一人で何でやらねばならなかった。
それまでは社会と没交渉であり隠者のような生活をしていたからである。
だからそういう暮らしができたのも不思議だとなる。
今だとニートとか珍しくないが団塊の世代では相当な変わり者である。

それにしても未だに自分は落ち着かない、母が腰をいためたとかいろいろ介護でめんどうになっているからである。
介護は長いからこれも負担なのである。姉が認知症になって以来毎日生活に追われてきた近くすらのんびりと行けなくなった。
夜の8時ころ帰った時、姉は帰ってこないと近所の人のところに行き騒いでいたのである
その近所の人はいい人だったので受け入れてくれたのである。
あとのひとは親しい人も近寄らなくなった。
自分にとって姉の認知症の介護は限界になっていた。鬱病にもなっていたからである。
その時脳梗塞で倒れて入院してその後半年くらいで死んだのである。

人間は死んでから七年くらいはまだ昨日のことのように思える。
死んでからまだ自分は気持の整理ができていない、というのはその後も今度は母の介護に追われてきたからである。
だからずっーと心の余裕がもてなかった。そしてその間に今度は津波や原発事故が起きたのである。
ともかく激動の十年だった、そしてまだそれは終わっていないのである。

姉についてはいろいろ思い出があるから一つの本にして残そうとしていたがなかなかその余裕がないのである。
七年くらいすぎても思い出はまだまだ生々しいということに気づいた。
人間は死んでもそのあとその人が記憶から簡単には消えないのである。
7年となると長いと思ったがそれは昨日のことのようにも思えたからである。
それだけ人間は例え死んでも影響があり何かしら残った人に記憶を残してゆく
つくづくだから限界集落でもそこに夫が死んで残された妻がその家を離れたくないとかその土地を離れたくないという気持がわかった。
それはまだ死んでも生々しくともに生きた人の記憶がその家や土地に残っているからである。
その土地とか家とか何かに記憶が刻印されている。

だから人間は死んでもそう簡単に記憶は消えないし忘れられということはない
むしろ生々しく蘇るということ残された人にその生前の姿が鮮やかに現れるということもある。
それは7年過ぎてからでもでありまだ時間がたってその人の姿が明確にありありと映し出されるということがある。
津波で死んだ人たちもまだまだ遠い人ではないのである。
10年すぎて一昔になるがそれでも死んだ人は簡単に記憶から消えることはない
だから原発避難者でも故郷とか家から離れられないという気持がわかる。
特に老人に多いのはその家に土地に記憶が刻まれているからである。
その家とか土地から離れたらそういう記憶も薄れて思い出せなくなるからだ。

自分の家の墓はすぐ近くであり毎日のように通っている。ちょうど用事あるとそこを通るからである。だから墓は身近である。
それで毎日見ているからさした花が枯れたとかとりかえて花をさしていないと何か淋しいなと花をさしている。
つまり墓も近くにあれば身近になり生活をともにすることになるのだ。
死者もまた身近にあるともなるが離れていると生きている人も死んでいる人も遠くなる。


タグ:秋の彼岸

平和の時代は終わり危険な時代へ (集団的自衛権の攻防は日本の動乱の時代のはじまり)


平和の時代は終わり危険な時代へ

(集団的自衛権の攻防は日本の動乱の時代のはじまり)


幸運は長くつづかない
平和も長くつづかない
日本の平和の日は終わり
日本を守るために
血の犠牲が払わされる
70年前の戦争で
死んだ無数の戦死者
国家はまたその血の犠牲を求む


国家とは何か、国家とは血の犠牲を求めている。何かまた戦争の時代に入ってきたのか?
集団的自衛権とはその先触れなのか?
日本は戦後は焼け野原になったけどその後は朝鮮戦争の特需があり高度成長になった。
戦後50年とかは幸運だったのである。
自分の人生も平和であり幸運だったとつくづくふりかえる。それは普通の家族ではないにしろ何か平和であった。そして何より自分は楽だった
会社にも勤めないから自由に旅もできたしそういうことが許されていた。
三食も用意されていたし楽であり何か暇を感じていた。
それが親が病気になり一人は死んでもう一人は介護になった。
自分自身も病気になった。その時病気で弱者になったとき責められた。
一人もいたわる人はいなかった。それも長い平和と幸運の代償だったのかもしれない

つまり日本の幸運と平和は本当は日本自身で成されたものではない
日本が日本を守っていたのではない、アメリカに守られていたとかなる。
冷戦構造の時はそうだった。そして今は冷戦も終わり世界構造が変わってしまった。
日本は日本を守るために血の犠牲が求められているのである。
アメリカとともに戦争するというより日本を守るために日本人自身が血の犠牲を国家から強いられる。
だから再び戦争の準備をしなければならなくなる。
何かアメリカとかも守ってくれない、だから自力で日本を守れとなる。
そういう時代の変革期に来ているのだけどあまりにも長く平和がつづいたので危機が自覚できない

平和とか幸運は個人的にも団体でも国家にしてもつづかない
自分の平和と幸運はたちまち苦難に代わり悪戦苦闘の日々になった。
もちろん津波とが原発事故でもそうである。
何か平和と幸運の日は終わり再び歴史的にも日本は苦難の時代に突入して行くのか?
そういう不安がある。ただすでに平和を豊かさを満喫した世代でありもう人生も終わろうとしているからこの国家的苦難は若い世代にのしかかる
これからの若い世代はもう戦争で無数に死んだ人たちのように楽ではない人生になるのか?
人間はどうであれ時代時代を生きる宿命を逃れることができない
明治からこれまでふりかえれば日露戦争があり太平洋戦争があった。
戦争を二回経験している。戦後70年はそうした戦争もなく平和と繁栄の時代だったのである。

団塊の世代は恵まれたと今の若い人が言う時それもそうだった。
高度成長時代であり日本の繁栄の時代を生きたからである。
いくら集団的自衛権に反対してももうそれだけでは国は守れない
非戦を唱えても9条が平和を守ってくれるわけではない
常にそうした反対する団体は中国とか韓国の工作員が煽動しているとか言われる
では中国が日本を守ってくれるのかとなるとならない
中国に日本に恨みをもつから復讐する、日本は中国の今度は属国化される
だから左翼が集団的自衛権に反対しても国民は前の安保闘争のように盛り上がらないのである。
アメリカは日本を守ってくれない、アメリカは日本に血の犠牲を強いる
日本はもうアメリカの傘の下で安全を計れないのである。

9条も守ってくれない、血の犠牲が強いられて日本が守れるのである。
集団的自衛権とか徴兵制とかはこれから強制される。
そうしないと国が守れないからである。
冷戦はもうとっくに終わり世界の構造は変わってしまった。
つまり9条を唱えていれば国が守れる平和と幸運の時代は終わったのである。
もうまず自衛隊に血の犠牲が求められている。
自衛隊は死んでこそ国のために死ぬことで価値があるとか言われているからだ。
税金はそのために払っているとか言われている、だから自衛隊がまず日本国のために血の犠牲が強いられる
外国で死ぬことが要請されている。
その時自民党でも安倍首相でも公明党でも創価でも良くやったとほめられる。
指導者は国家のために犠牲を払う若い血の生贄を求めているのである。
まず創価は戦闘的集団であり平和を望んでいない、あくなく権力を追及する団体だから世界に対してもそうなる。日蓮は戦闘的なのである。
だから太平洋戦争でも日蓮主義で指導した人がいた。右翼と一体化しやすいのである。
また時の権力に反抗することはない。

日本はあまりにも平和であり繁栄の時代が長かった、だから以前として敵に攻められるとか感じない、つまり9条というのは中国からみたら都合のいいものであり中国の支配下に入れるために工作員が支援しているとなる
何らかでこれから日本はの平和ボケは厳しい現実にさらされ打ち砕かれる
津波のように恐るべきことが起こり打ち砕かれる
ミサイルが本当に北朝鮮から飛んでくるかもしれない、ただ以前として平和が幸運が長くつづいたからそうした危機感が喪失してしまっている。
集団的自衛権がどうのこうのというよりそういう恐るべき現実に日本はどう対処するのか日本の国家の危機になったら日本は嫌が応でも血の犠牲が求められる時代になる

左翼が9条を守れというときそれに乗じて中国が侵入して支配されることにもなる。
なぜなら常に在日とか中国の工作員が入り裏から日本を支配しようとしていると言われるからだ。つまり中国が巨大化したとき常に背後に中国がいるとういことを考えねばならぬ時代になったのである。その橋渡しとして在日がいるとなる。
すでに日本の中で中国派とアメリカ派とかが二分して争っている。
だから常に左翼は中国の手先であり日本を売り渡すものだと見られている。
単純な平和主義ではない、要するに中国とか関係しない平和主義ならいい。
でも実際は9条は中国に利用され中国にとって都合がいい、左翼はそして中国の手先となり中国が日本を侵略してその左翼を利用して日本を今度は支配するとなる。
右翼またアメリカの手先だというのもそうである。
どっちを選べとなると必要悪でアメリカがいいとなっている。

いづれにしろ日本の平和と繁栄の時代は終わり危険な時代になりつつある。
それが津波であれ天変地異であれ原発事故であれ時代が代わり目に起きてきたのである。ただ平和と繁栄の70年間は無駄ではなかった。そこで貯えられたものが華開くのもこれからである。
何か個人でも実際才能でも華開くには時間がかかる。団塊の世代は批判が多いがやはり平和と繁栄の時代に蓄積したものがありそれが華開く
とにかくシリア難民でもそうだけど何か世界が動乱の時代に突入する。
あれは難民というより命懸けの民族移動である。必死だからある意味で受け入れる方も怖い、拒否できない、そこでは人権主義でも限界がある。
数が多いからもう戦争のようになる、そうなるととめるには軍事力しかなくなる。
そこで戦争が起きてくる、相手はすでに相当数死んでいるし命懸けだからである。
グローバル資本主義はもう限界であり世界経済も停滞して大きな破綻に見舞われるかもしれない、もう維持できなくなり新たな世界の構築がはじまるかもしれない
そういう時代の大きな変革期がきている。
自分が苦しめられたのもまさにそういう時代に入り国家もそういう時代に試練の時代に入ってゆく。


posted by 老鶯 at 07:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層