2015年09月12日

限界集落化してゆく原発避難地域(小高など)


限界集落化してゆく原発避難地域(小高など)

昨日厚寿苑で話を聞いた人は小高の塚原の人だった。あそこも被害が大きかった。
津波で立派な家を建てたけど流されたという。他にも新築の家が流された家が結構あったそのおばあちゃんの息子は原町に新しい家を建てて住んでいるという。
息子はもう小高に帰らずに原町に住む、するとおばあちゃんも小高には帰らないだろう。家も流されたし行くとしたら息子の所だろう。
それでもまだ原町だからいいとはなる
鹿島に早い時から小高の人は帰らないと家を建てた、その時地価がまだあがらいなときだったのか賢い決断だったかもしれない。
その後地価がぐんぐんあがったからである

塚原に庭を造ってもらった大工さんもいたがその人も新築の家が津波でやられた。
小高も津波の被害が大きかった。息子と一緒に住んでいたがばらばらになった。
小高でも他の原発避難地域でも津波で街が壊滅したところでも個々の事情は違っているが若い人が帰らないという現象がにている
老人だけは土地に愛着があるから帰りたいとなるが若い人は帰らない
テレビで移していた小高と飯館村の人もそうである。
若い人は帰らない、そして老人だけが帰ってどうなるのか?
南相馬市だと小高に老人ばかり住むことは負担にもなる
例えば厚寿苑の人がディサービスのために車で回るとしても手間になる。
原町より小高はさらに遠くなるからである。

それは小高はいろいろなことで不便になる。ある夫婦は妻が75くらいで病気になり娘の所にいる。夫が待っているが帰れないというのは病院がないからである。
あっても前の小高病院ではない、看護師も医者もたりないし入院もできないのである。
そうなるともう老人でも帰らないとなる。
そういう高齢化の問題がそこで最も深刻な状態になる。
老人ばかりの街になりやがて限界集落としてまさに限界がきて消滅してゆく
そういう場所にそもそも若い人が帰らないのだから維持できないのである。

限界集落というとき何か鹿島とかは原町と比べるとずいぶん不便である。
買い物でも何でも不便である。
スキヤにはいろいろ弁当があったり軽い食事ができたり便利である。
鹿島にはそういう所もなくなった。でも車がある人はそういう不便をあまり感じないかもしれない、車がないとまず小高には買い物もできないから住めない
一人暮らしはいろいろなサービスがある都会の方が本当は住みやすい
ただ環境としては自然が豊かな田舎の方がいいとなる
その両方をかなそなえるのがむずかしいから最低でも4,5万の都市がいいとなる。
鹿島でいいのは原町とか相馬市でも近いからその都市圏の中に住んでいるから
限界集落にならない、限界集落というときそうした都市圏から離れ山の中で孤立しているような村がなりやすい

現代は車社会だから近くに都市があれば限界集落にはなりにくいだろう。
でも小高は老人だけが住むとなると南相馬市では負担になる
インフラでも限界集落になると百倍とかかると言われる
水道であれ電気であれインフラを維持するのは高くつくから批判される
何も自給自足で医療とか福祉もなかった昔なら何も言われなかった
あまりにもそうした現代の便利な生活には負担がかかるから税金がかかるから都会の人もうるさくなるのである。

原発避難区域が復興がむずかしいのはそうした現代の事情が反映してなった。
少子高齢化などがここで他より急速にすすむ。
小高は限界集落化して南相馬市の財政的にも負担になる。
だから別に津波や原発事故の前からこういうことは言われてきた。
それがこの辺では急速に現実化したのである。
だから中央の高級官僚が三陸など岩手県でもジジババしかいない所に援助しても無駄ということを言って顰蹙をかった。
それはインフラとか福祉とかそれだけ金がをつぎこんでも復興しにくいということがあった。
若い人が住まないでどうてし復興できるのかとなるからだ。
老人ばかりだったら負担ばかりでありやがて限界がきて消滅してゆく
つまり老人だけだと家でも町でも市でも跡継ぎがなくなり途絶えてしまう
そして少子高齢化で空家が全国で800万軒とかこれも大問題となるし
人口がへることは日本の国力も落ちるからそれも全国的に衝撃になる。

コンパクトシティというときそれは地方でもそうだが日本自体がコンパクト化ししてゆくのである。ダウンサイズ化してゆく、
だから団塊の世代が死んでゆく、その次ぎの世代もやがていなくなるときまさに日本はコンパクト化した日本になる。
そういう過渡期でありそれがこの辺で津波と原発事故で急速に現実化したのである。


 
タグ:限界集落
posted by 老鶯 at 10:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連