2015年09月11日

厚寿苑であったしっかりした小高のおばあちゃんに感心 (自分が苦しいのに看護師や介護士を思いやっていた)


厚寿苑であったしっかりした小高のおばあちゃんに感心

(自分が苦しいのに看護師や介護士を思いやっていた)


今日、厚寿苑であった90前のおばあちゃんはしっかりしていたし好感もたれるおばあちゃんだった。
小高の塚原の人だった。あそこには120軒とかあり前に自分の庭を作ってくれた大工さんを知っていた。
その女性は脳梗塞になり一時意識不明になった。
それで一年間くらい厚寿苑にいたという、そんなに長くいられるのかと思った。
一カ月六万円というのは安い、それは小高の人は相当に介護でも援助されるから安くなっていたのだろう。
意外と母は三日いて2万2000円とかとられから高いなと思った。三日でそのくらいである
だから一カ月もいたら実際は15万くらいとられると思った
介護は思った以上金がかかる場合がある。施設でも最低でも15万は月に払わないとあづかるところはないだろう。
だから年金がそれなりにないと施設には入れない
貯金より年金の額が左右するのである。自分は年金を70才からもらうことにした。
そうすると結構もらえるからだ。ただそれまで収入がないので貯金を取り崩すので苦しくなる。
投資して定期的に収入が入ると思ったか中国の株価下落で150万とか引かれたのは痛かった。
意外と老後はそれなりに金がかかる、一人でも15万以上もらえないと今では苦しい
そこから介護保険がひかれたり物価も上がるからともかく貯金していようが年金でも一割とか目減りしているのである。

そのおばあちゃんは脳梗塞になってから看護師に世話になったのでなんとか迷惑をかけないように頑張ったという、脳梗塞で一年も厚寿苑にいたということはそれなりにリハビリとかして正常とほとんど変わらないよにう回復したのだろう。
そのおばあちゃんはいちいち看護師を呼んだり助けてもらうのでそれではまずいと自分で思い相当に自分でそうならないように努力したのである。
まだそれまでできる力が残っていたというよりその女性がなんともそういう苦しい状態でも相手を思いやる心があったという不思議である。
何かしてもらうにもいろいろ相手のことを察して言葉をかけているのである。
だから看護師でも介護士でも親切にしてもらえることがありありと見てわかったのである普通病気になり苦しくなれば自分のことだけで精一杯になる。
そういう状態でも自分のことだけでなく助けてくれる人を思いやり言葉をかけていた。

そういうことがうまいというか自然にできる、そういう人柄なのか、あういう女性は助ける方も助けたくなると話してすぐにわかった。
あういう女性は施設にいてもみんなから親切にしてもらえることは確かである。
一方で金持ちでも威張っているような女性はいくら金があっても親切にしてもらえないだろう。
そこが病人とか介護が金だけで解決しない問題なのである。
世話してもらう方になったときうまくいかない人がいる。
その人は世話してもらうことは実にうまいので感心したのである。
世話してもらうに相手のことを思い言葉をかけるからこの人なら親切にしてやりたいという気持にさせるのである。
こういう人であればまず施設に入ってもみんならか親切にしてもらえることはまちがいないと思った。
金だけでは老人は親切にしてもらえないことは確かなのである。

それから若い人なのだが自分が母につきそって立っていると椅子をもってきてくれたのである。
そしたらそのおばあちゃんがあの若い人と気がつくいい人だよといった。
男性でもその人は気がつく、なかなか男性はそういうことがしにくい、でもその男性は介護に向いた人だとなる
まず人間を相手のことを思いやったり気がつくことが意外とむずかしいのである。
だからその若い男性は介護に性格的にも向いている人である。
誰でも介護に向いているわけではない、介護なんかそんなもの最低辺の仕事だとか盛んに言うが給料のことを考えないならやは介護士というのも一つの新しい仕事であり
それに向いた人と向かない人がいるのである。
でもする人がいないから誰でも雇うとなり問題が起きている、老人虐待などが起きている自分が思うにはあらゆる仕事には適性がありどんな仕事でも誰にでもできるものはない
例えばヘルパーはかお手伝いさんでも誰にでもできるものでもないのである。
何か常に適性があり誰でもいいという仕事はないのである。


そして最近人工知能とか機械が代わりに仕事するから人間の仕事が奪われるということを言う人がいるが現実そうなってくると思うし本当になっている
レジの金の出し入れを機械化したのもその一つである。
人手不足になると余計にそうなる、でも機械化できない、コンピュターでもできない仕事がありその一つに介護士があるというのもわかる。
介護士とは思いやりと何か気づく相手を察するということが必要になるから機械的にはできないのである。
第一介護される女性でも介護する人を気ずかっていたのである。
これが一方的に気づかっているばえりになると介護する人も嫌になる。
その女性は別に他人でも親切にしてもらうように相手をうまく誘導している不思議があった。
そういう性格なのか、やはり心根がいいのかとなる
そして脳梗塞で一年も厚寿苑にいたにしては今は話してもどこが悪いのかもわからない、頭はしっかりしているしあらゆることが普通の人よりわかっている
どこかしらおかしくなっているのが普通であるがその女性はなっていなかったのである。
そのおばあちゃんはまた子供にも恵まれていた。何人かいて自分の所に来いと言われている。原町にも立派な家を建てた息子もいた。
あのおばあちゃんなら子供も歓迎するし嫁ともうまくやれるだろう。
なぜなら嫁のことを気づかうと思うからである。
そういう人徳が備わっている感心したのである。
人間はまず相手のことを思いやるとか気づかうということがなかなかできないのである。そんなことが簡単じゃないかと思うがそれができない人が多いのである。
自分も何か雑でありできない、だからほめられていた椅子をもってくれてきた若い男性はまれな男性だったともなる

ともかく介護の時代だというとき、介護士という仕事でもこれから見直されることはありうる。
つまり機械化できない、コンピュター化できない仕事としては直されることはありうる
いづれそういう人は他からも優秀な人材として評価され高給とりになるかもしれない。
介護士でもレベルがありみんな同じではない、向き不向きがあり今は人手不足だから
誰でもいいとなっている。でもこれからはどうなるかわからない、みんな機械化して仕事がない、介護士でもやるかと言ってもあなたには適性がないとしてつけないかくなるかもしれない。
介護は人のことを思いやる気づかう高度な仕事であり誰でもできるものではありません
今は選ばれた人しかなれませんとかなっているかもしれないのである。
つまり仕事というのも時代によって常に変わるしその価値も変わってくるからそうならないとは限らないのである。
タグ:介護士

鬼怒川の堤防決壊の原因 (ソーラー発電とも関係していたし10年に一度の洪水を政府で予想していた)


       
鬼怒川の堤防決壊の原因

(ソーラー発電とも関係していたし10年に一度の洪水を政府で予想していた)

●ソーラー発電も自然破壊?

ことし3月下旬に若宮戸地区の住民の方より丘陵部の一部が掘削されているとの通報があり、現地を直ちに確認し、鬼怒川を管理している国土交通省関東地方整備局下館河川事務所へ報告したところでございます。当該地区は民有地であったため、民間事業者の太陽光発電事業により丘陵部が延長約150メートル、高さ2メートル程度掘削されたものでありました

これから、豪雨による土砂崩れが
山間部のソーラー発電所で起きるのは時間の問題か
  ↓
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【 民主党政権・菅元首相の大成果 】 ですけど・・・

台風でソーラーパネル破壊される

「太陽光による地球に優しい、エコのエネルギー製造」というイメージを振りまいて普及させている。さらには、潰れた後の廃棄物となった場合の処理方法も確定していない




ソーラー発電がエコとかなんとか盛んに言われたけどそうでもなかった。税金がかかるのはそもそもエコではないと武田邦彦氏は言っている。エコがエコにならない、エコと言えば聞こえはいいがどうしてもエネルギーを人工的に作り出すと自然破壊になると。
今回の洪水も原因はまだわからないが情報はインターネットでは早い、ある程度の骨格になる情報がすでにででいる。
写真で説明しているから説得力もある。決壊した自然堤防にソーラーパネルを設置するために削っていた。これはまだ調査されるがそれなりに写真を見れば説得力がある

ソーラーパネルは自分は何か嫌だった。景観を破壊するから嫌だった。実際を山を削ったりしているしすると大雨がふったら土砂崩れになるとか危険である。
それは写真を見るとなにか説得力が増すのである。だから現代は何でも写真の時代になるソーラーバネルは何かと実際は自然破壊なのである。
そしてコストが高くなった分国民が税金として払っている。いろいろな会社が参入しているのもそのためである。
屋根にだけ設置しろというのはそれが自然破壊にならないからそう言うのだろう。
ソーラーパネルは日本のような広い平坦な土地がないところには向いていないのかもしれない。
山をケ削るとか森を切るとかして設置しているのは景観だけではない危険でもあるからだとにかく原発事故周辺は本当にソーラーパネルが多いのである。
自分の場合は景観的に嫌だったが実際は自然破壊になっていた。
ダムだって自然破壊でありこれも洪水との関係を調べる必要がある。ダムの水を大量に放水したらその水流も過重になり堤防決壊につながったかもしれない。
その原因はいろいろだがソーラーパネルが出てきたことも何か今らしい問題だった。

●国土省では10年に一度洪水になると予測していた

そして国土交通省でも10年に一回は決壊するとか明確に予測していた。工事も計画していたが間に合わなかった。
これも原発とにている、東電では津波の高さ10何メートルくると予測していた。
だから専門家集団がとやかく言うが理系の優秀な人たちがいて予測していた。
ただ予測してもその対策が実際にできなかったのもにている。
それはは民主党がコンクリートから人だとか無駄な公共事業を減らそうとしたこともあるだろう。
それで今は批判されている。

なんか原発事故でもそうだが本当はこれは東電とかの一会社の問題ではなくまさに国土省の問題だった。国土省が国土を守るものであり民間の会社はコスト重視になるから国土を守るという意志が働かない、国土省の役割が大きいのだが民間の会社が現代では大きくなり国の力が及ばなくなったのも問題なのだろう。
官僚を批判しても今回は10年に一回決壊すると予測していたし工事の計画もたてていたのである。
日本は災害列島だから国土を守る国土省の役割は大きいと思った。
官僚はそうした国土のことを知っている、政治家は一時的に大臣になったりしているが国土のことを知らないだろう。だから支持できないということもある。
そこに政治家の限界があり官僚はそうした知識を津は重ねているから予測できたのである
何か政治家が頼りないというとき、そうした官僚のよう知識も技術も知らないということはある。原発のことだって官僚の技官は知らなかった。
というのは原子力は河川とはあまりにも違っていたからである。
国土省は歴史があり積み重ねがあるから違っている。
一方原発を知っていたのは東電であり国土省ではない、だから津波の高さを予測していたのは東電だったのである。

●国の力の弱体化も原因か?

国の力の弱体化もこうした災害を防げないことが起きている。中国でもあれだけの大きな川があるから治水が国を治めるとまでなっていたことがわかる。
それは強大な国家権力でしかできないことがわかっていた。
権力というと今は抵抗があるから全面に押し出せないけどそういう治水とか災害にかかわるものは国家が担当しないとできない
民間だと絶えずコストが問題になり原発でもコストカットして事故につながった。
原発事故ももう国では保安院など何の役にもたたなかった。
原発に関しては東電の方が上であり政府で何も言えなかったのである。
官僚さえ技官でも原子力についてはわからないからである。
そのことは東大出でも法学部であり理系ではなかったからである。
その時、管首相とかは理系で原発を知っていたとしてもやはり大学で学んだだけであり
原発のことを知らないのである。

現代は会社が企業が国より力が上になっている。政治家は何もできないとかいろいろ言われる。それは会社が実際の事業をしているのであり政府が何か事業をしているのではない富を作り出しているのは会社でありサラリーマンだとか言われる
政治家は何もできないとか低くみられているのも現代である。
実質社会を動かしているのは会社だとなる。
それで東電を批判したとき電気をめめたらとうなりますかとか脅した東電社員がいたことでもわかる。
電気をとめられることはそれだけ社会の実験を握っていることになる。
だから国の力がどこにあるのか、国の力は世界的に弱くなっている。
そしてグローバル化したとき多国籍企業が世界の実権を握っているのであり国ではないとか国の力が弱体化しているのである。
例えば土木事業でも実際に仕事するのはゼネコンであり政府ではない、政府はゼネコンに受注するだけである。
だからそうした建設関係の大会社を自衛隊に一時期入隊させる案がでているのもそうした大会社はある意味で戦争のときロジステックとがでもそうであり戦争体制がすでにできている組織だからそうなる
政府で徴兵しようとしたら国民の許可が必要であり簡単にできないからである。
つまり大企業に国の防衛でも戦争でも代わってやってくれとまでなる。

一面そうした国の力の弱体化が原発事故とかでもそうであり今回の洪水でもそうである。実際の力は会社にあって国にはない、政治家にはない、政治家が東電のように電気を作り出せないのである。政治家が何か生産するわけでもないのである。
だからこそ今は東電であれ大会社が国を動かしているとなる
そうなると会社はコストが第一だからどうしても安全面とかに力を注がれないのである。国土の安全を守るのが国土省である。
でも実際に工事をするのは民間の大会社である。その力関係はどっちが上なのかもわからないのである。
現代はマスコミは目立っていろいろ言うけどこれも実際は会社の宣伝で成り立っているから東電は批判しなかったし原発は批判しなかったのである。
何百億という金が宣伝費としてマスコミに流れていたからである。
つまり会社の力が今は国より上であり会社が社会になっているのが現実である。
地域社会も東電によって原発が建った時買い上げられたとまでなっていたのである。
それだけの力を東電はもっていたのである。
ここに巨大化する会社、グローバル化する多国籍企業の問題がありそれは自然破壊にも通じている。
国の力が弱まれば多国籍企業にとっては好都合である。国になにかと制約されると多国籍企業が自由に活動できないからである。
その結果として様々な問題を世界的に起こしているのである。
環境とか国土とか文化を考えるのは国の役目であり多国籍企業はそういうことを考えない、もうければいいとなれば文化も邪魔になるし環境に考慮すればもうかならないとかなるだから津波のことを東電で予測しても対策が実行できなかったのである。

●TPPはアメリカの多国籍企業に国を売ること

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政治家は多国籍企業の代理人にすぎないのか?日本の首相もアメリカ大統領すら



これらのリストを見れば分かるのですが、「アメリカ」という国一つを相手にしているのではなく、その裏にいるこれだけ多くのの多国籍企業をTPPは相手にしており、TPPでアメリカと交渉するということは、これらすべての企業を代表するアメリカ政府と交渉する、ということを意味します。


TPPとは、弱肉強食の新自由主義を、さらに推し進めるものです。
その力の源は、グローバル・エリートの「国境なき」国際金融資本です。
原子力を推進しようとしている人々の中には、同時にTPPを推進しようとしている人が多いという事実。
これは偶然ではありません。
そうした企業に出資したり投資をしたりしている国際金融マフィアは、原子力マフィアのご主人様と同一のグループだからです。

この二人は、政治家ではありません。
多国籍企業の代理人です。

この二人は、国家と国家の主権をかけて議論しているのではなく、国家の枠を飛び越えた資本の力に後押しされて、多国籍企業を、どうやったら今より儲けさせることができるのかを話し合っているのです。
http://kaleido11.blog.fc2.com/blog-entry-1542.html


多国籍企業に政治家は支配されTPPが促進される。それだけ企業の利益るなるからTPPが推進される。アメリカも企業によって政治家でも動かされているし前の野田首相は財界のために犬木となって動いているとこのサイトで指摘している。
政治家も財界が動かしているのである。財界もアメリカと同じく多国籍企業であり国を動かしているのである。
現代の世界自体が多国籍企業が動かしているのであり国ではないとないとなる。
原発もこうした多国籍企業によって推進されている。アメリカという国を動かしいるのもアメリカの財界になる。だから国の力は弱まり実権があるのは多国籍企業であり政治家より会社の幹部が世界を支配するという構図になっているのが現代である。

そういう多国籍企業の言いなりになっていると国々の文化は破壊される
国土を守ることもできなくなる。文化というときその国の風土とか環境とか国土とかと関係してくるからである。
世界が株式市場になるときまさに国を越えて多国籍企業が自由に活動するということであり国という障壁はない方がいいのである。
その時その国の文化とかは破壊される、風土とかその国独自の国土から形成された文化や歴史が破壊されるのである。

ここは結構読みごたえがある。
自分の思想とも通じるものがある。
これを読むのも結構大変である。
インターネットの世界は知らないことが実に多いのである。
タグ:鬼怒川
posted by 老鶯 at 00:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層