2015年09月27日

原発避難区域の復興が小高でもむずかしい訳 (小高病院の配管修理の七億円は小高の人が出せば復興になる)


原発避難区域の復興が小高でもむずかしい訳

(小高病院の配管修理の七億円は小高の人が出せば復興になる)


小高でも原町に家を建てた、鹿島に早くから家を建てた人もいた、結構原町とかに家を建てている。
息子は名取に家を建てて高速で原町の会社に通っているとかなにか外に出る人が多い感じがする
小高に帰りたいという人は老人だけど原町に家を建てれば老人もそこに住むようになる
なぜそういうことができたかというと補償金が多額だったからである。
金があるからこの際もう小高をあきらめて原町でも鹿島でも相馬市でも外に家を建てた方がいいとなった。
つまり前も書いたけど補償金が必ずしもみんないい方向に向かわなかった。
かえって金が補償金が復興のためには良く働かなかった。
金が小高とか他でも復興するより復興しないものとして働いたのである。

もし補償金がそんなにもらわなかったらもう避難区域でも小高でも不便でも何でもそこに住まわざるをえなくなったろう。いくら放射能汚染で住めないといってもどこにも住むところもない、金もないとなれば住まざるをえなくなる
そうすればなんとかそこで復興させようとなったかもしれない
現実に金がなければまず外で家建てるとか住むことも簡単にできないからである。

その一番いい例が小高病院の配管を直すのに7億円かかる。
ではその金を誰が出すのかというとそれが大きな課題になる。
東電が出してくれるとか県で出してくれるとか市でもなんとかしてくれるとか
小高の人たちはそういう考えしかないのである。
多額な補償金もらっているのだからみんなで金を出して病院の配管を直そうという意志がないのである。
他人まかせなのである。それは今回の原発事故ではみんなそうである。
津波の災害の復興で一番働いたのは自衛隊であり地元では何にもしていない
あとは外から来たゼネコンとかであり地元の人は金があるからパチンコだ競輪だとギャンブルになった。
鹿島に競輪の券の売り場があるからそうにも通っているらしい、それもすぐ近くだからである。
他はやることがないと困っているのが現状である、老人が多いから働くこともできない
だからあと5年補償金もらえればなと老人は思っている
というのはあと五年で相当な貯えができるからそうなる
すでに一千万ためたとか金のない人にとってはかえって良かったとなる

ともかく小高の問題で小高病院が復興できない、配管に7億円かかるというときこれは津波の被害ではない、地震の被害でそうなった。
放射能被害とも違うから東電では金を出せないだろう。
何か津波でも地震でも放射能被害と一緒になったのがこの辺である
津波とか地震とかの被害は放射能とか関係ないから補償金はでないのである。

小高の人たちの問題は小高病院に象徴されているように小高を復興しようとする意志がある人が少ないのである。
むしろ補償金もらったからこの際外に出て家を建てた方がいいとなっている
もし本当に復興する意志があるなら補償金もらっているのだから金を出し合って復興しようとするだろう。
その金は相当に価値ある金となるだろう。
みんな心意気がその金に託されているからまた違った金となる
そういうところから復興がはじまるはずである。
ところがそういう意志がないから誰かが金を出してくれるだろう、外の人がやってくれるだろうとなっている
それは避難区域とか津波の被害地でもそういうことがあるだろう。
それだけ被害が大きいということもあってあきらめる人も出るのがわかる

そもそも補償金もらってギャンブルで遊んでいるということがおかしい
その金をなぜ小高病院の配管を直すために出し合わないのか?
それを今度市の財政でなんとかしてくれとなると原町でも鹿島でも自分達が補償金もらっているのだから出し合って復興しろとなる
合併していないならそのことをあまり強くは言えない
でも合併して南相馬市になったけど補償金の不公平さで分断されているのが現状である。だから仮払金の百億円を鹿島区に市の財政から払うというとき反対した人が原町にいたのである。
仮払金とは東電が賠償金をはらうまで市で立て替えるもので実際はあとから東電から支払われたのだから市としては何の損にもなっていなかった。
その辺のことが混乱してわからなくなっていた。
結局南相馬市で一番損したのは鹿島区だったのである。
原町区は鹿島の三倍は補償金もらっているのだ。

こういうことがあったらようにもし市で小高病院の配管修理の七億円を出すことはやはり市全体では問題になる。特に鹿島区の人は不満になるかもしれない
なぜならどうして七億円を小高のためにだけ払うのかとなるからである。
そういうことを小高の人たちはほとんど考えていないのである。
補償金はもらうだけもらえればいい、文句はあってももらうのはもらった方がいい
あとあと小高に帰っても何でもあれ必要になるからだ
それはこんな状態にされたのだから当然だとなっている

ただそんなこと言っても誰も自腹をきって出す人はいないだろう
それは自分たちの出す金ではないと思っているからだ
東電であれ国であれ市ではないにしても出すべきで自分たちは出すべきではないと思っている
だから誰もそんなことを心配していない、
ただこういうことに何か今回の問題が象徴されていたのである。
要するに小高病院はこの一つの例であり何か復興できない象徴なのである。
これは一つの例であり他にもそうしことで復興することがあるだろう。
それが小高区の人たちにそういう意志がなくなっているからだともなる
ただでは南相馬市としてはどうするのかとなる
小高の問題は南相馬市の問題だからである。
もちろん南相馬市は県の問題であり国の問題ともなるのか現代である。
海への放射能汚染では世界の問題にもなったのである。

 
タグ:小高病院
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十五夜(今年もさらに平和を感じた)


十五夜(今年もさらに平和を感じた)

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この道を今日も来たりぬ秋薊
この里に根付くや薄秋薊
萩しだれ小蝶隠れて日のさしぬ
数十輪ここに集めて野菊咲く
十五夜やなお健やかに我が生きむ
十五夜や争いやめてなごみあれ
一五夜の光清めむ町一つ
十五夜の我が家を照らし平和なれ
百歳を生きて一五夜団子食う
一五夜や今日は休まむ日曜日
十五夜や今年も復興願うかな

今日は十五夜で円い月がでていた。何か自分の家も震災でも津波でも四年半過ぎてそれなりに平和を感じた、ただ仮設はまだあるし平常には戻っていない
まずこれほどの異常なことが起これば一身上でも平穏を心から願うようになる
この辺はともかく自然災害はまた何十年と来ないだろう。
そして忘れたころにまた災難がやってくる
津波は四百年過ぎて来たからだ。

何か人間界でもある時どうにもならなくなり膿や毒を出して生まれ変わることが要求される時がある。
それが易姓革命である。天変地異が起きて世が変わる。
ともかく平和な家庭ではないにしろそれなり30年間は平和つづきとにかく自分は楽だったのである。
三食は出されていたし自分のすることはしたいことをするだけだった。
今になるとこれは本当に恵まれていたなとつくづく思う。
そういうことは奇跡的であったかもしれない
意外とこうした平和は長くつづかないことを知ったからである。
介護とかすでに10年近く追われる生活だった、今でもそうである。
家事を一人ですることが大変なのてある。

だから本当に近辺しか出歩かない、毎日買い物でありこれも毎日一仕事である。
何か食べ物や飲み物を出すのも手間なのである。
レストランであれ食堂であれ運ぶことも手間だとつくづく思った。つまりこれも食堂でも何でも運んでみれば手間なことを知るのである。
何かサービスを受けることは手間が必ずかかっているが自分でしてみないからわからないのである

今年の十五夜は去年よりさらに平和を感じる
去年も感じたが今年の十五夜はまた違っている、年々違って一五夜はがありこの辺はやがて復興してゆくことを願う
ただ四年半過ぎてもなにかまだまだだなと思う
それだけ被害が大きかったためである。もうどうにもならないほどの大被害だった
だからこれが元にもどるとしたら一〇年とかでやっと一区切りだなとかなってしまう。
それだけの時間もかかる
あと二年で常磐線が仙台とつながったときが一つの大きな復興になる

自分は今や定着文明を生きている。なぜなら近辺しか出歩かないからである。
今年も二回しか仙台に行っていない、ただ津軽に一回花見には行っている
ほとんど同じ道を往き来しているだけである。
それはすでに一〇年近くつづいているのである。
それでも何か新しく見いだすものがあるのも不思議である。
今度のα6000という一眼レフはいいカメラである。
こういうカメラをもつと写真をとりに行きたくなる
このカメラのいいのは液晶画面だけではない、直接目でみる窓があり光に反射しないからねらった写真がとれる
写真でとると何か違ったふうに見えるから不思議である。
野菊の花はこんなふうに見えなかった。
このカメラはいいカメラだからいろいろまだとってみたい、夜景はうまくとれなかった
夜景はむずかしい、でも写真の魅力は大きいということをこのカメラでまた感じた




タグ:十五夜

2015年09月28日

IH調理器の接続部分が燃える (一人暮らしには危険が多い)


IH調理器の接続部分が燃える

(一人暮らしには危険が多い)

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周りはプラスチックだった

これは二年前に買ったものである。ケーズ電気で買った
これが電気を入れないのに接続部分が燃えていた
ちょうどそこにいたから煙が出ているのでなんだろうと思ったら
燃えていた、電源部分のコンセントではない
ただコンセントにつないでいたのは確かである。
でもスイッチは入れていない、でも電気が流れて漏電していたのか?
その回りプラスチックだから燃えたのである。
鉄だったら燃えないだろう、でも回りに燃えるものがあるのが危険である。
下に木の板を前にしいていたのは失敗だった
下が黒こげになっていた。
これが燃えた時は木の板はとっていた

会社に直接連絡したら送ってもらえればみると言っていた
個人でも直接送れる
でもめんどうだから買った電気屋に送ってもらうことにした
箱も必要になるしめんどうになる
今は直接メーカーに連絡できるのがいい

ともかく一人暮らしの危険はいろいろある

●留守とか犯罪にあいやすい
●家の安全が留守にすると電気などでも計れない
●突然倒れたりしたあとが困る
●跡継ぎがいないと財産や墓などの処理でも困る

あるときはヒーターをつけっぱなしでありその時仙台にいて家に痴呆で寝ている母しかいないので連絡がとれず火事になるところだった
餅とか焼くもので温度が高くなるものだった
消防署に連絡したがどうにもならない、これも怖かった
一人暮らしで家に痴呆の老人とかいる介護する家は本当にいろいろな危険がある
一度は留守のとき水道管がもれていたが隣の人が気づいて元栓をとめてくれた
犯罪にも実際にあった。

まず介護になってから自分は様々な困難にあい苦しんできた。
一人暮らしのたリスクは本当に高い、その解決方法が簡単には見当たらない
家を一人で管理することが大変なのである。

今回は夜だったらここから燃えて火事になることもあった
これは一人暮らしとかは関係ないが
下に寝ている人がいれば気がつく
二階だと気がつかないのである。
一人は痴呆化しているから何もできない
匂いさえ感じなくなっているからだ。


posted by 老鶯 at 11:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

原町の小沢の人たちが開いた直販の店ーイトトンボ (市会議員から聞いた、鹿島は30キロ圏外で補償金もらないがもらえるようにした)


原町の小沢の人たちが開いた直販の店ーイトトンボ

(市会議員から聞いた、鹿島は30キロ圏外で補償金もらないがもらえるようにした)

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スーバー菊地の隣に「イトトンボ」という野菜の直販の売り場が新しく作られた。
これはもともと「小沢」の人たちが開いていた。
名前は小沢の沼にヒヌマイトトンボといか珍しい種類のイトトンボが生息していたために名付けられた。

体長3cmほどの小さなイトトンボ[1]。河口などの汽水域にあるヨシ原などで生活している[1]。
オスの背側には黄緑色の点が4つある。英名の Four-spot Midget はこの特徴から付けられた。また、メスはオレンジ色であることが特徴である。
、2011年3月に発生した東日本大震災により、国内最北端であった福島県の生息地は壊滅した可能性もあると考えられている。[4]
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%8C%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%88%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%9C

つまり小沢のヒヌマイトトンボは最北端の棲息地で貴重だったとなる、南方系のイトトンボであり雌が赤いのがめずらしい。
このことは知らないし小沢という村には行ったことがなかった。
南方系というとき鹿島区の海老村はマルハシャリンバイの南限の地で有名だった
ということはこのイトトンボも南方系であり福島県の浜通りは温暖であることを示している
北方系はエゾイトトンボとかオゼイトトンボとかがいる、それは青い色である。
その写真を尾瀬でとったことがある。
また津波の一年後くらいだったのか蝶蜻蛉という黒い二枚羽根の蝶が飛んでゆくのをみた。
それは見たことがない蝶だった。おそらく山元町の新浜の沼に生息していたのが沼がなくなり逃れてきたのだろう。
蝶蜻蛉はこの辺では見たことがないからである。
あそこの沼には珍しいトンボが生息していた貴重な沼だった。でも一ニ箇所くらいしかなくなっいたから今回の津波でその生息地域は壊滅した。

津波で生態系の破壊があった。山元町の新浜には自然の沼地がありめずらしいトンボが生息していた。その沼地も津波で壊滅したことが報告されている。
松川浦でも一時は半分の種がいなくなったとか言われた。今はかなり回復している。
もともと新浜などでも開発が進んで残された沼地はわずかだったのである。
今回の津波で壊滅したから回復しないと言われる。
なぜなら自然のままだったら他にも沼地がいたるところにあり一部が壊滅しても他が生きられるから種が残るのである。
津波の被害はこうした絶滅危惧種を壊滅させたとなる。

そのイトトンボであったのが南相馬市の議員だった。
新しく開店したので議員もいたのである。
小沢は津波で被害を受けて家をなくした、それでまたここで前していたことをはしめたのですと言っていた。
小沢の人は鹿島の寺内の仮設にもいた、津波の被害で仮設に入った人と原発の被害で仮設に入った人とが入り交じっているからこの辺は複雑になるのである。

その議員が言うには

「みんな知らないだろうけど震災のとき丁度中央の官庁に南相馬市出身の役人がいて30キロ圏外が補償金が出さないけど出すように尽力してもらって出せたんだすよ」

「本当ですか知らなかった」
「浜名さんという人ですよ」
「鹿島の人は補償金が小高や原町のようにもらえないから不満なんですよ」

「それはわかっています、でも30キロ圏外で補償金もらっているところはないんです」

「特別に政府の方で鹿島にも出すことにしたんです、桜井市長が決断したんですよ」
「鹿島の人でそのことを知っている人はいないでしょう、みんな不満ばかりですよ」

「鹿島の人はもともともらえないのにもらえるようしに特別にしたんですよ」

この話も初耳だから意外だった。なぜなら自分でも鹿島の人でもこんなことを思っている人はいないだろう。
みんななぜ原町と小高にはあんなに補償が手厚いのかという疑問である。
ところが実際は鹿島は30キロ外だから補償金は国からも東電からももらえない所だった
でもこの話を聞いて納得する人はいないだろう。
そういうことがあったから地元出身の役人がたまたま中央にいてそして桜井市長が決断したから鹿島ももらえるようになったからむしろ感謝しなさいという口ぶりだった。
それも何か納得がいかないという時、それだけ鹿島でももらえるということが当たり前になっていたからである。
だからなぜ原町が三倍ももらっているのかという不満がある。
桜井市長も大甕の人であり小沢とも近い、出店した所も大甕だった。あそこが大甕だとは思わなかった。近くでも実際はいろいろ知らないことが多いのである。

この辺は様々な問題の地である。津波の被害者も実に多い、その人たちは家もないし津波とか地震の被害にはそもそも補償金は出ないのである。
何かそこが混同して複雑になった。津波とか地震の被害に対して補償金が払われているのではない、放射能汚染に対して払われているのである。
津波の被害者はいくら放射能汚染で30キロ圏内でもらったとしても避難区域のようにはもらえない。
津波の被害者はやはり原町区では苦しい立場にある。
小高区はまた別格なのである。

桜井市長が原町と小高で票をとれば当選するから鹿島は無視されたとか言ったら桜井市長は悪いことはしないです、それも大事だけど何かもう一つ政治的能力はどうなのだろうかと思う。
行政能力とかも問われている。もちろんこんな複雑な市でうまくやれる人がいるのかともなる。
でも桜井市長があえて反対があったが鹿島区に仮り払い補償金を百億円を市の財政から払ったのは今になると評価できる。
それは別にあとから国であれ東電であれ市の財政に確実に払われるものだったのである。だから原町区の人があんなに反対することはなかった
それはインターネットの発言だから目立たないということはあった。
だから知らない人がほとんどだと思う
自分はたまたま読んでいていずいぶん激しい口調で鹿島になんか払う必要がないと読んだのである。
ここからすでに原町と鹿島で補償金で対立していたのである。


東京電力による仮払い補償金の支給対象区域が福島第1原発から「半径30キロ」で線引きされていることについて、同じ南相馬市の住民のなかでも補償金を受給できる人とできない人が格差が生じていると、怒りをあらわにした。
http://news.nicovideo.jp/watch/nw82119


最初から桜井市長はこのことは明確に怒り手を打ったことは評価できる

この辺の政治的課題は簡単には解決しない、議員が解決してくれるのかというとできない、そして意外と官僚はやはりそうした予算を決める能力があったのかとなる予算を配分する権力があったのかとなる。
その人が言ってできたからそう思う。
何か金を配分できる金を使う権限があることが現代では権力なのである。
だから権力があるのは誰かというと金を自由にできる、金を実際に使える権限がある人であれ部署だとかなる。
とにかく鹿島選出の議員はなにしているのか、それもわからない。
実際に金を動かしたのは中央の南相馬市の役人だったのかとなる。
これもどういうふうに決められたかはその手順はどうなっていたのかは詳細はわかりにくい

こうして自分は一人で報道を担当しているが自分には何の権力もない
記者クラブに所属しているわけでもないし何か公権力の許可もないから取材もできない
取材するにはバックに組織とか権力が必要なのである。
常に何か知ることさえ権力ができないと知ることもできない
それで日本には民主主義はないと言われる
一人の個人なと権力では相手にしないからである。
ただインターネットは何か報道するにも無料だからしているのである。
マスメデアとか本当は権力を監視するものであったがどうしても権力にとりこまれる
東電から朝日新聞まで金が流れていた。
なぜならマスメデアの幹部が中国で東電に歓待されていたとき原発事故が起きたのであるその時、その歓待された中に朝日新聞社の幹部もいたのである。
だから朝日新聞すら信用できないとなる


聖教新聞の人もまず広告とることだと言っていた。その広告主が東電だったら大きな収入が約束される、あれだけの金がある資産がある会社だったからである。
するとみんな東電にとりこまれてしまっていた。そして原発神話は作られたのである。
聖教新聞とかも東電の宣伝費が二番目くらいに多かったのである。
そうなると原発のことを批判できない、他でも「財界福島」なんかも最初は原発を批判していたがすぐぱったりと批判をやめたのである。
それは東電から宣伝費が入ってきたからだろうと憶測されている。
そもそも新聞でも雑誌でも本を出すのにも金がかかる、だからその本業では経営できないすると会社の宣伝をして収入にしていることがマスメデアなどが信頼できないものにさせている。中立性も維持できないのである。
この世の中は金で支配できる、それで世界を支配しているのはアメリカだというときそこに金が集まりその金で世界を支配できるからだとなる。
銀行も世界を支配する資本主義の支配機能の中に入っているというのもそのためである。
この辺は何か政治でもみんなに直接身近にかかわってくる。それは利害でかかわってくるからである。
人間は利害には敏感だなと自分も思った。百万円でももらえればその利益にこだわる。
ある程度余裕があるならいいが余裕がない人は余計にこだわるのである。
だからその補償金のことで一番こだわりもめているのが南相馬市なのである。

ここのカレーは400円だけどうまい

肉と野菜が入って手作りで安いしうまい

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2015年09月29日

なぜ海岸に家が密集していて津波の被害にあったのか? (農地は日当たりが良い所を選び家は山陰の日影に建てる)


なぜ海岸に家が密集していて津波の被害にあったのか?


(農地は日当たりが良い所を選び家は山陰の日影に建てる)



無駄に広い宅地にするくらいなら、少しでも農地にする方が良い時代だったのです。
だから田舎では山裾の日当たりの良くないところに家を建て、日当たりの良い土地は農地になっています。
http://okayama-inaka.com/hudosan/27-totinotokusei.html

とくに田んぼは広範囲に水でつながっており、そこに生活排水が流れ込むと衛生上も好ましくありません。農地法で農地に家は建てられないことになっており、一部の農業施設を除いて建築は認められていないのです
http://www.ahahaohoho.com/tobira/tobira080317.htm

農地を選ぶ場合には、注意することが、いくつもあります。田畑は1枚1枚違う性質を持っているものであり、どれでもいいということでは、ありません。
日当たりはどうか、冬場の日当たりはどうか、水の便はいいか、田畑の中から水が湧き出していないか、強風が吹く土地ではないか、大雨が降ったら水が流れてこないか。
http://77ch.info/attention.html



人間は田舎に住んでいても田舎のことがわからない、自分などは農業したこともないのだから単に田畑が広がっている名としか見ていない、田舎でも今はみんな農業していないからである。
田舎の田園風景とかは原野でもないし森でもないし人間が代々労力をそそいで作られてきたものなのである。
農業を経験しないものは何かそれが自然にあるように見えてしまう。

だから松原さえ自然のままの風景とさえ見ていたのである。あれば人工林であり人間が作ったものであり自然林でないから津波には弱かった。
自然林は混生林であり松だけの森とか杉だけの森はないのである。
だからこそ津波で根こそぎ壊滅した。松は強く根を張らないのである。
それからなぜ津波が来るような危険な海岸地帯に人は密集して住んでいたのかとなることも批判された
それも農地のことを考えればわかる、農地は日当たりのいい場所を選ぶ
農家はたいがい山際の陰とかに多い、近くをみても広い田があっても家はその田の中にあるのはまれである。
それは田として利用することを優先していたからである。
都会だったら田畑のことは考えないから広い日当たりのいい平坦な地を宅地にする。
田舎ではまず田畑が優先されて家は山陰とかに多いのである。
それは八沢浦でも広い田の中には家がないことでもわかるし大内村でも山際に家が集まっている。
もちろん古くは湿地帯であり海だったところだから山際に家があるということもある。

そしてなぜ磯部村であれ海老村であれ烏崎村であれ海に接して家が密集して津波で壊滅したのかということである。
それは誤解しているのは漁業があり港を利用するから人が集まり家を建てたと見ているが農業もしていたのである。田畑も作っていたのである。
漁業している人たちが全部なのかというとそうではない
農民がそこには多かった。半農半漁ということもあったのが日本である。
磯部などはもともと砂州でありそんなところにあれだけの家が建っていた
それがなぜなのかというとき広範囲な土地は田んぼとして利用していた。
磯部村の後ろは広い田になっているからである。
漁業だけでは生活は成り立たない、食料として米を必要としていたから広い田んぼが必要でありかえって家は山陰の日影に建てられていた。

山の方でも広い平坦な日当たりのいい場所は田畑にしているのである。
日本では良く山崩れとか土砂災害とかあるけど山でも平坦な場所に家が建っていない
その日当たりのいい平な場所は田畑にしているからそうなる
日本では平な場所が貴重であり平(たいら)という地名も多い
平家というのはまさにその平(平)からきていたのである。

だからそもそも農村風景というのは長い年月をかけて人間の手を加えて作られてきたものなのである。
要するに自然そのものではない、何かその辺が実際に農業にたずさわらないものは錯覚するのである。
人間が長年手を加えて作り上げたのが農村でありもし今回のように放置されて原野化するとどうなるのか、それを回復させることがまた時間がかかるしむずかしくなる
一からやりなおしかねないのである。
田畑というのは毎年人間が手を加えることで保たれていたからである。
里山というのは自然そのものではない、人間の手が加えられたものである
前からも何度も書いてきたけど津波の跡に残った庭の樹が何か人間に見えた
老夫婦のようにそこに二本を離れがたくいつまでも立っている、今でも立っているのである。それは本当に不思議な光景だった。その樹は人間化した樹だったのである。
自然そのものの樹とは違っていたのである。
原発事故の避難区域となった所、飯館村なとでも道の辺に樹があるがあれも人間化した樹だった。
それで人がいなくなるとなんとも淋しく取り残された人間のように見えるのである。
日本は狭いから原生林があるような場所はまれであり人間化した自然になっている

八沢浦にある「前日向」とかいう地名も日向(ひなた)は田になっている。
日当たりのいい場所は田にしたからそうなったのか?
つまり日向(ひなた)は人間に住む場所としていいのではなく、田畑にするのにいい場所として前日向と名付けられたのかもしれない、人間の家が優先されるのではなく
田畑があってこそそこで生活できるからそう名付けられたともとれる。
津波では結果として田畑を優先した結果、海岸地帯の狭い場所に家が密集した、そこは田畑にはできない場所だった。それが悲劇の元になったというとき日本の国土の狭さがそうさせた悲劇だったともなる。




タグ:農地
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2015年09月30日

シリア難民はなぜ生まれたのか? (欧米とロシアが背後にあり二分された、原発避難民との共通性)


シリア難民はなぜ生まれたのか?

(欧米とロシアが背後にあり二分された、原発避難民との共通性)


シリア難民がなぜ生まれたのか、これも複雑である。シリアはトルコ回りでドイツを目指した。
そのトルコのイスタンブールでシリアに行った人はシリアの人は素朴で何度もいいと言っていた。
その人は会社を退職した人であり会社内の派閥争いで会社をやめたらしい。
でもあの年で海外旅行しているのはめずらしい。
安宿を回って長期間旅行している、自分は四苦八苦していたがあの人は余裕でしていた。トルコの隣がシリアだった。だからトルコに逃れヨーロッパを目指した。
ヨーロッバというとき何かというときトルコの隣がブルガリアでありブルガリアはキリスト教国だら境目になる。もともとトルコはアジアの遊牧民でありここにたどりついた。
ここがヨーロッパの西と東のアジアの境目になっている。
イスタンブールの安宿になぜブルガリアの絨毯が飾ってあったのか?
それはキリスト教なのである。イスラムからすれば禁止されている。
でもトルコはそれほどイスラムの宗教の強制がない場所なのだろう。
トルコはまたロシアとも関係している。黒海沿岸にはロシアと貿易している街がありロシア人がいるとかなる

そもそもシリアはソビエト連邦時代から社会主義国家になっていた。ロシアの指導でそうなったのだからロシアの衛星国のようにもなっていた。
社会主義国家だと資本主義のように競争とか格差が生まれないからみんな貧乏でも素朴だとなっていたのかもしれない。
そして今なぜこれほど混乱してしまったのだろうか?
それはアメリカとロシアの対立が背後にある。それは歴史的にそうである。
アラブの春はヨーロッパにしかけれたというときそれもある。
欧米から工作員が入って活動してたとか言われる、それは常に小国には大国が干渉して裏で動かす。それは日本でもそうである。
在日が煽動して中国派が工作して抗議活動させる、政治的に裏で動かす、国が混乱すると大国が干渉して利益を得ようと活動する
だから明治維新もフリーメイソンが裏で武器を与えて金を与えて動かしていたとかなる
坂本竜馬が長崎のグラバー邸に出入りしていたのはそのためだったとかなる
右翼でも左翼でもアメリカが裏で動かしているとか左翼も中国が動かしているとかなる
それでどうしも左翼が反日勢力となり中国と結んでいるとなり賛同しにくくなる
一方で安倍首相はアメリカの手先でありアメリカの言う通りになるだけだと批判される
こういうことは常に「心の青雲」とか「darkness DUA 」とがで言われている。

政治も基本的に地理の理解がないとわからない、地政学なのである。
ロシアとシリアは感覚的に地理的に遠いようで近いのである。
つまりロシアートルコーシリアと地理的になっているのだ。
ウクライナも欧米勢力とロシアで二分された国であるからシリアにも波及したとなる
ただイスラム国が生まれ複雑になった。
トルコにはクルド人問題をかかえているからこれも複雑にさせている。
つまり欧米の勢力とロシアの勢力とイスラム国が三つ巴になって争っている。
そしてシリアは国として崩壊して大量の難民が生まれた。

大国の権力争いで国が崩壊してしまった。小国はそうなりやすい、それは朝鮮半島とともにている。小国は大国の覇権争いの場となり分断されて国さえ崩壊してしまう。
国がなくなり避難民となり世界に放出される
その難民が世界の問題となり難儀する。国連でももうあらゆる紛争の解決もできない
国連には限界がある。
そして小国の人たちは犠牲にされる、こういうことは日本と関係ないようでも敗戦のとき日本も北海道がロシアにとか二分されたかもしれなかったのである。
確かにだから日本でも国が二分されることだけはさけねばならない。
右翼であれ左翼であれそのことを第一にせねばならない、そうしないとシリアのようになるとも限らないのである。
つまり大国に二分されないように最善の努力を尽くすことなのだがそれが小国にはむずかしいのである。
日本は小国でもない大国でもないということがありアジアの戦争で無理をして敗北したのである。

なんか難民問題というときこの辺も原発難民であふれている。5年にもなるのに未だに仮設暮らしがつづいている。
ただ原発難民は難民貴族とかなっているからまるで違っている。
シリア難民のように追い詰められているわけでもない、毎日ギャンブルでパチンコで遊んでいる遊民と化している、こんな難民ならなりたいとなる。
そして避難区域となった街は無人化しているのである。
そこに住もうとしているのは老人であり若者はまれである。
すでにそういう町は住むことも放棄されて原野化している
もちろん帰って住む用意もしているから住まないということはない
でも一割とかしか住まないとなると町が成立するのかとなる
そういう所はどうしたらいいのかとなる
特区にして外国人でも住まわせたらいいのかとまでなる
良く東京辺りの生活保護者は原発の被害があったところに住めとか言う
東京に住むのは贅沢だからである。
だからそうしてそこのもともとの住民が住むことを放棄したような地域はもう外人でも日本人でもその土地を無料で解放して自由に住みたい人が住まわせるという考え方もある。小高くらいなら放射能を気にしない人たちはいる。

結果的に放棄された土地は誰の者になるのか?
それは自然にもどり自然のものとなるものでもない、国のものとなり最終的には放射性物質の処理場とされてしまう。
それでも土地をもっているというだけで処理場になった土地は国から土地代が払われるのである。それを望んでいる住民もいるだろう。
何にも金にならないよりはいいとなる。
ただ地主が土地を失ったのは土地を使用する方が権利が生じたためである。
土地をもっているだけでは権利が生じない、その土地を耕して労働したときその土地に権利が生まれる。
シリアではもう住民が避難して帰らないとなるとその国の土地は誰のものになるのかということである。
そこは空白地域になりイスラム国が侵略しても抵抗するものもいない、アサド政権にしても住民がいなくなれば国王でも何でも無意味になる。
ロシアに亡命してもう国はないからもう国王ではありえないとなる
シリア難民もまた原発難民はその差は大きいにしても同じ問題をかかえているともなる
町がなくなれば町民がいなくなれば公務員も職を失うし町長も議員もそうである。
だからこの辺の問題はシリアでもそうだが避難民としては共通しているのである

 
ロシア主導の国連軍が米国製テロ組織を退治する?
http://tanakanews.com/150924syria.htm(田中宇)

この辺は複雑である。イランも一枚かんでいる。
ロシア軍が入ってくることをアメリカが容認するということは大きな前進なのか?
アメリカもどうにもならなくなっている
アメリカは遠いし地政学的にはロシアが力を出せる所に位置していたとなるのか?



 
タグ:シリア難民
posted by 老鶯 at 10:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

抽象画(大地の結合)Combination of the earth


 
抽象画(大地の結合)

Combination of the earth


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これはもう少し「大地の結合」として連作が必要である。



前に絵画化したものをまた利用できるのがパソコンでありインターネットである。
前に書いたものを書き加えたり新たに構成することができる
「時事問題の深層」とか紀行文とか前に書いたものが今も読まれている
それも十五年とか過ぎてしまったのである。
10年過ぎるともう読まないのものが普通である。
インターネットは次々に更新されるからそうなりやすい
でもインターネットは記憶されていて意外と消えないのである。
書店にある新書でも何カ月でなくなる
するとあとはアマゾンとかで買うほかなくなる
そこにはもうしり得ない無数の古本がある
本でないものはない世界になっている

抽象画にするとき何か前に描いたものが生きてくる
手直しすると前よりいいものができている
それはソフトによるのである。
ペイントショップはこれは使いこなすのが容易ではない
すると応用範囲が広いからこんなことができるのかと
新しい創作が生まれる

この一連のものもそうだった。
ペイントショップで新たに創作されたものである。
「大地の結合」というとき何かその題も自分で言うのも変だが良かった
意外とタイトルから抽象画をイメージする
何か抽象画はわからないからそうなるのである。
自分で抽象画を作って自分でこれは何だろうと思う
瞬間的に「大地の結合」というタイトルをつけた
大地の感覚は自分は田舎で追及してきたからである。
郷土史は土の上にあるということでも書いた。


ただ自分は実際に農業していないから本当は大地というのが自然が実感としてわからないのだ。
大地を知るには自ら大地を耕して実りを得ることで実感するのである。
小さな畑で毎日働いている人は大地を理屈ではなく体で知っている
それでもそれが金になるこはない、売れるほどのものは作れない
一回だけネギをもらっただけでありかえって金がかかっている
それは趣味でありそれで生活にはそもそもならないのである。
大地の結合というときやはり人間は自然の子だから大地からも離れてありえないのだけど大都会は大地から遊離している。
そこには本当の結合はない、部分化された機械化された部品の集合になっている
「大地の結合」というとき自分で言うのも変だが力強さを感じるのである。
タグ:大地