2015年09月01日

自分より相手が苦しんでいた不思議 (追い詰められている人が多いから危険な時代)


自分より相手が苦しんでいた不思議

(追い詰められている人が多いから危険な時代)

人間の経験することはみんな不思議である。事実は小説より奇なりというのは本当である個々人で経験したことを語るとそんなことあるのと思うけど事実なのである。
自分の経験したことを書いてきたけどこんなことあるのというのがこの七年間に起きたことだった。
津波とか原発事故とかが起きたこともそうである。この世にこんなことがあるのという驚きだった。これだけもうなんといっていいかわからない出来事だった。

この七年間は家族の認知症に苦しんだ、これもこんな病気があるのという摩訶不思議な経験でありそれを書いてきた。病気というのもまた不思議なのである。
病気の種類もまた多いのである。だから理解できない病気がいくらでもある。
病気も自分の身にふりかからないとなかなかわからないのである。

ふりかえると自分が苦しいことを訴えた相手が自分より苦しい立場にあった。
自分が訴えたときわからなかった。一人は別に親しいのではないが近くで癌であっというまに死んでしまった。
もう一人は時々あっていた人で自分が病気のことを言ったが何の関心もなかった。
もちろん仕事で頼んでいるのだから客にいちいち病気のことまで関心をもつことはない
でもその人も自分より死にいたる病気に今になるとなっていた驚きである。
やはり死ぬ病気となると自分より最悪の状態になっていったのである。
その時はまだそうした最悪の状態になっていないときであった。
そのあとすぐに最悪の状態になり一人死んだのである。

ともかく自分が介護になり病気になったとき接した人はまず金でもぎりぎりにおいつめられていたのである。
一人は事業に失敗して借金で首が回らなくなっていた。
そんな人が人を助けることなどできない、自分の病気のことなどどうでもいい、まず金をとることだとなっていたのである。
だから自分の病気に対して同情を示すことができなかった。
これもふりかえると恐ろしいことである。
お前が死んだら金が入るとまでなっていたのである。
それだてけ追い詰められていた。
もちろんもう一人もそうである。だから金をくれと来て家捜して丁度病気だったので大金を失った。これも近くにそういう人がいることが信じられなかった。
みんな自分が介護だと病気だとか苦しんでいても自分が接した相手も追い詰められていたのである。そういう人はもう人を助ける余裕などないのである。
むしろ死んだら金になるとか金のことしか眼中になかった。

最近接した人もまた金に追われている人だった。その人はずっと貧乏だった。
ただ自分は病気も回復したので余裕あるから助けている。
自分が病気のときだったらとてもそうした余裕はないのである。
人間は自分が苦しかったら相手のことすら考える余裕がない
相手を思うということはそれなりかなりエネルギーが必要だからである。
思うということは何か行動しなくてもそれ自体がエネルギーとして相手に働く
でも人間は思うというときそんなに大勢の人を思うことはできない
その数は極めて限られているのである。
相手が知らないでもその人を思いば何か良くても悪くても作用する
悪い面に悪い思いでも作用する

だからなんかある人が誰か殺したいという思いは強烈だから全く関係ない人がその思いを受けて殺人にいたるとか言う哲学者もいた。
それは何かそうした思いに影響しやすい弱い人がなりやすいというのもそうかもしれないだから人間が思うということは何でもないようで怖い面があるのだ。
人間の想念というのはだから宗教では一番大事なものとしていたのである。
悪い思いがあれば悪いことが必ず起こるということである。
悪い思いを抱くだけでそういう悪い行為に結びついていくからである。
人間はどうしても思うことを軽く考えるからである。

ともかく今の時代は世相はまず金に追われているぎりぎりの人が多いということである。老人でもそうであり老後難民というのもそうである。
新幹線で老人が焼身自殺したのもそうである。
ぎりぎりに金で追い詰められているからそうした事件を起こす
人間はもう善も悪もない、追い詰められれば今日食べるものがなければ相手を殺してまで今日食べるための金を得るために殺すこともありうる
だからそういう追い詰められた人間と出会うことは恐ろしいことになる
ただ相手のことはそういうふうに追い詰められているということが理解できないのである自分か金にも病気にも困らないとしたら相手がそんなに苦しんでいることがわからないのである。
事業に失敗していたのもわからないし、その人がそんなに金に困っていることもわからない、それは病気でも同じだったのである。
ただ自分の状態をみればひどいなと普通だったらわかるが相手は全くそういうことを思う余裕がない人たちだったのである。

それにしても癌がふえているのだろうか?
癌で早死にする人がふえているのだろうか?
50代でも60代でもなんらかの持病をもつようになる人が多い
また生活習慣病としてその世代に症状として現れる
酒を飲みすぎているような人は肝臓などが疲れいたんでくる
自分の病気は本当は軽いものだったのけど実際は身体障害者のようになっていたから苦しかったのである。
人間も残酷であり相手が弱くなると喜ぶ人が結構いるのである。
自分が弱くなったとき露骨にそういうことが現れたから人間の非情を知った。
それより自分の接した人たちもぎりぎりに追い詰められていたのである。

まず今の世相はこういう人たちが多いとしたら怖いと思う
もう気を許してつきあうこともできない、それは田舎でもそうである。
やはり金、金、金の世界になっていることは同じである。
みんな金のために余裕がないのである。
この辺も原発の補償金でもめて市民自体が分断されていることを書いてきた。
人間は今金によって心も分断されているのだ。
こういう社会はなんらか大きな破綻がくるのかもしれない
社会自体が資本主義自体が限界に来ていて大きな破綻が来て変革の時代に入る
そういう末世として現象が現れているのかもしてれないのだ

今回の津波や原発事故もそうした社会の末世状態に入り起きたことなのかもしれない
内外的にも国難が起きてくるのが末世である。
そして今回の津波や原発事故のように文明の崩壊現象のようなことが起きてくる
自分は今は余裕ができているから相手を思うことができる
ともかく今は何かみんな余裕がない時代である。それが犯罪に結びついてくるし
格差社会は治安も悪くなるから怖い時代になっているのである。

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから

-   マザー・テレサ




 
タグ:危険な時代
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欧米型の食生活のために胃ガンが増えた? (病気も生活習慣病)


欧米型の食生活のために胃ガンが増えた?


 
病気も生活習慣病

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近くで癌になった人が二人いた。一人は同級であり一人はまだ50代だろう。
癌が増えているのは統計的にも確かである。
特に日本人で増えている、それが恐怖になっている
人間は病気になればその病気で死ぬ
病気にならなければ人間は老衰のようになって死んでゆく
百歳生きている母は病気になっていない
だから長生きしている、死ぬとしても老衰でありまたは何から体が衰弱して細菌にやられて死ぬとかなる
病気というのはまた老衰とかとは違う、明らかにその病気の故に死ぬ
だから病気にならなければそのまま長生きする
百歳になるまえに死んだりするのは病気が原因なのである。

そしてその病気の原因が何なのかということである。
つまり病気には必ず原因があり結果がある
どうしてそんな病気になるのか?
癌となると解明されていないからいろいろ言う
ただこれも生活習慣病が関係している
日頃の食生活とか日頃どういう生活をしていたかが関係していることは間違いない
酒をそれなりに毎日飲んでいたらやはり肝臓がやがて痛んでくる
それは機械でも長年使っていると痛んでくるのと同じなのである。
だからどうしても50とか60以降は病気が出やすいのである。
60代になると何らか持病をもたない人はいないのである。

生活習慣病というとき癌が増えたのは特に男性の場合は胃ガンとか前立腺ガンが増えたのは欧米型の生活になったことが関係している。
肉食であり日本人本来の魚と野菜とか昆布とか海苔とか風土にあった食生活から離れてしまった。
なぜ日本人がコーヒを飲むようになったかというと欧米型の食生活は食後にコーヒーが飲みたくなるようにできているということを科学的に説明しているサイトがあった。
コーヒーは胃にいいものではなかった。刺激性が強いので胃に悪いのである。
胃液の分泌もさせるので胃酸過多になりやすい、どうも自分が春から遺産過多になったり胃にコーヒーが悪く作用していることが気になるようになった。
それでコーヒーはなるべく飲まないようにすることにした
男女とも胃ガンが増えていることはコーヒーも関係しているように思う

それから肉食が増えたことも関係している
なぜなら日本人は肉食に向いていない、欧米人は肉を食うと消化する酵素がでる
日本人は出ないのだから肉食には向いていない
穀物を消化するために腸が長くなったことでもわかる
つまり日本人は日本の風土にあったように遺伝子でも作られてきたのである。
それは縄文時代からはじまっていた。日本人は肉食はあまりしていないのである。
明治以降は牛でも豚でも肉を食べすぎることも関係している
それからコーヒーも欧米型の食生活で飲むようになったが胃に悪いものだったと思う。
前立腺癌はもともと欧米に多かったからこれも肉食と関係していたのである。
肺ガンについては良くわからないがやはりこれも何らか欧米型の食生活とか何か原因がある。

明らかなのは胃ガンは欧米型の食生活の習慣から増えたことは当たっているだろう。
そして最近の食生活はあらゆるところで化学薬品とか調味料とか純粋に自然のものを食べるということができない、なにかしら化学薬品が入っている
コンビニの食品などはみんなそうである。薬品なしではありえなくなっている。
そういうものも影響して胃ガンが増えたのかもしれない
人間の食はやはり体に一番影響しやすいだろう。
食べるものが体を作るからである。日本は外国のものであれあらゆるものを食べすぎると思う。それらがみんないいようには作用しないのである。
食生活も文化であり文化は風土から作られるからグローバル化は文化を破壊するからそこに一番大きな問題がある。
もちろん外国のものがすべて悪いとはならない、いいものを取捨選択すればいいのであり日本人はそうしてきたのである。
ところが明治以降はあらゆるものを日本人は取捨選択しないで取り入れたのである。
だから人間の生活の基幹を成す食生活まで破壊されたのである。
それが胃ガンなどが増えた原因になっていることは有力である。

もう一つは人間を体質からみてその体質にあった生活をするということも健康のためには大事である。
人間には実の体質と虚の体質があり実の体質は体力があり疲れずに人を引っ張ってゆく人である。現代ではそういう人が先頭に立って引っ張っている
一方で虚の人は疲れやすく現代の生活についていけないというのも自分は虚の体質だからわかる。激しい運動したりすると疲れて何日か動けなくなる
何するにしても疲れるから休むことが多いのである。だから自分にとって学校とか会社とか団体生活は苦手である。体力的に合わせることができないのである。
つまり虚の体質の人は常に休息が必要なのである。
この見方はやは東洋的医学の見方でありこれもやはり否定してしまった
欧米流の医学一辺倒になったことも問題が生まれているのである。

いづれにしろ50代であれ60代であれここからは健康が第一であり勝負でもある。
ここで健康でなくなる、病気になったら金があってもどうにもならない
金もあった方がいいが病気になればとてもあらゆることが乗り切れない
そして破綻してしまう悲劇になる
だから生活習慣病だというときそれは若いときからも気をつけねばならない
若いときのツケは必ず支払わされる、それは健康でもそうだが精神的にもそうなのである自堕落なの生活をしていたら必ず心も体も歪んだろう。
とても人生の実りはそこにはない、それも恐怖なのである。
最後にとにかくその人の積み重ねたものがあらゆる面に結果となって出てくるのである
別に刑罰を逃れても内面的な罪は消えることがないのである。
だからなんらかで青春時代は若気の到りとか必ず過ちがあるがそれがそのままで終わらない消えないから怖いのである。

確かにイギリス人の食糧は牛肉である
と認めなければなるまい
イギリス人は戦争愛していると
それはあらゆる享楽と同じ
彼らの大好きな気晴らしなのだ
クレタ島の人々もそうだった
牛肉と闘争、この二つとも
イギリス人から学んだのだ

バイロン(ドン、ジュアン)

欧米からもたらされたものはみんないいものではない、最近スペインで牛を街に放す祭りで12人死んだとかそうした風習はまねるべきではない、欧米型のものが何でもいいものではなく取捨選択が必要だったのである。


牛肉はそんなに食べる必要があるのか?
http://musubu2.sblo.jp/article/47047234.html

 
タグ:胃ガン

なぜ原発避難区域が復興がむずかしいのか? (贅沢になり限界集落のうよな所に住みたくない)


なぜ原発避難区域が復興がむずかしいのか?


(贅沢になり限界集落のうよな所に住みたくない)


原発事故で避難区域になった所がなぜ帰還して住む人が一割にもみたないのか?
それはもう一万の人口で千人帰っても若い人が帰らないとなるとやがては消滅してゆく
限界集落になってしまう。そういう場所に帰る気になれない
復興というときなぜ戦後に戦争が終わり焼け野原から何もないところから日本が立ち直れたのか?
そこには何もない、食料すらない、何もないところから立ち直れたのか?
それは奇跡だったとか言われる、その原因はかえって何もないから立ち直れたともなる
何もないということは一から始めることになる、何もないところに一から作り始める
そればかえって始めるのはいいのである。
つまり何もなくてもいい、その日食べて雨をしのぐバラックの家でもいいとなる。
実際その時は電気は裸電球一つであり水道もない、なにもない時代であり江戸時代から継続した自給自足だったのである。燃料は炭だった。
そういうなにもないということは贅沢をもともとしていないから苦痛にならない
苦しくてももともと何もないのだから不満も言わないのである。

今回なぜ復興できないかというといろいろとありすぎて豊かになった状態だったからこそその豊かな便利さがなくなったから帰りたくないとなった。
それは放射能汚染だけではないだろう。
一旦街がそういうふうに便利なものがなくなったら便利に豊に生活していたものは耐えられなくなる
一旦贅沢を覚えたものは貧しい生活にもどれないし金持ちから貧乏人になることの方が辛いのである。
例えばうまいものを食べていたものはそれが食べられなくなったときなにか窮乏感を余計に感じるのである。
もともと貧しくうまいものも食べていなければそうはならないのである。
広い家に住んでいたものは普通は狭い仮設のような所に住むのは苦痛になる
もともと借家住まいの人はそんなに苦痛を感じないのである。
もともとそういう生活だったからである。

十津川村とか土砂災害で村ごと北海道に移住できたのはもともとみんな農民であり貧しい、北海道でも貧しい生活から始まったのだけどもともと貧しい生活だったのだからさほど苦痛にならないとういことがあった。
贅沢な今のような暮らしからもし荒野のような所に移住して開墾するとなるとその苦痛は百倍にもなるしもうあきらめてやる気がなくなる
贅沢を覚えたものは苦しいことはしたくないのである。
だから戦争中日本兵は粗食に耐えてよく戦ったとうか評価する人がいる。
でもそもそも貧しいから粗食だったのだから耐えられたともなる
今の贅沢に育った人がとても戦場での窮乏には耐えられないから戦争などできると思えないのである。

つまりあまりにも便利な豊かな生活から貧しい生活になることの方がどれだけ辛いことになるか、それが避難区域には帰らないという理由だと思う。
一見田舎町で何もないようでも今は違っている。
小高病院でも配管を直すだけで7億円もかかる、インフラにどれだけかかっているかこれをみてもわかる。
限界集落はインフラを調えるのに街の中心部より180倍もかかるという、それだけ今は昔とは違っている
昔は何にもかからない、自給自足だからである。
そういう場所では復興するのもかえって容易だとなる
もともと何もないのだから自給自足なのだからインフラを調えるために金などかからない病院でももともとないのだから用意する必要もないのである。

だから結局そんな限界集落のようになったところに住みたくない、他の便利な場所で再出発した方がいいと若い人もなったのである。
限界集落にはインフラを調えるのに180倍も中心部よりかかる
別に昔のように自給自足の生活だったらコストはゼロだし税金もかからない
そしたら都会の人が税金が無駄だとか言われないのである。
一時三陸とかでもジジババしか住んでないところに復興のために金をかけるのは無駄だと官僚が言って顰蹙をかった、それもやはりインフラを調えるだけで今は膨大な金がかかるからそれも一理あった。
だから何か住民をもどすことが無理になっている
帰っても限界集落になり老人だけになりいづれは消滅してしまうとなる

結局皮肉なのはあまりにも便利で豊かな贅沢を覚えた生活のために不便な所には帰りたくないとなってしまったのである。
現代文明の便利な豊かな生活がかえって村を消滅させたというバラドックス(逆説)があった。
本当に村や町を維持したいと思ったらそうした便利なもの豊かなもの贅沢なもの原発のような金になるものに頼るべきではないとも原発事故から考えられるのである。
かといっても一旦贅沢覚えたらもうその贅沢をやめることができないのが人間である。
ただそういうふうに便利なもの豊かなものに頼る生活が意外と脆弱なものをもっていた。一旦こんなふうになるともう再建できなくなったからである。
自給自足のような貧しい生活だったからかえって再建しやすかったのである。


タグ:限界集落
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2015年09月02日

株でも投資信託でも投資すると世界経済に興味をもつ (今回の中国が原因の株価の下落で思う)


株でも投資信託でも投資すると世界経済に興味をもつ

 
(今回の中国が原因の株価の下落で思う)


外国に投資した、これまでは日本だけだった。分配金が月にいくらかと入るので得だと思った、しかしこれも今回の世界的株価の下落でその元金が一割とかひかれた
すると配当金でもらっていても損だとなる。それは週刊誌に配当金が結果的に損になるとか書いてあったそうなのかとも思う。
そしてカナダの国債を買ったが国債と株価は逆の動きをすると言われていたがそうではなかった。同じように一割くらいひかれたのである。
だから安全資産ではない、でもそれはなぜなのかとなると投資をすすめた人もわからないのである。
そもそも株とか世界経済のことを専門家すらわからないというとき素人ではさらにわからない。だから専門家にまかせるのだが別に専門家も責任はとらないのである。
誰が責任をとらさられるのか、結局これも金を出した人はリスクをとるだけである。
証券会社も銀行でもリスクはとらない、一時投資信託で損した人が郵便局の人に抗議したが投資信託はリスクがあることを承知でするものでありすすめた人がたリスクとることはないのである。
結局すすめた人であれ会社であれ責任はとらない、とらされるのは金をだした投資者なのである。

こういうことは今の社会に常にある。そもそも世界経済などわかりようがないからだ。
学者でも専門家でもわからない、それは今の医療でも言える
ガンになったら手術すた方がいいと医者にすすめられて失敗した人もいる。
これも怖いのは責任は医者はとらない、患者がとるほかない、医療関係では医者でも病院は医療ミスを問われないような体制にしている。
医療ミスが膨大な数が責任が問われない、またいちいち問われていたら医者をしていられないということもあるのだろう。
ではガンになったらどしてどう対処していいか素人の人はわからなくなる
まずいろいろなことが言う人がいて情報社会でまどわされるのである。
それでインターネットで検索してかえって情報の迷路に陥り変な民間療法にたよって失敗した人もいる
自分の病気のときもたいしたことがないと思い放置して医者に行かなかったので手遅れになり死ぬこともあった。
自分の病気はわかりやすいものでありすぐに明確な判定ができる病気だったのである。
いろいろ一身上で追われていたので医者に行かずに致命傷になるところだった。
それと素人判断していたことが良くなかったのである。
だから別に医者を全く信用しないとかは良くない、ガンでも医者の判断を聞くべきであるただその医者の判断が万能にはならない、ガンの場合はわからないことが多いからである抗ガン剤の使用は副作用が強いから問題とは誰でも指摘しているからわかりやすい
そういう情報を吟味して結局これも自己責任で判断するほかないとなる
その責任は医者もとらないからである。ガンそのものがわからないからである。

株にしてもこれもまた専門家でもわからないが自己責任であり責任をとらされる
これだけ複雑な社会でいろいろなことがわからないにしろ自己責任社会になる
誰も専門家でも責任はとらないのである。
原発などでもそうである。専門家集団が危険はないというときそれを住民は信じて今回のように故郷に住めなくなった。住民は放射能のことなど知らないと言っても責任はとらされるのである。
だからいろいろなことを知らないということだけですまされない社会でもある。
でも人間の知でも情報でも極めて限られている、経験することも一個人の経験はあまりにも限られているから神の如くならなければあらゆることを知ることなどできないのである近くでも農業をしたことがない人は農業のことは詳しく知ることはできない
漁業にたずさわる人でもそうであり様々な仕事があっても近くでそういう人がいてもわからないのである。
だからもともと昔から職業が違うと異質な世界の人となり神秘化されたこともわかる。
昔は江戸時代でも直接交流が少ないからそうなる。
この辺で隣の村から来た麦付きを手伝いに来た若者は蛇だったとかいう伝説かあるのもそのためである。
隣の村すら人があまり交流しないからそうなる、だから飯館村の佐須村と大倉村は民情が一致しないから明治になって合併できなかったとかある。
それぞれが交流しなくても生活できる、自給自足が基の生活だからそうなった。

今は世界的にグローバルに交流世界になるから世界のことを理解しないと株のこともわからない。
カナダはどういう国なのだとなるとまたわかりにくい、カナダはG7に入っていたのとか石油が世界で三番目にとれていたのか日本とカナダの貿易額はどのくらないなのか、円とカナダドルの関係はどうなっているのかとかが知りたくなる
それは直接国債を買えば知らずにはいられなくなるからだ。だから何らか少額でも投資することはその国でも世界でも関心をもつことなるということがわかった。
それは具体的にひびいてくるからである。
グローバル化すると世界の経済のことでも国際関係でも常に注視していなければならなくなる。
カナダでも石油資源は豊だが中国のように経済成長がとまると需要がなくなり石油の値段も下がるから資源国にとっても打撃でありそれが国債の下落になったのかもしれないとかなる

そして中国に言われることは中国の経済の成長は安い労働力にありブランドを作るイノベーションがないから停滞したとが言われる。
つまり資本主義の発展にはもともと航海して新大陸を発見したり外国からの富をもたらすことによる資本主義があった。船の株主になりもうけたということである。
それもリスクがあるものだが船が沈没すれば投資した金は全く帰って来ないとういことがあった。だから今の株ともにている。
資本はまたそうしうて何かもうけがあるところに金が流れ投資されてその見返りが株のもうけとなって返ってくる、そういうことが資本主義になくなったので限界説が出てくる。もうもうけをだすものが世界でなくなったということが言われる
だから世界的にもう株は上がらないし長期に停滞して資本主義自体が衰退してゆく
もしく世界恐慌とかなり破綻するのではないかと言われる

それは地球の環境とも関係している。これ以上資本主義経済が世界を支配してしまうと環境破壊がますますすすむ、世界経済が停滞した方が環境破壊にブレーキがかかる。
電気がたりないとなれば原発がもっと必要だとなり今回のような事故になり自然環境が破壊され住めなくなる、住めなくなるということは最悪である。
それより自然環境を破壊しないで住みつつづける方がいいとなる。
つまりもう地球は経済成長する余裕がない、これ以上経済成長すれば環境が破壊され人すら住めなくなる、中国でも成長をかきりなくつづけようとしたら13億人もいるのだから
環境が破壊され住めなくなる、そういう歯止めがなくなったらどうなるのか?
その時地球自体に今回のような津波のような大災害が起きてくることも考えられる
自然から人類に対して環境破壊に対して抑制する働きがでてくる
それは人類の人口を減らすことにもなる。人類はこれ以上もう自然破壊したり経済発展を望めば大災害が起きたりする、原発事故もこれも人類に対する警告だったのである。
だからこれからは株で稼ぐとかそういう割りのいいことは望めないかもしれない
そうなると余った金をどうするのかということになる。
何か考えを変えなければならなくなる。

考えを変えるというとき価値観を変えることに通じる
資本主義で無限発展の価値観ではなく何か別な価値観である。
原発事故で避難区域になったところが若い人が帰らないというとき老人とかの価値観を共有できなくなったこともある。
老人はそこに長年暮らしてきたのだから愛着がある。
しかし若い人はそういうことがあまりない、世代間の価値観の共有がなくなったこともコミニュティが崩壊してゆく原因だった。
江戸時代なら代々親の職業を継いでいたのだから世代間で価値観が共有されてきたのである。
今では世代間での価値観も共有されていない、だからなにか避難区域がコミニュティまで家族でもばらばらになったのはもともとそういう状態だったのに事故で拍車がかかったということもある。
市町村でも何か価値観を共有して成り立っているわけではなかったからである。
だからこうなると今までの価値観ではなく共有する価値観に一つに生きるということを志向すれば再建できるということもある。
ただそうなると不便を強いられたり今までの豊かな生活も維持できないから価値観を共有することは簡単にはいかないのである。

ともかく
 
資本主義は投資してみないとわからない
貯金してもわからない
投資が資本主義だから

資本主義は投資することによって動いている
金の流れが世界的になっていることが資本主義である
つまり常に投資先を求めて動いている
だから投資者にならないと資本主義はわからない
また株主にならないとわからないとなる
タグ:株の下落
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2015年09月03日

南相馬市鹿島八沢浦のひまわりの道の写真 (新しいカメラできれいにとれた)


南相馬市鹿島八沢浦のひまわりの道の写真

 
(新しいカメラできれいにとれた)

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ひまわりに揚羽の舞いし真昼かな
ひまわりに嬉々と揚羽の舞いやまじ
柚木なれ社の一つ秋の蝉

草原に風のそよぎてひまわりの咲きつづく道走り行くかな


ソニーのデジタルカメラが良かったので一眼レフのカメラを買った。
アルファ6000である。
それで昨日ひさしぶりに晴れたので八沢浦に行ったらひまわりの道になっていた。
やはり一眼レフになるときれいにとれる
このカメラは動いているものをとるのにいい、シャッタースピードが早い
瞬時にとれるから動きがあるものには強い
それでひまわりに飛んでいた揚羽の写真がきれいにとれていた。

前のカメラも画質は良かったが動きには弱いカメラだった
このカメラは八万だけど高いとは言えないだろう
このカメラの最大の弱点はバッテリーがすぐきれる
もう三つくらいバッテリーをもっていかないときれてしまう。
これは旅行などでは大きな問題になる
量をとるからバッテリーがきれると困るからである。
そして充電にも三時間もかかるとなると余計に問題になる。

現代はまず日々の記録が写真にもなっているから写真なしではありえない
俳句や短歌でもそうである。むしろ写真の方が注目されるだろう。
まず目で見た感じと写真で見たのとは違っているし
見えないものが写真だと見える
こんなのが写っていたのかという写真で確かめられる
ここでも蝶が飛んでいるのは肉眼では良くわからないのである。
それを連続してとったものを見るとわかるのである。

八沢浦は葦原になってしまった。もうあそこは米も作れないだろう。
何に利用するかとなるとあそこは低い土地だから利用しにくい
ただ草原になってしまったということで気持いいといえばそうなる
これもまたそこに住む人にとっておしかりを受けることになる
ひまわりは何か田んぼとかより草原に映える
雲雀ももともと草原にあうものだったことが草原化してわかった。
ひまわりは大陸が原産だからそうなる

草原というとモンゴルとかであり北海道とかになる
そういう自然がここに一部生じたということも驚きだった
屋形から北屋形とか北海老とかの道は木陰が多く気持のいい道である。
夏は涼しさを感じる道である。
そこから柚木(ゆぬき)に行ったがあそこには文久の墓があった。
柚木は相馬市に入っている。
そこから相馬市の道の駅までは散歩コースになる
相馬市までなると自転車では遠くなる。



 
タグ:ひまわり

2015年09月04日

東京オリンピックのエンブレム問題 (抽象画をソフトで変化させるのともにている)


東京オリンピックのエンブレム問題


(抽象画をソフトで変化させるのともにている)


今回のエンブレム騒動はなぜ起きたのか、その背景も現代を象徴していたのかもしれないロゴとかデザインとかは昔からあった人類共通のものだった。
今回しきりにコンセプトとデザインの関係を指摘する人もでてきた。
コンセプトとは何かを象徴するものとしての概念である。
それはトーテムだったら抽象化されていないから犬とか鷲とかのトーテムでその部族を現すからわかりやすい、それは一つコミニュティをまとめるものとしてあった。
それはまた部族が分かれてその部族を識別するものとしてあった。
ただそれは何かそうなるべきものがあって犬とか鷲が選ばれた。
日本ではそれが紋と旗印になった。紋も何か謂われがありコンセプトがあり作られている水戸黄門の葵の紋は有名だけとその紋を通じてあれだけの力を発揮するということもあった。
紋というのはそれだけ端的に象徴するものとしてわかりやすいからそうなった
またその紋のバックには権力がありだからこそ力を発揮できた。
天皇の菊の紋もそうであり明治維新の時の錦の御旗もそうである。
ナチスの鉤十字の旗も何か悪魔的なものとしてあった。
要するにこうした象徴的なものは人間に言葉より影響力があるからそうなる

前にも書いたけど野馬追いの旗印が3000もあるというのはなぜなのかとなる
コンセプトとにているのが役割旗である。
一の旗でありこれは行列を行ったり来たりしているからわかりやすい
伝令の旗でありお使い番の旗である。
この役割とコンセプトは多少にているのである。
他にも野馬追いの旗には幾何学的な抽象画的な模様が多い
それは他と区別するものとして多様化したのである。

今回のエンブレム問題は背景も複雑だった。特権階級化して利権化した組織がありそれで佐野氏が選ばれた。
何か昔そうだったが職業が違うとわかりにくくなる。素人にはデザイン事務所があってそれで小さな会社のようになって仕事になっていて収入になるということが理解しにくい。これもやはりいろいろなものの商品の会社でも宣伝としてロゴやデザインが利用されることが多くなったからだろう。
でも紙パックなどの模様とかあんまり注意している人はいないだろう。
だからデザインにそんなに価値があるのかそれだけ仕事になるものだったのかとなる。
ただそういう需要が増えたからロゴとかデザインの仕事が現代では増えた。
ただこれが芸術的価値になると絵画とかと比べたら低いとみてしまうだろう。
抽象画が自分もパソコンのソフトで作ったからこれは素人でもできるものになったと思った。でも芸術性が高いとは自分でもとても思えないのである。

結局インターネットが普及してその結果として著作権の問題も素人でも考えざるを得なくなった。自分もインターネットにあるのをソフトで変化させて出してきた。
だから自分でもヤバイなと思うことがあるが原画とはまるで違ったものになっているから見分けがつかないと思って出してきた。
佐野氏のは原画とはっきりコピーしたとわかったから問題視されたのである。
だから何か創作なのか抽象画になるとむずかしい、つまり抽象画とかロゴでもコンセプトというけど人によって見え方が違ってくるからである。
今回のエンブレムも明らかに抽象画でありコンセプトと言っても決められない
黒い一本の線は何なのか?東京の頭文字のTだと言えばそうなるが一本の柱のようにも見れるし赤いのは太陽だということはわかりやすい、それは日本を象徴している
これが芸術性の高い作品なのか、コンセプトにかなうものなのかというと判断さまざまになる。
こんなの誰でも作れる小学生でも作れるというのも確かである。
抽象画自体自分も相当作ったが自分自身が芸術なのかどうか疑問に思うからそうなる。

いづれにしろ最近はインターネットが相当に普及している。それでネットを通じて類似のデザインを探されたことが致命傷になったのである。
インターネットは意外とわからないようでその足跡が残されていたり類似なものを見つけることができるシステムになっている。
外国までそれが探すようにできたというのも驚きである。
なにしろ数が膨大だから類似のものを探すことは容易ではないと思っていたからである。
ともかく抽象画と今回の問題は関係していた。抽象画は誰かの抽象画を変化させやすいのである。自分がそれをしてきたからわかる。
佐野氏はそれをあまりにも露骨にやりすぎたのである。
それははっきりと素人にもバレルものだったのである。

それとたいして芸術性もないものなのにその金額があまりにも大きいから問題になった
そんな金をつぎ込んで税金の無駄だとなった。そんなにそもそもデザインとかロゴが金になるものなのかという驚きである。
そもそも芸術は昔から金にならない、作家でも教科書のようなものを書くと金になるが小説そものもは金になちないとかと同じである。
絵画は金にならないがかえってロゴとかデザインとか芸術性が低いものが金になる
それは商品の宣伝とか会社の宣伝とかに使われるからそうなる
現実にそうしたデザインとかロゴが芸術品として後世に残ることはあまりないだろう。
抽象画もやはり芸術としては第二第三芸術となってしまうからだ。

今回のエンブレム問題はインターネット問題などとかかわって現代的複雑な問題だった。結局オリンピンクとか世界的なイベントには莫大な金が使われたことで問題になった。
そんなことしなかったら佐野氏をこんなに攻撃しないだろうしまずコピーしていたこと自体わからなかったろう。
自分もコピーして変えているが指摘されたこともないしまた自分のものがコピーされてもわからないのである。
別に金にもならないし目立たないからそうなっている。
普通はあまりロゴとかデザインを紙パックなどでも良く見ている人はまれなのである。
でもデザインなどがあれだけの収入になっていたことも驚きだったのである。
つまり売れない画家より事務所までかまえてやっているのだから金になる仕事だったということである。そこにまた著作権の問題が発生する根があった。
俺のデザインをぱくって金もうけているとなるからである。


タグ:エンブレム
posted by 老鶯 at 08:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

エンブレム問題も原発事故の原因と共通していた (権力が結託しあい公正さを欠く、民主的でなかった)


 
エンブレム問題も原発事故の原因と共通していた

 
(権力が結託しあい公正さを欠く、民主的でなかった)


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エンブレム問題も何かいろいろ言われるが原発事故とか韓国のフェリーの沈没事故とかとも原因が共通していた。
しきりにネットで佐野氏とかの回りには利権構造ができあがっていた。審査にしてもそうした利権にかかわるものが審査していたしその利権の構造に組織に入らないものはそもそも参加もできなかったのである。
そういヴ利権にかかわる人たちが審査するのだからすでに佐野氏がそういう利権の構造の中でコネとかでのしあがった人だという。
つまりもともとデザインの才能などないのだが高級官僚の兄とか有力者が親族にいて能力に関係なくのし上がったという。
芸術の世界ではそういうことはあってはならない、でもこのロゴとかデザインはまた芸術なのかというとわからない、明らかに創造性がそれなりに要求されるが本物の絵画のような創造性とも違う。
何かデザイン事務所とか集団でも取り組んでいるから個人が絵を描くのとも違っている。このロゴとかデザインの需要は無数の商品とか会社とか何かそういうロゴが無数に必要になっているから需要があり商売になっていた。
紙袋の模様などもそうでありいろいろな所に需要があった。だからデザイン会社が結構あるのだろう。また美術でも絵だけ描いて商売になる人は少ないだろう
でもデザインは様々な所で需要があるから商売になる
だからあれだけの収入があったのかと知らない人は驚くのである。

そしてこのエンブレム問題がこれだけ大騒ぎになったのはオリンピンクもまた利権化していた。その出資する金も大企業がかかわり莫大なものとなっていた。
だからあのようなエンブレムでもあれだけの金がかかるようになっていた。
そんな大金が動いたということが問題を大きくしたのである。
普通の人はデザインがそんなに金になることを知らないのである。
ネットで民主的でない、公正でないということが盛んに指摘されそれが影響して変えられたというのもネットは便所の落書きだとか言われたが社会的力をもったことを示したのも今回の事件だった
マスコミではここまで指摘できないしむしろ隠す方に回っていた。
佐野氏の擁護に回っていた、そういう発言をしたコメテーターも批判されていた。
つまりマスコミも必ずそうした利権構造の中に組み入れられているからそうなるのであるところが2ちゃんねるとかネットはそうした利権構造に組み入れられていないから指摘できたのである。それが拡散したのも今はインターネットをしている人が多くなったことも影響している。

原発事故でも利権構造のなかで事故が起きたと指摘してきた。
官僚の天下り先として東電は一番厚遇していた。そこには検察や警察関係も天下りしていた。政治家でも権力構造として結託していて「安全神話」を作り上げていたのである。
中国でマスコミ関係者を接待していたとき、原発事故が起きたというのも象徴的である。つまりこうして権力が結託するときそこに隠蔽もされる。
第一マスコミが看視する役目を果たしていない、金がマスコミに宣伝費の名目で流れていたからである。
こういうことから何か事故が起きてきたり不正が起きる
それは韓国のフェリー事故でもそうだった。そこにはカルト教団もかかわっていた。
カルト教団も権力構造の中に組み入れられている。創価などでも巨大な権力機構でありそれらが他の権力機構と結びつけば強力なものとなり誰も逆らえなくなる

民主主義のことが盛んに言われる、では民主主義が何かというと良くわからないのである今回のエンブレム問題もネットで公正に選ばれていない、選ぶ人が利権にかかわる人でエンブレム自体の価値などどうでも良かったとか言っている。
そのことが民主的ではないと批判された。民主的ではないとはまさにそうした利権構造の中でその価値とは関係なく権力構造の中で決められてしまうことである。
みんなの納得いくものでなくても権力構造の中で決めたことに反発したのである。
これまではそういう場がないので権力構造の中で決められても批判はできなかったのである。
だからインターネットは民主主義を促進するというツールになってきている。
マスコミもまたそういう権力構造の中に組み入れられているからである。
民主主義はもともと三権分立とかいかに権力を暴走させないとか権力を看視するものとして生まれた。
いくら民主主義といってもこれまでは発言する場もなかったから権力構造の中で決められていたのである。

原発事故でも官僚からは政治家からマスコミから一体化して権力として「安全神話」を作り上げた。それに抵抗することはもはやできない、何か内部で危険なことがあっても隠蔽できるのである。それを地元の人であれ外部の人が立ち入れなくなっていた。
そういう中で事故が起きたのである。津波だけではない、そういう権力構造があり事故につながった。
そして韓国のフェリー事故でもそういう権力構造ができあがるともう外部のものは何にも言えなくなるのである。
そして事故が起きるがそのとき手遅れになっているのだ。
今夏のエンブレム問題でもそうした権力構造の中で起きて取り返しのつかないことになってしまった。
そこには民主的でないというとき民主的な方法がとられていないのである。
だから民主的とは何かというとそうした権力構造の中で決められるのではなくまさに民衆が力をもつことが民主的だったということがこの問題で明らかにされたのである。まさに今回は民が主となった民主主義だとなる
宗教でもそれが団体化して巨大化するとき政治的には民主的でなくなる。
だから民主主義には政教分離が必要だと自分は書いてきた。
民主主義とはそうした権力構造を作らずに民主的に公正に物事を決めることだった。
だからエンブレム問題もある権力構造の中で決められたから民主的でない、公正でないとなったのである。
タグ:民主主義
posted by 老鶯 at 19:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2015年09月05日

100年後の誰かへ〜浪江町赤宇木村の記憶〜(NHK)を見て (これから全国で廃村化してゆく象徴なのか?)

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100年後の誰かへ〜浪江町赤宇木村の記憶〜(NHK)を見て


(これから全国で廃村化してゆく象徴なのか?)


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かなごいし

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 再び114号に戻って西へ。ここは、大字赤宇木(あこうぎ)字塩浸(しおびて)。難読の地名で知られる。
 写真上の石井商店のところを右折して山に入れば、手七郎(てしちろう、てっちろう)を経て飯舘村長泥(ながどろ)に下る。また、そのまま富岡街道を進めば津島の町を経て、川俣町、福島市に至る。
浪江の塩浸は塩の道だったことに由来しているという。かつて浪江の浜では製塩が行われ、その塩がこの街道を通って中通り方面に運ばれていた。そして、この塩浸で、塩と食料品の交換が行われていたという。 ここが浜通りと中通りをつなぐ交通・交易の要衝だったことが窺える。
http://fukushima20110311.blog.fc2.com/blog-entry-95.html

塩浸(しおびで)の由来としてはあそこに小さな川が流れていて浪江から馬で俵で塩を運んできた時、その川に落として水に浸ったためにその名がついたとどこかに書いてあった。あそこに小さな店があり疲れて休む場所だった。
あそこからは津島が近いが一方の道は手七朗へとつづいている。
NHKの放送で赤宇木には80軒あったという、あまり家が見えなかったけど道からはずれた所の奥にあったのだろう。
塩の道は普通にあるがあそこで興味深かったのはかなごいしを探していてそれが見つかったことである。
カナゴイシとは製鉄で残された金糞でありノロとも言われた。だから金糞山とのろ山とかあるし金糞とついた地名がある。製鉄に関する地名は無数にある。
河童は山とかで製鉄にたずさわる人が伝説化したのだという。金糞を川で探していたからだという、他の説明では水酸化鉄が葦につき非常に大きくなったものを金糞と呼ぶとあるあそこで興味深かったのは盛岡の宮古から運ばれた鉄の記録が残っていたことである。
するとあそこで鉄を加工したのか、鍬とか鎌を作ったいたというが鍛冶屋の記録がないとするとどうなのか?
宮古から鉄が請戸に運ばれたことは岩本氏の研究で知られている
でも赤宇木の塩浸に運ばれたということはなぜなのかとなる。
葛尾村の葛尾大臣は製鉄事業で財を成したことは知られている。
でも塩浸にその宮古からの鉄を運んでいたというのはなぜだろうとなる。
その鉄を加工したという鍛冶屋などの地名も記録もないとしたらわからない。
ともかく製鉄に関することは全国に残っているからめずらしくはないのである。

鉄滓は「金糞」と呼ばれて近くに廃棄されていたので、鉄滓の出る所の近くには何らかの製鉄遺跡があったと考えられます
https://www.hitachi-metals.co.jp/tatara/nnp020609.htm

南向き斜面に製鉄炉2基、木炭窯2基、廃滓場(はいさいば)2基が確認され製鉄に必要な施設が揃っている。
製鉄炉から流れ出た鉄滓(てつさい 製鉄の過程ででる不純物 金クソ)を谷川に流し落とした模様。
http://lib.city.kashiwazaki.niigata.jp/hidamari/kashiwazaki/photo/2005/20050828/seitetuiseki.html


赤宇木では日露戦争で栗を陸軍に売って栗がなくなって困ったという話が残っていた。
あの辺はあれだけ山深いから栗がとれた。椚平(くぬぎ)という地名もクヌギはとんぐりである。栃の実もたべられていた、栃餅が有名である。山には何かしら糧になるものがあった。だからこそ人が縄文時代から住んでいたとなる。あの辺でも飢饉があり天明時代の碑じゃないかと山の中に埋もれていた。
ただ天明という時代が刻まれていないのが見えないから不明である。
南無阿弥陀仏の供養塔などがあったから飢饉と関係しているかもしれない
ただ飢饉というとき伊達藩でも東北でも米の不作で飢饉になったのである。
米は商品として江戸に送られていた。米をその時商品作物として作っていて不作になったとき他の食物を得ることができなくなった。稗とか他のものを作っていれば飢えをしのげた。だから山の方が何かそうした米だけに頼らないとすると飢饉からまねがれたとも言われる。
飯館村でも飢饉があったというとき米がとれないからそうなった。
縄文時代は飢饉というものがなかったかもしれない、多様な食料に頼っていたからである飢饉というとき米がとれないということで致命的になったのである。


あそこを通った時常に下冷田という地名が心に残った。

「冷田」とは、文字通り暖まらない田のようです。原因として、日照が悪ければ日影という地名か使われますので、これは違うようてす。では、水が冷えるのでしょうか。水温が低ければ、稲の成育に大きを障害となることは想像に難くありません
前の様な条件下で稲を育てるには、水温の管理、米自体の品種改良など苦労が多かったと想像されます。 品種に関連しますが、ヒエダは「稗田」とも呼ばれます。稗は、米に比べれば雑穀とされますが、環境条件の悪い場所でも収穫できます
http://www.kumagaya-bunkazai.jp/museum/dokusyo/timei/hieda.htm

まさにあそこはこういう条件の悪い場所だったのである。飯館村だと広い平野があるがここも高原であり冷田となる自然条件にあった。それで飢饉があった。
自分の曾祖父は津島から葛尾村に出てそこに柏原というところがある。津島から意外と近いから赤宇木というのも何かその辺とも関係していた。
赤宇木の悲劇はあそこから原発の煙突が見えていた。そして風にのって放射性物質が雨と雪がふりもろに被爆してしまった不運があった。
とにかく10とか20マイクロシーベルトとかなると高い、もう百年は住めないと言っていたそれで記録を残すために80軒住んでいた人たちを訪ね歩いて記録している。
その一人に101才の女性がいた。その人が田植え歌を歌ったのには驚いた。
自分の母も百歳だが過去のことをあんな歌を歌うことはできない,認知症であり過去のことも思い出せなくなっている。
ただ顔をみるとあんなふうに皺くちゃにはなっていない、それにしても百歳の人はどこにでも今はいる
ある人は東京の高層ビルに住んでいた。いつも高いビルの窓から大都会の東京を見ているこれもあまりにも環境が違うから精神的にもその衝撃が大きいだろう。
特に老人になってからはとても都会に溶け込めないからである。

こうして廃村になるのは原発事故が起きた所だけではない、限界集落が各地にありそこもこうして廃村になり廃墟の村と化してゆく、そういう場所が廃墟趣味の人によって写真にインターネットでいくらでもある。
何かそこには捨てられた墓とか碑とかがあり幽鬼が彷徨っているような異様な雰囲気になる。
赤宇木村の歴史も古く位牌でも江戸時代のものがあった。それだげ代々受け継がれて来たのである。その歴史が途絶えるときそこは幽鬼が彷徨うものとなる。
なぜなら時々村の人が帰ってそうした古い碑とか墓に花をささげたりしているがそれがなくなるとそこには死んだ人が幽鬼となって彷徨うような異様なものとなってしまう。
一旦人が住んだ場所は人が住まない自然とは違う,何か死んだ人の霊魂が彷徨っているような状態になるのであり気持悪いものとなってしまう。
津島もまた放射線量が高かった。あそこでは戦後開拓に入った一団があった。
それで結束が強いという、飯館村でも戦後開拓に入った人がいた。鹿島の小池でも引揚者が開拓に入った人を知っている、小池といえば街から近いのである。
そういう場所まで働く場所も求めて開拓に入ったのである。
だから赤宇木村でも開拓に入った人がいたのかと思うがその辺はわからない
ただ一軒一軒が赤宇木村の歴史だというときそういう小さい村は一軒のもっている意味が大きくなるのである。10万とかの都会になればそうはならない、もう特別な家でないかぎり無視されてしまうだろう。

赤宇木村が山中と江戸時代の鉄が運ばれた記録に記されていることは相馬藩の山中郷内だったのか、しそこは浪江の標葉郷である。津島が山中郷だからあそこも山中郷内に入っていた。
津島では中国人の妻が夫を鉈でおそったということがあった。それは中国人の妻が都会に住みたいということでそうなった。あんな山奥だとは思っていなかったからだ。
それも不思議なことに今はどうなっているのか?
避難して都会に出たかもしれない、そしたら願いがかなったことになるのも不思議だとなる。
それから戦争で死んだ村人のことも語られた。それは日露戦争からはじまり太平洋戦争ではかなりの数が戦死して語られていた。あのような村でも死んだ人の数が村にしては多いのである。それだけあの戦争では大量に日本人が死んだのである。
その人たちの霊も村がなくなると祀る人もなくなり帰る場所もなくなってしまうとういこともある。
ともかく一つの村の歴史が途絶えそこが廃村になることが何を意味しているのか?
それはここだけではない、全国に限界集落があり老人だけの村があり消滅してゆく
それは市町村までも将来消滅してゆくという人がいる。
そういうことがこの辺では先取りして現実化しているのである。

今野さんという人が村の記録を集めていたが前に赤生木からメールが来た人かもしれないやはり今野さんという姓だったからだ
小高の鳩原村の出身の人も知っているがあそこも街からはずれているからあそこに住んでいた女性は鹿島区の仮設に住んでいて帰らないというから廃村になるかもしれない
あそこには小学校もあった。ということはあそこで学んだとなる。
小高に関しては放射線量がこの辺と変わらず低いのである。
赤生木とかとても住めない放射線量である。だからなぜ帰らないのだろうとなる。
それは帰ると住んでしまうと補償金がもらえなくなるからである。
あと一年伸びたから帰らない、その間帰らないで補償金もらっていた方がいいとなる。
それで地元の人には批判される。小高は十分に帰って暮らせるのだけど補償金もらうために帰らないのである。
補償金がかえって人々を分断して復興させなくなくしてまったという皮肉があったのである。

塩浸に我は休みぬ
請戸より遠き道のり
運ばるる塩と鉄
その跡たずねてあわれ
山中深く残る碑も
人住まず忘れられむや
かすかに虫の鳴く


posted by 老鶯 at 09:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史(相馬郷土史など)

2015年09月06日

一年ぶりに飯館村に行き思ったこと (初秋飯館村の短歌に写真など)


一年ぶりに飯館村に行き思ったこと


(初秋飯館村の短歌に写真など)



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じさばらの滝
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滑の流れ

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じさばら渓谷の山紫陽花

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飯館の原野化した原にミソハギが咲く

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ここに化と見えるから江戸時代ものか?

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飯館に芙蓉に木槿農家かな
飯館や十輪ほどの秋薊
あいの沢初秋の石や蛙鳴く
何語る社一つや秋の蝉


橲原の道をたどれば黒揚羽一羽飛びつつ消えにけるかな
橲原に山紫陽花や雨ぬれしあと日のさして苔水々し
八木沢の峠越えゆく蝉の声ひびきて今日は曇りけるかな
飯館の道の辺あわれ芒に野菊ワレモモコウかな
飯館に空家一つや郵便箱木槿の咲いて人すまじかも
夏草に埋もれてあわれ道の辺に馬頭観世音飯館の道
作見の井戸見ることもなく五年すぎ村人何を思う秋かな
蝉の声ひびくもあわれ飯館に生きて死なむと思いしものを
葉山への社の道や夏草に埋もれて誰かお参りに来なむ
石一つ除染のあとに現れぬ平たい石や何と名づけむ
蛙石臥牛石久々に来てそを見れば何か心の落ち着きにけり
飯館ははや一本の樹を見ればほのかに赤く色づきにけり
飯館の広くもあれや知らぬ道萩の花咲き月見草咲く
飯館の奥の深きや森深く家一軒や桔梗の咲きぬ
滑にそい流れとどろき早しかな我が自転車に下りくるかな

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空き家に郵便箱に木槿

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この石は除染のあとに現れた



あいのさわ

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この丸い石は顔に見える

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牛の背のような大きな石

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早くも色づいた樹


除染の風景
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パノラマ写真

前田辺り

クリックして拡大するときれいに見えます


芙蓉の咲く村

ゆったりと芙蓉の花が映える
木槿も咲いて農家のありぬ
家は家は森に隠されて
花のみがその色も濃く映えている
その広い空間が癒しになる
素朴なるものがそこに映える
芙蓉の花はあどけなく一日
煩わされることなくゆったりと咲く
赤と白と花は調和して咲いている
花のみがそこには淀みなく映えている
その空間は広々として牛がもうと鳴き
花のみがゆったりと己が色を出して咲いている

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飯館村に八木沢峠を越えて一年半とかぶりに行った。コンビニができたというので行った自転車は暑さに弱い、今年も暑くて行けなかった。
そして雨がつづいて行けなかった。でもかなり走ったけど涼しいから疲れなかった。
自転車はやはり夏は向いていない、体力が消耗する。
秋になると涼しいからかえって気持がいい。
橲原渓谷を通って八木沢峠を上った。橲原渓谷の道は荒れてしまった。車が震災以来通行止めだから通っていないからだ。
今度のカメラは流れや動きあるものをとるのに優れている。だから滝とか流をとった。
カメラは今は何するにも欠かせないのだ。
まずカメラで記録してふりかえり俳句とか短歌にしているからだ。

飯館の不思議はいつも何か雰囲気が違っている。街といってもスーバーが一軒とかパチンコ屋も歯医者も何もないのである。
ただ飯館は本当に広いなとつくづく何回も行っているのに思った。
今回はあいの沢から前田とかに出た、そこも広い山間だった。
そこにも家が何軒かあった、ただ今は除染の工事だけである。
それにしても今は飯館村は除染の土をつめた袋がどこでも置かれている
そして道の脇は除染している。
それにしてもいたるところ除染しているから除染はとてつもない労力が必要だと思った
そもそも飯館村は森が七割であり広いからである。
だからあそこも飯館村の領域だったのかとはじめて知ったのである。
ただなぜか葦は茂ってないないで萱が芒が多くなっていた。
葦は除染のために切ったためかもしれない、八沢浦などはまた一面の葦原である。

除染はどれだけの効果があるのだろうか?
あれだけしているのだからそさなりに効果はあるのだろう
でも森からまた放射性物質が流れてくるからどうなのか?
あそこでまた米とか野菜を作れるのか?牛を飼うことはあきらめただろう。
すると他でも小高ですら放射線量が低いのに帰らないとなるなと
村民は帰るのだろうかとなる、工場があってそこだけは働く場としてある
ではその他の農業とか林業とかはどうなるのかとなる
そしてもともと飯館村には病院もないし不便な場所だったから帰らない人も増えてくる
だから一旦田んぼでも放置したらそれを復興するのはむずかしくなる
前々から金にならないとかばかりどこでも農業は言われて来たからである。
跡継ぎもいないとかなりこの際やめて補償金もらって他で暮らした方がいいと考える人もいるのもわかる

ただ飯館村とか村には村の良さがありそこで生きたものはまたそこで死にたいともなる。老人は帰りたいというときそれは一種の生物的本能でもある
飯館村に蝉が鳴いていた、するとそこで蝉がなくようにその地に死んでゆきたいともなるその心境は老人でないとわからない、つまり老人と若い人の差はそういう精神的な面でも大きな差がある。
別にどこでも死んでいいとかにはならない、都会とかで東京の高層ビルで死にたいとは思わないだろう。
つまり田舎と故郷で見逃されているのが死に場所としての自然がある故郷であり田舎なのである。このことはあまり注目されていないのである。
何か生活が不便だとか経済的側面だけが強調されて精神的な側面が注目されない
もちろん病院がなければ年寄りは病気になるから暮らせないというのも現実である。
実際にだから小高でも夫婦で妻の方が病気になり子供の所で暮らすようになったから帰らないとなる。飯館村でもそういうことが起きているだろう。
それでもどこで死にたいかとなるとた別問題になるだろう。
いづれにしろ老人の問題は死と切り離されずある、そこが意外と注目されないのである。それで原町の90何才かの人が他にもう移りたくないと墓に入りたいと自殺したのも冗談のようであるがやはり精神的なものが大きく影響していたのである。
他にも移りたくないと自殺した人もいたことでもわかる。
人間は故郷とか自然の中で家で死にたいというのが本能的なものとしてある。
それが人間も機械ではなく生物であるからそうした本能をもつのである。

あいの沢では例の石を見たときほっとした。一つは何か円く顔に見えるしもう一つは牛が寝そべっているような大きな石である。何かあそこにきてほっとしたのである。
飯館村自体の自然がなくなったわけではない、だから自然環境保存村とかとして残す方法もある。
だからそこにはキコリの宿のような宿泊所が必ず必要なのである。コンビニができただけで行きやすいとなったからである。
それでもそこに村民が住んでいないなら成り立たないともなる
飯館村は赤宇木村とかと規模が違う、6000千人の村はそれなりに大きいのである。
赤宇木村とかはあそこの道を通っても村として意識できなかった
家が隠されて見えないこともあった。飯館村は面積が広いから大きな村なのである。
そしていいのは森に家が一軒一軒隠されていて家も人間も目立たないのである。

だから人間の生活を隠したということでヘシオドスの言う平和な村になっていた。
そういう場所では花とかが自然がかえって映えるのである。
それでいつも飯館村に来たときなにかここのアトモスフィア(雰囲気)とか空気まで違う感じになっていたのである。
前は大倉から来る道から七曲がりの道がありもう一つの新しい道路がなかった。
その時森におおわれて道があっても人が通らない昼も暗い道があった。
そこに清い流れがあり春になるとキクザキイチゲなどがひっそりと咲いていた
そしてそこには大きな石がありそれしか目立つものはなかったのである。
だから自分はあそこが道になったことは残念だった。
飯館にはそういう神秘的な人の手がつかない自然のままの所があった。
飯館はとにかく広いから隈なく行くことはできない
今回は前田の方とかに出たがそこは始めて行く場所だったことでもわかる

ともかち赤宇木村でも廃村になるというときその村の記録を残そうとして聞き歩いていることが放送された。
飯館村はどうなるののか?何か村に残された社とか碑とかが忘れられて本当に草に埋もれてしまうこともあるだろう。
信仰の問題は別としてそれは文化財なのである。そういうものも失われてとどうなるのか人が住まなくなるとそういうものを死んでしまうというより幽鬼のようにそこから彷徨うものがでてくるようになる
廃村になった廃墟の村ではそうなっているし前に大原の廃屋を紹介したけどそこも幽霊屋敷のようになり不気味なのである。
例えば大原に一本の老木がったけどそ大原も歴史が実際は古い
するとその老木に人間をみるのである。大原の人で病院で知り合った人がそうだった。
その人はそこで死ぬまで農業をしていたのである。
その人は数年前死んだ、老木は何かそうした人間をイメージして残っているのである。

津波で本当に不思議だったのは庭に残っている二本の樹があるとしたらそれがまるで夫婦のように離れがたくそこに立って残っていたことなのである。
その樹が人間に見えたのである。村でも一旦人間が長く住んだ場所は純な原生の自然とは違ったものになっている。人間化した自然なのである。
だから村の樹でもそれが人間化して見えるものがある
人間が住まなくなるとその樹も人間がいないので一段と取り残されたように淋しいものとなっているのである。
それで廃村とか廃墟になったところは幽鬼が死んだ人の霊魂が彷徨っているような異様なものとなっているのである。
自然に帰るとかはならない、そこにはやはり人間的なものが異様なものとなっても残っているのである。そこにも限界集落でも廃村化してゆくことの大きな問題がある。
別にそんなところ経済的に損になるだけだからなくしてもかまわないと都会の人が言うが経済的側面からしか人間を語るべきではない、人間は経済的なものだけでは計られないものがあるからだ。


タグ:飯館村

2015年09月08日

家があるから人がいると思った不思議 (故郷がなくなって故郷を意識するようになった)



家があるから人がいると思った不思議


(故郷がなくなって故郷を意識するようになった)


飯館村でもそうだけど錯覚していたのは家があるから人がいると思っていた。
田舎の農家は大きいし庭も広い、家が都会などより存在感がある。
だから一軒一軒の家が存在感があるのが都会と違っている。
そして家の不思議は家があって人間がある。
人間があって家があるのではないというのも不思議である。
家があってもそこに人は住んでいないのだけど家があるから人がいると錯覚していたのである。

つまり家という建物の存在感が田舎では大きいからそうなった。
そして物ーものーというとき

憑依(ひょうい)とは、霊などが乗り移ること[1][2]。憑(つ)くこと[3]。憑霊[4]、神降ろし・神懸り・神宿り・憑き物ともいう。とりつく霊の種類によっては、悪魔憑き、狐憑きなどと呼ぶ場合もある[2]。

憑き物というとき物につくというとき物は物でも何か霊がついた物なのである。
ものというとき日本語では物心がつくとか物と心は一体化して表現していた。
最初の神道は物部(もののべ)氏がはじめたことでもわかる。
ものとは単なる物質ではない、物には霊魂が宿る物なのである。
西洋ではどちらかというと物はあくまでも物質であり心はないとみている。

物体〉 a thing; an object
〈物質〉 matter; (a) substance

ただmatterの語源はmotherだとすると物は母なるものだというとき単に物質という物でもないことはあった。
日本ではもののけ(物の怪)という表現があり物は単なるものではない
だから家というのは物であるが物ではない、人間の心が憑依したものだともなる。
家というのは田舎だと50年とかは普通であり百年とかもつづいている家がある。
そういう旧家には何か特別人間の心が物についている。

飯館村でもそうだが避難区域では家が残っている。その家は廃屋とも違う。
要するに一時的に人がいなくなったたけであり捨てられた家とも違うのである。
だから人がいない家でも人がいると自分は錯覚していたのである。
飯館村にも人が住んでいなくても住んでいると錯覚していた。
これも奇妙な感覚である。
とにかくこの辺は津波とかいろいろなことで不思議なことが多いのである。
津波の跡は家もなにもなくなったから返ってここに人が住んでいたとも感じられなくなった。
土台しか残っていないからここに村があったのかとなる。
つまり避難区域でも家が取り壊されたときそこに人の気配も何も感じなくなる
家があることでそこに人が住んでいなくても人が住んでいるように錯覚したが
家が取り壊されるとそれが感じられるなくなるのだ。
物というとき墓もものだけどそれは単なる石ではない、人間の心がとりついた物だから簡単に物として捨てるのに抵抗がある。
でも墓の跡継ぎになり元禄時代の墓までまとめて捨てられていた。
墓も何か物として処理できないのはそこに霊魂がとどまてっいると感じるかるである。
人間は死んでも何かに物にとりついているとなる。

この辺で起きたことは本当に不思議なことの連続だったのである。
2万の町から人がいなくなるとか6000人の村でもいなくなるとかそんなことがありうるのかということだった
だからこれは何なのだろうと今も理解できないことが多いのである。
もちろんそこに住んでいて避難している人もどうしたらいいのかとか戸惑う
やはり長年住んだ家とか土地から人は簡単に離れられない
そして故郷とは何なのだろうとかという今までは考えられないことを考えざるをえなくなったのである。
本当は故郷は何かなど誰も今まで考えていないのである。
故郷とは普通にあるからそれが何かなど考えないのである。
自分は故郷は死に場所であるというふうに考えたのも故郷の一つの見方である。
故郷は何かなどとは実際に誰も本当はわかっていなかったのである。

人間はそもそも故郷でも何でもあるときは意識しないのである。
故郷がなくなってはじめて故郷を意識したのである。
ある人でも家族でも死んだりするとその人をかえって意識するが生きているときはあまり意識しないのとにている。
ある物でもそこにあるときは意外と意識しない、それがなくなったとき意識するということが人間にはある。
だから故郷なくなって故郷を意識するようになった。
啄木は感受性の高い詩人だったから余計にあの若さで故郷から離れて異常に故郷を死の前に意識したのである。
普通の人でも今回はみんな故郷は何かと意識するようになったのである。
故郷はかけがいのないものとして意識したかもしれない
それはいくら補償金をもらっても代えられないものがあったとなる。
この辺で起きたことは本当にいろいろ考えさせられる場所になったのである。

山の村の幽霊屋敷(童話)
http://musubu2.sblo.jp/article/112510980.html

ここには確かに家が残っているから人が住んでいなくても人が住んでいる
幽霊となって住んでいる感覚になる不思議があった。


タグ:故郷とは
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2015年09月09日

マヤやインカの文明の意義は何なのか (日本も大きな文明の転換点に来ているー日本文明が再興が志向される時代)


マヤやインカの文明の意義は何なのか


(日本も大きな文明の転換点に来ているー
日本文明が再興が志向される時代)

マヤ文明というときこれも謎である。紀元前までさかのぼるから古いのである。
そしてまず文明とか歴史を知る基礎がやはりその土地の自然環境とか地形にある。
人間は地理に制約されて生活するから当然だとなる。
マヤ文明の生まれたところはジャングルであり大きな川がない、小さな川しかない、
ジャングルに60とかの都市国家がばらばらに発展したのである。
その文化はつながりがあり共通性があっても統一した国家を作っていない
その原因がその自然環境に地形とかにあったのである。
なぜなら大河の辺にナイル川とかチグリスユーフラテス川とかインダス川とか黄河の辺に大文明ができたということは大河が大きな役割を果たしてた。
大河があるということはまず交通するのに便利であり大河が道となる。
大陸の大河は運河と同じなのである。船が往き来するようにできている。
日本の川が滝だというときまるで違っていて運河のようになっている。
それはヨーロッパでも同じである。日本にないものはこの大河でありだから大河とか草原とか砂漠がない日本は外国のことが実感としてわかりにくいのである。

常に自分が言ってきたことはまさにこの地理がわからなければあらゆることがわからない歴史も地歴であり地理がわからないと歴史も根本的にわからないのだ。
だからマヤ文明もまさに地理を知らなければ知りえようがないのである。
ナイル川がエジプト文明を作ったとか黄河が中国文明を作ったというのはまさにそうである。
あれだけの大きい川があれば統一国家ができやすいのである。
それはむずかしい理屈は知らなくても実感としてわかるのである。
ナイル川とピラミッドは結びついていた。大きな船がナイル川を往き来していたのであるナイル川は今よりはびっと広く流れていたからピラミッドに近かったのである。港がありピラミッドがあったともなる。
大河があり砂漠があり草原があるとそこは自然の道となり移動しやすいから交流しやすいから大きな統一国家が成り立ち安いのである。
アンデス文明、インカ文明も地理的にみると山が多く孤立した文明なのである。
他との文明の交流がなかった孤立した文明になっていた。
孤立した文明なるが故に石器文明であり鉄が作られなかったし文字もなかった。
それでその歴史も謎であったがマヤにはマヤ文字があり解読されつつある。

一方日本は海に囲まれても大陸文明と中国とかかわり文明をとりこんでいた。
だから漢字がありその前にも言葉があり歴史が残された。
ヨーロッパ文明とも信長の時代にかかわっていたから孤立文明ではない。
明治維新でももしマヤやインカのように孤立文明だったら西欧化できない、
簡単に滅ぼされてしまったろう。
日本文明がありその日本文明はすでに歴史的に中国文明とか大陸の文明をとりいれた厚みのある文明だったのである。
もし鉄もない、文字もない、マヤやインカのような文明だったらとても西欧化などできないのである。その基礎がないからできなかったのである。
技術的にもそうだし文化的にもそうである。
そもそも封建制というのはヨーロッパと日本にしかなくそれは文明的に進んだものだったのである。中国には封建制はなく王朝であり常に一党独裁になりやすい国だった。
日本は合議制とか村々であり民主化しやすい土壌があった。

日本は日本文明がありそこに誇りをもたねばならなかった。
ところが明治維新後から太平洋戦争の敗北で日本文明のアイディンティティを失ったのである。
例えはキリスト教が入ったとして日本文明がありえたのである。
仏教が入ってきたとき中国の仏教と韓国の仏教と日本の仏教は違った如く日本のキリスト教も違ったものとなっていた。
日本文明はやはり独自のものであり誇るべきものがあったのである。
その日本文明が純なる日本というものが今や何かわからない失われたのである。
日本文明というとき天皇のことではない、政治的なものだけでなく文化的なものもあり全体のことである。
全体から文明が生まれる、ただその日本文明が何なのかとなるとわからなくなった。
だから日本文明の復古(ルネサンス)が必要になったのである。
それを自分は文化的な面から俳句でも短歌でも詩とかでも追及してきた。
日本は今やいろいろな面で曲がり角にきている。
それは世界でもグローバル化の矛盾が危機的状態になっている
そういうとき新しい文明を個々の国でも地域でも目指すように強いられているのだ。
それは容易なことではないにしろ時間がかかるにしろそういう歴史的転換の時代なのである。
津波のような天変地異もまた大きな時代の変わり目に起きたのである。

政治的な面と文化的の面は別々にではなくやはり一体であり最近集団的自衛権とか中国とかの関係がとりざたされるのもまた右傾化するというのもそうである。
政治的にも日本の独自の道を追及せざるを得なくなったとかもそうである。
何かそうした時代の大きな変わり目にきているのである。
それはなかなか意識しにくいがグローバル資本主義でもそうであり日本自体も変革を迫られている
それは大きな歴史的変革になる。単なる経済が衰退するとかではない、それは目先のことであり日本文明自体の復古であり変革なのである。

古代文明を考察することは現代を知るためであり過去の死んだ遺物を個々にみるのもまた新しい発見なのだけどそれだけではない、現代を知るには古代を知ることにより古代の時代の意味を知り現代に活かされることなのである。
現代の文明は別に人間が進歩したものでもない、かえって人間的には退歩した奇怪な文明とすらなっているのである。
現代の文明は経済と科学の機械文明であり日々語られることはそれしかない
神官は科学者であり経済の話しかない、古代の文明の遺物を見ればかえって自然と調和した豊かな文明だったということがみられる
マヤとかの文明が不思議に縄文土器と共通性があり装飾性が豊でありその時代はかえって今より人間は人間らしく自然と調和して生きていたことがわかる。
現代はビジネスとか科学と機械とかそうしたことしか話題にならないのである。
だから何か自分が山と石とか樹から発想することが別世界のことのようになってしまっている。

そのことは古代文明が別世界の文明にみられるのと同じなのである。
縄文の文明とマヤとインカの文明が土器などに共通性が見られるのはエジプト文明でも
動物と人間が一体化していたことなど深く自然と密着して生活していたことは同じだから共通していたのである。
現代文明は自然から遊離しているからこそ異様な文明、人間が人間でなくなる文明になっている。
そのことが原発事故をもたらして故郷にすら住めなくなったということが大きな観点からみればそうなる。
津波とか原発事故は大きな文明の転換をうながしいる事件だった。
天変地異が文明を滅ぼしたり変えたりしてきたからである。
だから今はこれから百年とかは大きな文明の転換期であり日本文明の再興(ルネサンス)の時代になる。
個々の小さな事象にだけ注目するのではなく全体を見ればそうなるし全体が文明だからそうなる。
いづれにしろ歴史は連続したものであり今は世界的視野でグローバルに地球を見る時代である。
マヤ文明とかインカ文明も世界史のなかで意味が与えられる時代なのである。

 
タグ:マヤ文明
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火と海の抽象画(fire and the sea) (画像類似検索からいくらでも類似の抽象画が見れた)


火と海の抽象画(fire and the sea)


(画像類似検索からいくらでも類似の抽象画が見れた)


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火と海の花

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花の細胞




これも最初の線のような色合いが原画であり変化させたものである。
抽象画は無限の変化であることがわかった
最近佐野氏のエンブレム問題で類似の画像検索が簡単にできることでわかった
同じようなものが検索でいくらでもでてくる
そこからさらに類似のものを芋ずる式に出せる
それで画像検索の範囲が無限に広がった
キーワードだけでは限界がある
ともかく画像は言葉が違っても世界共通に理解できるから便利である。
おそらく一つの原画から無数に変化したものが出ているかもしれない
インターネットは世界的だからそうなる
インターネットとかソフトとかはまだ使い方がわからないのだ
この世界はハードより使い方が理解するのがむずかしいのである。
何事今や本当は物を買っても使い方がわからないのが多いのである。
機械でもそうだし何でもそうである。
つまり現代というのは消費社会だというときその消費が実は創造的な消費になりやすいのである。
ただ浪費するのとは違う、何か買ってもそれをいかに活かすかが労力かかる創作的になるパソコンでもインターネットでもそうだし買うとうしもそれを使いこなす労力の方が手間になるのだ。

そもそも電子楽器を買ったとしてもそれをみんなが簡単に演奏などできないのである。
たから消費というのも今は何か創造的消費になる。
お前は消費するばかりで何も与えないとかなるが旅も実はこれも創造的消費だった。
旅でも旅に集中しないと記憶にも残らない、どういう場所に行ったかもわからない
あの時かわいい子がいたなとかそんなことばかりが頭に残っていたらその土地のことも自然も記憶に残らないのである。
そしてたちまち時間が過ぎてしまいもうその場所に二度と旅にも行けなくなっている
だから旅の時間も貴重だったと今ではふりかえる

ともかくハパソコンとかインターネットとは創造的に使いこなすことが強いられる
それが今までの機械とは違っている
消費するというけど今や消費することが手間であり労力がかかる
老人になると何も買うものがないというとき消費するのにも体力とか労力とか知能とか経験が必要になっているからである。
金があってバイクにまた乗ってみようとするときこれも体力と時間と労力が必要になる。若いときとは違うからである。だから老人になってみて何かを消費すること自体金があってもできないとなっているのだ。
本を買っても読めないとかいろいろなことができないのである。
最近自分は忙しくて花さえ活けられなかったし見てもいられなかった。
家事から介護をしているとそれだけ追われるからそうなる

ともかく抽象画は無限の変化であり変化を楽しむ芸術であることがわかった
類似検索というのは優れた検索方法だった
これも今になって知ったことでありどういうふに使っていいのかわからないのである。
まずインターネットというのは検索が一番の問題である。
どこになにがあるのか知ることはもうできない,ただ偶然に出会い知るとなっているからである。
世界的だからもうその数は計り知れなくなっているからである。

タグ:火と海

2015年09月10日

記憶したものが人生となる (人間の脳の大事な機能は記憶すること-罪も記憶され消えない)


記憶したものが人生となる

 
(人間の脳の大事な機能は記憶すること−罪も記憶され消えない)


人間の快楽を追及するのは性だけではない、様々なもので快楽を追及する、食でもそうだし誰も苦になるもの不快なことはさけるのである
それは人間の本能である。人間の本能は快を求めるようにできている。
人間の不思議は一旦快を覚えると脳に記憶される
そしてまた快を求めるようになる。
だから麻薬であれ酒であれ快を覚えるからやめられなくなる、中毒になる。
この中毒をとめることがむずかしいのは節制とか禁欲がむずかしいのはそれが本能だからである。
苦行など誰もしたくないのである。欲望を否定することは誰もできない
人間の欲望は性だけではない、様々な欲望があり否定できない
人間の欲望をおさえることができればこの世は楽園になるだろう。
あらゆる問題が人間の欲望とかかわっているからだ
子供はまだそうしした大人のような様々な欲望がないから純真でいられる
それでも子供で快を求めていている、一度うまいものをたべるとまた食べたくなる
何か人間はうまいということを脳で感じて記憶される
そして一旦覚えた快はまた味わいたいとなる
性は最も強い快だからあくことなく求めてきた、老人になっても脳がその快楽を記憶しているから求めているのである。
体ではなく脳の快の記憶が求めているのである。

脳には体の神経のすべてが集まる、体にはりめぐらされた無数の神経が脳で感じる
風が涼しいとか冷たいとか感じるのは体の神経であり脳が記憶する
それは生まれたときから風を感じているし夏には涼しい風を感じている
だから涼しい風をまた感じようとしている
もし神経だけで感じていたら脳に記憶されなかったら涼しい風を求めないだろう。
認知症になると涼しいとか寒いとか暑いとかの感覚がなくなっていた
それは脳が麻痺してそうなっていたのである。
寒いところでも薄着で外出していたから脳が感じなくなったということである。
そのことは何らか危険な状態にもなっていた。
認知症の人が寒さも暑さを感じないということ外でそのまま凍死したりすることになる
寒いということを感じなければ外にいつまでもいるとなるからだ。

人間の能力意外と大事なのは脳で様々なものを記憶されるからではないか?
人間の一生も終わりになる何を記憶したかが生きた証拠のうよになってしまう。
老人が何度も何度も過去を語るのはその記憶が生きた証だからである。
自分の姉は従軍看護婦としてシンガポールに四年間とかいて辛酸をなめた。
そのことがどうしても忘れられないから死の直前までそのことを語りつづけていたし
認知症になると同じことを百回とか千回も言う、前言ったのを忘れていることもある。
ただ人間は一番人生で印象に残ったことを語りつづけるのである。
つまり記憶されないものはないものと同然になってしまわないか?

40年前とかにともに過ごしたとしてもその人のことは忘れてしまう。
認知症になると息子や娘でも「あなたは誰ですか」とかなるともうその人自体が記憶にないということは存在しなくなることである。
人間にとって記憶が記録などでも意外と大事なのは人間は何でも忘れやすい、40年とか過ぎる何でも忘れてしまうのである。
そしてこの辺で避難区域になり村や町に人が住まなくなった所がある
例えば飯館村には人が住まなくても家が残っている
すると錯覚していたのは家があるから人がいると思っていたのである。
つまり家というのは一つの記憶として形あるものとして残っていたからそう思ったのである。

一方で全くこの辺では磯部とか海老と烏崎村では家もなにもない、全く何もなくなった。残ったのは土台だけでありそうなると何も記憶するものがなくなった。
それは本宇とに空恐ろしいことだった。
そこには幽霊すら住んでいないとまでなる
まだ山の村の幽霊屋敷とか童話にしたけどあそこにはまだ人が住んでいるという気配が残っていたからそんな物語も書けた
しかし磯部とか海老とか烏崎とか他でも津波の恐ろしいのは記憶させるものがなにもなくなっていたことなのである。
幽霊すらそこには住んでいないという恐ろしさだった。
廃屋でもそこには人の気配が以前としてあるが津波で壊滅した村には何も記憶を呼び出すものがないのである。
村の歴史でも何でも避難して人が住まなくなればその記憶が失われることなのだ。
そうするともうその村の存在すら消えてしまう。
古い碑とか墓とか地蔵とか神社とか祠は何かその村の歴史を記憶を維持しているものでありそれも村人が消えればその記憶もやがては埋もれてしまうのである。

記憶と記録はまた違っている。記録になくても記憶に残ることはある。記録は文書とか何か形あるものであるが記憶が何かまた形にならないものである。
家族があるとするとそれは愛情でもって成り立つのでありその愛情というのは記録されない、記憶されても記録はされないとなる
だからすべてが記録されることはできない、記録という点では機械がコンピューターの方が優れている
最近近くのスーバーでレジを機械化した。これが意外と便利なのである。
お釣りを十円のこしていたとすると機械が教えてくれる
そこでは金を払ったとか払わないとかのミスがなくなる
確実にいくら入っていくらお釣りを出したということが記録されお釣りが残っていたら警告して教えてくれるからこれなら人間のミスはなくせる
つまり記録する点では機械の方が優れているのである。
デジカメでも次々に旅行した現場をとっていってあとでそれを記録したものからふりかえることができる。

でもそうして記録しないと人間の思い出すことは限られていてあらゆるものを思い出すことができなくなる
こういうことは歴史でも資料があればそこから過去をたどることができるからにたものはある。
ただ記憶と記録は違っている。人間はあらゆることを記録できないが記録したものの意味と価値を与えるのは人間にしかできないのである。
自分は膨大なものをプログとかに書いているけど自分の書いたものを読んでいてこれが自分が書いたものかと不思議になる。
自分の書いたものすら忘れていたのである。だから記録することは人間にとって大事だともなる。記録したものから過去を読み解く作業ができるからである。

老人が若者より優れていることがあるのは人生で記憶したことが多いからである。
一時代でも生きているとその長さから時代をみることができる
若い人はそれができない、これから記憶することになるからである。
戦前から生きている人はやはり記憶しているのものがあるから違った見方ができる
ともかく脳の機能で大事なのは記憶していることである。
記録したものはまだ別であり記憶したものがその人間を作っている
記憶はまた消えやすいのだけど若いときのことなどの記憶は消えないことがある
若いときの奔放な無謀な欲にまかせた行動などの記憶がよみがえり消えない
なんであんなことしたんだろうとか後悔しても消えないことが怖いのである。
悪い記憶も消えないのである。罪として記憶される刻印されているということも怖いことである。
それは別に警察につかまるとかではない、脳に心に記憶されたことなのである。
悪行は明らかに脳に心に記憶される刻印されるから怖いのである。
カインのように額に徴しをつけられたということもそのことを言っていたのである。

若いときはそういうことを考えない、欲望のおもむくままに生きるし老人になってどうだこうだなど考えないのである。
だから推理ドラマのテーマは必ず若きの到りとか若いときた悪行が老人になって暴かれるとかがテーマになる。
それはたいがい若い時はそういうことが多いからテーマになる
それがのちのちまでも老人になっても影響しているのである。

「耄碌した好色家は接吻することができないのになお接吻したがり少しでも味わいたいと思うのです」チョーサーーカンタベリー物語

これは脳科学から考えれば一度覚えた快は忘れられないのである。
だからうまいものの味を覚えたらまた食べてみたいとなる。
嗜好品というのはそういうものである。
そういう脳に記憶された快の記憶は肉体が衰えても消えないのである。
自分の場合は何か体力もないし欲望も強くないからそうした罪からはまねがれた
それでも罪は犯している
でも優秀な体力ある人間は大きな罪を犯す、この世で大きなことを成す人間はまたそれだけ欲望が強いともなるのである。

聖ペルナルドゥスはこうおしっています「人はこの世で自分に与えられたいっさいのもについて決算を提出せねばならぬ、それらのものをいかに費やしたかを報告せねばならぬ、それであるからほんのとうはつ毛一筋を失ってもまた生涯のうちのほんの一瞬を時を失ってもそれについて計算を提出しなければならないのである」
チョーサーーカンタベリー物語

人間は老人になったらすべての決算を否応なく決算を強いられる。
それはカルマもそうであり様々なカルマを人は積んできた、だからカルマの清算を強いられる

なぜ自分に起きた苦難はカルマだったのである。
なぜなら60年間も母は自分のために食事を用意してくれた。それのカルマ返すことを要求されている。毎日ともかく食事を出し続けねばならなくなったのである。
そして人はカルマがあるが恩があったら必ず返さねばならない、それを怠るととうなるのか?
さらなるカルマが重なりもう返せなくなり破綻することにもなる
その人は恩など何も感じない、それは親の代とも関係している
親の代のカルマは二代くらいはつづいているのである。
その人は全くのそのことも意識していない、だからまたカルマを積んで窮地に追い込まれたりする、恩とかは明らかにカルマなのである。
それを無視したりするとさらなるカルマが負わされることになる
親との関係もまた恩でありそれは返さねばならない、親は愛情があるからだとかにならない、やはり恩というのは返すことが強いられるのである。
それをしないものは親子ではなくなるし親子の縁も実際はきれるのである。

ともかくたいがいの人はは「俺は悪いことはしなかった」とか自分に威張って言う
ところがそれを自分に威張って言うことではない、神に向かってそういえばいいのであるそんなことを自分に言われてもそうですかと言えないだろう。
人に悪くした人は最後に必ず後悔する
継母だった人は最後に「悪かったな」と言って盲目になり苦しんで死んだ。
ただ最後に頼るものもなくなり継母にいじめられた母が後始末をしたからである。
別に優しくしていればそんなことはなかったのである。

生涯のうちのほんの一瞬を時を失ってもそれについて計算を提出しなければならないのである

これは老人になればわかる。いかに時間が大事でありそこで記憶するものかが大事であるかを言っている。
この世の時間はたちまち過ぎる、その時間を何に使うかは最後に問われるのである。
つまりいかに時間を無駄にしているか、時間を失ってはじめてわかる。
故郷を失ってはじめて故郷の大事さが価値がわかる。
愛する人を失ってはじめてその人の大事さがわかったとか人間の弱点は失ってみないとわからないことなのである。
何かありふれたものでも実は尊い価値あるものだったとかは失った時わかるのである。
だから人間は結局みんな老人になって後悔しない人はいないのである。
特に時間の大事さがわからないのが人間の最大の弱点だったのである。





 
タグ:脳と記憶

抽象画(京の紋様)



抽象画(京の紋様)


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これも原画がインターネットにあって変化させたものである。
京都の紋様というとき京都ならではの紋様はすでに無数に作られている古典的なものがある。
インターネットにも出ている。
その延長としてのパソコンとインターネットの抽象画のバターン化なのである。
日本では紋様の芸術はすでに豊富にあった。
それがパソコンで容易にパターン化できるようになった。
このパターン化がパソコンでは一番得意なのである。

 
タグ:京都紋様

2015年09月11日

鬼怒川の堤防決壊の原因 (ソーラー発電とも関係していたし10年に一度の洪水を政府で予想していた)


       
鬼怒川の堤防決壊の原因

(ソーラー発電とも関係していたし10年に一度の洪水を政府で予想していた)

●ソーラー発電も自然破壊?

ことし3月下旬に若宮戸地区の住民の方より丘陵部の一部が掘削されているとの通報があり、現地を直ちに確認し、鬼怒川を管理している国土交通省関東地方整備局下館河川事務所へ報告したところでございます。当該地区は民有地であったため、民間事業者の太陽光発電事業により丘陵部が延長約150メートル、高さ2メートル程度掘削されたものでありました

これから、豪雨による土砂崩れが
山間部のソーラー発電所で起きるのは時間の問題か
  ↓
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http://pbs.twimg.com/media/CLt-JGsUYAAUAWB.jpg
http://pbs.twimg.com/media/CGjxdPEUYAAJCTI.jpg
http://pbs.twimg.com/media/CMb7oWpUkAAV-ot.jpg


【 民主党政権・菅元首相の大成果 】 ですけど・・・

台風でソーラーパネル破壊される

「太陽光による地球に優しい、エコのエネルギー製造」というイメージを振りまいて普及させている。さらには、潰れた後の廃棄物となった場合の処理方法も確定していない




ソーラー発電がエコとかなんとか盛んに言われたけどそうでもなかった。税金がかかるのはそもそもエコではないと武田邦彦氏は言っている。エコがエコにならない、エコと言えば聞こえはいいがどうしてもエネルギーを人工的に作り出すと自然破壊になると。
今回の洪水も原因はまだわからないが情報はインターネットでは早い、ある程度の骨格になる情報がすでにででいる。
写真で説明しているから説得力もある。決壊した自然堤防にソーラーパネルを設置するために削っていた。これはまだ調査されるがそれなりに写真を見れば説得力がある

ソーラーパネルは自分は何か嫌だった。景観を破壊するから嫌だった。実際を山を削ったりしているしすると大雨がふったら土砂崩れになるとか危険である。
それは写真を見るとなにか説得力が増すのである。だから現代は何でも写真の時代になるソーラーバネルは何かと実際は自然破壊なのである。
そしてコストが高くなった分国民が税金として払っている。いろいろな会社が参入しているのもそのためである。
屋根にだけ設置しろというのはそれが自然破壊にならないからそう言うのだろう。
ソーラーパネルは日本のような広い平坦な土地がないところには向いていないのかもしれない。
山をケ削るとか森を切るとかして設置しているのは景観だけではない危険でもあるからだとにかく原発事故周辺は本当にソーラーパネルが多いのである。
自分の場合は景観的に嫌だったが実際は自然破壊になっていた。
ダムだって自然破壊でありこれも洪水との関係を調べる必要がある。ダムの水を大量に放水したらその水流も過重になり堤防決壊につながったかもしれない。
その原因はいろいろだがソーラーパネルが出てきたことも何か今らしい問題だった。

●国土省では10年に一度洪水になると予測していた

そして国土交通省でも10年に一回は決壊するとか明確に予測していた。工事も計画していたが間に合わなかった。
これも原発とにている、東電では津波の高さ10何メートルくると予測していた。
だから専門家集団がとやかく言うが理系の優秀な人たちがいて予測していた。
ただ予測してもその対策が実際にできなかったのもにている。
それはは民主党がコンクリートから人だとか無駄な公共事業を減らそうとしたこともあるだろう。
それで今は批判されている。

なんか原発事故でもそうだが本当はこれは東電とかの一会社の問題ではなくまさに国土省の問題だった。国土省が国土を守るものであり民間の会社はコスト重視になるから国土を守るという意志が働かない、国土省の役割が大きいのだが民間の会社が現代では大きくなり国の力が及ばなくなったのも問題なのだろう。
官僚を批判しても今回は10年に一回決壊すると予測していたし工事の計画もたてていたのである。
日本は災害列島だから国土を守る国土省の役割は大きいと思った。
官僚はそうした国土のことを知っている、政治家は一時的に大臣になったりしているが国土のことを知らないだろう。だから支持できないということもある。
そこに政治家の限界があり官僚はそうした知識を津は重ねているから予測できたのである
何か政治家が頼りないというとき、そうした官僚のよう知識も技術も知らないということはある。原発のことだって官僚の技官は知らなかった。
というのは原子力は河川とはあまりにも違っていたからである。
国土省は歴史があり積み重ねがあるから違っている。
一方原発を知っていたのは東電であり国土省ではない、だから津波の高さを予測していたのは東電だったのである。

●国の力の弱体化も原因か?

国の力の弱体化もこうした災害を防げないことが起きている。中国でもあれだけの大きな川があるから治水が国を治めるとまでなっていたことがわかる。
それは強大な国家権力でしかできないことがわかっていた。
権力というと今は抵抗があるから全面に押し出せないけどそういう治水とか災害にかかわるものは国家が担当しないとできない
民間だと絶えずコストが問題になり原発でもコストカットして事故につながった。
原発事故ももう国では保安院など何の役にもたたなかった。
原発に関しては東電の方が上であり政府で何も言えなかったのである。
官僚さえ技官でも原子力についてはわからないからである。
そのことは東大出でも法学部であり理系ではなかったからである。
その時、管首相とかは理系で原発を知っていたとしてもやはり大学で学んだだけであり
原発のことを知らないのである。

現代は会社が企業が国より力が上になっている。政治家は何もできないとかいろいろ言われる。それは会社が実際の事業をしているのであり政府が何か事業をしているのではない富を作り出しているのは会社でありサラリーマンだとか言われる
政治家は何もできないとか低くみられているのも現代である。
実質社会を動かしているのは会社だとなる。
それで東電を批判したとき電気をめめたらとうなりますかとか脅した東電社員がいたことでもわかる。
電気をとめられることはそれだけ社会の実験を握っていることになる。
だから国の力がどこにあるのか、国の力は世界的に弱くなっている。
そしてグローバル化したとき多国籍企業が世界の実権を握っているのであり国ではないとか国の力が弱体化しているのである。
例えば土木事業でも実際に仕事するのはゼネコンであり政府ではない、政府はゼネコンに受注するだけである。
だからそうした建設関係の大会社を自衛隊に一時期入隊させる案がでているのもそうした大会社はある意味で戦争のときロジステックとがでもそうであり戦争体制がすでにできている組織だからそうなる
政府で徴兵しようとしたら国民の許可が必要であり簡単にできないからである。
つまり大企業に国の防衛でも戦争でも代わってやってくれとまでなる。

一面そうした国の力の弱体化が原発事故とかでもそうであり今回の洪水でもそうである。実際の力は会社にあって国にはない、政治家にはない、政治家が東電のように電気を作り出せないのである。政治家が何か生産するわけでもないのである。
だからこそ今は東電であれ大会社が国を動かしているとなる
そうなると会社はコストが第一だからどうしても安全面とかに力を注がれないのである。国土の安全を守るのが国土省である。
でも実際に工事をするのは民間の大会社である。その力関係はどっちが上なのかもわからないのである。
現代はマスコミは目立っていろいろ言うけどこれも実際は会社の宣伝で成り立っているから東電は批判しなかったし原発は批判しなかったのである。
何百億という金が宣伝費としてマスコミに流れていたからである。
つまり会社の力が今は国より上であり会社が社会になっているのが現実である。
地域社会も東電によって原発が建った時買い上げられたとまでなっていたのである。
それだけの力を東電はもっていたのである。
ここに巨大化する会社、グローバル化する多国籍企業の問題がありそれは自然破壊にも通じている。
国の力が弱まれば多国籍企業にとっては好都合である。国になにかと制約されると多国籍企業が自由に活動できないからである。
その結果として様々な問題を世界的に起こしているのである。
環境とか国土とか文化を考えるのは国の役目であり多国籍企業はそういうことを考えない、もうければいいとなれば文化も邪魔になるし環境に考慮すればもうかならないとかなるだから津波のことを東電で予測しても対策が実行できなかったのである。

●TPPはアメリカの多国籍企業に国を売ること

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政治家は多国籍企業の代理人にすぎないのか?日本の首相もアメリカ大統領すら



これらのリストを見れば分かるのですが、「アメリカ」という国一つを相手にしているのではなく、その裏にいるこれだけ多くのの多国籍企業をTPPは相手にしており、TPPでアメリカと交渉するということは、これらすべての企業を代表するアメリカ政府と交渉する、ということを意味します。


TPPとは、弱肉強食の新自由主義を、さらに推し進めるものです。
その力の源は、グローバル・エリートの「国境なき」国際金融資本です。
原子力を推進しようとしている人々の中には、同時にTPPを推進しようとしている人が多いという事実。
これは偶然ではありません。
そうした企業に出資したり投資をしたりしている国際金融マフィアは、原子力マフィアのご主人様と同一のグループだからです。

この二人は、政治家ではありません。
多国籍企業の代理人です。

この二人は、国家と国家の主権をかけて議論しているのではなく、国家の枠を飛び越えた資本の力に後押しされて、多国籍企業を、どうやったら今より儲けさせることができるのかを話し合っているのです。
http://kaleido11.blog.fc2.com/blog-entry-1542.html


多国籍企業に政治家は支配されTPPが促進される。それだけ企業の利益るなるからTPPが推進される。アメリカも企業によって政治家でも動かされているし前の野田首相は財界のために犬木となって動いているとこのサイトで指摘している。
政治家も財界が動かしているのである。財界もアメリカと同じく多国籍企業であり国を動かしているのである。
現代の世界自体が多国籍企業が動かしているのであり国ではないとないとなる。
原発もこうした多国籍企業によって推進されている。アメリカという国を動かしいるのもアメリカの財界になる。だから国の力は弱まり実権があるのは多国籍企業であり政治家より会社の幹部が世界を支配するという構図になっているのが現代である。

そういう多国籍企業の言いなりになっていると国々の文化は破壊される
国土を守ることもできなくなる。文化というときその国の風土とか環境とか国土とかと関係してくるからである。
世界が株式市場になるときまさに国を越えて多国籍企業が自由に活動するということであり国という障壁はない方がいいのである。
その時その国の文化とかは破壊される、風土とかその国独自の国土から形成された文化や歴史が破壊されるのである。

ここは結構読みごたえがある。
自分の思想とも通じるものがある。
これを読むのも結構大変である。
インターネットの世界は知らないことが実に多いのである。
タグ:鬼怒川
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厚寿苑であったしっかりした小高のおばあちゃんに感心 (自分が苦しいのに看護師や介護士を思いやっていた)


厚寿苑であったしっかりした小高のおばあちゃんに感心

(自分が苦しいのに看護師や介護士を思いやっていた)


今日、厚寿苑であった90前のおばあちゃんはしっかりしていたし好感もたれるおばあちゃんだった。
小高の塚原の人だった。あそこには120軒とかあり前に自分の庭を作ってくれた大工さんを知っていた。
その女性は脳梗塞になり一時意識不明になった。
それで一年間くらい厚寿苑にいたという、そんなに長くいられるのかと思った。
一カ月六万円というのは安い、それは小高の人は相当に介護でも援助されるから安くなっていたのだろう。
意外と母は三日いて2万2000円とかとられから高いなと思った。三日でそのくらいである
だから一カ月もいたら実際は15万くらいとられると思った
介護は思った以上金がかかる場合がある。施設でも最低でも15万は月に払わないとあづかるところはないだろう。
だから年金がそれなりにないと施設には入れない
貯金より年金の額が左右するのである。自分は年金を70才からもらうことにした。
そうすると結構もらえるからだ。ただそれまで収入がないので貯金を取り崩すので苦しくなる。
投資して定期的に収入が入ると思ったか中国の株価下落で150万とか引かれたのは痛かった。
意外と老後はそれなりに金がかかる、一人でも15万以上もらえないと今では苦しい
そこから介護保険がひかれたり物価も上がるからともかく貯金していようが年金でも一割とか目減りしているのである。

そのおばあちゃんは脳梗塞になってから看護師に世話になったのでなんとか迷惑をかけないように頑張ったという、脳梗塞で一年も厚寿苑にいたということはそれなりにリハビリとかして正常とほとんど変わらないよにう回復したのだろう。
そのおばあちゃんはいちいち看護師を呼んだり助けてもらうのでそれではまずいと自分で思い相当に自分でそうならないように努力したのである。
まだそれまでできる力が残っていたというよりその女性がなんともそういう苦しい状態でも相手を思いやる心があったという不思議である。
何かしてもらうにもいろいろ相手のことを察して言葉をかけているのである。
だから看護師でも介護士でも親切にしてもらえることがありありと見てわかったのである普通病気になり苦しくなれば自分のことだけで精一杯になる。
そういう状態でも自分のことだけでなく助けてくれる人を思いやり言葉をかけていた。

そういうことがうまいというか自然にできる、そういう人柄なのか、あういう女性は助ける方も助けたくなると話してすぐにわかった。
あういう女性は施設にいてもみんなから親切にしてもらえることは確かである。
一方で金持ちでも威張っているような女性はいくら金があっても親切にしてもらえないだろう。
そこが病人とか介護が金だけで解決しない問題なのである。
世話してもらう方になったときうまくいかない人がいる。
その人は世話してもらうことは実にうまいので感心したのである。
世話してもらうに相手のことを思い言葉をかけるからこの人なら親切にしてやりたいという気持にさせるのである。
こういう人であればまず施設に入ってもみんならか親切にしてもらえることはまちがいないと思った。
金だけでは老人は親切にしてもらえないことは確かなのである。

それから若い人なのだが自分が母につきそって立っていると椅子をもってきてくれたのである。
そしたらそのおばあちゃんがあの若い人と気がつくいい人だよといった。
男性でもその人は気がつく、なかなか男性はそういうことがしにくい、でもその男性は介護に向いた人だとなる
まず人間を相手のことを思いやったり気がつくことが意外とむずかしいのである。
だからその若い男性は介護に性格的にも向いている人である。
誰でも介護に向いているわけではない、介護なんかそんなもの最低辺の仕事だとか盛んに言うが給料のことを考えないならやは介護士というのも一つの新しい仕事であり
それに向いた人と向かない人がいるのである。
でもする人がいないから誰でも雇うとなり問題が起きている、老人虐待などが起きている自分が思うにはあらゆる仕事には適性がありどんな仕事でも誰にでもできるものはない
例えばヘルパーはかお手伝いさんでも誰にでもできるものでもないのである。
何か常に適性があり誰でもいいという仕事はないのである。


そして最近人工知能とか機械が代わりに仕事するから人間の仕事が奪われるということを言う人がいるが現実そうなってくると思うし本当になっている
レジの金の出し入れを機械化したのもその一つである。
人手不足になると余計にそうなる、でも機械化できない、コンピュターでもできない仕事がありその一つに介護士があるというのもわかる。
介護士とは思いやりと何か気づく相手を察するということが必要になるから機械的にはできないのである。
第一介護される女性でも介護する人を気ずかっていたのである。
これが一方的に気づかっているばえりになると介護する人も嫌になる。
その女性は別に他人でも親切にしてもらうように相手をうまく誘導している不思議があった。
そういう性格なのか、やはり心根がいいのかとなる
そして脳梗塞で一年も厚寿苑にいたにしては今は話してもどこが悪いのかもわからない、頭はしっかりしているしあらゆることが普通の人よりわかっている
どこかしらおかしくなっているのが普通であるがその女性はなっていなかったのである。
そのおばあちゃんはまた子供にも恵まれていた。何人かいて自分の所に来いと言われている。原町にも立派な家を建てた息子もいた。
あのおばあちゃんなら子供も歓迎するし嫁ともうまくやれるだろう。
なぜなら嫁のことを気づかうと思うからである。
そういう人徳が備わっている感心したのである。
人間はまず相手のことを思いやるとか気づかうということがなかなかできないのである。そんなことが簡単じゃないかと思うがそれができない人が多いのである。
自分も何か雑でありできない、だからほめられていた椅子をもってくれてきた若い男性はまれな男性だったともなる

ともかく介護の時代だというとき、介護士という仕事でもこれから見直されることはありうる。
つまり機械化できない、コンピュター化できない仕事としては直されることはありうる
いづれそういう人は他からも優秀な人材として評価され高給とりになるかもしれない。
介護士でもレベルがありみんな同じではない、向き不向きがあり今は人手不足だから
誰でもいいとなっている。でもこれからはどうなるかわからない、みんな機械化して仕事がない、介護士でもやるかと言ってもあなたには適性がないとしてつけないかくなるかもしれない。
介護は人のことを思いやる気づかう高度な仕事であり誰でもできるものではありません
今は選ばれた人しかなれませんとかなっているかもしれないのである。
つまり仕事というのも時代によって常に変わるしその価値も変わってくるからそうならないとは限らないのである。
タグ:介護士

2015年09月12日

限界集落化してゆく原発避難地域(小高など)


限界集落化してゆく原発避難地域(小高など)

昨日厚寿苑で話を聞いた人は小高の塚原の人だった。あそこも被害が大きかった。
津波で立派な家を建てたけど流されたという。他にも新築の家が流された家が結構あったそのおばあちゃんの息子は原町に新しい家を建てて住んでいるという。
息子はもう小高に帰らずに原町に住む、するとおばあちゃんも小高には帰らないだろう。家も流されたし行くとしたら息子の所だろう。
それでもまだ原町だからいいとはなる
鹿島に早い時から小高の人は帰らないと家を建てた、その時地価がまだあがらいなときだったのか賢い決断だったかもしれない。
その後地価がぐんぐんあがったからである

塚原に庭を造ってもらった大工さんもいたがその人も新築の家が津波でやられた。
小高も津波の被害が大きかった。息子と一緒に住んでいたがばらばらになった。
小高でも他の原発避難地域でも津波で街が壊滅したところでも個々の事情は違っているが若い人が帰らないという現象がにている
老人だけは土地に愛着があるから帰りたいとなるが若い人は帰らない
テレビで移していた小高と飯館村の人もそうである。
若い人は帰らない、そして老人だけが帰ってどうなるのか?
南相馬市だと小高に老人ばかり住むことは負担にもなる
例えば厚寿苑の人がディサービスのために車で回るとしても手間になる。
原町より小高はさらに遠くなるからである。

それは小高はいろいろなことで不便になる。ある夫婦は妻が75くらいで病気になり娘の所にいる。夫が待っているが帰れないというのは病院がないからである。
あっても前の小高病院ではない、看護師も医者もたりないし入院もできないのである。
そうなるともう老人でも帰らないとなる。
そういう高齢化の問題がそこで最も深刻な状態になる。
老人ばかりの街になりやがて限界集落としてまさに限界がきて消滅してゆく
そういう場所にそもそも若い人が帰らないのだから維持できないのである。

限界集落というとき何か鹿島とかは原町と比べるとずいぶん不便である。
買い物でも何でも不便である。
スキヤにはいろいろ弁当があったり軽い食事ができたり便利である。
鹿島にはそういう所もなくなった。でも車がある人はそういう不便をあまり感じないかもしれない、車がないとまず小高には買い物もできないから住めない
一人暮らしはいろいろなサービスがある都会の方が本当は住みやすい
ただ環境としては自然が豊かな田舎の方がいいとなる
その両方をかなそなえるのがむずかしいから最低でも4,5万の都市がいいとなる。
鹿島でいいのは原町とか相馬市でも近いからその都市圏の中に住んでいるから
限界集落にならない、限界集落というときそうした都市圏から離れ山の中で孤立しているような村がなりやすい

現代は車社会だから近くに都市があれば限界集落にはなりにくいだろう。
でも小高は老人だけが住むとなると南相馬市では負担になる
インフラでも限界集落になると百倍とかかると言われる
水道であれ電気であれインフラを維持するのは高くつくから批判される
何も自給自足で医療とか福祉もなかった昔なら何も言われなかった
あまりにもそうした現代の便利な生活には負担がかかるから税金がかかるから都会の人もうるさくなるのである。

原発避難区域が復興がむずかしいのはそうした現代の事情が反映してなった。
少子高齢化などがここで他より急速にすすむ。
小高は限界集落化して南相馬市の財政的にも負担になる。
だから別に津波や原発事故の前からこういうことは言われてきた。
それがこの辺では急速に現実化したのである。
だから中央の高級官僚が三陸など岩手県でもジジババしかいない所に援助しても無駄ということを言って顰蹙をかった。
それはインフラとか福祉とかそれだけ金がをつぎこんでも復興しにくいということがあった。
若い人が住まないでどうてし復興できるのかとなるからだ。
老人ばかりだったら負担ばかりでありやがて限界がきて消滅してゆく
つまり老人だけだと家でも町でも市でも跡継ぎがなくなり途絶えてしまう
そして少子高齢化で空家が全国で800万軒とかこれも大問題となるし
人口がへることは日本の国力も落ちるからそれも全国的に衝撃になる。

コンパクトシティというときそれは地方でもそうだが日本自体がコンパクト化ししてゆくのである。ダウンサイズ化してゆく、
だから団塊の世代が死んでゆく、その次ぎの世代もやがていなくなるときまさに日本はコンパクト化した日本になる。
そういう過渡期でありそれがこの辺で津波と原発事故で急速に現実化したのである。


 
タグ:限界集落
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2015年09月13日

初秋の街道をロードで相馬市まで(ソバナの花)


初秋の街道をロードで相馬市まで(ソバナの花)

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街道の実りや城へ6万石
街道の細道つづきソバナ咲く
街道の家並変わらず秋の蝉
街道や芒女郎花祠かな
中年の労務者あわれ秋薊
プレハブに労務者あわれ秋薊
故郷をロードに走る実りかな
初秋の風きり走るロードかな



街道というときこの辺では浜街道であり日立木から相馬市の道である。
あそこはいつ行っても情緒がある。
今はなかなか街道を知ることができない
なぜ情緒があるかというと道が細いから花も映えて人間的になる。
日立木の道は細いけどあそこが昔のままの道なのである。
あの家並も昔のままだから情緒がある。
浜街道でも昔のままに残っているのはまれだてわからなくなる

今はソバナの花が街道沿いに咲いている
この花が何かこの辺の街道にあっていた。
桔梗でもない素朴な花であり街道にふさわしい花である。
現代の旅はなにか情緒がない、旅にならない、六号線を突っ走っても旅にはならない
街道の細道、つまり「奥の細道」だったら旅になっていたのである。
まさに「奥の細道」であったからこそ芭蕉の句もできたのである。

この辺はまた工事であり騒々しい、以前として簡易宿泊所のプレハブが増えている。
それだけまだまだ労務者が入ってきている。
その数も多いから活気あるようにみえるのである。

自転車は今の時期は気持ちいい、昨日はロードで相馬市まで行ってきた。
これは最近乗っていなかった。
これは荷物には弱いが早く走るにはかえって電動自転車より軽いから風にのるように気持良く走れる、まず自転車が好きな人は値段の高いロードにのるだろう
つまりこれは走っていて気持いいからである。
スピードを出して走ること自体が気持いいからである。
自分の八万くらいであり軽いのだが安定性がないのが問題である。
これも忙しくて乗っていなかった。
何かいろいろなことができなくなった。
家事とか介護とかに追われてそうなった。

一週間ショートスティであずけたから楽であった。
でも意外と金はかかる一日5000円とかかかる
だから施設で一カ月15万とかなるのもわかる
物価高であり田舎でも最低で15万はかかる
でもそれだけを負担するとなると田舎では金をもっている人は少ない
自分も年金をもらっていないし母の年金はわずかだから
かえって在宅だと金はかからない
介護も金の問題がからんでくる
やはり年金が老後は大事になる。だから自分は年金は70才からもらうことにした。
そうするとなんとかなるがあと二年とかなるとそこの金の工面が苦しくなる
老後難民になるのもわかる
自分は親に恵まれていたから金銭的には苦しんでいない、その他のことで苦しんできたのである。



文明は何でも何らか自然破壊で自然に復讐される (ソーラーパネルもそうだった)


文明は何でも何らか自然破壊で自然に復讐される

(ソーラーパネルもそうだった)

 

文明とは自然破壊が必ずあり自然破壊がない文明となると縄文文明くらいだった。
弥生文明ー稲作文明も自然破壊だった。その前の焼き畑農業も肥料にするために森を焼いたのだから自然破壊である。
稲作文明は自然と調和した文明のように見えた。それですら自然破壊だったことが津波で判明した。
松原というのは自然林ではない、人工林である。ちょうど杉林が自然林でないのと同じである。
自然林とはいろいろ樹が交わった混生林である。松とか杉とか一つの種類だけになるのは人工林である。東南アジアでもゴムの樹だけになると人工林でありそれは外国の企業でそうしたのである。
稲作だけの米だけを作るとなるとそれも自然破壊になっていた。
東北で米を作ったのは江戸に米を商品として売るためだったのである。
だから東北で飢饉が起きたときは米ばかりに頼ったためだという。
いろいろいな作物を作っていれば米が不作でも例外に強い作物も作っていればそうはならなかった。
そもそも自然は混生林であり様々な種類のものが混生して生きているのが自然なのである何か動物の一種類でも増えると自然のバランスが崩れるのと同じである。

だから文明そのものが自然を破壊するように宿命ずけられている。
レバノン杉がもう絶滅すほど切られたのは船の材料に使われたからである。
これも文明のために消尽された。他にも森がヨーロッパで消滅したのは文明化が原因している。
稲作文明も自然破壊だというとき海側の湿地帯を開拓した結果、そこに松原を防潮林としたのだが今回の津波でその防潮林の松原がなぎたおされて消失した。
つまり文明は必ず自然を破壊したら自然に復讐される
まさか松原がそういうものとはいつもそこにいて思わなかった。
もし自然林の混生林だったら津波の被害はかなりおさえられた。
なぜなら松は根が強く張らないので津波に弱かったのである。
他の樹はあれば混生林だと津波の力を弱めたとかいことがありえた。
それは稲作だけを広げることが自然破壊であり人間にも影響した。
一つの作物を商品化してしまうことは不自然なのことなのである。
いすいろて種がありいろいろなものを食べていた方が人間にとっても自然である。
そうしていれば飢饉でも米が不作でも他のものを食べて生き延びるととういこともあった縄文文明は自然と調和した文明であり大災害からまねがれたことはありうる
でも縄文文明だと人口は増えない、増やせないのである。
稲作文明になり飛躍的に人口が増えたのである。

今回の鬼怒川の氾濫でもソーラーパネルを設置するために堤防を削ったとか、民主党のレンホウ議員が仕分けだとして公共事業を削ったためだとか批判されている。
ソーラーパネルは別に自然と調和したものでもない、山の森とか削って作っているから
大雨になったら土砂崩れとかなって危険なのである。
ソーラーパネルは景観の破壊でもあり自然と調和したものではない
これも民主党が推進たから今になると批判されている
もちろん鬼怒川の堤防決壊はソーラーバネルを設置するために堤防をけずったためであるがそこの住人が訴えていたのに国土省は無視した。
自民党の責任も大きいし今の公明党の大臣も責任があるとなってしまった。
だから国土省は訴えられるとまでなった。

ともかくダムだって自然破壊であり文明化したものは何でもなんらかの自然破壊である。その自然破壊は必ず自然にまた復讐されるということである。
そもそも人間は自然に従うことによって生きるようにできている。
もし自然には逆らえない、いくら文明が発達しても自然には逆らえない
自然の力は津波でわかったようにとても人間の力では制御できないのである。
人間が生きるために自然の力に謙虚に従う他ないのである。
文明の力が増すと人間は奢る、自然を征服できるとか奢る
それが一挙に砕かれたのが今回の津波だったのである。

いづれにしろ人間はその国土の風土の制約を離れる他とはできない
その国土に風土にマッチした生きる他ないのである。
原発はそもそも地震とか津波がある日本には向いていなかったのである。
グランドキャニオンとかあるアメリカには向いていた
日本の国土は狭いし山が多いし津波もあるから向いていなかった。
そういう風土を自然条件を無視すると自然から大きな災いを受ける
自然に従うとなると津波の来るような所には住まない方がいいとなる
いくら防潮堤を作っても今回は防ぎようがなかったからだ。
そもそもがそういう危険な場所に住んだこと自体過ちだったとなる。

民主党はまた今批判されている
「コンクリートから人へ」というのも批判される
日本のような災害の多い国では国土を守ることが第一とされる
この言葉が今回の津波であれ震災であれ鬼怒川の氾濫であり再認識されたのである。
要するに日本の風土とか国土とか無視すると天罰が下る、これは仏罰ではない、
国土省はそういう重責をになっていたのである。
だから公明党の大臣まで批判の対象になってしまったのである。


 
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原発避難民とシリア避難民 (原発避難民は小高でも帰り再建すべきだろう)



 原発避難民とシリア避難民
 
 (原発避難民は小高でも帰り再建すべきだろう)

 
 なんかこの辺の高校生がアフガニスタンの避難民に同調して訪れたとかのニュースがあった。
 確かに同じ避難民ではあるがまるで違っている
 シリア難民を見ればわかる、もう国が崩壊している、そうした戦争している中で取り残された人たちが700百万人とかがISに脅されながら暮らしているというのも悲劇である。
あれをみていたら何か生きた心地もしないだろう。
ISは狼でそこにいる住人は羊になる。

イスラエルにいたときシリアに行ったという人がいてシリアはいい、素朴でいいと盛んに言っていた。シリアは独裁政権でも庶民には素朴な人たちが多いということだったのか?
江戸時代のようなところがあったのかもしれない
だからなぜあのようになったのか悲劇だとなる
ただあのような状態になったら安全にまず暮らせないから国を捨ててでてゆくほうがいいとなる
それで資金とか英語の教育を受けた人たちが外国に難民として出てきた。
英語ができる人がヨーロッパでも中東でも知識人には多い。
ギリシャでもそうだった、英語できると外国に出て働けるとなる
英語は国際人になるには不可欠だとなるのも確かである。

この辺と確かににているのは小高でも浪江でも飯館でもその他避難区域になった所はもう住めないとか他に家を建てたり故郷を捨てている人が多い
特に若い人は多いというとき何かシリアの避難民とにている
取り残されているのは老人とか障害者とか子供とか弱者だという。
この辺でも事情は違うが老人が残され若い人は故郷を捨てて住まない
それにしてもシリアくらべればこの辺はいくら放射能が怖いとしても
あまりにも差がありすぎる
シリア難民から見たら何なのと思うだろう。
避難民は多額の補償金をもらい遊び暮らしている
シリア難民は命懸けで脱出して残った人はどん底の暮らしをしているからだ

原発避難民は原発貴族だとか言われる
すでにインフラも水道でも電気でも何でも使えるのだから帰って再建できると
シリア難民からみたら思うだろう。
なにか避難民という名があってもシリア難民とかとはあまりにも違いすぎる
たから比べれば贅沢きわまりない避難民だとなる
そんなものに同情できるかともなり避難民と地元の人はつきあわない
なにも同情するものがないとみるからである。
原発避難民にいろいろ言い分があってもそうみてしまう
「お前らぐだぐだ言っていないて自分たちの故郷を町を再建しろ」となる

一方で今回のシリア難民で考えたことは国がなくなることの恐ろしさである。
国が崩壊することの恐ろしさである。
イラクとかシリアはイラク戦争以来無政府状態に陥っていたのである。
そこにISが勢力を伸ばした。それはヤクザの一団のような盗賊の一団のようなものだったかもしれない、そこには暴力しかないからだ
だから国が崩壊すればあのようになるという見本だった。
もう家族も守ることができない、国を脱出するしか生きる方法がなくなる
国など当たり前にあると思っているが国がなくなるということもある
故郷が当たり前にあると思っていたのがなくなったのと同じである。
国が崩壊すれば家族も守れないし街もなにかも失ってしまう
無政府状態になり盗賊が跋扈してやりたい放題になる
だからそうした無政府状態より独裁政権でも良かったと今ではなる
イラクの独裁政権の方が良かったとなる
あの辺はそういう独裁でしか治めようがない国だったのである。
民主化するような国ではない、民主化するにはそれなりに国になっていないとできなかったのである。

いづれにしろなんか日本も動乱の時代である。だからシリア難民と比べるのだがあまりにも違っている。
避難民が威張っていて避難者を受け入れた方が小さくなっている。
それは在日と同じだとか言う人もいる。やがて避難民を受け入れた国は母屋を化して庇とられとかなると言われる
避難民は図々しい、それは何か原発避難民にも言われている。
なんだあいつら俺たちより何でも優遇されて金があり新しい家を建てているとか批判される
こんなことはシリア難民などにはまだありえないことである。
食うや食わずで避難してきた人たちだからである。
今日食べるものが与えられればいいというだけである。
ただトイツに避難するのはそこは豊かな国だからである。

原発避難民は何か恵まれすぎている。何が避難民なのか?小高などは放射線量が低いのだから帰って十分に生活できるし再建もできる
なんでしないのか?なんで故郷を捨てたのか?
戦場と化して破壊された街とも違う、十分に家は残り暮らせるのである。
多少の不足あっても暮らせる、シリア難民と比べるのが間違っているというのもわかる
でも何か同じ避難民でもあまりにも違いすぎるのである。
人間はやはり甘やかせそれに甘んじる、補償金もらえばそれで暮らそうとなる
お前がそんなこと言えるのかといえばそれも言える
でもなんか同じ避難民でもこれは何なのだろうとなるしみんなもそうみているのである。



 
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