2015年08月31日

人権主義では解決しない移民問題 (日本は移民を受け入れるのに向いていない)


人権主義では解決しない移民問題


(日本は移民を受け入れるのに向いていない)


最近野良猫を飼って苦労している。猫は家につくというけど追っ払っても一旦家にいついた猫は餌をやらなくてもしつこくくる。簡単に追い払うことかできない
そして捕まえようとすると素早く逃げてつかまえらないのである。
それから子供も生むから困る、これが一番困る、生んだら始末しなければならない
それも違反になるしそれで去勢手術しろとかまためんどうになる。
野良猫がかわいそうだから餌やる人がいるが餌をやるなというのもわかる。
近所でも迷惑になるからだ。

このことが移民が野良ではないのだがにている。人道主義、人権主義だとかわいそうだから保護して受け入れろとなる、でもそうなるとそれを受け入れる方ではまた大変なことになる。
何かかわいそうだと思っても極端になると移民を殺しても国に入れるなとなる。
そうでもしなければ移民を追い払うことができない
野良猫もかわいそうだなどと餌やっていたら次々に繁殖力が強いから地域にふえてきて困るのである。
これも何か移民とにている。

人間はなぜかかわいそうだというのはいいのだがそれが逆に非情なものとなってゆくのか?そこに人間の矛盾がある。
自然界は弱いものを見つけて襲い食べる、これせ残酷だけどそれでバランスがとれているかわいそうだ、かわいそうだと言っていたら生きていけないようになっている。
人間界もまた弱肉強食であるがかわいそうだという人権主義があるがそれですべて肯定はできない、どこかでなぜかブラックになる。
かわいそうだとして食べ物をやるのと一転して追い払い、殺しても追い払いというのはあまりにも差がありすぎるのである。
つまり白から完全に真っ黒なブラックになってしまうのが人間である。

日本でも移民問題はすでに都会では大きな問題になっている。
外国人に占拠されてしまったような場所もある。
これからも移民問題は深刻になってくる。すでに在日との軋轢も深刻である。
在日によって日本の国益は内部から浸食されるということが常に言われている。
朝鮮半島で戦争があり大量の難民がおしかけてきたらもう銃で殺してでも入れないようにするほかない、つまり人権主義は成り立たなくなる
では移民がすべて悪かとなると労働力不足問題だから必要だともなる。
日本人が働かない人が増えるから労働力不足になりいたるところで困っている
ニートとかフリーターとか非正規とかとか年金生活者の老人とかとか生活保護とかが
多いから日本人は働かないのだから移民の方がいいとなり受け入れる
日本国内の問題があり他の国でもそうである。
もし国が家族なら国内でそうした労働力はまかなうべきだとなる。
介護など別に暇な老人でもできることなのである。補助役としてできる。
家事を外国人にやらせて女性を働かせるというのもまた問題が生まれるだろう。

ともかくかわいそうだと思うのは人間として悪いことではない
ではなぜそう思っても今度はその正反対の真っ黒なブラックになってしまうのか?
野良猫の子は殺さざるをえなくなる
移民は別に野良猫ではない、人間である。
そもそも人間は必ず国籍がありどこかの国に所属して生活していた。
その国が貧しくてもそこで生きるほかなかったし脱出などできなかった。
それがグローバル化で簡単に飛行機で海外に行けることなども影響している。
中国などは飛行機で三時間だから国内より近いと感じてしまうだろう
そういうふうに外国との距離感がなくなったことも影響している

最近はやはり何か外国人旅行者があまり増えるのもあまりいい気分にはなれないだろう。何か落ち着かないというか騒がしくなる、経済効果はあっても何か日本的な落ち着きが乱される
日本は狭い国だから何かそうした異民族を受け入れる土地の余裕も精神的余裕もない国なのである。
外国の文化でもいいものだけは日本人が選んで受け入れてきたのである。
だから宦官制度などは受け入れないし他にも受け入れないものがあった。
だから食生活でも何でも牛でもなんでも食べることは日本人は良くなかった。
最近癌がふえているのは謎でも欧米型の食生活が影響しているのである。
不思議なのは肉を消化する酵素が欧米人ではでるが日本人には出ない
むしろ日本人は穀物類を消化するために腸が長くなったのである。
そういう体の相違が歴史的に縄文時代から作られてきたのである。
だからそうした歴史とか風土を無視したことはやるべきではなかった。

日本は中国やアメリカと違って異文化のものを受け入れる余裕がない
国土でも精神的にもそうである。
ただ外国のいいものは選んで取り入れるとういのが向いているのである。
それが日本に見合ったものである。
別にキリスト教でもイスラム教でも受け入れることはできる
でも移民はまた別問題である。つまり日本的な文化の上に異文化をとりいれるのがいいのである。
一時明治維新では日本語をフランス語よした方がいいとか今でも英語にした方がいいというがそうしたら日本の文化は滅びてしまうのである。

ただ英語でも日本的に漢字を取り入れたように日本文化と同化させるのはいいのである。なかなか英語の場合はまだできていないから問題になるのである。
それは根本的に異質だから同化できないとなる。
そのためにはまた時間がかかる、カタカナ英語は日本的に同化したものである。
日本人は別に英語にしなくても科学でもなんでも欧米文化を理解し取り入れているから英語にする必要などないのである。
人間はその区に歴史とか風土を無視したことはやるべきではない
それだけは確かでありそれが移民問題の根にある。
日本は外国の文化のいいところを受け入れるのはいいが移民を受け入れる国土が精神の余裕がないのである。
だから軋轢を生むから移民を受け入れるのは無理だとなる。

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posted by 老鶯 at 09:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層