2015年08月22日

特攻隊の死(詩) (70年過ぎて歴史となり評価されるー明治維新との相違)



特攻隊の死(詩)


(70年過ぎて歴史となり評価されるー明治維新との相違)



特攻隊の死


未来ある若き命を
強いられて御国のために
父母のためにと献げられぬ
何故と思う間もなく
御国の危機に献げられぬ
あたら若き命を
戦果ともならずに
特攻隊は敵艦めがけて
一心に砕け散るかも
その責は誰にありしや
その若き兵を誰か責めらる
ただ御国の危機に捧げれぬ
飛び立ちて突撃する心よ
神風特攻隊は武運はかなく消ゆ
ああ 時代の重みよ
戦いは敗れ同胞は異国の土に
はや70年の歳月は過ぎむ
やがてその日も忘れられむ
御国の魂と靖国に祀られるも
その命は報われざるかな
何故に若き命を
今は飽食にして国を思う若者なし
ただ享楽を求めて惰弱となりぬ
今非戦を語るは楽なり
しかしその時代の重みよ
三百万の命の代価は何や
未来ある若き命の代価は
その報いもなしや悲し
国難の明治は語られしも
太平洋戦争の死は無にされむ
何故の同胞の死なるや
今なお知らず70年は過ぎぬ
旭日に富士嶺高く日本の誠の心
平和と繁栄の日の70年
その果実は今美味とならむ
しかしまた危機の時代は来れり
国難はまたカルマと襲いかかる
未曾有の災害、経済の難、外敵の難
日本人の心は乱れ相争う
ここに故郷は消失して原野となり
あたかも戦後の焼け野原なり
国難の時勇み立つもののあれ
日蓮の激しく叱咤する声のあれ
そは衆の声にあらず一人立つ声なり
予言者の声にて衆の声にあらじ
衆より激しく責められしものの声なり
ああ 70年の歳月は過ぎぬれ
一時代はまた過ぎて次なる時代
日本の誠の栄はこれよりなりや
その前にまた国難の時は来れり
日本人よ心して立ち向かうべしかな



70年過ぎたときこれは大きな時代の区切りとなる。明治維新から70年で太平洋戦争でありそれから70年がまた過ぎたのである。
70年後とに大きな変化がくるというのは本当だった
津波原発事故とまさに自分の住んでいる場所がこんな大変化をする場となるとは思わなかった。
故郷を消失するなどこの辺が一番の変化に見舞われたのである。
これは一地域の難ではなく国難なのである。日本全体に及ぶし世界にも及ぶ
原発の災難はここだけのものではない世界的なものだからである。
危機は国内だけではない国外からも起きてくる。
個人的にも悪いことは必ず重なるのである。良いことも重なるのである。

戦争で一番印象的になったのは神風特攻隊である。
それぞれが神風特攻隊に一員としてイメージしてその突撃に向かう姿を思い浮かべたらどうなるか?
それは空恐ろしいものではないか?20くらいで死んでゆくものの気持がわかるだろうか?
誰もその特攻隊を責められない、それを強いた上の人は大人は責められる
特攻隊で死んだ若者は責めることはできない、ただ国の犠牲になったとのである。
非戦を言うのを今になれば簡単であり楽である。
その非戦も命をかけてやるとなるとまた別である。
人間は何でも命を書けてやるとなると真剣にならざるをえないのである
ただ命をかけたとしても的を得ないと無駄だとなるのも確かである。
無闇に行動しても戦果も成果もないのである。

いづれにしろあれだけの戦争になるともう歴史としてあり歴史の評価になる
だからその評価には時間がかかるのである。
明治維新との相違は明治維新にはいろいろな人物が現れて語られることが多いのである。その評価はまちまちでもそれだけ人物が出て語られることが多いということは意味あるものだとされる。
そこで様々な人間的葛藤があり人間の物語となっている
太平洋戦争でもそういうことがあったのだが余り個々人について語られないし英雄も実際は生まれていない、ただまだ太平洋戦争の真実は解明されていない
明治維新はいろいろ人物が生まれ人間の物語となっている
太平洋戦争は300百万人死んでも何かそうした人間の物語か欠けているのである。
だから詩になりにくいしもちろん叙事詩的なものであったが詩にならないのである
ただ300百万人が死んだという数だけが巨大なものとして印象づけられているのである。
近代の戦争は国民戦争であり世界的にそうだったのであり数の戦争だったからだともなる


特攻隊にしてもその葛藤はあまりにも若いから父母への恩とか未練になっている
明治維新は若者でも20代でも父母というより国を憂いて行動していた。
明治維新も若い人が活躍したのだが太平洋戦争は若い人は大量に死んでもそれが明治維新とは違っている。
上から強いられた死であり犠牲の死である。
司馬遼太郎が明治維新をあれだけ魅力あるものとしたのはそこに人間の物語があったからである。その見方も偏っていてもそこに人間的なものを感じたから小説にもなった。
太平洋戦争ではそうした人間の物語に欠けているのである。
ただ無惨な大量の死があるだけと見てしまうのである。
それでも特攻隊の死は太平洋戦争を象徴したものとして今でも訴えることには変わりない最後の戦争の華だといえば華だが未来ある若者の無情な死だった。
いづれにしろ太平洋戦争も歴史化するとき簡単には評価したり語られないものである。
明治維新とは違い何か人間臭いものがないことが物語になりにくいし意味をもたせられないのである。


歴史となるとやはり評価するには時間がかかる。要するに何か芸術とかも理解するにもまた自分でも創作しているが時間がかかるものである。
ルネサンスとかはやはり生まれるにはそれなりの時間の蓄積が必要である。
ルネサンスはイスラムの歴史とかヨーロッパの歴史の集積があって生まれのである。
歴史の集積がないところにルネサンスは生まれようがない
ローマの歴史とか中世の歴史の集積があって生まれたのである。
日本にもその歴史がありその集積があり歴史が作られる
日本の70年の平和と繁栄の蓄積はこれから華開く、それは自分でもそうだった。
何か詩でも書けなかった、でもやはり人間一個人でも蓄積したものが華開くの時間がかかる
旅にしてもまず旅することでありそれは行動なのてある。そのあとに内省して芸術として創作するのである。
戦争というのも自分が参加しないにしろその壮大なの歴史が内省されるのに時間がかかるのである。
だから太平洋戦争でも70年過ぎていろいろ評価するようになるがそれは以前として一つの答えなどないのである。
明治維新との相違は欧米であれイギリスであれ常にそういう海外の勢力に地抗しつつ日本の独立の道を切り開いたのである。


太平洋戦争では日本自体が大敗してうちのめされ独自の独立の道はなくアメリカの隷従があるのみだった。そこが日本人の魂まで喪失した。
明治維新はまだそうした隷従はなく日本人の魂は残っていたのである。
それは大和魂というものでもなく武士の魂かもしれない、何か日本独自の魂が残っていて改革されたから違っていた。
戦後はそうした日本人の魂が失われてしまった。ギブミーチョコレートしか物質欲しかなくなっていたのである。
ただそれでも平和と繁栄の70年は無益ではない、そこに蓄積されたものが華開くのが70年後だったともなる
もっとスケールを大きくすればあと百年とか二百年で日本の時代、ルネサンスが来るというのもそうかもしれない、日本はまだ本当の栄、華が開いていないとなる
つまりこの明治維新からの蓄積は技術と物質とかが優先された。
それが戦後も高度成長時代とつづいてきたのである。それも一段落したとき文化の華がルネサンスが起きるのである。
だからこれからは内面的なもの文化的なもので日本は日本の歴史の蓄積で華開く時代だともなる。
ただ経済的衰退とか内外が混乱時代となるとブレーキがかかってくる。
それも乗り越えたとき日本の黄金時代がやってくるとなる

あたらの意味はあったらなである。まさにあったらなという思いがにじみでる言葉だったのである。
いづれにしろ人間にはいろいろな葛藤がつきものなのである。
その葛藤さえ許されなかった時間がなかったのである。
時間があったらな・・・ともなるのである。
それは今だってそうである、人生をふりかえるとき時間があったらなと体力があったらなとか老いるとそういうことばかり考えるのである。
老人になればそれが普通だけど20代ではそういう時間も余裕もないのである。


 
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posted by 老鶯 at 20:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題