2015年08月21日

丝绸之路の詩(シルクロード) (地球を詩う時代)



丝绸之路の詩

(地球を詩う時代)

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丝绸之路の詩(1)

大都長安の城壁の大門
丝绸之路へ通じ出立す
離別の情、遥か平沙万里の道
長城は沙場に尽きし残滓
風沙に一村埋もれ消失
西域の城誰か守らむ
誰か天幕に祈りを捧げ
日月星辰に導かれて
駱駝に馬に乗り羊を追ふ
隊商に兵の力尽きて
砂塵に埋もれ白骨の無情
宝物も沙に埋もて久しく虚し
地の日は短く天の日は長しも
少女のミイラと眠る楼蘭
湖も沙に埋もれて消えぬ
時に浮かぶオワシスの夢
百花香り木の実の美味にして
木陰に休らふパラダイス
遥か帝都を辞して幾歳や
西域を守りて胡人と交わり
日を重ねて情の深まる



丝绸之路の詩(2)

朝目覚む酒泉 百羽の燕
鐘鼓楼 東西南北に通ず
氷河白雪祁連山脈冷涼たり
征人通過す西域の道
中華広大にして茫漠
万里長城の端の砂漠に埋没
その外郭につづく陸土
人跡絶えて平沙に唸る風
草原を疾走する騎馬民族
英傑は生まれ遠望す
遠大なる地球の歴程
大望はここに生じる
彼方欧州に達して
帝都羅馬にも知らる
小なる日本大陸を知らず
大海を知らず大河を知らず
狭隘なる地に呻吟して
雄想は生まれず朽ちぬ
大陸の草原の風、大洋の風
今詩人は地球を詩う
その旅程は尽きざるかな



「東迎華嶽」(東に華嶽を迎え)、「西達伊吾」(西は伊吾に達し)、「南望祁連」(南は祁連を望み)、「北通砂漠」(北は砂漠に通ず

酒泉はそういう交通の要所だった。
中国は三回くらい旅した。50才ではじめて海外旅行した自分にとってあんな自由な旅ができたのは今になると不思議である。
様々な失敗であり過酷な旅でもあった。それもなんとかやれた。
今どき50才で海外旅行してない人はいない、今は貧乏人でもできる
10年前以上になると円高であり一ドル70円とかのときもあった。
その時海外旅行熱が日本にあり貧乏旅行が流行になり若者は海外の安宿で沈没とかいって一年とか過ごしているのがトレンドだった。
それも円高で物価が十分の一とかだからできたのである。
円安になると海外旅行は高くつくから今は中国すらなかなかできないだろう。

中国は漢字で共通しているから親しみ安いし歴史と文化でも日本と通じる
でも中国を理解するとなるとまた別である。
日本人が大陸を外国を旅して理解できないのはその広大さなのである。
何か空まで広く感じる、日本は山国であり空が何か狭い感じになる。
だから大陸の感覚が実感としてわかりにくいのである。
大河も砂漠も日本にはない、その広大な長大さが実感できない
あれだけ広大になるとちまちましたものがなく大きな人間でも思想でも生まれる
中国から英雄が出るというのはその壮大な国土の故である。
日本は島国でありスケールが何でも小さくなるしその小ささが文化になっている
漢詩は一応誰でも読んでいるから文化的になじみがある
世界史を理解するときいろいろなアプローチがあるが詩から理解するというのも外国の文化を理解する手段になる。
ただ詩とか芸術でも不可分にその風土と結びついて生まれる
それで漢詩を知りたかったら中国本土を旅する必要がある。
実地にその地を踏むと実感できる

今は日本でも外国でも実地に踏んだ地を回想して詩にしている
想像の世界ではなく実地にその地を踏んだということが世界を知るには不可欠なである。ただ中国でもアメリカでもロシアでもその広さを一回くらいの旅行では知り得ようがない日本とのスケールがあまりにも違いすぎるのである。
現代とはすでに庶民でも普通に海外旅行しているから地球を詩うグローバルなものと自ずとなる。
まだそういうグローバルな詩はまだ生まれていないのかもしれない
日本もすでに外国との交流をする時間をかなりもった。
それが蓄積されると世界的な詩を作る人もでてくるだろう。
それにはやはりまた時間がかかる、時間によって熟成されないと文化は生まれないのである。
現代は何でもグローバル化する時代である。地球自体はどこにでも行けるから狭くなっている。実際は歩いてとか馬でとか駱駝で行ったりしないとその広大さは日本すらわからないのである。

広いといえば相馬藩内でも徒歩で自転車で回れば結構広いのである。
まず日本のように狭い国でも変化に富んでいる国はないから旅してあきない国である。
ただ広いというだけだとあきてしまうのである。
いづれにしろ現代は地球を詩う、地球を描くとか何でもグローバルになる
シルトンクロードでも歩けば馬で駱駝で行けばその広大さ唖然としてしまうだろう。
中国では火車、汽車の中で泊まる人が多いし長くなるから車中で生活できるようになっている。三日とか乗る人も多いからである。
10年前以上になると一般の人がのる列車には外国人は乗れない
殺人的混みようであり車掌が客を笞で打っていたというから中国は何でも過酷である。
流民と化した出稼ぎ労働者が大挙して民族移動のようになっていた時代だったからであるそれせ今になると新幹線も走っているのだから中国も十年以上でかなり変わってしまったのである。

地球を詩うというとき今は地球規模で何でも見なければならない時代である。
地球には実際は国境はないのである。こういうふうに自由に往き来できる時代だからこそそうなった。
歴史でも地球史となり壮大な自然から人間の歴史を再考察する時代である。
ただまだそのスケールにあわせるほど日本人は熟成していない
それでもその交流の範囲は広いのである。
この辺ではあまり外国となると交わりがないが関西辺りだと神戸の人で中国語を自由に話すとかアルジェリアに石油関係で仕事していたとかグローバルに仕事をする人がいた。
田舎ではそういう外国と仕事するとは少ない、でも島商会は中古の車をロシアに売っているからグローバルな会社なのである。
何かしら外国と通じ合うのが現代であり田舎でもそうである。

地球を詩うとなるとその詩う人も地球大になることが望まれる
それだけの体力もまた知識も要求される、それだけ空間せかいか広がると人間は長生きしないととても世界を理解できない
50才からやっと海外旅行して60才から世界をみるとか今は長生きしなければ世界を知ることができない
空間が地球規模に広がった時、時間もまた比例して長くないと空間も理解できないのである。
日本の長所と弱点がある。弱点は広さの認識をもてないことである。
日本が外交がへただと言う時、世界規模の認識がもてないためである。

東海の小島の磯の白砂に
われ泣きぬれて
蟹とたはむる

石川啄木『一握の砂』

東海とは韓国から見れば日本海は東海なのである。小島とは北海道か日本のことである。啄木は日本という小さな島国の悲しさを歌ったとなる。
日本は島国という制約で大きくなれない悲劇がある。
日本が太平洋戦争で負けたのも大陸のように大きくなれないということにあった。
日本は海に囲まれていても海洋民族とも違う、イギリスは七つの海を制覇した海洋国になった。日本は海に囲まれていてもそれが外国に通じる海ではなかったのである。
ともかく人間の一生は短い、自分の場合、旅していたらいつのまにか人生も終わりに近づいていたのである。
今はその旅を回想する、回想して詩を書いているのである。
旅でもその時、旅している時はなかなか理解できないで書けないがあとからその場を理解して書けるということがあった。
ただ実地にその場を踏まないかぎり詩でも書けないと思う
この詩は訓讀漢詩風にもなっていない、漢詩の詩語で表現しているのが少ないからである日本的な詩だけどやはり中国は日本と通しるものがあるから漢詩があるから文化的に共通性を見いだすのである。
旅というとき何か遊びではないかということが外から見られる、旅することは実際は相当な労働なのである。もちろん外国の宿にたむろして遊んでいる人もいる。

旅することはその回りの景色と同化することである。だから旅で恋愛だと女性に気をとられると気が散るので旅の自然であれ歴史を知るのに邪魔になる
団体旅行でも社交の旅になり回りの自然に注意を払うことができない、また旅というとき当人旅人ならなければならない、現代の観光旅行は旅人ではない
だから今では旅人になることはほとんど不可能になっているのである。
自分は一人で自然と歴史でも見ることに注意していたから思い出してなんかと詩にできるただ忘れるのも多い、忘れない旅をするにはどうするかというのも旅の課題なのである。旅は本当に旅なら行にもなる、観光旅行ではなく保養でもなく行だとなる
自転車などになると体力がない自分にはきつかった。でも達成感があった。
中国も10年前だときつかった。ただなぜ危険な目にあわなかったのか?
それは自分は汚い中国人と同じ格好していたしほとんど中国人に見られていたからだと思う、金持ちの旅人にはとても見られなかったことがかえって安全だったのである。