2015年08月19日

原発事故で荒廃した地域と同じことが江戸時代に起きていた (内村鑑三ー代表的日本人ー二宮尊徳の教えと一致)


原発事故で荒廃した地域と同じことが江戸時代に起きていた

(内村鑑三ー代表的日本人ー二宮尊徳の教えと一致)



(すなわち)かつて耕作された土地が放棄されることほど、我々を落胆させるものはないのである。
 もし原始林のたくましい成長力がなければ、放棄された耕地が荒れ果てていくのを防ぐことはお先真っ暗な絶望となるであろう。
と言うのも誰も踏み込んだことのない土地の開墾を進んでやろうとする者が十人いたとして、見捨てられた土地の復興に身を奉げようとする者はただの一人もいないからである。

十九世紀の初め、日本農業は非常に嘆かわしい状態にあった。
 二百年もの長い間続いた平和は、あらゆる階級の人々の間に贅沢と浪費とをもたらした。
 多くの地方でその土地からの収入が三分の二に落ち込んでしまった。
 アザミや茨がかつて生産力のあった田畑に入り込んで来た。そして耕作のためにわずかに残った土地は、その田畑に課せられたすべての税金を賄わなければならなかったのである。

 村また村は徹底的に荒れ廃れてしまった。
 正直に働くことはいよいよ重荷になり、人々は不正直な生き方をするようになった。
 すなわち、彼らはこれまではやさしい大地から気前のいい贈り物を見つけようとして来たのに、それをやめてしまった。そして互いにいかさまをしたり、騙し合うことによって、その哀れな生活を支えるのに必要なわずかなものを得ようと探し求めたのである。
 彼らの禍の原因のすべては、道徳的なものであった。そして「自然」は、その卑しい子供たちに報いることを拒み、あらゆる悲惨な出来事をその土地に降りかからせたのである。

 しかし今では荒れ果てた「自然」が彼らの田畑に侵入し、<狸と狐とはその棲み処を人々と共にする>までになって、人口は以前の三分の一を数えるに過ぎず、貧困に陥った農民から取り立てることができるのは高々二千俵にすぎなかった。

 そして貧困と共に道徳的退廃が進んだ。かつて繁栄した村々は今では博打たちの巣窟となった。

「金銭を与えるとか、あるいは税金を免除するとかは、彼らの困窮を助ける方法ではない。
 実際のところ、彼らの救済の秘訣のひとつはまったく金銭的な援助を取りやめることにある。
 そのような援助はただ貪欲と怠惰を生じさせ、人々の間に不和を引き起こす源である。



 
相馬藩では二宮尊徳ほど語られている人はいない、二宮尊徳自身は心地きて指導していないが弟子がおもむき教えを受けて相馬藩で飢饉のあととか荒廃した土地を建て直した。
二宮尊徳は天明の生まれだった。その時全国で最も悲惨な飢饉の時代だったのである。
だから土地がいたるところたで荒廃していたのである。
それが不思議なことに原発事故周辺が荒廃したととにていたのである。
ただ二宮尊徳の時代は農業一辺倒の時代であり今とは事情が違っている。
農業でしか生活できないし農業が生活のすべてであった時代だからである。
だからその時代のように農業一辺倒の回復はないのである。
それでも歴史とはつくづくくりかえすものだと思った。
津波だってこの辺でも400年前に700人が溺死したという記録がありそれが繰り返されたのである。
今あることは昔もあったということがくりかえされているのが人間の歴史であり事情は変わってもやはり同じことがカルマのように繰り返されているのである。

かつて耕作された土地が放棄されることほど、我々を落胆させるものはないのである。
誰も踏み込んだことのない土地の開墾を進んでやろうとする者が十人いたとして、見捨てられた土地の復興に身を奉げようとする者はただの一人もいないからである。

この辺の状況をあくことなくプログで報告してきた。またどうしたら復興できるきかとか探求して書いてきた。それがもう復興できないという絶望的になるのはまさにこの時の荒廃とにていたのである。
なぜ過酷な災害にあっても十津川部落では一致団結して北海道に移住できたのかというのもこれと同じ状況だった。
新天地で生きるという強い共同の意志がありそれが成されたのである。
他にも明治維新で職を失った武士階級が北海道に移住して成功したのはそのためだった。

十九世紀の初め、日本農業は非常に嘆かわしい状態にあった。
二百年もの長い間続いた平和は、あらゆる階級の人々の間に贅沢と浪費とをもたらした

戦後の高度成長時代はあらゆる階級の人々に贅沢と浪費をもたらした。
これはまさに同じ状態だったのである。どれだけ人々が贅沢と浪費をしてきたか?
それはここの人を例えたが日本人の八人に一人は借金してまで贅沢していたのである。
ある人は事業に失敗していたが自分は成功しているんだと装っていた。
そしてそのために自分は恐ろしい苦しみを受けたのである。
その人にはもはやモラルとか誠実さの一片もない、ただ金をむしりとる強盗のような心の状態になっていた。そんな人が病気の時にきたから最悪だったのである。
それは一つの例であり今やその人に限らずそんな人ばかりである。
モラルなど何もない、金さえあれば金さえとればいいんだとしかなくなったのである。
浜通りでは金使いが荒いとか言われるようになったのは原発で金が入ってきていたこともあったのだろう。
漁師でも補償金が多額であり原発御殿が建っていたというがそこはまさに何もなくなったあまりにも悲惨な絶句する状態になってしまったのである。

村また村は徹底的に荒れ廃れてしまった。
 正直に働くことはいよいよ重荷になり、人々は不正直な生き方をするようになった。
 すなわち、彼らはこれまではやさしい大地から気前のいい贈り物を見つけようとして来たのに、それをやめてしまった。そして互いにいかさまをしたり、騙し合うことによって、その哀れな生活を支えるのに必要なわずかなものを得ようと探し求めたのである。
 彼らの禍の原因のすべては、道徳的なものであった。そして「自然」は、その卑しい子供たちに報いることを拒み、あらゆる悲惨な出来事をその土地に降りかからせたのである


これもまたこの辺の状況とにている。というより日本全国の状況でもある。
そして「自然」は、その卑しい子供たちに報いることを拒み、あらゆる悲惨な出来事をその土地に降りかからせたのである
これは津波もそうだし原発事故もそうなのである。自分は何度もモラル的な荒廃がこういう状態をもたらしたと何度も書いてきた。二宮尊徳の時代もそうだったのである。

<狸と狐とはその棲み処を人々と共にする>

これも全くその通りになってしまったのである。
だからなぜこんな悲惨な状態になったのだろうか?
そのことが誰も解せないことであったがやはりモラル的荒廃が自然の荒廃にもつながっていた。

そして貧困と共に道徳的退廃が進んだ。かつて繁栄した村々は今では博打ちたちの巣窟となった。
「金銭を与えるとか、あるいは税金を免除するとかは、彼らの困窮を助ける方法ではない

なぜこの辺では補償金で身も心も分断されてしまったのか?
互いにいがみあうだけであり協力などしないし実際に復興の仕事をしているのは外部から来た人たちなのである。
地元の人はパチンコとかギャンブルに興じているだけだとなる。飯館村さえ素朴な村だと思っていたがギャンブラーになったというのもそのためである。
避難区域になると荒廃が激しいから余計に復興の気力もなくなったのである。
博打ち、パチンコ通いになったのである。
こういうときニートととか遊び人にとっては補償金がもらえるから原発事故を喜んでいたのである。それも頽廃である。真面目な人もそれらの人と同類となったのである。
つまり新天地を目指して新しく土地を開墾して切り開き新しい生活を始めるというのとは違う。そこには希望があるがこういうふうに荒廃すると人々の心もうして新しい土地に移り開墾しようとかする気持になれないのである。
そして何より前々よりすでに農業は金にならないと実質見捨てていた人たちが多かった。金にならないから跡継ぎがいないとか誰も農業に精を出す心が喪失していたのである。
それが津波と原発事故で一挙に最悪の現実になったのである。
結局補償金をもらってかえって頽廃した。老人も多いこともあるがもう補償金で暮らしたいいう気持しかなくなった。
それだからこそ補償金の不公平さでどこも分断されたのである。
そもそも土地がつながっているのにわずかの放射線量の差で差別すること区別することも政府や東電の策略でありのせられたのである。
 
 
おそらく復興には二宮尊徳のような人とか思想とかで指導されることが必要である。
ただそれは今の時代はまた違っているからむずかしくなる。
つまり農業だけではない社会になっていたしかえって農業を捨てて工業化した地域になれということもあるからだ。
だから農業だけから志向してもどうにもならないのである。現実は農業は重視されないのである。それは事故前そうだったのであり余計に事故後にもそうなったのである。
そうした農業の軽視自体が今日の荒廃をすでにもたらしていたともなる。
原発事故の前からそういう状況があったが事故後に最悪の結果となったということである
これからどうすれば復興するのかとなると二宮尊徳の勤勉の思想とかは今は通用しないだろう。日本全国でもうすでにそうなっているからここだけの問題ではない

資本家が株主だけがもうけていくら働いても働く人に金が入ってこないという資本主義の矛盾もあるし機械化とかで人間はなるべく働かないようにするのが現代の文明なのである一般的に働くことに生きがいを見いだせない時代である。
大都会だったち摩天楼のようなものが人間を蟻のうように見下ろしていて何のために働いているかもわからない、ただ金を得ればいいというだけになっている。
全体を見渡して働いている人などいないのである。
つまりこの辺で起きたことは別にここだけの問題ではなく日本の問題であり世界の問題としてある。その矛盾がこの辺に集中的に現れたのである。
だからフクシマの復興なくして日本の復興もないとかというのもそうである。
そして資本主義とかの文明そのものの問題をこの辺は事実として問うているのである。
机上の空論ではない、現実問題として解決を求められているのがこの辺なのである。
だから津波の被害地域でも復興できないとか言われるのはそれだけ深刻だからそうなっいる
それほど復興はむずかしいということであり農業一辺倒の二宮尊徳の時代ならまず農業を復興することだと肌で知っていたからわかりやすいがこれほどの文明化した状態ではさらに困難になったのである。

彼らの救済の秘訣のひとつはまったく金銭的な援助を取りやめることにある。
そのような援助はただ貪欲と怠惰を生じさせ、人々の間に不和を引き起こす源である。

この辺の救済とか復興は過度な補償金が支給されたことにもあった。それでかえって心は分断されたし心が一つになれないからすでに避難区域でも帰還することができない、
帰るのは老人だけだとなり小高病院が修理するのに7億円かかるというのも驚きである。
つまり現代の便利な文明は一端破壊されるとそれだけの費用とか労力がかかってしまうのである。
その七億円はどこからでるのか?出せないから修理できないしベッドもないというから復興もむずかしくなる。
その金を補償金から小高の人が出せばいいともなるがそれはしない、自分たちの腹を痛めることはしないのが普通である。それは自分にもあてはまる。
ただこういう緊急の際が自分のことばかり自分の家のことばかり考えるともう復興はできず家族も散り散りになったように街は捨てられるようになってしまう。
ともかくつくづく歴史は繰り返すというのが今回の教訓だった。それは個々人でもカルマがそうであり同じようなことがまた起きて人間は苦しむのである。


十津川村の教訓ー移住する意志と覚悟と決意があった

(原発事故周辺は補償金だけをもらうことしかないので復興はできない)
タグ:二宮尊徳
posted by 老鶯 at 00:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連