2015年08月24日

インターネットの一番の恐怖 (記録したものが一瞬にして消える)



インターネットの一番の恐怖


(記録したものが一瞬にして消える)


インターネットの一番の恐怖の恐怖はパソコンでもウィルスで一瞬にして記録したものが消える恐怖である。それは何回か経験している。復元できないものせあった。
せっかく俳句とか短歌を作ったのに復元できなくなった。
これまでの苦労が一瞬にして水の泡になく恐怖である。

これはパソコンだけではない、レンタルサーバーとかプログを使用する場でも起きている突然報告もなくプロクが消されたとインターネットで報告しているのを見た。
何か違反があっても報告もなくプログが消されるのかとなると恐怖である。
一回さくらのレンタルサーバーで故障で記録が消えたと連絡されたときはショックだったでも予備に記録してあるので復元されたのである。
さくらのレンタルサーバーは保守はしっかりしているという
他のプログでは全部プログをもっているものが消えたこともあった
一方でいつまでキャッシュとかで犯罪を犯した人が記録が消されないので困ったという人もいた。
意外とインターネットは通信記録が残るから人物が特定できる

自分の経験で恐怖だったのは突然自分が病気で入院したときだった。
帰ってみてレンタルサーバーに支払う期限があと一日で切れるところだった。
それはカードの期限が切れていたからである。
その月で期限が切れていたからメールで連絡があったのだが入院していた時期に見ていなかった。
インターネットは必ずもメールを見ていないことがある。
自分はメールはあまり見ていない、見ているのは毎日書いているプログである。
だからプロク中心だからプログのコメントとか連絡されると見る
なにしろ忙しいのでいちいち対応できなくなっていた
そししてあわてて電話でレンタルサーバーに連絡した
カードの期限を伸ばすので消さないようにとお願いした。
それもなかなか聞き入れてもらえなかった
プログだけではない、ホームページも運営していた
ただこのて七年間は介護などでホームページはほとんど更新していなかった
だからプログ中心でありそのプログが消されると膨大な記録が失われので
自分の努力も水の泡となる

インターネットは新しいメデアだから様々な問題がある。
でも今回の大阪の中学生の男女が二人殺害された事件の犯人は45才でフェスブックとかしていて記録が残っていた。
そんな人もインターネットししているのが現代である。
労務者ならしていないようでこの前あった人もインターネットしていて詳しかった。
この辺には他の県の人が大勢除染などて入ってきている。
その犯人も除染で福島県に来ていたのである。
なんだからがらの悪い人がきて治安が悪くなったとか心配しているのもこの辺だった
犯罪は大阪で起きたからここてなくて良かったとなる
でも何かフクシマで起きたかもしれないとなると怖いことは確かである。
外部からの人は素性が知らないから困るとなる
この辺はとにかくいたるところプレハブの宿泊所が建っている

さくらのプログはおまけでやっているから力を入れていないというのは本当である。
何か他のメジャーなプログと違ってプログの情報を会社側で何も操作しない
他のプログではそメンバーで共有する機能があった。
だから会員になるとそこの内部で情報を共有しやすい
でもそうなると会社側で操作されるので嫌だという人もでてくる。
自分は何か嫌である。
さくらのプログは全くそういうことがない、何の操作もしないのである。
プログランキングとか何にも操作していないのである。
だからアクセスを増やすには良くないかもしれない
それでもセオ対策しているとか書いてあった。

今悩んでいたのがアクセス解析とか保存整理とかの問題である。
なぜリンク元がなしが9割もなのだろうということがわからなかった。
ブックマークが主だからだとなるとリピーターが多いのか?
でも読まれているページは500とかなる
ページビューは二つのプロクで2000以上になっているから最近また増えてきた。
しかしほとんどリファラーなしリンク元なしだからどういう人が来ているのかわからない外国から写真がすばらしいとか連絡があった。
これも返事はしていない、常時見ている人は写真だから外国でもいるとなる
外国だとどう使われているかわからない
だから良くオリンピンクのロゴがパクリだとわかったのか不思議である。


ともかく自分の課題はこれまで書いてきたものをどう整理するかなのである。
今度はそれで本にしてみようかとgoプログにも試しに作った。
アクセス解析が充実しているのがいいと思ったからだ。
そこは写真を出すのに便利である。livedoorもそうである。
でもlivedoorはアクセス解析では充実していないのでやめた
本を出すのにも対応していない
何かインターネット内にはいろいろな便利なものがある
ただそれを理解して使いこなすのがむずかしい
自分は十年以上インターネットしていてもそういうことがわからないのである
そういう技術的なものを理解することがむずかしかった

とにかく親の介護になったり自分の病気になったりしてから自分はなにかそうしたインターネットのめんどうなことにかかわることができなくなった
だからコメントでもいちいち答えられない
ただ暇をみてやっとプログに一日分出すのが精一杯だった
前は三食付きだし何も家のことなどする必要がなっ交野である。
介護になってから毎日家と格闘し続けてきたのである。
だから第一家のことが七年たっても整理できない
姉のことが写真でも残したものを整理されていない
着るものからなにから自分のものでも整理されない
母のものでも着るものなど整理できないのである。
整理という掃除もあるしこれもなかなかできない
だからゴミ屋敷になるというのもわかる

つまりみんな簡単に捨てられないからそうなる
7年間も家にかかりきりでも整理できないのである。
ともかく記録したものを整理しようとしているのだがこれもいろいろありすぎて自分でもわからなくなった。
まず何でも一人でやることは大変なことである。
例えば家事をするにも料理となるといろいろ食材を点検すること自体手間なのである。
そんなに人間はいろいろなことができない
だか以前として買い物だ食事の提供だ、掃除だ.......
休む暇なく追われているのである。
ただこうしてプログだと簡単に出せるからつづいたのである。
今年の夏は暑くてまた整理もしたくなかった
涼しくなったからともかく家のことでもインターネットでも整理しなければならない

本の整理もまた一苦労である。家が傾くほどの本があったが半分が古本屋にださずにゴミとして捨てた
ところが今度は新しい本をアマゾンで調べるために買うのでまた増えたのである。
本というのも整理するのに苦労なのである。
これも役にたつものがあると捨てられないから困るのである。
確かに読んでいても利用していなから読んだともなっていないのが多かった。
今は自分の文脈で利用しているから本は理解しているし利用できる
深く理解できる、本というのもインターネットより深い情報があるから今も必要なのである。
アマゾンでない本はない、安いものでまにあわせてもいくらでもあるというのは便利である。
だから今は仙台にも行かなくても情報弱者にはならないのである。
仙台の大きな本屋よりも情報は本は瞬時に買いるからである。

最近多少余裕ができたようだがまだまだ追われる生活だから苦しい
第一そんなにいろいろなことに人間は頭が回らないのである。

livedoorはやめてgooプログにも試しに作った

困ったのはプログは簡単に移動できない、ドメインを簡単に変えることができない、
変えると一旦アクセスしたものが切れてしまうことが問題である。
そういう人は自分だけではない、簡単に変えられないということがこれも大きなインターネットのサーバーを借りる問題だったのである。
インターネットは以前として様々な問題があり解決されない問題がある。
ただこうした事情でも一日一回書き続けられたのはプログがあったからである。




 

2015年08月25日

キプロスに寄港した一時(詩) (6時間ほど船で寄港した思い出)


キプロスに寄港した一時(詩)

(6時間ほど船で寄港した思い出)

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キプロスの名と由来はどこに
CYPROUS(cyprus)糸杉と銅の国(copper)と
地中海の要衝に位置しその歴史も古りし
糸杉はレバノン杉と同じくエジプトの船の材に
ローマの劇場跡やここにもローマは語りぬ
その山中深くギリシャ正教の教会
古りたる石のごとくにありぬ
イコンを守りて民の祈りはつづく
しかしここに獅子心王と名をはせし
十字軍のイギリスのリチャード王
そのこもりし城の城壁は海を望みて古りぬ
東方に富と知識と技芸豊かなり
そを果敢に奪い取れ
十字軍の要塞は各地に作られぬ
これにイスラムの英雄起こりて駆逐せり
キリスト教とイスラムの熾烈な戦いは今もつづく
マルタにロードスにシリアにイスラエルに・・・・
十字軍の基地は聖地エレサレムを包囲する
その後大英帝国はマルタをキプロスを手中にし
エジプトのスエズ運河の利権を得る
しばし船の寄港地として立ち寄りて
地中海の明るい陽光にアーモンドの花の咲く
手にせしはイギリスのコインなり
エジプトの金はエジプトポンドなり
大英帝国の威光は砂漠に沈むピラミッドまで及ぶ
船に寄港してその一時の思い出、キプロス
船はまた次ぎなる島にたちよりぬ



世界遺産のキプロスを扱ったのが先日放送された.キプロスの悲劇は小国家の悲劇である。大国に挟まれた国はそうなりやすい、そして何故そうした小国が存在するかというと大国の思惑で権力の綱引きでそうなる。ベルギーとか朝鮮とか台湾とかベトナムとかも一時そうなった。そもそもクエートという国はアメリカなしでは存在しえない、おそらく韓国にあった任那(みまな)という国はクエートととにていた。というのはかやの国の任那は鉄の産地であり一時鉄の延べ板が貨幣と同じ役割をはたしていたのだ。つまり石油だったのだ。そもそもなぜアルジェリアのようなところまで日本人が行ってるのかわからなかったが石油がとれるということで結構日本人が行っていたのである。フランス語の通訳する日本人とかいろんな人が行っていた。キプロスもまた地中海の要衝にあり銅とか船の材の糸杉の産地だった。copperというのは地名であり銅の意味ではない、そこに銅がとれるので名ずけられた。アルゼンチンなども銀の意味だそうだから類似のものだろう。レバノン杉が船の材として切り取られたように木材の産地だった.
 それ以上にここが中東とヨ−ロッパ圏の境にあり軍事的にも重要なポイントになった。中東ににらみをきかすにはいいのでナトーや日本の自衛隊の幹部もここに派遣されていたのだ。アジアににらみをきかす沖縄と同じように位置的に重要な島であった。ここの悲劇が台湾や朝鮮と良く似ているのだ。大国の綱引きの場となる故そうなるのだ。ギリシャとトルコとの敵対するというより背後に大国がからんでいるため分断されるのである。ヨ−ロッパの十字軍の基地がマルタやロードス島やキプロスに置かれた図式が現代に反映しているから歴史と言うのは連続性の内になりったているのがわかる。十字軍の基地がシリアやイスラエルにもありイスラム圏とヨ−ロッパ圏の争いは長いのである。トルコはそのなかでEU加盟に熱心なように中間地帯になってきた。三国志の権力争いも大国が二つではうまくいかないので三国で平和保つ政策で権力を拮抗させる現実的解決方法を目指したのだ。こうした小国はかえって歴史を凝集して残しているので各国の興亡を狭い地域に残すので注目されるのである。イタリアのシチリアなどヨ−ロッパの歴史を重層的に地層のように残していることがNHKの放送でわかった。
 
これは引用が長くなったが情報の集積として興味深い
今はこうして情報の集積をしやすい、そこから見えてくるものがある。

人類が消えた世界 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)[文庫]

アラン・ワイズマン
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クリック拡大

これは前に時事問題の深層で書いたものでてある。詩は一部書き加えた。
キプロスが印象に残ったのは船で6時間くらい寄港したことである。
その時アーモンドの花が海に向かって咲いていた。これは確かに桜の花とにていたのである。
それはアーモンドの花だった。当地の人は花よりアーモンドの実として意識している。
船旅がいいのはやはりこうして一時寄港したりするときである。
6時間だからほとんど何も見ていないがそれでも一時でも寄ったということで記憶に残る旅はともかく記憶に残ることが大事なのである。
なぜなら外国になると歴史的なものでも何でもわかりにくくなるから余計に何かを意識できず忘れるのである。
ここで自分が書いてことをテレビで専門の学者の人が同じ指摘をしていた。
キプロスはヨーロッパの国にとって要所であった。軍事的にも中世からも要所だったのである。中東は日本にとっては遠い国だけどヨーロッパでは歴史として一体化しているから関心の度合いも違うし争ったとしても兄弟が争うともにているのかもしれない
骨肉の争いともなっている、それは朝鮮半島と日本ともにている。
この分析が正しかった、自分はそれほどキプロスには詳しくないし6時間寄港しただけだったけど一回でもともかく外国でもその地を踏むことは本で読むより効果がある。
ともかく自分は外国旅行したのは50才すぎてからだから一人旅できたのは自分ながら今になると良くできたなと思う。
海外になれている人は今は抵抗がない、なれない人はやはりハードルが高くなる。

キプロスはギリシャの古代からローマから中世から現代と歴史が地層のようになって残されているから面白い国になる。
トルコであった人はキプロスに別荘をもっていた。キプロスは別荘の多い国であり保養地なのである。今はギリシャとトルコに国が分断されている。
これも朝鮮半島とにているのである。
ともかく世界を理解しようとしたらこれも旅行を欠かせない今の人はそういう点では恵まれている。
海外旅行はその頃はそれほど金はかからない、そこであった若者はイスラエルで仕事としていた。別に普通の労働者だったのでしきりに日本に帰るのが嫌だと言っていた。
戒告では働くに時間がルーズであり働きやすいと言っていた。
日本ほど過酷な労働条件の国はない、過労死があるなど外国ではないだろう。
今はどこでも外国でも日本人と合うから外国旅行はしやすいのである。
外国旅行でももちろん国内でも何かを読まれるものを書くとなるとそれなりの知識が必要になる。
まず言葉がわからないからこの遺跡は何なのだろうということがわからなかった。
一人旅だと説明してくれるものがないからである。
それでかなり損したとなるが百聞は一見にしかずでその地を踏んだという経験が大きかった。

文明の十字路ーキプロス
http://musubu2.sblo.jp/article/64110080.html

ここでも書いたがキプロスについての情報は集積されている。
今のイスラムでもシリア辺りでもいろいろな国が交代していた。
トルコもそうであり支配は変わっていた。だからイスラム国を主張するのはそうした歴史があるからである。それがわからないにしてもあの辺の歴史は常にそうして国が代わる代わるになり支配されたり支配したりしていた地域なのである。
 
タグ:キプロス

Mystery flowers abstract pictures arranged by photoshop imaged lavenders


 abstract( Mystery flowers)

 
 abstract pictures arranged by photoshop

 
imaged lavenders

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海中の遺跡の花(flower in a ruin into the sea 

 


 photoshopには様々な機能がある。
 プラグインは優れものである。
 何かわからない使いこなせない機能がある。
 だからこれを使いこなすことはかなりの時間がかかる
 これを使いこなせば無限に抽象画などができるかもしれない
 ソフトはいかに使いこなすかが勝負である
 いろいろな機能かあっても使いこなせないのである
 
 パソコンの芸術はソフトに相当に影響される
 自分が創作しているというのではなくソフトが作り出すものを
 自分なりにアレンジするからである。
 だからphotoshopを使いこなせば無限に創作範囲が広がる
 写真もいろいろ加工できる
 これは優れものだった
 加工芸術には不可欠のものだった
 
 パソコンのソフトによって新しい芸術分野が開けた
 これは明らかにart(技術)だったのである。
 西洋の概念で芸術は技術だとして発展したことがわかる
 パソコンとかインターネットは今世紀最大の発明だったのかせしれない
 ただこれをまだ人間は使いこなせていない
 自分が抽象画を全く絵を描けなくても描いたようにである
 
 パソコンは人間の知能と深くかかわっている
 だから今までの物理的な技術とは違っていた。
 パソコンはどう変化するかというと人工知能を追及するようになる
 その一つが抽象画を絵の才能が全くないのに作れたと言うことか一つの例なのである。
 
 
 抽象画はいろいろイメージできる、これはラベンダーをイメージしてもいい
ラベンダーは確かにこういう花ではない
でも何か紫であり匂いが神秘的なのである。
だから形にとらわれなければこういうふうに抽象画にできる
 
 
 

タグ:神秘の花

2015年08月27日

原発事故を自給自足の生活から見直す (今は田舎の方が都会より贅沢であり不便を感じない)



原発事故を自給自足の生活から見直す


(今は田舎の方が都会より贅沢であり不便を感じない)

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丸森で見た炭焼き

●田舎は地方は戦前までは自給自足で都会に頼っていなかった
http://musubu2.sblo.jp/article/103786963.html

富めりとも翁の身には知らざらん木の間のけむり絶えずのぼりて 大和田建樹

これは前にプログに書いたものだった。膨大な量になったから自分でも何を書いたかわからなくなった。
何度も書いているけど人間の生活は戦後十年まで自給自足だったのである。
現代では自給自足の生活がどうしても理解できないのである。
今になると自分自身でも田舎に住んでいても理解できなくなっているのだ。
まず水道とか電気もほとんど使っていない、電話だったないだろう。
郵便は配達されていた。江戸時代だったら飛脚だけどその頃も郵便は配達されていたのである。
赤いポストがどこにでもありそれが象徴だった。
馬車というのが馬車屋とかあり運送をになっていた。だから駄賃とかが生まれた。
その頃車などないからそうなっていた。
燃料は近くの山でとれた木材で炭にしていた。それは江戸時代からつづいた継続された生活だったのである。
自給自足だから自家生産であり納豆まで農家では作っていた。

今でも栃窪辺りに行くと山の家があり薪が積んでいる、そしてきれいな水が山から流れてくる。
そしてその小川で洗濯もしていたのかもしれない、道を鶏がよぎり放し飼いにしている。鶏が放し飼いにしていることが何か牧歌的というか自然的でありなごみを感じる
卵の大量生産のためにボイラーにされる鶏は嫌な光景なのである。
卵はかなた貴重なものだった。卵は実際は病人しか食べられないものだったである。
玉子焼きは贅沢なおかずだったのである。
だから自分が家で店をはじめたとき子供の時卵を自転車で農家に買わせられたのである。その頃農家でも街でも自家営業が多かったのである。
今はほとんど会社に勤めているし会社員なのである。コンビニの店員も実際は会社員である。時給いくらで働くから会社員というのでもなく一時雇われのようなものだろう。
そもそも会社の起こりは....屋というとき家が会社の起こりである。
自給自足の生活がわからなくなたっというとき、水も燃料も時給だということはそのために金を払う必要がないのである。金を使うことは外部に頼るということなのである。
だから現代は自給自足の生活からすると百倍も外部に頼る生活なのである。
なぜならグローバルになれば外国にも頼るようになっているからである。
だから常に金がなければ暮らせない、金はいくらあってもたりない、金になれば原発でも建てろと積極的に誘致したのである。
原発とかそうした巨大科学技術に頼るときそれは一つの神のごとくにならないか?
無限のエネルギー作り出すのは原発であり原発を運転するものは神官になる。
そのは下に従属するものとして地元の人たちがいる。原発の周辺では三分の一くらいが原発にじかに勤めていたし地域の経済も支えていたのである。
そしてそこで直接働く人は固く口止めされていたのである。
「原発は安全だ」ということをそこに勤めた人は外部に神の命令のように言うことを強制もされていた。だから原発のあるところでは地元の人がそうだとすると原発は安全でないとか言えないのである。

一番の問題は放射能のことはわかりにくいし理解できないからである。
公害であれば水が汚染されて赤くなったなどとなればわかりやすいから危機感を感じる
放射能に関しては見えないから危機感がないのである。
文明というのは石油がなくなれば原発がなくなれば終わりだとなる。ガソリンがなくなって車がこの辺では一時動かなくなった。そのことが一番影響があった。
なぜなら車があれば遠くに言っても買い物ができたからである。
車がなくなれば鉄道もないのだから遠くに行けないから品物も遠くからも入ってこないから大きな打撃になったのである。
その時まだ自分のところは電気が通っていたし水道も通っていた。米もあったので米とノリくらいで二週間生活していた。
その米も一週間でなくなった。その時町から古米が提供されたのである。
おにぎりとかも提供されていたがたりないので自分は食べてことはない
母は寝ていたので移動はできなかった。ここでも30キロ圏外だが半分は移動した。
何が起きたのか良く自分は理解できないので原発が爆発したとき外を出歩いていたのである。その時一番高い時に被爆したことは確かである。
でもここは海の方に放射性物質が流れて放射線量は高くなかったのである。
実際は飯館村とか福島市とか二本松市とか郡山市が風の影響でこの辺より放射線量が高くなっていたのが意外だったのである。
ただ30キロ圏で区切られたからそこで補償金の問題が起きたのである。

田舎を考えるとき不思議なのは自給自足の生活が戦後十年までは江戸時代の継続としてあった。それが今や理解できなくなった。
ただ自分はその生活を子供のとき経験しているからわかるのである。
その後の世代は急速に高度成長時代で豊かな時代に生まれているからわからないのである田舎というとき今は都会より田舎の方が暮らしやすいことは医療関係をのぞいてはそうである。不便を感じないのである。
通販の発達を大きかった。パソコンを二台でつなぎリンクさせるものがあった。
これは便利なものだと思った。2000円くらいでは安いと思った。
すぐにアマゾンで注文したら次の日には届いているのである。
田舎でももしう買いなものはないという便利さなのである。
本でも専門的なものでは買えないものはないのである。これは田舎にとっては便利である今までは仙台まで行かないと本も買えないし何かこうした便利なものは田舎では買えない、電器店でも売っていないのである。
中古品のパソコンを買ったけどこれも普通に使える、今古いパソコンwin7とと新しいwin8を二つつないで使っている
インターネットでも情報的には飛躍的に田舎にとっては便利である。
これだけのものを日本だけでなく世界に発信できるからである。
写真がいいからとアメリカからメールで連絡があったのもそのためである。

今はいろいろな面で田舎の方が暮らしやすいし贅沢である。
最大の弱点は医療関係である。自分の一万の町には医院は二つしかない
一つは老人であり実際は一つになっているだろう。
総合病院はあってもなかなか専門的なものはみてもらえない
でも隣の市ではあるが通うとなると車がないから不便になる。
自給自足の時代だったらそもそも医者にかからず死んでいったのだろう。
お地蔵様に祈るくらいで死んでいったからこの点では相当に差があった。
お地蔵様には腰が痛いとか腹が痛いとか目にきくとか分担があった。
結局お地蔵様に祈るほか何もできないということだった。
その点をのぞいて田舎で不便を感じることがなくなったのである。
だから別に東京に憧れというのも少なくなったと思う
田舎に仕事がないからと東京に行くとして東京の生活と田舎の生活は変わりないのである


ただエネルギー効率とか現代の生活は実際は田舎の方が都会より車を利用しているから高いのである。田舎の生活はエネルギーをかえって車を使うことによって消費する度合いが都会より八倍とか高くなっている。車というのはそれだけエネルギー使うものなのであるそれから限界集落とかなるとやはり電気でもインフラか必要になる。
それは180倍もコストがかかるとかなるからそれだけいかに便利さのために金がかかるから限界集落など税金の無駄だとかなる。
そういうふうに言われれば田舎に住む人も肩身が狭くなるのである。

富めりとも翁の身には知らざらん木の間のけむり絶えずのぼりて 大和田建樹

都会の人が富んでいるとも田舎に住んでいる暮らしていける、都会のことなど知らない、、ここでは炭焼きしてその炭焼きの煙は絶えずのぼり暮らしがなりたつ
都会の人がどうこういわれることもない、別に電気も水道も自活しているし頼らないからだ。当時そういう自負があった。
そういうものが文明化でかえって喪失した。
原発があって町がなりたつ、原発が未来だとまでなっていたのである。
そうして水も土も木材も森もすべて放射能に汚染されて住めなくなったのである。
そんな昔にもうもどれないというのも確かである。
では未来とは何なのか?それは現代の生活から見えない、かえって過去のこうした自給自足の生活を見直すとき見えてくるのである。
自給自足で生活していた人はこういう気持だったのかとわかり理解するのである。
現代人はまずこういうふうには思わない、金しか頼るものがないとなっているからだ。
それはとりもなおさず外部のものに頼るしかないということである。
そして結果としてはもう放射能に汚染されたから住めないと言われるけどもともとそういう自給自足の生活などなくなっているのだから外部頼りなのだから金さえもらえば外部に流出するのも自然ではないか?

だから小高でも実際帰るのは千人くらいでその八割は老人だというときどうして復興などできるのだろうか?
そして小高病院の配管を直すのに7億円もかかるということである。
インフラの修復にもそれだけかかる。それは限界集落で180倍もコストがかかるというのが現代なのを象徴しているのである。
田舎では車までも実際は都会よりエネルギーを使っていたのである。
田舎の方が都会より今では贅沢である、しかし田舎的な自給自足生活はないのだから
外部のものに原発に頼りとなるともう田舎は田舎でなくなっていたのである。
田舎は素朴などないのである。金しかなくなっているのは同じである。
自分が病気で経験したことを書いたけど「金をくれ」と家に来てそのまま家捜する人もいて大金を失ったことや借金のために自分が病気のときチャンスだと借金を要求してくるとかただ金を要求することしか頭にない、金しか頭にない
それだけまた金に追われているのが現実である。
田舎でも義理人情など全く喪失してしまっているのである。
田舎の人が素朴などというのはとっくの昔に消えているのである。
田舎の人も金,金、金しかないのである。
もちろんそうした昔には帰れないというのも現実である。
でも未来は何かというときそうした過去を歴史をふりかえることから未来が見えてくるから歴史や昔を知らねばならないのである。

 
タグ:自給自足
posted by 老鶯 at 05:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

aflican flowers in variety (abstract pictures imaged flowers)


aflican flowers in variety


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photshopでこの花が次々に変化してゆくのが見られた
その一枚一枚が絵になっていた
パソコンい抽象画は変化の芸術なのである。
無限の変化の芸術である。
だから抽象画、いくら有名な作家のものでも同じだとあきる。
なぜ変化しないのかとなる
これは具象画とは違ったものなのである。
定まらないものが抽象画なのである。
だから一つの抽象画はいくらでも変化してゆくのである。
だから一枚の絵ではなく変化してゆく絵として見るのがいい
それがでphotshopのプラグインで見られたのである。

木槿(俳句はやっぱり写生だー写生の奥義を究めよ)


木槿(俳句はやっぱり写生だー写生の奥義を究めよ)

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我が庭に木槿に石や落ち着きぬ
雨濡れて雀の来るや白木槿
雨しとと我に一日向き白木槿
鶏頭に黄菊の映えて偽らじ

雨しとと月見草咲きこの道を今日も通りつ田舎に住みぬ
のうぜんの暑さの名残り散りてあり雨しととふり季節変わりぬ
おおらかに芙蓉の咲きていやされぬあどけなきかも田舎に住みぬ
街中の家に赤々とさるすべり鶏(かけ)も鳴きにき田舎町かな

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この頃雨がふる、秋雨なのだろうか?また残暑があるみたいだけど秋である。
庭の木槿の白い花が雨にぬれている。
そして塀に雀がやってくる。その景色のままを写生にした。
雨にぬれている雀がくる、白い木槿が咲いている
そこには何も飾るものがなない、ありのままの写生である。
ただそこには深い真実がもの言わず現れている。
それをどうみるかイメージするかは人によって違う。
雨にぬれた雀とは人に例えれば誰になるのか?
それはそれぞれがイメージすることである。
そこにはいろいろなものがくみとれる景色なのである。
雨ぬれた雀はかわいそうだなとかみるしただそこに白い木槿が咲いている
その雀はやはり人間に見るのである。

なんか雀は庶民であり貧乏人にも見える
ただこうしたシーンを貧乏の時代に見ていたらまた違って見える
その時はしさらにしみじみと我が事のように見えるかもしれない
貧乏なのだけど濡れた雀だけどそこに白い木槿が咲いている
そこには田舎の素朴なものの象徴である。
つまり貧乏な時代だと自然の風景でも一段と心にしみ入るものがある
飽食の時代はそういうふうに見えないのである。
だから貧乏は嫌であるが貧乏な時代には清貧がかえってあった。
清く貧しいということがあった。
そこに精神的に深いものがあった。
豊になってかえって精神の深さは消失するということもあったのである。


俳句は写生でないと深いものが作れない
それはあまりにも短いからである。説明できないからである。
だから俳句は読む人がよほど鑑賞力がないとどこがいいのかもわからない芸術である。
要するに鑑賞する側によってその良し悪しが決められるとまでなる芸術である。
それだけ読み取る力が必要になるからである。
だから俳句を作る人より鑑賞する人の方が大事だともまでなる。
俳句の善し悪しは作る人より鑑賞者によって決まるとなるからである。
その背景をいかに読むかが問われているからである。

いづれにしろ写生は物の真実を見つめることである。
ありのままが実は深いものを語っている
雀は自然は何も飾らない、人間ほど飾るものはいない、なぜそんなに飾らなければならないのか?
嘘だらけの虚飾だらけの人間も普通にいる、自然は飾らないことで真実をしめしている
別に貧乏でもいいではないか、この世に生きるということは虚飾であってはならない
貧乏は貧乏でも生きることは自然の中で生きれば自然と調和したものとなる
白い木槿は別に金持ちの家の庭でなくてもどこでも咲いているのである
おそらく貧しい時代でもそうして花は映えていたし一層調和して咲いていたのかもしれない
それがなぜか貧乏というものがわからなくなり豊になることを装わなければならなくった嘘をつき借金までして豊かさを装うということが何か間違っていた。
この辺ではそうである。原発でも何でもいい金になることなら何でもいいとなっていた。それをとめることは誰もできなかった。それは日本がそうであり世界でもそうなのである人間が求めるものが何か間違っていたのである。

貧しい、しかしその心は清く生きている、その時ボロを着ていても美しいものがあったのかもしれない、ただそういうものは忘れられてしまったのである。
昔はただ貧乏でありみじめなものとしてしか見えなくなったのである。
なぜ自然は美しいのか?。それは飾らないありのままであるからだ。
人間はなぜこれほど豊なのに美しくないのか?
その心はもう金しかなく清い心などない、どこまでも欲望を満たす金を求めているのである。
お前もそうではないかとといえばある程度はそうである。
お前には貧乏の苦しみなどわからないというのもそうである。

ただ自分は真実を追及してきたのである。虚飾的なものは拒否してきたのである。
虚飾があまりにも多くなった、貧乏はあってはならない見えてはならないものとなった。それもまた虚飾なのである。
貧しいときはみんな貧しいのだから貧しさが気にならないということがあった。
その貧しさのなかで共有する人間のあたたかみもあったのだろう。
過去はただ否定的に見られるが今の社会の方が人間の方が失ったものが大きいかもしれないのだ。
借金までして贅沢して虚飾の生活していた人は何なのだろうと思う
そういう見栄とかを軽く考えているがそれも怖いことになる
そんな見栄のために他人が苦しめられるからである。
病気の時に借金で責められたからである。
そんなにまでして成功を装いたいのかともなる
現代はそれ相応の生活などしていない、借金している人が多いからである。
だから雨にぬれてくる庶民などいない、金もないのに虚飾の生活をしているのである。





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2015年08月28日

中国の政治経済と政教分離の問題 (近代国家になっていない、市場経済にもなっていない)


中国の政治経済と政教分離の問題


(近代国家になっていない、市場経済にもなっていない)


中国がなぜ株価が急激に下がったのか?世界経済に具体的に関心をもたざるをえなくなったのはカナダの国債などをすすめられて自分が買ったことだった。
今回の株価が急落したことが中国が原因だったからなぜだろうとなる。
カナダドルと日本の円の関係でも影響してカナダ国債が下落した。
株価とは国債は別な動きをすると聞いた。株が下がっても国債は上がるという。
それが逆の現象になったから理解できない、もともと自分は経済学部を出たとしても
経済のことはわからない、グローバルの社会で経済のことでもわかる人がいるのかとなるたいがい株価の予想でも専門家がはずれているからである。
株はだからギャンブルであり誰もわからない、運だともなっている。
確かに世界では何が起きるか予想つかないからだ。自然災害でもそうである。

もともと自分は株などやりたくない、ただ一年くらい配当がありこれは月給のように定期的に入ってくるのかと思った。実際今回の急落はアメリカにもカナダにも大きく影響して元金から一割ほとどひかれたから影響が大きかった。
配当金もらっていても元金からこれだけひかれるのかと驚いた。
株ではないのだがショックだった。それが中国が原因でなったということで考えるようになった。
それでプライムニュースの中国人の専門家の解説がなるほどと思った。
中国は民主主義国家とは違う、一党独裁の国である。つまり共産党独裁の国である。
国民国家ではない、革命をなしとげた毛沢東以来の共産党独裁の国家でありそれが今でも共産党王朝のようになっている。
中国のような巨大な国は国民国家ではないのである。
共産党が指導する国であり国民という概念は未だにないのである。
共産党が中国の近代を作ったのであり国民ではないのである。
共産党は革命によって中国の貴族化したような国家である。
だから共産党の幹部は貴族であり庶民とはかけはなれた蓄財ができたのである。


中国は何か他の国のように国民国家だと思っているが違っている
人民解放軍はあくまでも共産党の軍隊であり中国国民の軍隊ではない
日本は明治維新で国民国家になった。
なぜなら西南戦争で武士階級と国民の軍隊が戦争して国民軍が勝ったからである
このとき日本では国民の軍隊となっていたのである。
中国は革命をなしとけた共産党の軍隊なのである。
中国はもともと歴史的に王朝国家であり庶民は奴隷のように扱われていたのである。
民は目をつぶすとか全く民を無視して王朝がその富は権力を独占する体制である。
それが共産党王朝に移行したとなるのはそういう歴史の継続なのである。
そして賄賂の国だというのも歴史の継続なのである。

【一将功成りて万骨枯る】

中国には中国のメンタリティが歴史的に形成されている。

それは日本とは相当に違っている。そして近代化したとき中国はまだ近代化していないし国民国家にもなっていない、軍隊が共産党のものであり国民のものではないということもそうである。
それで中国の専門家が言うにはイデオロギーに偏ると良くない、ナショナリズムをあおると良くないと言うのはどういうことなのか?
イデオロギーとかナショナリズムを否定してきたのが近代であり世界第二次大戦以降の世界なのである。
イデオロギーというのはマルキシズムでもそうだし宗教もそうである。
マルキシズムは宗教のようにもなったからである。
近代国家は宗教よりフランス革命のように博愛、自由、平等を追及してきた。
合理性とかを科学万能主義でフリーメーソンのユニテリアンなどによってすすめられてきたのである。
中国の政治体制とか経済でも前近代的なものをひきづっている。
市場経済も政治が力をもち権力で操作する、市場との対話が中国の指導者にはなかったというとき政治権力が圧倒的に強権だからできることである。
そもそも中国が民主化だとか国民国家とかになるのがあれだけの人口をかかかえているとむずかしい。どうしても一党独裁国家でしかまとめられないというのも現実なのである。

そししてなぜ政教分離と関係するのか?
政教分離とは近代国家になるものとして欠かせないものとして法律化されたからである。それはヨーロッパの二千年の歴史でカトリックが政治支配したことの反発から生まれた制度だからである。
意外とこのことは近代国家の基礎にあることを見逃されている
カトリックの圧政から逃れるために近代国家が生まれてきたということが基礎にある。
このカトリックとマルキシズムのイデオロギーの共産党国家はにているのである。
イデオロギーを優先して主張すると市場経済とか政治でも近代国家にはならない
ナショナリズムを主張すると市場経済とは相反するものになる
ただナショナリズムではなく文化ナショナリズムならそれは否定できないのである。
政治ナショナリズムになると問題が起きてくる。
文化大革命の恐るべき弊害もやはりイデオロギーを優先した結果でありまたカンボジアの大虐殺もそうである。
イデオロギーとか宗教を優先させると人類はそのことで恐るべき殺戮が平然と行われたのである。それはカトリックから始まっていたのである。
その反省から宗教分離による近代国家が生まれたのである。
これが日本と関係ないかというとやはり関係している。その象徴が創価であり公明党である。これはもともとその日蓮の教義が【王仏冥合】を唱えるから必然的にそうなる 王とは政治であり仏は法華教のことである。

法華経の本門の教えが国家・社会の指導原理となることによって、この世に寂光浄土が実現するという日蓮の教え。

創価と公明党は一体不二の関係でありそこに今回のような政治の問題が出てきたとき矛盾が生まれのである。
カルト宗教団体は民主主義国家と国民国家とか市場経済の原理とか近代を作ったものと相反するのである。
この世に理想国家が生まれと運動すること自体カルトなのである。
それは結局この世の利権を権力を手中にするということになってソビエト連邦も腐敗して崩壊したし中国共産党一党独裁も近代国家に脱皮しないとそうなってしまう。
それは日本の戦争も政教一致から天皇を神として起きたのもカルトだったのである。
天皇を神としてナショナリズムを推進した結果だったからである。
そういうイデオロギー優先の社会は前近代的なものとして否定してきたのが第二次大戦以降の世界なのである。
だから近代化というとき明治維新のとき天皇を日本の近代国家の中心に据えたということも矛盾だったのである。明治維新にも近代国家となるのに矛盾が日本にはあった。
天皇とナショナリズム偏重になるとやはり政教一致でありイデオロギー偏重の国家となり近代国家にはなりえないのである。
この問題は近代国家の成立の根幹にかかわるのにあまり論議されていないのである。
そうしたイデオロギーのカルト宗教団体が政権の一旦を握っていること自体が矛盾しているのである。

ではそうしたカルト宗教団体とかマルキシズムのイデオロギー優先の政党が勢力が常にもつのかとなるとそれはやはり社会になにかしら理由があるのだ。
底辺層にとってはそうした団体がなにやかにやと言っても必要なのである。
必要悪としても社会にある。丁度暴力団でも社会の必要悪として存在を主張するのと同じである。なぜなら自民党の議員と暴力団と関係しない人はいないというのもそのためである。そういう現実を否定できないのである。
誰も何もしてくれない、現実の生活で何もしてくれないとなると下層民は何でもいい、宗教もイデオロギーでもそんなもの何でもいいわからなくても生活保護を斡旋してくれるとか実益をもたらしてくれれば助かるとなる。
そのためにはまた政治的御利益をそうした下層民に与えねば力をもつことはできないのである。
ただ拝んでいればいいとだけでは何ら力をもつことができないからである。
馬券売り場で掃除婦として斡旋してくれたとか何でも実益を与えなければ力を持つことはできないのである。

もちろん別にそうでもない創価の人はいる、そんなに経済的に困る人でもないのも今は増えている。それもまたカルトに入っていることば変わりない、良く創価の人はいい人だよとか言うがやはり宗教的にはカルトであり間違っている
なぜならカルト宗教団体は集団的狂気になりやすい、宗教をイデオロギーを絶対化するからそうなる。それは天皇でも神道でも右翼でもそうなるのである。
イスラムも教義自体が王仏冥合、政教一致なのだからあのようなイスラム国の残虐性が生まれる。それは宗教と政治が完全に一致しているからそうなる。
イスラムの諸国はなかなか近代国家になれないのはそのためである。
サウジアラビアであれ一族国家でありその富はと独占されているから全近代国家である。それも石油とうい富で国が保たれているが石油がなくなれば中東のイスラムの国家は元の砂漠にもどってしまうかもしれない、石油の上のまさに砂上の楼閣だとなってしまうかもしれないのである。
だからそもそも近代化とは何であったのか問いなおす必要がある。

憲法学の立場では「政治上の権力」とは「統治的権力」を意味します。政治活動そのものではなく、法律を作ったり、人を裁いたり、税金を徴収したり、公務員を任免する「公権力」を意味しているのです
 http://www.d3b.jp/religion/413
 
第三文明で理屈を言っているけど実際は公権力を我が物にしよと選挙を最大の信仰として活動しているのが創価である。
公権力を独占すれば法律を作るのも人を裁くのも公務員を任命するのも創価でできることになるのだ。それは中国の共産党一党独裁とにている。
法律でも無視できる、市場経済の原則も無視できるからである。
中国では選挙ないのだからだから一党独裁になる。
日本では選挙があるからまさに選挙でしか権力を得られないから選挙に最大の力を投入しているのが創価なのである。それはまさに王仏冥合の信仰だからである。
創価大学は司法とか検察とかに入り支配しようとするためにある。
具体的に権力中枢の支配のために送り込むためだともなる
天皇の側近とかにも創価が介入していとか外務省でも創価の勢力が力をもっているとか
常に権力を具体的に得るための画策をしているのである。
 
 
 宗教の部
 http://www.musubu.jp/jijibunruishukyou1.htm



 
タグ:政教分離
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2015年08月29日

田舎でも差があり一万くらいだと限界集落化してゆく (自転車屋がなくなり困る)


田舎でも差があり一万くらいだと限界集落化してゆく

(自転車屋がなくなり困る)


家の地区など もうどこに自転車屋あるのかしりません。
今の中学生とかどこで自転車買ってるのか不思議です
自転車パンクしたらもはや自分で修理するしかない状態です

 
近くの自転車屋がなくなるらしい、というのはまだ50代くらいで病気になりできなくなった。
このことが自分にとっては困った。なぜなら自転車は買ってもあとの保守が必要であり自分は不器用でできない、パンク修理することもできなくなる
こうなるとパンク修理くらい自分でやれるようにしないと困る
自転車は結構自分で部品交換までしている人がいる。
構造が簡単だからできるのである。でも自分は何か機械は不得意である。
車の運転も自分には向いていない、必ず事故になっていたし死んでいたかもしれない
原付の免許をとろうとしたがこれも危険だからしていない
だから自転車屋がないということは苦しくなる

何か現代は不便なところはさらに不便になり住みにくくなる
需要がないから便利なものもできない
都会だと様々なサービスが提供できるのは人口が多いからである。
老人だけが集まる食堂ができたりもする
老人に対するサービスもふえている。
一人暮らしだと野菜が不足する、だから野菜を細切れで売っていたのは便利だと思った。なぜなら一人暮らしは野菜を無駄にすることが多いのである。
何でも一人暮らしは何か生鮮食料だと残したりして投げたするから無駄が多くなって損なのである。

なんかここだとまず商店街の店屋は薬局くらいししかなくなっている。花屋は確かに一軒あるがこれも花の種類が少なすぎる。
通りを歩く人も今とほとんどいない、車が通り過ぎてゆくだけである。
駅前の自転車屋があったのは鉄道と深く関係していた、自転車はもともと鉄道で運ばれてきたから駅前に店をかまえた。
引き込み線があって物が運ばれてきたからである。
駅前通りも今やシャッター通りになった。
田舎では確かにみんな車をもっているから自転車屋がなくても困らないのである。
まず車がない人は必ず貧乏人であり社会的地位は低い
自分は別に車をもてるが車の運転に向いていないのである。
自分は必ず事故を起こすから乗らない、乗らずに田舎で暮らすことができたのは仕事もしなかったからである。

自分は車より自転車が好きなのである。風を切って自転車にのるとき一番幸福感を感じるだから自転車にのらなくなったら死にたいとまでなるだろう。
自転車の不思議は一台一台乗り心地が違うことなのである。
だから五台くらいあるが乗り心地が違うから楽しめるのである。
田舎に楽しみがないというのは歓楽街のことなのか?
田舎は十分に楽しめる、自転車に乗る空間が広がっている、自転車で自然と一体化できる特に電動自転車だと坂が気にならないからこれもいい、体力がない老人になっても楽しめる
そして田舎では自転車道路がありほとんど通るひともいないから悠々とどこでも乗れる
等位だったら自転車で事故が起きたり何かと狭いから何でも窮屈なのである。
まさに田舎は贅沢な空間がある。spacious(贅沢)なのである。
そもそも田舎を楽しめない人間は人生すら楽しめない人だろう
自然と切り離された人間をイメージできない、自分は大学時代に四年間住んで都会を嫌悪するようになった。
その後は性格でありほとんど隠者のような生活になったのである。

まず芸術というとき自然の感性が基本にあり俳句でも四季がない自然がないところでは作れないだろう。
そこからして田舎を嫌うとしたら芸術の基本的感性すらみがけないのである。
田舎の人間関係を嫌うのはわかるが自然と隔離された大都会に住むことで自然と遊離したら感性がみがけない
そうなるとほとんど人類が残した芸術というのを理解できなくなる
それがいかに人間を貧しくするか?
そんなことを考えない社会というのも異常である。
都会に住んでいる人はキリコのようなロボット人間に化しているのかとも思う
常に像で考えろと言う人かいるがその像が自然がないのだからイメージできないのである像とは山とか樹とか石とか自然の像のことだからである。
高層ビルを毎日見上げていたらどんな像が生まれるのかとなる。
毎日株のやりとりでパソコンの画面ばかりみていたり何か人間が機械化している
都会人の感じることはかなり浅薄になっている
それはそもそも自然という人間を形作る基本が喪失しているからである。

不思議なのはまず自分のように山とか石とか樹とかそうしたものから発想しいてる人はほとんどいない、あらゆる問題でもそうである。
農民だと意識しなくても無意識のなかに自然と通じている。
でも経済的には苦労ばかりで金にならないと嘆くばかりである。
ただ今は金のかかる時代だから田舎を余裕をもって生活するとなるとかえって資金が必要だとなる。
農業は趣味としてやるのもいいがそのために余裕で暮らす金が必要となるのが現代である田舎に作らすにもそうした矛盾がある。
田舎に対する誤解は一万の街内と500メートル離れただけの地域とは相当違っている。
500メートルはなれるとそこは農家が多く、農家のつきあいはめんどうになり拘束される
四六時中回りから看視されていると嘆く人がいる。
街内はそれほどないからである。
それかちさらに一キロとか離れると街が遠いから買い物に不便になるのである。
それで田舎では車なしでは暮らせないのである。

いづれにしろ自転車屋がなくなることは自分にとっては痛手だった。
田舎は便利な生活になるとどうしても分散する生き方は不便になる。
でも分散していたのは米を作り野菜を作る土地が必要でありその土地を得るために分散したのである。それも自然に則った生活だったのである。
その時別に車がなくても自給自足していたのである。
つまり不便でも自足していた生活だとなる
だから今でもそうした不便でもある程度自足するという心構えないと田舎では住めない
便利なもの便利なものを求めることは自足していないのである。
田舎の生活なら本当は自給自足の生活をしたときこそ田舎を知る
近くの森から燃料の薪をとり清水をくみ最低限でも田んぼと畑で食料を自足する
そうして生活したときそれが本来の田舎の生活だったのである。
今やそれをするには資金があって趣味的なものとしてしかできない
それも矛盾しているのである。
なぜかというと街から離れるとすでに車が必要でありそれにコストもかかるからである。一万の街内ならなんとか自転車でも生活できるとなるからだ。

そもそも自分にしてもカナダの国債とかアメリカに投資しているとかそんなことをしていまこと自体大きな現代の生活の矛盾である。
でもまず田舎では公務員くらいしか余裕もって生活できない、職はないのである。
ただこの辺は原発でも火力でもあったからそれなりにあった。
だから比較的豊だったのである。それが原発事故で悲惨な状態になった。
家を維持にするは相当な資産がないとできない、田舎の生活は収入が低い割りには金がかかる、だから食料くらい自給しないと割りに合わないのである。
自分はただ親の遺産があってのでなんとかやれているというだけである。
遺産とか資産がないと田舎では生活が苦しくなる。

自分は相馬藩内は意外と自然が変化に富んでいるからあきないということがあった。
双葉以南になるとあまり感じないが浪江は二つの川があり高瀬川渓谷があり風光明媚である。
原町も鹿島も相馬市も松川浦があり新地も地形的に変化に富んでいる
それから丸森も森が深いからいいし飯館村もそうだった。
山元町から亘理へ行くと何かそこは景色的に地形的に平凡になるから魅力を感じない
蔵王が見えるところで自然の変化を感じる
いづれにしろ田舎を楽しめないものは人生そのものも何も意義あるものも感じないだろうただ田舎の人間は都会の人間より劣っているというのも確かだろう
優秀な人間は田舎には残っていない、何かのんびりしたのを好むから才能ある人間は特に理系の人などは残らないだろう。

芸術家なら田舎なしではありえいな、例えば自分が抽象画をパソコンで作ったがそれも自然をイメージする力がないと感じないのである。
これ何なのだろうとなるとき何か自然をイメージするからだ。
そのイメージ力がないと鑑賞もできないとなる。
ともかく地方創生が課題になっているがこの辺はその自然が放射能で汚染されたから致命的だった。もう立ち直れない状況である。
もっとも田舎的なものが一番打撃を受けたからである。その最も基礎を成すものが失われたということはその損失は計り知れないものとなってしまったのである。

 brainnnn123444.jpg

日本の自然の魅力が複雑な地形にある
大陸だとどこまでも平坦な平野がつづいたりあきる
日本は地形が複雑だからあきないのである。

この絵でも火山があったり湖があったり森があり複雑になる。
それが狭い国でもあきない理由なのである。


タグ:自転車屋
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2015年08月30日

世界情勢と旅行 (ホテルがとれない、日本国内も旅行しにくい)


世界情勢と旅行

(ホテルがとれない、日本国内も旅行しにくい)


団塊の世代は幸運だったのだろう。例えば30代頃、1970年代は貯金の利子が高かった。退職金一千万でも10年くらいおくと倍になっていたかもしれない。
それで今の老人は金をもっている、その頃貯金しない人はもっていない
家などローンで買っていても金は残らず老後難民が話題になる
高度成長時代は自営業でも金を残したから貯金をしているから金をもっている。
その高度成長時代が終わると非正規で働く人が増大して若者は金がない
だから時代的にみると今の若者は損だとなる
もちろん時代的にどの時代に生まれればいいのかとかはわからない
結局人間はその時代時代を懸命に生きる他ないからである。
戦争の時代は戦争を生きざるを得ない、嫌だといってもどうにもならないことがある。

ふりかえれば団塊の世代は幸運だったとなる。個々人によっても違うが平均的にはそうだろう。
旅行するにしてもそうである。金がなかったけど全国隈なく旅行した。
今になると日本の国内すら旅行しにくくなった。外人の旅行者がふえすぎたのである。
ホテルの空き室が都会ではなく部屋代が三倍くらいになっている
こうなると本当に旅行しにくいだろう。カプセルホテルすら外人が泊まっているという。何かゆったりと国内旅行すら楽しめない時代である。
京都にしろそこに外人があふれていると観光をゆっくり楽しめないだろう。
修学旅行生がうるさいので自分は京都で嫌だった。
今はそれ以上に外人がふえているからそれで日本人にとってはいいとはならない。

自分も旅行で苦労したのは安宿にとまることだった。これがなかなかできない
探すのがめんどうなのである。なんとか旅の経費を減らすのがホテルしかなかったからである。
自分はつくづく貧乏旅行者であり金持ちでもなんでもない、何か贅沢などしたことがなかった。
外からそんなふうに見られていないが自由な時間が与えられただけであり何か贅沢したことなどない
前にも書いたけど旅をすることは遊びでいいなと思われるがそうでもない
本当に旅人になるには旅に集中する必要がある
なにかうまいものか食べると旅で女性などに気をとられるとまず気が散るから自然や
観光にさしさわるのである。
観光というのもいろいろありやはり時間が限られているから見ることに集中することが意外とむずかしい
そこにいる時間が短いから良く見れないのである。
だから旅が遊びのようにみられるが何か集中しないと良くみれないし心の残るものとならない
するとあとで旅した所がどういう所だったか思い出せなくなる
旅は意外と何かを記憶していることが大事だったのである。
現代の旅は何かせわしい、そして電車とか車とかを利用するがそういう旅もなかなか記憶に残らないのである。

人間はその時その時することをしないとできなくなる。
最初は電車の旅を20年間くらいしていた。次ぎに40代から自転車の旅をした。
次ぎに50代から海外旅行をした。そしたら人生の終わりになってきた。
でもこの旅もふりかえると幸運だったとなる
今になると国内旅行すらホテルがとれないとかなるとゆっくりできない
海外旅行も円安でしにくい、一時円高で70円とかの時代があったのである。
そういうとき若者が外国で安宿で「沈没」とかい言って一年とか何もせず暮らしていたのである。それも今はないだろう。
今は中国の物価が日本より高く日本の買い物が安いと言っている時代である。
中国の爆買いはそのために起きている
あの頃の中国は十分の一とか馬鹿安の時代だったのである。
それも十年もたたないのにこんなに変わるものかと思う。

だから今や中国を旅行するのにも金がかかり簡単にできないとなる
旅行には向いていないとなる
自分としては今はバックハッカーのような旅行はしたくない
金持ちの旅行がしてみたいとなる。特に外国だったらそうである。
逆に一流ホテルに泊まってみたいとなる
つまりそれも経験であり今になと冥土の土産なると考えるようになった。
老人になると考えが変わるのである。
でも貧乏性は変わらないからそういう場所にとまることが不似合いになっている
まず服装からしてそうである。そういう場所になっていないのである。
ただ貧乏人ばかりに合っていると何か社会の見方が偏る
ハイクラスの人間も知らないと社会のことはわからないのである。

いづれにしろ今の時代は外人でこむ場所には行くのはあっていない
北海道すら外人が多くて泊まれないという
北海道は外人にとって人気の場所になっているからである。
ともかく今になると何か旅行すら国内でもしにくい時代になった。
一回だけネバールに言ってヒマラヤを見たけどあそこも地震で行きずらくなった。
当分はあそこも観光になるとむずかしいだろう。
中東でも危険でありいつテロの巻き添えになるかもしれない
こう考えると海外旅行も今は何か向いていない
でも人生は短いからその時々にやることをやっていないとあとは二度とできなくなる
これだけは肝に命じていた方がいい
いくら金がかかるとか言っても人間の時間は限られているからだ。
その限られた時間にやるべきことをやらないとあとは二度とできないのである

それは読書でもそうである。厚い本だとそうである。
まず厚い本を読む時間がなくなる、今は本はアマゾンで買っていても触りしか読まないからである。
結局人生は短いから時間との勝負だったのである。
何事すぐに時間切れになる、雑学すら物にできないのが人生だった
これだけ時間だけが与えられた自分が言うのだからまちがいない
一時楽器をやろとしていたがその時間もたちまち過ぎた
楽器の演奏でも直接するのとただ受け身で聞くのでは理解度が違ってくる
でも人間はつくづく何でもできない
その中に勉強でもロスが大きすぎたのである。
もちろん才能がないせいもあったが才能というのも実は開発しなければ生まれない
最近自分はパソコンで抽象画をはじめたのがまさにそれだった

自分でもこれだけは不思議だということを何度も書いてきた。
全く絵の才能がないものが抽象画なら描けるのかという不思議である。
それはパソコンのソフトの操作で開発されたものなのである。
つまり才能ではなく何かを開発してゆくということである。
educationがそもそもeducate(引き出す)というように引き出す能力が才能なのである。
そして個々人には何かしら開発されない能力が眠っているのである。
そして人間は天才でない限り日々の積み重ねたものがあとが必ず実る
それは雑学のレベルでもそうであり何かしら必ず実る
人生経験でもやはり老人は何かしら経験を積んでいるからその話が面白いとなる
人間の実際に経験する範囲はあまりにも狭すぎるからである。
だから他人が経験したことはやはり知らないことであり新鮮なものになるのである。

ともかく今になると富士山でも外人で混んでいるとかなんか嫌である。
今は自分には山をもっと見たいということがある
山についての詩を相当書いているからだ。
山は別に登ればいいが登らなくても遠くから見るだけでも荘厳である。
でも富士山でもきれいに見える場所がなかなかわからないし見れない
自分が山を見たいというとき自分の住んでいる場所に高い山がないからである。
福島県でも中通りになると1000メートルを越えた山がある。
会津には1000メートルを越えた山がひしめいているから福島県でも高い山が見れるのである。
ただ日常的には見れないから山を見たいとなるのだ。

自分の失敗はまず世界旅行とか自転車旅行が先でありあとで電車の旅行だったのである。
なぜならきついものは若い内にして楽なものは年取ってからするのが順序だからである。
50になって一人の海外旅行は辛いからである。
自転車旅行でもそうだった。あれは若い内にやれば良かったのである。
まず辛いこととか激しいことは若い内にやらないとあとはできない
若いとき楽なことはやるべきではないとなる
最も苦しいことをやるのに向いていたのである。
ともかく人間は必ず人生の終わりには後悔する
あうするべきだったこうするべきだったとか必ずなる
それはなかなか忠告しても聞かれない
そして結局最後になってわかるのである。
そのときは遅かったとなっているのが人生なのである。
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2015年08月31日

人権主義では解決しない移民問題 (日本は移民を受け入れるのに向いていない)


人権主義では解決しない移民問題


(日本は移民を受け入れるのに向いていない)


最近野良猫を飼って苦労している。猫は家につくというけど追っ払っても一旦家にいついた猫は餌をやらなくてもしつこくくる。簡単に追い払うことかできない
そして捕まえようとすると素早く逃げてつかまえらないのである。
それから子供も生むから困る、これが一番困る、生んだら始末しなければならない
それも違反になるしそれで去勢手術しろとかまためんどうになる。
野良猫がかわいそうだから餌やる人がいるが餌をやるなというのもわかる。
近所でも迷惑になるからだ。

このことが移民が野良ではないのだがにている。人道主義、人権主義だとかわいそうだから保護して受け入れろとなる、でもそうなるとそれを受け入れる方ではまた大変なことになる。
何かかわいそうだと思っても極端になると移民を殺しても国に入れるなとなる。
そうでもしなければ移民を追い払うことができない
野良猫もかわいそうだなどと餌やっていたら次々に繁殖力が強いから地域にふえてきて困るのである。
これも何か移民とにている。

人間はなぜかかわいそうだというのはいいのだがそれが逆に非情なものとなってゆくのか?そこに人間の矛盾がある。
自然界は弱いものを見つけて襲い食べる、これせ残酷だけどそれでバランスがとれているかわいそうだ、かわいそうだと言っていたら生きていけないようになっている。
人間界もまた弱肉強食であるがかわいそうだという人権主義があるがそれですべて肯定はできない、どこかでなぜかブラックになる。
かわいそうだとして食べ物をやるのと一転して追い払い、殺しても追い払いというのはあまりにも差がありすぎるのである。
つまり白から完全に真っ黒なブラックになってしまうのが人間である。

日本でも移民問題はすでに都会では大きな問題になっている。
外国人に占拠されてしまったような場所もある。
これからも移民問題は深刻になってくる。すでに在日との軋轢も深刻である。
在日によって日本の国益は内部から浸食されるということが常に言われている。
朝鮮半島で戦争があり大量の難民がおしかけてきたらもう銃で殺してでも入れないようにするほかない、つまり人権主義は成り立たなくなる
では移民がすべて悪かとなると労働力不足問題だから必要だともなる。
日本人が働かない人が増えるから労働力不足になりいたるところで困っている
ニートとかフリーターとか非正規とかとか年金生活者の老人とかとか生活保護とかが
多いから日本人は働かないのだから移民の方がいいとなり受け入れる
日本国内の問題があり他の国でもそうである。
もし国が家族なら国内でそうした労働力はまかなうべきだとなる。
介護など別に暇な老人でもできることなのである。補助役としてできる。
家事を外国人にやらせて女性を働かせるというのもまた問題が生まれるだろう。

ともかくかわいそうだと思うのは人間として悪いことではない
ではなぜそう思っても今度はその正反対の真っ黒なブラックになってしまうのか?
野良猫の子は殺さざるをえなくなる
移民は別に野良猫ではない、人間である。
そもそも人間は必ず国籍がありどこかの国に所属して生活していた。
その国が貧しくてもそこで生きるほかなかったし脱出などできなかった。
それがグローバル化で簡単に飛行機で海外に行けることなども影響している。
中国などは飛行機で三時間だから国内より近いと感じてしまうだろう
そういうふうに外国との距離感がなくなったことも影響している

最近はやはり何か外国人旅行者があまり増えるのもあまりいい気分にはなれないだろう。何か落ち着かないというか騒がしくなる、経済効果はあっても何か日本的な落ち着きが乱される
日本は狭い国だから何かそうした異民族を受け入れる土地の余裕も精神的余裕もない国なのである。
外国の文化でもいいものだけは日本人が選んで受け入れてきたのである。
だから宦官制度などは受け入れないし他にも受け入れないものがあった。
だから食生活でも何でも牛でもなんでも食べることは日本人は良くなかった。
最近癌がふえているのは謎でも欧米型の食生活が影響しているのである。
不思議なのは肉を消化する酵素が欧米人ではでるが日本人には出ない
むしろ日本人は穀物類を消化するために腸が長くなったのである。
そういう体の相違が歴史的に縄文時代から作られてきたのである。
だからそうした歴史とか風土を無視したことはやるべきではなかった。

日本は中国やアメリカと違って異文化のものを受け入れる余裕がない
国土でも精神的にもそうである。
ただ外国のいいものは選んで取り入れるとういのが向いているのである。
それが日本に見合ったものである。
別にキリスト教でもイスラム教でも受け入れることはできる
でも移民はまた別問題である。つまり日本的な文化の上に異文化をとりいれるのがいいのである。
一時明治維新では日本語をフランス語よした方がいいとか今でも英語にした方がいいというがそうしたら日本の文化は滅びてしまうのである。

ただ英語でも日本的に漢字を取り入れたように日本文化と同化させるのはいいのである。なかなか英語の場合はまだできていないから問題になるのである。
それは根本的に異質だから同化できないとなる。
そのためにはまた時間がかかる、カタカナ英語は日本的に同化したものである。
日本人は別に英語にしなくても科学でもなんでも欧米文化を理解し取り入れているから英語にする必要などないのである。
人間はその区に歴史とか風土を無視したことはやるべきではない
それだけは確かでありそれが移民問題の根にある。
日本は外国の文化のいいところを受け入れるのはいいが移民を受け入れる国土が精神の余裕がないのである。
だから軋轢を生むから移民を受け入れるのは無理だとなる。

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posted by 老鶯 at 09:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層