2015年08月01日

抽象画(古い街ーold towns)


抽象画(古い街ーold towns)

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これは題は夏草だった



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これは城の写真を変化させた



前に抽象画などにしたものをまたフォトショプで変化させた。
フォトショプは自分に向いて抽象画作るのにいいソフトである。
絵を描けないものにとっては変化するパターンが豊富なのがいいのである。

ともかく抽象画は他人の抽象画が変化させて新しくできるし、写真からもできる。
自分の前に作ったものもさらに変化させて別なものになる
となると抽象画の数は自作ですら無限となることに気づいた。

暇なときに抽象画作りをしている。
ただ結構手間なのとソフトを使いこなすことなれることがめんどうである。
ある手順で抽象画できることが多いが新しいものになるとむずかしくなる
抽象画は過去の抽象画が活きてくる
それは常に変化させることができるからである。
そして抽象画一つのテーマでまとまったものとして見ると見応えがある
だから新作をアップするとき一つのテーマで3つ4つとかアップするのである。
それらは連作として一つのものとして鑑賞するのである。
それは俳句短歌でもしていた、これも短いから10区10首として一連のものを
一つのものとして鑑賞するのである。
すると短いものでも読みごたえがあるとなる
タグ:古い街

草原と田圃と畑の不思議なの風景 (原発事故後の夏の風景)


草原と田圃と畑の不思議なの風景

(原発事故後の夏の風景)

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小島田の六号線ーここまで津波が来ていた

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20羽ほと夜明けに並ぶ夏燕
かなたにそ奇峰現る炎暑かな
六号線しきり車屋や蝉の声
森の道木陰の長く合歓の花
黒揚羽影長き道飛び去りぬ
群れとびぬ夏野の広くカワラヒワ
涼しきや草原に柵馬を飼ふ
鳥一羽草原に涼し夕べかな
ラベンダー月影に匂ふ田舎かな
満月や月見草咲き草深し


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今日も暑かった、部屋には熱がこもっていられなかった。クーラーがないとここでもこの暑さではいられない、プログを出すにしても頭がぼーとしてできなくなる
それでやっぱり田舎だと都会とは違う。涼しさがある

まずこの辺は津波から原発事故以後こんなに風景が変わることは想像もできないことだった。
最初は全部草原化したが4年すぎて田んぼと畑と草原の風景である。
こういう風景も不思議である。
草原というのもこれもなかなか体験できない風景である。
まず日本では草原はすぐに木が生えてくるから森になるのである。
だから草原というのは実際は人工的風景だったのである。
でも鎌倉時代辺りからどこにも広大な牧があり馬が飼われていた
この辺では野馬追いのために馬が飼っている家がある
外が草原だから馬と草原はあう、馬はモンゴルとか草原地帯にふさわしいのである。

なぜなら草原だったらどこまでも疾走できるからである。
だからその馬は始皇帝時代に中国では西域の草原地帯の遊牧民から入ってきた。
兵馬俑はの騎馬軍団が有名だけど野馬追いもまた相馬氏が騎馬軍団を引き連れて
力をももち支配したのである。
草原だと鳥なんかも気持ちよく飛ぶしまた雲雀は草原にあっていたのである。
田んぼにはあっていないものだったのである。

田舎だとまだ涼を求めれば近くに森があったりして自然で涼をとれる
川子の森の道は純自然ではない、埋め立てたてたところが半分あるからだ
でも木を植えて隠しているのである。それでも森になっている
都会では森とかないし草原などもない、だから家が密集して余計に暑苦しくなるのであるだから都会がいいという人の気持がわからない、ただ人間関係では都会がいい、
田舎はあまりにも姑息であり人間関係で苦しめられるのである。

この辺でも33度となると炎暑である。でもまだ自転車で外に出かけられるのは涼しい場所が家を出れば開けているからである。
自分は一日三回は外を自転車で走っている、家に一日はいられないのである。
この七年間は介護でしばられて遠くには行けないけど自然は回りにある
夜も自転車で暑いから走っていた。
今月の月はブルームーンとか月に二回満月になった
満月が月見草を照らしていたのもにあっている。
今はデジタルカメラが散歩ですら携帯する必要がある。
どこにシャッターチャンスがあるかわからないからだ
特に鳥を動くものをとらえることはむずかしい
草原に一羽は近くにとまっていたがあいにくカメラをもっていなかったのが失敗だった
鳥はなかなかあとはとれないから困るのである。
シャッターチャンスを逃すとあとはとれないことがある

デジタルカメラはとにかく役にたつ、自分は旅したけどデジタルカメラをまだ活かせない時代だったから損だったとなる
最近は日本でも外国人が大勢入ってきてホテルすらとまれないとなった
こうなると西の方は旅行しにくくなった、こうして混んでいる所には行きたくなくなる
京都でも修学旅行とかでうるさいものがあったが今や外国人で騒音も激しくなったから
何か西の方は特に有名な場所は京都とかはゆっくり行けない場所になった
自分の場合はたいがい旅したから良かったとなる。



 
タグ:草原

2015年08月02日

大地震の前に異常な暑さがあった 3・11の東北地震でもその前の年の夏が異常に暑かった



大地震の前に異常な暑さがあった

3・11の東北地震でもその前の年の夏が異常に暑かった


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木のあるところは御刀神社でありその脇の家は残った

あとの三軒くらいの家は津波で流されて今はない



2012年の夏

この時は右田の松原の方面から山の方をみると夏の雲が大きくわきあがっていた

それが今までみたことがないように夏の雲がいろいろな形に変化していたのである。

その変化がダイナミックであり異常な暑さだった

その次の年に津波がきて右田の松原は消失した

あの時はなにか異様なもの異常なものを感じていた

今だからではなくそのときこの暑さはなんだろ、こんなことを経験していないし

あんなに夏の雲が大きく出て変化していることに驚いた

地震雲とも違うがやはり雲であれ気候も地震と影響していいる説もある

今思うにあの暑さが異常のはじまりだった

そして自分もその後も病気になり突然入院したりと 激動だったのである。


「そういえばなぁ、大震災が起きる前の年の夏ってメチャクチャ暑いときやねん。今年の東北の地震だって、去年の夏はメチャクチャ暑かったやろ?前の阪神大震災の時だって一緒やねん。あの前の年の夏かてメチャクチャ暑かったんやわ。」
 そういえば、そうですねぇ。確かにここ二十年くらいの記憶を辿ってみてもメチャクチャ暑かった年の翌年にしか大きな地震は発生していません
夏が暑ければ当然地面もものすごく熱せられるわけですからいろんな部分が膨張するでしょうね。それも例年よりも多く膨張するわけです。それが地下のプレートの状態にも何らかの影響を与えてしまい、夏膨張して位置がずれたプレートが冬になって収縮する際に大きな歪みをもたらすんじゃないかと思ったわけです。


実際、関東大震災前には観測史上最高の41度を記録し、昨夏は異常な猛暑が続き、東北での大地震、と異常な暑さと地震は関係あるようです。
関東大震災の起きた1923年の夏、日本列島は記録的な猛暑だった。
8月6日に徳島県鳴門市で42・5度が観測されたという参考記録≠ェ残っている



関東大震災の前も暑くなっていたし神戸地震が起きる前も暑かった
自分も2010年の夏の暑さは異常だったと思っていた。
なぜならそれまでそんな暑さを経験していないからである。
31度とか32度くらいであった、その時は35度くらいになっていた
35度というのは日本でもまれでありこんなに何年もつづいて起きることはなかった
だからそのことがずっと気になっていた
それでインターネットで調べていたら同じことを考える人が必ずいるものだと思った。
自分がそう思ってもなかなか全国の人がどう思うかは知り得ようがないが
インターネットだとそうした同じことを考える人がいるというのを見いだすことがあるのでやっぱりそういう人もいたかと安心するのである。
つまり自分だけがそう思っていることが意外とみんな同じことを思っていたのだなと安心する
科学的に暑いということは地球にどう影響するのかわからない、海水にもどう影響するのかもわからない、特に自分は科学に弱いから余計わからない
これだけ暑いと例えば東北地方の寒いところでも海水温度は上昇する、それが海底の地盤にも影響するということもある
海底までそんな暑さが及ぶのかとなるとこれもわからないことは確かである。
陸だったら関東大震災であれ神戸であれありうる
海となると深いからどうなのかともなる

ただ科学的なことで証明できないので何かあの暑さは異常であり不気味でもあった
その時、夏の雲が異様なほど沸き上がっていろいろな雲の形を作っていた
あんなにまた夏の雲が形を作った時はなかった
今年は暑いけど夏の雲は今はあまりここでは沸いていないのも不思議である。
その暑いとき自分が急に腎不全になり入院した。
一カ月秋になって入院したのである。
その前からも認知症の介護があり自分の家はばらばらになり混乱していた。
そして家の中には耳も聞こえない94歳くらいの母がいるだけだった。
そして自分は病院に入り連絡もとれず大被害になった
それから半年の家に来た人を呪いつづけたのである。
そしたらその次の春に3・11に大地震と津波に襲われたのである。
だから自分の呪い、恨みの念が作用して津波が来たのかとさえ思った。
ともかくそういう激動が自分の一身上にずっとつづいていたのである。

なぜあんな津波が襲ったのか、それが科学的な説明を受けてもまたわからないからいろいろと憶測する、もちろんそれも憶測にすぎないにしろ異常に暑いということもなんか関係している
ともかくこの7年間は一身上のことで家族のことで非情な目にあってきたのである。
今の社会は自分が非情にされたということだけではない、人間は非情になっている
金だけを追い求めていて格差社会となり弱肉強食の非情な社会になっている
何かそうして人間社会も乱れると自然も乱れるとうことも因果関係があるともみる
こんな悲惨な津波のような被害は人知を越えたものだからである。

ノワの洪水は神の怒りから起きたように神も人間社会があまりにも乱れ非情化しているのをみれば人間そのものを滅ぼそうとさえする
非情になるというとき自分に非情になった人は金で困っていて新幹線で自殺してとばっちりで死んだ女性とにている
もう金に追い詰められていれば相手のことなど考える余裕もないのである。
借金している人はもう犯罪予備軍であり本当に怖いと思った
こいつが死ねば金が入ると病気で苦しんでいる時責められたのである。
相手が病気のことなど眼中になくなる、むしろ保険金殺人のようにもなる
この際、こいつは弱っているから一層死んだ方がいいとかなるし実際そのように自分に迫ってきたから怖い、ただ相手は自分を助けたと思っているから自分の状態がどういうことかもわからない
ただ金に追われている、金しか頭になかったのである。

結局この世は不可解なことが今でも科学がこれだけ発達してもあるからいろいろ憶測するのである。
地震がいつ起こるかは予測できないからいろいろ勝手に憶測するとなる
ただ歴史をふりかえると人間社会が乱れるとき大地震とか津波とか大災害が来ているかもしれない、貞観津波は蝦夷支配のための日本が戦乱の時代だった。
慶長津波も戦国時代に起きた、明治以降は関東大震災とか世界的戦争の時代であり日本も多大の犠牲があった。
そして戦後は神戸地震であり東北の震災であり津波だった。
その間にも江戸時代でも元禄津波とかきている。
でも貞観津波とか慶長津波とかこれだけの規模の津波は来ていないだろう。
これだけの津波は自然災害は400年とか500年くいの間隔でしか起きないのである。
その時は世も乱れていたのである。
つまり世の中の変わり目に大きな自然災害が起きやすいのである。

インターネットの便利なのは関連づけることが得意である。キーワードで調べるから当然そうなるのである。
地震と暑さとか調べたらなるほど他の人も同じことを思っていたのだとなる
他にも関連づけで全国の人が一つのテーマで考えているのかわかる。
ただその作業はめんどうだから暇がないとできない、インターネットでは自分で調べて分析して考察することが必要である。
インターネットでは共通な類似なものを探す反面その人のindividualなものをみるのである。個々人をとりあげればその育った背景とか地域とか家系でもそうでありみんな違うものをもっている。その相違があるからこそ多様性が文化が生まれる



隙間も無いほどアスファルトにしないで土も残して緑化部分も作ったらいいのに
街路樹増やすとかして涼しい日陰も欲しいわ
子供の頃は夏の午後は夕立があって
虹が出ていい感じだったけど最近全然雷も夕立にもないな

熱中症防ぐには
暑くなる前から運動して
汗をかいておくってことだよ
それをしないから突然の変化に
体温調整できなくなってダウンする

2階が絶望的に亜熱帯
階段の真ん中辺りが赤道になってる
10年前はこんなこと無かったのに



これも暑いということで検索したら自分と同じ経験をしている思っている人がいる。
農道までアスファルトにする必要があったのか、何か便利さを追求して自然を破壊しすぎたように思う。
小川がなくなって人口の堀にほとんどなったときもそこに自然が消失した。
そこには何か涼しさを感じないのである。
田舎ですら便利さを追求して自然が喪失すると暑さが苛烈になり耐えられないとなる
人間が暑さであれ寒さに対して耐性がなくなったことは確かなのである。
クーラーは冷房病になるというのもそうである。し膨大な熱を放つから余計に都会では暑くなるのである。

ただこの暑さは一体何なのか?これもまた地球温暖化とは関係ないという科学者もいるし不明である。
一万年とかの人間の歴史をふりかえれば確実に気候変動が地球規模で変化して人類の大量移動があったり文明を変えたりと影響があった。
マヤ文明とかある文明が滅びたり衰退したのは大きな気候変動があったからだいう説もある。
恐竜が滅びたのも地球的気候変動の結果という説もでている。
この暑さがこんなにもう十年とかつづけば社会自体が変わってしまう。
北海道が35度にもなるということがあったのか?何か日本自体が熱帯化している。
その気候の大変動の時期に今回の東北の大地震と津波があったというのも関連づけて考えるのも自然だとなる
タグ:異常気象
posted by 老鶯 at 09:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 地震津波関係

2015年08月03日

abstract(cool) (フォトショプのパターンは無限である)




abstract(cool)

(フォトショプのパターンは無限である)




暑中お見舞い申し上げます


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two suns

フォトショプにパターンという変化がある
これだといくらでも変化させるからパターンは無限になる
そしてパターン化したものには著作権違反にならない
その元の画をイメージするものすらなくなるからだ
いづれにしろ抽象画は無限の変化であり尽きることがないとなる
これも遺伝子の操作とかにもにているかもしれない

紋様の芸術はすでに日本では古くから発達していた
だからなじみがあるといえばあるのかもしれない
パソコンはパターン化するのが得意なのである。
でも鑑賞するとき何かその絵からイメージするといい
今は暑いから涼しさのイメージとする
それだけではないしこの紋様は京都をイメージするともなる
タグ:涼しさ

創価学会が安保法案に反対!デモで公明党決別宣言!自公連立を解消か?米国のカルト指定と板挟み



創価学会が安保法案に反対!デモで公明党決別宣言!

自公連立を解消か?米国のカルト指定と板挟み

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against fascism

これもブラックユーモアだな、なんか年配の人が多いみたい



創価で学生時代活動していたから内部を熟知している。創価が宗教団体だとすると信教の自由は認められているからそんなに批判されないかもしれない、法律的に違法だとも言えないかもしれない、創価は公明党と一体なのである。分離できない一体化したものであるだから創価の活動は公明党の活動とも一致している。
そもそも創価の活動とは選挙活動が主であり創価の会員とすることは一票を獲得すると同じである。
だから日々の活動は選挙活動と一致する。
そして政党であれば別に政権をとること権力を掌握するとかを目的にしても民主主義社会では許されるのである。
池田大作会長が選挙の時は拠点の支部に号令をかける。選挙が信仰であり一票とることは信仰の戦いなのである。だから拠点に集まり選挙に勝つことを会員は祈る

まず題目をあげてそれぞれがフレンド票をとりにゆく、一票を獲得することが信心でありしきりに言うのは福運をつけることだとかなる。
すべてがご利益に結びつけるのが創価である。
だから幹部の会合では創価の活動の目的は権力奪取だと公然と言っている。
それに反対するものなどいない、幹部もそれを望んでいるからである。
一時は武力闘争も辞さないとまでなっていたが平和革命で選挙で政権をとることに変えた
オウムの危険なのには驚いたがあれもカルトが極端になるとそうなる。
つまりオウム王国を目指して選挙に幹部が出たからである。
カルト宗教の特徴は政治と一体化してこの世の権力を得て社会を支配することが目的である。
創価では底辺層が多かったがその人たちも大臣になれるとか社長になるとか金持ちになれるからとか言って底辺層の人たちを動かす、世俗より世俗化している
だからこそあれだけの数になったのである。
むずかしいことを説いていたら集まらないのである。
大衆を洗脳するのには簡単なのがいいし単純なことでいい、それがドイツのナチスで起きたことは共通している、ハイルヒットラーでありハイル池田になる。

そもそも前にも書いたけどカルトの会長は大きな劣等感をもっている。
池田大作も金貸しが出発点でありそれで嫌な思いをしたというときなんとか今度は宗教で成り上がろうとした。
その証拠に世界の大学から金で学位とか勲章を買っているのもそうである。
あくことなく自分を権力で金で世界の大学から学位を買っているのである。
それは結局なぜなのか?そこには劣等感がありそれがぬぐいきれないから権力でもって自分がいかに世界で認められているかと会員に誇示する。
オウムの麻原も盲人だったとか相当な劣等感をもっていてそれが宗教と結びついてゆがんだものとなり恐るべき害悪をもたらした。

なぜ人間はゆがんでしまうのかというとき劣等感がそうさせるということは背景にある。劣等感というのは誰でももっている、天皇すらもっている。人間の能力は極限られたものであり知識の世界でも極限られた世界のことしかわからない。
膨大な知らないことが多すぎから人間個人では無力感におちいるのである。
医者も今は一番尊敬されるている。でもやはり劣等感をもっている。
つまり医者がなんでも知っているとか病気を直せるとかないからである。
医者であれなんであれ万能でないから無力感をもつのである。
劣等感に悩まされない人間がいるのかとなる
体力がない人ら体力ある人がうらやましいとか頭がいい人がみればうらやましいとか
文系だと理系の人がうらやましいとかなぜむずかしい科学がわかるのだとか常になる。

自分もまず劣等生であり体力もないし様々なことで劣っているから劣等感をもっていた。多少能力が文学的にあったとしても俳句とか短歌でも30すぎても言葉を並べていただけなのである。
ただ人間の能力はあまりにも多様なのである。
その能力が発見されていないというのも人間なのである。
たまたま自分には時間が与えられたから能力を開発できたというだけである。
まず結婚して子供をもち会社つとめていたら芸術的能力を開発できるだろうか?
つくつぐ一つの楽器すら習得するのに相当な時間がそれだけでかかってしまうのである。今やその時間が全くなくなったことでもわかる。
だから一万時間一つのことに楽器でも費やすことが天才になる条件だというのもわかる。時間は無限でないし実際は極限られた時間しか個々人に与えられていないからである。

底辺層になるとそうした才能を開花させるとかはほとんど関係ない、日々生活することに事欠くことでありそれが満たされればいいとなる。
現代の生活に見合った生活できればいいということであり才能の開発とかは関係ない
この辺でも馬券売り場で掃除の仕事を与えたからいいとかそういうレベルなのである。
高等なこととは関係ない、そういうレベルの求めることに応じるとなると宗教だけではだめである。
具体的なご利益が必要になるのである。それが公明党であれ共産党であれかなえてやれば一票になる。
仏教の悟りとか教えとかは何の関係もない、要するにご利益と福運を得るとかになると
それを実現させるのは内面的なものではない、求めているのはこの世の権力であり地位である
なぜこんなふうにして底辺で生活せねばならぬのかということが一番の不満になっているそれを政治運動して具体的に社会的にご利益が得する立場になるためにはどうするのか?
それが選挙で勝って実際に大臣になるとかしたら実現するのである。
その他でも社長になるとか権力奪取したら中国のように幹部になり濡れてで粟の賄賂が入り巨万の富を築けるとなる。

一方でオウムの場合は理系の知識人とか医者とかも入っていたから創価とは違い庶民的ではなかった。創価では庶民的なところがありあんな恐るべきカルトにはならなかった。
底辺層は科学者でも学者でもない、要するに馬券売り場の掃除でもそこに仕事があり生活できればいいというレベルなのである。
オウムの場合は理系の知識人が学生が入り庶民的でないからかえってあんな事件を起こした。
創価の大半庶民的だからかえってそんな損することはしない
そういう点ではかえって社会常識をもっている団体だとなる
なぜなら損することはしない、ご利益と結びつけば日々の生活のたしになればいいという毎日の生活の糧に役たてばいいというだけである。
だからなんで人を殺すのとかそれは庶民的常識をもっているからそんなことはしない
何の得があるのかということが常に第一だからである。

ともかく池田大作の「人間革命」を教典のようにしているがこれも本当に池田大作が書いたのかどうかわからないという、ゴーストライターが書いたともいわれる
ただなんか武器商人を批判していた、それが戦争を作り出しているとか言っていた
何か一応外面的には平和を言うのである。
武器商人を批判すればアメリカが武器を売るために戦争しているとなりアメリカ批判になる。
そうするとアメリカにカルト指定されるという恐怖におびえることになる。
現実に集団的自衛権はアメリカと軍事的に一体化することだから創価は反対してもアメリカに脅されている
アメリカでは宗教が政治活動を法律的に禁じているからである。
また創価は中国よりであり中国と親交を保ってきた。その意図は中国に信者をふやしたいとかと言われた。世界広宣流布とかのために中国に進出するためだとも言われた。
政治が関係してくれば今度はアメリカから責められることになる
つくづく日本はアメリカに政治でも経済でも左右される
アメリカが風邪をひけば日本も風邪をひくとなる、それは世界的にアメリカのドルが世界の金なのだからそうなるのである。

いつづれにしろ創価は分裂して解体してゆく運命にある。池田大作が生きているのか死んでいるのかわからないけどすでに幽霊であり幽霊に頼っているいるようではもう終わりである。
選挙でも衰退しているし会員も高齢化して前のような勢いがない。
創価は数で驚異であるが実際活動しているのは数十万単位である。
宗教が恐るべき害悪になるのはやはり俗化してゆがめられるからである。
宗教が最も世俗的な政治と結びつけば最悪になる。
選挙でも敵対する立候補者に罰があたるとか宗教的なもので運動すれば異常になる
実際は拠点に集まり題目を唱えて選挙活動している、選挙活動が一番の信心の活動なのが創価なのである。
だから公明党に創価の会員が反対したということはありえないことである。
選挙で勝つことはこれまでも宗教的な最大のイベントであり戦いである。
選挙に勝つことが仏法の最大の勝利として鼓舞してきたのである。
公明党と創価は一体であり創価が公明党議員を批判したり反対したりすることはありえないことなのだ。
そのことは信心がないとなり宗教的に罰せられることにもなる
そもそも選挙が最大の目的として信心として活動していることがこうした矛盾を生んできたのである。


ともかくこの世はあらゆるものがブラックなのである。自分が批判しても最近なぜ自分がアメリカの株のようなものでもうけているのかというのも矛盾である。
資本主義を批判しても現実は自分もブラックだということに気づいたのである。
それは日本だけではない、例えばかつてのソビエト連邦でも共産党のブレジネフとかが幹部が神のように祭り上げられていたことである。
それは中国の毛沢東とかでもそうである。それも一種の偶像崇拝という面があった。
カルトも麻原でも池田大作でも偶像化されるのである。
キリスト教でも「悲しむものは幸いである」というとき上にたつものが巨万の金持ちが
奴隷のようにこきつかいその人たちが悲しんでいるとき、悲しむものは幸いであると説いていたらこれほどのブラックユーモア、偽りはない、でもそういうことがこの世では普通にある。
現実に黒人を奴隷としてアメリカにつれてきたのはキリスト教徒であったというのも事実である。
だから宗教というのを嫌悪する人が多いのもわかる。
宗教も結局この世の欲のために利用されてきたからそうなったのである。
宗教が悪いわけではない、欲深い人間が悪いのでありキリストが仏陀が悪いわけではないマルクスの理論だってそうである。公平な世界を目指すものがありこの社会の矛盾を解決しようとした理論だけど欲深い人間は結局自分の都合のいいように利用して上に立ち中国のように暴利をむさぼるだけだってとなる。

 
タグ:創価
posted by 老鶯 at 18:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2015年08月04日

インターネットはindividualなメデア (成熟には時間がかかるが真の民主主義の発展になる?)


インターネットはindividualなメデア


(成熟には時間がかかるが真の民主主義の発展になる?)


インターネットメデアはまだ成熟していない、それはあまりにもマスメデアと違っているためである。だから成熟するためには相当な時間がかかる。
おそらく民主主義の発展にとってインターネットのメデアは発展させる
マスメデアは一方的洗脳メデアでありテレビ局の意向によって操作されるメデアである。テレビに出させて自由に発言させてくれといってもできない
本来メデアとは媒介するものの意味だからその媒介するものが力をもってはならないものである。
だからそもそもインターネットはレンタルサーバーなどやプログにしてもその発言するものにノータッチなのも関わらないのも不思議なのである。
そういうことを今まで人間は経験したことがないからである。
何か発言するにしても一個人が自由には発言はできない、それは本だってそうである。
本の出版はハードルが相当に高い、ただ今や本自体は簡単に作れる。
ただ流通することがむずかしい、それは組織とか団体に所属していないとなかなかできない
一見テレビなどでも自由に個人が発言しているようでもたいがいは後ろに組織が団体があり発言している。そういう後ろ楯をもたないものは発言できない
マスメデアはそうした組織や団体の圧力がありるから真実は報道できない
インターネットだと発言することがあまりにも容易なのである。
手間はかかるが費用は全くかからない、でもマスメデアのように百万人とかに見られることはない、ということはマスメデアというのは放送で権力をもったということがわかる
それだけの人が見ていることはなんであれ影響が大きいということである。


それはテレビが一方的洗脳メデアなのと違っているから 今までのメデアと違うのであるテレビに出て意見を言える人は極限られている、それはあくまでもメデアでテレビ局で選びテレビ局の主張にそったものとして人選しているのである。
だから過激なことや大きな組織を批判できないようになっている
そしてインターネットの面白い点はその個人がどういう人でその人自身の意見を言っていることである。
特にプログ時代になるとその傾向が強くなったのである。
テレビ局でクローズアップするのではなく個人が意見を言うからそのその個人の背景などをみる。
テレビだったらその背景にはテレビ局しかないのである。
それでもインターネットで目立つことは相当な努力が必要だしむずかしい
重要なことを書いても目立たないし広まらないということがある
インターネットというメデアはまだ成熟していない
成熟すれば真の民主主義の発展につながるメデアである。
要するにテレビとか新聞とかマスメデアとインターネットのメデアの差が大きすぎる
つまり個人ではパーソナルメデアとマス(大衆)メデアでは差がありすぎるのである。
欧米では英語ではその考え方の基本に良く


individual

【形容詞】
1(φ比較)[限定][しばしば each ?] 個々の, 個別的な;単一[単独]の;個物[個体]の(⇔ general);(模様などの)それぞれ異なった;別々の(【略】 indiv., individ.).
2(φ比較)[通例限定] 個人の, 個人的な;1人用[だけ]の.
3[通例限定]〈好みなどが〉独特の, 特有の, 個性的な.
4(φ比較)〔心理〕個人の[に属する].
5(φ比較)〔哲学・論理〕個体の.
6((廃))分離できない, 不可分の.
【名詞】
1(集団・社会に対する)個人;(独立した)個体;構成員;〔生物〕個体;〔哲学・論理〕個体(particular)《他の事物とは比較できない唯一性をもつもの》.
2変った人[動物];((英略式))[形容詞を伴って] …の人《◆もったいぶった古くさい表現》.


Such matters can be best judged by the subjective view of the individual, namely sense of taste.

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ABCDEFとあるとき、BCDEFは他のものにもあるとしたらそれを分けて取り去って固有なものとしてのAが残る、それがindividualなもの分かれことができないものとなる
人間の文章でも作品でも他と同じものがある
これはただまねたものではないか?そのまねたものを取り去ってその人の固有なものは何かとなる。
それは科学的な発明でも言えるだろう。同じような研究成果があるからだ
その固有のものを発見すれば価値がある
どこがその人の固有なものなのか見分けるのかむずかしいのである。



このindividualとうい言葉は日本語にはない、その概念もないからだ。
インターネットはきわめてindividualなものである。
人間がindividualな存在とすることが極めて欧米的な概念であり在り方なのである。

日本では集団主義であり個人のアイでィンティティというのは希薄である。
だから日本とアメリカの働き方とか雇用の仕方が違ってる。
日本だとどこの会社に属しているとかが重要なステータスになる。
でも欧米では「あなたのプロフェショナルはなんですか」となる
その専門の職業のことであり何の会社に属しているかではないのである。
それはそもそも日本が村に所属していることがアイディンティティであったことも歴史的にあったからである。
思うに分かたるざるもの、分けることができないものという概念が理解できない
原子というのも分けることができないものとしてとらえられた。それ以上分けられない固有のものとして理解された。


日本でも分けるは分かるというのがあり我は割れるであり共通したものがあるが分けられないものとしてindividualがあるという概念はない
分けるとういう作業は日常的に行われていた。いろいろなものを分けて管理することは日常生活で常にしていることである。
ただ遊牧民だと分けるというとき羊とか動物を飼うとなると羊でも一頭一頭違っているしそこで個々の特徴を見つけて分ける作業をする
動物は猫でもそうだがみんな顔でも違っていることに気づく、それでその名前をつける
性格も違っているから人間とにているのだ。
飯館村の人が20頭もの牛に名前をつけていたのである。
避難先でその名前をまだ言って覚えていたのは驚きである。それは羊でも数が多くてそういうことがある。
農業だとそうした動物を見分けるということはあまりないだろう。
そういう文化の相違からそういう概念が発達した。


インターネットのメデアはindividualなメデアである。個々人を明確にするメデアであ
マスメデアには個々人はないその局や新聞社とかの意向が優先される、それはその背後の組織とか団体の意向を優先させることになる。
だからそこには独自なものがないとさえいえる。組織や集団を代表した発言しかないように思う。
インターネットのメデアは個々人を明確にする、だから何か個性的でないとかえってインターネットのメデアには向かない、他の人と同じことを言っているなとなると注目されない、独自の個性を出さないとインターネットでは通用しないともなる
ただそういう独自のものを出しているのはまだまだ非常に少ない
それでも何かこの人はこんなことを考えているのかとその人の独自な見解に注目するのである。


ともかく人間個々人は育った家族も違うし土地も違うし性格も違うからみんな違ったものなのである。その多様性があるからこそ文化が生まれる
日本ではindividualなものを育むのはむずかしい風土であり歴史だった。
だからインターネットメデアは何かめんどうでありとっつきにくいともなる。
でも通信としてのハードは整備されてきたからあとはそのハードの上に個々人がindividualなものを発信することになる。
individualなものを育む環境は整えられたとなる
ハードが整えられてもソフトととして文化として発達するには時間がかかる。
でも一人の学者が常時、音声で発言しているのも不思議である。
そうなると大学という場にいなくても家にいてその講義を聞くこともできる
インターネットがあれば広範囲な勉強も可能なのかとなる
発信することはあまりに簡単だからそうなったのである。

タグ:メデア論

2015年08月05日

戦後経済十年の不思議 (自給自足で外から入る物がまれな時代)



戦後経済十年の不思議

(自給自足で外から入る物がまれな時代)


戦後十年くらいの経済はふりかえると不思議である。小学生時代まで経験したことは今と比べるあまりにも違っていた。
ただ子供のとき経験したことと大人になって経験することは違っている。
子供のときは貧しくてもそんなに貧しさとか感じないということもある。
その頃確かに貧しかったのだが貧乏でいやだなとかみんな感じなかったろう
みんな同じような暮らしをしていたからだ
ただ違っていたのはかえって農家の方が豊かだったのである。
食料が自給自足のような時代は自家生産している所が豊かになる
農家ではまず鶏を飼っていたから卵が食べていたし鶏の肉も家で殺して食べていたのである。納豆までも自家生産だったしなんでも自給自足が基本だったのである。

こういう自給自足生活は江戸時代から戦前と戦後十年くらいはつづいたのである。
燃料は炭であったから山の方では炭焼きをしていて街に供給していた。
水道はなく裏の小川で洗濯していたし料理は竈でもあった
トイレは離れにありその糞尿は近くの農家の人が肥料としてとりにきていた。
それは百万都市だった江戸でも同じだったのである。
便をふくのは新聞紙だった、新聞は何かいろいろ紙として役にたった
今のように石油から紙とかいろいろなものを作れていないから紙も貴重だったのである。勉強でも鉛筆は相当な貴重品だった、それは戦前の話になるがもう手でつかむことができないほど小さくなっても使っていたのである。
物というのはあらゆるものが貴重だったのである。


自分の家では最初駄菓子屋のような子供相手の店をしていた。
新聞紙は母が毎日袋を作っていた。お菓子でもなんでもばら売りだったからである。
酒でも一合とかを買いに行かされていた。
何か買うとうしたら隣近所にある店を使っていた。
魚屋があり豆腐屋があり酒屋があり駄菓子屋があり呉服屋があるかである。
そして確かに鉄道が通っていて外から物が運ばれてきていた。
それは実際は鉄道で多くのものが運ばれていたのかどうかわからない
駅前が栄えたのは鉄道があったからということは確かである。
それで駅前旅館とか駅前に自転車屋があるのは自転車が鉄道で運ばれてきていたからである。
それから引き込み線がありそこで荷物を運んでいた、縄屋とかあるのは縄が梱包するのに必要だったからである。

ただその時の経済は外部から入ってくるのは少ない、例えばバナナは戦後十年くらいまで普通に食べいない、バナナの叩き売りとあるのはアキイチとか祭りとか特別の日に売っていたからである。
自分の家では父が病気になったとき仙台からバナナを買ってきたのである。
この辺ではバナナは常時売っていなかったし高価なものだったのである。
まず外国から入るものは都会では一部あったにしろ輸入してまで食料が入る時代ではなかった。
記憶としてはミカンは食べていた、ミカンは東北ではとれないから鉄道で運ばれてきた
なぜならその時トラック輸送などはあまりしていない、鉄道が遠距離輸送をになっていた

戦後十年くらいは物がないから物があれば売れたという時代だった
でも野菜とか米とか食料は国内というより地元のしか食べていないだろう。
自分の家で店をしていたとき、姉は力があり自転車で野菜を近くに買いに行っていた。
自分は子供のとき自転車で農家に卵を買いに行っていた。
当時の店は何でも地元で生産されるものでまかなっていた。
自転車というときそれは一生使うものでありいつも磨いていたのである。
姉は保健婦であり自転車で一軒一軒回っていたのである。
こういう自給自足の経済というのが理解できなくなっている
例えばさらに鉄道が通らない、山間部でこの辺だと葛尾村(かつろう)とか飯館村などがあるがそこではどんな暮らしをしていたのだろうとなる
まさに江戸時代からの継続で自給自足になる

家事にしてもその頃電気製品は一切ない、家には裸電球一つがどこの家でも同じだった。自分の家はトタン屋根でいつも雨漏りがしていた。洗面器を並べて雨漏りの水をためていた。その時道は舗装されていない、土ぼこりのたつ道だった
ただわからないのは野馬追いのときその土の道は車が来たのを数えていた
そのとき車は確かにあった、それはバスが中心だったかもしれない
自家用車をもっている人はその時まだほとんどいないだろう。
でもそんなに車が来ていたというのも不思議である。
バスと鉄道が交通手段だった時代である。
リヤカーは物を運んでいた、それで農家の人が梨を積んで相馬市まで売りに行ったというのを聞いた。原町や中村(相馬市)くらいは物の売り買いはあった。
明治時代には天秤棒で川俣まで鹿島の人が鰻を川俣に売りに行ったという話を聞いて信じられなかった。天秤棒で歩いてそんな遠くまで行けるのかと思った。

それは江戸時代とまるっきり同じだったのである。
でもその範囲を越えると物の売買はむずかしくなる
今になるとそういう自給自足の暮らしが理解しにくくなった
人間はもともとそういう自給自足の暮らしが江戸時代から戦前戦後十年くらいまでつづいていたということが今になると不思議なものになる
今や大工すら地元で家を建てるというのではなく建て売り住宅で大東建託とかが
この辺では津波原発事故で十棟くらい建っているのに驚く
それはみんな会社の人がきて組み立てているだけである。
自給自足というときもともとは地元の資源を活かして地元の人が働いていたのである。


現代は国内だけではない、グローバル経済だから外国から当たり前のように食料でも入ってくる。でもそんなに外国から食料まで入ってくることに違和感を覚えることがある
もし何か天候異変とか戦争とかがあり食料が外国から入らなくなったらどうなるのか?
そういう不安がある。東京ではもう食料は国内産でなくてもいい安いのが外国からいつでも入る、日本の農業が金がかかりすぎる、都会の人間が税金をとられすぎるとかなる。
自給自足の経済だったら外から入らなくてもなんとかやっていけるという安心がある。
これだけグローバル化する経済は誰も理解できない
カナダの国債がいいから買ったがカナダは石油資源があるから格付けで世界で一番いいとか言われるとそうなのかとなる。そうしたら日本の国債を買う人は少なくなる
これもどうなっているんだろうとなる。金はグローバルに流通している。
だから金持ちは外国に投資して危険回避するためにあずけている
こういうグローバル経済広域化経済が社会を根本的に変えてしまったのである。


なぜこの辺で原発事故で人が住めなくなった地域で避難した地域が沖縄から北海道までになったのか?
普通ならイワキとか相馬市とか南相馬市とか新地くらいまでならわかる。
こんなに全国にちらばったのはなぜなのか?
その市町村で受け入れるということもあるが何らか親戚関係を頼って避難したということもあるだろう。
今の婚姻は遠くになるのが当たり前であるからだ。
そしてあらゆるものが家を建てるにしても大東けんたくとか建て売りであり外部から来ている
だから自給自足とはあまりにも違っている社会なのである。
それがどういうふうに影響するかというと前にも書いたが金さえあればその住んでいる場所にこだわらない、金さえあればどこに住んでもいいとなる


川内村とかでは不便な場所だから補償金もらって郡山市にすんだら帰りたくないとなったのもわかる。
こういうふうに何か自給自足経済ではない、金があれば九州産の食べ物であれ外国の食べ物であれ買って暮らせばいいとなれば地元のものにこだわる必要がない社会である。
そうなると一億円もらった他で暮らせばいいなってしまい避難者は帰らないとなり
町や村が簡単に解体してしまうということがあったように思う。
また自給自足の経済でこんな事故が起きたらそれこそ水も土も木まで汚染されたのだから壊滅した。
不思議なのは別に飲み水は金で外部から買って使っているし放射能に汚染されないものを外部から金で買えばいいとなる。
ただ補償金はいつまでももらえるものではないからそれが打ち切られたら金が入らないし自家生産できなければお手上げになってしまう。


ともかく今を知るには今だけでは今がわからないのである。
そこに昔を過去を歴史をふりかえり今が何なのかを知るのである。
例えばなぜ結婚しない人たちが増えたのか?特に男性に増えたのか?
それはフリーターとか派遣とか若者に経済力がないからだとかいろいろ言われる
それも理由だが今は一人暮らしでも結婚していないくても家事が楽なことも原因かもしれない
自給自足の経済になると家事は大きな仕事になる
洗濯でも手で洗っていたし食事の用意だけで大変な手間がかかることになる
それを男が一人でやるということはかなりの労働になってしまう


だから戦前では中産階級ですら二人の女中を雇っていた。
家事をするたげでそれだけの手間がかかったからそうなった。
今は機械化しているし外食も便利だし金はかかっても手間はかからないのである。
このことは一人くらしでも楽であり結婚しなくてもやっていけるとか思うようになる
自分も七年間家事をしてきたけど今母を施設に三日ほどあづけたら楽である。
自分一人のことだけなら本当に楽である。
まず朝はパンだから手間がかからない、昼間だってちょっと外食すればいいとかなり
夜は多少料理をしても他は楽である。
だから今や結婚して外で働く主婦が多いが主婦の専業の方がいいというのもわかる
つまり昔のように手で洗濯したり何でも人間の力でしている時代とは違う
みんな機械でやると主婦は楽である。


とにかく戦後十年くらいの子供時代の経験は貴重だった
あういう生活があったということが今になるとあまりにも今と違いすぎる
その対比で現代が何なのかとか今回の原発事故を問いなおすことも必要である。
ただ自給自足生活というのが理解できなくなった。
戦後十年とかさらに二十年とか三十年とかなるともう全く経験していないのだから理解できなくなった。
そういう生活もあったということを知る必要がある
そして現代の生活を見直すと原発事故がなぜ起きてこんなふうに故郷にも住めなくなったのか、こんなに外部頼りの生活でいいのか?こんなに便利で金に頼る生活でいいのか?
何かそういうことを考えるには昔を知る必要がある





タグ:自給自足
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南相馬市鹿島区の方を対象とした集団訴訟 (相馬地域は地理的に不利ー相馬市で裁判できない)



南相馬市鹿島区の方を対象とした集団訴訟


(相馬地域は地理的に不利ー相馬市で裁判できない)



相馬市とか南相馬市とか前の相馬郡は福島県でも地理的に不利な立場だった。
中通りは東北道や新幹線も通り仙台に直結して便利だった。
イワキも東京までの直通の通勤電車が常磐線からでているし複線化している。
郡山市も東京に近い,特に新幹線で近くなった。一時間半くらいで行けるとなると近い。今になると相馬藩だった地域はエアポケットのような場所になっている
空白部分のような地理的に不利なものとなっている


廃藩置県で福島県となったときも相馬藩が福島県になるという地理的には無理な面があった。
阿武隈高原にさえぎられて県庁となった福島市は相馬から遠いのである。
鉄道もないしバスもあっても便が少なく不便だし前は相馬市から福島市の便は廃止されたでも福島市に県庁があるとき福島医大で医療などでも行政でも関係することが多い。
それで相馬の病院でみてもらってもわからないむずかしい病気になった人が福島市の医大まで車で通っていた。それも近道がわかったとかで時間を短縮して通っていたという。
福島市は県の中心にあっても相馬地方は不便なのである。
今度確かに相馬市と福島市を結ぶ高速道路が工事中だから改善はされる
それでも地理的な不便さは残るだろうしこうした地理的なものは地形が変わらないのだからなかなか克服されない。
相馬地方には松川浦がありそこに港もあるからここを物流として福島県として発展させることもいいことである。
島商会では中古の車をロシアに松川浦の港から出しているのである。
飯館村の木材は石巻から出しているのも何なのか不便である。


そもそもこの地理的な条件というのは戦国時代であれ日本列島ができて以来地球自体が地理に制限されて発展してきたのである。
だから地理的条件から人間は逃れることはできない、相馬藩は歴史的には江戸時代から独立した藩である。伊達藩には組み入れられなかった。
でも廃藩置県でさらに地理的に隔離されたような地域になってしまった。
相馬藩が明治に磐城県になっていたことでもわかる。磐城太田という駅があることでも磐城の延長として古代はあったが廃藩置県でもそうなった。
そして新地は相馬郡になったが新地は伊達藩であった。
でもなぜか相馬郡に取り入れられて福島県になったのである。
そういうことが選挙区でも影響していた。
最初は浪江とか相馬郡とか原町市とか相馬市が衆議院とかの選挙区としてあった。
それが今度は小選挙区で福島市の方と合体した選挙区になってしまった。
相馬藩という地域はそれだけの人口もないし大きさがないからそうなった。


原発事故も双葉とか大熊とかはイワキと相馬地域の中間地点だったのである。
戦国時代は境界争いもあった。夜の森とは相馬藩主が余の森だといったからその地名になった。
その中間地点もエアポケットのような地域だった。
そこには大きな病院がないので自分が南相馬市立病院に入院したとき浪江の人が30分かけて介護しにきていた。往復一時間かかる。
他に双葉の人も入院した。その付き添いの妻がバスで埼玉に避難するのを見た。
そういう場所に原発が建てられたのである。
皮肉なのは原発事故になったとき浪江から飯館村から福島市まで放射性物質が流れて意外と中通りでも被害があった。南相馬市とか相馬市とか浜通りとかより放射線量は高かったのである。
地理的一体感がもてないと福島市は思っていたが原発事故では風は山を越えて吹いたから関係なかったのである。
それで東京はもちろん事故を恐れてフクシマに原発を作った。
福島市でも双葉とか大熊は遠いから事故のことなど考えなかったのである。
地理的には阿武隈高原にさえぎられていたから安全だと思っていたに違いない。
しかし放射性物質は地形の影響というより風で運ばれるのだから山にさえぎられても関係なかったのである。
それは行政でもかなりの誤算だった。科学者だったらわかっていたのかもしれないがそこまで見通せなかった。
原発事故ではやはり福島市も中通りも一体だったということに皮肉にもなったのである。


ともかく南相馬市は鹿島区の不満は30キロからはずれてしまったことである。
だからその30キロの境目の辺りの人が補償金がもらえないので困っていると泣いて訴えていた。子供も争っているとか言って訴えていた。
何か夫も遠くに勤めるので不便になったとか言っていた。
30キロで区切られたことが大きな影響になった。
補償金も原町区はなぜ一人十万で2年2カ月とかもらえるのだろうか?
これは全部そうなのかわからないが原町区は30キロ圏内ということで補償されたのである鹿島は一人十万で7カ月分であり自分は確かに二人分140万とかもらった。
でもこれは原町区に比べると少なすぎると思った。
その一番の原因が30キロで区切られたことなのである。
でも被害は確かに変わらない、半分は避難したのである。耕作できなくなったのも同じである。
原町区と鹿島区の被害はさほど変わらないのにこんなに差をつけたことが不満になる。
それで小高区は補償金がそれ以上に多いから鹿島区の人たちは避難している小高区の人に対して大きな不満になり分断されてしまったのである。
だから小高の人と鹿島の人とはつきあわない、同じ南相馬市として合併したのに補償金で分断されてましったである。
この責任は東電とか政府にもあるが南相馬市の行政市長にもあるとしきり言う人がいるし鹿島区の人たちもそう思っている。


いづれにしろ裁判所に訴えても最初は東京の裁判所に訴えたが東京では離れているとか実情を知ってもらうことがむずかしいとかで今度は福島市の裁判所に訴えた

原告らは、本件訴訟の提起にあたり、法律上、相馬支部ではなく、東京地方裁判所(以下「東京地裁」という。)を裁判管轄として選択することも可能であったが、あえて相馬支部を選択した。原告代理人の大半が東京の弁護士であり、交通費の負担などを考えれば、原告らにとって、東京地裁を選択した方が費用負担は少なく済んだはずである。それでも、原告らが相馬支部を選択したのは、@ADR申立の苦い経験から、被害地域から離れた東京の裁判所の判断に委ねるべきではなく、自分たちにとって身近な「地元の裁判所」の判断を求めるべきである、A被害の実態を正しく伝えるためには「自分たちの裁判」として積極的に審理に参加すべきであるが、「地元の裁判所」でなければそれはかなわない、と考えたからであった。


平成26年10月31日、相馬支部の裁判官より連絡があり、主たる理由として、相馬支部に裁判官が1人しかおらず、合議体(裁判官3人体制の審理方式)が構成できないという理由により、本件訴訟を福島地裁本庁に回付する方針であることが示された。これに対し、原告らは、平成26年11月7日付け上申書において、「地元の裁判所」による審理を嘆願し、事件を回付しないよう求めた

相馬支部では裁判する人員が配置されていない、それで福島市での裁判にするように命令された。
ところが福島市では交通が不便なのである。
ここはもともと仙台の方が常磐線があったときは便利だったのである。
今でも仙台に学生とか通っていたり仙台と関係が深いし地理的に便利だから仙台に行く、むずかしい病気の人は仙台の病院に通っている。
相馬地域は仙台市の方が福島市より交通ではつながり深く便利なのである。


ともかくこの裁判でも地理的なものが影響していたのである。
確かに相馬市に裁判所があってもそこでこれだけのむずかしい裁判ができないということである。
でも地元からすると地元で裁判したいということがわかる。
自分は相馬郷土史研究のプログから発信するというときメデアでも土着的ならねばならないと書いた
なぜ土着的でなければならないのか?
それは土着的なものとはその自然環境でもそうであり地理的なものでもそうでありあらゆるものが土着的なものとして人間はもともと存在していたからである。
土着的なものが失われると今回のような原発事故でも起きる
地震とか津波があるのが大きくみれば日本の地理であり風土である。
また浜通りは津波の危険があることは東電も分かっていて想定していたのである。
土着的なものというと今や関係ないようになったが宗教でも法律でもやはり関係していたのである。科学でも土着的なものから離れることはできないのである。
土着的とはトータルな総合的なものとして人間をみることだからである。


とにかくこの辺は様々な問題の場所であり、裁判など関係しなかったが全員が関係するものとなった。
だからこの辺は何か今までありえないこを実際の自分たちの問題として考えざるをえなくなったのである。

posted by 老鶯 at 20:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2015年08月06日

土着的なものの喪失して故郷も喪失した (科学や工業が第一とする社会が原発事故をもたらした)



土着的なものが喪失して故郷も喪失した

(科学や工業が第一とする社会が原発事故をもたらした)

●人間のアイディンティティは自然にある


現代文明の特徴は何にアイディンティティをもつかとなると第一次産業が全体の経済の一割ほどに低下したとき土着性も失われたのである。
東京とかでは何にアイディンティティをもつのかとなる。像で思考しろと言ってもその像とは何なのかとなる。
高層ビルを見上げてそれにアイディンティティをもつのかとなる
アイディンティティとは自己同一性とかなるけど自然環境があって人間がある。
自然の恵みがあって人間があるということで自然との自己同一性化するのは自然である。田舎だと農業しなくても周りに田んぼがあり畑があり山があり川があり海がありと一応自然の中で生活しているから自然とのアイディンティティをもつ、
例えば自然とのアイディンティティをもつというとき人間の顔まで山岳民と海洋民とかでは違っていたかもしれない、多様な顔があるときそれは多様な場所で生活していたからでありそれでその場所特有の人種とか文化が生まれた。
人種というとき白人とか黒人とか黄色人種とか見ているけど実際はどういう自然環境で暮らしたかの方が影響が大きい。
遊牧民と農耕民は根本的に暮らし方が違っているからそれは人種より相違が大きいのである。
日本では山彦と海彦が先祖でありそれが神話となるのも自然環境から当然だった。


土着というときそれは故郷というときそれは自然とのアイディンティティを自ずともって生活しているということである。
日本人がなぜ山を神とするようになったのか、それは稲作と深く関係していた。
山から水か絶え間なく供給されて田んぼに水が流れて稲が実るからである。
山はまた貯水の役目があり雨がふらなくても水は山では流れているのである。
こんなに日照りがつづいているから山にも水が流れていないのかと思う
実際は自分が山深く入ってみれときれいな水が流れていて水は供給されている。
今はダムになっているが山自体が貯水の役割がある
葉山信仰というのは高い山ではない、小高い山である、阿武隈の山は低い、そういう山がはやま信仰の対象となっていたのもそれは里山であり人間の生活と田んぼなどで密接に結びついていたからである。
山に祈るということは水を絶やさず恵んで下さいとなる
そして山が先祖が眠るというときそれは一代だけのものではない代々つづくものとして山があり自然がある。
山からもたらされる水というエネルギーは尽きないのである。
大地からもたらされるエネルギーも栄養も尽きることがない
肥料をやるにしてもその基は大地の栄養に頼っている


エネルギーというと石炭であれ石油であれ尽きる、原子力がそれで発明されたがこれも危険なもので失敗した。でも田んぼなら米なら何千年と作られてきたのである。
それは大地のエネルギーとか太陽のエネルギーや水のエネルギーが尽きないからである。それはエジプト文明が三千年も長くつづいたのはそうした自然のエネルギーに頼っていたからである。ナイル川が洪水を定期的に洪水を起こし肥沃な泥を供給して麦などの栄養分となっていたのである。
現代の文明は膨大な消費をしている、それは自然環境に加重な負担を強いているのである石油が百年で枯渇するとかなるとその代わりのエネルギーが必要となる
そのエネルギーを文明に供給するのは石油では限界になり原発が必然的に生み出されたのである。


だから映画では原発を核を信仰していた。
それはこれまで稲作で水を供給する山を信仰していたのとにている。
原子力、核が神になってもおかしくないのである。
現実に今では科学の力が万能のように思われ信仰にすらなっている。
科学にわからないものはない、科学にできないものはない、科学は万能だという信仰にまでなっている。それで医者が神様のように一番尊敬されていることでもわかる。
山を信仰の対象にしたのと同じなのである。
生活に密着して人間は思考するからそうなる。
ただその核を信仰していた人は専門家であり科学者たちだった。その周りの人は関係ないここでも原発とそこに住んでいる人たちは別であり原発にかかわることはただそこで仕事していて金になっても実際は秘密であり知り得ようがないものだったのである。

●土着的思考を喪失したとき原発事故も起きた

土着的思考が失ったというときそもそも田舎でも失っていた。原発が現実に利益をもたらすというとき金になるというとき第一次産業はすでに一割にもみたない生産力しかない
農業や漁業では生活できない、跡継ぎもいないとか別に原発が作られる前からそうっないた。
だから双葉とか大熊とかあの辺は東京に出稼ぎに行っていたから地元で暮らしたいとなり原発を積極的に誘致したのである。大熊に負けずに双葉にも建てろとか競争していた。
つまり原発の周辺は原発に頼り生活するようになっていた。
原発なしでは生活も成り立たない状態になっていたのである。
そもそも原発は土着的なものと遊離したものであり地元の人ととかかわりない所で操作されていたし原子力を理解する人など地元ではいなかったろう。
石炭とか石油ならなんとなく理解できるけど原子力になるともう理解できない
その原発に従事する人たちも東電の社員でもその場所に住んでも農業でも漁業でも関係ないのである。土着するということはないのである。
そこに土着的なものはないというとき、その土地とか自然と遊離したものが原発だったのである。


現代の文明は自然と遊離することで発展した。社会がトヨタの車を生産する会社の部品工場のようになっているというときそうである。
車というものは土着的なものを全く考慮する必要ないのである。他にも電気製品とか工業製品は自然環境を考慮する必要はない。
故郷とか田舎は地方は土着的に生きているというとき周りの自然環境と調和して生きることが強いられていたからである。
鍛冶屋があるというときそれは農家に道具を供給していたのだから鍛冶屋は工業製品を作っていても深くその地域の農業と自然環境の中で活かされていたのである。
鍛冶屋と農民の結びつきは深いのである。
だから鍛冶屋でも何でも土着的に自ずからなっていたのである。その土地土地に融合する技術が工業であった。
今は工業が巨大化して工業の規格に合わせるのが人間であり土地でも田舎でそうなる。
それはもう全体のことを自然環境のことまで考慮する必要がないのである。
その時土着的総合的思考が人間から喪失するのである。
要するに人間が工業製品を作る部品のようになってしまうということである。
そういうことが総合的な土着的思考が欠如することが原発事故にもつながったのである。

●故郷とは代々受け継がれもの

そして故郷は何かというとき故郷とは代々受け継がれてきたものなのである。
それは山や樹や石のことを詩にしたがその自然も樹齢千年の樹とか千歳の石とか山でもそれは一時的なものではない、人間の一代だけにあるものではない、営々とあるものである故郷というときだから先祖と結びついて故郷がある。
それは例えば二代くらいでも親が故郷でどう生きてきたのかとか語られ受け継がれているのである。先祖が生きてまた代が受け継がれてゆくものとして故郷がある。
会社なら百年つづいてもなくなることがある。工業とか商業は永続しにくいからである。だから故郷から離れて避難しても別な土地で根付くことには相当な時間がかかる
故郷とは代々つづいたことに意味がある。祭りでもそうである。代々受け継がれているものとして意味がある。
そういうふうに土着的なものが喪失することが現代に様々な問題をもたらしているのである。

故郷とは空間でもあるがまた代々長い時間で受け継がれたものである。その時間で受け継がれたものが意外と見逃れやすいし理解できない
だから旅行しても国内でも海外でも歴史的なものがなかなか理解しにくいのである。
そこで積み重ねられた時間の重みを知ることがむずかしいのである。
ただ今あるものにだけ目が奪われるからである。
故郷を失うというとその空間ではなく時間で積み重ねられたものも失うのである。
老人は故郷に帰りたいとういうとき老人はその故郷で長い時間を費やしたからそうなる。もはや費やした時間が人生だとなってしまうからである。
他の土地でまた時間を費やすということはもう時間がないのだからできなくなるからである。
そこに若い世代が帰らずに老人と分断されることになった原因がある。

ふるさとの山に向ひて言ふことなし ふるさとの山はありがたきかな 啄木

これは農民がその土地に根付いていたものとは違う。故郷から啄木が離れたというとき
それは放浪であり啄木は農民でもないし生活者でもなかったのである。
ただそれは故郷を離れて東京に出て病気になり死ぬというとき痛切に故郷の風景が浮かんできたのである。
故郷の山はありがたきかなというとき農民的感覚ではない、山がない東京に住んでいて山があることは幸せなことだったとなる。それは生活とは結びついてはいないのである。
またそこに長く住むものの感覚でもないのである。

今テレビドラマを見ていたら面白かった。税務官の話だけど北海道を舞台にしている。
その土地が売られてソーラー発電になるというが実際は外国人に転売されて議員がもうけるという話である。
そこで売らないでくれと頼むとき税務官が畑の土を手ににぎってこの土を耕しこの土からこの野菜を作ってきたんでね、その土地が転売されて金が入れば確かに楽になるけど
こうして耕した土地を売ったらもう野菜は作れませんよとか言っていた。
そこで農業や酪農には跡継ぎがいないとかさんざんその苦労を言って売ったら楽になるとかになると争っていた。
まさにそれは北海道だけではない日本の農業全体の問題だったのである。
この辺では原発でもうけた方がいいとなっていたのである。
漁業は確実にそうなっていた。法外な補償金をもらっていたのである。
結果として漁業も農業も放射能汚染でだめにしてしまった。
北海道は旅していればいいけどそこで農業している人は過酷なのである。
それでライダーハウスで延々と農家の愚痴を聞いていて嫌になった。
その人はもう中国人の方が楽だとかまで言っていたのである。

●自然との新しい調和土着思考を模索する時代

土着というけどその土着が今は一番むずかしくなっているのである。
自分のように花だけを見ていればいいがでは実際にその土地で野菜であれ米であれ作るとなると全く違ったものになる。
現実に八畳二間くらいの広さなのか田一反の半分ないような土地で野菜を作っている人は実りは一くらいしかないのにその苦労は十倍をいつも訴えている
それは前にも書いたけどそれだけ農業は苦労あって実りが少ない仕事だとなる。
要するには現代では金になりにくいのである。
だから田舎ですら土着的思考はなくみんな会社員であり工場とかで働いている。
そういう状態だから原発を積極的に誘致されたのである。
その土にまさに土着であるが思い入れのある人は田舎でも少ないのである。
土着的というとき自分は全体を考慮することで土着的になれということを言った
その全体の思考も自然環境があり第一次産業があって工業があるとなる。
その他に医療とか介護も現代的問題としてある。


いづれにしろ土着的思考というと江戸時代なのかとか何か田舎ですらなくなっている
自分は山とか樹とか石を詩にしたりしてきたがそれはあくまで現実の生活としての土着ではない、実際はもう工業化とか現代的なものを田舎だって否定できない
第一車を田舎では一人一台もっている、一人で二台もっている人もいる。
運搬用に軽トラをもっている人はが田舎では多いからである。
ただ土着的なものから遊離してゆくと今回のような原発事故が起きたり土地が転売されて一時的に金が入っても農業は廃れてつづかず荒廃する。
つまり原発事故周辺のように人の住まない地域にすらなってしまうということである。
その危険性は原発だけではない、農業自体が衰退して捨てられてしまうということであるでは三野混沌のような人になれといったらあまりにも過酷であり山尾三省は豊かな現代でそういう生活をしたがそんなことをしようとする人はパンも食べられないとか生活する人は誰も受け入れられない、テレビでそうした貧乏を放送するがそれはあくまで放送用であり現実はできない、またそこまでする必要もないのである。
要するに工業だって否定できない、ただその中にどうしても土着的思考があるべきなのである。
それは新しい土着思考である。そういうものを模索してゆくということである。
芸術はこれも土着なくしてありえないのである。
宗教だってそうであり哲学だってそうである。なぜカルト宗教がこれほど増えるのかというとこれはあくまで文明の病理的現象であり宗教とは何の関係もないのである。
オウムがまさにそうだったし創価も都会の宗教なのである。
健全な宗教は自然と調和したものなのである。自然と調和したときそこに荘厳なものが生まれるのである。ルネサンスが生まれるのである。

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小高の鳩原村の懸(かけ)の森で見たゼンマイの写真を加工した
芸術も土着的なものから離れありえないのである。
鳩原村は山際であり放射線量が高いからもう人は住まないという人もいた
そうなると継続された歴史とかも失われる
それが大きな損失だということを今は気づかないのかもしれない
補償金をもらって暮らした方がいいというのはまさにもう原発事故が起きなくてもそういう状態にあったからだということにもなる






タグ:土着の思想
posted by 老鶯 at 22:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

2015年08月07日

実りそめた稲と里の山と森(復興の田んぼ)



実りそめた稲と里の山と森


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老鶯に耳傾ける森の道

草原に雷雲わきて走るかな

白に赤芙蓉の映えて里の山

ゆったりと芙蓉のあまた暮れむとす

復興や実りそめにつ山仰ぐ

前畑に隣も夏菊映えにけり

夏菊のここに光を集めけり

いくつかの蝉交じり鳴く里の森


原町のイオンに行って買い物した。2000円で安いものを買ったから得だった。
鹿島のスーパーは一つしかなく高いし不便なのである。
今の時代は便利な所に住むとかえって物価でも安くなる矛盾がある
あまり不便な所に住むメリットがないのである
ただ自分にとっては自然がないところには住めない、山とか森でも近くにあり川が流れ海がある。そこには木陰があり涼しいのである。
今日は昨日よりは涼しかった。でも仙台で今日も35度とかあったというから驚きである。海に近いところはそんなに暑くならない、仙台は都会化して暑くなったのだろう。


復興というとき原町の田んぼの稲穂が実りそめていた。そして山を見たとき何とも言えないものを感じた。
田んぼと稲穂でも山と結びついている、山は単なる山ではない、前にも書いたけど水を供給する山で羽山、葉山信仰となった、山には先祖が住むというのはそれは稲作が始まってからの信仰なのである。
日本のその原風景は単なる風景ではない、日本人の心にもなってきた風景だった。
だから復興というとき田んぼがないと復興した気分になれない
その田んぼの米は本当は地元の人が食べるときその土地に愛着をもつのである。
故郷とか土地に愛着がうすれたのは食料でも外部から何でも入るからである。
金があれば買える、別に地元のものでなくてもいいとなる。
そして金さえあればどこでもいい便利な所に住むのがいいとなってしまった。
そして原発事故ではみんなばらばらになってしまうった。
全部原発事故のせいのようだがそういう状況が前からあったから原発事故を契機にして現実化したともなる


里の山というときもっと近いだろう。ちょっと遠い山にはなる。
でも葉山はそれほど遠くないしまた高い山ではないのである。
それは稲作と結びついて信仰になったのである。
奈良の三輪山なども高くない山である。とにかくこの辺の自然変化はまだつづいている。草原化したときクローバーの野原になった。
クローバーを馬肥(うまごやし)というのが実感としてわかった。
中国の汗血馬を養ったクローバーとかあり馬肥しというように栄養分が高かったのであるまず日本では草原というのはないしわからない、それがこの辺で草原化したので不思議だったのである。

タグ:実り

2015年08月08日

抽象画(火山、富士山など)



抽象画(火山、富士山など)

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海底火山

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小高の懸の森(かけのもりのゼンマイ)


抽象画と具象画は実際切り離せない、山のようなものが操作して偶然にできたがこれは富士山だなと思いそこを手を入れて変えてゆく
山としか見えなければそれは具象画になる
抽象画は一応題はつけているがそれがすべてではない、いろいろな見方が生まれるからだ日本は富士山だから何かこのようなものを記念のメダルとして作ればいいとか思った。
そういうことができる造形だった。

結局抽象画は変化の芸術である、ソフトでこんなふうに変化するのかという驚きである。ただいくら変化させてうまくいかないものがある
ここのところが謎でもある、ソフトではみんな有効にはならない
変化しやすいソフトがありそれがフォトショップで広がったのである。
要するにソフトの利用による芸術だからソフトの使い方になれる必要がある。
今使っているのはペイントショップとフォトショップだけである。

タグ:富士山

2015年08月10日

抽象画(人間は色に反応する)



抽象画(人間は色に反応する)

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外光


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パソコンの抽象画で感じたことはまずは色である。
絵画というと構成とかあるが建築的なものもあるが基本的には色である。
印象画が色を究めたことが最大の発見だった。
色にはもともと神秘的なものがあった
人間の五感というとき一番色に感じることは確かである。
あとは匂いとか音とか肌触りとかいろいろある。
日々感じるのは人間は色なのである。

だから人間は例えは色のない世界は地獄のようになのるではないか?
冥王星とかはまるで色がない、暗黒の惑星である。
光と色は一体だったのである。
この世に色がなかったら黒と灰色とかてかなかったら闇の世界であり地獄である。
そういう世界に人間は耐えられない
でも動物は匂いは感じても色をどこまで感じているのか?
蝶は色に反応していることは確かである。
でもどれだけ色に反応するか疑問である


つまり人間だけが豊かな色に反応するのである。
様々な色が人間の脳に反応する
人間の心が色によっていかに影響されるか
赤い色とか青い色とかによって心の状態を示されるのもそのためである。
仏教で色心不二というとき色と心は一体だからである。
その時の心の状態が色によってイメージ化される
日本語でも赤き心とかあり色がその心を示しているからそうなる
ただ赤でも青でも実際はまたそこから百通りくらいの赤があり青があるから
色の世界は無限である。
特にパソコンの電気の色は今までにない色なのである。
つまりパソコンの色は新しく生まれた色なのである。


パソコンだとインターネットに出たものだとそれが簡単に変化させられる
それがまた今までとは違う、常に変化するのがパソコンの抽象画の特徴である。
普通有名な絵なら変わらないことに価値がある。
抽象画が変わることによってまた新たな価値が見方がでてくる
この絵もまた変化させたものなのである。
ただ元の絵がわからなくなったとき著作違反ともならないのである。

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東京オリンピックのエンブレム問題 (野馬追いの旗ともにている)



東京オリンピックのエンブレム問題

(野馬追いの旗ともにている)

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人間は一つの社会を形成して集団で暮らすようになるとその集団を象徴するものが生まれる。それは人間が群れをなして集まり暮らしたときから始まっていた。
トーテムがそれである。狼とか熊とかを部族の神として象徴として祀り一族の団結を計る今回のエンブレム問題の深層もそこにあった。

紋章とか旗印とかができるのもそうである。
ヨーロッパと日本では封建制があり城が非常に多い、するとそうした地域地域の独自性が生まれは紋章とか旗印でも多様になるのが共通している。

野馬追いの旗は複雑であり簡単に分類できない

●血統的な一族意識
●地域性的な一族意識
●役割としての旗印
●単純に他者と区別するもの

これだげではない他にいろいろあるが地元の人でも説明できないほど複雑である。
すでに旗印を受け継いだ家ですらなぜその旗印なのかわからないのである。
旗は戦場で他者と区別するものとしてあった。それは敵だけではなく味方でも区別していたのである。

オリンピックのエンブレムそうである。血統という民族的象徴として日本国がありまた東京をシンボル化したものとして作られた。
そしてオリンピックを象徴するものが必要だった。そういうものをとても小さなエンブレムにもりこむことはむずかしい。
複雑になるとかえって訴えるものがないことがありあのような単純なものになった。
シンプルなものがかえって訴えることがあるからだ
それがあまりに単純なのでパクリだとされた。それと酷似したものが外国にあった。
それはだから真似たもの盗用したから著作権違反として訴えられた。
何か何十億もの金がそれにつぎこまれたとかなったこともある。
金が関係しないならあれでこんな問題にはならなかったろう。

これも一つの抽象画である。自分も抽象画をずいぶん出してきた。
抽象画は果たして創作物なのかという疑問がありながら面白いから出してきた。
それはパソコンが生まれたパソコンのソフトから生まれものである。
それと電気の光であり色だから今までのように絵の具で描いているのとは全く違うのである。絵の具では出せない色を出している。
チューブ入りの絵の具の発明は絵画を変えた



チューブ入りの絵の具の発明とは、意味合いが違います。

簡単に絵が描けるようになったことで、本来描かなかった人たちも描くようになり、作品に対する考え方も安易になりました。

手描きの絵はオリジナルの一枚絵ですが、デジタルはオリジナルの原画というものは存在しないというところが最大の相違点ではないでしょうか


なんていうか「デザインとは無から有を作り出すことじゃなくて 
既にあるデザインを分解して再構成することだ!」みたいなこと 
本気で思ってそう。


まさに自分がしていることがこれだった。あるところを切り取って新しく自分のイメージに構成したりまたソフトで変化させるだけである。
これは絵が全く描けない自分でもできたことに驚き面白いからしている。
こういうことはデジタル写真でも生まれた。これまでの写真はプロでないとうまくとれない。それがデジタル化した結果誰でも写真の世界に入れるようになったのである。
6万のカメラでも今や一万円のカメラでもでも画素数があがりきれいにとれるのである。
いいカメラだと光の具合が良くでているから感動した。


今回の東京オリンピックのエンブレム問題も何かこうした技術の変化と関係していた。
これはコピーにすぎないじゃないかというときそもそもパソコンやインターネットはコピーペーストの世界なのである。
文章すら絶えずコピーしてペーストして書くようになった。
だから文章でもコピーされて盗作されて文章の一部が切り取られて再構成されている。
ただそれは良くわからないのがインターネットの世界である。
それが世界的に広がっているから世界的にコピーされて著作権違反がかなりあるだろう。外国になると盗用してもわかりずらくなるからだ。
だから明らかに自分の作品も盗用されているというより自分も盗用しているのかとなる。ただそれが金にはならないしどれだけの創造性があるかわからないから問題にならないのである。


でも今回はこんなもので何十億の金になるのかということで問題になったのである。
これよりもっといいものを作れる人はいるだろう。
ただなかなか芸術となると理解しにくいのである。
どこに独創性があり価値があるかを見極めるのがむずかしい
それは芸術のあらゆる分野でそうである、俳句でも全く同じものがあったりしても不思議ではないのである。それは短いからそうなる。
そして類似俳句とか類想俳句とかがある世界なのである。
芸術は他人の作品にヒントを得るということが必ずある世界である。
それはあらゆるものが他からのヒントを得てしている、技術の世界でも何でも文明自体がそうである。
だから模倣するなとかは言えない、模倣も想像に通じてゆくからである
このエンブレムが本当に想像性があったのかないのかそれが問題になる。
でも模倣していても創造性があるのはある。その辺の見極めがむずかしい
ただこれは模倣性が強く創造性がないことは誰が見ても明かなので批判されているのである。

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このなかにオリンピックのエンブレムとにたものがある
野馬追いの旗には単純なものも多いからである。



野馬追い関係


抽象画の部

タグ:エンブレム
posted by 老鶯 at 17:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 時事問題の深層

2015年08月11日

分断されて帰還がむずかしい原発避難者 (現代の広域経済なども影響してばらばらになった)


分断されて帰還がむずかしい原発避難者

(現代の広域経済なども影響してばらばらになった)


双葉町となるとあれだけ原発に近いのだから補償金でも何でも一つにまとまるように見える。実際は補償金でも違っていて四つくらいにさらに分断されているとういう。
中間貯蔵施設問題でも地権者に賛成派と反対派がいて分断されていた。
双葉とか大熊町となると外からみればどこも放射線量が高いと思うがそんなところでも放射線量で区別されている。
だいたい土地はつながっているのだから空間だってそうだしそんなに区域を分けること自体が疑問だった。
南相馬市でも30キロで区切られてその区切られた隣り合っても補償金がもらえる人ともらえない人がでてきて分断された。

自分の住んでいる場所は30キロ圏外であり除染をはじめるという連絡がきた。
0.3以上は除染するというがここは0・2であるからしなくてもいいのかと思った。
ただ一部樋の下などが高い、でも地域的に一軒でも除染しないと回りに影響するから
地域の人と相談した方がいいと言われた。
つまり一軒だけ除染しない勝手にすると回りに影響するからだ


このことを考えると地域的に放射線量で分断して補償金の差をつけたりしていることが納得いかないのである。
もし隣合っているならほとんど実際は放射線量は変わらないし風でも隣から飛んでくるのだから同じことなのである。
水だって流れてきて泥でセシウムが運ばれてくるから一地域だけを除染しても無駄にな
放射性物質の問題は一地域を除染したりそこだけをとりのぞいてたからといって解決しないのである。
点の問題ではなく面の問題として放射能汚染があるのでありそんなふうに分断したのはなぜだろうと前から疑問だった


つまりそれは双葉町でも大熊町でも南相馬市でもどこでも政府や東電で意図的にわざわざ住民の心を分断させるために補償金で差をつけたのかとなる
住民同士がいがみあえば補償金でもまとまって払う必要がないとなる
まとまって交渉されると圧力が大きくなるから補償金を支払う方では困るからである。
結局そういう政府や東電のずるい意図に住民もはまり操られたともなる


ともかく大熊町とか双葉町や浪江町は旧相馬藩内だから南相馬市とかと連携して協力して解決策を求めてゆけとなるのもそれも簡単にはいかないだろう。
第一鹿島区に避難した小高の人たちとすでに補償金でもめてここも分断されているからである。
小高の人は全部ではないにしろ金もらってかえって威張っているとかなっている。
このことは別にここだけではない原発避難者として同じなのである。
イワキであれ二本松であれ会津であれ福島市であれ原発避難者は補償金をもらっていても受け入れた市はもらっていないからである。
そこに大きな不満がある。相馬市すら原発避難者に大きな不満がある。
なぜあの人たちは働いていないのに贅沢しているのだろうとなる
女性はこまかいところを見ているからスーパーで高いものを買っているとか見ているのである。


いくら同じ相馬藩としてめんどうみろとかいわれても今の時代はまた違っていてむずかしい。
避難先のイワキ市とかに双葉町とか大熊町とか浪江町とかを作る計画をしたがこれも無理だとなった。
なぜなら一つの市にまた別な町があることは摩擦を生み困るとなる。
そして一体避難者はいつまでも補償金をもらえるのか?補償金で暮らす気なのか
なぜあの人たちは補償金でいい車を買い毎日遊んでいるのか?
真っ先に土地も買い家も建てているのか、前からの住民は金もないからかえって土地が上がり家も建てられないとなり不満になる
ある人は浪江の人は避難先で遊んでいるのもまずいと商売をはじめたが地元の人に世話になっているのに競争を相手となり客を奪ってしまうのが気がひけるとか言っていた。
なぜそういう問題が起きるのかというと数が多いためなのである。
ある市や町に一挙に2000人とか移住するということが摩擦を生んだのである。
これば百人単位とかで散らばったらそんなに摩擦にならなかったかもしれない
一挙に2000人も増えたら一見人口増えて経済的にいいと思うが実査気はそうはならなかった。

別に補償金をもらってその町に金を使っているのだからいいじゃないかとならなかった。
補償金もらって毎日パチンコ通いだとか遊んでいるだけだとというとき批判された。
そして何でも原発避難者は病院でも介護でも優先されて地元の人は後回しにされたりと不満が大きくなったのである。
実際復興に働いたのは地元の人ではない、外から来た人たちだったのである。
地元の人は遊んでいたからボランティアの人とかは喧嘩になったというのもわかる。
これも現代を象徴している、広域社会になると地元だけの経済ではない、全国と関係しているし外国とも関係している、食料でもどこからも入ってくる。
もし自給自足のような小規模な経済だったらこんな問題は起きていない。
もちろんそういう経済はまともに電気もない生活だったから比べることもできない

とにかくこの辺で大東建託とかがアパートを十棟以上も次々に建ったり建売住宅も次々に建った。それは地元の大工さんとか建築業者がしているのではない、働いているわけではない、今は組み立て式だから地元の大工さんが地元の材料で建てることもないのである。つまり全く地元の人がかかわらないでも家が建っているのである。
金さえあれば建売住宅で一週間くらいで組み立てて建ってしまうのである。
だから金さえあれば別に避難した先の人に世話になるということでもないとなる
そうなると避難した先でも別に何の世話にもならないとなりかえって威張っているというふうにもなる
それで地元の人と軋轢が生まれたのである。


そもそもなぜ原発避難者が一つにまとまらないのかというとき政府とか東電によって放射線量で地域を分断させられたこともあるがこうした広域化社会になったということもあった。
小さな町でも村でも広範囲に全国と世界ともつながり生きている社会なのである。
だから田舎でも隣近所が助けあわないとか疎遠になるとかあった。
それはとりもなおさず隣近所とか狭い地域で助け合わなくても生きられる社会になっていたからだろう。
そういう現代の社会も影響して分断されてしまったということがある。

こうなるとやはり日頃の生活が問題になる。例えは大工さんとか手に職をもっているとか何か技術をもっているとか故郷を離れても仕事ができる人は強いとなる。
今は人手不足だからどこでも受け入れるからである。だから看護師は原発事故以後すぐに移住した人も多い、南相馬市立病院では半分がたちまちいなくなったとかあって問題になった。
故郷を両親や祖父母を見捨てるのかとかとも言われた。
農業とか漁業となると他に移って簡単にはできない、一部でしても土地が必要だったり簡単にはできない、でも大工さんとか看護師とか他に手に職をもっていたり技術をもっている人は就職しやすいからどこに行っても移住しても生活できなるとなる
だからいろいろもめているのもめんどうだから移住してしまって帰らないということになりやすかった。


いづれにしろ避難した人が2000人とかなるとその人たちは目立つしもし浪江町とかとしてまとまって住むとなるとこれも問題なになる、同じ町に別な町があることは軋轢を生む
そしてその人たちがみんな避難した先で貢献できなるのかといったらそれもむずかしい。でも大堀の陶工は白河市とかに窯をもって定着したという。
それも技術をもっていたからできたとなる。
やはりこういう困難に直面すると日頃の生活がものいうし影響するともなる
ニートとか遊び人のような人も補償金をもらって喜んでいたがではそんな人を他の土地で受け入れるかとなるとならないだろう。
そして補償金はいつまでももらえるものではないのである。
だからよその土地で針の筵(むしろ)のように思って暮らしている人もいるかもしれない
補償金もらっているからとなんてもいいとはならなかったのである。


「この家は誰が建てているんですか」
「大東建託だよ」
「地元の人はかかわらないんですか」
「かかわらないよ、全国から来ているよ」
「津波と原発の被害では沖縄から北海道まで全国から来ている
  地元の人は別に何もしない人が多い、パチンコ屋通いとか批判された」
 「自分などは大東建託という会社に勤めて金をもらっている
 別に地元に貢献するという意識はない
 仕事があれば全国に派遣されるだけだよ、自分たちは会社員なんだよ
 会社にさされば全国どこにでもゆくほかない、自分たちにとって大事なのは会社だよ
 自分たちが住んでいる所じゃない」
 「補償金もらって原発避難者が家建てているけど」
 「そんなの関係ない、金さえもらえばいいんだよ、地元の事情は自分等には関係ない」
  
 今の社会はこんなふうになっている。
 でも地元の人が避難者のために家を建てるとなると違ってくる。
 
 「この地域は補償金などもらっていない、それなのに補償金をもらっているよそ者のた   めに家を建てている、働いているというのも納得いかない、
 自分たちも被害者なのだから補償金もらいたのだ
 補償金もらって遊んでいま人のために働くの馬鹿らしい」

 こんなふうになってしまうかもしれん、広域経済では日本国内だけではない世界ともつ  ながるから狭い地元のことを考慮しない社会なのである。
 何かそういう矛盾が原発避難者と受け入れた側の軋轢を生んだことは確かである。
 

posted by 老鶯 at 20:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島原発事故関連

フラワーアレンジメントした写真を加工する (別なものに変質して新な美を生む)



フラワーアレンジメントした写真を加工する


(別なものに変質して新な美を生む)

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これは前にフラワーアレンジメントしたものを写真にとっていた。
それをフォトショップで加工してみた
そしたら何か斬新なものとなって別な見方が生まれた。
こういうことがソフトできる
デザインというかそういうことが素人でもパソコンでできるようになった
写真でもいいろいろ見栄えを良くできるのである。
これは雑誌などでしていたがこれも自力でパソコンでできるようになった
このデジタル写真とパソコンのソフトの加工の分野は映像に対して素人でも
プロ並みのものができるようになった

まず絵が全く描けなくても写真がその代わりをしてくれるしパソコンやインターネットがその代わりにしてくれる
人間の頭脳の働きを機械がしてくれるということである。
ただその原画となるのものはやはり人間が作っている
これは他からのものを使っていない、自分のものである。
フラワアレンメントしたのは自分である。
だから自分で作り加工したものは著作権違反にならないのである。

2015年08月12日

フラワーアレンジメントの加工(2)


フラワーアレンジメントの加工(2)


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加工した方がただそのままを写真に撮るより見栄えが良くなる
ありのままが必ずしもいいとはならない
だから写真でものままではなく加工して見栄えを良くできる
それはパソコンのソフトでできる
フォトショッフはにはそういう加工をするソフトである。
ただ全部が使える訳ではない
結局この加工は試してみて偶然にこれがいいとか発見する作業である。
なれてくるとこれをこう加工したら操作したらいいのとかなる
画家だとそんな作業はしない
機械に頼らないからである。

才能がある人はそれができるが才能のないものは機械に頼りデザインできる
つまりパソコンは明らかに人間の頭脳の役割を果すようになったのである。
だから人工頭脳というのができてくる
機械化できるものは機械化する、それは物の生産でも機械化できるのはロボットがやるようになる。
でもどうしてもできないものが残る、それが人間の仕事だとなってしまうかもしれない
機械には美的判断とかできない、ただ機械的に美も醜もなく写しているだけなのである。
だから機械には限界があり人間のようになることはできないのである。

2015年08月13日

フラワーアレンジメントも芸術的創造のセンスが必要 (花屋もただ花を売っているだけで商売となるのか?)


 
フラワーアレンジメントも芸術的創造のセンスが必要


(花屋もただ花を売っているだけで商売となるのか?)


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皇室の紋様

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花を見るというとき野の花とか高山の花を見てきた。
でも自分はフラワーアレンジメントをしたこともないし生け花も知らない
フラワーアレンジメントは野の花を見るのとは違う
そもそも外国の花が多いから日本の野に咲いてない花を扱うからである。
菊なら日本的な花だから菊からイメージするものが皇室とかなる

まずフラワーアレンジメントは花をランダムに挿すことからはじまる
単にそれだけで色が交じり合い一つの花の世界が生まれる
それはあんまり考える必要もないし創作的でもないが
これも偶然の結果として何か一つの美の世界が生まれる

これもただ偶然の結果である。ただ白藤と都忘れは合っているなと白藤に都忘れを添えた写真では都忘れが良く写っていない、だからまず写真の撮り方が結構むずかしいことがわかる
花をとることは結構むずかしい、これはまず写真の技術が必要になる
雑誌とかに出ているのは何気ないようでもプロが出しているから鑑賞に耐えている
素人は何かその辺が作れないということはある。
その一つが都忘れがうまくとれていないことだった

だからフラワーアレンジメントと写真の技術とパソコンの加工の技術などで写真でとってさらに配置などを変えて見栄えを良くする必要が出てくる。
つまりフラワーアレンジメントは写真をとり加工してみてまたそき配置を変えたりすることも必要である。
そういう相互作用を経て作品化してゆく
でもそれにはかなりの時間が必要になる、なぜなら花は枯れやすいからである。
花を見ている時間も短いのである。
だからこそ写真にとってその美の瞬間を保存する作用がまずあった

ともかくフラワーアレンジメントはやはり芸術の創作でありセンスも要求されるが技術も要求される、そして花の性質とかどう育てるかとも知る必要があるから
本当は花屋は意外と創造的仕事なのかもしれない
もちろんそんなことまでしないでただ花を売っているという店も普通である。
しかしそれだけでは本当は花屋という商売を活性化できない
やはり常に時代の最先端をゆかないと取り残されるということがある
あらゆるものがそうである。パソコンとかインターネットなどなくてもいいとかとなる
そんなものめんどうだからしなくてもいいとかなる
そうなるとなんでも時代に遅れてしまうということがあり店に魅力がなくなる
そもそも花屋はスーバーのようにただ花を売るだけではない
だから誰にでもなれるものでもない
花屋の人はフラワーアレンジメントはしている
それに感心してこの人はやはり花屋だからセンスがあるのだと思った
しかしせっかく飾っても売れないと正月に言っていた
それは高いこともあったが正月用として上手な作りだったのである

実際花の世界は今はこれもグローバル化して多様なのである。
いろいろ知らない花が外国から入ってくるのである。
すると知識も必要だしセンスも必要になる
つまり芸術的感性が必要な商売なのである。
花についての詩なども知っていればいいがそういう人はほとんどいない
何か現代というのは何でも機械化するとき人間の仕事は芸術的な創作的なものが
仕事として残るが機械的にできることは人間は必要なくなる世界である
するとこれからの課題は創作性を磨くことになる
機械にできないことは創作的なことだからである。


この辺のスーバーでレジの一部が機械化した、するとそれで人手が省かれる
事務でも機械化して事務員も必要なくなる
人手不足が騒がれているが一方で機械化して人手不足を補っている
弁当まで機械でオカズを配置して大量生産している
でも一方で手作りの味は人間にしかできないとか人間にしかできないことが貴重となり高価となる
第一本を売るだけの書店でも創作的なことがない誰にでもできる仕事である
もしその本を読んで感想を批評できるようだと違ってくる
ただこれも相当な知識と創作性が必要になる
書店でもそうだが何かどこでもただ売っているだけでは創作性がないのである。
これからの仕事は何でも創作性が必要になる
佐賀のうどんとかソーメンは他のよりうまいとか蕎麦でも会津のはうまいとかなるが
それも創作性であり同じものだったら価値がなくなるのである。
何か芸術というとき特殊ものもをイメージするがどこでもそうした創作的なものがないとどこでも同じだとなると魅力がなく売れないとなってしまう
貧乏な時代なら味よりただ腹一杯になればいいですむが今のような贅沢な社会はそうならないのである。


タグ:花屋

津波原発事故から4年半過ぎて (お盆のまためぐりて我が心境の短歌30首)



津波原発事故から4年半過ぎて


(お盆のまためぐりて我が心境の短歌30首)

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大熊町に残された手押し車




紫陽花や厨ににあうは女性かな

(墓参り)

五年のはや過ぎなむや姉の墓赤々と映ゆほおづきの花
我が墓地の街中にあり天保の碑知らずありしもひぐらしの鳴く
我が墓地に同級生の墓ありしお盆めぐりてみな老いにけり
あわれかな原町の実家の墓参り年に二度なりまた来るかな
忙しく時は過ぎにきめぐりくるお盆に死者を偲ぶはよしも
我が家の墓の近くに雨しととお盆に参り花をさしにき
戦没者なお偲ぶかも戦友を思う人しも90を越えるかな

(村々のこと)

我が暮らし今日も屋形を通りつつ蝉鳴く声やあわれ暮れにき
のうぜんの花は燃え咲き散りにける我が家に勤めなお暮らすかな
久しくも橲原に行かじ立目石秋となれるや虫の鳴くらむ
土地土地に暮らしのありて思いあり夏も過ぎなむひぐらしの鳴く
大原に老木一つここに住む人も死にけり跡継ぎなしも
鳩原村そこに育ちし人もあれ帰る日あれや墓も淋しき
墓地あれや下栃窪や遠しかな秋の蝉鳴く声聞きつ帰るかな
飯館に一年も行かじ荒れにしや墓参りする人もありなむ
原町にスーパーヒタチとまりつつ動かざるかな五年も過ぎむ
全国の人の来たりて仕事する事故の傷痕消えざりしかも
放置さる避難区域に手押し車誰か使いしや人は住まじも
鹿島にそ小高の人の五年しも住みて長しやひぐらしの鳴く
いつまでや離ればなれになる人のいつ帰りなむ老いゆくものを
人の世はかくも変わらむ津波跡なお残りし庭の樹を見ゆ

(百歳の母)

我が母の百歳すぎて何思ふただいねにつつ齢伸ばしぬ
百歳を生きてなにをか思ふらむただいねにつつ言もなきしも
継母に育てられにし母なれやその一生の労苦のみなり
百歳に大正生まれなお生きぬめまぐるしくも変わりし世かな
90過ぎて家を離れてアパートに住むこともありしその労苦かな
我が家に強き姉しも今はなし故郷に咲く鬼百合の花



津波原発事故からすでに4年半を過ぎようとしている。この間に自分の一身上でもめまぐるしく変わった。七年間介護であり自分の病気であり自分も様々なことに追いまくられた来た相手も良くなかった。相手もまた事業に失敗した、生活がぎりぎりで苦しいとか犯罪にあうとかそのことを延々と書いてきた。
つくづく人生は過酷である。津波で死んだ人も過酷だし原発事故で避難した人もいろいろ言われたが過酷であった。
自分の一身上でも過酷だった。それも自業自得だったともなる
何か嫌な予感はしていたがそれが想像以上に過酷なものとして身にふりかかった。
つまり原発事故も津波もみん想定外のごとだったと同じだった
60以上は人生の総決算みたいなことが起きてくることは確かである。

お盆だから墓参りをした。母の実家の墓参りもした。でも彼岸とお盆しか行っていなかった。それも何か以前として忙しく追われているからである。
結局自分はこの七年間家のことで自分のことで悪戦苦闘してきた
この間誰にも助けられなかった、ただかえって弱者になったとき責められるだけだったのである。人間がいかに非情が身をもって知った。
ただ求めてきたのは金だけだったということである。

そして自分の周辺もまた以前として正常にもどっていない、仮設はそのままだし2000人とか仮設にいる、小高の人は来年帰るというけどこれも延長するとかなると長引く
まず津波原発事故の後遺症は以前として消えることはない
5年過ぎても何ら変わらないということがあるだろう。それほどの大災害だったのである

故郷は何なのかなど考える必要もない、当たり前にあるものだったがこれも住めなくなった時考えるようになった。
故郷の山はありがたきかなとか故郷に住めることはありがたきかなともまでなってしまった。
故郷とは何なのだろうというきそれはそこに住む人の思いが残っている場所である。
それは一代だけではない、何代も前の人々の思いが残った場所なのである。
だから不思議なのは津波の跡の家の庭に残っている樹がまだあるがそれが何か普通の樹とは違う。その家に土地に離れがたく残っている人間のように見えたのである。
自然の樹とも違う、人間化した樹だったのである。

故郷というとき広いからそれぞれの土地に村に思いがある。
橲原(じさばら)だったら立目石とかがあり大原村だったら老木が一本ありあそこで農業して死んだ人を知っている、でもその家は空家になっている
小高の鳩原村に育った人もいて荒れ果てた故郷を悲しんでいた。
それぞれの村には暮らしがあり死んだ人であれ思いが残りそれでお盆には墓参りして
死んだ人をしのぶのである。
だからお盆というのは死者を偲ぶものとしていい風習である。
ただこれは仏教とは何の関係もない、日本的風習なのである。

それにしても避難区域に残された手押し車とか見ると不思議である。
あれ押して老人が往き来していた、それか突然誰もいない街となってしまったのである。あの手押し車でも押していたときそこに暮らしがあったのである。
だからこの辺の状況はまるで映画のようにさえ見えたし今でもそうである。
突然いくつかの町が村が放棄されたためそうなった。
街自体が突然廃墟のようになってしまったのである。
もちろん津波で消えて土台しかなくなった村もいくつもある
そうしうた荒廃した状況が未だにつづいているのである。

自分の母の一生はただ労苦の一生だった。時代といえば時代だが不運といえば不運である運命といえば運命である。人間の一生が様々で何らか苦労がないものはいない
戦争で死んだ人たちも何なのだったかとまた問われる、ただそれも70年過ぎると関心がうすれてゆく、70年は長いからである。
あれほど災禍でもわすれられてゆくのが人間である。
この津波原発事故はまだまだ地元では特に忘れられないし生々しいものとして痛々しいものとしてある。

今年の夏は異常に暑く体力が消耗した。今日は涼しいし雨が降っている
なんかまだ暑さがつづくとなると嫌である。
ともかく五年過ぎて小高の避難者などが帰還すれば元のようになるのか?
以前としてこの辺は五年すぎてもさほど変わっていない
そして自分も延々と家を守ることに悪戦苦闘している
家事というのは実際はいろいろあって知恵も必要である。
そういうのは女性があっていることがつくづくわかった。
厨に台所に立つのは女性があっている、庭に紫陽花が咲いて女性がふさわしかった。
介護も女性の方が何かと向いているのだ。それを全部自分でしているから毎日が追われているのである。


タグ:お盆

2015年08月14日

明治維新を背後で操作したフリーメーソンーユニテリアンなどの謎 (科学技術信仰でもあり原発事故で文明の崩壊現象が起きた)


 
明治維新を背後で操作したフリーメーソンーユニテリアンなどの謎

(科学技術信仰でもあり原発事故で文明の崩壊現象が起きた)

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●明治維新は外国人によって指導された

明治維新は様々な謎があり複雑である。あらゆる面で欧米との接触から始まったし欧米の宗教であり思想であれ科学技術であれ取り入れる過程で複雑なものになった。
その背後で操ったのが欧米勢力でありフリーメーソンやユニテリアンの組織だという解説が出てきた。
明治維新の真実は未だに解明されていない、本流は最初公武合体であり別に開国しないとかではなかったのである。
それが薩摩長州連合によって幕府が朝敵となり新しい日本が作られた。
その背後には資金面でも援助したフリーメーソンやユニテリアンの組織が知識人などがかかわったとある。
坂本竜馬は長崎のグラバー邸に出入りしてそこで資金を調達して武器を仕入れて売り込み薩摩や長州に力をもち薩摩長州連合を押し進めて明治維新を成したと良く言われる。
明治維新は日本人のみで成したものではなく欧米勢力が背後でかかわり成されたものだという主張である。
実際は公武合体派が純な日本の系統だったともなる。

幕府と朝廷の公武合体派が正しい勢力だったのである。
それに対してイギリスによる裏側から管理指導を受けていたのが薩長同盟である。
明治維新は日本人が成したものだというが実際は欧米勢力、最初はイギリスが深くかかわって成されたともなる。
それは実際の資金とか武器の供与とかだけではない、イギリスが当時文明を代表するものそして明治維新にかかわり新しい日本の明治を作る人物も養成したのだとなる
それはカトリックとかの旧教会勢力ではない、その思想はフリーメーソン、石工の団体から発して理神論としてのユテリニアニズムの宗教である。
これは神を理論的に理解するものだから極めて理論的であり知識人が科学者などしか理解できないものである。だから一般の人にはなじみのないものである。
ただ指導者層がフリーメーソンでありユテニリアンだったとなる
ハーバード大学がもともと修道院でありユテニリアンのメッカだったというのもうなづける。
そこには最高の知識人が養成されているし何より科学研究の世界の殿堂になっていることでもわかる。

だから明治維新のときの今は偉人とされる人はなんらかこのフリーメーソンにユテニリアンの思想の影響を受けている、福沢諭吉もそうだったというとき実際にユテリニアンの教授を大学に招請している。
というよりはもともと明治維新には新しい日本を作るにはそうした外国人の技術者であれ知識人を招請しなければできない、そういう人たちに指導されたのだから当然だったともなる。明治以降にできた大学で外国の宣教師が深くかかわるものが多い。
それは外国人の援助なしに大学だって作れなかったのである。
東北学院とか青山学院とか立教大学とか一番古いのでは新島襄が創設した立命館とかでもそうである。アメリカから多額の資金を援助されて設立された。
そういう大学は日本人が設立したのではないのである。
だからそういうものには日本人の独立性が欠けているのである。
ただ内村鑑三は別だった。ユテニリアンの組織に世話になったとしてもあとは別な日本人としてのキリスト教を唱えた。
だから外国の宣教師とかかわるなと言っているからである。
この草創期には何らか知識人であれ外国人とかかわらざるをえなかったのである。

●フリーメーソンとかユテリニアンとかは現代文明の思想の基

そもそもフリーメーソンとかユテリニアンとは何なのか?
それを思想面からみればそれは別に何か秘密でも隠されたものでもない、要するに近代を作り上げた思想でありそれはこの世が神が作ったとかキリストが神の子であるとかを否定する思想である。
ただそれは公には言えないので無神論はタブーなので欧米で神を理性的に理解するとなったのである。
でもこれは珍しいものでもなんでもないのである。
現代では文明人ならばみんなそういう思想のもとに日常化している、生活の中でそんなむずかしい理論を知らなくても理解できなくても実行している。
弁証法を解くとしてもそれも無神論でありやはりユテニリアンの系譜になる。
理屈で理性で世界を解きあかそうとしているからである。
とても理屈とか理性でこの世を解明などできないのである。

アメリカは清廉潔白を旨とするピューリタンが建国したのではない
早い時期から世俗化して金儲け主義、合理主義者となった

現代文明の特徴はニーチェの「神が死んだ」とかすでに理性とか人権主義とか合理主義とかに変わったことである。そもそもカトリック教会の腐敗からキリスト教を嫌悪する人たちが公然と増えたのが現代である。
それにとって変わったのがフランス革命とかの自由、平等、友愛という思想はキリスト教のものではない、人権主義もそうである。
だから別に明治維新だけではない、今や世界がそうした近代化の思想が実現されたグローバル社会になっているのだ。
マルクス主義もまたその分派であり神を否定して社会改革を望んだのである。
結局いくらピューリタンとか清廉だとか言っても世俗化の力には勝てない

今や文明の宗教がカルト化してただ人間の欲望の全面的に肯定するようになるのも当然である。
世俗化の力とは人間の欲望を否定できないことである。
その欲望の力がまさるからグローバルに資本主義も欲望をあくなく追及するようになったそれはユダヤ人がどうのこうのとういのではなくそれは人間の欲望がそうした社会を作ったのである。近代文明社会そのものがそういう世界的にそういう社会にしたのである。
一見こういうことが原発事故と関係ないように見える。
でもこの原発事故を深く考えればこうした現代文明の崩壊現象ではなかったかとも見える自分を苦しめた人たちやまたなぜフクシマで自分の住む周辺がこんな状態になったのか?
それは大きくみれば文明の崩壊現象ではないか?
その原因はいろいろであってもそれは別に知識人でなくても技術者でなくても個々人が庶民が追及しているのはこうした指導層の人たちと全く一致している。
金儲けが第一であり金が神の如くなったというのは別に日常的の生活でそうなっている。
だからこの辺の一人一人を見ても金がないのに借金までして立派な家を立てたり俺は事業の成功者だとして装い自分の所に病気のとき借金を要求して恐喝まがいのことをしてくる最悪なのは「金をくれ」と来て本当に家捜して大金を失った。
頭の中が金しかなくなっているのである。同情もなにもない、昔の日本人の義理人情もなにもモラルさえなくなくなっているのはそれは近代化して文明化して起きてきたことなのである。

そういう自分もこの現代文明にとりこまれている。アメリカの株のようなものでもうけて外国の国債を買ったりしてもうけているのかとなる。
それは世界がそういうシステムに誰でも否応なくとりこまれているということである。
そこで損したり得したり大きな格差が生まれたりと矛盾してくる。
アメリカで富が何パーセントかに集中していあとは貧乏だというのもおかしな話なのである。
そうした世界の矛盾が何かの拍子で一気に崩壊することがありうる。
そうした矛盾が神が許さないからだともなる。
それは世界的だから世界的崩壊につながる恐怖がある。
いくら金を貯えてもそれが紙切れになることがありうるからだ。
現代の宗教とはフリーメーソンとかユテリニアンとかむずかしいものではなく一部の知識人や技術者が指導しているというのでもなく世界の人がそういう意識になっている。
世界が共通した思想であり意識をもっている。だから背後からフリーメーソンが指導しているとか関係なのである。
すでに世界の人が中国人でもアフリカ人でもそうしたグローバルな世界経済の中に資本主義の中に組み入れられているのである。エジプトの果てまでロバに乗った少年が一ドルくれとかなる。そんなところまでアフリカの部族までドルが通用していることでもわかる。それはとりもなおさずアメリカが世界を支配しているともなる。

●原発事故は科学技術信仰の文明崩壊現象

原発事故を考えてもこれもやはりユテニリアンの思想の崩壊だったのかともなる。
現代の共通の信仰は科学技術だということである。合理主義とか金が第一とかもそうである。それは普通の庶民でもそういうふうに現実日々生活で実感して実行している。
だから映画では核を信仰の対象にしていた。
核というとき原子力はいい核で核兵器はそうではない、人類に役立つとか思っているがこれもコインの裏と表なのである。
つまり科学技術信仰であり科学技術が人間の理性が信仰の対象である。
それはとりもなおさず人間の力の信仰なのである。神はもはや存在しないということは科学技術が信仰の対象となる。
科学技術がもう人間が死なない命をもつとかまでなる。
科学技術があらゆるものを人間の問題をすべて解決されるとしているのが現代文明なのである。
それはフリーメーソンが指導しているとかユテリニアンの思想だとか隠されたものでもなく文明人はみんなそのようにして現実日々生きている。
ただ病気でもすべてが科学の力で解決しないから宗教に頼ったりするが現実は科学の力を信じている。いづれは科学技術が解決してくれるというのが信仰になっているのである。カルト宗教団体でもそこに医者がいて科学者がいれば権威をもてる。
世界では今やキリスト教でも仏教でも一番権威をなくしたのは僧侶階級なのも共通している。

科学技術のように実際の社会でご利益を与えないからそうなる。
ユテリニアンはカトリックの僧侶を嫌悪していたというのもわかる。
神の権威を元に威張っているだけで何もできないとなったのが近代なのでありそれは正しいことでもあったからだ。
つまりユテリニアンの思想の方が宗教によって自由を拘束されたものから近代は解放されたのである。
アメリカは特にそうしたヨーロッパの宗教支配から脱する新天地だったのである。
でもそうした近代も原発事故で科学技術信仰の崩壊現象として起きたとも言える。
その信頼はもろくも崩れさったからである。
この辺の津波や原発事故の後の荒廃は何を意味しているのか?
それはまさに文明の崩壊現象として起きているとしかいいようがないのである。
何か原発は神殿でありその神殿は崩壊して住むこともできなくなった。
その回りは荒れ果ててしまった。それはマヤ文明とかとにている
森の中に神殿が放置されてて謎のマヤの文字が残りなぜそうなったのか謎となる
科学技術信仰が崩壊すれば実際にこんなふうに荒れ果てた地域となるという見本がこの辺なのである。

●科学技術文明の崩壊
●理性理神論の崩壊
●グローバリズム資本主義の崩壊

この辺でと確かにこういうことが起きたのである。グローバリズム資本主義というときなぜコミニュティまで破壊されて補償金で分断されているというのもそうだし
金を第一にすれば一億円もらえるなら別にどこに住んでもいいということであり外国でもいいとなる。それはとりもなおさずコミニュティとか人の絆とは関係ない社会である。
それよりも金が大事だとなり若い人は去り老人だけが取り残されたとなる。
それは原発事故だから起きたというのではなく前から金が大事だとなるとき故郷とかその土地に縛られない生活を望んでいたとなるとそれが補償金で実現したともなる
すでに原発を作ったとき市町村すら政府とか東電によって買い上げられていたのであり
事故の後は放射性物質の廃棄場になることが予定されていたともなる
漁業権者でも漁業権を売り渡して巨額の補償金をもらっていたのである。
これはここだけの問題ではない、今の文明そのものの問題であり原発事故周辺に顕著に現実化したのである。
様々な現代文明の矛盾がこの辺に集中的に現れたのである。

福島第一原子力発電所の事故の原因の深層 (イリイチの「専門家時代の幻想を読んで)
http://musubu.sblo.jp/article/44433485.html
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2015年08月15日

現代人はなぜ労働したくないのか? (jobでなく[lifework]を目指すべき)


 
現代人はなぜ労働したくないのか?

(jobでなく[lifework]を目指すべき)


働くこととを探求してゆくとこれも複雑なのである。
jobだと賃[手間]仕事をするとか半端仕事とかある。
workだと•one's life's work [lifework]であり作品の意味もある。
現代に増えた仕事はjobである。
作品をしあげるとなると江戸時代の職人はみんな一つの作品を仕上げるために精出していた。
だから下駄でも何でも作った人の名前がついたりしている。
今でも特殊なきれのいい包丁を作っている所が近くにあった。それには名前が刻まれていた。
名前か刻まれていることはそこに誇りがあったのである。
そこから職人気質とかが生まれたのである。
今は大量生産になれば作った人の名前など記されていない、誰が作ったかもわからない、もしかしたらロボットが作っているのじゃないかとさえ思う
大量規格生産だったらそうなる、大量に同じものを作ることになったからである。


そういうものは貴重なものではない、例えは江戸時代など簪(かんざし)などあるがあれも一本一本手作りで貴重だったろう。
戦前の十年後とかまでは物はないから何でも貴重だった。自転車だって一生磨き使っていた。
物は職人でも丹精こめて一つ一つ手作りで作っていたから貴重になりその材料も大量生産するほどないしわずかだからさらに貴重になる。
簪(かんざし)でも銀の材料が貴重だから産地の秋田まで職人が移動したとかも言われる。当時は簡単に材料でも運べないからそうなる。
職人はすでにその仕事自体はone's life's work [lifework]であった。
そういう仕事をしている人は今の人の仕事とは全く違った意識をもっていたのである。
まさにwork(作品)を仕上げることが仕事だったのである。


現代人が豊かでも物があふれても何か満たされないということもこれも過去の比較でみるとわかりやすいのである。
まずこうして[lifework]として仕事をしている人はまれだから仕事はただその場稼ぎというか賃金を得るためのものであり生きがいを見いだせないのである。
自分にしても能力かないから若いときから流れ作業のような仕事しか与えられなかった。それ以来仕事を嫌悪するようになり仕事していないのもそのためである。
現代ではまず生きがいある仕事をできる人は特別な能力がある人しかなれない
ほとんどの人があとはロボットのような大量生産の部品を作る人になるしjobになる。
ともかく仕事はその場限りとかではなく本当は[lifework]になるとき仕事なのである。
だから昔の職人は技をみがくために一生努力する、現代ではその場限りなら技を磨く必要もないし何か仕事に上達するとかもない、その場限りで手間賃を得るだけだとなる
そうすると仕事に生きがいをもていなから仕事したくないとしてニートとか働かない若者も膨大に増えたのである。
それだけの余力が家にあったりするからそういうこともできるのが現代である。


自分の庭を作ってくれた人はそういう職人だった。大工でもあるし庭作りもできて一人親方になっていた。何でもできるから驚いた。でもそういう能力がある腕が良くてもやはり金がたりないと別なブラックな仕事をしていたのである。
今の社会はそれだけきりなく金が必要になる。それだけ贅沢を求めてきりない社会なのである。
家を建てている人は借金している人が本当に多い、借金してまで贅沢をしているのが現代なのである。
生産社会だったのがこれまでの物を大事にする社会である。もったないの社会である。
それが物がないからであり大量生産できない社会だからでもあった。
物があふれれば物は貴重でなくなる、だから簪でも江戸時代なら貴重でも今ではそうはならない、そうした物の価値も時代によってまるで変わってくるからである。

現代でもそうした職人とかは受け継がれている、エキスパートとかスペシャリストとか専門家がそうなるだろう。そういう人はやはり貴重であり価値ある人となる
でもそういう人になれるのは極まれなのである。
そういう人は別に農業でもいる。農業のエキスパートで成功している人もいた。
浪江の人で野菜作りに優れていて平(いわき)に売って財を成して子供を三人も大学に出した人である。その人は賞ももらっている。
野菜でもネットなどで販売している人では名前を出してその人が作ったものとして売り出しているがそれは昔の職人とにているのである。
だから現代でもそういうことは受け継がれているのである。


宅配とか、自販機の飲料水詰め込みとか
よくあんな仕事やれんなぁ〜と思ってる漏れの仕事(IT土方:夜間オペもやった)も

他人様から見リャ、よくあんな奴隷みたいな仕事やってんなぁ〜という目で見てるんだろねw


確かにこういうことが多いから仕事したくないという人が増えたのである。
自販機などは機械化して手がかかってないようで詰め込む作業を見たら種類が多いから結構な仕事になっていた。なかなか今の仕事は見えないから苦労がわからないのである。


自分は家事が仕事だからゴミだすのも一仕事なのである。するとゴミを投げるからゴミをもってゆく清掃車を見ている。あの人たちもゴミを運んでいるからあれも結構重いから楽じゃないなとかみる。
一つの仕事としての連帯感をもったのも奇妙である。
やはり同じ仕事している人は共感を持つということになる。
そしてあの清掃車の仕事でも市町村を支えているという実感をもった。
なぜならこの辺は人手不足でありみんな補償金とかもらって働かない人が多いからであるこの辺でそうして働かないとゴミすら運ぶ人がいないと市全体で困ることになる
一見そういう仕事はしたくないとなるがそれがするものがなくなったときどうなるのか?
市がもはや成り立たない運営できない、住むこともできないとまでなってしまうだろう。外国とかストライキがあってゴミが街に散乱したことがあっことでもわかる。


原発事故では何かそうした市を町を村を誰が支えるのかということが問題になった。
働き手の若い人がいなくなればゴミを運ぶ人とかまでいなくなればもはや市町村も運営できないとなるからだ。
こういう場所ではまた仕事の意味も違ってくる。でも働かない人はこの辺では老人も多いこともあるが補償金もらっているから他よりずっと多い
それでどこも人手不足になっているからまた事情が違ってきたのである。
だから俺たちの住んでいる市町村で困っているのに働かないということはそこに住めないとまでなる。
そういう危機的状態になれば今までのようにしてはいられないはずなのである。
金があるから働かなくてもいいとかならない、年金もらっているからいいともならない
第一年金暮らしといっても金があっても働いてくれる人がいないなら老人の暮らしも成り立たないのである。
病院でも介護でも働く人がいなくなれば金があってもサービスは受けられないのである。


だから避難区域では現実に帰りたくないというとき働く若い人がいないのだから老人だけ帰っても暮らせるかとなって問題になったことでもわかる。
働くことが端を楽にするというときまんそれは狭い範囲でみた労働感である。
つまり身近な家族でも苦労して働いているから楽にしたいという気持になる。
それが小さな市町村だと家族のようになりそういう意識がこういう緊急事態では生まれた他でも老人だけの村がスーパーも運営できないと自ら働かざるをえなくなったことでもわかる。少子高齢化ではそうなりやすい、人手不足が深刻になるからである
働くとは身近で感じたことであり今のように外国の人が働いて物を運んでくるということなどない
だから働くという目的とかがはっきりと見える社会だった。
今は一体誰のために働いているのかなどわからない、外国の品物が入ってもそれは誰のために働いているかなど関係ないのである。金になればいいとしかないのである。


一方で医者とか看護師とか介護関係などは直接人と接する仕事だから誰のために働いているから明確である。働く相手は現実に向き合う近くの人間だからである。
だからそういう仕事は嫌な面があっても生きがいが生まれる
だからいつも医者とか看護師とか介護士でも感謝されるのである。
品物を作って人とかコンビニとか他にも何か働いても感謝される仕事は少ないである。
ともかく現代は働けといっても働くことが嫌悪される社会なのである。
誰も今や家事なとしたくない、その女性の生きがいはわずかの狭い畑で農業することであるそこで生産するものはほんのわずかである。趣味にすぎないのである。
農業自体は実は苦労があってもまさに実りがあるからそれで働く喜びがある。


でもそういう仕事は一面金にならないし趣味でありかえって金がかかっているのである。でもそれが生きがいだから仕事している、つまり金になって生きがいになる仕事は現代では少なすぎるのである。
だからみんなjobとなりプロフェショナルになはならないのである。
そういうスキルもなにもいらない単純仕事は機械化される、ロボットがするようになる。でも農業などは複雑であり機械化できないのである。
人間の仕事がなくなることなどありえないのである。

株などでも大金が入っても金が入ってもそれ自体では生きがいになはならい

ただそれを消費することが生産に通じることはある

その金で有益なことに消費すれば生産になる、花を高いけどフラワーアレンジメントすれば美を作り出しているとかなる。


ともかく若者はjobではなく若いときから[lifework]をもつべきだとなる
それは趣味の分野でもそうでてある。才能なくても積み重ねてゆけばそれなりのものになる
雑学の分野だってそうである。何度も言うが時間を費やしたものがその人の人生なのである。そして時間はすぐに切れてしまうのである。
人生はつくづく遊ぶ時間すらないものだった。お前はそんなに遊んでいたじゃないかというけどそれでもそれもあっというまに過ぎてしまったとなる
おそらく何をしても人間の時間はたちまち過ぎるということである。
一つの楽器に習熟するのにも一生もかかってしまうのが現実なのである。
何事でも一万時間をかければそれなりのものになる。
いくら天才でも第一与えられた時間は増やせないからである。




 

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posted by 老鶯 at 02:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 経済社会労働問題