2015年07月20日

涼しさー六号線で感じる東風 (津波で海が見えるようになった浜街道)


涼しさー六号線で感じる東風


(津波で海が見えるようになった浜街道)

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海見えて浜風涼し6号線
涼しさや夕風吹いて6号線
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cool
evening winds
on route 6

涼しさや夕風に走るサイクル車
草原に海風涼し6号線
鬼百合やこの道幾度越えて行く
この辺り蝶の眠るや合歓の花

六号線は浜街道がありその脇を走る。浜街道というとき海が身近に感じられるから浜街道になる。東海道もそうである。
でも実際は海が見える場所はまれだった。だから海を意識しないのである。
松原があったときは海が見えなかったのである。
でも津波で松原とか家すらなくなり海が見えるようになった。
もともとは海が迫っていたのである。
海から吹いてくる風は東風(こち)である。でもなかなか風というのはわかりにくい。
風はその場所に長く住んでいないと意識できない

それで菅原道真の歌「東風(こち)吹かば にほひをこせよ 梅の花、主(あるじ)なしとて春を忘るな」の歌がどうしてできたのか?
この歌は京都であり山に囲まれている、東風は山から吹いてくる。その感覚がわかりにくい。ここでは東風は海から吹いてくるからである。
その広大な太平洋から吹いてくる風なのである。
ただ東風吹かば・・とあるとき常に京都でも東風が吹くときを意識していたのである。
ここでは丁度原発事故のあったとき東風(こち)が吹いて飯館の山の方に放射性物質が流れて悲劇になった。
だから東風吹かば・・・・となるときここでは原発事故を思い出すのである。
風は旅していても意識しにくい、まず旅していると方角がわからなくなる。それで余計に風のことは意識できない、どっちから吹いてきた風なのかなど旅してもわかりにくい

特に電車でも来るまでも今は風を感じないからである。
それでバイクで風を感じたいという人が中高年でも乗っているということがある。
自然を感じない旅は旅ではない、ただの移動になってしまうのである。
昔の船乗りとか帆船の時代だったら風を感じるだろう。風を知らないでは船も操作できないからである。今ではヨットが一番風を感じるものになる。
自然を感じる旅はどうしても便利すぎると機械に頼るとできない
余りに現代のような便利の社会では自然を感じるにはわざわざは不便にしないと本当の旅はできない。
だからかえって時間がかかるし手間になるし難儀になるのである。

ともかく自分が旅していても風を感じたことはほとんどない、最近春に津軽平野の十三湖に行ったとき西風が吹いていたのでここは西風が太平洋から吹いてくるのだと意識した。それで余計に荒寥としたものを感じたのである。
あの西風を感じたときはじめて津軽平野の荒寥たるものを感じるのである。
もう一つは祖谷の谷間から吹いてきた春風である。
祖谷の葛橋の辺りだと相当に山深い、四国は実際は山国である。
それがなぜ谷間を吹き抜けてくる風があった。それは海からも吹いてくる風だという
風が吹く範囲とそのように広範囲なのである。
それでフクシマの原発事故で海から阿武隈高原の飯館村から福島市まで東風が吹いて放射能汚染されたのである。
谷間が風の通り道となり風がはるか福島市まで吹いたという驚きであった。

ともかく六号線は車の騒音などで嫌なのだが一番活きている道だし毎日のように通る
今日は白い髭をはやした年配の外人が重い荷物をのせて六号線を走っていた。
あれも珍しいと思ったがついていけなかった。
相当な体力がある人だなと見ていた。小島田からの坂はきつい。
自分は前は上っていたが今は上らない、脇道を走っている。
電動自転車だと上れるが脇道の方がいいのであそこは上らない
自転車は坂で疲れるのである。だから体力がない人は自転車はきついのである。
その点バイクは楽なのである。自転車は若い人でもまれである。
でも自転車の旅は今ふりかえると記憶に残っている。
それで思い出して詩を書いているのである。





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