2015年07月15日

君が代は日本の土着的な誇るべき歌 (磐をイメージして聞くべき歌)


君が代は日本の土着的な誇るべき歌


(磐をイメージして聞くべき歌)


君が代の歌詞は古今集からだとすると古い。
曲は明治になって雅楽を基にして生まれたとなると日本的な伝統から生まれた音楽となる雅楽はなじみがないし宮廷の貴族だけが楽しむようなものだと思っていた。
ただ宮廷だけでもそれが音楽として伝えられるものがあったとすると日本の伝統である。貴族はいろいろ批判されるけどやはりその国のモラルと文化を作ってきたのである。
マルクキシズムになるとそうした貴族階級の否定になるから文化も破壊されるのである。中国の文化革命がそうであり文化の破壊であり実際に中国の文化財が破壊されたことでもわかる。
日本でも武士階級が批判があってもモラルと文化を江戸時代に作ったのである。
江戸時代には仏教は侍の下部組織となって役所のようになってしまった。
江戸時代のモラルは武士が作っていたのであり寺は戸籍などを管理する役所になっていたただ武士道というのは江戸時代にはなかったというし古い武士の出身が武士道を否定しているのもそれだけすでに武士道はもうどんな武士の出でも何も受け継がれていないのが現代である。
この辺では野馬追いがあっても武士道というものはない、ただ祭りとなっているだけである。


武士道というときやはり剣道とか柔道とかに受け継がれている。それは姿勢を真っ直ぐにするとか真直な道の追及なのである。
空手でも武士道が何か受け継がれている。ただ確かに道とついてはいなかった、剣術であり柔術として江戸時代にあったという「心の青雲」の著者の指摘がある。
何か術となると精神性がない感じになる。
いづれにしろ日本の歴史は江戸時代の300年がありその時代につちかわれたものに純な日本があったことは確かである。
ところが明治になったときその江戸時代にあったものが何でも変えられたのでわからなくなった。
でも明治にかえって漢詩が一番興隆したとかなるから日本の伝統的なものが江戸時代から継続したものが明治になって新たなものとなって復古したのである。
歌舞伎などでもそうらしい、明治に新しく作られた歌舞伎なのである。
なぜそういうことができたかというと明治にはまだ色濃く江戸時代に培われたものが残っていたのである。
一葉の文学でも古文調でありあのように大和言葉が古文調が残っていたから明治になり独特のものとして小説が作られた。
つまり和魂洋才であるが和魂があって大和心があって唐心があったようにまず和魂がなかったら洋才もありえないのである。
その和魂が明治にも根強く残っていたから明治は文化の興隆時期だったのである。

だからキリスト教にしても内村鑑三の武士道キリスト教とか戦後では手島郁朗の神道的キリスト教とかが主張された。手島郁朗氏については理解しにくいにしても何か日本の伝統的なものを受け継いでいたのである。
そもそも明治維新が複雑でわかりにくいにしろ江戸時代300年に培われたものが西欧文明の挑戦を受けて日本の伝統に根ざしたものが維新した、改められた時代だったのである。その後はその江戸時代に培われた日本の伝統が失われた時代だった。
だから日本とは何なのだろうとまた古きをたずねて新しきを知る、温故知心の時代になったのである。
国の歴史となると明治維新だけをみる人が多いがそもそも江戸時代の前から戦国時代から継続が歴史だというとき明治維新もまたそこまでさかのぼって考える必要が出てくる。
つまり安土桃山時代にキリスト教を導入していればどうなっていたかとなる。
その時明治維新と同じように日本は400年前に西欧文明と対峙することになったからである。それを拒否して鎖国したから明治維新があったとなる。
太平洋戦争の原因もそこまでさかのぼることにもなる。
そういうふうに国の歴史となると長い目で見る必要がでてくるのである。

君が代とは

我が君は 千世にやちよに さゝれ石の いはほと成て 苔のむすまて(題知らす/読人知らず)

歌詞としてはここから出ている。でも曲はどうしてできたのか明治以降にできたのである雅楽から生まれたというときやはりそこに日本の伝統が継続されて生まれたから意義あるとなる。
ただ君が代は天皇とは限らない、日本民族の継続せんとする歌だから国家にふさわしい。君が代には思想性がある。他の国家のように単純なリズム的なものではなく土着的なものがこの歌からはひびいてくるから荘重なものとなる。
バッハの音楽がゲルマンの森にひびきわたるように荘重なものがある。
音楽というと今ではリズムであり何か思想性があるものがなくなった
文化とは常にcultivate-cultureであり耕すものなのである。
それには土着的なものがないと生まれないのである。
明治には江戸時代の土着的なものが根強く残っていたから和魂洋才として日本の文化も華開いたとなる。
なぜなら現代の創始者をたずねると明治にはじまっているからである。
そして明治からすでに140年とかすぎて戦後70年もすぎるとまた日本の変革期復古期になったのである。
精神的にもそうだて現実の外交でもやはり自立が強いられるから戦争への準備だと安保改革が批判される。
アメリカも日本を守らないし中国が巨大化して日本はまた孤立化して太平洋戦争のような状態になりやすい地政なのである。
とにかく君が代は

千世にやちよに さゝれ石の いはほと成て 苔のむすまて

磐を歌うものだから磐の心を知らないと感じない、国家的なものだけではない千歳の磐を歌うものだからである。
自分は磐の詩を百編書いたからまさにこの歌にシンパシィーを感じたのである。
君が代は天皇をイメージするのではない、千歳の磐を像としてイメージする、磐の持続性、忍耐とか人間の精神化されたものとしての磐である。
これは磐だけではない山にも通じるものである。
山とか磐に通じる荘重な思想性がある音楽なのである。だから君が代は日本の国歌は誇るべきものだと思った。
もちろん自分は音痴であり音楽はわからないにしてもこの君が代はシンプルだからわかりすいいのである。
音楽もやはりその国であれ地域であれ土着的なものとして結びつくと荘重なものになる。日本ではそれがないのだがこの君が代には単純だが土着した荘重なものを感じるのである
natinal fundmental deepend  and rooted songなのである。
だから君が代を歌うとき日本人の誇りが満ちてくる、それが天皇を讃えるということで君が代を批判するが歌と曲そのものはこれ以上国歌にふさわしいものはないのと思う。

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